「あれは間違いなくオデュッセウス殿本人だ。獣になれどあれは紛う事なき英雄の一人だった」
オデュッセウスを退けたローランの一言には黙るしかあるまい。
トロイア城の一室に集められたサーヴァントと各将の視線はローランに注がれる。
「昨日の戦場では誇り高き英雄として武を馳せていたのだがな……ライダー達の証言からして理由は一つ」
「魔女の獣化魔術によって姿を変えられたってか。そうだよな、それしか考えられないよな。
現に俺達は一度、兵士がやられたのをこの目で見ている。だけどよぉ、サーヴァントの霊基ごと変貌させるなんざイカレてやがるぜ」
腕を組むライダーはにやけた表情で言い放つも言葉は重い。
召喚された英雄を根本から捻曲げる魔女の力は驚異だ。
僅かなルールですらを己の世界で塗り潰す。謂わばその力は一種の神である。
「俺は神なんざ特に信じてないが嫌になるね。英霊ってのは日常茶飯事でデタラメばっか言いやがるが、そこらへんはどうなってんだい? 弓兵の旦那」
「……なぜ私に振る?」
「あんたが一番詳しそうだからさ!」
ヒュー! と口笛を鳴らす勢いだ。
ヘクトールを始めとする他サーヴァントの視線が厳しいため黙っているが。
「霊基そのものを改変させる現象は例外だ」
「例外ってことはつまり」
「ああ。事例はたしかに存在する。キルケーの魔術は規格外であるが、まだ枠に嵌められた内での力と言えよう」
「なんか訳アリみたいな顔だな。もしかして、体験したことでもあるのかい?」
「オーケー。誰にだって知られたくない過去の一つや二つ、あるもんな。そんじゃあ、ヘクトールの旦那。議題を戻そうぜ」
「おいおい、お前さんが逸らしたんじゃないか?
ったく……ローランの奮闘もあってトロイアの被害は見た目の割に少ない。だがな」
やれやれと愚痴を零すヘクトールだが表情は真剣そのもの。
薄ら笑いの奥に潜む感情を受け取った藤丸は喉元を慣らした。
「俺の、俺達の愛するトロイアを傷付けたことに変わりは無い。この落とし前は必ず奴に取らせる」
◆ ◆ ◆
【休息話題】
藤丸「気になることがあるだけど、聞いてもいい? 気になっていることがあるんですけど、訪ねてもよろしいですか?」
ヘクトール「別に敬語は気にするな。それにちっとチグハグだぞ?」
藤丸「えへへ……それで聞きたいことってのは雷のことなんだ」
ローラン「そうか、まだ知らないんだな。それにおお前たちは最初の雷しか目にしていないのか」
アーチャー「その物言いだと何度も落雷があるようだが……まさか戦の度に轟いているのか?」
ライダー「ご名答。あの落雷は少なくとも俺が召喚されてからもう何度も目にしてる。ヘクトールの旦那に聞けばもう見飽きたとか」
ヘクトール「そりゃあなあ。神様ってのは俺にはよくわからないねえ」
藤丸「それってやっぱゼウス神!?」
ローラン「……まさか。ゼウスほどの神が落とした雷ならばとうにこの国は滅んでいる」
ライダー「加減してるとか?」
藤丸「僕のセリフ……」
ローラン「加減? 理由が見当たらんな。人間を間引くために遊んでいる可能性もないとは言わん。だが、そのまま滅ぼした方が手っ取り早いだろう」
アーチャー「同感だな。悪趣味である可能性もあるが、言い出してしまえばキリがない。結局は君たちも知らないんだな?」
ヘクトール「ああ、そうだ。俺たちはあれが天上から落とされてることしか知らねえ。上に居座ってる奴なんざ、そりゃあ神様だろうよ。
先に言っておくがこの目で確かめたわけじゃねえ。部隊を送っても成果無しで帰還するのが流行っちまってなあ、誰も謁見に辿り着いていない」
ライダー「世界が灰色なんだよ。俺も行ったことがあるからわかるけど、この世界と全く別もんだありゃあ」
ヘクトール「おまけに雷は俺たちを縛り付ける。戦争の始まりと終わりを勝手に決めやがる馬鹿共だ」
ローラン「空の先も、海の先も、陸の先もこの世界には存在しない。あるのはトロイアとアカイアを取り巻く国土だけだ」
アーチャー「完全なる隔離世界か。いや、閉鎖世界とでも言うべきか」
藤丸「まあ特異点だしね」
ヘクトール「それも最近なんだけどな。お前らサーヴァント? が召喚された頃にはもう俺たちは閉じ込められちまった。
おかけで同盟を結んだアマゾネスの奴らが加勢してくれなくてよぉ……まぁ、あいつらおっかねえしこれはこれでよしとしてんだけどな!」
藤丸「…………………………」
ライダー「ん? 手で股間を抑えてるけど、急におっ勃ててどうした?」
藤丸「違います!! 貞操の危機をなんとなく感じただけです!!」
◆ ◆ ◆
「じゃあ何事もなければ解散だな。各自で夜遅い中すまないが、トロイアの復興に行ってくれ」
ヘクトールから語られた内容は主にこれからのことだった。
僕――この時代にレイシフトした藤丸律花にも分かりやすいように改めてトロイアの街を説明してくれた時間だ。
まず街を囲む高い壁。ウルクの都市を連想するそれは役割も同じ。
つまり外からの襲撃に対する最終防衛ラインである。戦争中に易々と攻められる訳にもいかない。
住民の被害は本当に少なかった。不幸中の幸いだと言える。
これはローランがオデュッセウスをたった一人で抑えてくれたから。
その間に僕達は市民を避難させることが出来たんだ。
シャルルマーニュ十二勇士が一人、勇者ローラン。
伝説の聖剣であるデュランダルの持ち主で、その知名度は抜群だ。
『ローラン? あれは全裸で駆け回るからなあ』
……同じシャルルマーニュ十二勇士の一人であるアストルフォから聞いていたローランの姿は正直に言って、変態だ。
全裸で駆け回るなんて務所まっしぐらだ。
『でもねえ、めちゃくちゃ強いよ。そりゃあ強い……はぁ』
あのアストルフォが呆れるぐらいだ、相当なものだろう。
相当なものとは決してイチモツを指しているわけじゃないよ。あのアストルフォが呆れるぐらいヤバイんだという認識。
それがいざ遭遇してみたらどうだ。ただのイケメンじゃないか。
アストルフォからは金髪と聞いていたけど、藍色の髪だ。僕はアストルフォに嘘を吹き込まれたのだろうか。
いや、髪の色なんて些細なものだろう。アーサー王の性別はどうだ、歴史に黒ひげのオタク要素は記されていたのか。
FOAFみたいなものだろう。
フレンド・オブ・ア・フレンド――友達の友達。
つまりは伝承だ。現代に生きる者が過去を知るには実体験以外に限られる。
他人から聞けば少なからず語り手の色に染まり、本を読めば筆者の意思が少なからず含まれる。
僕がアストルフォから聞いたローランは間違いなく彼本人だろう。
じゃあトロイアの地で活躍するこのイケメンは誰だ。と聞かれればそれもローランだ。
アストルフォはきっと全裸でおちゃめな箇所を強調していた。きっとそうだ、そうであってくれと僕は天を仰いだ。
「月が綺麗だなあ」
会議室を後にした僕は外で瓦礫の撤去を手伝っていた。
オデュッセウスが幾つもの家屋を破壊したと聞いていたけど、なるほどこれは多い。
破壊された家屋が多いというよりも、破片が至る所に転がっている。放置されてるとも言える。
チチンプイプイ!
なんて叫べば瓦礫なんてあっという間にほれごらんなさい。跡形もなく――
「マスター、手を動かしたらどうだ。一応言っておくがチチンプイプイではなく瓦礫を運べという意味で、だ」
「……はい」
人差し指をくるくると回していた僕は真顔になった。
一緒に作業しているアーチャーが冷静に僕を促した。冷たい一言が恥ずかしくなって熱くなる僕を凍らせる。
「……ねえ、アーチャー」
瓦礫を両腕で持ち上げた僕は彼に話しかける。
サボるためでもなければ、休憩するわけでもない。
「ああ、かまわんさ」
気になることがある。それは一つじゃない。
まずはこれから聞こうと思っていたことを口にする。
表情から冗談じゃないと察してくれたのか、アーチャーもまた応じてくれた。
「僕たちが本当に相手をすべきはアキレウスでも、ヘクトールでもない。この戦争を管理す――」
カッと眩い火花が散った。
それはトロイアの国土全体を包むまでに輝き、僕はこれを知っている。
天上から放たれた雷だ。
◆ ◆ ◆
軽い口笛が風に乗って消える。
トロイアの壁に腰掛けるライダー――キャプテン・キッドの瞳には遥か彼方の地平線が刻まれる。
月明かりに反射する青と緑。一般的な感性を持つ者が見れば美しいと答えよう。
「目の良いアーチャーが来たんだからそっちに任せればいいのよお……適材適所ってモンを活かそうぜ」
ライダーはサボって夜風に当たっているわけではない。
サーヴァントは当然のように一般人よりも強い存在である。
それは視力も含まれており、ある程度ならば夜間でも対象を捉えることができる。
言ってしまえば見張りだ。
最もオデュッセウスはキルケーの魔術によって空間転移。神出鬼没である。
俺が見たところで……などとぼやいているものの、仕事はきっちりとこなす。
「俺はトロイアに召喚された兵士だ。そこらへんの奴らと変わらねえんだ。
テメェをハリウッドスターだなんて思っちゃいけねえ、ヘクトールやアキレウスに比べりゃあモブと変わらねえさ。
俺が生前と比べて大人しいのも、ローランの奴が堅物っぽくなってるのも所詮は個性を矯正された端役だからなんだ……かもな」
トロイア戦争に召喚された彼らサーヴァントには明確な役割がある。
陣営だ。トロイアとアカイアに分かれた彼らは互いの将を勝利させるべく使命を全うする。
もちろんヘクトールとアキレウスが最大にして最強の将と聞かれればお茶を濁すときもある。
彼らが死んだところで国が滅ぶことはない。されど近づくことは確実である。
戦争を一つのゲームと捉えた時、キングが彼らであるということ。
士気の低下や陣形の崩壊など生ぬるい。チェックメイトだ、終局だ。
彼らが死亡した時点で戦争は大きく傾く。元から優勢であるアカイアはその勢いを貫き通すだろう。
劣勢であるトロイアはアキレウスの死により爆発的な加速力を発揮するだろう。
「一つ他の兵士と違って誇れるとすりゃあ俺たちは特殊能力持ちだ。こんなんチートだろうに……BANG」
空砲が夜空に響く。
ライダーのリボルバーに火薬は詰まっていない。
魔力によって精製された弾丸が弾倉に詰まっており、彼にマガジンの交換は必要ない。
銃撃戦において一生撃ち続けることが可能である。彼は一人でウエストサイドの主役を演じることができる。
この時代に銃を所有していることそのものが規格外であるが、それこそがサーヴァントの特権だ。
チェスの駒に過ぎない彼らでも、特殊な力を備えている。
「アカイア側の方が有利だと思うがねえ。俺とジャパニーズニンジャ、それにローランとヘラクレスか。負ける気がしない。
けどよお……相手はオデュッセウスにアガメムノン、キルケーに女のランサー、アキレウスも健在だ。ヘクトールの旦那がサーヴァントならちっとはやる気も上がるのに。
ヘラクレスは単独任務から戻らねえ。カルデア一行が来る前からいねえからなあ、かれこれ二週間は姿を見せてねえ。言いたくはないが不幸があってもおかしくはない。
ローランがオデュッセウスを抑えたところでアキレウスは誰が相手すんだよ。俺もニンジャも単騎じゃ格が違え。格ってのはプライドじゃねえ、英雄としてのそれだよ」
遠くを見つめる瞳に映るは広大な自然。
脳裏に描くは戦局の行方。戦争の終末ともいえよう。
「さぁ、ここでどうするかってなった時、俺たちの目標はトロイア戦争の勝利だけど……あいつらは違う」
新たに召喚された特記戦力。
この時代に招かれた未来の英雄。
「ただ戦争をドンパチするだけよりも楽しそうだ、なんせあいつらはこのイカれた時代を解決するのが役目だ。
トロイア戦争だなんて言ってるが神々は介入しねえし、そのくせ雷だけは落とす無能共め。人間同士の戦争は人間だけで解決しろってか――ん」
そして雷が轟く。
それは戦の終わりを告げ、開戦を告げる天上からの知らせ。
地上界と袂を分かつ天界からのお告げだ。それも一方的にこの世界を管理するクソッタレの号砲。
雷が轟けば戦が始まる。従わなければ市民の一割が存在を抹消される呪い。
雷が轟けば戦が終わる。従わなければ市民の一割が存在を抹消される呪い。
トロイア戦争を紐解けば始まりは神々が絡む。
だが、彼らの元には辿り着けない。文字通り、世界が断絶を起こしているのだ。
トロイアは箱庭である。空の先には灰色の無が広がるだけ。戦争をゲームと表せば神々は傍観者。
それも観客席にはいない。彼らが居座るは完全なる天上だ。
「戦争を管理して、なにが狙いなんだよこいつらは」
神々が告げる落雷は戦の始まり。
血を流せと、無慈悲に彼らは盤に駒を並べる。
最終更新:2017年07月10日 22:43