雷の鐘(1)

 迫る突きを回避しては迎撃に移り、されど相手も戦場で名を馳せたであろう英雄。
 致命傷は夢の又夢、赤き弓兵と赤き槍兵は互いに直撃さえも与えられぬまま、双剣と槍を振るい合う。


「君達は私のことを特記戦力と呼ぶが、サーヴァントの認識で構わないか?」

「勝負の最中に質問なんて余裕があるようね。貴方の想像どおりでいいわよ」


 赤き槍兵が操る三又槍――トライデントを捌きつつ弓兵は特異点に召喚され、他者からの呼称に確認を取る。
 特記戦力と呼ばれる存在はサーヴァント。神代であれど人に非ず、英霊たる存在は正に一騎当千。
 戦争に於いて有象無象から抜いて出る戦力を持つ証。言い換えれば群れの中に強烈な個を持つ事と同義である。

 故に狙われる可能性は一般の兵士とは比べ物にならないだろう。
 トロイアのローランを討ち取れば、アカイアのアキレウスを討ち取れば。
 戦局が傾く事など簡単に想像出来よう。勝利の象徴を失えば、強靭な心を持っていれど、揺らぎは少なからず発生する。
 その僅かな隙こそが戦場では命取りとなる。此処に群れるは国を背負いし万の兵士也。


「もう一つ、答えてくれるか」

「――其処ッ!」


 現地の情報を持ち合わせていない弓兵からすれば、現状の確認は最優先事項である。
 トロイア戦争と云えど戦局を把握出来なくては、今後の立ち振舞にも影響しよう。
 ヘクトール、パリス、アキレウス、アガメムノン――彼ら以外にもこの時代に名を馳せた英雄は多い。
 何者が存在しているのか、何者が死に、生きているのか。何者の代わりに配置された英霊は存在するのか。

 謎が謎を呼ぶ。
 されど敵対するアカイアの槍兵たる女は質問に答えず、弓兵の眉間へ突きを放つ。
 苦虫を噛み潰すような表情を浮かべ、弓兵は双剣を頑丈に構え一撃を防ぐ。衝撃が獲物から伝わり、勢いを殺せないのか後退。
 風圧により髪が揺れるも、気の紛らしにも為らず。双剣を振り下ろし斬撃を放ち、横に構えられた三又槍に防がれる。

 槍を持つ手元へ不意打ちのように蹴りを放つも、受け流される。
 右足が大地に着地すると同時に上半身を大きく旋回させ豪快な横一文字斬りを放つ。
 槍兵はこの一撃をも華麗な槍回しで捌き、刃無き箇所を強引に振り回し弓兵の横腹へ叩き付けた。

 女だろうと甘く見るな。と言いたげに笑みを浮かべる槍兵とは裏腹に、弓兵の顔は苦痛に歪む。
 鈍い痛みが横腹に走る。しかし、動きを止めればその時点で敗北が確定、立ち止まるものか。
 その場から離脱するために、双剣による連撃を放ち相手の体勢を崩すと、跳ぶように後退。追い打ちを扠せぬために放つは即席の矢。

 突如として弓兵に握られた矢の存在に、槍兵は目を丸くするも、簡単に迫る矢を墜落させる。


「魔術師のクラス……って感じじゃないよね。セイバーかアーチャー……ってところかな」

「想像に任せよう。そして君は獲物から槍兵――単調な推測かな?」

「隠しようが無いよね……はぁ。そうよ、此度は槍兵として召喚された我らの名前は――って、言う訳無いでしょ、馬鹿ッ!!」


 言葉の切り際と同時に勢い良く放たれた三又槍の突き。
 顔を赤らめ、自笑の意味も含めたのか、槍兵の視線は恥ずかしながら下を向いている。
 相手を視界に捉えていないならば、神速の槍撃であろうと捌くには余裕が生まれよう。

 槍先を数歩の移動で回避すると、双剣を用い上から叩き付け大地へと誘う。
 抉る音を響かせながら槍は地中へと刺さり込み、槍兵は更に顔を赤くし、引き抜くための作業を行う。


「無事か、マスター。どうやら私の相手は見た目以上の強敵らしい。あまり構ってやれなくてすまん」

「全然、こっちは小太郎が守ってくれてるし!」

「ほう――姿が見えないようだが、流石は忍者か」

「ええ、此処に居ますとも」


 少ない空白の時間を縫うように主の元へ駆け付けた弓兵は彼の安否を確認するが、伏兵が居たようだ。
 風を斬り裂くように現れた風魔小太郎が藤丸を守護しており、近場に転がる兵士の数がそれを物語る。
 現実とはゲームのように全てが順番通りに進む訳が無いのだ。こちらが攻撃している時に相手は立ち止まっている。
 そうであればどれだけ気が楽であったか。一対一の戦闘を行えば、当然のようにマスターは無防備となる。

 此度は戦争。生命を刈り取る要素は一帯に充満しており、言ってしまえば英雄であれど一つの身では全てに対処し切れない。
 現に弓兵はアカイアの槍兵を相手に取り、依然として勝敗を決定付ける一撃を与えられていない。
 戦局が長引けば長引くほど、それに伴い危険度は加速的に上昇してしまう。
 故に風魔小太郎の存在はカルデアにとって心強い仲間である。現地に直接召喚されたサーヴァントであれど、意思疎通が図れるのだ。
 彼が狂戦士であれば、悪名高き魔術師であれば、快楽を優先する破壊の獣であれば。藤丸は消滅し、人類が歴史からその姿を消していたかもしれない。


「色々と戦場を回っては見るものの、依然として数はアカイアが上回る。
 トロイア軍は数こそ劣れど、戦局はまだ決まっていない……と。これが簡易的な説明になります」

「つまり君はトロイア側に召喚されたサーヴァントか」

「はい。僕の他にもサーヴァントが召喚されています。無論、アカイア側にもサーヴァントが複数確認されていますが」

「やはり此処も特異点と変わりはないか……時にアサシンよ。私達の素性を探らないのか?」

「貴方が駆け寄る前に藤丸君から聞きました」

「先に言っておいたけど……問題だったかな?」

「いや問題はないさ――それよりも」


 主を遮るように彼の前へ身体を移動させた弓兵は風魔小太郎へ耳打ちを行う。
 それは確定事項では無いが故に、この先の意思を確認するための情報収集である。


「マスターからカルデアを聞いたのならば、私達の目的も聞いたか?」

「簡単には聞きました。人理を修復するため――と。ただ、今回は何やら大変と聞いています」

「ああ、それに間違いは無いさ。そして」


 コフィン無しのレイシフト。
 何者かに身体を支配されていたマシュ・キリエライト。
 何者かに侵入されたカルデア。何者かに所在を突き止められてしまったカルデア。
 何者かによってその存在を深き水底へ沈められてしまったカルデア。

 イレギュラーもイレギュラー。誰がこの事態を予想出来たか、誰が対処出来たと言うのか。
 問題は山積みであるが、此度がレイシフトであり、此処が特異点であれば、帰還の方法に目処がつく。
 無論、帰る場所が存在しているかは不明だが、彼らは信じている。カルデアは健在であると。


「君はトロイア戦争を知っている――サーヴァントであれば耳にしたことはある筈だ。そして、彼は生きているのか」

「カルデアの目的を考えれば、その問は正しいと思います。そして彼は――ヘクトールは我らがトロイア軍の総大将として健在です」




「――――――――そうか」




 故にカルデア陣営が選択すべき行動はやはり、歴史を正しき方向へと導くことに他ならない。
 戦場で確認されたアキレウスと存命中のヘクトール。彼らの存在が示す結末は一つ。


「ねーねー、仲間外れはちょっと悲しい……かな」

「おっと、これはすまない。サーヴァント同士の内緒話というやつさ」

「そ、そうだよ藤丸くん。英霊特有の悩みってのがあるから……はは……」



 痺れを切らしたのかひょっこりと顔を覗かせるマスターに驚き、二騎のサーヴァントは焦りを覚えながら距離を取る。
 弓兵は堂々と笑顔で嘘を言い放ち、風魔小太郎は軽く笑って誤魔化す。マスターの顔から察するに話の内容は聞いていないようだ。
 耳にしていれば、嫌でも顔に出る。その兆候が見られないならば、不用意に勘ぐる必要もない。

 状況を把握した弓兵が次に考えるべき行動は今後の身の振り方である。
 歴史の修正のために彼らが身を預けるべき陣営と、風魔小太郎によって生まれたトロイア軍とのパイプ。
 マスターの身を考えれば、高確率で居住区を確保出来るのはトロイア陣営になるだろう。
 サーヴァントと仮にも使役するマスターだ。トロイアも受け入れてくれるだろう。けれど、その先はどうなるのか。

 特異点を終焉にまで導くことを視野に入れ、考えるとなると、やはり身を預けるべき陣営は異なる。
 しかし、陣営に入るにも仲介人が必要であり、現状としてアカイア軍の知り合いとなると――。


「やっと抜けたぁ! もう、許さないからね!」


 元気印の槍兵だけである。


「…………さて、中々にハードモードだな」

「なによその『やれやれ困ったな』みたいなの。止めて、なんかウザい」

「…………………」

(今のアーチャー、すごい『やれやれ困ったな』って顔してる)

(ええ、見事なまでに困ってますね)


 三又槍をかっさげ、大声を張り上げ、堂々と近付く槍兵。
 迎え撃つ弓兵はどうやら彼女と折り合いがつかないらしく、いや、つく未来が見えていない。
 アカイアの情勢を探るにも、彼女相手にはどうも交渉が成功する気がしてならないのだ。

 今後の身の振り方も考えると、先手を放つ事に越したことは無いのだが。
 悩みの種は尽きず、問題の上に新たな問題が塗り潰されていく。そして彼らは永遠に抜け出せない迷路へと叩き込まれる。
 そうならないためにも、抗うのがカルデアであるが――またしても、予期せぬ事態が発生。




 突如として戦場に堕ちた雷は、全てを包み込むように、輝きを放つ。







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最終更新:2017年05月13日 11:45