トロイアの朝(2)

【ライダーの事務所】


 ヘクトールに連れられた藤丸がたどり着いた場所は現代風で云えばオフィスである。
 木製の家具が並べられ壁には折れ線グラフのような模様が何重にも書かれた紙が貼ってある。


「ん、顧客か? 今日の午前中は予定を入れていないと思ったが……ってヘクトールかよ」


 観葉植物に囲まれ窓際に置かれたデスクにて作業を行う男がヘクトール達に気付き気怠く予定表を眺める。
 藤丸の視線も釣られたが、たしかに予定表は空白であり午前中はおろか午後も記入は無い。
 適当にあしらおうとしていたのか、厄介払いのように腕を奮っていたが、ヘクトールの姿に気付き、態度を――改めない。

 国の総大将に対する態度としては行儀が悪く、お構い無しに珈琲を口に含んだのだ。そして欠伸をする。
 目尻に涙を浮かべつつ、後ろに見慣れない男に気付いたのか、仕方が無いと椅子を用意し藤丸を座らせた。


「話はなんとなく聞いてるぜ、カルデアのマスターさん。俺のクラスはライダー、風も泣いちまう伊達男! 俺に歯向かったら百倍返しだから気をつけな?」


 BANG。
 背もたれを抱えるように座るライダーは指で銃を象ると、子供のような笑顔で藤丸へ空砲を放つ。最も遊びだが。
 尖った金髪に黒スーツの男。トロイア側に召喚されたサーヴァントであり、クラスはライダー。

 先日はワイバーンの群れ相手に縦横無尽の活躍を発揮しており、藤丸の瞳に焼き付いていた。
 ヘクトールの計らいで顔を合わせることになったが、戦闘以外の時はどうやら会話が通じるようだ。


「なにが百倍返しだよ。坊主、こいつは見ての通りの奴だ。能力は保証するが……能力は保証する」

「その紹介じゃまるで俺が戦闘以外に脳のない奴じゃねーか!」

「……まあ、こんな奴だ」

「無視すんなよ! ったく、これでも役に立ってんだから少しは感謝してくれてもいいだろうに」

「俺はお前がトロイアの市民を騙して金儲けしていたことを忘れてないからな? なんなら今すぐ牢屋にブチ込んでもいいからな」

「おっとヘクトールさん、顔色が優れないようですが具合が悪いのかな? それじゃあ仕方が無い、今日は早くお家に帰りましょう。
 俺? 嫌だなあ、もう心を入れ替えてますからね? だから牢獄はマジで勘弁してください。サーヴァントたる者、やっぱ生前と同じことをするじゃないですか」

「俺はそのサーヴァントじゃないからな。お前らと一緒にするなよ」


 軽口を叩ける程には打ち解けているのだろう。
 彼らの会話を眺める藤丸の感想だが、戦争に於いて少しでも気の許せない仲間は裏切りの危険を潜めている。
 目の前の相手に集中すべき場面で背中を心配すれば、その分だけ意識が削がれてしまう。
 黒スーツのサーヴァントはヘクトールと打ち解けており、その心配は無いようだ。


「そっちのマスターさんもよろしくな。近頃じゃ花置き泥棒もいるようだから気を付けな。それじゃあ、次は戦場で会おうぜ」












【トロイアの街】


 トロイアの街を歩き終えた僕とオジサンは城へ戻る。
 帰り道にまたあのおばちゃんからリンゴを貰った。それも紙袋にたくさん詰めて貰った。
 お金を持っていない僕は払えませんと断ったけど、出世払いでいいよ! と言う。
 なんて気前のいいおばちゃんなんだ。暖かいなあと思いながら僕は甘えることにした。

 しゃりしゃりと囓る音が耳を通して僕の頭にすっと入る。
 水分をたっぷりと含んだリンゴは本当に美味しい。これはカルデアにも支給されるべきでは?
 金のリンゴよりも美味しいかもしれない。トロイアの土産話が一つ生まれ、マシュ達になんて自慢してやろうか。


「……みんな、無事でいてくれよ」


 一時も皆の事を忘れるものか。今にも胸が張り裂けそうになる。
 無事なのか。僕とアーチャーは何者かによる強制レイシフトでトロイアへと飛ばされた。
 アーチャーから聞いた話によれば、僕が気を失った後にカルデアは水流に飲み込まれた。
 皆は無事に生きているのか。当然だ、皆が死んでたまるか。僕は信じている。それでも


「やけに暗い顔だな。リンゴの食べ過ぎで腹でも壊したかい?」

「まさか! これだけ美味しいリンゴはどれだけ食べてもお腹は壊れません!」

「そうかいそうかい。その童話みたいな言い回し、お前さんは宣伝屋の素質があるかもな」

「作家組と関わっていれば自然とね……」

「作家だぁ? カルデアってのは色んな奴が居るんだな」


 僕がくよくよと悩んで立ち止まるのは駄目なんだ。皆の事が心配なら、まずはこの特異点を解決する。
 マシュの身体を乗っ取った相手が僕達をこの時代へ飛ばしたなら、あいつは絶対に居る。諸悪の根源がこの世界に居るんだ。


「……僕の大切な皆です」

「そうかい……まぁ、相談はいつでも乗ってやるよ。解決出来るかは知らないけどな」


 僕には仲間がまだ残っている。アーチャーが一緒に、トロイアの皆が僕を支えてくれる。
 一人じゃない。不安な時も頼れる味方が僕には居る。
 ヘクトールはカルデアでの記憶を持っていない。彼は現地の存在である。だけど、頼れる存在に変わりは無い。

 だから僕は一人じゃないんだ。
 願わくば彼と決別する日が来ないことを祈るだけだ。


「ありがとう。頼りにしてるからね、オジサン!」

「おうよ。まあ、俺はお前のオジサンじゃないけどな!」







【トロイア城・城門】


 城門に着いた僕達の視界に映ったのは十人程度の兵士達だった。
 戦時と変わらない装備で馬に跨がっており、横目でヘクトールを見ると真剣な表情だった。
 つまりは何か良からぬことが起きたのだろう。
 気になるけど、邪魔をしたら悪いなあ。そんなことを思っていた時、アーチャーも馬に跨がっていた。


「お帰りマスター。帰宅早々申し訳ないが、一緒に行くぞ」

「行くって何処へ……? それと馬に乗れるんだね」

「どうやら近くで魔物の目撃情報が入ってな。私もアサシンに案内してもらい同行する」


 アーチャーの要点を押さえた短い説明により事態は飲み込めた。
 街の近くに魔物が現れた。これを放置すれば街の人達が危険に冒される可能性がある。
 ついさっきまで出会った人達の笑顔が思い浮かぶ。


「僕も一緒に行く。僕達でトロイアを守ろう」


 失わせてなるものか。
 僕はアーチャーの後ろに跨がるように馬へ乗る。
 視線を上げればアサシンが此方を見ていた。僕に気付くと少し笑ったような気がしないでも無い。

 そして僕はヘクトールを見る。
 オジサンは行ってこいと言いそうな表情だ。これで城の主の許可も得た。


「方角は南東。確認されたのは数頭のワイバーンであり、脅威度は低いですが、各位決して見くびらないように」


 指揮を執るのはアサシン。
 風魔一族の頭領を務めていただけのことはあり、僕とあまり年齢が変わらない見た目だが、風格は本物だった。
 見つめていると飲み込まれそうだ。若くして大人を引き付けるカリスマは正にサーヴァント。
 兵士達も一切の雑談を行わず、真剣にアサシンの言葉を聞いていた。


「頼んだぞ、健闘を祈る」


 総大将の言葉を皮切りに馬が走り出す。
 兵士達の雄叫びが轟く中、先陣を切るはアサシン。
 慣れた手付きはきっとこの戦場で学んだのだろう。アサシンに騎乗のスキルは付与されていない筈。
 もしくは日本で生前に学んでいたのか。何にせよ頼もしい限りだ。

 僕には出来ない。
 だって今もこうして力一杯アーチャーに抱きついているから。


「気持ち悪くなったら遠慮せず言ってくれ」

「言ったら何か変わる!?」

「変わらん!」

「じゃあいいです! 走ってくださあい!!」

『朝はヘクトールと街を歩いていたようだが、変わった事は無かったか?』

「ふぇ!?」

 こいつ、僕の頭の中に直接――ッ!?

 アーチャーからの念話に僕は驚いて、彼をぎゅっと更に強く抱きしめた。
 おいおい……と彼の小言が脳内と耳へ届く。器用に念話と発生を同時に行っているのだ。
 料理も上手だし、アーチャーはきっと手先が器用で、なんでも出来てしまう人だったのだろう。


『変わったことは無かったよ。リンゴを貰ったり花屋さんに行ったりしたんだ』

『それは楽しそうで何よりだ。私も宿舎に立ち寄り情報を仕入れて来たが、やはり異なる歴史を歩んでいたよ』

『……うん、そうだよね。具体的にはどうなっていたの?』

『ヘクトールとパリスの父である王、それに彼らの妹であるカッサンドラが何者かによって暗殺されていた』


「え――――――――――――?」








【平原】


 アーチャーが語ったこの時代は多くの暗殺が行われていた。
 トロイア・アカイア両軍共に名のある存在が姿を消しており、そのため特記戦力であるサーヴァントが重宝されているらしい。
 ヘクトールとパリス王は親しい存在を失って尚、戦っている。でも、それはアカイアも同じだ。

 両軍は互いに犯人を相手だと決め付けている。実際に疑うならば敵国であるのは当然だと僕も思う。
 ――聖杯の力を使えば、どんなことでも可能だとも思う。不意打ちや奇襲、サーヴァントにはそれぞれの得手不得手がある。
 今の段階で犯人を絞るのは不可能だ。そして一度走ってしまった亀裂を修復するのも、不可能だろう。
 戦争は終わらない。

 神に唆されたパリス王が相手国のお姫様を拉致してしまったことは、カルデアの時にそれとなくオジサンから聞いたことがある。
 だけど、パリス王は父亡きトロイアのために必死に頑張っている。それにオジサンも応えているのだろう。
 戦争に正義も悪も関係ない。それはこれまでの旅で嫌というほど分かったつもりだ。

 だから、僕は逸早くこの特異点を修復する。
 それがカルデアのマスターである僕に与えられた使命なんだ。


「到着したね……前方にキメラ多数と――――黒スーツのライダー!?」




「遅えぞカルデアのマスター、せっかくの戦闘なんだ隅に置けないねえ……俺を誘えよ」



 使命は全うする。
 例えそれがトロイア戦争を歴史通りに導くことになったとしても。


 ヘクトールをこの手で殺すことになろうと、僕はやり遂げてみせる。やらなくちゃ、ならないんだ。




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最終更新:2017年05月16日 21:47