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エピソード
SS
『ソーコ:ヘル・オン・アース』#1
あれっ、と小さく声がしたのを、彼女は聞き逃さなかった。
「須十岡(すとおか)さん、何があった!」
部屋の隅でサーバ筐体に向かっていた内人王里は、華麗な回転ジャンプで須十岡の
デスクの隣に着地、声をかける。3回転半ひねり、E難度である!
須十岡さんは電算部における王里の右腕で、優秀なエンジニアだ。
「いや、たいした事じゃないとは思うんですけど……」
須十岡は口ごもる。しかしその顔の前に王里は人差し指を立て、ぴしゃりと言った。
「ヒヤリ! ハット! そういった些細な疑念の中にこそ、危機はあるのだ」
小柄で華奢、高校三年のくせにちんちくりんな王里だが、口調は揺るぎない。
「また生徒が突然、倒れたんです。体育倉庫前」
観念した須十岡が報告する。短い時間に二度続いて、同じ場所で人が倒れた。
偶然といえる気もするが、何しろたった2時間の間に起こった出来事なのだ。
何らかの魔人能力の関与も疑われる。
王里たち電算部は生徒会活動の一環として、校内の監視カメラを管理している。
こうした異変を察知し、事件に発展するのを防ぐ。大事な役目である。
「ふむ」
王里は小さな顎に手をあてて少し黙考した。そしてやがて、言った。
「――私に、考えがある」
/* comment */
「さば子くん、あんこラテをくれたまえ」
「あっ、はい……ちょっとあっち、向いててください///」
生徒会室に赴いた王里は、取飲苦さば子にドリンクを注文していた。
慣れた振る舞いでくるりと後ろを向くと、背後から「うっ、おぷっ、おげええぇ」
と声がする。続いて、コップに粘性のある液体が注がれる音がした。
「ど、どうぞ」
「ありがとう! やーッ!」
礼を言うと同時に、王里は気合とともに飛び上がっていた。くるくると回転上昇し、
天井のレバーを掴む。すると天井の一部がマンホールのように、パカリと開いた。
秘密の屋根裏部屋だ。王里がTEX2-コ89にお願いして勝手にリフォームした。
王里はプログラマーだ。理想の部屋のレイアウト、家具の配置をプログラムすれば
『コハク』は寸分違わず完璧に改築してくれた。やはり機械は美しい。
天井の部屋に華麗に入った王里はテーブルに好物のあんこラテを置くと、
キングサイズベッドに腰掛けてひと息ついた。すかさず、背後に大きな影が現れる。
「オ肩をお揉みシマス」
「ゴクソツくん、頼む」
ゴクソツもまた、生徒会になぜか居座っている機械である。なぜか己のマッサージ
性能をを熱烈アピールしてきたため、王里は彼をよく利用している。
壁のスピーカーからは小粋なピアニカ・ジャズが流れる。間接照明があたたかい。
屋根裏は、上質な安らぎ空間なのだ。
「ゴクソツくん」
「ハイ」
「尻を揉めと頼んだ覚えはないのだが」
「サービス、デス。私に感情はありません」
/* comment */
その頃、須十岡はゲームに熱中していた。
「たぶん、あと一時間は帰ってこない」
#2に続く
『ソーコ:ヘル・オン・アース』#2
「ピガガー。エラーが発生しました」
「? どうした、ゴクソツくん」
生徒会室天井裏、内人王里の居室。
マッサージを続けていたゴクソツが、突如エラー警告を発し動きを止めた。
不測の事態が? 王里はベッドから起き上がる。
「ハードウェアは専門外だが、プログラムエラーならわかる。見せてみたまえ」
「整体エラー#081:乳房を認識できません。センサーに異状がないか確認を」
「いい度胸だ」
「私に感情はありません」
その時である!
『メカー! メカー!』と部屋内のアキカンサイレンが赤く明滅し回転した。異臭。
「きたか!」
王里は素早く制服を着た。床の下からは慌しい騒ぎ声が聞こえる。
/* comment */
「へひはー! たたかわせろー! 血をよこせー!」
「ヨコセー!」
生徒会室では宇宙大天使ロリエルが無差別に宇宙大天使手斧を振るい、
宇宙大天使斬撃が次々と机を破砕! 宇宙大天使高笑いをキメて周囲を挑発していた。
そして、その宇宙大天使肩の上からはピーちゃんが語尾を追随! うぜえ!
突然暴れだしたロリエルは大変危険であり用意に近づく事はできない。
――その死角を除いては。
「やーッ!」
突如、天井の蓋がパカリと開き、王里が回転ジャンプとともに落下、そのまま頭蓋に
チョップ攻撃を見舞った! だが軽い、ノーダメージ! 手斧の反撃がくる。
「ヒヤリ!」
これを王里は持ち前の身のこなしで回避。着地してローキック。
だが軽い、ノーダメージ! 迫る斧の背による宇宙大天使殴り。かわす!
反撃のサマーソルトキック! だが軽い、ノーダメージ!
「ファンタスティック! やる!」
王里は不適に言い放つと、三連続後方宙返り。そのまま生徒会室から側転して逃走した。
「うがー! にげるんじゃねー!」
「ジャネー! ヤキトリニスンゾ!」
王里の予想通りの動きであった。敵対者で、彼女が学内の監視情報を統括している事を
知る者なら、まず王里を消そうとするだろう。番長グループか……?
ロリエルの暴走は日常だが、今日は本気度が違った。何らかの干渉を受けているのだ。
体育倉庫の不審な事件。一週間前の「中庭の百合女神像」盗難騒ぎ。ロリエルの暴走。
ここまでして来たという事は、ついに「敵」が本格的に動き出したと思われる。
王里は体育倉庫へ急いだ。
/* comment */
『システム全部グリーン』『肺活量正常』『エネルギー重点』『ロブスターは無効』
仁科ぴあの目の前のディスプレイに様々な文字が浮かんでは消える。
「これは、薬と併用すると危険な装置。風邪薬とか飲んでない? 大丈夫?」
「あっはい、ノードラッグです。でも、これ……」
電脳ピアニカ部副部長の問いかけに、ぴあは不安げに答えた。自分の体の周りを見る。
「大丈夫、必ず成功する。実地テストとか面倒な事はしないけど」
ゴゴゴゴゴゴゴ…………。
/* comment */
薄暗い空間。女性が手を広げる。
「ラブ・オン・アース……全てはこの時のために」
#3へ続く
『ソーコ:ヘル・オン・アース』#3
――妃芽薗学園、体育倉庫!
そこには大勢の生徒が詰め掛けていた。魔人だけではない。人間や動物、アキカンまで。
場のオーラに耐えられず卒倒する者も出ていたが、気に留めず集会は続いていた。
壇上に立つのは、一人の女性である。
「ラブ・オン・アース! ついに計画の最終段階を実行する時がきた!」
「「「ウオオオオーーーーーー!!」」」
「見なさい、愛を体現し続ける『百合女神像』は手に入った!
凄まじい中二力を秘めている……その力は我らのモノとなるのよ!」
「「「ウオオオオーーーーーー!!」」」
「24時間で愛は地球を救う!」
「「「ウオオオオーーーーーー!!」」」
狂気のコール&レスポンスは続く。
演説する女性は、しきりに「愛」を強調した。愛こそが世界を救うと、本気で信じて
いるのだ。彼女の名は、永遠なる(エターナル)LOVE子といった。
おそるべき「転校生」。彼女には、属する生徒会にも秘密裏な計画があったのだ!
場の盛り上がりが最高潮に達した、その時。
にわかに、集団の一部が統率を乱して騒ぎ立て始めた。出口周辺だ。
「曲者だー!」「曲者だー!」
「……何事?」
LOVE子は騒ぎの中心を見やる。その人の群れから、クルクルと飛び上がる影!
「ヒヤリ! ハット!」
体育倉庫に侵入した内人王里はいつもより多めに回って着地した。
そのパンチラ数、実に3ptr/sec(秒速3パンチラ)! 3ptrの壁を破る新記録!
「どうも。我が名は内人王里」
王里は不適に名乗ってみせた。無慈悲なまでに全能的。雰囲気だけは。
「ヒャッハー! 邪魔者は排除だぜェー!」
が、堂々と登場しても彼女は一人! あっという間にモヒカン女生徒に包囲された。
しかもモヒカン達は、なんたること、全員、左の薬指に指輪が光る! 既婚だと!?
上品な妃芽薗にもわずかなアウトサイダーはいる。それらを愛で包み込み、赦し、
味方としたのがLOVE子であったのだ。
さらに危機はそれだけではない。倉庫内部の女生徒達が、持ち込んだノートPCで
いっせいにタイピングを開始! 王里の学園監視システムへのハッキング攻撃だ!
「主戦力のいない電算部など簡単に落としてやるわ!」
王里は呼吸を整えた。そして腰に装備していたボタンをプッシュ。
ヴォン、と音がして、彼女の周囲に緑色に光るホログラフィ・キーボードが展開した。
「ヒャッハァー!」
モヒカンが王里を押さえつけにかかる! 王里は流麗なブリッジでこれを回避。
そして両手は……ホログラフィ・キーボードをタイピングしている!
別のモヒカンが背後から王里を急襲! 王里は側転でこれを回避、同時にハッキングに
対処、電子攻撃を防衛!
さらに別のモヒカンが右からサイドキック! 王里は回転ジャンプでこれを回避。
彼女の眼鏡のレンズには、難しい折れ線グラフの株価チャートが表示されていた。
趣味の株取引だ! 本日は5万の黒字!
さらに別のモヒカンが左からラリアット! 王里は後方宙返りでこれを回避。
両手は別の生き物のようにタイピングを継続、明日までの数学の宿題を終了!
王里は着地した。彼女の最大の武器、その頭脳が脅威のマルチタスクを可能にする。
「逃げるだけじゃ勝てやしねェぜエェーーー」
多数のモヒカンが徐々に間合いを詰める。しかし王里の視線は冷静だ。彼女は頷いた。
「ああ、その通りだ」
「ピアニカ作戦発動! 電脳ピアニカ部に通信重点!」
そして王里は叫び、エンターキーを「ッターン!」と叩いた。
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「きた! 発進だ!」
電脳ピアニカ部、副部長がはしゃいだ。部長も目を輝かせて踊る。
「は、発進ん……?」
一人理解できないのは二科ぴあだ。
彼女は普段背負っている金属製のジェネレータ発電機に、さらに巨大な機械を接続
されていた。パワードスーツじみた無骨な外部アーマーだ。
最新型の電子ピアニカ戦闘システム『ストロング・ピアニカ』である。
コハクやゴクソツの機構を解析し、到達した、電脳ピアニカ部の最高傑作。
「ぴあ、息を吹き込め! その自慢の息を!」
部長が催促する。ぴあは目を閉じ、観念して、大きくホースに息を吹き込んだ。
ぶぴィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー♪
校舎全体を揺るがす轟音とともに巨体が浮く。そして、一瞬で飛び去った!
「ピアニカ……ヤッターーーーー! 飛んだァ!」
「ニーシナ! ニシナニーシナ! ニーシナ! ニシナニーシナ!」
子供のようにはしゃぐ部長と副部長は、誰よりも幸せだった。
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王里のキータイプから5秒。
たった5秒でストロング・ピアニカは学園敷地を縦断し、体育倉庫に突入した。
ロケットエンジンの推進力は桁外れだ。もはやピアニカではない!
「ヒャハーーーー!?」「何だァ!?」
乱れ飛ぶモヒカン女子! 中にはモヒカンウィッグが飛ばされる者もいた。カツラだ。
その横をこそこそと、王里も倉庫の奥まで侵入した。そしてその目で、確認する。
「やはりここに有ったか、『百合女神像』……いや、」
王里が息継ぎする。小さな口だ。LOVE子はこの子とも結婚したい、と思った。
「元・生徒会長」
圧倒的な耐久力を誇り、前回の戦役で常に戦場に立ち続けた生徒会長。
激しい戦闘を生き残るうちに、彼女たちの力はさらに増大されていった。
結果。その存在は通常の魔人のレベルを超越し、四六時中互いに愛し合っていた事も
あり、限りなく「百合」の概念そのものになりつつあった。
「うふふ……うつる、綺麗」「ミラ、かわいいよ、えへへ」
2人は半永久的に互いを褒めあって愛撫し続ける。
能力で風呂を具現化し、裸で入浴しながら。それを中庭で行っていたところ、
あまりに人間味が薄かったため、英雄の像かなんかと勘違いされたらしい。
既に都市伝説になっていた。何しろ倉庫まで移動されてもノーリアクションなのだ。
「この愛のオーラを学園中に広めれば、世界は愛で満たされるのに……」
うわごとのように熱っぽくLOVE子は語った。
「いや、現に人、倒れてるし」
王里は突っ込んだ。うつるとミラの能力は「ユーアーミー」、精神攻撃だ。
「というわけで、この像は奪還して元の場所……安全な生徒会室にでも飾るとしよう。
加藤さんに守って貰えば、被害が出ることもあるまい」
「させないわ、あなたも私と結婚するの!」
LOVE子が必死に叫ぶ、が、王里は、
「悪いな、肉には興味が無いのだ」
右手を掲げ、二科に合図した。
「トドメオサセー!!」
ぶぴィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー♪
轟音とともに、ぴあは百合女神像を、浴槽ごと連れ去った。
「うふふ……うつる、綺麗」「ミラ、かわいいよ、えへへ」
ノーリアクションだった。
/* comment */
その後、LOVE子は生徒会に復帰し、愛を広める活動を模索する事となる。
うつるとミラは、生徒会室に居座ったままだ。強力な戦力なのだが、
会話が通じないため戦場には駆り出せそうもない。
そして、今回の件で、ついに誰も気付かなかったことがある。
ロリエルの暴走、LOVE子の造反。結果として、うつるとミラの能力で人が倒れた。
なぜこんな事が起こったのか? 内紛のような争いから惨事となったのか?
ある者が、学園に接近していた。
未来探偵紅蠍。蠍座の名探偵――。
『ソーコ:ヘル・オン・アース』終わり
「黄金の絆」
肌寒い、しかし爽やかに空気の澄んだ冬の朝。うっすらと積もった雪の上に赤い花が咲いていた。
手折られた花の如く、息絶えた少女から流れた血が咲かせた花。
「まあ綺麗」
赤い花に両掌を合わせてうっとりとした笑みを浮かべるのは、一八七ニ三(にのまえ はなつみ)、「花を摘んだ」張本人である。
凶行の直後にも関わらず、その振る舞いはあまりにも上品で、足元に咲く二輪の花へと向けられた眼差しは聖女のように優しい。
「うふふ……ここでしちゃいましょう」
「人を殺したあとは小便がしたくなる」――心因性殺戮後排尿症候群(フォックス・シンドローム)、それが彼女を蝕む病である。
希望崎に溢れるモヒカンザコに通じるメンタリティのようだが、しかし長いスカートの裾を持ち上げるその仕草は、やはりモヒカンザコとは比較にならぬ。
彼女の場合は「花を摘んだ後は花を摘みたくなる」といったところか。
スカートを膝よりやや上まで捲り上げると、冷気に晒されるカモシカのような脚線美。
白い肌に冬の太陽光が落とす影は上へと登る程に濃さをまし、そしてその影の奥にもまた乙女の花が咲いている。
花を寒風に撫でられることに八七二三がやや快感を覚えながら視線をあげたとき――
「……!」
零度近い寒さの中、八七ニ三は冷や汗をかいた。
目は一点を見つめたまま固まっている。
普段の、また花を摘むときの彼女からは想像もつかない様子だ。
そして
――チョロロロロッ――
闇の奥から迸る聖水。
それが白雪を金に染め上げ、レモンシロップのかき氷のように溶かしてゆく。
しかしこれは放尿では無い、「お漏らし」だ。
自分でする前に、思わず括約筋が弛緩したのである。
ちょうど排尿しようとしていたところで、下着も無くスカートを持ち上げていたので何も汚してはいないが、八七二三にとってはおむつが取れて以来、初めてのお漏らしであった。
「……」
尿の勢いが弱まり、やがてポタポタと雫が垂れるばかりとなった頃彼女はハッと我に返る。
彼女の視線の先にいた「それ」はいつの間にか視界から消え失せていた。
足元から湯気を立ち上らせながら、八七二三は感動を覚えていた。
世界に咲き乱れる花々を――物言わぬ花、意志を通じ合える花、自分に摘まれるべき花、摘むにはまだ早い花――と分類してきた彼女だが、今初めて出会ったのだ。
自分を恐怖させる花に。
「あんな花もあるなんて、世界は広いのですね」
またいつものように優雅な笑みを浮かべると、寮へと戻っていく。
スカートのプリーツを乱さぬよう、しかし尿の雫を零しながら。
✝✝✝✝✝
「おはよう、畢」
「うん、おはようちぃちゃん」
学生寮の一室、部屋の主である雨竜院血雨と、無断で泊まりに来ていた従姉妹の希望崎生・雨竜院畢が目を覚ました。
赤い髪の美少女と、見た目は10歳くらいのボーイッシュな少女、そんな2人が同衾していればここが妃芽園の寮であること、血雨に同性の恋人がいたことも手伝って良からぬ妄想をする者もいようが、
しかしこの2人は純粋に仲の良い従姉妹同士であった。
血雨はベッドの下の収納ボックスから下着を取り出すと、畢の目を特に気にすることも無く、パジャマの上着のボタンを外す。
可憐な乳房が室内とはいえ冷たい外気に晒され、微かに震えるのがまた愛らしい。
「……あっ」
「どうしたの? 畢」
「ちょっとおトイレ行ってくるね」
血雨が着替え始めたのを見て、自分もパジャマを脱ごうとした畢だったがあることに気づき、
自分のバッグからやや大きな布袋を取り出してそれを手に部屋を出ようとした。
「(ああ、生理か……)」
あんな外見の畢だが、一応女性としての機能はあるのだなとやや失礼なことを思いつつ、血雨は「ん」とだけ応える。
ブラジャーを着けながら何の気なしに窓の外に目をやれば、どうも外は雪のようだ。
成る程寒いわけだ、と窓に近づき雪の積もった庭を見下せばそこには防寒具を着込んで雪かきをする少女の姿があった。
自主的にか、それとも委員会か何かの仕事かわからないが凄いなあと、血雨が思ったその瞬間――
「あっひ……!!」
ドアを開けて部屋を出ようとした畢は背中越しの悲鳴にさっと振り返った。
そこにはブラジャーだけでへたり込む血雨の姿があった。
「ちぃちゃん?」
彼女の様子に心配そうに背後に寄れば、その閉じられた太股を包むパジャマのズボンに染みが生じ、それは数秒かけてじわじわと大きくなると尻の下の絨毯にまで広がっていった。
血雨は失禁したのである。
驚き、畢は再び声をかけるが血雨は反応を見せずガタガタと震えている。
✝✝✝✝✝
「パターン黄! 失禁です!」
内人王理の部屋、通称電算部部長室では午前シフトの電算部員がモニタの表示を見て叫んだ。
学園内の治安悪化を懸念した生徒会は電算部に寮内の監視も任せ、
報酬として王理に一般生徒の数倍の広さの自室と、
そこに監視用モニタなどあれこれの機材を好き勝手設置する権限を与えたのだ。
「汚! じゃない来たな! なんだか知らないが何か来た!」
その言葉を受けた部屋の主・王理は出っ歯の少年のように月面宙返りを決めながら「ッターン!!」と打鍵する。
部員からすると無駄な緊急時に無駄な動きを、という感じだが「これ」をしていないとどうも彼女は調子があがらないらしいというのは今までの経験でわかっていた。
失禁の反応は次々に増え続け、それらの場所を表示すると廊下の、1つのルート上に沿って並んでいることがわかる。
即ち、寮生たちを失禁させる「何か」が寮内を動き回っているのだ。
普通年頃の少女たちなら、休日の早朝など深い眠りの中であろう。
しかしそこは育ちのいい妃芽園生。
多くの女生徒がすでに起きて部屋を出、トイレに行くなり顔を洗うなり食堂へ行くなりしている。
それが今は災いしていた。
「今失禁の反応は第2棟3階の渡り廊下を進んでいます!」
「監視カメラの映像をモニタに! 風紀委員会にも連絡だ!」
該当するカメラから送られた映像が映し出される。
そこには水たまりにへたり込む何人かの少女たち、そして……
モニタに映し出される「何か」と思しき影。
それが、ぐるりとカメラの方を向いた。
「ひぃっ……!」
「あっ……がっ!」
部員の少女はモニタを見ていた姿勢のままに凍りつき、
王理は宙返りからの着地に失敗して椅子から転げ落ちる。
2人の股間からも尿が溢れ出した。
「やっぱり……肉は嫌いだ」
股間に広がる温かい感触に、王理は虚ろな瞳で呟いた。
恐怖すれば、それがすぐさま反映されてしまう脆弱な「肉」体。
彼女が見つめる機械には、機械を通して送られた映像が映し出され、
そしてそこでは機械――TEX2-コ89――が「何か」の前に立ち塞がっていた。
「私風紀委員です。アナタ通さない」
合成音声が、尿臭漂う廊下に響く。
コハクのアイカメラに映し出される「何か」は未だ監視カメラへと視線を向けている。
コハクはすでに風紀委員として与えられた学園のデータと照合し、「何か」が何かを導き出していた。
というか、別にコハクで無くとも一見して明らかなのだが、他の少女たちは皆へたり込んで失禁しておりそれどころでは無い。
「私自我ありません。あなた「目」私効きません」
そう言って、ガシュンガシュンと接近する。
データ通りなら「何か」の運動能力は高く無い。
スペックをいくらか開放すれば、無傷での制圧は容易だ。
そのとき、「何か」は監視カメラへと向けていた視線を、漸くコハクへと向ける。
それ自体はコハクの予測の範疇であった、が
「あっ……」
重量感のある音と共に、コハクはその場に崩れ落ちた。
そして
「どうして……私自我無い。なのに」
「股間からオイルが」
他の少女たちと同様に、足元に広がる水たまり。
自我が無いはずの自分が、まるで他の少女たちのように。
そしてもっと奇妙なことに、そんな少女めいた反応を「嬉しい」と思う自分もまたいるということに、
自我が無いはずの彼女は困惑していた。
✝✝✝✝✝
寮内にあがる黄色い悲鳴、美少女の失禁を見て喜ぶ者達もいたが、そんな彼女らもまた次の瞬間には失禁してしまう。
一八七二三の失禁から20分余りで実に第2棟寮生の半分近くが尿の海に沈むこととなった。
「廊下に出ている寮生はすぐに部屋に戻るようにしてください」
「現在失禁反応は2階第2トイレへと向かう廊下を進んでいますそちらへは決して近づかないように」
「もし『それ』に遭遇しても決して目を合わせないように」
放送が寮生達に避難を訴える。
今、第2棟寮内の少女たちは3つのカテゴリにわけられる。
1. 避難を済ませた者、或いは途中の者
2. 避難が間に合わず失禁してしまった者
3. そのどちらも無い者
3に分類される者は2名だけであった。
1人は少女たちを失禁させながら、寮内を進む「何か」、方やそれに立ち向かわんとする者。
「ゴホッゴホッ」
「(うう……頭痛い……視界はぐにゃぐにゃだし体はダルいし意識もハッキリしないし、なんか放送で言ってたけど咳してて聞こえなかったし)」
何か--岡崎康子は体調不良に苦しみながら自分の部屋を目指していた。
心優しい彼女は元々風邪気味にも関わらず自発的に他の有志の生徒と共に寮の周りの雪かきをしていたのだが、途中で症状が悪化してきたために先に抜けさせてもらったのだ。
尤も、苦悶の表情を浮かべる彼女と目を合わせてしまった他の女生徒達は失禁しており、自分で述べた通り視界も意識もぼやけた状態のためそのことにも彼女は気づかない。
足跡代わりに尿の水たまりを残しながら岡崎康子は進む。
とはいえ放送によって彼女の眼前に続く廊下に少女の姿は見えぬ。
ただ1人を除いては!
「止まって!!」
1人の少女が岡崎康子の前に立ち塞がり、彼女を制止する。
小柄な体躯に幼い顔立ち、小等部の生徒と知らない者は考えるだろうが、そもそも学園の生徒でさえ無い彼女の名は、雨竜院畢。
畢は燃えていた。
頻繁にお漏らしする彼女だからわかる、人前でのお漏らしは恥ずかしいと。
無断で泊まったとはいえ一宿一飯の恩義、この寮の少女たちをこれ以上お漏らしさせるわけにはいかない。
「(誰……?)」
熱でぼやけて判然としないが、自分の前に立つ小さな影が何か呼びかけて来ているようだ。よく見えないなりに、岡崎康子はその影を少しでもハッキリ見ようと目に力をこめた。
「ひゃうんっ……!」
魔眼に射抜かれた畢は愛らしい悲鳴と共に痙攣し、そして他の少女たちと同様に床にへたり込んだ。
そして、同様にそのパジャマの股間に尿の染みが広がり、はしない!!
次の瞬間畢は立ち上がると同時に素早く前方へ駆けた。傘術の歩法「蛟」だ。
「あっ……!」
そして後ろに隠し持っていた鏡を、岡崎康子の眼前へと鋒の如くに突きつけた。
数え切れない少女たちを失禁させてきた自身の魔眼を、ぼやけた視界でもわかるほどの近距離で岡崎康子は見てしまう。
「うっあ……ああっ!」
ギリシャ神話の魔女メデューサがそうであったように、魔眼は持ち主に対しても有効であった。
彼女は後ろに倒れこみ、尻もちをつくとちょろちょろと湯気をあげて小便を漏らした。
失禁する少女を畢は見下ろしている。
しかしその目には同情でなく、ある種のシンパシーが宿っている。
何故ならば、彼女もまたおむつの中に失禁していたから。
心因性睡眠中排尿症候群(アロエシンドローム)――畢を蝕む病が彼女にお泊りの際にはおむつを着用することを習慣づけていた。
それが、今回は勝敗を分けたのである。
絨毯の上にへたり込む岡崎康子に畢がそっと手を差し出すと、その小さな手を康子はぎゅっと握る。
2人の股間から漏れる水音が小さな二重奏となって響いた。
寮の大浴場はその辺の温泉旅館のものより遥かに大きく、そこで失禁した少女たちは皆仲良く汚れを洗い流した。
部活や学年、生徒会に番長グループ、種や学校の垣根を超え、皆で恥ずかしい体験を共有したこの朝は彼女らに奇妙な絆を芽生えさせたのである。
しかし、この絆も引き裂かれることは決定的であった。
なぜならこのときすでにハルマゲドンは避けられぬ事態となっていたのだから――
「パターン黄! 失禁です!」 何言ってんだwwww
人生、宇宙、すべての答え = 42 ~この宇宙の時空で二番目にすぐれたコンピュータ"ディープソート"の解答~
妃芽薗学園生徒会室。
本日最後の授業がそろそろ終わろうかというこの時間。
ガチャリ。ドアが開き、ゴクソツ猟用機構・イの15号乙が入ってくる。
まだ誰も居ない。静かである。暇である。
感情はないはずだが退屈を持て余したゴクソツは、
1.5テラに及ぶ精霊ディレクトリに詰め込まれたアプリケーションの一つ、
とあるシミュレータを脳内で起動。
1分。
「……ほほう、これはこれは。」
ガチャリ。ドアが開き、TEX2-コ89が入ってくる。
既に来ていたゴクソツが一人。静かである。身動きもしない。
興味を引かれたコハクは声を掛ける。
「ゴクソツどうしました。不具合?お困り?」
数瞬置いてゴクソツが顔を上げコハクを見る。答える。
「私の演算能力でも処理しきれない人の世の不条理をシミュレートしていました。」
コハクはおもむろに自分を指すように胸に手を当て、
「私演算能力足す、答え出る?」
手の当てられた胸を見詰めながらゴクソツは、
「歓迎します。」
暫し考えて答える。
コハクは首の後ろからコネクタを引き出しゴクソツに接続する。
1秒。
「……ほほう、これはこれは。」
ガチャリ。ドアが開き、内人 王里が入ってくる。
寄り添うようなゴクソツとコハク。静かである。身動きもしない。
興味を引かれた王里は声を掛ける。
「二人とも何があった!不具合? ヒヤリ! ハット!の心構えは!?」
数瞬置いて二人が顔を上げ王里を見る。ゴクソツが答える。
「私たちの演算能力でも処理しきれない人の世の不条理をシミュレートしていました。」
王里はおもむろに自分を指すように胸に手を当て、
「私の人にも対応したプログラムを使えば、答えが出るかもしれないぞ。」
手の当てられた胸(?)を見詰めながらゴクソツは、
「…………歓迎します」
暫し考えて答える。
王里は気合一発飛び上がると3回半捻ってゴクソツの背後に着地。
携帯していた端末からコネクタを引き出しゴクソツに接続する。
3秒。
「……ほほう、これはこれは。」
ぷぴー♪ドアが開き、二科 ぴあが入ってくる。
一塊のゴクソツ、コハク、王理。静かである。身動きもしない。
興味を引かれたぴあは声を掛ける。
「みんなどうしたんですか?不具合?お困りですか?」
数瞬置いて三人が顔を上げぴあを見る。ゴクソツが答える。
「私たちの演算能力でも処理しきれない人の世の不条理をシミュレートしていました。」
ぴあはおもむろに自分を指すように胸に手を当て、
「音楽は人生の潤滑剤です。私の電脳ピアニカだったら答えが出るかも。」
手の当てられた胸を見詰めながらゴクソツは、
「歓迎します。」
暫し考えて答える。
ぴあは電脳ピアニカからコネクタを引き出しゴクソツに接続する。ぷぴー♪
『接続確認』『モニタリング開始』『デジタル馬鹿に1/fゆらぎを』『音楽は人生を豊かに』
5秒。
「……ほほう、これはこれは。」
ガチャリ。ドアが開き、残りのメンバーが入ってくる。
四人を見る。静かである。身動きもしない。
興味を引かれた皆は口々に声を掛ける。
「みんなどうしたの?」「不具合?」「お困りです?」
数瞬置いて四人が頭を上げ皆を見る。ゴクソツが答える。
「私たちの演算能力でも処理しきれない人の世の不条理をシミュレートしていました。」
皆はおもむろに自分を指すように胸に手を当て、一人が、
「餅は餅屋。人間のことは人間に。三人よれば文殊の知恵。皆で考えれば答えが出るかもね。」
手の当てられた胸を見渡しながらゴクソツは、
「……歓迎します。」
暫し考えて答える。
ゴクソツは壁のほうを向きシミュレーションを投影する。
5秒。
「「「……ほほう、これはこれは。」」」
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侵入-希望崎生徒会サイド-
「ここが乙女の花園妃芽薗学園ってわけね。」「ワケダゼー」
皮の一式を装備した少女が告げ、オウムが反復し、謎の機械が後ろに控える。
彼女らの言う通り、ここがあの過剰な男子禁制で知られた妃芽薗学園である。
「知っての通り男は入れないけど私は大丈夫ね。
それからゴクソツは無性だし、……ってそのちゃっかり着込んだセーラー服は何?」
「ナンダゼー? ビグロダゼー!」
機械のボディにセーラー服を歪に着込んだゴクソツは至って真面目に、
「これは旧型のイの15号から引き継ぎました。
こんな物を持っていた理由はわかりませんが、
女装が趣味のド変態だと考えるのが妥当です。」
と答える。
尋ねた少女神尾まほろはやや引き気味に、
「うわー、同僚なのに容赦ないね。」「ナイゼー!」
一々繰り返すオウムがそろそろウザイ。
「私に感情はありません。ゆえに私情を挟まない判断が可能です。」
「うんうん、そうかそうか。そういう事にしてあげよー
でピーちゃんだけど、普通の人は鳥の性別なんか分かんないからオッケー♪」
「オッケーダゼー ヒャッハー!」
トサカをうねらせヘッドバンギングしながらピーちゃんが同意する。
「でも、あんまり騒いで目立っちゃダメよ。」
ちょっと不安げにたしなめるまほろにゴクソツが、
「問題ありません。任務を妨害するなら即ギルティ。
帰ってからボイラーで焼き鳥です。」
「ヤ ヤキ ト リ……」
「あ、ピーちゃんフリーズした。冷凍焼き鳥だ!
ゴクソツぅ、ダメだよピーちゃん前に火炎放射器で、
自分のこと焼き鳥にしかけてからトラウマなんだから。」
ゴクソツは頭をぐるりと一回転。
まほろは腰に手を当て一つ頷くと、
「ま、いっか。じゃあいっちょーいろいろ掘りにいきますか!」
妃芽薗学園へ歩き出す。
ゴクソツも地面に落ちたピーちゃんの足をまとめて掴み、
逆さに吊るし持つと後に続く。
こうして彼ら彼女らのハルマゲドンは幕を開けたのだ。
最終更新:2012年08月29日 22:10