それは、世界樹と呼ばれていた。
かつて東京湾と呼ばれた荒野にそびえ立つ、鋼とコンクリートで形作られた人工の大樹。
全高12800m、地上3000階建ての超々々高層建築物(ハイパーハイパービルディング)。
正しき名を忘れ去られ、今やその外見から『世界樹』とのみ呼ばれるそれ。
その根元に、一枚の看板がある事を知る者は少ない。
看板にはこう書かれている。
『この先、DANGEROUS! 命の保証なし』
なるほど、ボク達にこれほどふさわしい言葉もない。
* *
さて、何の話だったかな。
……うん、そうだね。じゃあ、ボクと彼女が出会った時の話をしよう。
ボクが彼女のことに気が付いたのは、彼女がボクと出会う三日ほど前の事だ。
ボクの頭の片隅(・・・・)で、彼女が突然大量の通販を始めたのがきっかけになる。
もちろん、ボクたちが通販をするのは別に珍しくもない。
ボクたちが住んでる世界樹第五階層(マテイ)では治安と実店舗が壊滅して久しいから、買い物と言えば通販だからね。
ただ、それが世間的にヤバい物品ともなると話は別な訳で。
『警備ドローン殺しスーパー電磁波発生器君』
『どんなロックも一撃! 万能マスターキー』
『実績多数! 誰にも見えなくなる光学迷彩』
何をする気だ。
いや、大体想像はつくけれども。
もちろん、気にしないという選択肢もあった。
確かにボクは暇だけども、暇の潰し方を選ぶぐらいの自由はある。
現時点で彼女とボクは知り合いでも何でもないわけだから、無視すればそれでさよならだ。
だけど、通販の内容以外でもう一つ、彼女のある部分がボクの目を引いた。
丸三日悩んだ。
……結局、ボクは彼女の部屋を訪ねる事にした。
暇だったし。
* *
「うぃーっす。マリーだけどどちら様ー?」
彼女の第一声がこれ。
いや、こういうキャラかー。
「失礼。ボクはエクスといいます。ここ数日の通販の件で」
「わーっ! わーっ!? ちょ、ちょっと入って!」
ものすごい速度でドアが開いた。
ボクは部屋の中に引っぱられ、放り込まれる。
ちょっとくらくらする中、部屋の鍵がかかる音が聞こえた。
「あ、焦った……えーと、エクスちゃんだっけ。私にどういう用事?」
「いや、どういうもこういうも……聞く前にお姉さんが凶行に及んだんじゃないですか」
「まだ凶行には及んでないよ!?」
「『まだ』?」
「あ、ん、ごほん。じゃ、話を聞こうか。かつ丼食べる? ないけど」
「……」
話が進まないので、彼女のボケは無視することにする。
「お姉さん……えーと、マリーさん。ここ何日か、割とヤバい物買ってましたよね」
「バレてしまっては仕方ない……」
「最後まで聞いてください別に通報とかしませんから」
「あ、そうなの?」
「はい。ボクはただ、それで何をしたいのか聞きたいだけです」
これは本当。
結局のところ、ボクは彼女が何をするのか知りたかったのだ。
予想は出来てはいたけれど。
「あー、なるほど。んーとね」
「はい」
「地上に降りるの」
「……は?」
予想は一瞬で裏切られた。
「……上層(うえ)じゃなくて?」
「? うん、地上(した)。
「なんでです? そっちには何もない……というか、ここなんか目じゃないぐらいヤバいって噂ですけど」
「ああ、えーとね」
彼女は、少し恥ずかしそうな顔をして、言う。
「地面を見てみたいの」
「地面?」
「うん。土っていうか、コンクリじゃない自然の大地ってやつ。……えーと」
彼女は、その辺りに転がっていたチリ紙(なんで転がってるの?)をつかむと、目を閉じた。
……手を開くと、そこには緑色の物体。
「……草、ですか?」
「あ、知ってるんだ。私の魔人能力でね。『世界は私の手の中(ユグドラシル)』っていうの、手の中の物を植物に変える能力」
「……」
「どっちが先だか分かんないけどね。こんな能力があるから、地面ってのに興味があって」
屈託なく笑う彼女に、ボクは言いようのない感情を覚えた。
「……『インターネットは僕の部屋(イン・マイ・ルーム)』」
「?」
「インターネットをボクの脳と同期させる能力。ボクの魔人能力です」
「……? なんで教えてくれるの?」
「これから手伝うには、必要かと思いまして」
「……へ?」
「手伝いますよ。マリーさんが地上に行くの」
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最終更新:2020年08月02日 20:35