セカンドコンタクト

 トロイア城に帰還した僕達を見てトロイアの兵士達は言葉を伝えずとも察してくれた。
 兵が誰一人としておらず、血塗れのアサシンがぐったりと馬上で倒れている。

 衛生兵らしき人が駆け付けるとすぐにアサシンを担架に乗せ城内へ運ぶ。
 後で聞いた話によると、アサシンの身体には想像よりも傷が少なかったと衛生兵は言った。
 鮮血もどうやらキメラの返り血がほとんどらしく、急に倒れたのは過労とのことだった。

 問題は衛生面。魔物の血を全身に浴びたため、感染症などの危険があるらしい。
 特記戦力――サーヴァントのため生身の人間よりも危険は少ないらしいけど、それでも心配なものは心配だ。
 合成獣は魔女の手によって変貌させられた異形の存在。血液一滴に罠が潜んでいる可能性だってあるんだ。
 だけど、アサシンの現状に問題は無いと聞いた。僕の心の曇り空が少しだけ晴れたような気がした。

「そして魔女の正体についてだが、十中八九――当たっている」

 現代で言えば会議室だろうか。城の一室に集まった僕達はヘクトールとパリス王、それにローランへ報告を行っている。
 平原で魔女が現れたこと。彼女が兵士達を獣へ代えたこと。ついでにライダーの名前がバレたこと。
 トロイア戦争中に魔女が確認されたことは初めてとヘクトールが言った。アカイア側にとっての未確認サーヴァントだ。

 実力は本物だった。数分の戦闘だったけど瞬間移動に高度な魔術の行使は魔女と呼ばれるに相応しい。
 それで、アーチャーが魔女の正体に心当たりがあるらしい。

「彼女はヒントを言い過ぎた。まるでこちらに名前を教えるようにな」

 彼の発言にヘクトールの眉がピクリと動いた。

「お前さん、特記戦力の情報通と見たぜ? 教えてくれ、今はどんな情報でもほしいんでな」

「俺からも頼もう弓兵よ。戦況を変えるきっかけになるかもしれん」

 ローランも同調した。鋭い視線がアーチャーに注がれる。
 会議室に集まったのは僕――藤丸律花、アーチャー、キャプテン、ヘクトール、パリス王、ローランの六人。
 五つの意識がアーチャーに集まり、彼は重たい口を開いた。別に重たくはないのかもしれない。ちょっとドヤ顔だ。

「獣化の魔術に長けた魔女。彼女はカルデアに弟子が居ると発言していてな。その弟子の名前はメディア。
 そして『この時代に早く名を馳せる』と言っていたが……間違いあるまい、太陽神と女神の間に生を授かった魔女――キルケー」








 部屋に戻った僕は窓からぼんやりと月を眺めていた。
 魔女の正体はキルケー。まさかメディアの師匠だなんて驚愕の事実だ。
 なんでも魔女はオデュッセイア――トロイア戦争よりも少し先の時代に名を記されたらしい。
 さすがの僕でもオデュッセウスは知っている。彼も歴史通りならアキレウスと共にトロイア軍最大の敵としていずれは会うだろう。

 獣化の魔術はその力も強大だけど、生きた人間を変化させるだなんて僕は許せない。
 彼らと戦ったアサシンを思い出す。強い意志の中で少し寂しさを感じさせるあの瞳。辛かっただろう。
 この特異点の旅を解決するに当たってまだまだ謎が残されている。歴史どおりにトロイア戦争を進ませるにしても、正解なんて見えてこない。

 サーヴァントが召喚され、特異点となった時点で本来の歴史に正しい姿など無いのかも知れない。
 キャメロットにピラミッドがあってたまるか。古代のウルクに日本人がいてたまるか。
 心象を優先すると魔女と手を組むなんて今の段階じゃ考えたくもない。けれど、これは勝手な思い込みだ。
 善悪の記号に囚われていちゃあ、肝心な本質を見落とすこともある。フランスで敵対したサーヴァントも新宿じゃ頼れる味方だった。
 ロンドンで頼れる味方だったサーヴァントはキャメロットじゃ強大な敵として僕達と戦っていたんだ。

 まずはこの時代を知ることが大切なんだ。たった二日で全ての物事を決めるなんてどれだけ愚かなことか。

 情報を整理しよう。一人の時間を有効に使おう、少しでも前へ進むために。

 トロイアの軍勢は王であるパリス王を筆頭にしている。
 国王であった父親が殺害され王子だったパリス王が即位。国王は暗殺され、パリス王の妹君であるカッサンドラさんも暗殺。
 失意の中で国を治めるパリス王はすごい。幼稚な言葉だけど本当にすごい。悲しみの海の中で沈まない強い意志を持っている。

 戦場を任された軍の総大将がヘクトールおじさん。パリス王の兄だ。
 カルデアの記憶が無いからちょっと距離感を掴めてないけど、力は知っている。 
 劣勢であるトロイア軍が負けていないのも彼のおかげだ。きっとこの先は彼の槍に救われることもあるだろう。

 トロイア側に召喚されたライダーのキャプテン。
 悪名高い海賊のキャプテン・キッド。見た目はTHEアウトローだけど、話せばちょっといい人。
 彼の宝具はバケツらしい。それとも別にドレイクや黒髭のように海賊船を持っているのかなあ。

 アサシンの風魔小太郎君もヘクトールおじさんと同じようにカルデアの記憶を持っていない。
 だけど、僕は彼のことを知っている。頼れるサーヴァントである。
 今は医務室で休養中だけど、彼が心配だ。

 そして勇者ローランの存在はトロイア軍にとっての象徴。
 伝説の聖剣を手に取り戦場の先頭を走り抜ける姿は正に勇者だ。
 そんな人でも(アストルフォ曰く)やらかしの歴史があるらしい……人間とは深い生き物だぜ。


 対するアカイア側のサーヴァント。
 僕が実際に目にしたのは大英雄アキレウス。アーチャーと交戦した赤い髪のランサー。そして魔女キルケー。
 まだ出会したことはないけどアガメムノンとオデュッセウスもヘクトール達の口から聞いている。
 強敵には違いない。気を引き締めないと……よしっ! 僕は冷えないように部屋の窓を閉めた。


「今日もちょっと夜回りをしよう」






【トロイア城・客室前廊下】


ローラン「また眠れないのか? 昨日今日といい君は疲れているだろう」


藤丸「どうも! もしかして今日も見回りですか?」


ローラン「ん、ああ。知ってのとおり神出鬼没の泥棒をはじめ何かと忙しいからな」


藤丸「あの犯行現場に必ず一輪の花を置いていくっていう……」


ローラン「意図は不明だがな。城下町の花屋が取り扱っているものと同じだから。という理由で店主が疑われているが……全く。
     濡れ衣にもほどがある。市民の被害は少ないから都市伝説程度に収まってはいるが……トロイア城にも現れているのが問題だ」


藤丸「城にも!? ローランさん達の目を盗むなんてきっと名のある盗賊なのかなあ」


ローラン「被害は確認されていないのが不気味だがな。アカイア側にも現れていると聞く。敵地のサーヴァントかと思えば、どうやら違うらしい」


藤丸「神出鬼没のはぐれサーヴァント……味方に出来れば心強いけど、どうだろう」


ローラン「仲間か。我々やアカイアのサーヴァントすら気付かぬ気配遮断を持つ存在だ、是非ともお目に掛かりたいものだ。
     ――さて、カルデアのマスターよ。昨日の夜に実は話したいことがあったんだ。君はすぐ居なくなったから結局話せずに終わってしまったが……。
     カルデアにはあのアストルフォが居ると聞く。あいつのことだ、きっと君にも色々と迷惑を掛けたりもしているだろうが、根は良い奴なんだ。
     それで……あいつに余計な事を吹き込まれていないか? ほら、あんな奴だからきっと俺のことを面白おかしく適当な事を……な? 言っておくが俺は趣味で全裸で疾走を――い、いない……」













藤丸「なんかローランさんから異様なオーラを感じ取ったので離れた藤丸だった」


キッド「おいおい、そりゃあ可哀想だろうよ」


藤丸「あ、キャプテン!」


キッド「おう、今日はお疲れさん。お前の指示で救われた兵士もいたからな。さすが人理を救済したマスターだ」


藤丸「………………」


キッド「あの魔女は俺達が確実に仕留めるさ。あんな奴、生かしちゃおけねえ。俺がお前の分までやってやるよ」


藤丸「うん、ありがとうキャプテン。僕が出来るのは指示だけだから」


キッド「ん……そうじゃねえ。魔女――キルケーはアカイア側のサーヴァントだろう? だからお前の分までやってyるって言ってんだよ」


藤丸「――うん。本当にありがとう。いがいと気遣える人なんだね」


キッド「生前は随分とやらかしてるけどな。俺は死ぬまでトロイア側だ、お前らと違ってな。まぁ、何が正しいか分からないけどよ。
    俺からすれば魔女が全ての元凶であいつを倒せば終わりならハッピーエンドなんだけどな。不毛な戦争を続けるよか何倍もマシって話」


藤丸「そうだね……うん、そうだね! 心傷的にはそれが一番いいかもしれない。キャプテンのとおりになることを祈るかな」


キッド「それぐらいでいいんだよ。どーせこの手の問題には絶対に予想不可能な裏があんだよ」


藤丸(たしかにキャメロットのギフト騒動やバビロニアでのビーストは読めなかったな……)


キッド「つーことで、今は悩んだって仕方ねえ。それにお前は決断が鈍ったとしても放棄する男じゃないしな! だから今日はゆっくり寝てろ」










【トロイア城・エントランスホール】


藤丸「キャプテンと別れた僕は道に迷ったのであった……どうしよう」


???「どうしますか? お部屋まで案内しましょうか?」


藤丸「ひゃい!?」


???「び、びっくりさせてしまってごめんなさい! 迷っているようでしたので……」


藤丸「こっちこそすいません……あ! 昨日の夜に花の世話をしていた……?」


???「そういえばまだ名乗っていませんでしたね。私の名はヘレネーと申します」


藤丸「どうも。藤丸律花です……って既に知っています?」


ヘレネー「もちろん。カルデアのマスター……と呼ばれている方ですよね」


藤丸「呼ばれている方と言われると、はい! と元気よく返事しますね。ヘレネーさんは……もしかして王族?」


ヘレネー「王族ですか……そうですね、パリスは私の夫になります」


藤丸「王族の中の王族様だった……これまでのご無礼をお許し下さい」


ヘレネー「べ、別にいいんです! 無礼など感じたことはありません! その慣れない敬語もおやめになってください!」


藤丸「さりげなくキツイことを言われたような気がするけどスルーしよう……それで、その花って噂の?」


ヘレネー「ええ、噂の……謎の怪盗が犯行現場に残す花と同一のものです」


藤丸「花の名前をお聞きしても? 実は犯行現場に残された花としか聞いたことが無くて」


ヘレネー「……実は誰も知らないのです。まるで遠くの国から来た花なんじゃないかと言われています」


藤丸「へぇ……(どこかで見たことがあるような気がするんだけどなあ)」


ヘレネー「藤丸さんが名付け親になってはどうでしょうか?」


藤丸「いやいやいやいや、僕には無理ですよ」


ヘレネー「それもそうかもしれませんね……あっ! 迷っているようでしたらお部屋に案内いたしますよ! さぁ、こちらへ」


藤丸「まーたさりげなくキツイことを言われたような気がする」














 そしてヘレネーさんに案内された僕は無事に部屋へ辿り着いた。
 もう迷わないだろう。流石に二回目の案内は恥ずかしい。うん、覚えた。
 室内はやけにひんやりとしていた。どうやら窓を開けっ放しにして出掛けていたらしい。

 夜は冷えるからなあ。窓を閉めると月がやけに綺麗だ。

 改めると今日の印象は全て魔女――キルケーだ。
 メディアのお師匠と聞いているけど、トロイアの兵士さん達をキメラに変えた魔女は許せない。
 死んでしまった彼らの分まで、僕は世界を導いてやる。

 そして、魔女と共闘しなくてはならない状況が来たとしても、戦ってやる。

 誰にも聞こえず、僕にすら聞こえない決意を胸に僕は布団へ潜る。

 この時の僕は知る由もなかった。睡眠時間が二時間にも満たず、新たな戦が始まることに。






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最終更新:2017年06月12日 20:29