『HERO WORLD』
控え室。
備え付けられたモニターで、録画された過去の試合を見ている
意志乃鞘は「はぁー」とため息を吐いた。
「うーむ、どうしたものかなぁ、これは」
煮詰まってきた感がある。このままモニターと睨めっこしても仕方ない、そう考えた彼女は気分転換に外に出ることにした。
少し歩けば自販機があった筈だから何か飲み物でも買うか、と。
缶コーヒーを買い、プルタブに指をかけたところで近くのドアが開く。
「げ」
「おや」
部屋から出てきたのは1回戦で戦い、更にこの後も戦うことになる糺礼だった。自販機が置かれた場所は礼の控え室のすぐ傍だったのだ。
すぐさま踵を返して部屋に戻ろうとする礼を、鞘は肩を掴んで引き止める。
「はっはっは。なんだその嫌なものを見たかのような反応は。せっかくだから少し話でもしようじゃないか」
「実際に嫌なものを見たんだけどね‥‥」
表の試合で振り回されたことを思い出したのだろう。礼はあからさまにげんなりとした感情を見せた。
彼女の本音としてはぶっちゃけ相手をしたくないという気持ちが強い、が。
「――仕方ない、付き合おう」
しかし、それでも。彼女は感情よりも実利を優先した。
「いやー、しかし困ったな」
「どうしたものだろうね」
廊下の壁に背を預け、飲み物片手に会話をする2人。ちなみに鞘は先述の通りコーヒーで、礼はココアだ。
一体何に困っているのか。それは、
「ノックアウトマスター次郎。ちょっと格が違いすぎるかな」
次の対戦相手――兼石次郎。本名「
裸繰埜闇裂練道」についてだ。
裏トーナメント二回戦第一試合は三つ巴の戦いであり、練道を加えたこの3人の戦いとなる。
「むっ。私と君が再び戦う機会が訪れ、しかもそれがまた三つ巴だなんて、これは何か運命的なものを感じるな」
「私は感じないけどね」
「つれないなぁ」
それはともかく、と話を兼石次郎へと戻す。
「兼石次郎。
医死仮面との試合を見たけど‥‥彼、なんでこっち側に来てるんだ?」
こっち側というのは裏トーナメントの事だ。これの参加者ということは、すなわち表トーナメントの初戦敗退者である。
「それはこっちが聞きたいぐらいだよ。ノックアウトマスター次郎といえば、裏社会じゃかなりのビッグネームだが‥‥」
礼は過去の事件について取り扱ったデータベースで、彼の名前を何度も見たことがある。勿論、警察でも要注意人物の1人だ。
つまり、相当な実力者ということである。その強さは試合を見てもよく分かる。
恐らく単純な戦闘能力でいえば今大会参加者最強クラス。特に格闘戦ならば、彼に敵うのは
池松叢雲ぐらいかもしれない。
「そんな相手が次の対戦相手か‥‥。うーん、警察のデータベースに彼の詳細な情報とか無いかな?」
「あっても部外者に話せるわけないだろう。それに、君に話す理由は無いよ」
尤も、礼が知る情報も鞘と大差無い。裏社会の住人はどれだけ「名」を有名にしても、「中身」は隠す傾向があるからだ。
「いやいや、私に話すことで倒す為の活路が見つかるかもしれないよ?」
「どうだかね。‥‥実際のところ、勝ち目は見えているのか?」
――礼が鞘と話すこと選んだのはこれが理由だ。
圧倒的実力者である次郎に対して、今のところ有力な勝ち手は考え付いていない。そこで、鞘はどうするのかを知りたい、というものだ。
対する鞘の答は、
「あぁ。――ぶっちゃけ、勝ち目見えないな!」
「随分とぶっちゃけたなー‥‥」
むしろ開き直りのようにすら見えるきっぱりとした鞘の言い分に、礼はかくりと肩を落とす。
「いやー。射撃武器が無い私の決め手はどうしても近接戦闘になる‥‥が、それじゃまず勝てない相手なんだよな。大体、私自身は戦闘系ではないし」
「ヒーロー補正、とやらでも無理なのか?」
「うーん‥‥。相手は『最強の達人』というクラスに属してるからなぁ」
「クラス?」
「ヒーロー物には『雑魚』『その話のメイン敵』『ライバル』『ラスボス』『ヒロイン』『頼れる友人』――こういった様々なキャラクターがいるだろう?」
「まぁ、いるな」
「そのうち、『最強の達人』は特にやばいんだ。『師匠』も同じタイプかな」
「何がどうやばいんだ?」
「ヒーロー――主人公は絶対勝てない」
「‥‥そういうもの、か?」
礼は自分が知る物語はどうだったかと記憶を探ってみる。幼い頃見たテレビ番組だけでなく、映画や小説でもそういった師匠などがいるパターンはあった筈だ。
「どうだった‥‥かな。確かに、師匠は強キャラで主人公はぼこぼこにされるのがお約束だが‥‥。最終的に主人公が勝つ、というのも見たような」
「そう、最終的にヒーローは勝つ。‥‥でも、それは最終的な話」
つまり、それまでには幾度の敗北を味わうことになる。いや、その敗北があるからこそヒーローは強くなれるのか。
だが、
「負けたら終わり、ってのが
ルールだからな。これはどうしようもない」
「‥‥あぁ、成る程」
「そのパターン以外で勝てる補正を得ようと思ったら――」
鞘が礼をじっと見つめる。
「――戦いを通じて絆を結んだ友人が敵に討たれて己の腕の中で息を引き取る。そして私はこう誓うのであった――君の為にも必ず勝つ、と」
「お断りします」
「えぇー」
とはいえ、強者を相手するにあたって手を組むのは悪くない――友人になるのは嫌だが――そう考えた礼は、その点について問うてみた。
「どうする? 一応、私達が手を組むという選択肢も無くは無いが」
鞘にとっては意外な提案だったのか、表情にやや驚きが見える。尤も意外だったのは礼の方から同盟を提案してきたことだろう。
鞘は腕を組んでしばらく黙考の後、答を出す。
「‥‥いや、遠慮しておこう」
ある意味では当然の答ではあるし、ある意味では疑問の答である。だが、それでも礼はすんなりと納得できた。
「そうだろうな。‥‥私は信用できる人間、というわけでもない」
「いや、そういう意味じゃない」
「うん?」
「最強の兼石次郎を打ち破った者の事を考えると、な」
その言葉を聞いて、礼は表トーナメントの試合を思い出す。
ノックアウトマスター次郎が裏トーナメントに参加した敗退者ということは、つまり彼に勝利した者がいるということ。
確か、彼に勝ったのは――
「渡葉美土、だったか」
「そう。銃を持つわけでもなく、剣の扱いに長けているわけでもない。肝心の魔人能力は『おもいだす』というはっきり言って記憶力でカバーできるものといっていい」
そんなただの女子高生。
「それでも自分の力で勝った。そして、彼女はこう呼ばれている」
――勇者、と。
「勇者とはつまりヒーローだ。‥‥ふふ、なら私も自分の力で頑張らないとな」
「‥‥ふむ」
「――まぁ、君を信用しきれないという理由も勿論あるがな!」
「そこはいい話で終わらせてほしかったなー‥‥」
礼は、飲み終えたスチール缶をゴミ箱へと捨てながら何の気なしに言葉を発する。
「それにしても、君は変わってるよな。女の子なのにヒーローだなんて。‥‥どちらかというと、女の子は魔法少女ものとか見てるものだと思ってたけど」
「うん? 君は魔法少女ものが好きなのか?」
「‥‥私は関係ないだろ。君についてだ」
「そうかー。魔法少女が好きかー‥‥睨まないでくれるか? いやまぁ、あれだ。そこらへんは十人十色ということで」
「はぁ‥‥」
「なんだその色々と諦めたようなため息は。ここに来る途中女神オブダークネスに会ってちょっと話したが、今期の『ガイアファイター・アクス』はクオリティ高いと意気投合してがっちり握手をしたんだぞ!」
「あぁ、いや、いい‥‥。私を巻き込まないでくれたら、それでいい」
もう話すことはない、それどころか余計に疲れるだけだ、そう判断した礼は背を向けて自室のドアを開ける。
「あんまり、そこでたむろしないでくれよ」
最後にそう言って部屋に入っていった。
戦いが始まる時。
一体、何を見ることになるのだろうか――。
珪素:礼さんが表と比べてずいぶん可愛らしいキャラに! こっちの方が好みだなー
「アッシュ・テンプル・ウィズ・フォー・スカイ#1」(by しお)
裏トーナメント一回戦終了後。
トーナメント会場、観客席に向かう途中
突如として現れた眼鏡の少女に呼び止められ、灰堂は足を止める。
「何だい?あんた、トーナメントの参加者か?…何の用だ?」
「とぼけなくていいんだよ。ぼくの『眼鏡サーチ』で、君から多大な眼鏡力を感知している」
「…は?」
その少女が発した単語が理解できず、灰堂は硬直する。
「『眼鏡スキャン』を使わせてもらったよ。…その懐に、いくつ眼鏡を隠し持っているんだい?
まったく…とんだ伏兵がいたものだ。ぼく程ではないが、きみも眼鏡を愛するもののようだね。
だから、君を勧誘させてもらうよ…我が『眼鏡部』にね!」
「いや、あんた、何言ってるんだ。待て。ちょっと落ち着こうぜ」
「ああそうか、きみはサングラスだから眼鏡部に入る資格はないんじゃあないか―そう思っているのか。
その心配は杞憂だよ。サングラスであっても、伊達眼鏡であっても我が眼鏡部はすべてを受け入れる。
そう、眼鏡とは単一にあらず。すべての眼鏡に貴賤はないのだから―」
(ああ、駄目だ。こいつ、関わっちゃあ駄目なタイプだ)
一方的に勧誘(?)をする少女に気圧される灰堂。
今までの敵とは全く異質―異常(アブノーマル)とも言える存在に、完全にイニシアチブを握られていた。
その性、何処までも不敵。その心、何処までも透明な闇。誰よりも眼鏡に愛されし少女───
───その名は、一∞(にのまえ・むげん)。
「きみが希望崎の生徒だということは我が『眼鏡データベース』で把握しているよ。
…この一∞と、眼鏡の明日を救おうではないか!」
「ははっ…あんたオモシレーな。たまにはそういうのもオッケーかもな!」
「…発音が悪いな」
気づいたときには、鳥面の男がそこに立っていた。
「何の用かな?…池松先生。まさか、
野試合を申し込むわけじゃあないよね?」
一はその鳥面の男に対し攻撃姿勢を取る。
池松と呼ばれたその男は、それを一瞥し、灰堂に向き直る。
「一とか言ったか…お前には今のところ用はない。
それよりそっちの…灰堂とか言ったな。お前にはLessonの必要がある」
「れ、レッスンだってぇ?(また関わっちゃいけないタイプだなこりゃ)」
「NO。Lessonだ。英語とは―」
流暢な英語とともに、池松が構える。
「純度」
「発音も、英語の一撃の中においては重要なfactorだ」
「これから、お前にそれをLessonしてやろう。―そこの、一。ちょっと攻撃してみろ」
「え?ぼくが?―いいんだね?」
「構わん(come one:「大丈夫です」という意味の英語)」
「…手加減はしないよ」
そう言って一が眼鏡に手をかける。
その直後!
「『眼鏡ビィーーーーームッ』!!!!」
「応勁(O.K.)ッ!」
ドオオオオオオオオーン!
…轟音と共に、廊下が光に包まれた。
「―これが、正しい発音を伴った『英語』だ。いまのができれば…初段合格はたやすい」
「…いってて…眼鏡がなければ即死だったね…」
「灰堂、お前には『SLGの会』に入る資格がある…そこで、俺がお前に英語をTeachingしてやろう」
「…で、その灰堂くんは?」
「…ム」
「はーっははははは!ここだ!ここにいるぞ!」
どこからともなく、声が響きわたっていた。
「アッシュ・テンプル・ウィズ・フォー・スカイ#2」(by しお)
「とうっ!」
崩れ落ちた瓦礫の上からその人物は跳躍し、二人の前に降り立つ。
「こんなところで喧嘩とはいけないな!いけないぞ君たち!」
「意志乃鞘…!きみ、よくもまぁぼくの前におめおめと現れたものだね…!」
「喧嘩ではない。Lessonだ」
意志乃と呼ばれた女性は灰堂を肩から下ろしつつ、二人に言い放った。
「四空くんは我がヒーロー部に入部してもらう!よってここは引き下がってもらおう!(ビシィ」
「いってて、助かっt…って何だとーッ!」
「意志乃…きみは本当に気に喰わないな…。やはり眼鏡をかけていない人種は野蛮だ」
一が再びビームの発射準備に入る。
だが、先程最大出力のビームを発射したためか、まだチャージに時間がかかるようだ。
「…俺は灰堂をお嬢のもとに連れていかなくてはならん。邪魔するのであれば―」
池松も英語を構え、呼吸を整える。
「debateを始めよう」
まさに一触即発!
三すくみめいた空気が場に流れる。
「ちょ、ちょっと待て!あんたら、当人を差し置いて何いってんだ!
俺は何にもオッケーとは言ってないぜ!」
「きみは黙ってろ!」
「黙れ(Damm ray:「静かにしろ」と言う意味の英語)」
「黙っていたまえ!」
「…オッケー」
「あんたたちッ!ちょっとまちなsひでぶーーーーーーッ!!!!」
3人が衝突したかに思われた瞬間、赤きオカマが空を舞っていた。
- #4:レッド・オカマ・フライング・イン・ザ・スカイ
「あ、あれは…バロネスさんじゃねーか!」
ボロ雑巾のように吹き飛ばされたオカマは、
バロネス夜渡であった。
「…急に飛び込んでくるから、撃っちゃったじゃないか」
「魔人は急に止まれない!これは常識だなっ!」
「哀れだ(hour lader:「可哀想に」という意味の英語)」
…他人事である。
それを聞いて、吹き飛ばされたオカマは何事もなかったかのように立ち上がった。
「アンタたち、人をブッ飛ばしといてその態度は何よ!キィー!」
「(無事だったのか)…ところでバロネスさん、あんたなんでココに?」
「アタシもハイドきゅんを勧誘しようと思ったんだけど」
バロネス夜渡は、オカマバー「カーマラ」の店員兼バウンサーである。
灰堂にとっては同業者に当たる。
「…まあ、アンタを引き抜いたらあそこで商売しにくくなっちゃうからネー
あ、でも、ヘルプとして手伝ってくれるならいいのよ?もちろん女装して」
「それは勘弁してくれ」
「カーマラ」と灰堂の務めるホストクラブは同じ路地にあり、同業者として良好な関係を築いていた。
バロネスとしても、その関係を崩すことは良しとしないだろう。
「それはそうと、アンタたち!何つまらないことで争ってるのよ!」
「つまらないこととは、聞き捨てならないな」
「部外者は黙っていてもらおうか!」
一と意志乃がバロネスに反論する。
「だってさぁ、アタシ希望崎学園のことはよくわからないんだもん。…兼部ってできないの?」
「「「それだ!(so red art:「その発想はなかった」という意味の英語)」」」
「…え?」
「一つに絞れないなら、全部やっちゃえばいいのよ。アタシみたいにね!」
「(何か違う気もするけど)…ああ、そうだな
つまり、俺はこれから眼鏡部兼ヒーロー部兼SLGの会兼用心棒ってわけか。…オッケーじゃねぇの」
「うむ、これにて一件落着だなっ!」
「…まぁ、ぼくは眼鏡部の人が増えればいいんだけど」
「やはり発音が悪いな。最低でも英検5段を取れるようにLectureしてやる…部活の合間にな」
―灰堂四空:戦績・2戦2敗
だが、これからの学園での生活は、少しは楽しくなりそうだ。―
(アッシュ・テンプル・ウィズ・フォー・スカイ 完)
『Birdman&Birdman』(by サンライズ)
眠らない街の夜空を2人の鳥人が舞っていた。羽撃くことも、ムササビの如く滑空することも出来ない両者はビルからビルへ、およそ人とは思えぬ脚力で跳び移りながら幾度と無く空中で火花を散らす。
一方は池松叢雲。徒手空拳ながら、その鍛えあげられた四肢は岩を砕き、鉄を引き裂く。一方は医死仮面。その手に握られた鍼とメスは生者を一瞬で死体に変える。ツインタワーの両壁面を蹴り、互いを目指して突進する。今宵幾度目かもわからぬ衝突。
「ACHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
飛び込んでくる医死仮面に怪鳥音をあげながら蹴りを繰り出す池松。対する医死仮面は流麗な動きでメスを繰り出す-と思いきや、ぶつかる直前、彼の体は不自然な角度で浮き上がり、池松の蹴りは空を切った。
「What?」
何故、と思ったがそれ以上考える余裕は無い。上空を取られた。
「ハッ!!」
「Hum…!」
医死仮面渾身の踵落とし。両腕を交差させて受け止めるが、虚を突かれたためにやや防御が遅れ、脳天に受けた。仮面が砕け、衝撃で叩き落される。その刹那、医死仮面の手から伸びるモノに気づいて池松は合点が行った。
「糸か(eat-car、「糸か」という意味の英語)」
そう言えばこれも先の試合でもやっていたな、などと頭の片隅で思いながら、絶賛落下中の我が身をどうするかと考える。このまま地面に叩きつけられれば、池松の頑強な肉体でも重傷は免れまい。
「COOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
大気を肺に溜め込み、一気に吐き出す。必殺の英語を放つための呼吸だが、今度は違った。猛烈な呼気の反作用は池松の落下の向きをずらし、その落下先には路上に停められた軽自動車があった。
ベゴオッッ!!
車体の上半分が衝撃で大きく歪み、窓ガラスが砕け散る。陥没した屋根の上で、体に異常が無いかチェックする。
「No problem…日本車で助かったな…。」
完璧な身体操作を可能とする「統一駆」は、何かしらの不具合もすぐに察知できる。
頑丈だけが取り柄のアメ車なら落下の衝撃は吸収されず、地面に叩きつけられるのと大して変わらなかったかも知れない。(作者の偏見に基づいています。)
一方の医死仮面は自由落下と比べてもゆったりした速度で地面に近づいていった。無論糸につかまりながらの降下である。地上数mで糸を離し、地面に着地する。その際地面についたのは、利き足の右では無く、左足からだった。
「気づいたか(kids-eat-a-car、「気づいたか」という意味の英語)」
「お前さんが裸繰埜にやっていたからimitateさせてもらった…」
右脚には鍼が刺さっていた。戦いの最中に医死仮面が投げたモノを、池松が掴み、先ほど右脚で繰り出された踵落としを受け止めた際に刺しておいたのだ。鍼が突いたツボの作用で医死仮面の右脚は曲がらなくなっていた。着地の際に脚を全く曲げなければ衝撃は吸収されず、骨折くらいしていたかも知れない。医死仮面は刺さった鍼を引き抜き、右脚が曲がることを確認する。
砕けた仮面が池松の顔から離れ、カランと音を立てて屋根に、地面に落下する。これまで仮面で隠れていた池松の素顔が晒される。ハーフだとか純粋な日本人だとか言われる彼の秘密が明らかになったのだが、医死仮面はそのことをなんとも思わなかった。今彼の頭にあるのはひとつの疑問。
Pond pine Cloud masses & John Smith
「知らないな…こんなツボは…。」
「Naturally(当然だ)、経絡ではなく経絡(k-lack、「経絡」という意味の英語)だからな。逆に俺も経絡は知らないがね。」
「お前は医死として一流かも知れないが、『英語』はNative止まりだ。元々話せるから極めようとしない。」
「極めれば…その経絡(k-lack)を知ることが出来るのか?」
「Exactly(その通りでございます、という意味の英語。)、ただし…」
ああ、と医死仮面は池松の意図を理解した。
「SLGの会に入れ。」
池松の大会参加の目的は猛者との戦いであると同時に、有望なSLG魔人の勧誘でもあった。
先の戦いで能力らしき能力を見せていない医死仮面を、池松は自分と同様実力者でありながらSLG魔人と判断したのだ。ちなみに練道もこの先当たれば勧誘する予定である。
そもそもこの戦いは池松がしつこく彼をSLGの会に勧誘したことに端を発する。しかし、今の医死仮面には「英語」のLessonと引換ならば入会も魅力的に思えた。が、
「いいのか?暗殺者の私で。」
SLG魔人の社会的地位向上を目指す団体に、社会的イメージが最悪の自分がいていいのか、という問いであった。
「構わん(come one、「許容する」という意味の英語)…殺人者で無ければな。」
ビジネスに徹する殺し屋か、真性の殺人者か、医死仮面は前者であった。
「(仮面の上からでも…わかるものか…素顔の一端が…)」
「お嬢たちの前に出るときは暗殺者の顔で無いなら、素顔でも、別な仮面でもいい。SLGの仲間であってくれるならwelcomeだ。」
「俺も仮面だしな」と初めて見る笑をその顔に浮かべる。
「…。」
中世から続く暗殺者の一族「裏メディチ家」。長男を除いた子供に「感情抑制剤」(プロジアム)を日常的に投与し、己なき殺人機械として育て上げていたその当主や長老がある日皆殺しにされたのは、彼らが最高傑作と思っていた一体-後のジョン・スミス、アレキサンダー・メディシス-が、薬物ごときでは抑えきれぬ強烈な自我を、幼少期からその鉄面皮の下に隠していたからであった。
「仮面でもいい」形は違えど、彼が「仮面武闘會」に求めたモノがこの男にも、SLGの会にもあった。「内面への干渉が許せない」、善悪の観念も無いジョン・スミスが持つ、唯一まっとうと言える価値観。前者の組織には裏切られた故の現状なのだが、少なくともこの男は裏切らないのでは。そう思わせるモノがあった。
「いいだろう。どうせ脱ぐつもりだった仮面だ。」
顔を覆う布を取り去り、彼の象徴であった「医死仮面」を脱ぐ。ジョン・スミスの素顔が晒された。
「Beautiful…」
「本当にいいのか…?割れると爆発するんだぞ?」
「どうということは無い(do-to-you-court-one-night、「当たらなければどうということは無い」という意味の英語)」
池松は割れた自分の面の代わりに医死仮面の鳥面を要求してきた。ジョン・スミスは最初渋るが仮面そのものが「仮面武闘會」に繋がるものでは無いのでまあいいかと考え、譲り渡した。
「そうか…ではまたSLGの会で…。」
「ああ、そのときはみっちりLessonをつけてやろう。」
「「see you」」
もはや「医死仮面」では無いその鳥面を被った池松に別れを告げると、ジョン・スミスは自身の顔を裂いたマントを巻いて隠した。
池松叢雲が最後まで知らなかったジョン・スミスの能力。それは名前を「メモリーズオブユー」と言い、医死仮面の素顔を直接見た人間にのみ発動する。ジョン・スミスが晒した素顔を再度隠した瞬間、その素顔に関する対象の記憶を消失させるというSLG能力である。つまり、現状ジョン・スミスを知っているのは-結局ジョン・スミスだけということなのだ。
数週間後、 SLGの会に入会してきた、鳥の仮面の男、「医師仮面」は池松先生とキャラが被るとかで物議を醸すことになるが、その池松はいつものように所在不明だったので鈴木三流は問題を保留扱いとした。
最終更新:2011年11月20日 22:21