白銀の鎧を纏い、空の蒼よりも濃い藍の色を持つ髪の青年が剣に手を掛ける。
風が靡き彼が羽織いし紅の外套が天へ羽ばたかんと揺れ動き、その風は彼に纏いし邪念を追い払うかのように通り過ぎた。
「引いてくれないか? 俺が用があるのは後ろに備える大将……もだけど、城でビビってる王なんだがよ」
白銀の剣士が見つめるは自然の恵みを体現するかのような髪色を持ち、軽装ながらも鎧を纏う槍兵。
その場でしゃがみ込み、槍を肩に添えながら目の前に立つ強敵へ軽口を叩く。
「その提案を引き受けるとお思いか? 貴方は私よりも聡明だと思っていたが……本心であるまい」
「本心じゃ無いわな。俺は絶対にお前は倒さないと軍の勝ちは無いと思っている。それと私とか気を使わなくていい」
「……ならば俺の言葉は不要だろう。今の俺はヘクトール殿の剣と同義。立ち塞がるものは我が剣にて斬り裂くのみ」
相手を知るように。思いを知るように。意思を知るように。本懐を知るように。
言葉を投げ掛けてはいるが互いに結末は見えている。この男を倒さぬ限り我が軍に勝利は訪れない。
ならば、ならばだ。この先に選択すべき運命は只一つ。何処の時代だろうと変わらない、運命の一戦。
両軍大勢の兵士がその行く末を見つめ、大将の言葉を待つ。
戦場最前線に於ける最高戦力であり、人々をも魅了し奮起させる魅力を持つ英雄。
彼の言葉こそが軍の本意であり、我が果たすべき、国の未来を賭けるに値する本懐也。
「この先を駆け抜けることなど有り得ぬ。俺がさせぬ、止めてみせる」
「ったくあの男のどこがいいんだか……まぁ、お前に殿を任せない辺りは配慮出来る男だよな――おっ」
槍兵の言葉は単なるお遊び程度であった。
煽りの意味も込めぬただの軽口――と捉えなかったのが藍の剣士である。
剣へ伸ばす腕が獲物を掴むと周囲を圧倒する風が吹き荒れる。彼から放たれる魔力は正に一騎闘千の英雄。
多くの兵士が吹き飛ばされぬように、意識を失わないように踏ん張る中、最も近い存在である槍兵は身体を起こす。
「いいぜ、やろうじゃないか。お前とはどっかでガッツリ戦うと思ってたぜ。今がその時、って訳じゃないかもしれないけどな」
槍を降ろし、瞬時に駆け出す体勢へ移行。吹き荒れる魔力を物ともせず相手の出方を伺う。
髪が靡き、鎧が揺れ、大地が捲り、雲が流れる中、この男は一歩たりとも後退はしない。
目の前の相手に手抜きなど不要。全力を以って相手するに相応しい英雄。年を跨ぐ戦争に於いて歴史に名を刻む一戦。
藍の剣士が剣を引き抜き、その刀身に煌めく輝きが周囲に広がり大勢の視界を奪う。
溢れ出る魔力が剣へ収束され、風が吹き止む。
戦場とは思えない静寂に包まれ、世界が彼の言葉を待っていた。
「シャルルマーニュ十二勇士軍が筆頭、我が名は聖騎士ローラン。この聖剣の輝きを恐れぬならば相手をしよう」
天へ掲げられた剣へ呼応するように軍勢が雄叫びを上げ、我らが大将に応えんと覇気を放つ。
時代は違えど戦士の本質に変わりは無い。彼こそが我らが大将、生命を預けるに値する最高の戦士。
「ハハハハハハハハハハ!! 知ってる、知ってるぜ! 今更名乗りを上げるとは面白いな……嫌いじゃないぜ」
相手が伝説の英雄だろうと、彼は引かない。
シャルルマーニュが誇る勇者ローラン。相手にとって不足は無い。
不足は無いと言い切れるのが、この槍兵であり、彼もまた世界に名を轟かす伝説の英雄。
「その名乗りに応えよう英雄よ。我が名はアキレウス――知らねえとは言わせないぜ」
「当然。伝説の英雄との手合わせ、感謝する」
「おいおい、お前ってそんなに硬い男なのか? 俺が聞いた話だとローランってのはそこそこユーモアに溢れる逸話を――」
戦場全ての兵士が彼らを見つめていた。
その言葉に、姿に、振る舞いに瞳を奪われていたのだ。
だが、彼らは瞳を奪われて尚、彼らの速度を追うことは不可能。
彼らが気付いた時にはローランの剣とアキレウスの槍が互いの覇道を競い合っており、両軍の士気が最大限にまで高まる瞬間が訪れた。
「トロイアの勇兵達よ! 我らが軍が数に劣ろうと負ける道理に為らず、その力を示せ! この一戦こそが我らの覇道也!」
「アカイアの戦士へ告げる! 此度の決戦はただの戦だと思うな。天下分け目の一戦、我らの力を轟かせ!」
◆
ローランとアキレウスの言葉により一斉に動き出した両陣営が乱れる戦場の中。
彼らの動きは別格であり、並の兵士であれば動きを追うことすら叶わない正に神々に比ずる一戦。
アキレウスが放つ槍先をローランが剣で弾き返すと距離を詰め、懐へ入り込む。けれどアキレウスが安々と許すものか。
神速が如き槍捌きにより近接であろうと剣に引けを穫らず、手数こそ相手に劣えど、戦況は五分。
されど距離の利は剣を操る勇者に有り。肉薄状態からの肘打ちがアキレウスの左肩を捉え、彼の体勢を崩す。
蹌踉めいた刹那を斬り裂く一閃――既にアキレウスの姿は無い。
「流石の神速、まさかこの目で拝むことになるとは英霊も悪いものでは無いな」
「その神速って奴に反応しているお前も充分だ。流石は勇者――オルランドと呼ぶべきか」
言葉を掻き消すように剣が振るわれ、アキレウスが上体を屈むことによって回避し、あろうことか槍を使わず拳を放つ。
剣が戻るよりも先に放たれた正拳はローランの胸を捉えるも、彼は顔色一つ変えずにアキレウスの腕を掴む。
すると悪魔の呻き声が響くかの如く、アキレウスの骨が軋み始め、痛みに耐え兼ねたのか上段回し蹴りを放ち、ローランを回避行動に移行させ強引に距離を取る。
英雄を語り継ぐ詩は一つに限らず。
彼らが距離を詰める瞬間が重なり、互いが互いを追い越し、標的を捉えんと振り向き様に獲物を振るう。
剣がアキレウスの眼前へ、槍はローランの心臓目前。相手の生命を奪うに必要な時は皆無、死は目の前に漂う。
「念のために聞いておくぜ、勇者ローランよ。我らが軍門に下る気は無いよな?」
「聞いてどうする。俺は冗談はあまり好まないぞアキレウス」
「そうだよな、冗談は裸で外を爆走するだけに――おっと、また怒らせたか?」
ローランの聖剣が突き出される寸前に首を捻り回避したアキレウスは槍を手元に戻し、けたけたと嗤い、距離を取る。
安い挑発に乗るローランは彼にとっていじり甲斐のある存在のようだ。そして真に力を出し切って対応するに相応しい英霊である。
戦争の最中、何処ぞと知れぬサーヴァントと名乗る部外者が増える中、此れ程の好敵手に出会えたのは奇跡だろう。
戦いに喜びを見出す中で、この瞬間だけは戦争の理由をも忘れたい――叶わぬ夢を胸に抱き、獲物たる槍を穿つ。
◆
「か、かっこいい……!」
「勇者ローランと英雄アキレウス。どちらも後世に名を馳せる伝説の英雄……まさか相まみえるとはな」
彼らの覇道を競い合う瞬間を目撃していた藤丸と弓兵。
風魔小太郎は知らずの間に姿を消していたが、彼もまた伝説の決戦を目撃していたであろう。
「ローランが持つ聖剣は過去にドゥリンダナと呼ばれており、アキレウスの好敵手と呼ばれた英雄が」
「ヘクトールだね! いやあ、ローラン達の言っていたことが正しいならおじさんも居るよね!」
「あ、ああ……最も我らのことは知らないがな」
ヘクトール。
トロイア軍が誇る最高の英雄と謳われ、圧倒的戦力差の中、相手を敗退寸前にまで追い込む手腕を持つ。
後にアキレウスとの一騎打ちによりこの世界を去るが、その死が戦争の運命を変貌させることとなる。
(この特異点は間違いなくトロイア戦争だ。ならば我々がすべき人理の修復は……)
弓兵の予想通り、外れる事もないが彼らのレイシフト先はトロイア戦争の舞台。
先のアキレウスやヘクトールが活躍したとされ、神々によって運命を歪められた事から始まった戦争の結末。
彼らが存命であることを考えれば、これも予測ではあるが目的も自ずと絞る事が出来る。
「……ん、こっちを向いてどうしたの?」
「いや、なんでもないさ。それよりも私に客が見えたようだ。それも簡単にお帰り願えない者と見た」
弓兵が主へ告げる時が来るのだろうか。
彼が予測する人理の修復――この時代から察するにトロイア軍の敗北こそが彼らの成し遂げる使命である。
それは輝く兜のヘクトールの死を導く事。カルデアで面識を持つ藤丸にとっては辛い戦いになるだろう。
そして、弓兵は彼が運命に流されぬ者とも信じている。ならば主従者は最後まで戦い続け、汚れ役をも引き受けることが務めと云えよう。
未だに姿を確認出来ないヘクトールを一旦、頭の隅に追いやり弓兵は双剣を構え、来訪する敵を正面へ捉える。
ローランとアキレウスの笛号により動き出した両軍は止まらない。相手の士気を削ぐには名高き英雄を仕留めることだ。
「新たな特記戦力がいる聞いてきたけど、貴方がそうね」
鎖付きの鎧を纏い、赤き短髪の女性が風に癖っ毛を靡かせ弓兵の前へ現れた。
背中に槍を背負っており、感じる魔力からか弓兵は相手を槍兵と定め、どうも自分は槍兵に縁があると苦笑いを零す。
「あっ! 今笑った!? 女だからって馬鹿にしているの!?」
「これは失礼。君について笑った訳では無いさ。少し自分の運命に愛想を尽かしてしまってね」
「ちょっとその気取った喋り方は距離を置きたいな……あっ! ごめんなさい、そんなつもりで言ったつもりじゃないの!?」
「……逆にどんなつもりかはまあいい、聞かないでおこう。それよりも」
弓兵の苦笑いに深読みした赤き槍兵が鎧の鎖が動く程に怒りを見せる。
勘違いであった釈明出来たものの、少々辛辣な言葉を投げ掛けられたため、再度弓兵は苦笑いを浮かべた。
赤き槍兵が胸部の鎧を調整する中、弓兵は握る双剣に力を込め、彼女の目的を正す。
「私の前に現れたのだ……特記戦力と言ったか。討伐しに来たのだろう」
「話が早いわね! 英霊を一人でも倒せば相手軍の士気は下がる――こんなチャンス、逃がす筈ないじゃない」
弓兵の赤き槍兵に対する第一印象は元気。
幼稚な言葉であり、英雄に対する評価としては相応しくないかもしれない。
けれど、声を張り上げ、笑顔で会話を続ける彼女に対して元気という評価は的を得ていよう。
赤き槍兵は胸部の鎧の位置を調整しつつ、背中の槍に手を伸ばし、腰を落とすと戦闘体勢へ移行。
笑顔ながら瞳は英雄のソレであり、対峙する弓兵もまた応えるように構えを取る。
「逃してくれないならば仕方あるまい……準備はいいか?」
「勿論よ! 我が軍がアキレウス達だけじゃなくてあたしがいるって事を思い知らせて――あっ、タンマ!」
くるっと後ろを振り返り、赤き槍兵は胸部の鎧をがちゃがちゃと音を響かせながら調整を始める。
幾度なく行われる行為に弓兵は不思議がって彼女を見続け、調整を終え振り向いた彼女と視線が交差する。
すると時間を待たずに彼女の顔が赤く染まり、両腕で胸部を隠し、弓兵を睨み付けた。
「……先程から君は何をしている」
「む、胸が窮屈だから! なんとかしているんじゃない! 気にしてんだから二度と言わないでこの馬鹿! バーカ!!」
「あ、あぁ……」
突然叫ぶ赤き槍兵に対し弓兵は呆気にとられるも、彼女の気が緩まないため、気を許すことはない。
彼女は恥ずかしながらも槍を手放すことは無く、構えもまた一瞬の隙すら伺わせない完璧な状態である。
ローランとアキレウスは互いに相手にとって不足無しと言い放つものの、彼女達にとっても相手にとって不足無し。
神々の血を引く英雄が暴れる中で、純粋たる人間の英雄もまた、世界のために己が武器を振るう。
弓兵は後方に立つ藤丸へ視線を送る。
不幸中の幸いか、彼の周囲に兵士が立っていないのだ。特記戦力と呼ばれるサーヴァント同士の戦いを邪魔しないためだろうと、弓兵は推測を立てる。
ローランとアキレウスの時でさえ水を刺さない兵士達のことだ、今回も同じであろう。彼らもまた世界の命運を決める戦争に参加する戦士だ。
「信じてるよ、アーチャー」
弓兵の視線に気付いた藤丸はたった一言だけ。
彼は不安の渦中に立っており、カルデアに残した仲間、強引なレイシフト、先の見えない、特異点、そして大切な存在であるマシュ。
悩むべき事は沢山あり、どれも手を付けないと後戻りが不可能にまで追い詰められる可能性もある中で、彼はただ目の前だけを見つめて駆け抜けるしか無い。
故にこの戦場で生命を預けるに値する弓兵へ信頼の言葉を掛け、彼の帰還を待つだけだ。
その言葉に弓兵は黙って頷くと、帰りを待つ主のために立ち塞がる敵を倒すのみ。
彼らが欲しがるは情報。叶うならば赤き槍兵を無力化し彼女から話を聞き出したい所である。
そのためにまずは彼女を倒すこと。未知数の相手に対し弓兵が気付いた時には眼前を槍が通り過ぎていた。
「余所見とは関心しないよ、あたしを甘く見ないで」
弓兵が槍に気付いた時、彼の頬から微かに血が流れ落ちる。
鋭利な一撃、不意を憑く神速、己の甘さ、戦場にて一瞬でも標的から瞳を逸らせば狩られるのは己。
「申し訳ないが、私も負ける訳にはいかんのでな――ッ!」
双剣を斬り上げることによって槍を吹き飛ばすと、後転の要領で距離を取り、仕切り直しと云わんばかりに構えを取る。
即座の対応に赤き槍兵は相手が雑魚では無いことを知り、不敵な笑みを浮かべた。
互いに互いを見下す事なく、彼らは同時に大地を蹴り上げ、距離を詰めた。
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着飾る言葉は不要。
此度の戦争は世界を分ける一戦也。
人間であれど、英雄であれど、神であれど。
終焉から瞳を逸らすことは許されない。
最終更新:2017年05月13日 11:45