戦場の慰安夫

セシルは銃の照準を湖のほとりで蠢いている男に合わせながら、
ゆっくりと自分の位置を有利な場所へと移動していく。
あの程度の相手なら、わざわざ銃を使う必要は無いかもしれない。
セシルはふとそう思った。
それもそのはず、怪しい覆面とアホな格闘している男が、
参加者の中でもトップクラスの実力を持っているなど想像もつかないだろう。

そして、オルテガまで10メートルの位置に来た時、
やはり接近戦で殺してしまおうと決意した。
標的の傍に落ちている道具袋から大量の食料が見え隠れしていたからだ。
この数日間、食料の補給はできなかったので既に手持ちの食料は尽きようとしていたのだ。
それにぎりぎりまで食料を節約しながら食べていたので、
我慢していた飢えが大量の食料を前にして耐え難い物になってしまったのだ。
銃や弓矢を使って万が一返り血が大事な食料にかかってしまったらと考えると、
やはりより慎重にできる接近戦でやってしまえば、という考えだった。

標的に体当たりをして、倒れた所に頭へ銃を一発。
それで食料を無傷で回収できるはずだ。
そしてまだ覆面と格闘しているオルテガに十分近づいた所で、
セシルはオルテガに攻撃を仕掛けた。
――セシルは気がつかなかっただろう。覆面と格闘しているオルテガを見てしまった時から、彼の術中にはまってしまったという事を。
彼はもう、己の滅びの運命を変えることはできないのだ。

そして、セシルの作戦はあっけなく成功した。
雪原に突っ伏したオルテガはまったく動かない。
頭に被っていた覆面に、間違いなく銃弾があたったはずだ。
念のためもう二、三発銃を撃ち込む。心臓と腹部。どれも致命傷になりうるはずだ。
不意に粉雪を伴った一陣の風がオルテガの姿を掻き消す。
そして再び彼の姿が現れた時には…
「なにっ!? 丸太だと?!」
オルテガの倒れていたはずのそこには、いくつか弾痕のついた丸太が転がっていた。
もちろんオルテガの姿はどこにも見当たらない。
慌てて辺りを見回すセシルを嘲笑うかの様に、オルテガの高笑いが雪原に響き渡った。

「フハハハハハハハハハハハハハッ! フハハハハハハハハハハハハハハハハハ
 ハハハハゲホゲホフハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアッッッ!」
「なっ!? どこだっ!? どこにいるっっっ!!??」
セシルは慌てて辺りを見回した。しかし、どこにも声の主の姿は見えない。
響き渡る声は反響しているかのように全方向から聞こえてくる。
果てしなく嫌な予感に、セシルは思わず二歩三歩後退した。
「どこを見ている! 私はここだ!!」
セシルははっきりと聞こえた声の方向を振り向いた。
そこには一本の巨木、そしてその枝に覆面を正確に装着した男が立っていた。

「クロスッ! アウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッツ(脱衣)!!!」
オルテガは空高く飛び上がり、着ていた服を撒き散らし、
回転しながら着地しようとした。
しかし、そのまま腰の所まで雪に埋まってしまった。
「ぬ、抜けない……」
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「すまん、ちょっと引っ張ってくれないか?」
「あ、はい」
セシルはオルテガの両手を掴むと、全力でオルテガを引っ張った。
そしてなんとかオルテガは雪の中から脱出できたのだ。

「ふう、助かった。礼を言う」
(…何をやっているんだ? 僕は…)
肩で息をしながらセシルは何故この男を助けてしまったのか考えていた。
「着地の事など考えておらんかったしな。だから雪国はダメなのだ」
(僕はこの男を殺すんだぞ。僕は…、僕は……!!)
そこまで考えて、セシルは剣を抜き放ちオルテガに斬りかかった。
オルテガはその一撃を軽々と避けると、セシルの腹部に蹴りを放ち、距離を取った。
着ている鎧のせいか、セシルにほとんどダメージは無いようだ。

「そういえば先程斬りかかってきたのは貴様だったな。
というと、私は貴様の敵だという事か」
セシルはその問いに答えず、続けてオルテガに切りかかる。
オルテガは剣を抜かず、体術のみでセシルの攻撃をいなす。
「しかし、わざわざ敵を助けるとは…。一体なにを考えている!?」
「うるさい! 僕だってわからないんだ!!」
セシルは怒声をあげながら、オルテガに向かってあんこくを放った。

セシルは自分の勝利を確信した。その次の瞬間、突如生まれた爆風に
セシルの体は大きく弾き飛ばされた。
「―――自分の視界を塞ぐような攻撃はあまり有効とは言えないな」
近くの木の幹に叩きつけられたセシルは、何とか顔を上げ声の方を見る。
そこには少しもダメージをくらったようには見えないオルテガが立っていた。

「な…なぜだ……」
「ふっ。あの程度の攻撃で私の正義を打ち砕く事などできないということだ」
セシルの問いに、オルテガは朗々と言い放つ。
種明かしをしたらどうということは無い。
あんこくに飲み込まれる直前にイオラを放ち、吹き飛ばしたのだ。
さすがのリフレクトリングも二次的な爆風を跳ね返す事はできない。

「くそっ! これなら!!!」
セシルは気合を奮い立たせ、取り出したギガスマッシャーを連射した。
圧倒的な破壊力を持つ銃弾がオルテガに迫り、しかしオルテガはその全てを見切り、避けた。
「そんな! 銃弾を避けるなんて!」
「始点、射線軸、速度を見切ればフェイントも無い射撃を避ける事など造作も無い事だ」
オルテガは銃を撃つ格好で呆然としているセシルにそう言い放つと、
ゆっくりとセシルに向かって歩き出した。

(僕は…この男に…勝てないのか)
剣技も、必殺技も、銃すらも効かなかったのだ。不意打ちをしても倒せなかった。
今のセシルにはオルテガを倒せるすべが無かったのだ。
(こんなところで…死ぬわけには……!!)
ローザの為にも、自分が殺したエッジの為にもこんな所で死ぬわけにはいかない。
落とした剣を拾い上げると、セシルはオルテガに背を向けて迷わず逃げ出した。
森の中に入れば逃げ切れるかもしれない。そう思ってまっすぐ森に向かって走った。
しかしセシルの願いは叶う事は無かった。
走り出して数歩、不意に足元の感触が変わり、腰まで雪の中に埋まってしまったのだ。

「なに! なんでこんなところに!!」
セシルは抜け出そうともがいた。背後から男が近づいてくる事がわかる。
もがいて、もがいて、ようやくセシルはなぜここに落とし穴があったのか気づいた。
最初にオルテガのいた位置と、次に彼の立っていた巨木。
この二点を弧を描いて結ぶ、盛り上がった雪。
まるで、もぐらの掘ったトンネルのような……。
「そうか! 地中を掘ってあそこまで行ったのか!!」
いまそんな事がわかっても事態は好転しない。
オルテガはゆっくりと、セシルの正面に回りこんだ。
「もはやこれまでのようだな」
「…僕を…殺すのか?」
セシルはあきらめた声でオルテガに話しかけた。
持っていた武器は転んだ拍子に手放してしまった。
まして、自分はこの男を殺そうとしたのだ。それにこのゲームのルール
この男に自分を生かしておく理由は無い。
「僕を殺すんだろ!? 早く殺せよ!!」
「いや、私は貴様を殺さない」
オルテガの言葉に、セシルははっとオルテガを見上げた。

「…なぜ……?」
「貴様には借りがあるからな。それに、貴様の心にはまだ正義と、そして愛が残っている。
 私には貴様を見捨てることなどできない」
「………」
「だから、この私が貴様の荒んだ心を癒してくれよう!!!」
オルテガはそう言い放つと再び天高く飛び上がった。
「ドレェェェェェェェス! チェェェェェェェェェェェェェェェンジ!!!!」
彼方から飛来した光とオルテガが跳躍の頂点でぶつかった。
セシルは眩しさに思わず目を瞑った。
そして光が収まったのを感じて、恐る恐る目を開き……。
「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」
事態は、最悪の方向へと転がり始めてしまったのだ。

「傷つき彷徨える子羊たちよ!」
セシルはここから逃げ出そうと全身の力を振り絞って暴れた。
「ぬくもりを忘れた少年少女よ!」
何故こんな重い鎧を着ているのか。何故あの時殺しておかなかったのか。
「真の愛は全てを包み、全てを癒す!」
何故この男に出会ってしまったのか。何故、何故、何故、ナゼ、ナゼ…。
「そう、私は愛そのもの。戦場の慰安夫!」
セシルは、ただ後悔していた。
「さあ、貴様の全てを癒してくれよう!!」
危ない水着を装着したオルテガが、ゆっくりとセシルに重なっていく。
セシルは自分の兜が外される感覚と、絶叫。
そして自分の顔に迫ってくる胸の谷間の映像を最後に意識を失ってしまった

―――頬に当たる水滴によって、気を失っていたオルテガはようやく目を覚ました。
眠ってしまう前の事は全然思い出すことができなかった。
いまどこにいるのだろう? オルテガは辺りを見回した。
とても暗い。どこかの洞窟だろうか、岩肌と、床の土の感触がそう思わせる。
随分長い間眠っていたようだ。一体今何時なのだろうか。
そこで、右手に掴んだ覆面の存在にようやく気がついた。
「…また…やってしまったのか……」
オルテガは深い後悔と嫌悪感で自殺してしまいたい衝動に駆られた。
なんとか思いとどまり、ゆっくりと記憶の糸を辿った。
倉庫に閉じ込められた事、そこから脱出した事、そして竜巻に巻き込まれて……。

「……ああ、こんな事が……ルビスよ……何故……」
いままであった事全てが夢であったと思い込みたかった。
しかし、下半身を締め付ける女物の水着と、傍に倒れている青年が、
服を引き裂かれ、荒縄によって怪しくも美しく、そして艶やかに緊縛された青年の存在が
全てが現実なのだということを教えていた。


【オルテガ(疲労)
 所持品:危ない水着(下) 覆面
 第一行動方針:アルスを探す
 最終行動方針:未定】
【現在位置:大陸中央、西の湖近くの洞窟】

【セシル(疲労、気絶、緊縛)
 所持品:荒縄
 第一行動方針:参加者を殺す(エドガーorハ-ゴンを優先)
 最終行動方針:勝利する
【現在位置:大陸北部山脈、西の湖近くの洞窟】

【放置アイテム暗黒騎士の鎧 ブラッドソード 源氏の兜 リフレクトリング 弓矢(手製)
        ギガスマッシャー 水鉄砲 グレートソード 危ない水着(上) 食料(多)】


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最終更新:2011年07月17日 21:20
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