子供

「死んだはず、か。わしの場合はかなりの時間を超えたようだな」

パパスは呟く。
彼の知っている息子は、自分の孫だと言う少年少女より幼かった。
それなのに、目の前にいる息子は逞しい青年になり、子供さえいる。
20年。一言で言えばそれだけの期間だ。しかし、その間に子供は親になった。
自分の想いは全て息子が果した、それは誇らしい事ではあったが、
同時に寂しいと思う。これが親離れするということなのか。

とんぬら、言わなくてはいけないことがある。ヘンリー王子のことだ」
「………」
すうっと、息子の目が鋭くなる。
困難に立ち向かう覚悟を決めた眼。それを、彼は持っている。

「彼は、わしが殺めた」
パパスの言葉に、アニーは息を飲んだ。
とんぬらは無言のままである。暫くして、重い溜息をつく。
「そう、ですか」
口を紡いだまま、視線を下げる。
怒っているわけでも悔やんでいるわけでも、ましてや喜んでいるわけでもない。
そんな彼の様子から、複雑な事情を抱えていることは窺える。

「アイツは、きっと満足して死んだと思う。口にすることはなかったけど、
 ずっと父さんが死んだのは自分のせいだって、自分を責め続けてたから」
それはとんぬらも同じである。
あの時の光景は瞼を閉じれば何時でも思い出せる。
あの地獄に比べたら。あらゆる苦難も、たかが知れる。

「……僕たちは、ずっと後悔を糧にしてきた。奴隷なっても責め苦を耐えた。
 父さんは無駄死にをしたんじゃないって証明するために生きなきゃいけなかった。
 その誓いは、今でもきっと、死ぬまでずっと在り続ける」

ヘンリーが結婚した後、かつて彼が使っていた部屋の宝箱に残された言葉。
それが、自分たちが生きる理由であり、戦う理由であった。

「アイツが他の参加者を殺して回っているって知ったとき、殺さなくてはいけないと思った。
 父さんに救ってもらった命で無意味な殺戮をすることが許せなかった。
 だから、僕があいつを殺さなきゃいけなかった」

ああ、と。パパスは内心うめく。
どうやら自分は死して子供たちを守ると同時に、重い呪いも残したらしい。
無理もない、自分の知るとんぬらは優しくて純粋な子供だった。
だから自分に代わってマーサを探せというその遺言を愚直に守り続けた。
死んだ父の想いを果す為に危険な戦場に身を置いた。

その生き方は……どれだけ、歪だったか。

「たわけ。親友が殺さないといけないなどということがあるか」
「父さん……」
「親は子を守るものだ。それも全てはこの幸せを思うがためだ。
 命を捨てたのも、お前が生きて幸せになって欲しいと願ったからなのだぞ」
「……うん。わかるよ。僕にもこの子達が生まれて、やっとわかった」

ヘンリーは、きっと自分が歪だということに気付いていた。
マリアと結婚した後の、幸せそうなヘンリーが言ったこと。
一緒に歩いてくれる人がいるといいな、と。
父の想いを継ぐのはいいが、まず幸せになれ、と。

「この子達には、僕のような生き方をして欲しくないと思う。
 フローラはもういないけど、その分まで僕がこの子達を見守るよ」

とんぬらはアニーの頭を撫でた。
その表情は、どう見ても子供を慈しむ親の顔である。
辛い経験と歪んだ観念に駆られながら、息子はそこに辿り着いた。

「そうか……いい男になったな。わしはお前の父であることを誇りに思うよ」

キョトン、と、口を開いたままでとんぬらはパパスを見る。
父が何と言ったのかを理解して、目元が熱くなる。
きっとそれは、自分がずっと望んでいた言葉。
――――それが、こんな所で叶うとは。
涙を堪えながら言う。これだけは、言っておかなくてはいけない――――

「ありがとう。僕は父さんの子供に生まれてよかった」


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最終更新:2011年07月16日 22:27
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