雷の鐘(2)

 その光はとても眩しくて、瞳を閉じてしまったが美しい輝きだった。
 アーチャーと相手のランサーが会話をしている中、アサシンと会話していた際の出来事だ。
 戦場に堕ちた雷は僕達をあっという間に包み込み、誰もがその動きを止め、声を失っていた。
 その規模はどれだけのものだったかは分からない。でも、宝具にも劣らない輝きであったことは体感した。

 恐る恐る瞳を開けると、バツが悪そうな顔をする相手の槍兵の姿が映る。
 癖っ毛を掻き上げるように触り、ため息を憑くと彼女は踵を返し、あろうことか僕達に背を向けた。


「何をしている。背中を見せるなど君らしくも無い」

「出会ったばっかなのにあたしを分かったように言わないで。全く……いい? 新参には分からないかもしれないけど、今日はお終いなの」


 彼女の言葉の意味を僕達は理解することなんて出来る筈も無かった。
 そのままで受け取ると、今日は雷が鳴ったから戦争はお終い。そう言っていることになる。
 ただの雷で何を止めるのか。その規模が問題なのか、それとも何か別の理由があるのか。遠くを見ればあのローランとアキレウスも武器を収めている。
 説明もされていない僕達が疑問を浮かべていると、アサシンが助け舟を出すように答えてくれた。


「あの雷はただの雷ではありません」

「宝具とか?」

「宝具……ですか。いえ、それ以上の代物と言うべき」

「ほう、ならば天災か? 神代となれば気候の一つでも一大事だろう」

「それも違います。雷そのものも脅威ですが、問題は発生源にあります」

「発生源?」

「彼処よ、あそこ。誰が何をしているか不明だけど、あそこから堕ちてきたら流石に誰もが矛を収め、帰還する」


 アカイアの槍兵が指を指したのは空だ。
 高い高い空。そこには曇り雲一つすら見当たらない快晴だ。たしかにこんな綺麗な青空から雷が堕ちるなんて珍しい。 
 でも、問題はそんなことでは無い。皆が気にしているのは青空よりも遙か先――つまりは。


「天上……!?」

「そうなのよ。彼処から堕ちるなんて不吉極まり無い。誰が決めたかは知らないけど、落雷の合図が終局の合図となっているの」

「天からの落雷――まさかと思うが、雷を放っている存在は何者だ」

「分かったら苦労しないわよ……まぁ流石に『貴方が思っているのは別の存在』だとあたしも思ってる」

「えっと、神代のトロイアはギリシャ、ギリシャと天を結び付けるて、雷ってなると――っ」


 僕は息を呑んだ。
 頭の中で単語を構成し、一つの線にまとめ、見えた答えに背筋が凍る。
 僕は何を言おうとしているのか。アーチャーやアカイアのランサーが違うと言っているが、それでも僕の辿り着いた答えが恐ろしい。
 彼らも一度はこの答えに辿り着いたんだ。そうだ、そうだよ。誰もが一度は考える。


「ゼ、ゼウス神……?」

「とは違うって皆が思ってる。そもそも、ゼウス神の雷ならとっくにあたし達は消し炭だから。
 じゃあ、また会う時までさようなら。今度はあたしの槍が貴方達を貫き、我が軍に栄光の勝利を求めることを信じて」


 オリンポス十二神の頂点に君臨する全知全能の神、ゼウス。
 生物とは一線を画する究極の存在。神の中でも圧倒的な彼が相手ならば、僕達は勝てるのか。
 今まで何度も挫けそうになった時、僕達はそれでも明日へと手を伸ばした。皆が居てくれたから、支えてくれる仲間が居たから。

 水流に飲み込まれたカルデアの事を忘れた時間なんて一秒足りともあるものか。
 今にも帰還して皆の安否を確かめたい。最悪の未来なんて考えるつもりは無いけど、それでも胸が張り裂けそうになる。
 神――ゼウス神の可能性が消えただけでも、僕の心を縛り付ける負の鎖は解かれない。

 でも、戦争が一時とは云え中断されることは僕にとって都合が良い。
 都合が良い。こんな言い方は好きじゃない。だけど、今の僕達に必要なのは時間だ。
 理解するための、考えるための、休息するための、適応するための。


「そうか……君程の英雄とまた手を合わせることは光栄であり、恐怖でもあるな。
 これもなにかの縁だ、名を聞かせてもらえないか? 敬意を表したい。君にとって失礼であるがな」

「そ、そう……? 我らが名はト――って、言う訳無いでしょ!! ばか、もう二度と言わないで!!」


 名前を言いかけた彼女は途中で不味いことに気付いたのか、『ハッ』とした表情を浮かべ口元を手で覆う。
 沸騰したやかんのように顔を赤らめると、アーチャーに対し語尾を強調し怒ると地団駄を踏むようにその場を去った。


「アサシンよ、君は彼女の真名を知らないのか?」

「知りません……けど、遠くから睨んでいますよ」


 コソコソとアサシンに彼女の正体を探ろうとしたアーチャーを怖い目付きで睨んでいた。
 耳がいいなあ、なんて思っていたけど、廻りを見渡せば本当に両軍がこの場から立ち去ろうとしていた。

 天上より放たれる雷は神からのお告げなのだろうか。
 そもそもトロイア戦争を紐解けば神々が人類を間引くと考えたことに起因する――だった気がする。
 後で歴史に詳しいアーチャーにちゃんと聞くつもりだけど、そうなるとゼウス神が戦争を止めるのか。
 間引くとはつまり、殺すこと。じゃあ雷で……とも思うが流石にそんな馬鹿な存在では無いだろう。
 絵空事だ。ゲームにでも現れるような悪逆無道の神を体現する存在ならば、話は別。だけど、現実は違う。


「……あ」

「どうしたマスター、心配事か?」

「こ、これからどうしようアーチャー……」

「それなら心配はいらないよ藤丸君」


 まずは目の前の事からなんとかしよう。そんなことを思った矢先、ふと思い出す。
 思い出すというか、そんなことを気にする余裕は無かったと表すのが正しい。
 僕達はこの時代に来たばかりで、頼れる知り合いも居ないし、心強いカルデアのバックアップも無い。
 隣に立つマシュも、カルデアでサポートしてくれるダヴィンチちゃんもいない。
 当たり前の事が当たり前じゃなくなる当たり前の事に、僕は自然と泣きそうになっていた。

 そんな暗い道の先に光を齎してくれたのがアサシンだ。
 なんだか今日は彼が一段と輝いて見えるような気がしないでもない。神だろうか、今の僕達に於ける神なのか。
 僕の強い視線に気付いたのか、彼は少し笑っていた。


「聞いたとおりの方ですね……さて、僕が所属しているトロイア軍の総大将はご存知ですよね?」


 僕は勿論と答える。


「彼に話を付けましょう。特記戦力は歓迎されますから、問題は無いでしょう。
 当然、マスターもご一緒にです。城に戻れば部屋もありますし、パリス殿も納得されるでしょう」

「……アサシン」

「はい、藤丸君の事はマスターと紹介いたします。サーヴァントの心強い味方……と」

「頼んだぞ」


 心強い味方。そう言ってもらえると僕は嬉しい。
 僕はこれまで皆に助けられてきた。僕一人じゃ人理の修復なんて出来るものか。
 一人前の力があれば、もっと救える生命があった。所長を始め多くの……僕が弱かったから。

 僕を支えてくれたサーヴァントの仲間が心強いと言ってくれるのは、僕にとって最高の言葉である。
 ありがとう。ちょっと恥ずかしくなって小声で言ったけど、二人には聞こえてないみたい。

 さぁ、これから向かうはトロイアの城……で、いいのかな。
 たしかアキレウスが城という単語を発していた筈。トロイア軍の本拠地へ案内してもらうことになる。
 トロイアと云えば僕が真っ先に浮かぶはおじさん――ヘクトールだ。

 この時代ならサーヴァントとしてではなく、生前の姿――つまりは人間として存在しているだろう。
 おじさんなら宝具無しでも活躍している姿が目に浮かぶ。方向性は違うけどオケアノスで出会ったドレイク船長のように。




「全軍に告ぐ!!! ワイバーンの襲来!!! 繰り返す、ワイバーンの襲来!!!」



「いるの!?!?!?」



 そんなこんなで、波乱万丈の旅が幕を開ける。
 トロイア戦争に隠された真実と、僕達を転移させ、カルデアを沈ませ、マシュを乗っ取った存在。
 点によって構成されるそれぞれの事象はやがて一つの線となる。
 バビロニア――ウルクの旅に次ぐ神代の特異点。これより待ち受けるは神か悪魔か人間か。


 この時の僕達に未来を知ることなんて出来ない。


 だから。


 最後まで戦うだけだ。
















「人間相手じゃセーブしてたが、魔物相手じゃ手を抜く必要は無いよな? なぁ、総大将さんよぉ」


 落雷の鐘は終局を表し、魔物の到来を表す。
 退避を行うトロイア軍の殿を務めていた――総大将の隣に立つ黒スーツの男が溢れ出る闘志を抑え付けながら許可を求める。
 刺々しい金髪に赤のネクタイ。シャツのボタンは最後まで止められていなく、ジャケットも羽織っただけ。
 どこかチンピラのような雰囲気を出しているが、今回の戦闘で戦火は零。何故ならば。


「はぁ、おたくさ。鎖を解き放たれた狂犬じゃないんだから」


 溜息を憑く総大将は男の臨戦態勢にやれやれと疲れた表情を見せる。 
 その昔、商人をしていた――という本人談であるが、スーツ姿はその名残だと言う。
 しかし実際には普段からホルスターに手を伸ばしピストルを発砲させたいトリガーハッピー。
 それも悪逆非道の名を尽くし、ありとあらゆる悪に手を染めた◆◆だ。

 戦力としては申し分ない。サーヴァントの枠に漏れず正に特記戦力と呼ぶに相応しい。
 しかし、扱い方を間違えれば味方さえも殺しかねない諸刃の剣である。
 おたくがバーサーカーじゃないことに俺ぁ驚いたよ。とは総大将とローランの会話だとか。


「で、解答はどうだよ総大将。俺はワイバーンの群れを?」


 うずうずしているのか、ホルスターに伸ばす手が震えている。 
 どうも彼は召喚の際に狂気性を強調されてしまったらしい。非道に手を染めたのは史実であるのだが。
 今更ではあるが、彼は黒いシルクハットを被っており、片目が隠れている。
 その青い瞳は笑っているが、決して巫山戯ている訳では無い。笑いも冗談の類であり、真に殺すべき相手を捉え続ける。


「……兵士も八割は戦場から離脱した。後はこれ以上の被害を出さないために徐々に戦線を下げる戦いになる」

「そのためには他の野郎共のために、ワイバーンの数を減らす必要があって? その役は?? 俺が???」

「……ったく、いいぜ。精一杯暴れて時間を稼ぎな、旦那」

「ニィ、その言葉を待っていたぜ! 総大将さんよぉ!!」


 総大将――ヘクトールの言葉を皮切りにスーツのサーヴァントは駆け出す。
 総軍の前に到着すると目に止まらぬ速さでホルスターからピストルを取り出し、挨拶代わりの弾丸を放つ。
 銃声が兵士の耳に届いた時にはワイバーンの眉間が撃ち抜かれており、戦闘を羽ばたく一頭が墜落。




「今日はいい風が吹いてるじゃねえか! 最高の◇◇日和だが……まずは邪魔する翼竜共からぶっ殺す!!」




 ピストルの音は始まりの鐘。




 此れは神々が仕組みし、人間と神々によって紡がれる神代の戦争。





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最終更新:2017年05月14日 00:10