「あっちっち……いやあ、まさかあんな暴れ牛を放ってくるとはね。ロデオの経験はあるけれど流石にあれは僕でも無理だよ。そっちは無事?」
「ああ、大事はない。しかし立香やライダーとは離れてしまったか」
火牛の大群による突撃を山道の横道へと飛び込む事でどうにか難を逃れたビリーとジェロニモ。
迫り来る猛牛を前にパニックを起こした馬のせいでライダーと同乗していた立香の行動が遅れた結果、ものの見事に分断される形となってしまっていた。
「ライダーの魔力は感じるから、二人は無事だと思うけど、早く合流しないと不味いねこりゃ」
「とはいえ、敵もすんなりと合流を許してくれるとは思えんがな」
言葉を交わしながら、二人は徐々に背中合わせの形に体勢を変えていく。
既に彼らの周囲は殺気によって包囲されていた。
羽音。唸り声。甲冑の擦れる音。
ビリーの手には愛用のリボルバーが握られ、ジェロニモの傍らにはコヨーテがその姿を現している。
「お前達をカルデアのマスターに合流させる訳にはいかんな」
森の中から巌の様に深く重い声が木霊する。
動体視力に優れたビリーに向けてジェロニモが視線を向けるが、ビリーは首を横に振った。
アーチャーである彼の射撃の腕を警戒し、姿を隠し声だけを届けているのだ。
「シッティング・ブルか」
「その通りだアパッチの戦士よ。こうやって言葉を交わすのは初めてだな」
ジェロニモとシッティング・ブルが会話をする間も、彼の使役する精霊や幽鬼兵がその包囲を狭めていく。
サーヴァントには劣る戦力。とはいえこれだけの数を揃えられてしまえば強引に突破するのは骨である。
「なるほど、立香を仕留めるための足止めって訳か、随分とこすっからい戦法を取るじゃないかインディアン。隠れてないで出てこいよ、また白人に痛い目に遭わされるのが恐いのかい?」
「見え透いた挑発は通じんぞガンマンの小僧。私の仲間がカルデアのマスターとライダーの二人を始末するまでの間、しばし我々と戯れてもらおう」
嘲る様なビリーの問いかけにも泰然とした調子で返すブルの言葉に呼応する様に、森の暗がりから敵がその姿を現す。
「さーて、立香の救援に向かいたいけど、どうしようか、ジェロニモ」
「1つ、手はある。少しの間だが時間稼ぎを頼めるか?」
小声で囁きあうビリーとジェロニモ。
打つ手なしかと、思われた矢先に聞かされた"我に策あり"というジェロニモの言葉に少し驚いた様にビリーの目が見開かれる。
「銃を撃つしか能のない人間に無茶言ってくれるねぇ」
溜め息と苦笑混じりに漏れた言葉に続くように響いた一発の銃声。
ドサリ、と音を立てて一人の幽鬼兵が地に伏し、塵へと還る。
ビリーの左手に握ったリボルバーの銃口から、白い煙が立ち上っていた。
「でも、それしか手がないっていうんならしょうがない。なるべくは粘ってみるからさ、手早く頼むよ?」
犬歯を剥き出しにして笑ってみせるビリーに対し、僅かに口角を上げて頷いてみせる事で応えるジェロニモ。
殺到する敵に対し、再びリボルバーが火を吹いた。
◆
「まんまと引き離されてしまったか……」
道なき道をライダーと立香が駆ける。
パニックを起こして行動不能に陥った馬は放棄せざるを得なかった。
燃え盛る猛牛の奔流に巻き込まれてしまった以上、もはや生きてはいないだろう。
「ライダー、さっき火牛計って呟いていたけど……」
「この時代よりも昔にこの地で名を馳せた軍師が行った計略の1つだ。もっともそれは燃え盛る牛ではなく火によって怒り狂った牛をけしかけるというものだったがね」
『春秋戦国時代の斉の軍師、田単の逸話ですね』
「じゃあ、敵のサーヴァントの1人は……」
「それはすぐ分かるだろう。なあ、マシュ殿」
『……その様ですね。サーヴァントの反応、二騎です』
ライダーが立香を庇うように前に進み出で、マシュの堅い声が響く。
風切り音が響くのとライダーの右腕が閃くのは同時。
腰に差していた双剣の内の一振りを抜き放ち様に、こちらへと飛来してきた矢を逆袈裟に切り払ったのだと、立香は遅れて理解する。
「おお、それなりには出来る将の様だ」
愉しげな声が緊張した空間に響くや、木々の合間を縫って二つの人影が姿を現す。
鎧武者と緑のフードを被った少女。
少女の方は事前にビリーから聞いていた情報で
五虎将のアーチャーであると推察出来た。
その少女の風貌に、立香はどこか既視感を覚える。
「この娘御の弓矢の腕は九郎めの所の弓取りに勝るとも劣らん。それをああも容易く切り払えるとは誇ってよいぞ、騎兵殿」
「敵を褒めてどうするのさ、ライダー。早く仕留めるよ」
「睨むな睨むな。俺は強い者が好きでな。相応の技量の持ち主ともなれば話の1つでもしたくなるというものよ」
半目で睨み付けるアーチャーを武者、
五虎将のライダーが豪快に笑い飛ばす。
ふざけている様なやり取りの中でも、隙らしい隙は見当たらない。
サーヴァントが二騎に対してこちらは一騎という状況に、立香の頬を冷たい汗が一筋流れる。
「見た限り、中国のサーヴァントはいないみたいだけど、まだ後に控えてるって事か……?」
ボソリと立香が呟く。
先程の会話からして、あの火牛計を行った田単なる人物がいる筈だ。
だが、彼の目の前にいるサーヴァントの見た目は、欧州人と日本人。どちらも該当はしない。
『いえ、違います先輩。恐らく、先程の宝具の使い手はそちらにいる鎧武者の方です』
確信に満ちた調子のマシュの声が響く。
五虎将のライダーが興味深げに片方の眉根を上げた。
『火牛計の代名詞と言えば田単軍師ですが、日本出身の英雄に1人、この計を用いて戦に勝利した将がいるんです。倶利伽羅峠の火牛計。それを行った将の名は……木曽義仲!』
「ほほう! 随分と博識な娘を連れているようだなぁ小僧! まあ真名がバレては致し方あるまい。いかにも、旭の将軍との誉れも高き木曽義仲とは俺の事よ!」
感心したよう笑いながら、
五虎将のライダー、木曽義仲は堂々とした様子で名乗りを上げる。
木曽義仲、その名前を聞いて立香の脳裏に浮かんだのはウルクの特異点での記憶。
彼らがレイシフトする前に消滅してしまったサーヴァントに関連する情報として、木曽義仲の名は立香の頭の中に入っていた。
「義仲って、たしか巴御前の……」
「なんだ小僧、俺を知らずに巴の奴は知っておるのか。いや、まあ、確かにあれは美しく強いからな! 名が知れておるのも不思議ではないが些か自尊心に傷がついたぞ!」
立香の言いぶりに義仲の笑顔が苦笑じみたものに変わる。
気のいい、どこか親しみやすさを覚える口調の男ではあるが、だからといって立香は警戒を解かない。
どれだけ友好的に見えようとも、一度矛を交える段階に至れば情も容赦も介在せずに相手を殺せる者など何度も見てきている。
加えて眼前の男は牛若丸や源頼光といった一騎当千の傑物揃いである源氏武者の中で、彼女ら同様に名を知られた荒武者なのだ。
一筋縄でいける様な簡単な相手ではないだろうと経験が告げている。
緊張で身体を強張らせてゆく立香の傍らから、マシュの声が響いた。
『巴さんはかつての特異点で人理を守る側に立って戦ってくれた英霊です! 何故、そんな方の愛した人が人理を乱す側に立っているんですか!?』
糾弾するようなマシュの叫び。
巴御前、その人となりは詳しく知らずとも、思い入れの強いウルクを命がけで守っていた先人に対しての敬意があったからこそ、「何故、そんな英雄が愛した男が敵についたのか」と、彼女の語調が自然と強くなる。
「何故こちらについてるかだと? そんなもの俺がそうしたかったからとしか言えんわな!」
だが、そんな物言いを受けた義仲は恥じるでも憤るでもなく、快活な笑顔を浮かべながらさっぱりとした口調で返した。
そのあまりの潔さにはマシュも思わず絶句する。
「俺の魂に響く声があった。俺はそれに応えてやろうと思った。それだけの単純な話だ。巴がどうしたなどと俺には預かり知らぬことよ。……まあ、あれが勇ましく活躍したというのであれば我が事のように嬉しくはあるがな!」
義仲は呵呵とばかりに笑う。
その一切の含みすら感じられない言動は彼の言うことが真実なのだという説得力があった。
「五虎将のサーヴァントは、あなたみたいに進んで漢中王に協力しているのか?」
「応ともよ。俺も、俺の仲間もアレの声に応えたからこそ、この地におるのだ、無理強いなどはされておらぬよ。なあ、娘御……と、だからそう睨むなというに」
「ライダー、お喋りしすぎ。あっちで足止めしてるキャスターの事も考えてよ」
「む、これはあいすまん。巴の名なぞだされたお陰でちと饒舌になってしまったか。まあ許せ」
今こうして話している間にも二騎のサーヴァントを足止めしているブルの事を出され、何事にも動じる様子の無かった義仲の表情がバツの悪そうなものに変わる。
目が据わったままのアーチャーに一言詫び、義仲は手に持った刀を構え直し、立香らへと向き直った。
「という訳だ。末期の語らいは仕舞いにして」
瞬間、立香らへと向けられていた重圧がグン、と増す。
義仲の足が、グッと地面を踏みしめるのが映った。
仕掛けてくる。立香とライダーは即座にそう直感する。
「そろそろ獲りに行かせてもらうぞ!」
ドン、と破裂する様な音を鳴らしながら地面が爆ぜた。
地面を滑るように一息で間合いを詰めた義仲が右下から斜め上へと刀を振り上げれば、ライダーも剣でもって受け止める。
金属音が響き渡り、二人のライダーが互いに弾かれた。が、初動の勢いの分だけ勝ったのだろう、いち早く動いたのは義仲だ。
大上段に刀を構えるやいなや、続けざまに振り下ろした義仲の刀をライダーは双剣を交差させて受け止める。
「ハッ! よう両の剣で受けた! 片手でいなそうとしておればそのまま断ち斬ってやろうという腹積もりだったのだがな!」
義仲が牙を剥き出しにして獅子か虎の様に笑う。
ギリギリと力を強めていく義仲に対し、ライダーは強引に押し切られまいと両の腕に力を込めながら歯を食い縛った。
「だが良いのか? 俺一人にかかずらってっていては……」
その言葉とともにライダーの横から緑の影が鋭い殺気と共に躍り出る。
正体は言うまでもなく
五虎将のアーチャーだ。
キリ、と引き絞られた鏃の照準は既にライダーへと向けられていた。
「娘御の弓矢はいなせまい?」
同時に、ライダーの腹部に衝撃。宝具の巻き添えを避けるために義仲ががら空きの胴体を蹴り飛ばしたのだ。
両の手が自由になったとしても、大きく体勢を崩された今の状況ではなす術がない。
アーチャーの魔力が高まる。
宝具の解放。この場において立香殺害の一番の障害であるライダーを仕留める為の必殺の一撃だ。
咄嗟の対応で義仲の攻撃を受け止め、動きを封じられてしまった己の迂闊をライダーは呪う。
「反逆の嚆矢よ集いて穿て! 連なる矢(ワンホール・アローズ)!」
鈴の様な声と共に宝具が放たれる。
ヒュパッと風を切る音と共に放たれた矢を見て、ライダーは己が目を疑った。
矢を放った音は1つだと言うのに視界に映ったのは無数の矢。
その全てが複雑な軌道を描きながら先頭の一本を追尾する様に空を駆ける。
例え体勢が整った状態であっても、この無数の矢を凌ぎきることは難しい。そう直感させる一撃だ。
直撃は免れぬ。そう覚悟したライダーの身体を横合いから質量を伴った衝撃が襲った。
轟音。
土煙が舞う。
「成る程、成る程、取るに足らん小僧かと思っていたが中々どうして」
顛末を見届けた義仲が呟く。
アーチャーは動かない、いや、動けない。
宝具発射直後の隙をつかれて受けた一撃により身体の自由を奪われ、地に転がっているからだ。
義仲が駆け出す。向かう先は一点。
あの一瞬の間でアーチャーへとガンドを撃ち込むと同時に、横合いから飛び込む事でライダーをアーチャーの宝具の射線から強引に引き剥がした人間の元へ。
サーヴァントと同士の戦いにその身1つで飛び込んできた藤丸立香の元へだ。
彼とライダーが転がった先に向かって駆け抜ける最中、義仲の行く手を遮る様に土煙の中から影が飛び出した。
漢中のライダーである。
「"小僧"などと侮ってしまったが、こりゃあ非礼を詫びねばならんなぁ! "かるであ"の大将よ!」
視界の先、ライダーの奥には肩を裂かれ赤く染めながら地面に転がる立香の姿。ライダーを退避させた際に自身は避けきれずに宝具による一撃がかすってしまったのだ。
脆弱な人間に過ぎぬ身で超常の戦いに割り込もうなどとなんたる愚か者であることか。だが、その愚かさは義仲の好むところであった。
鬼気迫るライダーの流れる様な双剣による連撃。攻撃のイニシアチブを取られてしまった義仲は先ほどとは真逆に防戦を強いられ、こりゃたまらんとばかりに一跳びに後退する。
追撃に出ようとしたライダーが何かに気付き弾かれる様に立香の元へと駆けたかと思えば、彼目掛け放たれた矢を一閃。
ライダーの視線の先には地に伏せた状態で弓矢を構えるライダーの姿。立香のガンドによる行動阻害からはまだ完全には復帰できていないがそれは時間の問題の様だ。
先に始末すべきか、そう思考したライダーの先を読むかの様に義仲がアーチャーと義仲の間に滑り込む。
場に膠着が生まれた。
「ううっ……」
「立香殿、まったくなんという無茶を」
「はは、まあ無茶をするのは慣れてるから」
『慣れてるからといって、そうやっていきなり飛び出さないでください!』
「う、ごめん」
よろめきながらも立ち上がり、力なく笑ってみせる立香を見て、ライダーの顔に呆れの混ざった笑みが浮かぶ。
そこに微かに涙声のマシュの叱責が飛ぶと、申し訳なさそうな表情を浮かべて立香は謝罪した。
「ところでマシュ、さっきアーチャーが使った宝具、それで彼女の真名は分かるかな」
『……先ほどの一撃と宝具の名に合致する英雄はデータベースにはありませんでした、ただ……』
立香からの問いに、僅かにマシュが言い淀む。
『これまでの戦闘から得たデータを検証したところ、カルデアで霊基を登録してある方の一人と近似値であることが分かったんです』
「……なんだって?」
カルデアに登録してあるということは、立香との召喚に応じてくれたか、これまでに出会ったサーヴァントということである。
ジャンヌダルクやアルトリアのオルタ、別側面を強調されてことで異なるクラスで召喚されたヴラド三世といった様に霊基が非常に似通っているものの別の存在として登録されているサーヴァントがいるのも立香は知っている。
だが、それらのサーヴァントは大なり小なり近似値の別サーヴァントと見た目などでの共通点が存在する。
目の前の弓兵の姿形を見ても既知のサーヴァントと合致する存在が立香には思い浮かばない。
「何かの間違いだったりしない?」
『いや、恐らく間違いではないよ』
立香の疑問に答えたのはダ・ヴィンチだ。
『マシュの調査で分かったアーチャーの近似の英雄はその存在が少々特異だからね。彼女の真名がそれであるという可能性は大いにある』
「特異って、どういうこと」
『君に分かりやすく言えば、佐々木小次郎の様な存在って事さ』
ダ・ヴィンチが出したサーヴァントの名前。
本来の名前は異なれど、燕返しという魔剣を使えるというただ一点で"佐々木小次郎"という名を与えられて召喚された一人の侍。
『その英雄は謂わば総称の様なものなのさ。本来の名前に関係なく該当する者はすべからくかの英雄の名を得て座に登録される。圧政者へと文字通り弓を引いた義賊。民衆の希望にして反逆の象徴。そうだろう? シャーウッドの森の射手、ロビンフッド!』
立香は思わず息を呑むと同時に、心のどこかで「ああ」と合点がいった。
最初にアーチャーを見たときの既視感、それは彼女の服装がロビンフッドに似ていたから。
もっともロビンフッドという英雄の本質を知らない立香からすればかの英雄は男性である。結果、彼はアーチャーの正体からロビンフッドという存在を無意識に消去していたのだ。
「おうおう、お前の名も割れたようだな娘御よ」
「そりゃ宝具を使ったしね、覚悟はしてたよ。カルデアのマスター君がボク以外のロビンに会ってるとは思わなかったけど」
義仲の軽口に応えながら、ゆらりと女性のロビンフッドが立ち上がる。
義仲がダ・ヴィンチの語るがままにさせていたのはライダーを前に攻める機がなかったからというだけではない。ロビンフッドが復活するまでの時間稼ぎを兼ねていたのだ。
「色々とカルデアのマスター君に興味はわいたけど」
「応、敵である以上は斬らねばならぬ。まあこれも戦の倣いよな」
改めて義仲とロビンフッドがそれぞれ己の獲物を構える。
構図はライダーと義仲が斬り結ぶ前に戻った形だが、ライダーの後ろにいる立香は負傷しているうえに虎の子のガンドという札を切ってしまった。戦況は五虎将らに有利な状態である。
それでも、と立香は必死に頭を回転させ打開策を模索するが、無情にも妙手が浮かぶことはない。
せめて立香だけでも逃がさねばとライダーが覚悟を決めた、まさにその時。
殺意を纏った影が戦場へと躍り出た。
真名判明
五虎将のライダー 真名 木曽義仲
五虎将のアーチャー 真名 ロビンフッド(アナザー)
◆
(トロイアの住民からその戦い振りは聞かされていたが、ここまでやり辛い相手とはな……)
対峙するヘクトールへとラビュリスを構えながら、ペンテシレイアが心の中で毒づく。
身の丈程のラビュリスを軽々と振り回す様はまさに暴風と言って差し支えない。
どれだけ屈強な兵が重武装で立ち向かおうとも彼女を前にすれば紙細工の如く千々に裂かれて終わるだろう。
だというのに眼前の草臥れた印象の槍兵は、その暴風に晒されてなお倒れる気配も吹き飛ばされる気配も伺えない。
迫りくるアカイアの軍勢と単身で渡り合い、かの憎き不死身の英雄がいなければあわや逆転に至る状態にまで持ち込んだ英雄の実力の程を、ペンテシレイアはいやという程に味わうこととなった。
いなし、かわし、嫌なタイミングを狙っていたかの様に差し刺し穿つ。
そうやって致命打を与える機会を悉く与えられず、のらりくらりと泥沼の様な戦いに持ち込まれている。
「ひゃー、おっかねえなぁ」
敢えて攻めこませてのカウンターを狙い、多少大振りにラビュリスを振り回す。
ヘクトールにとっては攻撃を打ち込む絶好の機会だというのに、その手は食わんとばかりに遠ざかる。
わざとらしい大声と台詞と裏腹のとぼけた笑顔がペンテシレイアの神経を逆撫でするが、それで我を忘れるほど彼女も未熟ではない。
このまま、相手のペースに持ち込まれ拮抗状態を維持するのはマズイとペンテシレイアは考えている。
ヘクトールの動きは明らかに時間を稼ぐためのそれだ。
狙いは分からずとも彼の意図に乗ってやる道理など存在しない。
何か拮抗を崩す機会があれば。
そう思考するペンテシレイアの願いが天に聞き入れられたのか、新たな乱入者が槍兵同士の決闘へと姿を現した。
ざわりと、周囲で戦っていた兵達の一角で大きな声が上がる。
幽鬼兵の騎馬集団が突撃を仕掛けてきたのだ。
騒然となる戦場を青い色をした疾風が一直線に駆け抜けてくる。
不幸にもその進行方向にいた魏の兵士が一撃で斬り伏せられた。
しかし、疾風は衰える気配を見せず、ひたすらにヘクトールに向かって突き進む。
あわや衝突という所で二条の銀閃が交差する様にぶつかった。
疾風、
五虎将のセイバーが振るったクレイモアによる一撃をヘクトールが、ドゥリンダナで受け止めたかと思えば力任せに槍を振るって弾き飛ばし、後退ざまに腰に差していた飛刀を牽制の為に投げつけた。
セイバーは飛来する飛刀をクレイモアで薙ぎ払う事に成功したものの、ヘクトールに距離を取られた形になってしまう。
「よう、アサシンはどうした、セイバーさんよ」
ヘクトールがペンテシレイアとセイバー、二人の攻撃に対処出来るように構え直しながらセイバーへと問いかける。
2対1の状況に陥ったというのにその態度には余裕が見て取れた。
「……ここまでに立っていたアサシンの旗は4つあった。しかし、どこにもアサシンはいなかった」
ペンテシレイアが思わずセイバーを見やった。
対するセイバーはヘクトールへと鋭い視線を向ける。
セイバーとて可能性として、この結果を考えていなかった訳ではない。それでも他の可能性を天秤にかけた結果、無視することは出来ないという結論に至ったが故の行動であった。
つまりこれは、確認の意図を込めた問いかけである。
「アサシンはどこにいる?魏のランサー」
「さーてね、そこにいないんならいないんじゃねえか?」
煙に巻くような物言いでヘクトールはへらへらと笑う。それだけで、十分だった。
セイバーは確信する。自分達がカルデアのマスターへと襲撃をかけている事が読まれていたと。
陽動をかける筈だった彼らこそがヘクトールという陽動にまんまと嵌ってしまったのだと。
ならば、アサシンの居場所は一つしかない。
◆
影による急襲に真っ先に反応したのは義仲だった。
目にも留まらぬスピードで、這う様に駆ける影から鋭く尖った突起が彼目がけ伸びるのを手に持った刀で薙ぎ払う。
次いで動いたのはロビンフッド。こちらへと攻撃をしてきた影に向けて矢を三連射。
だがそれは影から射出されて物質に絡め取られ、勢いを殺がれて地面に落ちる。その物質の正体は粘性の高い糸だ。
攻撃を凌がれた影は、そのまま後方、ライダーの隣の位置へと滑り込むように駆けながら、その動きを止めた。
「いやいや、"らんさぁ"の奴めに出迎えを言い渡され、貴様を殺す機会を一つ逸したかと消沈しておったが、いらぬ心配であったわ」
高揚した声が響くと共に、その姿が露わになる。
愉快げに細まった瞳と目元から頬に引かれた八本二対のペイントが目に留まる怜悧さと妖艶さを併せ持った貌。
背中から飛び出した蜘蛛のものと思しき巨大な足を生やした異形の姿。
その姿を見た義仲の顔があからさまに不快の色を見せる。
「丁度いい、ここで縊り殺してやろうか。のう、源氏の田舎侍」
サディスティックな笑みを浮かべ、
魏のアサシンの口が三日月を描いた。
最終更新:2018年03月07日 23:46