「…眠い」
バッツはテーブルに顔面を預けながら呻いた。
「寝てもかまいませんよ」
「そうも行かない。一応二人は起きておく事になってるし」
隣に座っているとんぬらは優しく言うが、バッツは呻くようにそれを否定した。
とんぬらは、そんなバッツを見てくすくす笑った。昔、エルヘブンへ向かう途中の野営で、
まるっきり同じ会話を
クーパーとしたのを思い出したのだ。
その隣では
アーロンが毛布にくるまって静かに眠っていた。どんなことがあっても即座に対応できるよう、椅子に座ったまま。
周辺を捜索し、必要と思われる物を回収した彼らは、ヘブンズヘブンに集まり休息をとっていた。
これくらい広い建物ならばある程度立ち回ることが出来るし、何より冷蔵庫(クーパーやバッツが興味津々だった)にある程度の食料が残っていたので。
アーロンの薬は、一応は出来上がっていた。ロンタルギアの野草とここにあるいくらかの酒を調合して作った簡易的な物だ。
ある程度の熱を冷ますことが出来る薬だが、実のところは一時しのぎにすぎない。
後は暖かくして寝る。位の対処法しかない。
アーロンは、とりあえずは危機的状況を脱しぐっすりと眠っている。
「うううう…」
必死に眠気と闘いながら、バッツは小さく呻いた。きつい。眠い。ひもじいが食事が喉を通らない…。
立て続けのジョブチェンジ(現在は有事に備え魔法剣士に戻っている)と神殿での戦闘による疲労。それに積み重なる心労。
その二つが仲良く手を取り合って、バッツを眠りの世界へと引きずり込もうとしている。
バッツは眠気を遠ざけようとと何かを考えようと必死で頭を巡らせて…、
その内ふと思い出し、ザックから一つのペンダントを取り出した。レナの、ペンダント。
「レナ…」
彼女の名をつぶやく。死んでしまった彼女の名を。
レナは死んだ。
ファリスも死んだ。
もう話すことは出来ない。彼女たちはいない。
会いたい。ファリスに、レナに会いたい。一度で良い。彼女たちにもう一度会いたい。
会って話をしたい。何を?それは、分からないけれど。
そう考えている内に、眠りの手があっさりとバッツの意識をさらっていった。
実は、まだ彼は、その手の中のペンダントに手紙があることを知らない。レナの手紙があることを、知らない。
あの時のごたごたで、うっかり
バーバラが伝え忘れてしまっていたので。
あれだけ頑固に眠りを拒否していたバッツが、ほとんど抵抗することもなく寝息を立て始めたのを見て、とんぬらは我知らず苦笑した。
まったく、何もかも、あの時の野営の時のクーパーとそっくりだったからだ。
歳は自分より少し下か。ぶっきらぼうで、頭が回って、飄々としているようで、それでいて子供っぽい。
(ふぅん、そうか。クーパーは、こういう大人になりたいのか)
と、何となく納得する。
息子のクーパーがバッツの事を自分に話してくれる時、少年は、誰かに似たしゃべり方をしていた。
それは、自分に似ていた。子供の自分が
パパスの事を話す時のしゃべり方に似ていたのだ。
その人の凄さが我が事のように誇らしく、憧れに目をきらきらさせて、とてもにこにこと嬉しそうに。
(ま、親としては一寸羨ましいと言うか、妬けるというか…)
でもまあ、確かに分かる気がする。
自由で何事にも縛られず、まるで風のように。
(クーパーは、王様なんて柄じゃないのかな)
そんな風に生きてみたいのだろう。伝説の勇者でもどこぞの王族でもなく、一人の旅人として。
生きて帰れたら、クーパーに聞いてみよう。生きて、帰れたら。
部屋の隅の方を陣取っている子供達を見ながら、とんぬらはそう思った。
「
リディア、飲まない?」
エーコがさっ、と差し出したコップを、しかしリディアは笑顔で首を振って断った。
床に両膝を立てて両手をついて、彼女はじっと見つめている。床に転がり、毛布にくるまって寝るクーパーを、じぃっと見つめて目をそらさない。
隣では、エーコのモーグリが真似をして同じ姿勢をとって見せている。意味はないのだろうが。
さすがに話しかけたときだけはこちらを向くけれど。
「…まったくもー、やってらんないわよね」
床に座りカウンターに背を預けたエーコはコップの中の液体…酒ではなく果物のジュース…をあおってからぼそっと呟いた。リディアはどうやら聞こえていない様子だが。
隣に座っていた
アニーは「おばさんみたい」と茶化してエーコに軽くこづかれたりもしている。
しかしまあ、ほんの十分ほど前は大変だったのだ。
周囲の家から必要な物をここに持ってきたとたん、クーパーがこてん、と倒れてしまったのだ。いきなり。
ご丁寧に小さなレディ達に「眠っておいた方がいいよ」と言ったとたんに、である。
アニーは慌てて脈を取り、エーコはただ起こすにはあまりに激しい平手打ちを何度かクーパーに見舞った。
リディアは目にうっすらと涙を溜めて必死に身体を揺さぶった。
だが、彼の安らかな寝息を聞けば何のことはない。ただ疲れているだけと言うことは一目瞭然である。
「でも、何かリディアちゃん、変よね」
アニーは上品にジュースを口に運んでから、言った。
「ん~、ひょっとして、お互い気づかない内に相思相愛とか、そんな感じ?」
「…へ?」
エーコの意味不明な言葉に、アニーは眉をひそめた。
「え、クーパーは…あ、そっか。クーパー言うはず無いもんね。
…恋してるみたいよ。リディアに」
ふっ…と思考が停止する。エーコは今なんと言った?
恋?リディアに?誰が?と言うか、そういうのが当てはまりそうなのは、この場に一人しかいなくて…
ようやく思考がまとまって、アニーは目を真ん丸にした。口の中に僅かに残ったジュースを吹き出さないよう飲み込んでおいて…疑惑の声を上げる。
「その冗談って、あまり笑えないと思うの」
「貴女の双子のお兄ちゃん、貴女の知らぬ間にオトナへの階段を一歩踏み出したのよ?」
エーコのからかいに、今度こそアニーは混乱して、左右の目を白黒させた。
「…なんて言うか、クーパーってそういう事からいっちばん遠い所にいると思ってたんだけど」
「近いところにいたら、もっとラブラブ状態になってたと思うけどね。
でも…正直、羨ましい感じ、するんだ」
エーコはそのセリフを口に出したとたん、ふっと目を遠くした。
「私って、もう、本当の恋なんて出来そうもないから…さ」
ジタンが居ないから。もう会えないから。もう、あそこまで誰かを好きになることはないんだろう。
大人になって…このゲームから逃げ出せたとして…ジタンの事を忘れてしまうようなことがあったとしても、
きっと、彼を好きになったほど、他の人を好きになることはないんだろう。
自分が子供で、しかも強力なライバルが居て、決してかなわぬ想いでも。彼女は彼が好きだった。
「だからさ、精一杯応援してあげちゃおうかな、とか思ったりもするんだ」
せめて、クーパーとリディアにはそんな思いはさせたくない。
別れるにしても、もうちょっと…そう。後ぐされなかったり、爽やかだったり、感動的でもいいじゃないか。
「…それじゃ面白そうだから私も手伝おうかな。
飲む?」
そう言いながら、アニーは笑ってエーコのコップにジュースを注いだ。
「じゃあ、二人の前途と」
「私たちが楽しめるような面白い展開になることを祈って」
「「乾杯」」
かちんとグラスが鳴って、コップがキスをした。
無人の酒場の隅っこで、幼い二人の少女達は、まるで大人の女のように、大人の女が話すような事を話しながら、笑っていた。
それはおそらく最後の団らん。事態はすでに最終局面に向けて転がり始めていた。
【
とんぬら 所持品:
さざなみの剣
第一行動方針:子供たちを守る
第二行動方針:パパスとの合流
第三行動方針:
アイラの呪いを解ける人を探す】
【アニー 所持品:
マインゴーシュ
基本行動方針:とんぬらについていく】
【エーコ&モーグリ 所持品:なし
第一行動方針:?】
【アーロン 所持品:折れた鋼の剣
第一行動方針:体を癒す
第二行動方針:仲間を探す】
【バッツ@薬師(アビリティ:白魔法)
所持品:
ブレイブブレイド グレネード五個 レナのペンダント
第一行動方針:パパスを捜す
基本行動方針:クーパー達と共に行動する
最終行動方針:ゲームを抜け、
ゾーマを倒す】
【リディア(魔法使用不可) 所持品:なし
第一行動方針:アーロンの治療を見守る
第二行動方針:仲間を捜す?】
【クーパー(熟睡 滅多なことでは目覚めず)
所持品:
珊瑚の剣 天空の盾 天空の兜
第一行動方針:とんぬらについていく
第二行動方針:パパスを捜す
最終行動方針:ゲームを抜け、ゾーマを倒す】
【現在位置:七番街スラム】
最終更新:2011年07月16日 21:57