【エロトラップダンジョン】SS その1
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【エロトラップダンジョン】SSその1
冗談
では
ない!!
――決して広くない通路を、サイクロプス染谷は思わず後退する。
敵はどこだ? 「目を皿のように」広げて索敵する。
彼の能力「換用躯」。実際に眼球が皿のような大きさに拡大され、視界が倍ほどにも広がる。あらゆる視覚能力が向上し、彼の視力は既に25.0にまで達していた。
彼の能力「換用躯」。実際に眼球が皿のような大きさに拡大され、視界が倍ほどにも広がる。あらゆる視覚能力が向上し、彼の視力は既に25.0にまで達していた。
前方に、影。その姿をサイクロプスは認識した。
サイクロプスの眼から垂れ流される殺人光線は、当然のごとくそちらへ伸びる。
凡百の相手であればここで試合は決まったろう。
サイクロプスの眼から垂れ流される殺人光線は、当然のごとくそちらへ伸びる。
凡百の相手であればここで試合は決まったろう。
だが次の瞬間……サイクロプスは、敵の影を見失う!
同時、背後に気配。
一瞬にしてそこまで移動したというのか?
ぞくり、と背筋が震え、彼の背中からはよりいっそう激しく炎が噴き出す。
一瞬にしてそこまで移動したというのか?
ぞくり、と背筋が震え、彼の背中からはよりいっそう激しく炎が噴き出す。
この時。
サイクロプスの脳裏には「ある情報」が流れ込んできていた。
サイクロプスの脳裏には「ある情報」が流れ込んできていた。
――細木綾乃。18歳。高校生。
ド ッ
その情報がノイズとして脳内を走るのと同時、インパクトの衝撃がサイクロプスを襲っていた。
「――わたしは」
「ガァ……ッ!?」
「ガァ……ッ!?」
全身をのけぞらせて耐える。おそるべきパワー!
急ぎ、サイクロプスは背後に向きなおる。だがその時すでに敵はいない!
急ぎ、サイクロプスは背後に向きなおる。だがその時すでに敵はいない!
――細木綾乃。好きな食べ物は甘いもの。ミルフィーユ。シュークリーム。アイス最中。
ド ド ォ ッ
連撃が叩き込まれる。骨にまで衝撃が達する。
メキメキと、異形の体が悲鳴をあげる。
次々に襲いくるプロフィール。次々と襲い来る重い打撃。
メキメキと、異形の体が悲鳴をあげる。
次々に襲いくるプロフィール。次々と襲い来る重い打撃。
「――わたしは誰」
「グッ……何だってんだ……!」
「グッ……何だってんだ……!」
――細木綾乃。高校生落語コンクール王者。レコード会社から、歌手としてのスカウト経験あり。ラーメン対決において、三ツ星中華シェフに勝利したことがある。
――細木綾乃。淫獄流の師範代。武術の動きと思われるものはひととおりマスターしている。
ド ド ド ド ド ド ド
サイクロプスがどう動こうとも、的確に、背後を突いてくる。
目からの殺人光線もこれでは届かない。
光速の殺人光線ですらも届かないのである。
目からの殺人光線もこれでは届かない。
光速の殺人光線ですらも届かないのである。
――細木綾乃。恋愛経験なし。小学生時代のクラスメイトの彼への淡い思いを、恋と呼んでいいのか、いまだに決めかねている。
――細木綾乃。移動時の最高速は、秒速およそ30万キロ。
――光速と、同等である。
ド ギ ャ ア ーーーz___ ッ
大きな攻撃が決まった。サイクロプスの体が大きく吹き飛ぶ。
おかしい。こんなはずでは。
混濁した意識の中、かろうじて視界の端に敵の姿を捉える。
おかしい。こんなはずでは。
混濁した意識の中、かろうじて視界の端に敵の姿を捉える。
その姿は、可憐な少女の形をしていた。
少女はどことなく、不可解だ、不思議だ、というような表情をしていた。おそらく、意図した動きではないのだろう。何しろ彼女は記憶喪失なのだ。
だが、「体が覚えている」ということなのだろう。彼女は動けている。
だが、「体が覚えている」ということなのだろう。彼女は動けている。
サイクロプスは。思わず、口から本音を漏らした。
自分がこれを言う事になるとは、思いもしなかった。
自分がこれを言う事になるとは、思いもしなかった。
その身体は宙に浮き、
背中から炎を燃焼させ、
巨大な目から常に殺人光線を垂れ流す。
全身はカメレオンのようにぐるぐると変色し……異彩を放ち、迷彩のように周囲の風景と同化している。
背中から炎を燃焼させ、
巨大な目から常に殺人光線を垂れ流す。
全身はカメレオンのようにぐるぐると変色し……異彩を放ち、迷彩のように周囲の風景と同化している。
そのサイクロプス染谷が、噛みしめるように言った。
「…………化け物、め…………!!」
当の細木綾乃は、ふらふらと視線をさまよわせているだけだった。そこにはおよそ、殺意と呼べるものがなかった。
彼女はつぶやき続ける。うわごとのように繰り返す。
彼女はつぶやき続ける。うわごとのように繰り返す。
「教えて。わたしは誰。わたしは、何者……?」
こんなものはこちらが聞きたい。
サイクロプス染谷は吐き捨てた。
サイクロプス染谷は吐き捨てた。
<大逆転人生ゲーム 第八回戦>
サイクロプス染谷 VS 細木綾乃
◆
呼び出された試合場でこの少女と相対した時。
正直、サイクロプスはこの相手を侮っていた。
正直、サイクロプスはこの相手を侮っていた。
ただの少女である。それ以上の身体的特徴はない。
それどろか、戦意すらなさそうであった。
それどろか、戦意すらなさそうであった。
「お願い、離して……わたしには、何もわからないの。わたしが戦う? 何と? なぜ……?」
「七回戦を勝ち上がった参戦者……細木綾乃。残念ながら、ゲームの進行には従っていただく」
「七回戦を勝ち上がった参戦者……細木綾乃。残念ながら、ゲームの進行には従っていただく」
彼女の周囲は三人の男性によって取り囲まれており、自由はないようであった。
そう、これはデスゲーム。生死をかけた一対一。
人生の一発逆転……大金のかかった決闘。参戦したが最後、降りることはできない。
そう、これはデスゲーム。生死をかけた一対一。
人生の一発逆転……大金のかかった決闘。参戦したが最後、降りることはできない。
「まったく、どこをほっつき歩いていたのやら……発見が間に合わなければ八回戦を開催できないところでした……がァッ」
突如、うめき声。
同時に、喋っていた男は後方へ大きく吹き飛んだ。
抵抗するようにもがいた綾乃の肘が、たまたま彼に当たったのだ。
同時に、喋っていた男は後方へ大きく吹き飛んだ。
抵抗するようにもがいた綾乃の肘が、たまたま彼に当たったのだ。
それで、この威力。
「教えて。わたしは、わたしは……」
「……なるほど」
「……なるほど」
見た目以上にパワーのあるタイプか。雰囲気とのギャップもある。
それらの要素が噛み合って、生き残ってきたのだろう……だが。
それらの要素が噛み合って、生き残ってきたのだろう……だが。
――俺の障害になるレベルではない。
サイクロプス染谷は、対戦相手の姿を「瞼の裏に映しながら」断じた。
サイクロプス染谷は、対戦相手の姿を「瞼の裏に映しながら」断じた。
今、彼は目を閉じたまま相手を観察している。目を開けば殺人光線で、試合前に相手を殺めてしまいかねない。あえてそれをしないのは、デスゲーム選手としての、彼なりの守るべきモラルであった。
サイクロプス染谷は異形であり、化物であり、人間であった。備えるべき理性と常識を彼は持っていた。
「――さてさて、少々手間取りましたが……始めましょうか」
やがて、パン、パンと手を叩きながら、怪しげな黒服の男が二人の間に立った。
おそらくは運営サイドの者であろう。その正体はサイクロプスとて掴み切れてはいない。
おそらくは運営サイドの者であろう。その正体はサイクロプスとて掴み切れてはいない。
「七勝VS七勝で迎える第八試合……ここで勝てばあなた方は大金を手に入れて……開放です。事実上の決勝戦というワケですねェ」
明らかに「上から」なその態度に、サイクロプスは苛立たないでもなかった。だが「腸が煮えくり返る」と自分のハラワタが実際に煮えてしまうので、ここはおさえた。
「では、試合の前に……恒例の、発表です。つまり……今回の、試合場を!」
黒服は大仰に両手を広げた。サイクロプスからすれば慣れたものだ。
シンプルな闘技場から学校、山や海などの大自然に至るまで、このゲームの闘技場には様々なステージがある。
シンプルな闘技場から学校、山や海などの大自然に至るまで、このゲームの闘技場には様々なステージがある。
「今回のステージは……こちらです!」
バン!
目の前のディスプレイに、風景が投影された。それを細木は裸眼で、サイクロプスは瞼の裏で見る。
先ほどまでもがいていた細木も、一度動きを止めて、画面に見入った。
外観は、小ぶりな洋館に見えた。特におかしなところはなさそうだが。
先ほどまでもがいていた細木も、一度動きを止めて、画面に見入った。
外観は、小ぶりな洋館に見えた。特におかしなところはなさそうだが。
「ただの洋館と侮るなかれ……どれ、試しにわたくしが軽く案内してみましょう」
――シュン! と転送装置が作動し、黒服の姿がその場から消えた。
そして画面の中に、手を振る彼が現れる。
そして画面の中に、手を振る彼が現れる。
「ここは五年前、ある大富豪が趣味のために建てた館でして。あらゆる箇所に彼のこだわりが詰め込まれ――」
言いつつ、彼はドアノブに手をかける。
その手に、触手が巻き付いた。
「「――!?」」
サイクロプスと細木が同時に反応する。
触手……まるで軟体生物の足のような触手であった。それはギッチリと黒服の腕を拘束し、離さない! そして間髪入れず――
触手……まるで軟体生物の足のような触手であった。それはギッチリと黒服の腕を拘束し、離さない! そして間髪入れず――
ヌ バ ア ァ ァ ーーーッ
ドアから何本もの触手が追加で這い出した! それらは黒服の全身に絡みつき、服の中に入り込み、生身の人体をむさぼった!
「こっ、このように……っ❤ 油断❤ ならぬっ❤ トラップが❤❤ 侵入者をとらえて、離さにゃっ❤ おおうーーーーーッ❤❤❤」
ビクビクビク、と黒服の体がのけぞる! 最初の慇懃な態度はどこへいったんだ!
彼はそのまま触手の海に飲み込まれ、すぐにその姿は見えなくなった!!
彼はそのまま触手の海に飲み込まれ、すぐにその姿は見えなくなった!!
「やった、とらえたぞ!」「久しぶりの新鮮な肉体だァー」「パパ、ボクにも分けてよう」「そうだぞ、山分けだ」「では私は脚を」「口を」「胴体を」
あわれ触手の山と化した黒服の体からは、触手たちのアットホームな会話まで聞こえてくる始末。なんというおぞましき光景――!
「「…………!!」」
サイクロプスと細木は、言葉もなくその様子に見入っていた。
コツ、コツ。
そんな中。意識を現実に引き戻すように、靴の踵を鳴らしながら、二人の前には新たな黒服が現れた。
新たな黒服は顔面を覆う仮面をしており、仮面には大きく「2」と書かれている。彼は平然と話をつづけた。
新たな黒服は顔面を覆う仮面をしており、仮面には大きく「2」と書かれている。彼は平然と話をつづけた。
「おわかりいただけたでしょうか。ここは、ある好事家が、その資産の200%を投じて建設したこだわりの結晶、狂気のエロトラップダンジョン!」
「お二人にはここで戦って頂きます……果たしてどちらが勝つのか、はたまた双方ともエロトラップの餌食と化すのか……」
平然と言ってのけた黒服2に、対戦者の二人は同時に発言した。
化け物と少女。見た目の差はあれど、今やその心はひとつだった。
化け物と少女。見た目の差はあれど、今やその心はひとつだった。
「「……ちょっと待って!!? 今の何!?」」
「待ちません」
「待ちません」
だがデスゲーム運営は冷徹非情であった。
彼らは淡々とゲームを遂行するのみの存在なのだから――。
彼らは淡々とゲームを遂行するのみの存在なのだから――。
「いや、さすがにこれは待っ」
「ノー」
「ノー」
食い下がったら、英語で断られた。
対戦する両者の足元が光り、魔法陣が出現した。
戦場への転送が、行われようとしている――!
対戦する両者の足元が光り、魔法陣が出現した。
戦場への転送が、行われようとしている――!
こうして、二人の戦いは、始まってしまったのだ。
◆
「……フゥーーーーーーーッ」
繰り返すが、冗談ではない。
サイクロプスは深く呼吸し、自らをニュートラルに戻す。
サイクロプスは深く呼吸し、自らをニュートラルに戻す。
いったん、退くしかない。
敵は二つ。一つは「細木綾乃」という化け物。
そしてもう一つは、この建物そのもの……!
敵は二つ。一つは「細木綾乃」という化け物。
そしてもう一つは、この建物そのもの……!
戦いばかりの生活で「地に足がついていない」ゆえに、常に浮き。
金銭的に追い詰められ「火の車」ゆえに、常に燃えている。
その目は「皿のよう」で、大金を前に「目の色を変え」てからは、ずっと色彩が変わり続けている。
金銭的に追い詰められ「火の車」ゆえに、常に燃えている。
その目は「皿のよう」で、大金を前に「目の色を変え」てからは、ずっと色彩が変わり続けている。
戦っていたら、自然とそうなった。そこまで自分を追い込んで、己の姿のすべてを捨てて、やっとここに立っている。
だが……そのような化け物ですら、楽勝とはいかない。
だが……そのような化け物ですら、楽勝とはいかない。
「――フッ。流石は決勝ってわけか」
サイクロプスは廊下を後退し、背後にあった部屋に入ることを選択した。
ドアに手をかける――何も、起こらない。
もちろん全てのドアに触手というワケでもないだろう。
ドアに手をかける――何も、起こらない。
もちろん全てのドアに触手というワケでもないだろう。
浮遊したまま部屋の中へ。すると……思いもよらぬ方向から襲撃があった。
――天井!
――天井!
「みんなァー、エモノだぜぇー!」「なんかヒトっぽくなくない?」「構うもんか、いただこうぜ」「悪いな、俺たち雑食なんでなぁ」
和気あいあいとした触手たちの会話が耳に入る。
このエロトラップダンジョンは週休二日、三食冒険者つき。アットホームな職場です!
暇をもてあました触手のアナタも是非!
このエロトラップダンジョンは週休二日、三食冒険者つき。アットホームな職場です!
暇をもてあました触手のアナタも是非!
幾本もの触手がサイクロプスへ伸ばされる。
対するサイクロプスは、大きな目をぎょろっと開いた。
対するサイクロプスは、大きな目をぎょろっと開いた。
「俺がただヤラれると思うか……俺は常に、敵対者には『目を光らせている』ぞ!」
――カッ!!
瞬間、閃光。
サイクロプスの眼球から放たれた光が、触手たちの目をくらませる!
同時に殺人光線も眼球から視界全体に拡散! 人間相手ならば集団相手でも必殺となる大規模破壊奥義であった。
サイクロプスの眼球から放たれた光が、触手たちの目をくらませる!
同時に殺人光線も眼球から視界全体に拡散! 人間相手ならば集団相手でも必殺となる大規模破壊奥義であった。
だが……
「ギャー! まぶしい!」「まぶしいぞ!」「まぶしすぎるだろう!」「まぶッ! まぶーーーッ!!」
触手たちのリアクションは「まぶしさ」のみ!
当然である。ヒトを殺めるに特化した殺人光線は触手には通じないのだ。
一瞬の停止の後、触手たちの進撃が再開!
当然である。ヒトを殺めるに特化した殺人光線は触手には通じないのだ。
一瞬の停止の後、触手たちの進撃が再開!
「ヌゥ、く、来るか……!? ならば」
「よっしゃ襲うぜー」「ヤるぜー」「毎日がレイプ日和」「でもこれどっから襲えばいいの?」「目がデカくてキモい」
「化け物じゃん」「化け物だなあ」「化け物~」
「化け物じゃん」「化け物だなあ」「化け物~」
おお、何たることか……。
触手の群体であるヌメヌメの奇妙生物から、連続して化け物コール!
いったいどの口で化け物とか言うのか! そもそも口もないくせに!!
触手の群体であるヌメヌメの奇妙生物から、連続して化け物コール!
いったいどの口で化け物とか言うのか! そもそも口もないくせに!!
だがそれも……サイクロプスには、折り込み済みであったのだ。
「ハハ、化け物か。お前らから見てもそうとはなあ! まったく、今日も言われるとは思わなかったぜ」
「おかげで……すっかり」
「『耳にタコができちまった』ぜ」
「おかげで……すっかり」
「『耳にタコができちまった』ぜ」
彼の耳に、巨大な一対のタコが出現!
タコは八本の足を伸ばし、襲い来る触手に対抗し……ねじ伏せる!
タコは八本の足を伸ばし、襲い来る触手に対抗し……ねじ伏せる!
「嘘やん。コイツ触手まで生えたぞ!?」「同胞?」「同胞ではなくない?」
「どっちにしたってキツイわー」「マジ化け物!」
「どっちにしたってキツイわー」「マジ化け物!」
仕方なく触手たちは方向を転換した。
「上半身がダメなら下半身、狙ってこう!」「そうだそうだ! 下の穴は正直かもしれない!」「やったるでー」
ターゲット、変更。その手をサイクロプスの下の穴に伸ばす。
異形となったサイクロプスにも、穴はある。
彼はこんなんなっても、生物学的には男性。すなわち下の穴はひとつである。
異形となったサイクロプスにも、穴はある。
彼はこんなんなっても、生物学的には男性。すなわち下の穴はひとつである。
だが、おお、触手たちよ、それは失策である!
「あー、そっちは、地獄行きだぜ」
サイクロプスはこともなげに、クールに言った。
下の穴を狙われて、ここまで平静と受け答えできるナイスガイがここに存在した!
だがそれも当然である。
下の穴を狙われて、ここまで平静と受け答えできるナイスガイがここに存在した!
だがそれも当然である。
「こっちはいつもギリギリなんだ。とっくに『ケツに火がついてる』もんでな!」
そう、炎!
サイクロプス染谷のケツの穴は燃えているのだ!
あわれ、襲いにいった触手たちはダメージを受ける!
サイクロプス染谷のケツの穴は燃えているのだ!
あわれ、襲いにいった触手たちはダメージを受ける!
「「「ギ……ギャアァァアアーーーーー!!!」」」
「……どうやらここは、俺の勝ちだな」
そうして悠然と、サイクロプスはその場に浮遊した。
煌々とケツを燃やしながら勝ち誇るサイクロプスからは、いっそ男気すら漂っていた。
読者諸氏におかれましては、そんな彼に惚れる権利がある。
それは人に許された自由。権利なのだから……。
煌々とケツを燃やしながら勝ち誇るサイクロプスからは、いっそ男気すら漂っていた。
読者諸氏におかれましては、そんな彼に惚れる権利がある。
それは人に許された自由。権利なのだから……。
「や……やってられるか……!」
敗北した触手たちは、たまったものではない。
「こんな化け物がくるなんて聞いてない!」「三食冒険者つき、レイプし放題だっていうから雇われたんだぞ!」
「うちの子がケガしたんですけど!?」「痛いよー」
「だいたい給料だって安いと思ってたんだ!」「そういえば先月の残業代出てないぞ!」
「うちの子がケガしたんですけど!?」「痛いよー」
「だいたい給料だって安いと思ってたんだ!」「そういえば先月の残業代出てないぞ!」
そして触手たちは、即座に動いた。彼らの矛先はサイクロプスではなく……このダンジョンのオーナーに向いた!
「やってられるかー!」「「「やってられるかーーー!!」」」
「労働環境の改善を要求する!」「「「労働環境の改善を要求する!」」」
「労働環境の改善を要求する!」「「「労働環境の改善を要求する!」」」
触手たちは頭(?)にハチマキを巻き、プラカードを掲げて立ち上がった!!
エロトラップダンジョン業界にも労働者闘争の波が!
そう、労働ってほんとクソだよね。あーあ、明日あたりウチの会社に隕石が衝突しないかなぁー!!
エロトラップダンジョン業界にも労働者闘争の波が!
そう、労働ってほんとクソだよね。あーあ、明日あたりウチの会社に隕石が衝突しないかなぁー!!
「は、はァ……?」
展開についていけないサイクロプスを置いて、触手たちは行進を開始した。
『ベア要求』
『触手に人権を』
『健全なエロトラップダンジョン環境の実現』
『触手に人権を』
『健全なエロトラップダンジョン環境の実現』
掲げられたプラカードには、豪快な筆使いでそれらの文言が踊る。
健全なエロトラップダンジョン環境っていったいなんだろう。
健全なエロトラップダンジョン環境っていったいなんだろう。
彼らは部屋の出口へ向け、猛烈な勢いで進んでいった。
しかし。
――しかし。
しかし。
――しかし。
細木綾乃がそこに立っていた。
流れが止まった。触手たちがざわめき、身をくねらせる。
突然、最上級の女の子 が現れたのだ。
突然、最上級の
「お? これは?」「女の子じゃん」「運営の粋な計らいか?」
嬉しそうな触手たちを眺めつつ……サイクロプスは、苦み走った笑みを浮かべる。
「…………来やがった」
その場の彼らに、情報が流れこんでくる。
有無を言わさぬ、細木綾乃のプロフィールの群れが。
有無を言わさぬ、細木綾乃のプロフィールの群れが。
――細木綾乃。バレンタインでチョコを渡した経験は一度だけ。ちょっと失敗した手作りのチョコケーキ。
「ひっ。ここ、さっき映像で見た部屋……?」
不安げな表情で綾乃が一歩退く。
触手たちはそんな初々しいリアクションにひとしきり盛り上がり……そして無防備な少女へと、その手をついに伸ばす。
触手たちはそんな初々しいリアクションにひとしきり盛り上がり……そして無防備な少女へと、その手をついに伸ばす。
「「「労働環境の改善ーーーーーッ」」」
「えっ……きゃあ!?」
綾乃はその身をかばうように両腕をクロスさせて体を守った。
だがその腕に、触手たちは容赦なく巻き付いていく。
いや、腕だけでない。脚もだ。
だがその腕に、触手たちは容赦なく巻き付いていく。
いや、腕だけでない。脚もだ。
地を這うように迫った触手の群れは彼女の両脚を巻き取り、無様に開かせる!
ワンピースの裾から、彼女の白い太股の付け根までもが露わになり、外気に晒される。
そしてその奥の秘部へと、触手の先端が入り込み――。
ワンピースの裾から、彼女の白い太股の付け根までもが露わになり、外気に晒される。
そしてその奥の秘部へと、触手の先端が入り込み――。
「そんな……お願い、やめ、」
ああ、だが、触手たちよ。理解しているのだろうか。
その様子を見ながら、サイクロプスは決して手出ししなかった。
彼は理解していた。細木綾乃は油断ならぬ相手である。
彼は理解していた。細木綾乃は油断ならぬ相手である。
何しろ――細木綾乃は淫獄流をほぼ極めており、前年の淫獄大相撲では最高位である「横綱」の位を獲得。
さらに一昨年の淫獄オリンピックでは、日本に二十八個もの金メダルを持ち帰っている。処女のままこの偉業を成し遂げた人間は、歴史上存在しない。
彼女は、業界においては英雄である。
「やめて――ってばぁ!」
もがくようにさまよった彼女の手が、触手の一本をつかみ取る。
その瞬間。
その瞬間。
「――うひゃぁぁああ!?❤❤」
びびくん! と捕まれた触手が反応した。
「お願い、わたしは、わたしは……自分が誰かもわからない。恋人だっていたかもしれない。好きな人くらいいたのかもしれない。なのに、こんな目に遭うのは――ッ」
綾乃の両手は反射的に動く。身体が覚えている動きだ。
次々と、触手を掴む。あるいは、さする。撫でる。
次々と、触手を掴む。あるいは、さする。撫でる。
「ひゃあ❤」「ひええ❤」「う……うああああああ❤❤」
そのたびに、触手たちが身を躍らせてその場に落ちていく!
気が付けば綾乃は、襲い掛かってきた触手たちを全て退けていた。
気が付けば綾乃は、襲い掛かってきた触手たちを全て退けていた。
「な、なんなんだその技は……!」
恐るべき綾乃の無双に、サイクロプスも驚愕! あとドン引き。
「な、なにこの技…………わたし、いったい……?」
そしてこの光景に、細木綾乃もドン引きしていた。そりゃそうだ。
「ば、馬鹿な……その技は」「長老」「知っているんですか、長老?」
そしてその様子に、ようやく一本の触手が反応した。彼にも細木綾乃の「記憶」が流れ込んでいた。
「師匠……お帰りになられたのですか……! 見た目が随分変わっていたもので、わかりませんでしたが」
「はい? 師匠???」
「はい? 師匠???」
触手たちの「長老」は、今やすべてを理解していた。
綾乃は、なんにも理解していなかった。
綾乃は、なんにも理解していなかった。
「なつかしゅうございます……淫獄流の道場で、あなたに技を教わった日々……」
「え? ええ? わたしが??」
「え? ええ? わたしが??」
困惑する綾乃に、長老は思い出語りを始めようとした。
綾乃は混乱しつつも、自分の過去に関する情報を、漏らさず聞こうとした。
――のだが。
綾乃は混乱しつつも、自分の過去に関する情報を、漏らさず聞こうとした。
――のだが。
ゴ ゥ ッ。
その会話は、燃え盛る炎によって遮られた。
大きな目を歪ませたサイクロプス染谷が、そこへ割って入った。
彼は落ち着いた声で触手たちに言った。
大きな目を歪ませたサイクロプス染谷が、そこへ割って入った。
彼は落ち着いた声で触手たちに言った。
「戦う気がないなら、のいていろ」
サイクロプスは確認するように二、三呼吸をし、自らを落ち着けた。
「俺は、覚悟を決めたぞ。どっちにしろ俺には、戦うしかないんだ。相手がどんな……『化け物』であれ」
決意し、向きなおる。その力強い瞳で、細木綾乃を見つめながら――
――瞬 。
その刹那、彼女の姿が消える。
サイクロプスが「見つめた」という事は、殺人光線が綾乃を狙ったという事だ。
その危機を本能的に感じ取り、彼女は回避した。
サイクロプスが「見つめた」という事は、殺人光線が綾乃を狙ったという事だ。
その危機を本能的に感じ取り、彼女は回避した。
「そうだ……それでいい」
サイクロプスは嗤った。
危機を察知した触手たちが避難していく。
細木綾乃だけがそこに残される。
細木綾乃だけがそこに残される。
一対一の戦いが……再び始まる。
◆
右へ左へ、宙に浮いたまま攪乱する動きで、サイクロプスは殺人光線を乱射する。
しかし細木綾乃は、その全てをかわしている。
しかし細木綾乃は、その全てをかわしている。
そして瞬間移動のようにサイクロプスの背後に現れ、確実に一撃を入れていく。
その一連の流れは、武道の型のように洗練されたものだった。
その一連の流れは、武道の型のように洗練されたものだった。
「ぐ…………ッ」
「わたしは、何で、こんな……」
「わたしは、何で、こんな……」
ここに至って未だ、綾乃には戦意と呼べるものはなく。
ただ襲われたから、反射で殴ったり蹴ったりしているだけだ。
それでここまで強いのだから、もはや笑うしかない。
ただ襲われたから、反射で殴ったり蹴ったりしているだけだ。
それでここまで強いのだから、もはや笑うしかない。
そしてその間にも、細木綾乃の過去に関する情報は絶え間なく、サイクロプスの脳裏に入ってくる。
――細木綾乃。嫌いな食べ物はパクチー。近年のブームには一言物申したいと思っている。
――細木綾乃。ヨガ35段のヨガマスター。必殺の「フェニックスのポーズ」をとった際には全身から炎が吹き上がり、その炎に触れた者は、肩こりや腰痛などが完治する。
「冗談みたいな存在だぜ……」
だが、これらの情報が「真実」であるということが、実感としてサイクロプスにはわかる。そのように伝えるのが、綾乃の能力「鏡面勿忘草」の効果であった。
だから。これら全てが真実であるからこそ。
その次に伝えられた情報は、サイクロプスには聞き逃せないものだった。
その次に伝えられた情報は、サイクロプスには聞き逃せないものだった。
――細木綾乃。日本病弱な妹ランキング24位。直近でランカーに登録されたばかりの新鋭である。
「……何……だと!?」
そこで、サイクロプスの動きは一度止まった。
◆
「あぁ~~~、何をやっているんだ!」
最初に、サイクロプスと綾乃が案内された転送の部屋。
そこで、白衣を着た男の一人が悔しげに天を仰いでいた。
そこで、白衣を着た男の一人が悔しげに天を仰いでいた。
「記憶喪失ってとこは、めちゃくちゃポイント高いのにさぁ~~! そんな運動能力なんか発揮したら、減点だよ減点」
そうして男は、手にしたフリップボードに、いくつもバツを書き込んでいく。
この部屋に、綾乃を連れてきた男は三人いた。
一人は、このデスゲームの運営である黒服。綾乃に肘打ちでのされ、今は気を失っている。
もう一人は、医者。綾乃が原因不明の病気で記憶喪失となったため、その経過を観察している。
一人は、このデスゲームの運営である黒服。綾乃に肘打ちでのされ、今は気を失っている。
もう一人は、医者。綾乃が原因不明の病気で記憶喪失となったため、その経過を観察している。
そして最後の一人こそ、病弱妹審査員。
妹を愛し、病弱を愛し、そこに優劣を判定して最高の病弱妹を求める狂気の徒!
妹を愛し、病弱を愛し、そこに優劣を判定して最高の病弱妹を求める狂気の徒!
だが、この細木綾乃はちょっと期待外れだった。
儚げな雰囲気があり、見た目は100点。
口調も常に、どこか不安げで申し分ない。
儚げな雰囲気があり、見た目は100点。
口調も常に、どこか不安げで申し分ない。
しかし……しかし、ここまで強いとはなあ~。異形のサイクロプスをボッコボコに叩いちゃってるからなあ~~。
残念ながら綾乃は、こちらの方面ではトップを狙えそうになかった。
何事にも、向き不向きというものはあるのである。
何事にも、向き不向きというものはあるのである。
◆
サイクロプスの脳裏には、流れ続ける。
細木綾乃の過去が。
それは、病弱妹ランカーとしてこれまで過ごしてきた記憶であった。
細木綾乃の過去が。
それは、病弱妹ランカーとしてこれまで過ごしてきた記憶であった。
彼女はこれまでに、数々の妹と対峙してきた。
「くっ……今日のところは私の負けだ。だが……貴様を倒すのはこの私。私が倒すまで、健康になるんじゃないぞ……!」
――28位、肺炎のアユミ。
「くく……中国四千年の秘術を用いれば、不健康を保つなど造作もないネ。この『逆漢方』でランキングを制すのは、私アル」
――中国代表、胃ガンのラオ・チェン。
「日本の病弱、低レベルデース!!」
――アメリカ代表、骨折のマリア。
いずれも劣らぬ、病弱にして妹である精鋭たち。
「なるほど……こんな奴らと戦ってたってワケか……お前も……そして」
サイクロプスは目を伏せた。
瞼の裏には――妹の姿が、ありありと映し出される。
瞼の裏には――妹の姿が、ありありと映し出される。
「真白も…………!!」
映し出された妹の真白は、病室に一人、胸に秘めたスピリタスの瓶をぎゅっと握り、兄の勝利を信じて待ってくれていた。
「そうだ……真白……真白。俺には、真白がいる。負けるワケにはいかないんだ」
その姿は、サイクロプスに己の原点を思い起こさせた。
己が何者であるかを、思い出させた。
己が何者であるかを、思い出させた。
そして。サイクロプスは、ある衝動にかられた。
綾乃の情報ばかりを、自分に伝えられて。自分は何も伝えられていない。
綾乃の情報ばかりを、自分に伝えられて。自分は何も伝えられていない。
自分も、伝えたいとおもった。ぶつけたいと思った。
サイクロプスは目を閉じたまま、綾乃の正面に向きなおった。
目を閉じたままでなくては、綾乃の正面に立つことはできない。
この対戦相手に、正面から伝えたかった。
目を閉じたままでなくては、綾乃の正面に立つことはできない。
この対戦相手に、正面から伝えたかった。
「――俺は! 俺には、妹がいる!!」
「…………?」
「…………?」
突然叫びだしたサイクロプスに、綾乃は驚きつつ動きを止める。
「病気の妹だ――真白、という。俺たちはたったひとりの兄妹だ。いつ死ぬかわからない……難病なんだ。だから、俺が支えてやらなきゃならない。俺が、なんとかしてやらなきゃならない」
別に、同情を誘おうというワケではない。
手加減してもらおうなどとは思っていない。
手加減してもらおうなどとは思っていない。
自分が何のために戦うのか。自分は何のために生きるのか。
己が――何者であるか。
己が――何者であるか。
それは、戦うための力になる。
生きるための力になる。
生きるための力になる。
「妹のために――俺は、細木綾乃。お前に勝つ……!!」
だからそれを、ハッキリ宣言することで。
きっと、もっと、力を得ることができるはずなのだ。
きっと、もっと、力を得ることができるはずなのだ。
「…………!!」
それを聞いた、綾乃は。
完全に固まり、動けなくなってしまった。
完全に固まり、動けなくなってしまった。
「……ず……」
そして彼女は、吐き出す。
相手の境遇を聞いた、彼女なりの、思いのたけを。
相手の境遇を聞いた、彼女なりの、思いのたけを。
「ずるい…………!!」
サイクロプスは耳を疑った。
思わず聞き返す。
思わず聞き返す。
「……は?」
「ずるい、ずるい、ずるい……!」
「ずるい、ずるい、ずるい……!」
駄々をこねる子どものように、綾乃は頭を振って、美しい髪を振り乱した。
「私には、そんなのない。私には、何もないのに……!」
彼女は両目から涙をこぼし、感情をむき出しにした。
そう。記憶はなくとも、感情はある。
そう。記憶はなくとも、感情はある。
「わたしには、記憶がない。 だから思い出がない。出自がない。歴史がない。 つまり、自分がない……!」
「自分とは、過去からつくられる。わたしにはそれがない! 過去がない。未来もない。 自我ってものがない。」
「どうすればいいか、わからない……!!」
――何かのために、戦わなきゃならないんだとしたら。
――何かのために、生きなきゃならないんだとしたら。
――わたしは、何のためにも、生きることができないじゃないか……!!
――何かのために、生きなきゃならないんだとしたら。
――わたしは、何のためにも、生きることができないじゃないか……!!
ド ッ
直後。衝撃が、サイクロプスを襲った。
正面からの、飛び蹴りだった。
正面からの、飛び蹴りだった。
細木綾乃が、目で追うことすらできないスピードで、蹴り脚をサイクロプスの胴体に突き刺したのだ――!
「ガハ…………ッ」
「もう……いい」
「もう……いい」
綾乃の眼が、変わった。
攻撃されるから仕方なく殴り返す、さっきまでの綾乃ではない。
自分から攻撃するという意思を持った、明確な戦意の眼に変わった。
攻撃されるから仕方なく殴り返す、さっきまでの綾乃ではない。
自分から攻撃するという意思を持った、明確な戦意の眼に変わった。
「過去とか、自分とか、どうでもいい。わたしに記憶はひとつしかない」
「そのひとつのために、わたしは戦うことにする」
「そのひとつのために、わたしは戦うことにする」
トッ、と綾乃が着地する。戦い方は、わからない。思い出せない。ただ、体が勝手に動こうとするままに、動かそう。
「わたしは何者? わたしは、滝沢ユリカの友達。それだけ」
「ユリカのところに、わたしは帰る。そのために戦う」
「ユリカのところに、わたしは帰る。そのために戦う」
ヒュンヒュン、と脚を動かす。その全てが蹴りの打撃となり、左右からサイクロプスを襲う!
「また会おう、って、約束したから」
サイクロプスは、その光速の蹴りを、かろうじてガードした。
そして再び、目を……開く!
そして再び、目を……開く!
「その戦意……受け取った! だが俺は、負けない!」
殺人光線が前方に飛ぶ。それを綾乃は横っ飛びでかわす。
サイクロプスはそのまま、ぐるりと周囲を「見渡した」。
それだけで、全方位に殺人光線をばら撒くことができる!
サイクロプスはそのまま、ぐるりと周囲を「見渡した」。
それだけで、全方位に殺人光線をばら撒くことができる!
「全部……見えるよ!」
だがそれすらも、綾乃には当たらず。彼女はサイクロプスの視線を追って、的確に光線をくぐり抜けていた。
「チクショウ……もう、殺人光線 だけに頼るのはやめだ!」
バッ、とサイクロプスが両手を広げた。
「俺たちは、いつも金がなくて……『爪に火を点す』つもりで、ずっとやりくりしてきたんだ!!」
そしてその両手の指から、炎がゴゥ、と噴き上がる。
目を開き、殺人光線も放ったまま、炎の爪で綾乃へと躍りかかる。
目を開き、殺人光線も放ったまま、炎の爪で綾乃へと躍りかかる。
右、左、左、右。
突き出される両手のツメをかわしながら、綾乃はサイクロプスの左腕を二度、さすった。
それだけで。
ビクビクン、と左腕が痙攣し、マヒしたように動かなくなった。
それだけで。
ビクビクン、と左腕が痙攣し、マヒしたように動かなくなった。
左腕が……「イカされた」!
これが淫獄流の戦い方である。だがサイクロプスは怯まない。
これが淫獄流の戦い方である。だがサイクロプスは怯まない。
「ウオ……オオオオオオ!!」
「病気の妹さんがいるからって……それだけで……勝たせるもんか」
「病気の妹さんがいるからって……それだけで……勝たせるもんか」
綾乃は左右の手を構えた。
頭では覚えていなくても、体が覚えている。覚えている体が、ここにある。
きっとそこまで含めて、自分なんだ。
頭では覚えていなくても、体が覚えている。覚えている体が、ここにある。
きっとそこまで含めて、自分なんだ。
――わたしは今まで、随分といろんな経験をしてきたらしい。
随分といろんな実績を持っているらしい。たいした人物であったらしい。
様々なことを学び、身に着け、強くなってきた。
随分といろんな実績を持っているらしい。たいした人物であったらしい。
様々なことを学び、身に着け、強くなってきた。
その後、突然の記憶喪失で、すべてを失い、今覚えていることは……ユリカの友達。
それだけだけど。
それが、細木綾乃だ。沢山のものを手に入れて、失って、今ここにいる、わたしが!
それだけだけど。
それが、細木綾乃だ。沢山のものを手に入れて、失って、今ここにいる、わたしが!
「わたしは」
「俺は」
「俺は」
二者が交錯する。サイクロプスが右腕を突き出す。綾乃がその腕をさすり、無力化する。
これで使える腕がなくなった……と、思わせる。そこが、チャンス。
これで使える腕がなくなった……と、思わせる。そこが、チャンス。
「俺は……この勝利が、『喉から手が出るほど』欲しい……ッ!!」
サイクロプスが叫ぶ。言葉通り……口から三本目の腕が、伸びた。
「…………!!」
綾乃もこれは読めなかった。脇腹に痛打を受ける。
だが……そこまでだった。
だが……そこまでだった。
「わたし、は……!!」
綾乃は痛みに耐え、止まらず、前進した。相手の眼から出る殺人光線をかわし、正面から、サイクロプスの異形に……抱き着いた。
「な……!」
「わたしは……細木綾乃、です」
「わたしは……細木綾乃、です」
あまりの意外な行動に、サイクロプスが怯む。それがいけなかった。
この抱擁は、愛ではなかった。慈悲でもなかった。
この抱擁は、愛ではなかった。慈悲でもなかった。
この抱擁は……攻撃だった。
淫獄流奥義――『阿片顔双平和 』
「の……ォ オ ォ ッ !!!❤❤❤」
ビク……ビビビクン!!
全身をのけぞらせ、サイクロプスが膝をついた。
全身をのけぞらせ、サイクロプスが膝をついた。
体中の筋肉を愛撫によってコントロールされ、相手の姿勢を強制する……恐るべきこの奥義は、決まれば相手の体を麻痺させ、「ダブルピース」の形に固定してしまう。
そして顔の筋肉にも力が入らなくなり、気の抜けた「アヘガオ」を晒してしまう。その表情の完成とともに、技をかけられた者は意識を手放すのだ。
もし通常時であれば、サイクロプスも、この表情の変化に抗うことができたかもしれない。だが今、彼の喉からは、太くて固いモノ――そう、第三の腕が生えており、歯を食いしばるなどの抵抗ができなかったのである。
もはや、声も出ない。身体を動かすことすらできない。
(真白……真白ォ……ッ)
サイクロプスは声帯を震わせることすらできず、声なき声をあげながら崩れ落ちた。
決着であった。
決着であった。
◆
「……俺から離れろ。すぐにだ」
意識を取り戻してすぐ、サイクロプスは綾乃にそう言った。
チャチャラチャーチャーチャーチャッチャラー……遠く、決着を告げるファンファーレの音が聞こえる。勝敗はついたのだ。
「俺の体には、核爆弾が仕掛けられている――お前もそうかもしれんがな。敗北すると、爆発する仕組みらしい」
そこでサイクロプスはふう、とひとつ息をつき、
「俺も……ここまでか。巻き込まれないうちにお前は離れるんだ。そしてできれば、真白……俺の妹に、よろしく伝え――」
「あ」
「あ」
だがよりによってその言葉に、綾乃は口を挟んだ。
「なんだろう……もしかして、わたし、これ……わかるかも?」
「な……何を」
「な……何を」
そこでサイクロプスに、綾乃の過去が入り込んでくる。「鏡面勿忘草」。
――細木綾乃。十八歳。危険物取扱128段。専門は、核を使用した爆発物――。
「はは」
綾乃はすべての爆弾を素手で解除した。
サイクロプスは笑った。笑うしかなかった。
サイクロプスは笑った。笑うしかなかった。
「お前には、かなわないな」
◆
――その後。
染谷真白は、病弱な妹ランキングから脱落した、と発表された。
「病弱」の資格を失ったことが、その理由として説明されている。
「病弱」の資格を失ったことが、その理由として説明されている。
本人はたいそう悔しがったそうだが……彼女の兄は、それを何よりも、何よりも喜んだそうである。
真白が「病弱」を失ったのは、善意の人物からの入金により、手術費用がまかなえた事によるものだった。
その「善意の人物」は入金に添えて、手紙でこう語ったそうである。
その「善意の人物」は入金に添えて、手紙でこう語ったそうである。
「今のわたしの記憶だと……他に使い道が思いつかないの」
「それと」
「わたしは、困ってる人をちゃんと助ける人間……らしいから」
「それと」
「わたしは、困ってる人をちゃんと助ける人間……らしいから」
◆
「ねえ、ユリカ」
「なに? 綾乃」
「なに? 綾乃」
「わたし、すごい事をしてきちゃったよ」
「すごい事?」
「すごい事?」
「うーん、でも……ま、いっか。言っても信じてくれないだろうし」
「えー。何よそれ」
「えー。何よそれ」
「えーとねえ……とんでもない魔人と死闘をしたり……その魔人の命を救ったり……あと、魔人の妹さんを助けたり」
「い、意味わかんない」
「い、意味わかんない」
「ねー。わかんないよねー? だから、いいの」
「はあ」
「はあ」
「でも、すっごい体験だったよ。記憶にある限り、一番の思い出」
「だから、その記憶がないんじゃーん」
「だから、その記憶がないんじゃーん」
「あははは」
「あははは」
「あははは」
「あはははは……はあ。うん。やっぱり、帰ってこれてよかった」
「うん?」
「うん?」
「だから……その……ね」
「また会えてよかったよ。わたしの、たったひとつの記憶 」
