祠の手前の島の、朽ち果てた橋の手前。
そこに雪原から顔を出した岩に腰をかけて向こう岸を見つめている一人の男がいた。
その服の胸の部分は大量の血で汚れてはいたが、魔法で治療したのか、
その裂け目から見える皮膚には傷跡は残ってはいなかった。
「橋が落ちてしまっていたとはな…。迂回している時間は残ってはおらんな。
一応手は打っておいたが、もし来なければコレをかぶるしかないだろうな…」
その男は手に持った覆面をしげしげと眺めながらつぶやいた。
「…とりあえずもう一度やっておくか」
男はそう言うと、意を決して覆面を鼻に当てると、その香りを肺一杯吸い込んだ。
甘く酸っぱいすえた香り。常人には悪臭にしか感じないそれは、
オルテガの脳内の奥深くを刺激し、やがて脳はヤバイ物質を分泌し始めた。
まるで極上の阿片を吸ったかのように、オルテガの目は官能と快楽によって虚ろに染まった。
心臓はその鼓動を急速に加速させ、全身に溶岩のように熱い血液を全身へと巡らせる。
指は鼻の部分を強く押さえながらも頭から覆面を被せようと動き始め……
「…くっ、ううっ。ガアッッッ!!!」
オルテガは息を荒げながらも、強力な自制心によって覆面を顔から引き剥がした。
そして朦朧とする意識の中から自分の必要としている『情報』を見つけると、
鉛のように重たい腕を動かしてソレを実行した。
―――澄んだ口笛の音色が雪に白く彩られた森と湖に響き渡った。
覆面にこめられた荒くれ達の記憶。そしてその能力の一つ、口笛。
「クエーーーー♪」
「…遅かったな」
さほど遠くない場所から聞こえた返事にオルテガはか細く呟いた。
オルテガは気力を振り絞って立ち上がると、荷物を背負い、
氷上をこちらへ向かって走ってくるチョコボに向かって歩き出した。
最終更新:2011年07月17日 21:21