(急いだ方がいいわね……あの男……
本職の盗賊ではないけれど、城の宝物庫を狙うコソ泥ってとこかしら……)
王城がそびえ立つ浮島、その周囲に点在する藪の中に潜み、
女盗賊は射るが如き炯眼で、即時に男――
ホンダラの性質を見抜いていた。
愛用の短剣は、大魔王に砕かれた。
しかし――これも大魔王の意思なのであろうか――
幸いな事に、彼女の盗賊道具は難を逃れていた。
女盗賊はレミラーマをそっと唱え、城の外壁を見上げる。
遥か上、地上から数十メートルの位置にある窓から、煌々と光が漏れていた。
(フフッ……残念だけど、お宝はアタシのものよ、『憐れなコソ泥』さん(はあと)
自分の命が、いつ何時、誰に奪われてもおかしくない状況下にあることは理解していた。
しかし、彼女は根っからの盗賊であり、またそれを矜持にもしていた。
宝の臭いを感じ取り、みすみす逃すなんてことは、彼女自身が許すことができなかったのである。
彼女はバックパックから鉤爪の付いたロープを取り出し、回転させた。
ヒュンヒュンという風を切る音が、次第に大きくなる。
次の瞬間、最大まで遠心力が加えられた鉤爪が、窓に向かい一直線に空を舞った。
ガキッ!
(フフ……簡単……(はあと)
女盗賊は、まるでロープの上を走るかのように、スルスルと昇っていった。
窓の外側に張り付いた彼女の口から、思わず笑みがこぼれる。
宝物庫のカーテンを透かして、レミラーマの反応による、眩いばかりの光が放たれている。
(ああ……眩しいわ、この光……これだけ眩しいんですもの、
きっと目も眩むような金銀財宝が、このカーテンの向こう側にあるのね……)
窓と窓の隙間に針金のようなものを差し込み、外側から難なく鍵を開ける。
そして彼女は、カーテンを開いた。
全身の血が凍ったような気がした。
耳の尖った、魔族とおぼしき銀髪の男が、彼女のすぐ目の前に立っていた。
「盗賊か。堂に入ったものだな」
(クッ……!!)
女盗賊はすぐさま体を翻し、窓の外に飛び出した……が、無駄だった。
すさまじい速さで、男が彼女の髪を掴み、窓の内側へと引きずり込んだからだ。
デスピサロは、彼女を宝の山の中へと叩きつけるように投げ飛ばした。
「ガハッ!!」
様々な金貨、銀貨、宝石、そういったモノが彼女の身体の上に降り注ぐ。
(迂闊……!まさかこんな所に、既に人が来ていたなんて……!)
絶対に逃げられないことは、もはや分かりきっていた。
――戦うしかない。
彼女は宝の山の中で、相手に悟られぬよう、猛毒の塗られたピンを取り出した。
人間はおろか、トロルでさえその一刺しで死に至る、強力な毒。
宝の山の中で、ピンを注意深く、真っ直ぐに伸ばす……。
そして、右手でしっかりとピンを握り締めた。
たった一本のピン……。
これに彼女の命が懸かっていた。
ありったけの闘志を燃やす。雄叫びを上げる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
女盗賊は左手で、宝の山をデスピサロに向かってぶちまけた。
宝物庫の中を、目映く輝く金銀財宝が舞い散る。
それと同時に、女盗賊は壁面を蹴り、一瞬でデスピサロの背後に回り込んだ。
そして――
プスッ!
女盗賊は、デスピサロのボンノクボに、垂直にピンを突き立てた。
「やったわッ!とったッ!
私の勝ちよオオォォォォォォォッ!!」
沈黙――。
デスピサロが、ゆっくりと後ろを振り返る。
そして、ゆっくりと彼女の首に手を伸ばした。
「!? !? !?」
「残念だったな……私に、毒など効かない」
彼女の足が、床を離れる。それと同時に、首を締め付ける力が徐々に強くなってゆく……。
女盗賊は必死で足掻いた。デスピサロに、力の限り蹴りを入れる。何度も……何度も……。
全てが無駄でしかなかった。
意識が遠のいていく……。
薄れゆく意識の中で、宝物庫の扉が音を立てて開いた。
緑の服に身を包んだ、『憐れなコソ泥』だった。
彼女は藁にもすがるような気持ちで、最後の力を振り絞り「助けて」と言った。
その言葉が終わると同時に、彼女の首が奇妙な方向へ、グニャリと曲がった。
アリアハンの地に降り立ったホンダラは、
ある地点を目指し、唯ヒタスラ歩いていた。
(へへ……あんな立派なお城にゃ、お宝もたんまりあるんだろうな……)
アリアハン城に着いたホンダラから、思わず笑みがこぼれる。
やはり城内にも、街の同様、全く人が居ない。
(不思議なことだが、そんなことはどうでもいいや。
やっぱり思った通りだぜ……)
何の苦労も無く城内に侵入したホンダラは、
宝の臭いを嗅ぎ付けたのか、迷うことなく宝物庫へと辿り着いた。
重々しい扉を開く……。
宝物庫には、二人の先客が居た。
一人は、いかにも盗みを生業としているような、細身の女。
もう一人は、高貴な服を纏った、耳の尖った魔族の男。
銀髪の男が、女盗賊の首を片手で鷲?みにし、軽々と持ち上げている。
女の口から、かすれた声が漏れ出す……。
「た……たす……け……」
ボキッ!!
その音と同時に、女は首をだらんと垂らしたまま、少しも動かなくなった。
高貴な魔族の男が、ホンダラの方を見つめ、口を開いた。
「私の名はデスピサロ……
何故だろうな……人間に対する復讐は、もう終わったと自分では思っていたのだが……
この地に来てから、再び憎しみが蘇ってな……
これもあの、
ゾーマとかいう奴のせいなのかも知れない……
フフ……そんなことはどうだっていい。とにかく……人間は皆殺しだ」
ホンダラは
加速装置を使った!
ホンダラは逃げ出した!
巨大な王城を背にホンダラは、
ただただデスピサロから遠ざかることだけを考え、ガムシャラに走りまくった。
(
旅の扉をくぐったとき、私は決心がついたのだろうか)
フライヤの頭にあるのは、
フラットレイのことだけであった。
このゲームで生き残るのは一人だけ。 自分以外の全てが敵となる。
(ではフラットレイ様も、わたしの命を狙う敵・・・)
・・・!! 冗談ではない!そのようなこと。
「あの方と殺し合いなぞ、できるはずがないではないか!」
フライヤは空に向かって叫んだ。ありったけの憎しみを込めて。
「なんと残酷な運命なのじゃ・・・」
目の前にあるのは絶望だけであった。
そんなフライヤの心情をまるで無視するかのように、一人の男がドタドタと慌しく駆け込んできた。
ハッと我に帰り、身構える。
「何者じゃ、そこで止まれ!」
フライヤが警告すると、男は引きつった声を出して倒れこんだ。
(早くも私の命を狙う者が.・・・?)
用心しながら男に近いていく。そしてあと2、3歩という距離まで接近し、顔を覗き込もうとしたその時
男は突然頭を上げ、フライヤに飛びかかった。
「み、み、見たんだよ!!」
「何をする、離さんか!」
フライヤは突き飛ばそうとしたが、男の手はフライヤの服の裾を握って離さない。
「いいかげんにせんか、こやつ!」
フライヤは足を絡めて男の体勢を崩すと、おもいっきり投げ飛ばした。
「うげっ!」
男は背中を打ち呻き声を上げていたが、それが収まるとゆっくりと体を起こし、引きつった声で喋り出した。
「デ、デデ、デス・・・・・」
「・・・・・・・・?」
「デスピサロに気をつけるんだ!」
男はそれだけ言うと、近くに見える橋へ向かって走り去っていった。
フライヤは何やらわけがわからなかったが、男の去り際の言葉は妙に気になった。
「デスピサロ・・・・?」
初めて聞く名だったが、なぜかその名前の響きに不穏な感覚を覚えたフライヤであった。
ホンダラを少しばかり追いかけたものの、結局逃げ切られてしまったデスピサロは、再び宝物庫に戻ってきていた。
女盗賊の亡骸から、
アイテムをルートする。彼女のアイテムは『狼煙』だった。
「使い道の無い物だが……一応、持ってゆくとするか」
足元に横たわる女盗賊の亡骸を、デスピサロは財宝の山の方へ蹴飛ばした。
ぶつかった衝撃で棚からザラザラと零れ落ちる財宝が、彼女の亡骸を埋葬してゆく。スグに彼女の身体は見えなくなった。
「盗賊としては……この上無い墓標だな……」
女盗賊の墓を一瞥し、デスピサロは再び書庫へと戻って行った。
重々しい音を立て、扉が閉まる。それ以後、アリアハン宝物庫の扉は、永遠に開かれることはなかった。
【フライヤ 所持品:
エストック
行動方針:とりあえずフラットレイとは会わず、しかし最終的には結論を出す】
【現在位置:アリアハン北西の橋近辺】
【ホンダラ 所持武器:加速装置
基本行動方針:デスピサロの恐ろしさを触れ回り、あとはひたすら逃げる】
【現在位置:アリアハン北西の橋】
【デスピサロ 所持品:
正義のそろばん 狼煙(のろし)
行動方針:進化の秘法を探す&見つけた人間は排除】
【現在位置:アリアハン城宝物庫~書庫】
【女盗賊 死亡】
【残り 106人】
最終更新:2011年07月18日 07:39