フーケ討伐-フリッグの舞踏会


ルイズ、キュルケ、タバサの三人は、犯行の目撃者として学院長室に呼び出された。
そこには学院の教師達がほぼ全員集まっていた。

「ふむ……、目撃者は君たちか」

オスマン氏はそう言いながら興味深そうにルイズを見つめた。
ルイズはどうして自分がじろじろ見られるのかわからず、居心地の悪さを感じた。

「詳しく説明してみたまえ」
ルイズが進み出て、見たままを述べた。

巨大な土のゴーレムが本塔の窓を破壊し、黒いローブをかぶったメイジが宝物庫のある五階に
消えていったこと。

しばらくして戻ってきたメイジは『破壊の杖』と思われるものを携えていて、ゴーレムに乗って逃亡したこと。

ゴーレムは最後には崩れて土に戻ってしまったこと。

「それで?」
「後には土しかありませんでした。肩に乗っていた黒いローブを着たメイジは、影も形もなくなっていました」

「ふむ……後を追おうにも、手がかりナシということか」

オスマン氏が長い白髭を撫でた。それから思い出したようにコルベールに尋ねる。
「ときに、ミス・ロングビルはどうしたね?」
「それがその……、朝から姿が見えませんで」
「この非常時に、どこに行ったのじゃ」
「どこなんでしょう?」

そんな風にうわさをしていると、そこに当のミス・ロングビルが現れた。

「ミス・ロングビル! どこに行っていたんですか! 大変ですぞ! 事件ですぞ!」
興奮した調子でまくし立てるコルベールを歯牙にもかけず、ミス・ロングビルは落ち着き払った態度で、
オスマン氏に告げた。

「申し訳ありません。朝から、急いで調査をしておりましたの」
「調査?」

「土くれのフーケの居所がわかりました」
「な、なんですと!」
コルベールが素っ頓狂な声をあげた。

早朝から付近で聞き込み調査を行ったミス・ロングビルの説明によれば、フーケらしき人物の目撃談が
上がったのは、ここから馬でほんの4時間ばかりの森の中にある廃屋でのことらしい。

すぐに王室に報告して兵隊を差し向けてもらおうという進言を、オスマン氏は一蹴した。
身にかかる火の粉を己で払えぬようで何が貴族か、そう恫喝するオールド・オスマンは、年寄りとは思えぬ
迫力であった。

しかし、捜索隊の編成を宣言したオスマン氏に向かい、名乗りを上げる教師は皆無だった。

重苦しい沈黙がのしかかる室内で、すっと一本の杖が掲げられた。
ルイズだった。

「ミス・ヴァリエール!」
ミセス・シュヴルーズが、驚いた声をあげた。
「何をしているのです! あなたは生徒ではありませんか! ここは教師に任せて……」

「誰も掲げないじゃないですか」
ルイズはきっと唇を強く結んで言い放った。

ルイズがそのように杖を掲げているのを見て、しぶしぶキュルケも杖を掲げた。
「ヴァリエールには負けられませんわ」

キュルケが杖を掲げるのを見て、タバサも掲げた。
「タバサ。あんたはいいのよ。関係ないんだから」
キュルケがそう言ったら、タバサは短く答えた。
「心配」

そんな三人の様子を見て、オスマン氏は笑った。
「そうか。では頼むとしようか」

当然反対の声が上がる。生徒たちをそんな危険な目に遭わせるわけにはいかない、ということだ。

しかしそんな反対意見に、オスマン氏は取り合わない。
「彼女たちは、敵を見ている。その上、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと
聞いているが?」
教師たちは驚いたようにタバサを見つめた。

「本当なの、タバサ?」
『シュヴァリエ』は王室から与えられる爵位としては最下級のものではあるが、他の爵位が金で領地を
買って獲得することもできるのに対し、シュヴァリエだけはそうはいかない。
いわば実力の証なのだ。

学院長室の中がざわめいた。オスマン氏は、それからキュルケを見つめた。
「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法も、
かなり強力と聞いているが?」
キュルケは得意げに、髪をかきあげた。

それから、自分の番だとばかりに胸を張るルイズの方を見て、オスマン氏は困ってしまった。
誉めるところがなかなか見つからなかった。

こほん、と咳をすると、オスマン氏は目を逸らした。
「その……ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女で、
その、うむ、なんだ、将来有望なメイジと聞いているが? …しかもその使い魔は!」

ちょうどその瞬間、学院長室のドアがノックもなしに開けられた。

「コーホー」

室内の気温が、一気に下がった。

「僕も行くぞ」
開口一番、ベイダーはそう言った。
「ベイダー!」
ルイズが驚いて詰め寄った。

ここにいる教師たちはみな名のある家柄の貴族だ。非礼がすぎるのではないか――不安になったルイズが
肩越しに教師たちの方を見ると、誰もこちらを見て…否、見ようとしていなかった。

「宝物庫の扉を見てきた。一部は魔法で土に変えられていたが、残りの部分はライトセイバーで焼き切られていた。
その盗賊を捕らえればライトセイバーが取り戻せる」


オスマン氏はそんなベイダー卿を上目遣いに見つめた。

「ミス・ヴァリエールの使い魔は、平民ながらあのグラモン元帥の息子である、ギーシュ・ド・グラモンと
決闘して勝ったという噂だが」

オスマン氏は思った。彼が、本当に、本当に伝説の『ガンダールヴ』なら……。
土くれのフーケに、遅れを取ることもあるまい。

コルベールが興奮した調子で、後を引き取った。
「そうですぞ! なにせ、彼はガンダー――ぶるぁッ」
オスマン氏は慌ててコルベールの口を押さえていた。
「むぐ! はぁ! いえ、なんでもありません! はい!」

教師たちはすっかり黙ってしまっていた。
「この三人に勝てるという者がいるのなら、前に一歩出たまえ」
誰もいなかった。
むしろみな、三人というより、その後ろに控えている人影の方を見ようとしない。

オスマン氏は改めてルイズたちに向き直り、高らかに宣言した。
「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」
ルイズたちがさっと直立の姿勢をとる。

「この杖にかけて!」

三人が同時に唱和し、それからスカートの裾をつまんで恭しく礼をした。

「コーホー」

詳しい場所を知っているというミス・ロングビルを案内役に、一行はさっそく出発した。

現地に着くまで魔法を温存するため、移動手段は馬車だ。
ミス・ロングビルが御者役を買って出た。

体格の関係上、ルイズとキュルケが並び、ベイダー卿の隣には一番小柄なタバサが座った。
ルイズは目の前に腕組みをして座るベイダーに、意地悪く言った。
「馬じゃなくてよかったわね」

「黙れ。その首を引き抜くぞ」
ベイダー卿はその背後に控え、腕組みをしたまま仁王立ちしていた。

ルイズがふと視線をずらすと、馬車の上でも本を広げているタバサが、いつもの異様に長い杖の他に、
一振りの剣を携えているのが目に入った。

「タバサ、それ何?」

「その内役に立つかもしれない」

会話はそれで打ち切りだった。ルイズはそれ以上の追求を諦めた。
ルイズにはまだ、タバサとの接し方がいまひとつ把握できていないのである。

ちょうど四時間あまり経った頃、馬車は深い森に入っていった。
昼間だというのに薄暗く、気味が悪い。
いつしか皆無言になり、荷台の中には重苦しい雰囲気が立ち込めていた。
響くのは馬車の車輪の回る音と、風が枝葉を鳴らす音。
……そして、こんな時でもいやに規則正しいベイダー卿の呼吸音だけだった。
この音が、かえって四人の不安をあおる。

「ここから先は徒歩で行きましょう」
ミス・ロングビルのその言葉に従い、全員が馬車から降りた。

森をしばらく歩くと、一行は開けた場所に出た。
木々の中の空き地といった風情である。
その真ん中に、確かに廃屋があった。

「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるという話です」
ミス・ロングビルが廃屋を指差す。
使われなくなった炭焼き小屋だろうか。
盗賊が一時しのぎの隠れ家にするのにはもってこいである。

ただ、人の気配がしない。

「どうする?」
「囮を立てましょう。あの中じゃ巨大ゴーレムは作れないわ」

一同は、小屋からは死角となる茂みの陰に隠れて作戦を立てることにした。
したのだが……。

「見るまでもない。中は無人だ」
ベイダー卿がすっくと立ち上がった。

「わ、馬鹿!」
ルイズが慌ててその頭を押さえようとするが、既に遅い。
木々の合間から差し込む陽光が黒いヘルメットに当たって、ギラリと光った。
小屋の窓から賊が窺っていたら、間違いなく見つかったろう。

だが、やはり小屋の中に動きはない。


「お願いだから先走らないでよ。メイジにはメイジなりの戦い方があるんだから」
ルイズが噛んで含めるように言った。
結局ベイダー卿が囮兼偵察役として、小屋の中に踏み込むことになったのだ。

中にフーケがいたら戦闘を避けて外におびき出すこと。

フーケが小屋から出てきたらみんなで一斉に魔法をぶつけることが確認された。

「いい? 秘宝を隠してる可能性もあるから、間違っても殺しちゃダメよ?」
ルイズが念を押した。

そして、ちょっとだけはにかんだ表情を浮かべて、続ける。
「えっと……、メイ・ザ・フォース・ビー・ウィズ・ユー」

一同がハラハラしながら見守る中、ベイダーがろくに警戒せずに大またで小屋の入り口に向かう。
すぐにその姿は廃屋の中に消えていった。

今にもフーケが出てくるのではないか……、最前列に隠れるルイズは、自分の心音がどんどん
大きくなっていくのを止める術がなかった。

そんな、一行の中でも一番緊張していると思しきルイズの背に向かい、キュルケが憎まれ口を叩いた。

「みんなで一斉攻撃なんて、あんた魔法も使えないくせに」
「う、うるさいわね」
「間違っても破壊の杖を爆発させちゃダメよ、ゼロのルイズ?」
「……ッ!」

ルイズがさらに食ってかかろうとするのを、タバサが遮った。

「出てきた」

ルイズとキュルケもハッとして前に向き直る。
その言葉通り、ベイダーが何事もなかったように小屋の戸をくぐって姿を現したところだった。

そしてその手に、不思議な形状の道具が抱えられているのを見て、誰からともなく声が出た。

「破壊の杖」


隠れ家にしていた茂みからルイズたちが出てきたのを確認して、ベイダー卿はその道具を
地面に下ろした。

一同がそれを取り囲み、見下ろす。

「これが『破壊の杖』だと言うのか」
「そうよ。宝物庫見学で見たことがあるから、間違いないわ」
キュルケが頷いた。

「意外とあっけなかったわね」
ルイズが安堵と失望の入り混じった表情を浮かべる。

少し辺りを偵察してくる、そう言って、ミス・ロングビルは木立の間に分け入っていった。

ベイダー卿はもう一度破壊の杖を手にとってみた。
左手のルーンが輝く。

当然ベイダー卿はそれが何であるかは知っていた。
かなり古い形式……というよりほとんどハンドメイドに近い。
だが、この『破壊の杖』を手にした時にどういうわけか頭の中に流れ込んできた情報が、
その隠れた危険性を知らせていた。

「なんでこんなものがここに」

「ベイダー、あんた知ってるの?」
ベイダーが頷く。

そして彼が言葉を接ごうとしたその時、辺りに地鳴りが響いた。

廃屋の背後の土が見る見る盛り上がり、不恰好な巨人の形をとる。
そのひと踏みで、小屋がぺしゃんこになった。

「フーケのゴーレムよ!」
キュルケが悲鳴を上げた。

タバサが真っ先に反応した。
自分の背丈よりも長い杖を一振り。氷雪混じりの竜巻を作り、ゴーレムにぶつける。
だがゴーレムはびくともしない。

続いてキュルケが放った炎がゴーレムを包んだ。
だが、ゴーレムはその身を焼かれてもまったく意に介さず、歩みを進めてくる。

「無理よ、こんなの!」
キュルケが叫んだ。

「退却」
タバサが呟く。

キュルケとタバサは一目散に駆け出した。

残されたルイズは、しかしながらその後を追って逃げようとしなかった。
決死の表情で呪文を唱え、杖を振るう。
巨大なゴーレムの表面で、爆発が起こった。

だが、やはり効果はない。

ルイズはさらに呪文を唱えようとする。

「退却だ」
傍らに立つベイダー卿が、珍しく焦った声を出した。

しかしルイズは耳を貸さない。
「いやよ! あいつを捕まえれば、誰ももう、わたしをゼロのルイズとは呼ばないでしょ!」
目が真剣だった。

ゴーレムが二人を踏み潰さんとして大きく足を上げた。

ルイズは再び杖を振るう。
今度も失敗だ。腰の辺りが弾けたが、巨大ゴーレムにとって、表面が多少抉られようとも痛くも
痒くもないようだ。

ルイズの視界に、ゴーレムの足の裏が広がる。
ルイズは目をつぶった。

だが、ルイズを押しつぶすはずの衝撃は、いつまで経ってもやって来なかった。

ルイズはおそるおそる目を開けた。
ゴーレムの足は、ルイズの頭上四、五メイルの所で止まっていた。

そしてルイズは見た。
その真下で、彼女の使い魔が両手を上に掲げ、のしかかってくる巨大な重量に不可視の力で
抗しているのを。

「早く行け。長くは持たない」

その言葉通り、少しずつゴーレムの足が下がってくる。
これだけの重量を支えるのは、ベイダー卿にとっても楽ではないようだ。

「いやよ!」
しかしルイズはそれでも首を振る。

ベイダーはルイズの方を振り返り、彼女をしばらく見つめた後、顎をくいっとしゃくった。
その動作に合わせて、ルイズが十メイル近く後方に飛ばされた。
破壊の杖が落ちている辺りまで転がり、止まる。

「死にたいのならそう言え。ダークサイドの恐怖をその身にたっぷり刻んで殺してやる。
…だが、今はその時ではない。違うか?」

その声の持つ迫力に、銀河の中で誰が逆らえただろう。
黙って頷く以外に、ルイズに選択肢はなかった。

「ルイズ、ほら早く!」
その頭上から、シルフィードに乗ったキュルケが手を伸ばした。
どうやらタバサが後を追尾させてきていたらしい。

キュルケらによってルイズと破壊の杖が竜の上に引きずり上げられるのを確認したベイダー卿は、
満足そうに小さく頷いた。
既にゴーレムの足は彼の頭上50サント程度まで迫ってきている。

「ベイダー!!」
シルフィードの背から、再びルイズが叫んだ。

その声に反応し、ベイダーが彼女の方を向いた。
そして、ルイズの視線の先で――
「卿をつけろと言ったはずだ、マスター」
掲げた左手だけを残し、いったん右手をぐっと腰まで下げてから、渾身の力を込めて突き上げる。

片足を下からすくわれる形で、土造りのゴーレムが木々をなぎ払いながら転倒した。

(さて…)
ベイダーは腰に佩いた長剣を右手で抜いた。
左手の甲のルーンが光る。
半分機械の体が、羽のように軽くなった。

このルーンのせいか、どうも武器を握ると、フォースの力を借りた時に匹敵するほど身体能力が
上がるらしい。

「悪くはないな」
そう呟くベイダー卿の目の前で、土煙を上げながらゴーレムが立ち上がった。

人間とは思えぬ速度でベイダーの巨躯が駆け出した。

風竜のシルフィードの背で、ルイズたち三人はベイダー卿の戦いぶりを見ていた。

巨大なゴーレムは、ベイダーの動きにまったくついていけず、レイピアでちくちくやられていた。

「相変わらず大したもんね、あんたの使い魔は」
キュルケが目を見張る。
タバサも首肯した。

ただ、ルイズだけは首を傾げる。
「でも、なんだか、いつもと違う気がする」

キュルケが不思議そうにルイズの顔を横目で見た。
「そう? でも、どっちにしろ、あんな剣一本じゃ…」
キュルケがそう呟いた直後、疲労が溜まっていたのであろう、ベイダーが手にしたレイピアが折れた。

「あ!」
ルイズとキュルケが同時に声を上げた。

「あんたがあんな安物買い与えるから!」
「う、うるさいわね!」

口論を始める二人を尻目に、タバサだけが冷静だった。
シルフィードを操り、得物が折れたのを見てゴーレムからやや距離を取ったベイダー卿のそばに寄せる。

「ベイダー卿」
この星に来てから初めてそう呼ばれたような気がして、ベイダーは思わず頭上を仰いだ。

「これを」
タバサが手にした大剣、デルフリンガーを鞘ごと投げ落とす。

「じょ、冗談じゃねえや、貴族の娘っ子!」
インテリジェンスソードが情けない声を上げた。

ベイダーは受け取りざまに鞘を払い、抜き身の剣をまじまじと見た。

「喋る剣…ドロイドか?」
「よ、よお。この先世話んなるぜ、相棒」

「ダース・ベイダーだ」
錆びた剣だが、先ほどのものよりはマシのようだ――そう判断し、ベイダーは再びゴーレムに
向かっていった。

「あれでもダメじゃない」
上空を飛ぶシルフィードの背で、キュルケが絶望的な声を上げた。

新しい得物を手にしたベイダー卿ではあったが、巨大すぎるゴーレム相手には効果的なダメージを
与えられずにいた。

たしかにさっきのレイピアに比べればはるかに打撃力が高く、時には手足を切り落とすのに成功する
こともある。

だが、そのたびにゴーレムは再生した。

元が単なる土だけに、痛みも恐怖も感じないようである。

錆びてボロボロの見た目からは想像できないほどの切れ味と耐久性を見せるデルフリンガーであったが、
やはり決定打に欠けた。

何か、一撃でバラバラにするような手段がなければ……
そう思案していたルイズは、ハッとして自分が抱えてる道具を見た。

クロムメッキに塗りつぶされたその道具が、おそらくは数十年ぶりに浴びるのであろう日光を照り返して、
表面を鈍く光らせた。

ゴーレムと立ち回りを演じるベイダー卿の視界の隅に、ルイズがまたしても竜から飛び降りるのが
映った。

しかもその両手で、よりにもよって破壊の杖を抱えている。

「よせ」
タバサにかけてもらったレビテーションで難なく着地したルイズが、ゴーレムの背に向かって破壊の杖を
ぶんぶん振るのを見て、ベイダーもさすがに肝を冷やした。

現用のものならありえないことだが、あれはずいぶんな年代ものでしかもおそらく海賊製品だ。
何が起こってもおかしくない。

「何よこれ! 魔法なんて出ないじゃない!」
それでもルイズは破壊の杖を離さない。

慌ててルイズに駆け寄ろうとするベイダーの行く手を、土のゴーレムが遮る。

「邪魔をするな」
ベイダーが思い切り腕を振ると、ゴーレムがまた足をすくわれて倒れた。

その隙に、ルーンの効果にフォースを上乗せして弾丸のように駆けるベイダー。
その手が軽く上がると、破壊の杖がルイズの両手を離れてベイダーの掌に収まった。

「ひっ!」
ルイズはいつの間にか隣にいたベイダーに驚いて悲鳴を上げた。

彼女の動揺が収まるより早く、ベイダーは手にした破壊の杖の準備を終えていた。

無論初めて見るタイプではあるが、元々ベイダーはメカニックの天才である。
その上、左手に光るルーンが、使い方を教えてくれていた。

「上の連中にできるだけ離れるように言え。僕らも走るぞ」
ルイズは頷き、走り出す。ベイダーもその背を追った。

「タバサ! できるだけ離れて!」
『風』系統のメイジは押しなべて耳が良い。
ルイズの叫びを瞬時に理解したタバサが、シルフィードを一気に上昇させた。

さして足の速くないルイズに業を煮やし、ベイダーは手にしたデルフリンガーを森の奥目がけて
放り投げ、片腕に彼女を抱きかかえた。
「うひゃあああぁぁぁっ!」

デルフリンガーの情けない悲鳴を無視し、一気に加速する。

十分距離を取った――広場の切れ目近くに差し掛かったベイダーはそう判断すると、振り向きざまに
破壊の杖の引き金を引いた。

「どうもこいつを倒さねば、賊は出てくる気はないようだからな」

シュポンッ! と瓶の栓を抜くような音が響き渡り、黒い塊が火と煙の尾を引いてゴーレムに向かって
いった。
ショック緩衝材と推進剤からなる弾頭が巨体の胸の辺りに吸い込まれる。

ベイダーはルイズを胸の下に組み敷く形で木々の間に飛び込んだ。

爆発――

閃光――

核融合反応による想像を絶する熱量が放出され、半径20メートルあまりの空間を塵も残さず
焼き尽くした。

サーマル・デトネーター。
バラディウムの核融合反応による熱エネルギーで、あらゆる物を破壊する爆発物である。
放射能を撒き散らすことはないが、その破壊力と、些細な取り扱いのミスで爆発する危険性から
銀河中で規制され、所持しているだけで死刑判決を受ける星系も少なくない。

『破壊の杖』は、グレネードランチャーの弾頭にサーマル・デトネーターを仕込んだ代物であったらしい。

(どこのならず者がこんな真似を……)

爆風からルイズをかばう形で倒れこんだベイダー卿は、そのままの姿勢で呻いていた。

(ブラックサンの連中か。やはり早めにつぶしておかねば――)

「ちょっと……、いつまで乗っかってるのよ。重いじゃない」
ベイダー卿の思考を中断させる声。
胸の下でルイズがあがいていた。
そこでようやくベイダーも立ち上がり、ルイズを引き起こす。

広場を振り返れば、惨憺たる有様が広がっていた。
ゴーレムの姿は当然跡形もなく消し飛んでおり、溶岩状になった爆心地を中心に、土がめくれて
波のような起伏を成していた。

「こりゃたしかに『破壊の杖』だわ」
ルイズの傍らに、シルフィードからタバサとキュルケが降りてきた。

ベイダーが忌々しい物ででもあるかのように、破壊の杖を地面に捨てた。
爆発するのではないかと思ったルイズたち三人はとっさに地面に伏せたが、破壊の杖は
うんともすんとも言わなかった。

三人がおそるおそる立ち上がる。
どうやら大丈夫のようだ。

「ミス・ロングビル」
タバサがふと思い出して辺りに視線を走らせた。

「あ!」
ルイズとキュルケが同時に声を上げた。

「まさか、爆発に巻き込まれて……!」
だとしたら、骨片さえ残っていないだろう。

「どどど、どうすんのよ、ベイダー!」

「コーホー」

「ご心配なく」
不意にかけられた声と共に伸びてきた手が、地面に転がる破壊の杖を拾い上げた。

「ミス・ロングビル!」
三人が驚きと安堵の声を上げる。

しかし、次にミス・ロングビルの取った行動は予想を裏切るものであった。

普段のイメージとは異なるはすっぱな笑いを浮かべながら、破壊の杖の砲口をルイズたちに
向けて構えたのだ。

「どういうことですか?」
ルイズは唖然として、ミス・ロングビルを見ていた。

「さっきのゴーレムを操っていたのは、わたし」

「え、じゃあ、あなたが……」
目の前の女性は眼鏡をはずした。優しそうだった目が吊り上がり、猛禽類のような目つきに
変わる。

「そう。わたしが『土くれ』のフーケ。伝えられている通りとんでもない代物ね、この『破壊の杖』は。
おっと、動かないで。一瞬で蒸発したくなければね。全員、杖を遠くに投げなさい」

『破壊の杖』はぴたりと四人を狙っていた。
しかたなく、ルイズたちは杖を放り投げた。これでもうメイジは魔法を使うことが出来ない。

「コーホー」
ベイダー卿には投げるべきものがなかった。

「わたしね、この『破壊の杖』を奪ったはいいけど、使い方がわからなかったのよね」
ミス・ロングビル、いや、土くれのフーケは、聞かれてもいないのに、冥土の土産とばかりに
語りだした。

「使い方?」
「ええ。振っても魔法をかけても、この杖はうんともすんとも言わないんだもの。使い方が
わからないんじゃ、宝の持ち腐れでしょ? そこであなたたちにこれを使わせて、使い方を
知ろうとしたわけ」
自分の計画どおりに事が運んだのがよほど愉快なのだろう、フーケはいやに饒舌だ。

そしてそうやって喋りながらも、その足は一歩ずつ後退してゆく。安全距離を取るつもりだ。

ルイズがぎりり、と歯噛みした。
「それで、わたしたちをここまで案内してきたってわけ?」

「そうよ。魔法学院の者なら知っててもおかしくないでしょ。それにね、わたし、『破壊の杖』を
一目見て確信したの」

フーケはそこで言葉を切り、破壊の杖を構えたまま上衣の裾をめくって見せた。

「そこの使い魔の持ってたこの武器と、『破壊の杖』は同じ技術体系で作られたってね」
裏にこしらえられた隠しポケットから、銀の円筒状の道具が顔を覗かせていた。

「案の定、そこの平民は使い方を知っていたわね。便利ねえ、これ。スクウェアメイジが『固定化』の
魔法をかけた鉄の扉も焼き切れちゃうんだもの」

じりじりと後ろに下がっていたフーケが、そこで足を止めた。
『破壊の杖』を使用するのに、十分な距離を取ったと判断したようだ。

「お別れね。短い間だったけど、楽しかったわ。さようなら」

キュルケは観念して目をつぶった。
タバサも目をつぶった。
ルイズも目をつぶった。

ベイダー卿も目をつぶったかは誰にもわからないが、その代わり、彼は足を一歩前に踏み出した。

「勇気があるのね」
フーケはそれでも余裕の態度を崩さない。

「愚かな。サーマル・デトネーターを仕込んだ弾頭を複数装填できるランチャーなどあるわけが
ないだろう。一発目を撃ったショックで全弾誘爆してしまう」
「な、何を言って……」
言い知れぬ不安に駆られ、フーケは引き金を引こうとした。

だがその前にベイダー卿の手が小さく動き、それに応じて破壊の杖は彼女の手を離れた。

フーケは慌てて隠していた魔法の杖を引き抜く。
それとほぼ同時にベイダー卿が破壊の杖をキャッチし、砲口をフーケに向けると引き金を引いた。

「ひっ!」
フーケが悲鳴を上げ、顔を背けた。

だが、先ほどのような爆発は起こらなかった。

「あ……」
気の抜けたような表情を浮かべたフーケに、ベイダーは宣告した。
「わかったろう。これは一発しか撃てない武器だ。だがこれを餌にすれば、必ず賊が釣れると
踏んでいた」

その手が再び軽く動く。フーケの上着の裾の裏からライトセイバーが飛び出した。

「うっ、くっ……」
フーケが呪文を唱え始めるのと、ベイダー卿がライトセイバーを片手で受け止めるのとは
ほぼ同時だった。

そしてさらに――

「お釣りだ」
手にした『破壊の杖』を、フーケ目がけてフォースで放った。
フーケの呪文が完成するはるか以前に、唸りを上げて飛んできた『破壊の杖』がその腹に
めりこんでいた。
フーケが無言で崩れ落ちる。

「ベイダー……?」
「卿をつけろと言ったはずだ」
その手に再び、フーケを打ち倒した『破壊の杖』が戻ってきた。

歓声が上がる。
ルイズたちは任務を果たしたのだ。


「おい、相棒! 貴族の娘っ子! まさか俺を忘れてるんじゃ……」
ゆっくりと陽が落ち始めた無人の森の中、一本の木の幹に突き刺さったままのデルフリンガーが
情けない声を上げた。


117 ◆lImSxXZHHg [>>104把握] 2007/05/02(水) 00:12:52.75 ID:5RtRgVVd0
学院長室で、オスマン氏は戻ったルイズたち三人の報告を聞いていた。
「ふむ……。まさかミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはな……。美人だったもので、
酒場で意気投合した勢いでなんの疑いもせず秘書に採用してしまった」
死んだ方がいいのでは?――口には出さなかったものの、その場にいた全員がそう思っていた。

そんな白けた空気を感じ取ったのか、オスマン氏はこほんと咳をして、話を続けた。
「さてと、君たちはよくぞフーケを捕まえ、『破壊の杖』を取り戻してきてくれた」
誇らしげに、ルイズたち三人が礼をした。

「フーケは、城の衛士に引き渡した。『破壊の杖』は、無事に宝物庫に収まった。一件落着じゃ」
オスマン氏は三人の頭を一人ずつ撫でた。
「君たちへの褒章は、追って王室から沙汰があろう。期待していていいぞ」
三人の顔がぱあっと輝いた。

だが、ちょっと考え直した様子のルイズの顔がわずかに曇った。
「オールド・オスマン。ベイダーには何もないんですか?」

「残念ながら、彼は貴族ではない」
オスマン氏は首を横に振った。
それを聞き、ルイズはさらに浮かない顔になった。

今回のフーケ討伐は、ほとんどベイダーの手柄だ。
自分は何もしていないに等しいのに――

すると、朝方もそうであったように、ノックもなしに学院長室のドアが突然開いた。

「かまわない。銀河を遍く支配する今の力以上に望むものなどない」
さも当然の如く、ベイダー卿が室内に姿を現した。

「……そう。まあ、あんたの誇大妄想は聞き飽きたけど、あんたがそれでいいならわたしは何も
言わないわ」

「コーホー」

オスマン氏はぽんぽんと手を打った。
「さてと、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。このとおり、『破壊の杖』も戻ってきたし、
予定どおり執り行う」

キュルケの顔が輝いた。
「そうでしたわ! フーケの騒ぎで忘れておりました!」

『フリッグの舞踏会』は、なんということもない貴族趣味丸出しのパーティなのだが、その席で
踊ったカップルは必ず結ばれるとまことしやかに言い伝えられている。

「今日の主役は君たちじゃ! 用意をしてきたまえ。せいぜい、着飾るのじゃぞ」
三人は礼をするとドアに向かっていった。

ルイズはすれ違いざまにベイダーをちらっと見上げ、つかの間立ち止まったが、そのままドアを
開けて退出していった。

部屋にはベイダー卿とオスマン氏だけが残された。

「さて、と。何か聞きたいことがあるようじゃの」
「あの『破壊の杖』とやらをどこで手に入れたか聞いておきたい。あれは極めて危険な代物だ」
オスマン氏は首を振った。

「残念じゃが、わしもよくわからぬ。五年ほど前に、突如として現れ、トリステインの村々を襲って
回った二人の亜人種がいた。彼らは見たこともない威力の武器を持ち、それぞれ一本ずつ
破壊の杖を持っておった。腕利きのメイジが何人も殺されたが、最後にはとうとう、『風』の
スクウェアメイジの青年によって倒されたという。『破壊の杖』の一本は使用され、一つの村が
壊滅した。こちらはそのメイジに破壊されたが、もう一本は無傷で手に入り、当学院の堅固な
宝物庫に収められて門外不出の秘宝とされた、というわけじゃ

なるほど――ベイダーは小さく頷いた。

自分以前にもこの星に呼び出されたか、ハイパースペース・ドライブの失敗で不時着してしまった
者がいたのだ。
あんなものを持っていたところを見ると、かなり凶悪なエイリアン種の犯罪者か賞金稼ぎの類だった
のだろう。
ブラスター銃やサーマル・デトネーターで武装した者が二人もいたら、この星では相当な脅威に
なったにちがいない。

「そうそう。その左手のルーンのことなら知っておるぞ。それは始祖ブリミルの伝説の使い魔、
『ガンダールヴ』の印じゃ」

「伝説?」
「言い伝えによると、『ガンダールヴ』はありとあらゆる『武器』を使いこなしたそうじゃ」

ベイダー卿はまた小さく頷いた。このルーンがそうした類のものなら、剣を握った途端フォースの
助けなしに人間離れした動きができたのも、調べてもいないのにサーマル・デトネーターが
装填されていることがわかったのも納得できる。

「参考までに聞いておこう。そのメイジの名は?」

「なんでもその時の功が認められて、若くしてトリスタニアの魔法衛士隊の隊長に任じられた
そうじゃ。名を、『閃光』のワルド、ワルド子爵という」

ベイダーはそれだけ聞くと、一礼もせずにオスマン氏に背を向け、学院長室から退出した。

ようやく一人になったオスマン氏は、大儀そうに椅子に身を沈めた。
「ふぅ。あの使い魔と面と向かって話をするのは疲れるわい」

四六時中一緒にいるルイズに、畏敬の念さえ抱いてしまうオスマン氏であった。

「ようよう、相棒! パーティ会場はそっちじゃないぜ」

腰の剣がうるさくがなり立てた。
きっと役に立つから、というタバサに根負けして、ライトセイバーの下に差している。

「興味ない」
「おめえもつれねえ奴だな。きっとあの桃色の髪の貴族の娘っ子、相棒を待ってるぜ。
いや、ひょっとすると他にも――えぶっ」

ベイダー卿がフォースを送って、デルフリンガーを思い切り鞘の中に突っ込んだ。

「シスの暗黒卿が舞踏会だと? 冗談ではない」
口ぶりとは裏腹に、どことなく後ろ髪を引かれているかのような足取りで、ベイダー卿は
自室に向かった。

珍しく、久しぶりに一人で星空を見たい気分だった。

一方、こちらは食堂の上の階の大ホール。ここが今日のパーティの会場だ。

着飾ったルイズの美しさに、それまでゼロのルイズと呼んでからかっていた同級生たちまでもが
驚き、群がってダンスを申し込んできた。

だがルイズはそれを全部丁重に断り、どうにかこうにかバルコニーに逃れてきたところだ。

「……ま、あいつが来るわけないわよね」
思わず口に出して呟いてしまい、ルイズは自分の愚かな考えを振り払おうとぶんぶん頭を振った。

と、その拍子に、驚いたことにバルコニーに先客がいるのがわかった。

ルイズと同じく着飾った、小柄なメガネの少女。

「タバサ!」
ルイズは声をかけた。タバサが振り向く。

「踊らないの?」
着飾ってこのホールにやってきたということは、ダンスをしにきたということだろう。

だが、その質問には答えず、タバサは再びバルコニーの手摺に手をついて上を見上げた。

「星」
「え?」
「星を見ていた」
「……そう」
ルイズもタバサの隣に並んで上を見上げた。

背後のホールから、オーケストラの奏でる音楽が流れてきた。
ざわめきがいくつも起こり、続いて皆が一定のリズムでステップを踏み出すのが、こちらの
足元まで伝わる。

「ベイダーは違う星から来たって言ってたわ。まだ完全に信じちゃいないけど、あの『破壊の杖』の
威力を見せられたら、少しは信用せざるを得ないかもね。……でも、それならあの星のひとつひとつにも
色んな人間が住んでたりするのかな?」
ルイズが明るい一等星を指差す。
「わからない」
その星を見つめたまま、タバサがポツリと答えた。

今にも降り注いできそうな、満点の星空だった。



(お馴染みの星空背景でエンディング)



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最終更新:2007年10月17日 18:35