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流血少女エピソード-十須微音-



「……ぁぁぁ………ぁ…………」

椅子から崩れ落ちた体から空気が押し出され、だらしなく声帯を震わせる。
脱力しきった四肢に引きづられるようにして、私は汚れた床に身を横たえた。
メガネの縁が床に当たり、カツン、と軽い音を立てる。
気管を満たすひんやりとしたカビ臭い空気。目にかかるボサボサの髪。

……だりぃ……

なんか、もう、どーでもいいや
なんも考えたくない、空っぽだ、私は今
からっぽの体……からっぽの……

「ごめーん!委員会が長引いちゃって……って、微音ちゃん!」

元気よく教室の扉を開いた長髪の少女が、こちらに駆け寄ってきた。

「またそんな格好して!制服がホコリだらけだよ!」

私のスカートをパタパタと叩きながら、お説教を始める。

あー、この角度だと

「……祥子ちゃん」

「何?」

「パンツ見えてる」

……メガネ、メガネ返して

*********************

「その感じだと、実験は大成功かな?」

「ごめいとー。よく分かったねー」

窓から差し込む夕日に急かされるように、後片付けをする私達。
実際には、動いているのはほとんど祥子ちゃんだけど。

「脱力しきってたからね。今日は何やってたの?」

「アレをねぇ、ガーっとやってバンバンッってして、ドーンってするとボヨヨーンってなるヤツ」

「今聞いてもダメみたいね」

ふぅっと息をつく祥子ちゃん。物憂げな長身の美少女っぷりは絵に映える。

「研究に打ち込んでるときの微音ちゃんはかっこいいんだけどなあ」

「実験が終わるとさぁ、な~~~んもやる気なくなっちゃうんだよねぇ~」

今の私は床に脚を放り出し、机に体を預けている。
モップを片手にやれやれと言った風に肩をすぼめる祥子ちゃん、面倒見の良い私の親友。

「だから私がこうやって掃除をしているわけですが」

「悪いと思ってるってば~」

今の研究が完成したら真っ先に使わせてあげるよと、私は祥子ちゃんのまっ平らな胸をチラリと見ながら思った。

「もう慣れたから、別に良いけどね。昨日も宿題手伝ってもらっちゃったし……よし、掃除完了!」

祥子ちゃんが掃除用具入れの扉を閉めると、タイミング良く部活動修了を告げる鐘の音が聞こえてきた。

「じゃ、帰ろっか」

グーッと伸びをして笑いかけてくる祥子ちゃん。

「うぃ~っす」

ノソノソと立ち上がる私。
茜色に染まった廊下へ二人で向かう。
なんという事もない、平凡な放課後だった。

*********************

あの日は、仮完成した試作機の動作実験をするために、二人で早起きをした。
朝が弱い私を、ルームメイトでもある祥子ちゃんが起こしてくれるのはいつものことだったのだけど。
広い場所で実験しようと思い、科学室に置いあった試作機を二人で担いで屋上へと運んでいった。
曇っていたけれど風はなく、絶好の実験日和といえた。

タンクに調理場からくすねてきた豆乳を入れ、噴出口を固定する。
何かあったら危ないからと離れているように伝えると、祥子ちゃんは分かったと頷いて、機械から離れて転落防止用のフェンスに沿って立った。
私は勿論、祥子ちゃんも知らなかった。
フェンスが設置されてから、かなり経っているということ。劣化していて、強い衝撃がかかると簡単に壊れてしまう部分があること。そして、それが祥子ちゃんの立っている場所だということも。

スイッチを入れる私。異音。振動。
噴出口が唸りを上げて固定装置を振り切り、暴れだした。
ノズルを通して射出された砲弾は、最初からそのつもりであったかのように真っ直ぐに祥子ちゃんに向かって飛びだした。

反射的に身を捩る彼女の体重に軋みを上げるフェンスに、砲弾が激突する。
金切り声にも似た音を立てて金網と、そして私の親友は、学園の屋上から空中へ放り出された。

*********************

祥子ちゃんの葬儀から1週間が経った。
当然だけど、世界には何の変化もない。
いつも通りに朝が来て、いつも通りに授業があり、部活の時間になり、夜がやって来る。

そこに、祥子ちゃんはいない。
習慣で放課後には科学室に向かいはするものの、何をするでもなく時間を潰し、鐘の音に促されて部屋に戻る。ここ数日はずっとそんな調子だった。

夕食を時間をかけて口に押しこみ、食堂から部屋へのろのろと戻ると、扉の前に荷物が置かれていた。宅配便のようだ。

ドアをもたれるようにして押し開け、小さな段ボール箱を部屋に蹴り入れる。
直方体のそれは、先週から本来の用途を果たしていない二段ベッドに当って、軽い音を立てた。

ベッドに腰掛け、荷物を拾い上げる。

注文主:海木野祥子(かいきの しょうこ)……祥子ちゃんが注文したものか。

到着指定日は今日、そして品名の欄には『プレゼント』と書いてある。

靄がかかったような頭で、今日が自分の誕生日であることを思い出した。

祥子ちゃん、私に誕生日プレゼントを用意してくれていたんだ。

死んだ友人から届いた、自分へのサプライズ。
震える手で箱を開けると、そこには新品の白衣が行儀よく収まっていた。

ふと放課後の光景が蘇る
研究をする微音ちゃんは格好いいと言ったあの笑顔
脱力して床に横たわる私を見て、いつも制服が汚れると小言を言っていた

これは、祥子ちゃんからの最後の……

包装を破り捨て、糊の効いた白衣に袖を通す。
少し大きめの白衣に包まれた真っ赤な目をした私の姿が、姿見に映り込んだ。

……温かい……

涙と共に笑みが零れる。

「あははは!!!」

嬉しくて堪らない。
この白衣は祥子ちゃんだ。これからもずっと、親友と一緒にいられるんだ!

「あはははははは!!!あはは!!!ははははは!!!」

研究をする私のことを格好いいと、好きだと言ってくれた親友と、私は生きていく!
力が、湧いてくるような気がした。

消灯時間を告げる鐘の音が聞こえたが、そんなことは知ったことじゃない。
部屋のドアを開けると、私は科学室へ向かって飛び出した。


月の光に照らされた何かの影が、ゆらりと揺れた。


祥子ちゃんとの仲の良さが伺われる前半から、事故の当日、
その後と心を抉ってきますね…。
自分が作った試作機の暴走ってこともあって、キツイだろうなぁ。
後半の正気を失った微音ちゃんの描写が辛いです。でも非常に好みなSSでした。