決着-フーケ暗躍


負傷したギーシュは、『治癒』の呪文で治療された。
そのための秘薬の代金は、全額ルイズが出すことになった。
ベイダー卿にはこの星で通用する貨幣の持ち合わせが無い。

それに、ルイズ曰く、「使い魔の不始末は主人の責任」なのだそうだ。

ベイダー卿自身は大した「不始末」とは考えていないのだが。

「どうしてあそこまでやる必要があったのよ!」

目を覚ましたルイズの第一声がこれだった。

「仕掛けてきたのは向こうだ」
「あんたが挑発したんじゃない! それに、ゴーレムを倒した時に決着はついてたでしょ!」
「あれはいわゆる「過激な交渉」だ。もう二度と平民を奴隷扱いしないことを約束させるための、な。
君らのおかげで目的は果たせなかったが」
「過激な交渉って何よ?」
「つまりはライトセイバーを使った交渉だ」
「……意味がわからない」

残念なことに、彼のコルサント仕込みのユーモアは、ルイズには通用しないようだ。

ルイズの態度が、以前に比べてずいぶん尊大になってきている。
自分がベイダーを止めたのだ、という自負が働いているのかもしれない。
少なくとも必要以上に怖れることはなくなった。

(まあ、それならそれでかまわないが)

そう感じてしまう自分に、ベイダーは戸惑っていた。
以前の自分なら、気絶寸前までフォース・グリップの刑に処していたところだ。
やはり変だ。何かおかしい。

やけにここが心地よくなってゆく。

「ライトセイバーって、あんたが使ってた剣ね。あれ、危ないから使うのやめなさいよ」
見ていてハラハラする武器だ。殺傷力が強すぎる。

「…誰かのせいで紛失したわけだが。オビ=ワンに殺される」
「そう、よかったわ。その「誰かさん」に感謝することね」

ルイズはそう言い、しばらくおとがいに手を当てて考え込んだ後、宣言した。

「あんたに、剣、買ってあげる」

「コーホー」

その翌日は虚無の曜日で授業は一切なかった。
生徒たちは街に出かけるなり、自室でのんびり過ごすなり、思い思いの休日を満喫する。
ちなみにギーシュはまだベッドから起き上がれないらしい。

ルイズが部屋で出かける準備をしていると、扉の向こうからためらいがちなノックの音がした。
「誰?」

「え、ええと、わたし、ここの食堂でご奉公させていただいているメイドのシエスタと申しますが、
少しよろしいでしょうか、ミス・ヴァリエール?」

ルイズは眉根を寄せた。
忙しいのに、朝っぱらから平民が何の用だろう。
ドア越しではなんなのでとりあえず開けてやろうとしたが、ルイズが戸口にたどり着くより先に
ノブが回り、シエスタと名乗る少女の姿が現れた。
一瞬ぎょっとする。

シエスタが許可を得ずに勝手にドアを開けるはずがない。
言わずと知れたベイダー卿の仕業だ。

「コーホー」

この部屋だけ室温が違う――シエスタはなぜだかそう感じた。
貴族の部屋に入るのはいつでも勇気を要したが、この空間の持っている威圧感やや趣を異にする。

原因は一つ。
ルイズの後ろに腕組みをして控えている黒ずくめの人影だ。

だけど、今日シエスタが訪ねてきたのは、他ならぬその人影に用があったからだ。

「申し訳ありません、ミス・ヴァリエール。わたしがいたらないばっかりに、使い魔さんを騒動に巻き込んで、
おまけに貴族と決闘までさせてしまって…!」
深々とお辞儀をする。
元の姿勢に直ると、ルイズが困惑したような顔をしてしいた。

「あ、いいのいいの。どうせこいつが勝手にやったんだし。ていうか、学院の中ではどんな話になってるの?」

その言葉に、シエスタはやや安堵した。
とりあえず、ベイダーに怪我はないようだ。

「それが、平民の私が聞いても、みなさん教えてくれなくて。決闘の結果になるとみなさんお茶を濁すんです。
何人かの貴族の方は、あからさまに厭そうな顔をしてらっしゃいましたし。わたし、ミス・ヴァリエールの使い魔さんが
殺されてしまったんじゃないかと不安になって……」

(なるほどね)
ルイズは思った。

正式な報告はともかく、結末を目撃した人間は数えるほどしかいない。
ギーシュとベイダーの後を追っかけようだなんて考える輩は皆無だった。

平民に貴族があそこまでやられたことを喧伝しようとする生徒はいなかったろうし、
二人がどうなったかを聞いても、二人の後を追う勇気が無かったことを認める者も
いなかったに違いない。

平民であるベイダー卿が撒き散らした恐怖は、疑いようもなくその場にいた貴族全員を
飲み込んでいたのだ。

「ミスタ・グラモンのお友達は、わたしが話しかけると逃げてしまわれましたし…」
ギーシュはシエスタにちょっかいをかけてベイダーと戦う羽目になったのである。
この反応も無理からぬことであるかもしれない。

「使い魔、さん…」
シエスタは今度はベイダー卿を見上げた。

「ベイダーと呼ぶといい」
「じゃあ、ベイダーさん。あの……、すいません。あのとき、逃げ出してしまって」

食堂でギーシュといざこざが起こったとき、彼女は怖がって逃げ出してしまった。
それを言っているのだろう。

「恐怖は暗黒面につながる。気をつけることだ」
「ほんとに、すいません。じゃあ、わたし、ミスタ・グラモンにも謝ってきます」

シエスタはもう一度深く頭を下げると、部屋から退出しようとした。

ルイズは慌てて止めた。
今シエスタが訪ねていったら、ギーシュがそれこそパニックでも起こしかねない。
「あ、いい、いいのよ! あんなキザほっとけば!」

「でも、そういうわけにもいきません。遅れたら遅れた分だけ、後でどんなお咎めが
待っているかと思うと…」
平民はやはり貴族をひどく怖れているのだ。

なおも止めようとするルイズだが、その背後でベイダーが軽く手を振った。

「謝りにいく必要はない」
「…ほっといてもいいですよね、あんなキザ」

拍子抜けするルイズの前でシエスタはペコリとお辞儀すると、階段の方に向かって去っていった。
部屋にはまた、ルイズとベイダー卿の二人だけが残された。

「……便利ね、それ」
「頼りすぎると身を滅ぼすことになる。特にマスターのような者は」

「…そう言えばあんた、あのメイドには『卿をつけろ』って言わなかったわね」

「コーホー」


『雪風』のタバサにとって、虚無の曜日は大切な日だ。
誰にも邪魔をされることなく、好きな読書に没頭できる。

今日も彼女は午前中から本の活字に目を晒していた。
いつか来る戦いのために、常に知識を蓄えなければならない。
それに、タバサは単純に本が好きでもあった。

だが、そんなタバサの唯一の楽しみは、ノックもなしに突然ドアを開けて飛び込んできた
赤毛の女生徒によって中断させられた。

入ってきたのはキュルケだった。振り向いたタバサの手から、いきなり本を取り上げる。

本来ならこんな無礼者は『ウィンド・ブレイク』でも唱えて部屋からたたき出してやるところだが、
彼女は数少ないタバサの親友である。
それに、キュルケの目は真剣そのものだった。
話くらいは聞いておいてもいいだろう。

「今から出かけるわよ、タバサ! 早く仕度をしてちょうだい!」
――まずはまともに話をさせることから始めなければならないようだ。
読書を諦めるタバサだった。

使い魔シルフィードの背の上で、ようやくタバサは事情を聞くことができた。

ルイズが例の使い魔と二人で出かけたらしい。

「別にヴァリエールがどうなろうが知ったこっちゃないけど、何かあったらまたわたしたちが
面倒ごとに巻き込まれちゃうでしょ?」
だそうだ。

「心配」
「だから違うってば。……でもタバサ、あんた今日はやけに物分りがいいじゃない」
普段ならこんな事情で動く人間ではない。

タバサは再び開いた本のページに注いだ視線を上げることなく、答えた。

「興味ある」
「はぁ?」

「あの平民」
「ええっ!?」

トリステインの城下町を、ルイズとベイダーは歩いていた。
魔法学院からここまで乗ってきた馬は町の門のそばにある駅に預けてある。

「あんた、乗馬もできるのね」
「フォースによる動物の制御は得意だ。ジオノーシスの闘技場では巨大なリークを止めたこともある」
「…へぇ、そうなの。何言ってるのかわからないけど」

(だけど腰の痛みはどうしようもないな…)

痛みを悟られぬようルイズの後ろを歩きながら、ベイダーは街の様子を観察した。

この星の中では栄えている方なのだろうが、規模自体は彼が育ったタトゥイーンの
モス・エスパと大して変わらないようだ。
もっとも、砂漠がなくてエイリアンがいない分、いくぶんか清潔見えるが。

人口は20万程と聞いた。
無論、星全体が一つの都市であるコルサントとは比較にならない。
それでも高層住宅がまったく普及していないので、市域はなかなかに広い。

ジェダイもシスも、とにかく未知の星で活動することが多い。
周囲をすばやく観察して洞察力を働かせることは、もはや彼らの職業病とも言えた。

最初の幾つかの通りを歩いたところで、ベイダー卿はトリステインの大体の構造と雰囲気を
掴んでいた。

商店の軒先には、その店が商っている商品を象徴する意匠の入った銅の看板が下がっている。
つまり、庶民の識字率はさして高くはないということである。

汚くて狭い路地をいくつか折れると、剣の形をした看板をさげた店が見つかった。

「あそこに武器を売る店があるようだが」
「あ! そう、あれよ、あれ!」
どうやらそこが、目的の店であったようだ。

ベイダーとルイズは中に入った。

店の中ではちょっとした騒動が持ち上がっていた。
「エキュー金貨で二千なんて、森つきの立派な屋敷が買えるじゃないの!」

一通り店を見て回ったルイズだったが、ベイダーの体躯と腕力に見合うような大きくて太い剣は
見あたらなかった。

そこで主人に言って出させたこの店一番の大業物という大剣は、たしかに立派で迫力があり、
どこかしら気品すら具えていたのだが、目玉が飛び出るような高価な代物だったのである。

「マスター、ここは僕が」

それまで入り口付近で待機していたベイダーが一歩前に出ようとするのを、ルイズは片手で制した。

「あんたは引っ込んでて。それから、あの変な力を使ったりしないように。貴族には貴族らしい、
『外交的解決』ってものがあるんだからね」

そう言われてしまうと、ベイダー卿も口をつぐまざるをえない。

それに、ルイズが買い与える剣には大して興味がなかった。
彼にはフォースがあるし、そこらの剣を持ってきても、失ったライトセイバーの代わりにはならない。
工具代わりのフュージョンカッターでもあればと思ったが、店先にこれ見よがしに展示されているのは、
最も原始的な形式の銃だけであった。

(それにしても――)
さっき街中を歩き回って観察した範囲の相場の知識だが、ルイズは明らかにふっかけられている。
高名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿が鍛えた逸品だかなんだか知らないが、そこまでの価値があるものとも思えない。
しかもルイズの「外交」の手腕もお粗末だ。世間知らずの貴族なだけはある。
あっという間に財布の中身をばらし、さらに足元を見られている。
子供時代のベイダーの方が、よほどうまく交渉できたはずだ。
それでもルイズがその大剣にこだわるのは、なんでも一番じゃなければ気がすまない貴族の性だろう。

「マスター」

「うるさいわね! あんたが大怪我させたギーシュの治療のために、秘薬の代金がいくらかかったと
思ってるのよ!」

「コーホー」

ベイダーは手近にあった一本のレイピアを適当のひっつかむと、ルイズに差し出した。

「これでいい」

ルイズは先ほどの大剣とベイダーが持ってきたレイピアを見比べた。
ずいぶんと華奢な剣だ。長さは1メイルを少し超える程度。
シュペー卿の大業物に比べると、大人と子供くらいの差がある。
ベイダーが腰に差すには、ちょっと不釣合いかもしれない。

「こんなんでいいの? もっと立派なのがいいでしょ? わたしの交渉術を見くびってない?」

「これでいい。ライトセイバーと長さも重さもあまり差がない」

「……そう。あんたがそう言うならいいけど…」

メイジである貴族にとって、剣は半ば飾り物だ。
実際的な性能はともかく、綺麗で立派な剣とそれを操る従者を抱えているということ自体が、
一種の示威的効果を発揮する。

だけどまあ、ベイダー卿が傍らに控えているということだけで、威圧感は十分かもしれない。


「店主、これにするわ」


ルイズたちが去った武器屋の中。

「おい、デル公。今日はずいぶん静かだったじゃねえか。いつもは客が来るたびにギャアギャア
うるさいのによ」

武器屋の主人が話しかけてる相手は一振りの剣だった。
別に主人がおかしくなったわけではない。

その証拠に、話しかけられた当の剣が憎まれ口を返した。
「あんなおっかねえ使い手はこっちからごめんこうむるぜ」

剣の名前はデルフリンガー。
意志を持った剣、『インテリジェンスソード』である。
大きさだけなら先ほどの大剣に劣らないが、その表面には錆が浮き、
お世辞にも綺麗な剣とは言えない。

「剣が一丁前に使い手を選ぼうとするんじゃねえよ。お前みたいなボロ剣を
使ってくれる人が奇特な奴がいればだけどな」

「おめえの方こそ、吹っかけすぎてカモに逃げられて残念だったな」

「言ったな。てめえみたいな性悪のボロ剣は、次の客に二束三文で売り払ってやらあ」

「おう、やってみやがれ! こんな店は飽き飽きだ!」

口汚く罵り合う一人の人間と一振りの剣。
その間に割って入ったのは、一人の小柄な少女であった。
ちっちゃなその掌には、2エキューと3スゥが載せられている。

「それ」
感情を感じさせない視線が、大剣デルフリンガーを指していた。

「へ、へぇ。毎度あり」

「どうするのよ、タバサ。こんなボロ剣買って」
呆れたようなキュルケの声。
この親友の考えていることは、相変わらず不可解だ。

キュルケとタバサは、ルイズたちが武器屋に入っていったのを見て、横道に隠れて様子を窺っていた。

ところが、二人が武器屋から出てきたのを見計らって、止める間もなくタバサがとてとてと店の中に
入っていき、またあっという間に出てきた時には『レビテーション』で浮かべた大剣を携えていたのだ。

「インテリジェンスソード」
ポツリとそれだけを言って、タバサは歩き出す。
キュルケは慌ててその後を追った。

「きっと役に立つ」

タバサの脳裡には、つい先日戦った一本のインテリジェンスナイフの形姿が浮かんでいた。


ルイズとベイダー卿、それに二人を上空から監視していたキュルケとタバサが魔法学院に辿り着いた頃には、
時刻は既にたそがれ時を迎えていた。

何しろ馬で片道3時間の道のりだ。

動物の制御は得意だと豪語していたベイダー卿もさすがに疲れたようで、ルイズに馬を押し付けてさっさと
部屋に戻ってしまった。
機械の体に似つかわしくない、なにやらぎこちない歩き方だった。

「まったく。ご主人様をなんだと思ってるのよ…ブツブツ……」

文句たらたらながらルイズは地面を注意深く見渡していた。

馬を厩舎に戻した後、しばらく様子を窺っていたが、ベイダーが戻ってくる様子はなかった。

眠ってしまったのだろうか。

そのまま日没を向かえ、本格的な夜がきた。
ベイダーは結局部屋から出てこなかった。

ルイズは厨房で借りたランプで地面を照らしてみたが、目的の物が見つかる可能性はあまり
高くはなさそうだった。

それでもなお探索を続けること数時間。

「何やってんの、ルイズ」
その背に声をかけたのは、寄宿舎の方からやってきたキュルケだった。
当然、その傍らにはタバサもいる。

「別に。ちょっと探し物よ」
「財布でも落としたの? 相変わらず貧乏ったらしいわね、ヴァリエール」
キュルケが勝ち誇ったように嘲る。キュルケの実家のツェルプストー家は資産家で有名なのだ。

「そんなんじゃないわよ。もう、どっか行きなさいよ」
シッシッ! と、犬でも追い払うかのような手振り。
相手にしてらんない、そう言いたげだった。

ルイズはそこでわずかに顔を上げた。
その視線の先には、闇の中に黒々とそびえる、本塔の影。

それを見逃さなかったタバサが、ポツリと呟いた。
「剣」
「え?」
「光の剣」
「あ!」

キュルケもそこでようやく、ルイズの探し物に思い至ったようだ。
ルイズは本塔の窓から飛んでいった、ベイダー卿のライトセイバーを探していたのである。

「ルイズ、あんた何考えてるのよ! あんな危ない武器を、あいつのために探してやるだなんて!」

「でも、わたしのせいで失くしたんだし」
キュルケの疑問はもっともだが、ライトセイバーを紛失したベイダーがわずかに見せた困った様子が、
ルイズの胸にわだかまっていたのである。

それに、初めてあの剣を抜いた時に、ベイダーは何と言っていたか。

命を預けるべき武器はこれだけだ――そう言ってはいなかったか。

立派な剣を買い与えてやることで自責の念を晴らそうと思っていたが、残念ながらそれも無理だった。
安くてどこにでもあるようなレイピア一本で、あの武器の埋め合わせができるとは思えない。


キュルケはもちろんルイズの言葉に納得してはいなかった。
「それはあの使い魔の自業自得よ。本当に能天気ね、あんたは。また暴れたらどうするわけ?」

「……うまく説明できないけど、もうあんな大暴れすることはないんじゃないかと思う」

それは偽らざる本心だった。
ルーンの刻まれたグローブを着脱するたびに、少しずつベイダーの物腰が柔らかくなってきている。

まだ自分のことを暗黒卿だのダークサイドだの言ってるが、ベイダー本人が一番戸惑っているのは
今日一日行動を共にしてよくわかった。


「あんたのおつむの軽さには呆れるわ。今日あいつに剣買ってやったんでしょ?
もうそれでいいじゃない」

「……なんで知ってるの?」

キュルケがハッとして口元に手を当て、返答に窮した顔を浮かべた刹那、タバサが身構えた。

「何か来る」

その言葉を合図にしたかのように、地面が盛り上がり、巨大な土のゴーレムが出現した。


フーケは巨大な土のゴーレムの肩の上で、薄ら笑いを浮かべていた。
足元で逃げ惑う数人の生徒が見えるが、気にしない。
フーケは頭からすっぽりと黒いローブに身を包んでいる。
その下の自分の顔さえ見られなければ、問題はない。

ゴーレムが軽く拳をぶつけただけで、本塔五階の窓に打ち付けられた急ごしらえの板は
吹き飛んだ。

フーケはその腕を伝い、五階の廊下に飛び込んだ。

宝物庫を守る扉の前に立つその口から漏れたのは、『錬金』の呪文。
完成すると同時に扉に向かって杖を振る。

驚くべきことが起こった。
頑丈な鉄造りの扉の一部が、ただの土くれに変わり、ボロボロと崩れてゆくではないか。

『土くれ』という二つ名の元になった、フーケの盗みの常套手段であった。


だが、分厚い扉の半分程度で、その効果は失われた。

もう一度『錬金』をかけても、今度は効力が弾かれる。
どうやらルイズの爆発が及ばなかった、スクウェアメイジの『固定化』に守られた箇所に
差し掛かったようだ。

「やっぱりこれ以上は無理か。でも、ここまで崩せれば…」

フーケは魔法の杖をしまうと、代わりに円筒状の道具を取り出した。
両手でそれを保持し、構える。その威力は確認済みだ。


閉鎖された廊下の闇を、赤い光が引き裂いた。


主たるメイジを回収した巨大な土のゴーレムは、学院の城壁をひとまたぎで乗り越えて逃亡した。
その先の草原をしばらく歩いていたが、シルフィードに乗って追跡していたルイズたちの目の前で
突如崩れ、文字通りただの土くれに戻った。

そこに、黒ローブのメイジの姿はなかった。


翌朝、魔法学院は臨時休校となり、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。

『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』

宝物庫の壁にはフーケの犯行声明刻まれ、その言葉通り、学院が王室から預かって秘蔵してきた
『破壊の杖』が消失していたのである。



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最終更新:2007年10月17日 18:21