其の伍:戦場は紅に染まる(3)

「ここから先はお前さんら次第だ。酷な命令だと思っちゃいるが謝るつもりはねえぞ」

 戦の始まる直前、ヘクトールはそれぞれ"殺"の旗を抱えた四人の将へと話しかける。

 開戦前に司馬昭へと行った献策は、"殺"の旗を掲げた兵団を複数用意する事によって敵を撹乱させて攻め手を分散させると同時に、アサシンを立香らの救出へと向かわせるというものだった。
 本陣の守りはヘクトール一人、サーヴァント二騎を同時に相手取るとなれば分が悪い。
 しかし、アサシンがいると誤認させ、いもしないアサシンに五虎将のいずれかを引き付けておくことに成功できれば、ヘクトールのみで持ちこたえられる時間はその分だけ引き延ばせる。
 その間に救出に成功した立香らが合流出来れば、敵の策を挫いたうえで防衛も成功できるという算段だ。
 この手が成功すれば、ここまでサーヴァントの人数差から防戦に回らざるを得なかった戦線に反撃の目も出てくる。

 だが、この策には1つだけ問題があった。
 "殺"の旗を掲げ陽動を担う部隊は五虎将のサーヴァントとの交戦は不可避。
 サーヴァントとただ鍛えた程度の人間がぶつかればどうなるか。考えるまでもなく、命を落とす事になるだろう。
 "死にに行け"と命じられて承諾する将兵の存在が必須条件。人数は多ければ多いほど時間を稼げるが、果たしてどれだけの将が名乗りを上げてくれるかなど分かったものではない。
 だというのにも関わらず、志願をした部隊が4つもいたのは司馬昭、そしてヘクトールにとっても予想外の事であった。

「謝罪の必要などありませぬよヘクトール殿」
「然り。我らだけでは元より守るべき国も守れずに命を散らす所だったのです。寧ろそれで国や家族を守れる目処が立つというのなら、ただ死ぬよりも上等と言った所ですわい」

 壮年の武将が豪快に笑いながら応えると、傍らにいた老将が厳つい顔を綻ばせながら頷いて見せた。
 残り二人の将も同様の意見なのだろう。それぞれが共に晴れやかな笑みを浮かべている。
 今から死地へと向かうというのに彼らの表情には悲愴の色は感じられなかった。

「無論、ただ死んでやる訳にも行きますまいぞ御三方。冥土より蘇った蜀の兵士どもを一人でも多く地獄に叩き返してやらねば精強を謳われた魏武の将の名折れですからな!」
「兵だけとは言わずあの敵将を倒してしまっても構わんのでしょう?」
「抜かしよるわ小童が!」

 将の一人が不敵に笑いながら嘯いてみせれば、残りの将がドッと笑う。
 死すと分かってなお、守るべきものの為に笑って命を賭ける事を良しとした男達。
 その姿はヘクトールにって一際眩しく映るものだった。

「ハッ、奴さんを倒してくれるならこっちも楽が出来てありがたいね。上手く行けば飯でも酒でもなんでも奢ってやるぜ」
「おお! 救国の英雄から酒を注いでいただけるとはこれ程の栄誉もそうありますまい!」
「となればこれは、誰があの将を落とすかの勝負になりますなぁ!」

 だから、彼らの軽口に乗ってやる。
 雄々しく死地に向かおうとする戦士達を晴れやかに送り出そうというヘクトールなりの餞別だ。
 互いが互いの意図を承知した上であり得もしないIFに笑い合い、そして別れた。
 そんな彼らがどうなったのか。
 それはセイバーの鎧に付着した、夥しい量の返り血が言葉以上に雄弁に物語っている。

「彼らは素晴らしい将と兵だった。全員が最後の一瞬まで諦めることなく抗い続け、最後には俺の馬まで仕留められたよ」

 セイバーは己が討ち取った将兵達への賛辞を口にする。雑じり気のない敬意のこもった言葉だった。
 同時に、クレイモアの切っ先がヘクトールへと向けられる。
 幾度の戦線を共に切り抜けたであろう歴然の愛剣に勝るとも劣らぬ程の鋭い視線がヘクトールを射抜く。

「だが、彼らの奮戦もお前を倒せば全て水泡と帰す。今ここでお前を討てば余勢をかってこの戦線を落とす事が出来るだろう」

 セイバーの言っている事は的を射ていた。
 ヘクトールさえ撃ち取れば、もはやここに敵対するサーヴァントは存在しない。
 雲蚊の如く兵がいようと、二騎のサーヴァントに率いられた軍は歯牙にかけることなく蹂躙してみせるだろう。
 どれだけ時間をかけられようが、どれだけ策を張り巡らされようが、前線に出ざるを得ないたった一騎のサーヴァントを落とした時点で、この戦いは終わりを迎えるのだ。
 セイバーとランサー、二騎の殺意がヘクトールへと集中する。
 絶体絶命の瀬戸際だというのにヘクトールはククッと笑った。

「オジサン一人殺すのに随分と気合を込めてくれるじゃねえか」

 だけどよ、とヘクトールは言葉を続ける。

「こちとら無数の英雄相手に切り結ぶなんざ、生前にいやという程経験してるんだ。容易く獲れる首と思ってもらっちゃ困るなぁ」

 脳裏に過るのは囮となって散った将らが最後に見せた笑顔。
 足止めに留まらず、セイバーの乗騎を潰して見せたのだ。大金星と言っても過言ではないだろう。
 だからこそ、ここで自身が下手を打つ訳にはいかないと、その身に改めて気力を漲らせる。
 カルデアのマスターらはいつこちらに来るのか。
 そもそもとして救援は間に合ったのか。
 そのどちらもがヘクトールの預かり知らぬところである。
 だが、今はそんなことはどうでもいい。
 将兵はやるべき事をやり遂げた。なら、自分もやるべき事をやり抜くだけ。
 ヘクトールの顔から笑みが消えた。
 その表情が鋭く険しいものへと一変する。

「今はここが俺のトロイアだ。命がけでかかってきな」

 護国の英雄の姿が、そこにあった。


 魏と蜀の戦場にて三騎の英雄が矛を交える一方、もう1つの戦場では一触即発の気配が張り詰めていた。

 カルデアのマスター・藤丸立香。
 漢中のライダー
 魏のアサシン
 五虎将・木曽義仲。
 五虎将・ロビンフッド。

 一瞬前までは五虎将側に傾いていた天秤の針は、アサシンの乱入によって振り出しに戻る。

「ランサー殿の迎えといったが、もしや今、前線は彼一人のみなのか、アサシン」

 顔は已然として義仲らの方を注視しながら、ライダーはアサシンへと尋ねる。
 そこで初めて立香は目の前の女性が魏に与しているというアサシンであることを知った。

「応ともさ。あれの発案でな。この状況を読んだ上での奇策という奴よ。して、そこの童が噂の"かるであ"とやらの術師かのう?」

 アサシンが立香へと顔を向ける。
 ジェロニモらからアサシンが扱いづらいサーヴァントだと聞いていた立香は思わずビクリと体を震わせた。
 緊張した立香の視線と、値踏みをする様なアサシンの視線が交差する。
 何かに感づいたのか、きゅうっとアサシンの目が細まった。

「……童。大和の民か」

 剣呑な調子を含んだ呟きがアサシンの口から漏れた。
 立香の体が思わず強張る。
 その気配を読み取ったのか、アサシンがにんまりとした笑みを浮かべた。

「おお、すまぬすまぬ。別に汝に危害を加える気などありはせん、だからそう構えてくれるな」

 彼女の言葉から剣呑な調子が消え、立香が内心でほっ、と胸を撫で下ろす。
 その一方でアサシンの視線が立香の顔から彼の肩へと移る。彼女の視線の先に映っているのは赤く濡れる立香の傷口だ。

「ふむ、怪我をしているようだが」
「アーチャーの攻撃から私を庇って受けた傷だ」
「ほう!」

 ライダーの返答を聞き、今まで細めていた目を見開かせ、アサシンが感嘆の声をあげる。
 立香を覗き込む視線に好奇の色が混じった。

「"さぁばんと"が"ますたぁ"を庇って傷つくならばともかく、その逆とはな。童、汝は阿呆か?」
「えっと、はい、よく言われます」

 呵呵大笑。
 立香の応えがアサシンの琴線に触れたのだろうか。大口を開けてアサシンが笑う。

「そうかそうか! よく言われる程の飛びきりの阿呆か! ならば英雄と呼ばれる輩が絆されるのも道理よな」

 ククッと収まりきれぬ笑い声を漏らしながら、アサシンが立香へと近づく。
 何事かと立香が構えるよりも早く、アサシンの容のいい唇から立香の傷口に向けてしゅるしゅると何かが吹き付けられた。
 上質な絹糸と見間違うばかりの光沢と滑らかさを併せ持った糸が器用にも彼の傷口を覆うように巻き付けられていく。

「大した治療にはならんが、まあ包帯と止血代わりにはなろうよ」

 あらかた傷口を覆えたところでアサシンは糸を放出するのを止め口許を拭った。
 試しに立香が肩を動かす。痛みは残るが、処置をして貰う前と今とでは動かす負担が段違いになっていた。

「あ、ありがとう」
「なに、必要だからやったことよ、礼などいらぬ」

 礼を述べる立香に対し、カラカラと笑いながらアサシンがライダーらへと向き直る。

「このような所で油を売っていてよいのか蜘蛛女。あの大将がやり手なのはいやという程思い知っているが、だからといってあの二人相手では長くはもつまいよ」
「おう、それよ田舎武者。いかな"らんさぁ"とて"さぁばんと"二騎は相手が悪い。故にな」

 語調荒く義仲がアサシンへと話しかける。
 互いのやり取りや敵意を隠そうともしない二人の表情から立香はアサシンと義仲に何らかの因縁があることを察した。
 義仲のランサーは長く持つまいという問いかけに肯定の意を示したアサシンの視線が義仲からライダーへと移る。

「長耳の、汝はその童を連れて"らんさぁ"の元へ迎え。こちらは吾が受け持つ」
「おい、蜘蛛女。俺らがそれを許すと思うてか? 我ら五虎将二騎を相手に貴様一人で迎え撃とうなどと、ちと自惚れが過ぎるぞ」
「まあ、確かに吾一人で汝ら二人を抑えるは些か以上に骨よ。だがな」

 アサシンの提案を嘲笑混じりに義仲が笑い飛ばす。
 対するアサシンは余裕の笑顔。
 何か策があるのかと立香が尋ねようとした、その時だ。
 森がにわかに騒がしくなり、彼らの耳に嘶きと蹄の音が響いた。
 音は段々と大きくなってくる。こちらへと向かっているのだ。

「吾以外にも手勢がおればその限りではあるまい?」

 その台詞と共に茂みの一角から二人の人間を乗せた有角の鮮やかな獣が姿を現した。
 立香の視界が捉えたのは、まず第一に搭乗者。
 インディアンとその背中に捕まるウェスタンスタイルの少年。間違いなくはぐれたジェロニモとビリーの姿である。
 次に認識したのは彼らが乗っている獣の姿。
 馬に似た体格をしているが馬ではない。
 青い体毛に金色の鬣。顔は例えるならば東洋の龍に近い。
 その姿に既視感を覚え記憶を探り、ほどなく答えにたどり着く。
 日本人である立香にはとても馴染みのある姿だ。なんといったって、大人たちが飲むビールのラベルとしてその姿を日常的に見ていたのだから。

「……驚いた、よもや瑞獣と名高き麒麟をこの目で見れるとは」

 ライダーが感嘆の呟きを溢す事で、立香の辿り着いた答えが正解であった事を理解する。
 ジェロニモとビリーは経緯は不明だが麒麟に乗ってこの戦場へと合流を果たしたのだ。
 彼らが来るのが分かっていたのかとアサシンに視線を映すが、彼女は意味深長な笑みを浮かべるだけで何も答える事はなかった。

「やあ立香! 凄いだろうこの"キリン"ってやつ! ジェロニモの奴こんな隠し球を準備してたんだぜ! 何がシャーマンの腕なら相手に劣るだよ!」
「もとより私の腕では量が用意出来ない分、質で勝負するつもりだっただけだ。予想外のところで役に立ったがね」

 興奮した調子のビリーがまず麒麟から降り、ついで麒麟の首を撫でながらジェロニモが降りる。
 シャーマニズムのスキルで使役しているのだろう。麒麟はジェロニモに懐いているようだった。
 立香が再会を喜ぶ間もなく、ジェロニモの来た方向から羽音や足音が響いてくる。
 姿を現したのはキャスター、シッティング・ブルと彼に率いられた妖怪・精霊・幽鬼兵の混成軍だ。
 ジェロニモとビリーが強行軍を敢行した時に痛め付けられたのだろう。負傷しているものも少なくはない。

「すまないライダー、アーチャー。敵の手の内を見誤った」

 開口一番に謝罪を口にしたブルが立香らの一団に向き直る。
 大いなる夢で出会った男。そしてその傍らにいる少女。

「シッティング・ブル……」
「君と言葉を交わすのはワカン・タンカ以来か、あの時告げた様に私は君の敵だ。ここはワカン・タンカでもない。何の杞憂も躊躇もなく、私は君を殺すと宣言しよう」

 無慈悲な殺意が立香を貫く。
 言葉による決着は不可能、互いの関係は敵対以外にありえない。
 命の取り合いに未だ立香が慣れる事はない。だが、だからといってむざむざ殺されるつもりもない。
 故に立香はその殺意に圧される事なく、一度目を閉じてから毅然と見つめ返す事で、その言葉に応える。
 その姿を見て重く険しい顔つきのシッティング・ブルの口角が僅かにつり上がったのは、果たして気のせいであったろうか。

「さて、状況が随分と混沌とした様だが、我々はどうするべきかな」
「長耳にその馬をくれてやれ。それで長耳と"かるであ"の童は"らんさぁ"の救援。残った吾と汝、それにそこな金髪の童でここの五虎将と木っ端どもを抑える」

 状況を把握していないジェロニモらにアサシンが指示を飛ばす。
 だが、敵とてそれを黙って見ている間抜けではない。
 最初に動いたのはロビンフッドだ。瞬時に引き絞られた弓矢の先には立香の姿。

「そう簡単にッ!」

 風切り音が1つ。
 銃声が1発。
 衝突し、地に落ちた弾丸と矢はそれぞれ3つ。

「悪いねお嬢さん。クイックドロウならこっちも十八番さ」

 油断なくリボルバーを構えながら、ビリーがロビンフッドに向けて不敵に笑って見せれば、ロビンフッドは舌打ちを1つ鳴らしながら標的をビリーへと変更する。
 銃声と風切り音が響く度に、その音に見合わぬ数の弾丸と矢が地面に転がっていく。

「事情は良く分からないけど、立香とライダーがランサーとやらの所に向かう方がこいつらにとっちゃ迷惑なんだろ? OK、なら精一杯暴れてやろうじゃないか。なあ、ジェロニモ」
「ふっ心強い限りだな。立香、ライダー。殿は我々が引き受けよう。君達は早くランサーの所へ向かうといい」

 銃のリロードをしながら駆け出したビリーを尻目にジェロニモが立香とライダーに話しかける。
 気づけば彼の傍らにはコヨーテの姿。アサシンの指示を容れて残る腹積もりなのは明確だった。

「……わかった」

 こちらの戦況を彼らに任せっきりにする事に心残りはある。
 だが、今は一騎で二騎のサーヴァントを相手にしているランサーのサーヴァントを助けに行くことが先決だということは立香も理解していた。
 ライダーへと視線を向ければ、首肯でもって返される。既に互いの心は決まっていた。

「ジェロニモ、ビリー。五虎将の二人の真名は木曽義仲とロビンフッドって言うんだ。気をつけてね!」

 せめてもの助けと二人に五虎将のサーヴァントの名前を告げると、ジェロニモとビリーがそれぞれ驚きに目を見開いたのが分かった。
 理由は知っている。立香との記憶を持っているというのなら第5特異点での記憶は当然彼らの中にあるのだ。
 であれば、共に戦った英雄と同名の別人の存在と相対したという事実に大なり小なりの反応はあって当然である。

 その反応に対して特に言葉は送らずライダーともども麒麟の背に乗る。
 麒麟はすんなりと彼らをその背に乗せ、ライダーの一声と共に嘶きをあげる。
 瞬間、景色が飛んだ。
 そう見紛うばかりの速度で麒麟はこの戦場を駆け抜ける。追い付けるものなどこの場にはいなかった。

「さて、課せられた仕事は終いよ。これで心置きなく貴様を殺せるな、田舎武者」
「田舎武者、田舎武者と常陸の国の片田舎に住んでた妖怪風情が随分な口を効いてくれるな。ええ?土蜘蛛よ」
「田舎武者は人の名を留めておく脳もないと見える。かような妖と一緒にするとはつくづく源氏とかいう輩は礼儀を知らぬようよなぁ!」
「どの口がほざくか。頼光殿に代わってその素っ首、今日こそ落としてくれるわ!」

 凶相。そう呼ぶに相応しい凄惨な表情を浮かべる土蜘蛛と呼ばれたアサシンの背から二本の蜘蛛の足がせり上がり、義仲を串刺しにせんと空気を先ながら突き伸ばされる。
 迎撃する形になった義仲は器用にも一薙ぎで二本の足を切り払った。
 見た目は蜘蛛の足だというのに義仲の刀と打ち合うや金属と金属がぶつかり合う様な硬質な音が響く。
 彼女の武器と言える異形の足は、さながら伸縮自在の鉄杭といった所だろうか。
 売り言葉に買い言葉の押収で互いに堪忍袋の緒が爆発寸前だったのだろう。
 両者ともが怒っているのか笑っているのか判別のつかない表情に加え額やこみかみに青筋が浮かんでいる。
 殺意を全開にした紅蓮の侍と異貌の妖は周囲を圧倒するかのような暴れぶりであった。

「なに、あの二人。なんか因縁でもあるの?」
「そのようだ。まあ、その不仲のお陰で彼女はこちらについてくれた訳だがな」
「へえ、なんか複雑そうだね、お宅らも!」

 手頃な岩を遮蔽物にロビンフッドとの撃ち合いを演じながらビリーは陽気に声をかける。
 対するロビンフッドからの返答は無数の矢のみだ。

「いや、それにしてもロビン、ロビンか。座の記録には残ってるよ、結構ウマがあったんだよねぇ、君と違うあいつとは。どう? 思い出話とか聞きたくない?」

 つれない態度にも構わず軽口を飛ばしながら再度リボルバーに弾を込めていたビリー。そんな彼の背筋に唐突に悪寒が走る。
 思考するよりも早く反射的に遮蔽物にしていた岩から退避するのに数瞬遅れて岩を矢が貫通し、地面に突き刺さった。

 分厚い岩盤をどの様にして矢で貫けたのか。地面にめり込む矢を見てビリーは悟った。
 放った矢の後ろにもう一本の矢が刺さる技術を継ぎ矢と呼ぶ。地面に刺さった矢にはその要領で一本目の矢に連なる様に4本の矢が突き立っていた。
 彼女は継ぎ矢によって四本分の矢の衝撃を初撃の矢に上乗せしたのだと、ビリーは理解する。
 銃弾で同様の真似が出来る彼だからこそ、その超人的な技量が不可能ではないとあっさり受け入れる事が出来た。

 微かな魔力の放出を感じた事から、ビリーはこれが彼女の宝具であるとアタリをつけ、思わず笑顔が零れる。
 名前は彼が第5特異点で共に戦った相棒と同じだというのに技量や戦闘スタイルはこちらに近い。
 座の知識からロビンフッドという英霊の特異性は理解していたが奇妙な偶然もここに極まったかと、つい馬鹿笑いしてしまいそうな衝動をこらえ、物陰からひょこりと顔を出してロビンフッドへと声をかける。

「おっかないなぁお嬢さん! ちょっとくらいお喋りしてくれたっていいじゃないか」
「悪いけどボク、お喋りな男って嫌いなんだ。余所あたってくれる?」
「そりゃあ、残念だ!」

 にべもない返事にさしたるショックを受けた様子も、気分を害した様子もなく、ビリーは撃ち合いを再会する。

「騒がしいことだなお前の連れは」
「いやまったく、それには頷かざるを得んよ」

 銃士と弓兵が撃ち合う一方で二人のシャーマンが対峙する。その傍らでコヨーテとバイソン、二人の守護霊が互いに相手を牽制している。
 槍を手にしたジェロニモに対し、シッティング・ブルが構えているのは弓。ジェロニモは目の前のシャーマンが彼同様に優秀な戦士としても尊敬を集めていたという話を思い出す。

「流石に血濡れの悪魔と恐れられたお前と武芸の腕は互角とはいかんが、私には手勢がある。ハンデとしては丁度いいだろう」

 その声に呼応する様に幽鬼兵や精霊らが臨戦体勢に入ったのをジェロニモは感じる。
 虎の子として呼び出した麒麟は立香らに預けた以上、今、彼の戦力は己とコヨーテのみ。
 状況は不利だが、ジェロニモの目には観念や諦念の暗い光は宿っていない。

「この状況でまだ抗うか」
「この程度で諦める程度の人間であれば英霊などという存在にはなっていないだろう? 私も、そしてあなたもだ」

 不敵に笑うジェロニモにつられる様にブルも笑う。
 彼の言う事は的を射ていた。
 抗う事、諦めない事。それは彼の半生であり、ジェロニモの半生であり、あの地で白人の抵抗に戦い続けた全ての戦士の半生だ。
 ならばこの程度の苦境は心が折れる程のものではなりえない。恐らく、ここで彼我の立場が逆であったならばブルもまた彼と同じ態度を見せていただろう。

「そうだな。我らの様な飛びきりの頑固者を黙らせるのであれば、完膚なきまでに叩き潰すしかあるまいよ」

 その言葉と共に無数の敵意が殺到する。
 抗い昂る戦意を表すかのようにコヨーテの咆哮が響いた。


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最終更新:2018年08月16日 00:07