守りたい人

洞窟の外に出た二人は、距離をとって向かい合った。
「まだ名乗っていなかったな。我が名はカイン・ハイウィンド。バロン王国の竜騎士
「私はオルテガ。アリアハン王国の戦士だ」
騎士の礼に則って互いの武器をいちど打ち合わせる。
誇り高き二人の戦士の決闘の始まりだった。



  「セシル、また賊を取り逃がしたそうだな。いったいどうしたというんだ。
   そんなふぬけたことでは騎士の名が泣くぞ」
  「カイン…あの賊は家族がいると言っていた。家族を養うためにやむを得なかったと。
   彼は心から反省していた。きっとこれからは立ち直って、まっとうに生きてくれると思う」
  「甘すぎるぞ。どのような理由があっても法を犯していいことにはならん」
  「僕は…法は人を裁くためでなく、人を守るためにあるんだと思う。騎士だって同じさ。
   僕たちの剣は誰かを切る為にあるんじゃない。大切な人を守る為にあるんだ」
  「……」



腰溜めに構えた槍を裂ぱくの気合と共に繰り出すカイン。
体を開いてそれを避けると、オルテガは無言で両手に握ったグレートソードを振り回した。
最短距離を突いて迫る剣先を身を沈めてやり過ごすと、お返しとばかりにカインも槍を真横になぎ払う。
オルテガは引き戻した剣の根本で穂先を受け止め、そのまま力を込めて押し返した。
カインも押し負けないように踏ん張るが、じりじり押し切られてしまう。
(どうやら、力ではかなわんようだな……だが!)
刃が体に届く直前に、カインは竜騎士の専売特許である跳躍力で刃を飛び越え、そのまま頭上から
オルテガに襲いかかった。急激な縦の変化によってオルテガの視界からカインの姿が消える。
それでも瞬時の判断でオルテガはカインの居場所に見当をつけて上に向けて剣を突き出した。
その頃にはカインも槍をオルテガの頭部に向けて繰り出している。

一瞬の交錯。どちらも急所に向かった攻撃は、両者がわずかに身をひねったことにより
必殺の一撃の資格を失ってはいたが、それでもダメージを与えるには十分だった。
カインは脇腹をえぐられ、オルテガは左の二の腕を貫かれる。真っ赤な血がしぶき、純白の雪の上に
きれいな文様を描いた。それでもふたりはまったくひるみもせずに再び対峙する。



  「カイン、君は誰かを好きになったことってある?」
  「ずいぶん唐突だな。俺たちは未だ半人前の身だ。女にうつつを抜かす暇などあるまい」
  「やっぱり、そうだよね……うん」
  「だが確かに、お前との付き合いも長くなるがそういう話が出たことはなかったな。
   なんだ、話を振ってきたってことは、気になる女でもできたのか?」
  「そ…そんなことは…うん、ない…よ」
  「顔に書いている。俺相手に隠し事など無駄だぞ。で、どんな女だ?」
  「…他の人には絶対に内緒にしてくれよ?」
  「誓おう」
  「ローザっていう、宮廷の白魔道士見習いの子なんだ」

  (それからしばらくして、俺は偶然セシルとローザが並んで歩いているのを見かけた。
   仲睦まじく、幸せそうなローザに俺は心を奪われた。あれほど美しい女を見たことがなった。
   人に恋するとはこういうことなのだと知った。だがこれは禁断の恋なのだ。なぜなら彼女は
   他でもない、親友であるセシルの恋人なのだから。すぐ後にセシルからローザを紹介された。
   『僕の親友のカインだよ』
   『はじめまして。ローザと申します』
   『カインだ。よろしく』
   ローザと会話を交わせるだけで心に暖かいものが満ちていくのがわかった。彼女の言葉の一つ一つが
   かけがえのない宝物だった。彼女にしてみれば俺は『恋人の親友』に過ぎなかっただろう。
   だがそれで、それだけでよかったんだ。この想いは悟られてはならない。親友を裏切ってはならない。
   この想いが伝わっては、セシルだけでなくローザも苦しめることになってしまう。
   そう、思っていた……あの時までは)



今度はオルテガから仕掛けた。上段から打ち下ろされる攻撃を瞬時に見切り、カインは半歩だけ身を引いた。
顔をかすめるように剣が通り過ぎていき、雪の中に食い込む。がら空きの胴体に向けて突き出された槍は、
こちらも同じくギリギリで見切られ、脇を通り過ぎていった。
両者共に小回りの効かない獲物を使っている分、一撃一撃が重い。
そして力勝負ならば、オルテガの方に分があることは先程の邂逅で明確になっていた。
引き戻されようとしていた槍の柄を左手で掴む。それは万力で締められたようにびくともしない。
カインは両手で槍を握っていたにもかかわらず。片手でカインを圧倒する膂力を見せたオルテガは、
そのまま右手でカインの頭蓋めがけてグレートソードを振るった。
手を離せばこの攻撃を避わすことはできる。
だが武器を失うことはこの決闘の敗北を意味していた。
だからカインは逃げなかった。手を離さなかった。それどころかさらに踏み込んだ。
もちろんその程度で切っ先を避わせるはずもなく、相手を叩き切ることを目的として鍛えられた
グレートソードが兜にめり込む。金属音を響かせてカインの兜が弾け飛んだ。
鮮血と共に綺麗な金髪が宙を舞った。しかしそれでも、顔面を血に染めながらもカインは生き残り、
オルテガの懐に入り込んだのだ。



  「セシルよ、お前いったい何を考えている?もう一月もローザを避けているそうじゃないか。
   今日彼女に相談されたぞ。お前に嫌われてしまったのではないかと。涙を浮かべていた。
   騎士叙勲を受けた頃は毎日のように逢っていたのに、何故だ?」
  「放っておいてくれ…」
  「そんなわけにはいかん。俺はお前の親友だ。誰よりお前をわかっているつもりだ。
   優しいお前のことだ。ローザを想ってそういう態度をとっているんだということはわかる。
   だが、いったい何の理由があってそんなことをしている。このままではお前たち……」
  「……自信がないんだ」
  「なに?」
  「このままローザを守っていく自信がないんだ……」
  「なにを馬鹿なことを。出自は孤児でも、今のお前はバロンの空挺師団長だぞ。
   ローザを娶るのに何の不足がある」



「僕は、ずっと騎士には優しさが必要だと思ってきた。人々を守る為に強くなる。
   それが昔からの誓いだった」
  「覚えている」
  「でも、今の僕はどうだい?口では偉そうなことを言っていても、結局はただの殺人鬼さ。
   昨日も賊を三人切った。昔だったら見逃していたのに、今じゃ躊躇なく皆殺しさ」
  「それが騎士たるものの務めだ。お前が気に病む必要は……」
  「暗黒騎士とはよく言ったものさ。僕の心はどす黒く染まってしまった。
   この手だってもう血で真っ赤だよ。わかってしまったんだ。僕ではローザにはふさわしくない。
   彼女を汚してしまうだけだろうから……」
  「馬鹿な……それでは彼女の気持ちはどうなる!わかっているはずだ。彼女はお前を……」
  「もう……いいんだ」

  (俺の心の中はセシルを哀れに思うのと同じくらい、セシルに対する怒りが湧き上がっていた。
   ローザにはふさわしくない?
   お前はそれでよくても、ならば彼女の気持ちはどうなるのだ?
   彼女はお前を……誰よりもお前のことを愛しているというのに。
   なぜお前は、知っていながらその気持ちに答えようとしない?
   なぜお前は、時には優しさが人を傷つけるということに気付かない?
   なぜお前は、俺の……お前たちを想って身を引いた俺の気持ちを踏みにじろうとする?
   俺は、お前のためにローザへの想いを内に秘め続けてきたというのに。
   お前がローザを守れないというのなら、お前がローザを遠ざけるというのなら……
   俺は……!)



両者共に武器を封じられた状況で、カインは迷うことなく足を選択した。
鍛え抜かれた脚力で膝を踏みつける。続けて腹を、顎を。

「むおっ!」
顎を蹴り上げられて脳を揺らされ、初めてオルテガは後退した。槍を掴んでいた手が緩む。
その隙を見逃さず、カインは最後の勝負に出た。竜騎士のみに許された闘法。手の届かない上空から
落下し、敵を貫く一撃必殺の技。切り札を繰り出したのだ。
全身のバネをフルに使ってカインは跳び上がった。相手の視界から消え去り、目標を定める。
未だオルテガはカインの姿を見失っている。落下が始まり、カインは槍を構えた。風を切って
猛烈な勢いで落下する。その勢いに自らが突き出す力を加えて『ジャンプ』は完成された。
心臓めがけて繰り出された穂先は、正確にオルテガの厚い胸板に突き刺さった。



  (そして、俺は親友を裏切った。彼女を自分のものにしたい、その一心で。
   そんな俺をセシルもローザも、みんな赦してくれた。
   だから俺は誓った。お前の…お前たちの為に闘うと)



(セシル!これでやっとお前の敵が討てるぞ!お前を止めることはできなかったが、
 お前を殺した奴を、この手で!これがお前にしてやれる最後の―――)

ぬるり

押し込めなかった。このまま押し込めば、オルテガの心臓を串刺しにできるというのに。
手が―――滑った。何で?血で。オルテガが槍を掴んだ時にべったりとついた、彼の二の腕から流れた血で。
「な……なぜ……?」
信じられない思いでカインは自分の手を見つめた。
オルテガの目がギラリと光った。その瞬間を見逃さなかった。
あいた右手で剣を握りなおし、全身全霊を込めて真一文字に切り裂く。
(セシル……俺は……)
こうして雪原の決闘は終わりを告げた。

「あなたの勝ち……だな」
静かな調子で話しかけるカイン。激痛が走ったのは一瞬で、今では寒さと出血で感覚が麻痺している。
確認するまでもない、致命傷だった。
「君は強かった。手が滑ったのも神の気まぐれに過ぎんが、それだけならばまだ私は死んでいた。
 これが最後のお守りになってくれた」
槍を引き抜き、止血をしながらオルテガは答えた。
ゆっくりとカインに歩み寄りながら胸ポケットから何かを取り出す。
小さな、本当に小さな子供用の水鉄砲だった。槍の穂先が食い込み、もはや使い物にはならない。
「息子への土産にしようと買っていたのだ。息子が助けてくれたのだろうな……」
「そいつが、あなたの守りたい人か?」
「……うむ。このゲームにも参加している。今まで何ひとつ父親らしいことをしてやれなかったが、
 命に替えても守らねばならない、私の息子だ」
「そう、か。きっとその差なんだな。あなたには生きる目的がある。守らねばならない人がいる。
 俺には……もう、いない……誰も、いないんだ……」
涙が溢れてきて、カインは目を閉じた。
まぶたの裏に映るセシルとローザの幻影は、もはや手の届かない遠くに去ってしまっている。
「何か言い残すことがあれば、聞こう」
「言った、だろう。もう、俺には…何もないんだ……
 行って…くれ。時間…も、残り少ない。あなた…には、や…らなければ、ならない…ことが…ある」
「わかった……竜騎士カイン。君のことは忘れない」
「息子さん、に…会え、る、こと…を祈って…いる。
 俺…みたいな…こと、に、は…なら…ない…で、くれ……」
これが最後の言葉だった。あえぐような呼吸が緩やかになり、
大空に向かって見開かれた瞳が光を失い―――竜騎士カインは逝った。
「ああ……この剣にかけて誓おう」
しばしの間黙祷し、孤高の男の冥福を祈ったあと、オルテガは背を向けて力強く歩き出した。
まだ見ぬ最愛の息子を目指して。

【オルテガ(負傷)
 所持品:危ない水着 覆面 グレートソード 壊れた水鉄砲
     ビーナスゴスペルマテリア(回復)天罰の杖
 第一行動方針:祠の旅の扉から次の世界へ
 第二行動方針:アルスを探す
 最終行動方針:未定】
【現在位置:祠の湖、西の山脈北部】

【カイン 死亡】
【残り 31人】


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最終更新:2011年07月17日 21:21
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