【溶岩地帯】SSその2

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【溶岩地帯】STAGE 試合SSその2


「根性おじちゃん、暑いの、大丈夫ですか~……」

「問題ねぇ。それより、テメエの心配をしろ。水を飲め」

言葉とは裏腹にだらだらと汗を流す柏木エリと、仏頂面の島津徹矢は、灼熱の溶岩に囲まれた足場を歩く。

「うー、そうします。麦茶飲む……」

エリが大きなヘビのぬいぐるみをぎゅむぎゅむと絞り上げると、喉の奥から水筒が迫り上がってくる。
島津は、その様子を視界の隅で確認すると、歩みを止めた。

「……随分器用に使うもんだよな、ソレ」

こく、こく、こく。
玉汗の滴る喉を鳴らして、一息に飲み干す。くう、と吐息を漏らして、エリが応えた。

「ふふふー、にょろにょろさんはすごいんです! へびなので!」

得意げに水筒をにょろにょろさんへねじ込む。
尻尾がびちびちと跳ねている。

「んー、いっぱい歩いたからお腹も空いちゃった」

縦横無尽に跳ね回るにょろにょろさんの胴を、エリの右手が的確に掴む。逆さに吊るし上げ、おもむろに左手のひらの上で軽く振る。
にょろにょろさんの口からかっぱえびせんが出てきた。

「おじちゃんもえびせん食べる?」

「いや、別にいらね……おい。なんでざらざら出てくるんだ。袋どうした袋。お前、食べかけの菓子をにょろにょろさんに入れんなって前も言っただろうが」

「もぐもぐ。あっ、やっぱりお皿ほしいですね。よいしょ」

紙皿が出てくる。
にょろにょろさんはすごい……なんでも出てくる……へびなので……。

柏木エリの能力『花まる金メダル』は、対象に背伸びを促す能力だ。ならばにょろにょろさんは、いっぱい入る!! へびだから!!!
「それ重くない?」とか「体積が膨らむ一方では?」とかそういう話もまったくもって野暮である!! にょろにょろさんは!! 背伸びをしているの!!!
とはいえ、それもまたエリの思い入れの強さの成せる業だ。それ故に、にょろにょろさんはすごい。

「おじちゃん、一緒に頑張ろうね。私も、いっぱい頑張るからね」

エリが紙皿をビニール袋に放り、にょろにょろさんの口へ押し込む。びちびち。

「もう、一人で動かなくなっちゃだめだよ。約束だよ」

「……おう」

再び歩き始めてからは、すぐだった。
向かう先。
比して大きな足場の中心に、それは見えた。
歳は、会ったばかりの頃のエリを思わせる。
無造作な着流しで、妖絶な美しさを漂わせる眉目秀麗の少年は、灼熱の地獄にあまりにも似つかわしくないものだった。

十三代目武田信玄が、静かにそこに立っている。





「こんにちは! 柏木エリです!」

背中を向けて何やら思案気に溶岩を見つめる武田信玄に対し、エリは元気よく挨拶をした。
島津は警戒を解かず、信玄の一挙一動を見逃さぬよう、睨み付ける。
信玄は振り返ると、まるで戦場にいるとも思わせぬ、涼し気な笑みを浮かべた。

「良い挨拶だな、女人。俺は、十三代目武田信玄と言う。名くらいは聞いたことがあるか」

「た、たけだしんげん!」

エリが島津を見る。
エリは、学校教育を受けていない。信玄のその名を学ぶ機会が無かった。
島津は信玄を見据えたまま、静かに応える。

「……たけだしんげん」

島津にはたぶんその機会はあったのだが……遺憾極まる……。

「……無さそうだな。 まあいい、別に咎めるつもりもない。それよりも、だ」

十三代目、寛大~!

「お前たちは、どこから来た。ここは何に見える。遠慮はいらん、申してみろ」

「それ以上近づくな」

一歩、エリに足を踏み出した信玄に、島津は鋭い声をかける。
エリは、不思議そうに首をひねる。

「おじちゃん?」

島津には、信玄の本意が掴めずにいた。
この場所にいるからには、尋常では叶えられぬ願いを持ち、血を血で拭う戦いを覚悟しているはずだ。
だが、今目の前にいる少年は、あまりにも――『逃れ得ぬ戦いを前にした気迫』に欠けている。
相手を陥れんとする厭な気配がまるで無い。ただ自然に、日常会話をしているだけとしか思えないのだ。
それなのに。

「てめえは、なんなんだ」

それでも、島津は信玄に対する警戒を解けない。
壮大な山脈が人の形を模しているかのような。あまりにも底知れぬ圧力を、島津は感じ取っていた。

「そう、急くな。すぐに終わらせるのも、趣がない」

また一歩踏み出した信玄の前に、島津は立ちふさがる。
得体の知れぬこの相手を、エリに近づかせるわけにはいかない。

「近づくなと言ったはずだ。同じことを二度言わせんな」

「急くな、と言ったはずだ」

信玄が、ゆるりと首を鳴らし、嗤った。

「そんなにすぐ終わりたいか」

瞬間、全身の毛が逆立つような圧力が解き放たれた。
島津は、一瞬の怯みを即座に押し殺し、根性をキメた。

「エリぃ! 刀だ!」

島津が、駆け出しながら吼える。

「か、刀……えと、えと……そいっ!」

すぽーん!
にょろにょろさんの口から、勢いよく長ドスが射出される。
宙に浮いたそれを手に取り、抱え込むように突き出しながら、そのままの勢いで体当たりをぶちかます。

信玄は、蚊を払うように左手を振った。
それだけで、島津の体は吹き飛んでいった。





「おっ、おじちゃーん!」

お、おじちゃん、お星さまになってしまった……そんな……。

「おい、そこの。エリ」

「はっ……はい!」

たけだしんげん君が、いつの間にやら目の前に立ってました。

「それはなんだ。何やら先ほど、刀を吐き出したように見えたが」

「えっ……」

も、もしかしてしんげん君はにょろにょろさんのよさが分かる人なのでは……?

「あのね……! これはね、にょろにょろさんで、にょろにょろさんはすごいんだよ!!! あのっ……すごいんだよ!!!」

にょろにょろさんを見せると、しんげん君はそれ以上言葉を発さず、じっくりとにょろにょろさんを観察します……!
言葉はいらない……ただ二人のうちにある想いは、同じはず……!

「ふむ。少し触るぞ」

「優しくね……」

しんげん君の白くて細い指が、にょろにょろさんの身体をなでていきます。びちびち。
なんだか、200年くらいの歴史が培った驚異の演算能力が、にょろにょろさんを丸裸にしているかのような手つきです。
「イヤン……」とにょろにょろさんが声を漏らしました。

「材質は通常のぬいぐるみと変わらんな。それの持ち得る性質、印象の与え得る性質を延展するのが、お前の魔人能力というところか。だが、頑強さに難がある。俺であれば、そうだな……そもそも鉄で作る。より強くなるだろうよ」

「えー、それかわいくないよー」

「愛玩用としての話はしていない。実用性の話をしている。大体、その方がかっこいい」

「かわいくなきゃ、にょろにょろさんじゃないもん」

「いやだから、かわいいじゃなくてかっこいい。かっこいい方がいいに決まっているだろう。ちょっと待ってろ」

しんげん君が、懐から鍛造マイセットと、秘蔵の玉鋼を出して、燃え滾る溶岩でササッと鍛造。ササッと完成!
ガントレットの如き蛇腹のついた、鉄のヘビが現れました!

「見ろ。アイアンにょろにょろさんだ。機動力も頑強性も高く、なんといっても眼が光る」

「眼が光ったら怖いよ……にょろにょろさんの方がいいもん」

「いやかっこいいだろう。それに、なんだったらかわいさでもお前のにょろにょろさんより上だ。見ろ、首の動きに連動して全身が動く。愛らしいという他あるまい。しかも、強い」

「にょろにょろさんの方がかわいいし、強いもーん」

「この俺の提言をこうまで無視するとは、命知らずなやつだ。どれ、先ほどお前の能力を演算解析したのでだな……」

「おい、ガキ」

あ、おじちゃんお帰りなさい。





「何を終わった気になってんだよ」

島津が、全身に深い傷を刻みながら、それでも確かな足取りで立っていた。

「ほう、ほう」

それを見た武田信玄が、嬉しそうに笑みを浮かべる。
先ほど圧力を放った人物とは思えないような、年相応の笑顔だ。

「やはり、このダンジョンには相当な強者が集うか。これはいい。まだ折れぬのは、無知故か、無謀故か、勇気故か。ならば、俺もまだお前の敵でいてやろう」

島津は、一撃をもらったことで、武田信玄という男を少し理解した。
それは、昆虫相撲を眺めているような。
戦いの中に、楽しみを見出す人間は少なくない。島津自身とて、強い相手と命を獲り合う高揚は無いわけではない。
しかし、目の前にいるこの小さな男のそれは、どうしようもなく質の異なるものだ。
強い相手に出会う楽しみ。相手の強さを目の当たりにする楽しみ。
この眼差しは、そのどちらとも違う。

かぶと虫に、人間が負けることがどうしてあるだろう。
信玄にとって、島津は、本当の意味で敵ではない。
期待に満ちた、品定めをするような目で、信玄は島津を見据えた。

「愛い奴め。遠慮はいらない。お前の力、存分に発揮するが良い。俺も少し遊びたかったのだ」

武田信玄は、懐から匕首を取り出し、

「『花まる金メダル(我が覇道に応えよ、友よ)』」

その能力を、行使する。

「俺の為に、戦え」

威風堂々たる声が、静かに匕首へ浸透する。短かった刀身が、まるで意思を持っているかの如く身をよじり、大きく強大になる。
匕首が、一瞬のうちに刃渡り三尺以上の大太刀へと変形していた。

「ふむ、初めての使用にしては上々か。まるで手に吸い付くようだ」

「……随分と御大層な金メダルだな、オイ」

何故目の前の男がその能力を扱えるのか、島津にはわからない。
わかるのは、ただ絶望的なまでの圧力が、そこにあるということだけだ。

「さて、アイアンにょろにょろさん。お前も、雌雄を決しておけ。敗けることは許さん」

信玄が、島津の肩越しに檄を飛ばした。
エリの傍で横たわった、不気味な鉄人形へ向けて。

(悪いなエリ。そっちへは行けそうにねぇ)

切っ先を向けて、島津をこの戦場に縛り付けておきながら、相手はこちらだけを見ていない。
鉛のごとき重圧を払い除け、島津が長ドスを構えなおす。

「こっち、見ろよ」

「お前の力、見せてみよ」

二人が、駆けた。





「お前も、雌雄を決しておけ。敗けることなど許さん」

「了解した。主よ」

「なんか喋ってる!」

しんげん君が声をかけると、当たり前のようにアイアンにょろにょろさんが喋り始めました。結構渋い声です。

「我が主の名に恥じぬため、貴様らを粉砕してみせよう。シュッシュッ!」

「手がないのにシャドウボクシングしてる!」

既にちょっとかわいい! まさに先制パンチってね。なんでもないです。

「さあ、貴様のしもべを出せ。それとも怖気づいたか?」

「なにをーっ、生意気な! ゴー! にょろにょろさん、ゴー!」

「きゅー!」

にょろにょろさんが……吼えた! もうあの日(近所の犬に持ってかれた日のことです)とは違うもんね! うおーいくぞ! 開戦じゃー!

「うおおーっ!」「きゅきゅきゃー!」

「ぬおっ!?」

先手必勝! にょろにょろさんを槍のように抱え、アイアンにょろにょろさんへ一直線です。
ふはは、奴め目が点になっておるわ。かわいいな。

「な、何故飼い主ごと来る! 身一つで勝負せんか!」

「えっでもにょろにょろさんは動けないので…」

ぬいぐるみにそこまで期待されても、困る! 素直な気持ちでぶつかっていく!

「うおおーっ!」「きゅきゅきゅー!」

「話を聞かんかぁ!」

開戦ったら開戦じゃー!





ヤクザという道を選んだのは何故だったか。
思い返してみれば、ひとつ、始まりと言えたものがあったかもしれない。
中学生の頃、道端で親に殴られる子供を見た。知った顔ではなかったし、何故怒られていたかもわからない。
だが、島津の行動は決まっていた。
その親父を、殴った。

人を助けるために拳を振るい、子供を守るために敵を作る。島津にとって当然のそれを正しいとするルールは、島津が生きている世界にはなかった。
だからこそ、戦わなければ守れない矜持があることを、島津は確信した。

それから島津は、喧嘩に明け暮れるようになった。
向いていたのだろう。負けることは、無かった。
何一つ不自由がない世界で、全てに不自由しながら、島津はいつも、胸の“何か”に命を賭けていた。
ヤクザという仕事は島津にとって腑に落ちるもので、彼らはそれを“仁義”と呼んでいた。
怖くても、痛くても、辛くても。命を賭けられるだけの仁義を持っていれば、ただそれのみを由に前へ踏み出せる。


だから、今この時も、前へ踏み出せる。
踏み出せはする、のだが。

島津は、自嘲するように笑う。

(コイツは、流石にしんどすぎじゃねえか)

戦えている、とはとても言えなかった。島津が生きていれば、とっくに死んでいただろう。
威勢虚しく受けに回り続けた島津は、右足首から先は吹き飛び、腹にも風穴が空いていた。

信玄が、再度刀を振るう。そこまでは見えているが、速すぎてとても避けられない。
目を瞑りたい。諦めて楽になりたい。
そういった易きに流れる思いを、島津の根性は否定する。

「うがああ!」

全力で首を捻る。逆袈裟に首を刈ろうとした刀は、島津の左腕を肩口から奪い取った。
そのまま崩れ落ちそうになる。激痛を堪えて全力で走り抜け、間合いを取った。
赫々と沸き立つ溶岩を背に、信玄は呵々と笑う。

「今のも躱すか。俺が剣撃でこれほど殺し損ねるなど、滅多にないことだ。誉れと思っていいぞ」

「そいつはどうも」

根性でどうにか動きだけは保っているが、こちらの攻撃は当たる気配がない。
攻略の糸口が見えない。これほどまでに強大な敵が存在するとは、思わなかった。

「人の身で、よくやるものだ。いや、今は既に人間ではないのだろうがな」

「……それがどうしたよ」

だが、心は折らない。
糸口が見えないなら、見えるまで戦い続ければいい。
愚かであろうと、無謀であろうと、それが島津の生き方だ。

「根性キメれば、人間だろうがなんだろうが関係がねえんだよ」

誰かが、島津を“死不”と呼んだ。
死なない人間を恐れ、そう呼んだ。
ならば、死してなお自分の生き方をやめない人間は、なんと呼べばいいだろう。
それもやはり、“死不”であるのかもしれない。

「次が、最期の一太刀となろう」

武田信玄は、刀を脇に構える。島津の攻撃を見届けて、勝つつもりなのだろう。

「全て出しつくせ。俺を失望させてくれるなよ」


一方その頃!

ドーン! ドドーン!

「馬場どの馬場どの! 見てあれ!」

「なんだ山県どの! ウワーッ! 浅間山が噴火しておるーっ!」

「ヒエーッ! 我ら六波羅探題は、過去、未来、平行世界に蝦夷新潟宇宙に至る六つの世界を監視することこそできるが、浅間山だけはだめなのだーっ!」

慌てふためく躑躅ヶ崎館の面々を嘲笑うように、浅間山が唸りを上げる!
ドカーン! ドドドーン!! プークスクス!!!

「どうしてこんな、お屋形様がご不在の時に…!」

本当にもう、どうしてこんな時に! 変な奇跡起こさないでくれ!

「た、武田家のまばゆい未来がーっ!」

「むっ。フンッ!」

張り詰めた空気を切り裂き、何かを感じ取った信玄がギュッと拳を握り込む!


ギュッ!

「あっ! 浅間山の火口がギュッてなった!」

ギュッてなったから浅間山はもう大丈夫!

「やったーまばゆい未来が守られた! 武田家万歳ーっ!」

二度と噴火するなよ!!

「よし」





うーん、どこもかしこも大変な感じ! もちろん、こっちも大変です! どれくらい大変かっていうと……

「ウィーンガシャン! ウィーンガシャン!」

「うわー! うわわーっ!」「きゅっきゅきゅー!」

これくらい大変!

「貴様ら、最初の威勢はどうしたロボ! シュッシュッ!」

大きな腕を振り回しながら、アイアンにょろにょろさんロボが迫ってきます。
こうなったらこっちも変形合体するしかない!

「にょろにょろさん! アレでいきましょう!」「きゅー?」

うおー! にょろにょろさんを首に一巻き!

「へ~ん……」

首に二巻き!

「しん! とぉっ!」

更に三巻き! ばかな! これでは顔までぐるぐる巻きで前が見えない!
いや……見える! にょろにょろさんこそが新なる目です!
これこそ究極二人羽織!

「合体まで実現するだと……! 此奴ら、なかなかどうして侮れぬ!」

むむ、相手の動揺を誘った今こそ好機! へびにんげん発進!

「とやーっ! にょろにょろさん! 指示を!」「きゅっきゅ! きゅーきゅきゅ!」

「ええい、迎え撃ってくれるわーっ」

きゅっ……えっと……? ストップストップ、へびにんげんいったん停止です。ぬぎぬぎ。
開けた視界の先で、アイアンにょろにょろさんロボの迎撃が空を切り、思いきり地面を砕きました。
……じっ地面を!? こんなにカチカチなのに!?

「にょろにょろハンマーを外したか……! ムッ貴様ら、何故変身を解く!」

「……なっ、なんでも力に頼るのはよくないと思う……んー、んーと……あっ、音楽! 音楽で勝負です!」

にょろにょろさんをぎゅぎゅっとして、鍵盤ハーモニカを取り出します。ホースの先を口にくわえて、いざ参る!

「握った拳を開き、楽器に持ち変えるだと……!? それが貴様らの世界が泰平を得た戦い方というわけか……!」

「ふぃいてくだふぁい、ひょおひょおふぁんってふぃいな! (聞いてください、『にょろにょろさんっていいな』!)」





たとえ死んででも相手を倒す。
それは島津にとって、苦渋の選択だった。
自分が死んでもいいと言う思考そのものが易きに流れることだし、それを知ったエリが何を思うかも、考えたくはない。
だが、それらを踏まえても、信玄に勝つにはこれ以外にないと考えた。だから、全ての苦渋を飲み込むという覚悟をし、根性をキメたのだ。

開戦の合図は、エリの奏でる音色だった。
信玄の眉根が僅かに動いたその瞬間、島津は残る右腕に掴んだ長ドスを力の限り投擲する。最小の動きでそれを躱す信玄。涼しい笑みは崩れない。

「お前の相棒は演奏会を始めたぞ。聴かせてはくれんのか」

「集中力のねぇ、落ち着きのないガキだって言われないか?」

『花まる金メダル』の効果は、対象の特性と想いの強さに影響を受ける。
物凄く根性のキマった死体があるならば、生前の人格そのままに動くことも可能かもしれない。
たとえ、切り飛ばされた腕であっても。

信玄の背後。
岩陰から飛び出した島津の左腕が、長ドスを掴み取っていた。遠心力を利用して勢いよく反転し、その首を狙う。

「ふむ」

掴み、取られた。

「悪くはない……悪くはないが、芸とするにはちと足りんな」

甲高い金属音と共に、手の中の刃が折り砕かれる。
ばらばらと舞い落ちる破片と共に、支えを失った島津の左腕が落ちていく。溶岩が、音を立てて呑み込んでいく。
それも、織り込み済みではあった。目の前の相手はそういった規格外だ。
故に、島津はとうに駆け出している。一連の対処で稼いだ時間を頼りに、彼我の距離を一気に詰める。

「……入ったぜ」

信玄の大太刀は広い間合いを誇る代わり、一度懐へ潜れば鈍い。
至近の優位を取った。もう、距離は取れない。
速度を緩めず、この勢いのまま、体当たりをぶちかます。
足場は背後で途絶えている。
溶岩の中へ諸共叩き込むほか、この化け物に勝利する手立てはないだろう。
たとえ死んででも、相手を倒す。

「なるほど。……『花まる金メダル(我が覇道に応えよ、友よ)』」

足場は背後で途絶えている。

「覇者たるこの俺を、よもや灼熱の裡へ迎え入れるつもりはあるまいな?」

途絶えて、いた。

「のう、大地よ」

後方へと飛び退く信玄を、礫が集まり、岩石が延び、形を変えて受け止めた。
脇に構える大太刀が、両の手で握り込まれる。

『最期の一太刀』が飛ぶ。

島津が舌打ちをする。
足を止めぬまま岩盤を抉り取り、これを受けた。

島津は、浮き上がる視界の中で見た。
信玄の刀が、石をバターのように斬り落とし、そのまま島津の頭と体が分かつ様を。

万策は尽きた。もはや島津に、できることはない。

(……本当にそうか)

諦めは、甘さだ。

(まだだ)

島津の根性は、細胞の一つ一つに染み渡る。
既に頭と左腕を無くし、崩れ落ちるだけだった体が、瞬間力を取り戻す。
まだ宙に浮いている、胴から切り離された頭部を、残った腕でつかんだ。

「ぐらああああ!」

そのままダンクシュートの如く、信玄の素っ首へ叩き込む。
信玄が、目を見開いた。
島津の頭部が首筋へ喰らいつき、後に続く体が信玄を押し込んだ。

信玄と、島津の頭と体が、溶岩に落ちていった。





――そんな未来が、視えた。


『最期の一太刀』が、島津の首を刎ねた瞬間のことだった。

(その往生際の悪さや佳し。実に素晴らしい戦いぶりであった)

振り抜いた大太刀を、そのまま放り棄てる。

(満足した。大義なり)

無手で、構える。
島津の脚が、再び地を噛んだ。既に視た。
島津の右腕が、飛んだ首を掴み取る。既に視た。
島津の頭が、俺の首筋めがけて飛び来たる。既に視た。
では、払い除けようか。


――次の未来が、視える。





汗が弾ける。金髪を振り乱す。にょろにょろさんはにょろにょろする。ロボは踊る。
敵も味方も、善も悪も、綿も鉄もないまぜとなった、マーブル模様の世界。
何ものにも囚われず、何ものをも受け入れる。

音楽は、世界を変える。

「ハァ……ハァ……」

終わりは驚くほど静かだった。誰ともなく、拍手が湧き上がった。
エリは、右腕を高々と掲げた。

「ロックユー……!」





――いやいや。
何だアレは。

まったくもって、意味は判らんが。

(敗けるのか。俺の、アイアンにょろにょろさんが)

構えた拳を、降ろす。

(それもまた運命――では、ないな。やり方を、誤ったか。俺としたことが)

視えたままに、島津の頭が、首筋へ喰らいついた。続く体に押し込まれた。
二人まとめて、溶岩の迎える中空へ投げ出される。

佳い。これはお前が掴んだ未来だ。





「あわわ、おじちゃーん! しんげんくーん!」

エリの悲痛な叫びが響く。二人を飲み込んだ溶岩は、ぐつぐつと煮えたぎっていた。この中に落ちたのでは、とても助かる見込みはない。

「とはいえ、俺はそれでは死んでやれんのだが」

エリの耳に、澄み通る声が飛び込んだ。
溶岩の中から、信玄が事もなげに浮上する。

「なんで!?」

「まあ、武田信玄であるからにはな」

始まりの武田信玄は、時空間を操る能力を持っていた。
その中でも、自身の時の流れを外界から切り離し、あらゆる干渉を無に返す絶技を指した言葉が残っている。
『動かざること山の如し』と云う。

200年の武田家の歴史をしてなお史上最も『強い』と謂わしめた十三代目は、当然にしてその絶技を我がものとしている。

「来い、アイアンにょろにょろさん」

「……すみませぬ、我が主よ」

「佳い。部下の失態は、主たる俺の不足だ。気に病むな」

アイアンにょろにょろさんが、申し訳なさそうな顔をして信玄の肩に乗る。
信玄は放り捨てた大太刀を拾い、その輝きを確かめるかのように、見定める。

「しんげん君……おじちゃんは?」

「溶けたが、案ずるな。戦闘が終われば再生する」

「溶けた……」

呆然とするエリを気に留めず、信玄は背を向け歩き出す。

「島津は、佳き武士だ。だが、危うい。主たるお前が、良く手綱を握ってやることだな」

「へ? ご、ご親切にありがとうございます…?」

「構わん。俺のアイアンにょろにょろさんを倒した餞別よ」

「あ、そうだよ!にょろにょろさんは、可愛くて強かったでしょ! 参ったか!」

信玄は、エリからしばし距離を取ったところで向き直った。
苛烈で精錬で、それでもどこか爽やかな笑顔で、信玄は高らかに声を放った。

「ああ、そうだな。参った」

次の瞬間、信玄は内部から爆ぜるように爆発した。

「ぶええーっ!」

エリが叫んだ! トラウマ必至の惨劇映像だぜ!





俺がこの大空洞へ赴いた目的。
それは、叶える願いのためでは無い。
大空洞の調査。
発生の原因は何か。人為的であるならば、製作者の意図は何か。武田家(俺の世界)に仇為すものか。

故に。

ここで勝ち上がることは、俺の目的ではない。
だってそうだろう。
そちらの調査は、先刻あらかた済んでいる。
もう、充分に勝利を重ねたのだから(・・・・・・・・・・・)

勝利しては。願いを叶え。探索前の過去へ遡行する。
繰り返し、繰り返す。
その中に、胸躍る戦いは幾つもあった。しかしやはり、それだけだ。
最後には俺が切り上げ、願いに至る。

世界を消すことは可能か。全人類は。歴史の改変は。平行世界への介入は。
俺の存在を無くすことは。
俺の記憶を、復元できないレベルで破壊することは。
俺をただの無力な童に変えてみるのはどうだ。

ああそれから、そうだな。
世界から、都合の悪い一切合切をすべて無視し、不幸を嘆く者が現れないようにはできないか?
……ふむ。なるほど。

そうして、願いに関する検証は済んだ。
結論から言うならば、この大空洞はタケダネットほどの干渉力は持ち合わせていない。
ここで叶えられる願いで何かしらの干渉を受けたとしても、俺であれば対処可能な範囲だろう。
だから、既に勝利は優先事項から外れている。どちらでもよい。

一方で、未処理のタスクの中でも無視できないものがある。『戦闘終了時の回復の挙動』だ。
記憶はそのままに、如何なるダメージをも全快させ、時に当人の意識・無意識に沿い、例外処理を行う。考えられる回復の手段は、単なる再生の他に、バックアップからの複製、局所的な時間遡行、平行世界を使い捨てた同位体の転移……アプローチが違えばセキュリティホールも異なる。
なにより、仮に製作者がいるのであれば色々類推できることもある。

というわけで、だ。
まずは自爆して肉片レベルまでバラバラになってみる。これより、頭部のみ再生を拒否するとしよう。
見立てが正しければ、死体で入り口へ返されるはずだが。
ついでに、アイアンにょろにょろさんは連れて行くが、一度俺の記憶からは消してみるか。

では、調査再開だ。





気がつけば、熱気はなりを潜め、冷えた風の通り抜ける洞窟へ帰っていた。

島津は、自分の首と左腕を確認する。繋がっている。いや、そもそも自分は溶岩に落ちて溶けたのでは無かったか。

「……エリ、何が起こった」

傍で、「ふおお……! 瞬間移動……!」とわななくエリに、疑問を呈する。

「なんか、しんげん君が参ったって言ったら、爆発してぶええーっ! てなって、終わった!」

「あぁ? ……降参したってことか? ……ふざけやがって」

何から何まで規格外の男が、その真意を一つとして見せることなく、消えていった。
勝利、なのだろう。だが、そんな気は全くしない。
信玄自身の敗北に至るまで、何もかもが掌の上だった。
己の仁義も、覚悟も、根性も、何一つとしてあの男には届かなかった。

「……それから、あのね。ねえ、おじちゃん」

問題は、それだけではない。もう一つは、ある意味さらに厄介だ。

「約束。覚えてる?」

いつになく静かな声が、洞窟の中に響き渡る。
試合前の会話を思い出す。

『もう、一人で動かなくなっちゃだめだよ』

(まあ、そうだろうな)

約束を無視して自爆特攻をしたばかりか、最後はエリの目の前で溶岩に落ちて溶けたのだ。
それは怒ってしかるべきだろうし、その覚悟をしなかったわけではない。
島津は、エリに向き直った。

「悪い。お前に何も言わず、勝手に死のうとした」

どやされるなら、まだマシだ。泣かれると困る。エリは一度火が付いたらなかなか冷めない。
島津は、エリの言葉を待つ。エリは、口をヒニャと曲げたり、わなわなさせたり、突き出したりしてみせた後、島津の胸に顔をうずめた。

「頑張ったんだね」

か細い声が、胸の中で響く。

「でももう、私の為に動かなくなるのは、やめてください」

表情は見えない。島津は、言葉を継げぬまま艷やかな金髪を撫でる。

(そいつは……どうだろうな)

島津は、恩人であるエリを守ることを、自らの仁義の終着点としている。
だから、エリが自分を救いたいと願っていることなど、正直どうでもよかった。
エリが危険な場所へ赴くならば、彼女を守る。ただ、それだけだ。
そのためならば、島津は容赦なく自らを死地に追い込むだろう。

だが、そんなことを正直に話すことで、エリがどんな気持ちになるかもわかっている。
島津は、根性をキメた。

「ああ、約束だ」

エリは顔を上げ、赤くした目で島津を覗き見て、またすぐに顔をうずめた。

「うん、約束」

それはきっと、これから何度でも破られ、何度でも結び直す約束。

(許せとは言わねぇ)

それでも、お前の今を守ることが、俺の仁義だ。

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