【キャンプ場】SS その1
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【キャンプ場】SSその1
「カカッ! カカカカカカッ!!
よいぞ……うむ、実によい!」
よいぞ……うむ、実によい!」
ラボの隣室、名誉教授・柳川真理の個室より快哉が漏れ聞こえる。
教授はディスプレイに向き合い、熱心にキーボードを叩いている。
その熱心さたるや、正面のドアが開いたことに反応せぬほどだ。
その熱心さたるや、正面のドアが開いたことに反応せぬほどだ。
山のような巨体と比して豆粒のようなキーを器用に打ちならす教授の肩に、
ひょっこりと顔が乗せられた。
ひょっこりと顔が乗せられた。
「せーんせっ! なにやってるんですか?」
明るい茶のショートカット……柳川ラボの非公式メンバー、羊ヶ丘 悠 である。
彼女は学部1年の身でありがながら、幼き頃より柳川ラボに入り浸っていたよしみで、
今日もこうしてふらりと教授の部屋を冷やかしに来たところであった。
今日もこうしてふらりと教授の部屋を冷やかしに来たところであった。
「カカッ! キャンプじゃよ! キャンプ!」
ディスプレイを覗き込む悠、立ち上がったブラウザには地方のキャンプ施設の情報が表示されている。
「へぇ~、キャンプが趣味だったんだ~! ……なんて、そんなわけないですよね。
またいつものですか?」
またいつものですか?」
いたずらっ子のようにニヤリと笑みを浮かべる悠。
「うむ! この高鳴りは間違いない、ここで何かが起こるぞい!
わくわくしてくるのぅ!」
わくわくしてくるのぅ!」
魔人研究のエキスパート、柳川真理はその身をモルモットとし、いくつもの実験を行ってきた。
その一環として、彼は知人の【呪いの教授】により、呪詛的魔人能力を受けている。
その一環として、彼は知人の【呪いの教授】により、呪詛的魔人能力を受けている。
その効果は人災誘因。
魔人及び魔人の引き起こす事件に巻き込まれる呪い。
まるで高名な探偵が行く先々で殺人事件に巻き込まれるように、
柳川真理の行くところでは必ず魔人による事件が起こる。
魔人及び魔人の引き起こす事件に巻き込まれる呪い。
まるで高名な探偵が行く先々で殺人事件に巻き込まれるように、
柳川真理の行くところでは必ず魔人による事件が起こる。
だがその呪いは多くの魔人と出会いたい彼にとって害ではなく利として働く。
ある時は暴走する半獣半人の少女と出会えた。
ある時は万物を理想の幼女へと変換する幼女原理主義者と出会えた。
ある時はショッピングモールで大暴れする巨人使いの幼女と出会えた。
ある時は万物を理想の幼女へと変換する幼女原理主義者と出会えた。
ある時はショッピングモールで大暴れする巨人使いの幼女と出会えた。
そして此度はーー
「カカカッ! 予約完了じゃあ!」
「いいなぁ~キャンプ! いつ行くんです?」
「来週の土日じゃよ! カカッ、ああもう待ちきれん……!
早く休みにならんかのぅ!」
早く休みにならんかのぅ!」
ピクリと悠の表情筋がひきつった。
「え、来週!? でも、来週の日曜は……」
「カカッ! 教授会のことなら心配ないわい!
一回くらい休んでも平気じゃ! そんなことより目先のキャンプじゃあ!」
一回くらい休んでも平気じゃ! そんなことより目先のキャンプじゃあ!」
「いや……そうじゃなくて……ええー?
教授会に行かなかったら……ええ……?」
教授会に行かなかったら……ええ……?」
露骨に表情を曇らせる悠。
ややあって、彼女は意を決し言った。
ややあって、彼女は意を決し言った。
「キャンプ……私もご一緒してもいいですか」
「ナント? ううむ、『構わん』と言いたいところじゃが……何が起こるかわからんからのォ……」
言い淀む教授の背から離れ、悠はデスクの前に立った。
「魔人能力発動! 強そうなの集まれ!ーー≪鬼遊 グランギニョル≫」
悠の周囲に甲冑を纏いし騎士がずらりと出現した。
各々が物々しい武器を携えている。
各々が物々しい武器を携えている。
「『私を誰だと思っておる!』……です!
先生の認めた(ちょうつよい){EFB級}能力者ですよ? 自分の身くらい自分で守れます!
だから……ねぇ~~~! 連れてってくださいよ~~!!」
先生の認めた(ちょうつよい){EFB級}能力者ですよ? 自分の身くらい自分で守れます!
だから……ねぇ~~~! 連れてってくださいよ~~!!」
「う~~む、しかしのォ……」
「じゃあラボの先輩方にも声かけますから!
金井さんとか室田さん……それにハイスピードの方の和田さん!
それだけいたら、ちょっとしたハルマゲドンぐらいへっちゃらですよ! ね! ね!」
金井さんとか室田さん……それにハイスピードの方の和田さん!
それだけいたら、ちょっとしたハルマゲドンぐらいへっちゃらですよ! ね! ね!」
「何が起こるかわからんのが魔人同士の戦いじゃからのォ……。
キャンプがしたいのじゃったら、また別の機会に連れて行ってやるわい」
キャンプがしたいのじゃったら、また別の機会に連れて行ってやるわい」
「ちがっ! 私はどうしても来週の……っ!」
その時、甲冑のひしゃげる轟音が鳴った。
騎士の一人が手に持ったモーニングスターで唐突に隣の騎士を殴ったのだ。
殴られた騎士はびっくり! 教授も釣られてびっくり!
騎士の一人が手に持ったモーニングスターで唐突に隣の騎士を殴ったのだ。
殴られた騎士はびっくり! 教授も釣られてびっくり!
ーー無論それは悠がコントロールして起こした事象。
感情と連動した能力暴走など、10年の能力鍛錬を経た今となっては起こるはずもない。
感情と連動した能力暴走など、10年の能力鍛錬を経た今となっては起こるはずもない。
教授のよそ見の隙を縫って彼女の手はポケットの目薬を掴んだ。
「うっ……ううっ……! お姉さまはいっつも先生と一緒だったじゃないですかぁ……!
そんなのずるいですよ……! お姉さまはよくて、私はダメなんですか?」
そんなのずるいですよ……! お姉さまはよくて、私はダメなんですか?」
落涙……っ!
これには教授も困り顔。
これには教授も困り顔。
「カーッ! 嘘泣きまでしてついて来たいか!
その熱意がどこから来るかは分からんが……しょうがないのう!」
その熱意がどこから来るかは分からんが……しょうがないのう!」
「あっ、OKってことですね! わーいありがとうございます!」
目から垂れた薬液をぺいっと拭い、悠は跳ねて喜んだ。
背後でガシャンガシャンという騎士達のハイタッチの音が鳴り響いた。
背後でガシャンガシャンという騎士達のハイタッチの音が鳴り響いた。
■
ダンゲロスSSPM
戦場C:【キャンプ場】STAGE
戦場C:【キャンプ場】STAGE
「柳川真理と悲憤の代行者」
■
柳川ラボの結束は固かった。
不意に提案された任意参加のキャンプだというのにその出席率は6割を超えた。
不意に提案された任意参加のキャンプだというのにその出席率は6割を超えた。
かつてこのラボに在籍した柳川 凛 がそうだったように、
あるいは、羊ヶ丘 悠 がそうであるよう、
ラボメンバーの……とりわけ魔人達は大なり小なり柳川教授を慕い、集って来た者達だ。
あるいは、
ラボメンバーの……とりわけ魔人達は大なり小なり柳川教授を慕い、集って来た者達だ。
わいのわいのと賑わう炊飯場。
次々に肉が焼かれ、野菜が焦げ、焼きそばが生成され……談笑と共にそれらは若者達の胃へ納まっていく。
「……で、教授はいつ頃いらっしゃるって?」
野菜串を渡しながら、男子学生が訪ねた。
口内にあった焦げた肉を急いで呑み込み、悠は答える。
口内にあった焦げた肉を急いで呑み込み、悠は答える。
「午前の会議が終わったらすぐに向かうって言ってましたから……もうそろそろかと」
ああやっぱりと、男子学生は笑った。
串で秋の晴れ空を指す。
そこには、黒い球体が浮遊していた。
球体は徐々に大きさを増していく。
そこには、黒い球体が浮遊していた。
球体は徐々に大きさを増していく。
「まっちゃーーん! 市川さーん! 上見て上!」
男子学生が大声を張り上げた次の瞬間、遥か頭上の球体より柳川真理が飛び出して来た。
「ぬおおおおおおおおおおお!!?」
高速で落下してくる名誉教授。
下は熱された金網と肉、そして学生達……あわや大惨事!
下は熱された金網と肉、そして学生達……あわや大惨事!
「「「 魔人能力発動! 」」」
いくつもの声が重なり、それと同時に自然科学の常識を超越した現象が立て続けに起きた。
土が盛り上がり、石が浮遊し、森から木々が伸び、川の水が形を成し……幾重もの異常が肉を守るべく蠢く。
土が盛り上がり、石が浮遊し、森から木々が伸び、川の水が形を成し……幾重もの異常が肉を守るべく蠢く。
異常が絡み合い生成されたドームを転がり落ち、砂利へと突き刺さった教授は事もなげに立ち上がった。
「いやはや、食事中にすまんのぉ!」
白衣についた泥を払いつつ、教授は言う。
「それはいいんですけど……。
【時空の教授】に送ってもらうのはもう辞めた方がいいんじゃないですか?
あの人絶対教授のこと嫌いですって」
【時空の教授】に送ってもらうのはもう辞めた方がいいんじゃないですか?
あの人絶対教授のこと嫌いですって」
一人の学生が進み出て言った。
「何を言うか! ワシときゃつはマブじゃマブ!」
「だって毎回落とされてるじゃないですか」
「そりゃあ能力仕様じゃ! 土の中に出されるより空中に出された方がマシじゃろうて」
「いやいや、あの人その気になったらちゃんと地面スレスレに座標指定できますって」
問答の最中、教授の大木のような胴体にタックルが加えられた。
「せ・ん・せーっ! 待ってましたー!」
「ぬおっ!? なんじゃね羊ヶ丘くん!?」
ぎううと教授に縋る悠。
「私……寂しくって」
上目遣いと芝居がかった声色。しかしその響きは扇情的であった。
性懲りも無く瞳から薬液を垂らしている。
性懲りも無く瞳から薬液を垂らしている。
「なんじゃなんじゃ!?」
両の手を所在なさげに漂わせ、狼狽する教授の耳に多種多様のシャッター音が飛び込んで来る。
まるで打ち合わせされていたかのように、学生達は撮影を開始していた。
腰元の学生などよく見ればピースサインを作って撮影に応じている。
まるで打ち合わせされていたかのように、学生達は撮影を開始していた。
腰元の学生などよく見ればピースサインを作って撮影に応じている。
「なんじゃ、何をしとる!?」
「奥さんに送ろうかと思いまして」
年長の学生が微笑みを浮かべながら答える。
「ややや、やめんかァ!! あやつは存外嫉妬深い!!」
「へぇ……嫉妬深いと思ってるんですね。 それもお伝えしないと」
「カァーーーッ!! ヤメロォ―ーーーッ!!」
教授の慟哭と、学生達の笑い声が秋空にとけていった。
■
キャンプ場に夜が訪れる。
教授の計らいで柳川ラボの貸し切りとなったその地は魔人学生達にとって大いに羽を伸ばせる憩いの場となった。
雄大な自然は全てを受け止める。
町中で使用が躊躇われるような大規模能力もここならば使い放題だ。
町中で使用が躊躇われるような大規模能力もここならば使い放題だ。
沢下りや釣り、森林散策に興じた者達がいた一方、
羊ヶ丘 悠が召喚した風船巨人を如何に早く討ち取れるかというーーだいだらタイムアタックは観戦組の非魔人学生を含め大いに盛り上がった。
羊ヶ丘 悠が召喚した風船巨人を如何に早く討ち取れるかというーーだいだらタイムアタックは観戦組の非魔人学生を含め大いに盛り上がった。
薄暗い野外炊飯場で夕飯の準備を整えつつ、昼の健闘をたたえ合っていた学生達に声がかけられる。
「そろそろはじめますねーっ! 先輩お願いします!」
悠の声を合図に、人工照明が落とされる。
ぼうっと炭火の灯りのみが夜を照らす。
ぼうっと炭火の灯りのみが夜を照らす。
「魔人能力発動! 再誕せよ不死なる翼ーー≪鬼遊 グランギニョル≫」
悠が突き出した手の平の上に炎の雛鳥が出現する。
パタパタとおぼつかない様子で羽ばたくそれは積まれた薪の中へと潜っていく。
パタパタとおぼつかない様子で羽ばたくそれは積まれた薪の中へと潜っていく。
次の瞬間、ぼうっと全ての薪が燃え上がり炎の柱が立った。
そして柱の頂点より、炎の怪鳥が天へ向かい力強く羽ばたいていく。
飛散し、空中でかき消える火の粉がちらちらと天を照らす。
そして柱の頂点より、炎の怪鳥が天へ向かい力強く羽ばたいていく。
飛散し、空中でかき消える火の粉がちらちらと天を照らす。
その幻想的な様子に、ギャラリーから感嘆の声があがった。
とりわけ教授は大興奮で、第一法則がどうとかを早口で捲し立てていた。
とりわけ教授は大興奮で、第一法則がどうとかを早口で捲し立てていた。
炎の怪鳥が闇夜に溶けた頃を見計らい、悠は燃え盛るキャンプファイヤーを背にして言った。
「えー、飲み物は持ちましたか! それでは柳川ラボ臨時親睦会・夜の部をはじめます!
先生、乾杯の音頭をお願いします!」
先生、乾杯の音頭をお願いします!」
紙コップが打ち合わされ、夜の宴が始まった。
■
宴も中盤、有志による魔人能力の一芸披露がはじまった。
悠の火の鳥のように、柳川ラボで研鑽せし絶技の数々が披露され、
その度に万雷の拍手が鳴った。
悠の火の鳥のように、柳川ラボで研鑽せし絶技の数々が披露され、
その度に万雷の拍手が鳴った。
「ねぇ……先生、先生のアレも見たいなぁ~~」
柳川に酒を注ぎに来た悠が新聞紙にくるまれた何かを手渡す。
「カカカカッ! よしきた!」
すっくとベンチから立ち上がった教授は新聞紙を握り込んだ右腕を高らかに上げた。
「おっ、いつものですか!」「アレだアレ!」……と、学生達も盛り上がる。
「ぬおあああああああああああああああっ!!」
ベキッ、ベキッとおぞましい音がして、拳が握り込まれてゆく。
「うおりああああああああああああああッ!! 墳ッ!!!」
「先生!」
手の平を重ねて待ち構えいた悠に極限まで圧縮された新聞紙が渡された。
カリカリと表層を剥いた中から顔を出したのは透明の原石ーー合成ダイヤモンドであった。
カリカリと表層を剥いた中から顔を出したのは透明の原石ーー合成ダイヤモンドであった。
剥き出しの原石を頭上に掲げる悠、その煌めきにギャラリーが湧いた。
やがてスッと左手を広げ、薄い胸に当てた悠。
そして右手の指先でつまんだ宝玉を薬指の根元に当てて見せる。
そして右手の指先でつまんだ宝玉を薬指の根元に当てて見せる。
「教授にダイヤを貰いました!!
ダイヤの宝石言葉は『変わらぬ愛!』『変わらぬ愛です!』」
ダイヤの宝石言葉は『変わらぬ愛!』『変わらぬ愛です!』」
おおっとギャラリーが湧き、記者会見のような勢いでシャッターが切られた。
学生達は口々に「奥さんに知らせなきゃ!」と携帯端末を操作する。
学生達は口々に「奥さんに知らせなきゃ!」と携帯端末を操作する。
「やめんかァーーッ!!」
教授の叫びに応じ、森がざわめき鳥たちが暗い空を賑わした。
■
「せーんせっ? こんなところで何して……えっ、ほんとに何してんの!?」
宴も終盤、ふらふらと姿を消した教授をバンガローの屋根の上で見つけた悠は驚愕の声をあげた。
そこには上半身の衣服を脱ぎ捨てた柳川が三つ指で逆立ちを行っていた。
そこには上半身の衣服を脱ぎ捨てた柳川が三つ指で逆立ちを行っていた。
欠けた指、傷だらけの身体ーーそして片方の義眼。
手袋で、白衣で、あるいは色付きメガネで隠し、決して人前では見せぬそれらは、
彼の研究の履歴であり、何物にも替え難い勲章であった。
手袋で、白衣で、あるいは色付きメガネで隠し、決して人前では見せぬそれらは、
彼の研究の履歴であり、何物にも替え難い勲章であった。
「そろそろかと思ってのぅ」
白衣を着こみつつ、柳川は山の方を見つめる。
彼にしか分らぬ戦いの予兆を感じ取っているのだろうか。
彼にしか分らぬ戦いの予兆を感じ取っているのだろうか。
つられて同じ方を見つめていた悠であったが、しばらくして口を開いた。
「今夜は月が大きいですね」
頭上に登りつつある満月を指して言う。
「魔人能力発動」
手のひらから淡く光る蝶々がヒラヒラと羽ばたいていく。
不意に、悠がクスクスと笑い出した。
不意に、悠がクスクスと笑い出した。
「なんじゃ」
「希望崎学園にはじめて登校した日のこと思い出しちゃって……。
普通の魔人って能力使う時に『魔人能力発動!』なんて言わないんですよね。
ラボの人、皆言ってたからそれが常識だと思ってて……」
普通の魔人って能力使う時に『魔人能力発動!』なんて言わないんですよね。
ラボの人、皆言ってたからそれが常識だと思ってて……」
「あれは能力制御の為のまじないみたいなもんじゃからのう」
そのおまじないに……数々の助言に、どれだけ助けられたか。
しみじみと悠は目を閉じる。
しみじみと悠は目を閉じる。
現代は魔人にとって生き辛い。
その中において自分がどれだけ恵まれているか、学を積むほどに理解できた。
その中において自分がどれだけ恵まれているか、学を積むほどに理解できた。
「先生……私、今が楽しいです!
先生がいて、ラボのみんながいて……毎日が楽しいです!」
先生がいて、ラボのみんながいて……毎日が楽しいです!」
「カカカッ! なんじゃあ藪から棒に!」
「ふふ、なんでしょうね……月が綺麗だから、つい」
その時であった。
山の方から、獣の遠吠えが稲妻のように轟いた。
山の方から、獣の遠吠えが稲妻のように轟いた。
「えっ、今のってーー」
「きおったわい」
教授の瞳を目にした悠が息を呑む。
そこに宿りし光は教育者の優しい色から、
真理を究めんとする一人の漢のものへと変じていた。
真理を究めんとする一人の漢のものへと変じていた。
「ここを動くでない、皆にもそう伝えてくれ」
■
「カカッ! カカカカカカカッ!!
面白い!! これだから魔人研究は辞められん!!」
面白い!! これだから魔人研究は辞められん!!」
湖畔にてその姿を認めた教授は大きく笑った。
「こんばんは、いつの間に戻られたのですか?」
ーーそれは白衣を纏っていた。
「ほう、戻るとはなんのことじゃ?」
「昨日はこのくらいの幼子の姿でしたよね……?」
ーーそれは涼やかで知的な雰囲気と端正な容姿を備えていた。
「クカッ!? カァーーカカカカッ!
昨日……昨日と来たか!」
昨日……昨日と来たか!」
「あの、先生?」
ーーそれはとって付けたような獣耳を備えていた。
それはかつての柳川ラボのメンバーにして、かつて柳川教授の義理の娘であった才女。
柳川凛の姿をしていた。
柳川凛の姿をしていた。
「情報が足らん。 少し、歩かんか」
柳川真理は手帳を取り出す。
「……はい」
月の映る湖畔を二人は歩み出した。
■
湖をひと回りした、教授はパタンと手帳を閉じた。
「有意義なデータ採取であった、感謝するぞい!」
「お役に立てて光栄です」
「しかし困ったのう……こりゃあ専門外かもしれん」
わずかに首を傾げる柳川凛に構わず、教授は続ける。
「さっきのぅ、能力を使って本物のキミと連絡をとったんじゃ。
今は明日の教授会の資料を作っとるそうじゃ。遅くまで大変じゃのう!」
今は明日の教授会の資料を作っとるそうじゃ。遅くまで大変じゃのう!」
「本……物……?」
「君が国家刺客魔人だと仮定すると、あまりになりすましが雑じゃった。
『マリちゃん教授』……カカッ、懐かしいのう。
手帳でログを漁って確認したが、10年も前の出来事じゃったよ。
結局あの時はナイフで自分の胸を刺して元に戻ったんじゃったのう」
『マリちゃん教授』……カカッ、懐かしいのう。
手帳でログを漁って確認したが、10年も前の出来事じゃったよ。
結局あの時はナイフで自分の胸を刺して元に戻ったんじゃったのう」
「10、年……? 先生、何を……!」
「ともかく君の魂胆が見えんでなぁ、わからんながらも先手を打たせて貰った。
学生の子らも来とるからな、失敗するわけにはいかん。
散歩しとる時にこっそり触れて君の身に刻んどいた」
学生の子らも来とるからな、失敗するわけにはいかん。
散歩しとる時にこっそり触れて君の身に刻んどいた」
白衣の女性の全身が紅く染まる。
「文字媒体指定、血文字じゃ。
あいつの血液型はワシと違っとった、
君が本物なら異種輸血でもって、とうに動けんはずなんじゃがのぅ」
あいつの血液型はワシと違っとった、
君が本物なら異種輸血でもって、とうに動けんはずなんじゃがのぅ」
「ああ……ああ、先生……そんな!」
瞳から紅い液体を流しながら柳川に縋り寄ろうとした女にバーベキューの串が向けられる。
「おっと、直接接触はやめとくれ。
何が起こるかわかったもんじゃないからのう」
何が起こるかわかったもんじゃないからのう」
フラりとよろめくように、湖畔へと歩を進める女。
その足は水を踏み、その上に立った。
その足は水を踏み、その上に立った。
「カカッ! カカカカカッ!
たまたま血液型が一致した変化魔人の線も残っとったが……カカッ! やはり、やはりそうなのか」
たまたま血液型が一致した変化魔人の線も残っとったが……カカッ! やはり、やはりそうなのか」
湖畔の真ん中まで歩み進んだ女がふわりと浮いた。
そしてその身を取り囲むように水が球の形を成して彼女の周囲を回りはじめた。
そしてその身を取り囲むように水が球の形を成して彼女の周囲を回りはじめた。
「私は……代行者……!
私は悲憤の代行者、貴方を罪を咎める者」
私は悲憤の代行者、貴方を罪を咎める者」
風がざわめき、砂が重力に反するように浮き上がりはじめた。
「カカッ! カカカカッ! ずれた言動、複数能力……!
やれやれ、ワシは魔人の専門家じゃぞ?
ーー転校生は、専門外じゃ!」
やれやれ、ワシは魔人の専門家じゃぞ?
ーー転校生は、専門外じゃ!」
水弾が教授の元へと殺到した。
■
「カーカカカカカッ!!」
凄まじい脚力が水を蹴り、湖畔の中心へと突き進む。
押し寄せる水弾など存在せぬかのような猛進。
押し寄せる水弾など存在せぬかのような猛進。
事実、教授に触れたそれは飛沫となりて消えてゆく。
「クァ――――ッ!!」
跳躍。
頭上に陣取る女を掴まんとしたその時、姿が消失した。
頭上に陣取る女を掴まんとしたその時、姿が消失した。
「ぬぅんッ!?」
代わりに、湖が意志ある獣のように大口を開けた。
水が教授を水底へと封じる。
水が教授を水底へと封じる。
『わしをだれじゃと思っとる』
ごぽごぽと気泡が湖畔に浮かぶ。
『わしは【物理】の柳川じゃあッ!!』
柳川真理は自身の肉体を実験材料に研究を繰り返してきた。
その一環に、魔人の成長性の研究がある。
その一環に、魔人の成長性の研究がある。
魔人の能力はどこまで伸びるのか。
魔人のフィジカルはどこまで伸びるのか。
魔人のフィジカルはどこまで伸びるのか。
その研究の集大成が、今の柳川真理という男である。
指を犠牲に、目を犠牲に、たどり着いた終着点。
指を犠牲に、目を犠牲に、たどり着いた終着点。
その力は、彼が編纂した魔人体系表ーー『ガイドライン』で表すところの35に達していた。
【物理】のスペシャリスト、柳川の震脚が巨大な湖を割った。
「カカッ!! 水場はいかんのう!」
飛びあがった水が舞い戻る隙に林へと身を移さんとした教授を、無数の樹木の槍が襲う。
「ナントォ!? なんじゃこれは! なんでもありか!?」
樹木の槍を相手にする柳川の腹部目がけて銀の閃光が迫る。
「カカッ! 今のは良かったぞ!」
紙一重で回避した後、その姿を見やる。
それは体の大半を獣と化したかつての義理の娘の姿だった。
それは体の大半を獣と化したかつての義理の娘の姿だった。
「地の利がないなら作れば良い! ぬああああああああっ!!」
柳川は樹木を引き抜き、乱暴に振り回した。
根こそぎ、木を折り狩り、平地を作る。
根こそぎ、木を折り狩り、平地を作る。
「さぁ、どこからでも……ぬ!」
言いかけた柳川の口が止まる。
それほどの異常事態。
それほどの異常事態。
木の陰から、複数の柳川凛が現れたのだ。
「カカッ! 確かにどこからでもと言ったがのう!? これは想定外じゃ!」
牙を剥き、爪を光らせる無数の柳川凛。
「ワシを誰じゃと思っとる!」
柳川が覚悟を決めたその時、森が紅く照らされた。
「先生、乗って!」
それは炎の怪鳥であった。
瞬時に、柳川の顔が青ざめる。
瞬時に、柳川の顔が青ざめる。
「来てはならんと言うたじゃろう!!」
銀の閃光が走り、瞬く間に怪鳥が解体される。
「くぅっ、私を誰だとーー」
幼い教え子は銀の影に攫われた。
■
「その子を離しとくれ」
かつての教え子を睨み付け、詰め寄る教授。
「せんっ……せい、ごめんなさい」
悶える今の教え子は苦しそうな声をあげる。
その時、虚空より銀の影が姿を現し、悠を攫った。
その時、虚空より銀の影が姿を現し、悠を攫った。
「お姉さま!」
悠が快哉をあげる。
キッと悠を睨み付けた柳川真理の婦人ーー柳川凛は言った。
「あの人を困らせないで」
「はい、お姉さま! すみませんでした!」
その能力は「すみません」その形は柳川凛ーーしかしてその正体は……?
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柳川真理……妻との結婚記念日を忘れ、フィールドワークに出ようとする。ラボ生みんなに怒られてしょんぼりとする。
柳川真理……妻との結婚記念日を忘れ、フィールドワークに出ようとする。ラボ生みんなに怒られてしょんぼりとする。
柳川凛……夫の魔人能力により心配して駆けつけるも、全て魔人学生の謀りであることを察し、拍子抜け。だが、おかげで記念日を夫と共にすることができ満足している。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□