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流血少女エピソード-内人王里- - (2012/08/25 (土) 10:55:00) のソース

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世界は音に溢れている。 
街を歩くだけでもそうだ。足音がする。慎ましいものから大きいものまである。 
話し声もする。学校の先生への愚痴がある。ケンカに勝った自慢話がある。 
車がクラクションを鳴らし合う。耳を塞ぐと快適だった。

/* comment */

10歳のとき。教室の壁を背にして王里は思った。人間は肉で決まる。 
状況は単純であった。放課後の掃除。ゴミ箱の中身を集積所に捨てにいくのが、 
その男子は嫌なのだという。まあゴミは汚いし、気持ちはわかる。わかるが、 
それと問答無用で王里にゴミ捨てを押し付けるのとはまた別の話だ。

試しに理由を聞いてみた。「いいからやれ」という言葉が返ってきた。 
もう一回聞いてみた。今度は拳が返ってきた。

数十秒うずくまってから唾を吐き捨て、起き上がり、既に誰もいなくなった教室から 
ゴミ箱を運び出しながら、まだ残る腹部の痛みを確認して、 
王里は「肉体とはこんなにも面倒臭いものか」と思ったのだ。

肉は痛みに逆らえない。痛みは恐怖に繋がる。恐怖に支配されると何もできない。 
脳みそだって肉である。脳が、精神が痛いのも駄目だ。肉は痛みに逆らえない。 
だから人は、肉を主張する。力の強さを誇示するし弁舌の強さを誇示するし、 
痛みを与えられるより与えようとする。

ゴミ箱は案外大きくて重い。持ち運ぶと、腕の肉が痛い。 
男子はこれが嫌で、王里に痛みを与えたのであろう。肉の結果である。 
王里の肉は男子の肉より、ずいぶん弱かった。

/* comment */

11歳のとき。不登校だった王里は親にパソコンを買い与えられた。 
まだ使い方もよくわからなかったが、クリックすると反応が返ってきた。 
ゴーグルだかなんだかというページに言葉を入れると、ズラッと文字が羅列された。 
まるで頭脳を持っているかのようであった。 
何一つ面倒がる事もないし、命令すればなんでもこなす。 
面白くなってきた王里は、やがてホームページ作りやプログラミングなどにも挑戦した。 
それにしてもパソコンは間違えない。何か表示がおかしい時は、大抵自分が間違えている。

コンピュータは、肉ではなかった。

/* comment */

12歳のとき。王里の親は彼女からパソコンを取り上げる事を決定した。 
引きこもる娘にせめてもの娯楽をと与えたものだったが、 
一向に登校しようとしない彼女には逆に悪影響であろうと判断された。 
両親は嫌がる王里の部屋に押し入った。 
王里は狂ったように止めようとしたが、長い引きこもり生活で弱りきった彼女の肉は、 
毎日働いている両親の肉にはとてもかなわない。

――ああ、ここでも、肉なのか。

生まれつき背が低く、運動も苦手で、弱い肉しか持たない自分は、生きるのに向かない。 
なぜこんな世界に生まれてしまったのか。 
その点コンピュータは違う。コンピュータには肉がない。 
頭脳は疲労しないし精神も疲弊しない。脳という肉がないからだ。 
それは強い。それは格好良い。憧れる。

両親がコンセントを引っこ抜き、デスクトップPCの筐体を片付けるのを成す術もなく眺めながら、 
王里は濁った眼をとろけさせ、うつろな瞳で思考していた。 
肉の力でない、別の何かで、人を動かすことができたらいいのに……。そして。 
なんとなく、コンピュータにプログラムするように、念じた。

”exit”

両親はふと作業をやめ、部屋を出て行った。 
王里は魔人になった。

/* comment */

その後。両親との別居を選択した王里は、全寮制の妃芽薗学園に入学していた。 
魔人覚醒以降、彼女の性格は打って変わってハイである。 
魔人になって少しは肉も強くなった。それでも魔人にしては脆弱であるが。 
いま彼女には目標がある。

電算部に入部し、常にプログラムを組んでは試行し、修正し続ける。 
もっと、もっとだ。 
プログラムに溶け込むように、自分とコンピュータがひとつになるように。 
そして、いつか、肉の体を捨てて。自分自身がプログラムになるのだ!

部屋中で稼動しているのは王里が自身で組んだマシンたち。 
いずれもかけがえのない相棒であり、既に肉でないそれらは、彼女の目標自体でもある。 
それは強い。それは格好良い。憧れる。それは、恋だ。

片手でプログラミングに没頭する王里の、 
スカートの中には別のコンピュータの筐体の角があてがわれていた。 
吐息は湿り気をおびている。おぞましき異常性癖!

彼女が両親によるパソコンの取り上げに反対したのは、娯楽や依存だけではない。 
最も致命的だったのは、その感情が、いきすぎた憧れによる、愛だったから。 
皮「肉」なことに、王里をコンピュータに縛り付けたのは「肉」欲だった。 
自分でもわかっている。そういうわけで、なおのこと、決定的に、王里は思うのだ。

――ほら、だから、肉は面倒臭い。

部屋の角に置かれた筐体のひとつがピコン、と音をたてた。 
試行していたプログラムが実行完了したのだ。 
王里は魔人となって身につけた回転ジャンプで、華麗にそこへ跳ぶ! 
着地。結果を確認し、次のステップへ。 
王里は眼鏡を押し上げる。深いクマの刻まれた眼がぎらりと光った。

/* comment */

「……よって、私は肉というものは愚かだと思うのだよ」 
王里は電算部の友人に語って聞かせた。友人は答えた。 
「じゃあ、今食べてるそれは何なのよ」 
「トンカツ(好物)」 
「えっ」 
「トンカツ(大好物)」

「えっ」

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