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Start Ball Run-22 - (2007/08/27 (月) 23:51:52) の1つ前との変更点

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「……ふん。あきらめないわよ」 ルイズが怒りと共に使い魔二人を連れ去った後の、キュルケの部屋で、彼女はそう呟いた。 もう少し、あと少しで、めくるめく楽しい男と女のひと時が過ごせたのに。 そう思うと、やるせない。欲求不満だ。 おあずけをくった犬のような気持ちに、苛立たしさを覚えた。 とは言っても、お相手の二人が忌々しいチビのルイズに連れ戻されてしまったのだから仕方がない。今日のところはもう、寝てしまおうと彼女は考えた。 朝まで悶々とした気持ちを引きずるよりはマシでしょうと、思ったからだ。積極的なアタックをする反面、すっぱりと割り切るドライな顔も持ち合せている、彼女なりの結論だった。 そうして、ベッドに入ろうと毛布をめくったとき。 ――諦めないんじゃ、なかったの? そう、誰かに問いかけられた。 「誰?」 見渡す。けれど、誰もいない。使い魔であるフレイムは、人語を話さないから、違うはずだ。 それに、今の言葉は、耳から聞こえたというより。 ――それでいいの? また、聞こえる。いいや、聞こえるのではなく、響く。頭の中に、直接。 ――満足、できるの? どこから、伝わってくる声なのか。 もう一度、ゆっくりと辺りを見渡したキュルケが、姿見の鏡を見つめ、視線が止まる。 ――我慢なんて、できないんでしょ? 鏡に映った自分が、そう、自分に問いかけていた。 「あなた……が?」 キュルケは手を伸ばす。 鏡の自分も手を伸ばす。 そしてキュルケの掌が、鏡面に触れようとしたとき。 鏡の中から、自分のものではない手が、伸びてきた。 指と指が触れ合う。 自分の指に、相手の指が抵抗なく同化するという、気持ち悪い感触に肌が粟立つのをキュルケは感じ、そして電流が流れたような感覚が、全身を覆った。 幸運にもそこで、キュルケの意識は途切れることができた。 ジャイロと才人がお互いに武器を手に取ったのと同時に、キュルケが煌々と紅く染まった炎を従え、二人の前に降り立った。 そのまま、彼らの前に向かって歩き出す。彼らより自分の近くにいたルイズなど目に映らないように悠然と。 「き……、来たぜジャイロ」 才人が唾を飲み下しながら、上ずった声で言う。 「あぁ。そんじゃよォ、戦闘開始といくか」 二人は全力で駆け出した。キュルケとは、真逆の方向に。 「に……逃げた!? あ、あんた達! 助けるんじゃなかったの!?」 てっきり立ち向かうものだと思っていた彼女は、二人の行動に唖然とした。 「るせーよおチビ! これも作戦だ! 作戦! オメーもそこにいねーでさっさと逃げろ!」 走り去るジャイロが、ルイズに向かって叫ぶ。 「だめよ……。逃がしたりなんか、しないんだから」 キュルケを包む炎が、彼女の背中で集まり、圧縮していく。 そして熱気が拡散し、ルイズが熱さを再び感じたとき、キュルケは炎の勢いで何メイルと飛翔した。 「な、なんだよあいつ! 背中にロケットエンジンでも積んでんじゃねーのか!?」 一気に押し迫るキュルケの姿を見て、才人が驚く。 「とにかく走れ! 追いつかれたら真っ黒焦げにされんぞ!」 障害物となる木々が多い林の散歩道に、二人は逃げ込んでいく。 キュルケもその後を追って、遠く、小さくなっていった。 ルイズは、黙ってそれを見送った、のだったが。 「……何よ」 最初は、少しだけイラッとした。片隅で青い顔で寝っ転がるギーシュが、なんとなくムカついたので、胴を蹴ってみる。何の反応も無い。それにまたイラっときたので、もう一回、今度は顔面を蹴った。 今度ばかりは被害者のギーシュは、青い顔のまま、真っ赤な血を流していた。 どうしてこんなに、イライラしているんだろうと、ルイズは考える。その原因を探っていくと、すぐにその理由がわかってしまう。 「……キュルケ。そうよキュルケよ。にっくいツェルプストー。あいつのせいよ。きっとそうだわ。そうに決まってる!」 今日の彼女は、朝から晩まで、ストレスの塊だった。その中心には必ず、にくいにっくいと何度も思った、――あの赤い髪がいた。 午前の授業中、才人に色仕掛けでちょっかいを出して。 そうかと思えば、今度は反抗ばっかりする使い魔に自身のコンプレックスを、よりにもよってあいつと比較された。 そして今度は、やっとまどろみかけたころに、騒々しい物音で起こされ、文句を言ってやろうと行ってみたら、キュルケと才人がアノネノネ…… ここまで思い返し、頭が怒りで白くなっていくのを、ルイズははっきり認識する。 さらにさらに、人の部屋のドアを燃やした挙句、椅子と燭台まで灰にしてくれたのである。 おまけに、お気に入りのカーテンまで台無しにされた。……これはキュルケが直接やったわけではなかったけれど、おおむね似たようなものである。 つまり、今、私がこれでもかとイライラしているのは、兎にも角にもあのツェルプストーのせいなんだ。と、ルイズは結論づけた。 それに。……今また使い魔が、またもキュルケに狙われているのも、許せなかった。 ジャイロが彼女に、『どっかに隠れてろ』と言ったことも、……今の彼女にとってはムカつく一因だった。 『隠れてろ』ってことは、自分は役に立たない、って言われたのと、変わりないことなんだと。 足手まといだから来ないでくれって言われたのと、同じことじゃないと、彼女は思った。 「私の使い魔のくせに……、私に、命令しないでよ。冗談じゃないわ!」 もしかすると、主人の身を案じて言ったのかもしれないのに、とは、どうやっても考え付かなかいようだった。どんな親身な言葉も、今の彼女には火に油を注ぐだけなのだった。 とにかく……、今までの分も含めて、まとめてお返ししないと気が済まないと、彼女は思ったので。 彼らが行った方向に、ルイズもまた両手をふり上げて追い駆けて行くのであった。 木々を障害物にしながら、その間を縫うようにして距離を稼いで逃げ回る。 ジャイロと才人は汗だくになりながら、キュルケとの間合いを少しでも離そうと必死に走っていたが、対するキュルケはあくまでも真っ直ぐに進んで、彼らを追い詰める。 邪魔な木は、全て燃やしながら進んでくるのだ。木が燃え尽きるわずかの間だけ距離が稼げるが、すぐにそれは灼熱の炎が噴き荒れる速度で追いつかれてしまう。 イタチごっこと言えばいいのか、この場合は、と才人は毒づく。 しかしそれも、すぐに終わった。 林を、抜けてしまったのだ。広場が目の前にあるだけで、身を隠すものも場所もない。 追いかけっこは……、終わりになってしまった。 振り返らなくとも、追いつかれたことがわかる。 さっきよりも凄まじい熱気が、背中に浴びせられたからだ。 ジャイロと才人は、見たくないな、と思いながらも、ゆっくりと振り向いた。 薄く微笑んだキュルケが、火の灯りに浮かぶように照らされて、そこにいた。 「……うふ。追いついちゃったわね。……ねぇ、追いかけっこは、もうお仕舞い?」 唇に指を押しあてる仕草をしながら、キュルケが甘く息を吐くように言った。 「おい……。まずいぞジャイロ。なんかいい方法とかあるんだろ!? 頼むぜ!」 才人が、隣のジャイロに聞くが。 「そんな方法がありゃーよォ、……逃げ回ったりなんかしねーっつーの」 あっけらかんと、ジャイロが言った。 「な、なんだそれ!? お前考えもなしに逃げてたのかよ!?」 「いや、まぁー……。逃げ回って時間稼げぎゃ、いー考えの一つくらい浮かぶと思ったんだけどなァ」 「うっわー。最低だお前!」 才人がバンザイの格好をする。ついていけねーとでも言いたそうだった。 「んーだと。んじゃオメーがなんか考えろよ。オレにそんぐれー言うんだから、なんかいい案あんだろーな!?」 「あるかそんなもん! さっきお前が作戦とか言ってたじゃねーか! その作戦はどうしたんだよ!」 「あーでも言わねーと、おチビまでついてきそうだったんでよ。……つい、な。つい」 「つい、で済むことかよ! ごめんで済んだらケーサツいらねーって理屈と同じレベルだぞそれ!」 目の前に危機が迫っているにもかかわらず、口論になる少年と大人気ない青年。 その二人の口論が止んだのは、……キュルケが無造作に放った炎が細い帯となって飛びかかって来たからだった。二人は必死で跳ね逃げ、顔面のうぶ毛が軽く焦げ、ひりひりと感じる程度で済んだが。 「レディを蔑ろにするなんて、マナー違反よ。ジェントルメン?」 キュルケがくるくると回転させた指の動きにあわせ、炎が踊る。退屈を紛らわせるように、それを弄んでいた。 「……軽蔑したっつーんなら、このままお引取りしてもらって構わねーぜ? ミス?」 ニョホホと強がって、ジャイロがキュルケに言った。 「……まさか。これからいっぱい、楽しませてくれるんでしょ?」 ウィンクしながら、キュルケが微笑む。周りに渦巻く炎が勢いよく、吹き上がる。 「……こ、こうなったら。やるしか……、戦うしか、ねぇよな……」 才人が剣を握り締め、キュルケに真っ向から立ち向かおうとする。 「よせ才人! 闇雲に攻めてどーにかできる相手じゃねェ! おチビが言ったとおりになりやがった。こいつはギーシュとは比べようがねェ!」 ジャイロが勝負に出ようとする才人を戒める。だが才人は、彼の忠告に耳を貸さず、キュルケに向かって飛び出したのだった。 「うおおおおりゃあああああっ!!」 振り上げた剣を真っ直ぐに振り下ろす! しかし、その動きはキュルケに読まれていた。才人の目の前に、キュルケが振り上げた腕が放つ炎がそびえ立つ。 そのまま炎の壁に突っ込もうとした才人は、左足に力を込め、地面を蹴って右側に跳んだ。間一髪で炎を避けた才人が、今度は右足に力を込めて加速し、キュルケに横から突進する! この一瞬、キュルケが操る炎は前方に集中していた。わずかに揺らめく炎を突っ切り、才人はキュルケに迫る! そのまま、剣を突き刺せば、倒せたのだろう。 だが才人は躊躇した。気絶させよう思って突っ込んだのに、思いっきり刃を突きつけていたので、これはマズいと我に返り、剣をひねって剣の腹で、頭を小突いてやろうとしたのだ。 その一瞬の判断が、絶好のチャンスをも逃すことになった。 キュルケの前でうねる炎が、戻る波のように才人とキュルケに押し寄せてくる。才人はあわてて後ろに下がるが、剣の刀身が半分、炎に飲まれてしまい、その部分がすっぽりと無くなってしまった。 炎を支配するキュルケは、青銅を一瞬で溶かすほどの熱を全身に受けたのに、ピンピンしている。 なんとか距離を取って、才人がジャイロの近くまで戻ってきたが、もう一度同じように突っ込むのは、出来そうになかった。 「な、な、な、なんだよあれ! つーかありえねえって! 熱力学とかガン無視してるって! ゼッテーおかしいっての!」 「だから言ったろ。……あれが今のあいつの魔法……いや“能力”ってやつだ。前にオレの鉄球をあいつの赤トカゲに溶かされたことがあったがよォ。……その何倍もの炎を操ってるみてーだな。……くそっ。こんな青銅の球じゃ、ぶつけたところでたかが知れてるぜ」 舌打ちしながら、ジャイロはキュルケを見る。二人に残された武器は歪な青銅の球と、半分になった剣。 劣勢は、さらに劣悪な状況になってしまった。 「……もう終わり? つまんないわねぇ。……じゃーあ。今度はあたしがしたいようにするわね」 キュルケが、人差し指を立て、静かに頭の上に掲げた。その指先に、炎が纏わりつく。塊となった炎はやがて恒星のように爛々と輝く熱球と化していく。 これが彼女の得意とする魔法『ファイヤーボール』だと、二人は知らない。 そして、同じように学院の誰に見せても、『ファイヤーボール』だとは信じないだろう。余りにも、規模が違いすぎるから。 「さ、燃えて。そしてあたしを気持ちよくさせて」 にっこりと微笑んで、キュルケが死刑宣告する。 「ジャイロ! おい! どーすんだよジャイロ! こりゃマジで……」 「うるせーぞ才人! いま考えてんだから黙ってろ!」 後ろで喚く才人の口を塞いで、ジャイロが大火球を睨みつけた。 キュルケの指が、ゆっくりと獲物を指そうとした、そのとき。 「ま、待ちなさいキュルケ! それ以上の乱暴狼藉、ぜ、ぜ絶対に、ゆ、ゆゆ、許さないんだから!」 なんとも頼りない助っ人だったが、……ルイズが使い魔の窮地を救うべく、この土壇場に駆けつけたのだった。 何よ。何よ何なのよあれは。と、ルイズは思った。 キュルケの頭上に、ありえないほどの大きさの火の玉が浮かんでいる。 あのぐらいの炎を操るなんて、スクウェアクラスのメイジ……それも『火』の系統が四乗で制御できるほどの大魔法使いでないと無理だわ、とルイズは思い至る。 なんだかとんでもないものに取り憑かれているにしても、これは反則よ、と毒づいた。 「ルイズ……、邪魔するの? 人の恋路を邪魔すると、火葬されてあの世に逝くのよ。知らないでしょ?」 キュルケが、ジャイロ達ではなく、ルイズに向き直る。 あの巨大な火球を、ゼロの魔法使いにぶつけるつもりらしかった。 膝が嗤って、力が抜けそうになるのを必死に堪え、ルイズは杖を強く握って構える。 「おチビ! オメーじゃどうやったって無理だ! さっさと逃げろ!」 ジャイロが叫ぶ。その警告を、彼女は無視した。 ここで魔法を成功させなければ死ぬと、分かりきっている。だから本当は、逃げたほうがいいということも、よく分かっていた。 それでも、彼女は逃げなかった。ただ必死に歯の根に力を込めて、震えを噛み殺していた。 ツェルプストーに、絶対、背中は見せない。そう覚悟を決めた。無謀だと思っても、下がらない。下がれない。 ――どんな魔法なら。有効なのかと、必死に考える。キュルケの魔法は『火』の系統だ。それなら、同じ『火』を使うと、力負けすると思った。 反対の属性である『水』ならどうか。……焚き火を霧吹きで消すようなものだ。 『土』の属性。熱と火炎を防げるほどの壁など、作れない。 それなら――『風』はどうか。風は吹き飛ばす。そこまでいかなくても、火球を逸らすくらいなら、出来るかもしれないと、彼女は思った。 決めた。『風』の魔法を使おう。初歩の魔法でも、それなりに効果はあるかもしれないと、ルイズは考え、覚悟を決めた。 使う魔法は『エア・ハンマー』――突風をぶつける、攻撃魔法。でも攻撃じゃない。目的は防御。生き延びて、自らの誇りを守るための、最善の方法を取る。 必死に詠唱する。 その詠唱が完成したのと同時に、キュルケが魔法を解き放った。 ゆっくりと、しかし確実に、灼熱地獄の入り口は近づいていく。 対するルイズの魔法は、作動しない。起動しない。 「ルイズ!」 「逃げろおチビ!」 二人の声が、彼女には遠く聞こえた。 果たして、風は――巻き起こったのだ。『爆風』という形で。 キュルケの手前で、大きく地面が爆ぜる。びりびりとした振動が、大気を奮わせた。 「そんな……。失敗!?」 愕然としたルイズの顔が、熱くなる。火の玉は、目前に迫っていた。 「あ……。あ、ああ……」 ルイズはもう、炎の耀さで目の前が白くなって、何も見えない。 才人がルイズを救おうと駆け出す! だが遠い! ジャイロが球体を投げつけようとする! だが遅い! 熱い。灼ける。熱い。耐えられない! あまりの絶望感としの恐怖感で、ルイズは目を瞑る以外、何もできなかった。 熱気が、……去った。ルイズは、まだ自分の心臓が脈打っていることに気付いて、恐る恐る、目を開けた。 巨大な恒星は、元いた場所に還るように、空高く昇って行く。そのルイズの周りには、風が巻き起こっていた。 「せ、成功……したの?」 信じられなくて、思わず呟いた。 「危機一髪」 後ろから、自分ではない声がした。振り向くと立っていたのは。 「タバサ!?」 いつもの無表情で、タバサがルイズの後ろにいた。ルイズを大火球から救ったのは、タバサが唱えた魔法だったというわけだ。 「今来た」ばかりなので、事情をよく知らない。 「三行」で分かるくらい、簡潔に説明してほしい。と、言うことらしい。 「赤髪ねーちゃんがタチの悪いもんに取り憑かれた。助けるからオメーも手を貸してくれ。気ーつけろ、とんでもなく手強いぜ」 ジャイロが言葉尻を察知し、説明する。 「理解。……支援する」 「ありがてェ。頼むぜ先生」 ニョホホ、とジャイロが笑った。 ジャイロと才人が並んでいた。ルイズとタバサが反対側にいる。その中央にいる、キュルケは。 「うっ……。う、うあああぁあ。……あ、ぐぅっ……」 突然、苦しみ悶えていた。 「な、なんだ!? 一体、どうしたってんだ?」 理由がわからず、才人が首を傾げる。 「才人。どーやらよォ、おチビの攻撃が功を奏したらしい。見てみろ……あれが、悪魔の正体だ」 ジャイロに促され、才人はキュルケを見た。いまキュルケは腕を抱えて苦しんでいる。だが……、その腕は、彼女のものでは、ない。 キュルケの左腕から、干からびた別の腕が生えていたのだから! ジャイロは、一部始終を見ていた。ルイズが爆発を起こした瞬間、キュルケは爆風の衝撃をまともに受けた。それは炎の熱気で相殺されたように見えたが、その実、そうではなかったのだ。 爆風の衝撃はキュルケの体に浸透し、あのミイラの腕を体外に押し出したのだ! いま、キュルケはあの腕の支配から逃れかかっている。 「つまりよォ。あの腕を完璧に離してやりゃ、元に戻るってことだぜ! おい! おいおチビ! もう一回やれ! オメーの攻撃が効いてるぞ! やれ! モタモタすんな!」 「え? え? そ、そうなの!?」 いきなり、呼ばれて、面食らいながらも慌ててルイズは詠唱する。 「……う。う、うああああああああああああああああああっ!!!」 だがそれよりも早く、キュルケが炎を操り、火炎を渦のように巻き起こす。 ジャイロと才人は火炎から逃げるように距離を置く。タバサが風を起こし、炎を弾いて自分とルイズを守る。 しかし炎の勢いが強く、タバサは先ほどの大火球を逸らすために魔力を大量に消費し、いまはもう、この炎を完全に防ぎ切ることは出来そうにない。 じりじりと、少しずつタバサの風は、キュルケの炎に浸食される。そして、熱気が髪を燃やすまであとわずかに迫ったとき。 熱気の薄いところをダッシュで突破し駆けつけた才人が、タバサとルイズの胴を掴む。 「ジャイロから伝言だ! 一瞬でいい! 相手が見えなくなるくらいの風を起こせるか!?」 タバサは、……頷いた。 突風は嵐の如く吹き荒び、キュルケの炎を巻き上げ、視界を奪う。 その風が止んだとき、キュルケの前から、四人の姿は消え失せていた。 「頼りはオメーだ。頼んだぜ」 木々の向こうに隠れ、即興で立てた最後の作戦に、全員が頷いた。 ----
「……ふん。あきらめないわよ」 ルイズが怒りと共に使い魔二人を連れ去った後の、キュルケの部屋で、彼女はそう呟いた。 もう少し、あと少しで、めくるめく楽しい男と女のひと時が過ごせたのに。 そう思うと、やるせない。欲求不満だ。 おあずけをくった犬のような気持ちに、苛立たしさを覚えた。 とは言っても、お相手の二人が忌々しいチビのルイズに連れ戻されてしまったのだから仕方がない。今日のところはもう、寝てしまおうと彼女は考えた。 朝まで悶々とした気持ちを引きずるよりはマシでしょうと、思ったからだ。積極的なアタックをする反面、すっぱりと割り切るドライな顔も持ち合せている、彼女なりの結論だった。 そうして、ベッドに入ろうと毛布をめくったとき。 ――諦めないんじゃ、なかったの? そう、誰かに問いかけられた。 「誰?」 見渡す。けれど、誰もいない。使い魔であるフレイムは、人語を話さないから、違うはずだ。 それに、今の言葉は、耳から聞こえたというより。 ――それでいいの? また、聞こえる。いいや、聞こえるのではなく、響く。頭の中に、直接。 ――満足、できるの? どこから、伝わってくる声なのか。 もう一度、ゆっくりと辺りを見渡したキュルケが、姿見の鏡を見つめ、視線が止まる。 ――我慢なんて、できないんでしょ? 鏡に映った自分が、そう、自分に問いかけていた。 「あなた……が?」 キュルケは手を伸ばす。 鏡の自分も手を伸ばす。 そしてキュルケの掌が、鏡面に触れようとしたとき。 鏡の中から、自分のものではない手が、伸びてきた。 指と指が触れ合う。 自分の指に、相手の指が抵抗なく同化するという、気持ち悪い感触に肌が粟立つのをキュルケは感じ、そして電流が流れたような感覚が、全身を覆った。 幸運にもそこで、キュルケの意識は途切れることができた。 ジャイロと才人がお互いに武器を手に取ったのと同時に、キュルケが煌々と紅く染まった炎を従え、二人の前に降り立った。 そのまま、彼らの前に向かって歩き出す。彼らより自分の近くにいたルイズなど目に映らないように悠然と。 「き……、来たぜジャイロ」 才人が唾を飲み下しながら、上ずった声で言う。 「あぁ。そんじゃよォ、戦闘開始といくか」 二人は全力で駆け出した。キュルケとは、真逆の方向に。 「に……逃げた!? あ、あんた達! 助けるんじゃなかったの!?」 てっきり立ち向かうものだと思っていた彼女は、二人の行動に唖然とした。 「るせーよおチビ! これも作戦だ! 作戦! オメーもそこにいねーでさっさと逃げろ!」 走り去るジャイロが、ルイズに向かって叫ぶ。 「だめよ……。逃がしたりなんか、しないんだから」 キュルケを包む炎が、彼女の背中で集まり、圧縮していく。 そして熱気が拡散し、ルイズが熱さを再び感じたとき、キュルケは炎の勢いで何メイルと飛翔した。 「な、なんだよあいつ! 背中にロケットエンジンでも積んでんじゃねーのか!?」 一気に押し迫るキュルケの姿を見て、才人が驚く。 「とにかく走れ! 追いつかれたら真っ黒焦げにされんぞ!」 障害物となる木々が多い林の散歩道に、二人は逃げ込んでいく。 キュルケもその後を追って、遠く、小さくなっていった。 ルイズは、黙ってそれを見送った、のだったが。 「……何よ」 最初は、少しだけイラッとした。片隅で青い顔で寝っ転がるギーシュが、なんとなくムカついたので、胴を蹴ってみる。何の反応も無い。それにまたイラっときたので、もう一回、今度は顔面を蹴った。 今度ばかりは被害者のギーシュは、青い顔のまま、真っ赤な血を流していた。 どうしてこんなに、イライラしているんだろうと、ルイズは考える。その原因を探っていくと、すぐにその理由がわかってしまう。 「……キュルケ。そうよキュルケよ。にっくいツェルプストー。あいつのせいよ。きっとそうだわ。そうに決まってる!」 今日の彼女は、朝から晩まで、ストレスの塊だった。その中心には必ず、にくいにっくいと何度も思った、――あの赤い髪がいた。 午前の授業中、才人に色仕掛けでちょっかいを出して。 そうかと思えば、今度は反抗ばっかりする使い魔に自身のコンプレックスを、よりにもよってあいつと比較された。 そして今度は、やっとまどろみかけたころに、騒々しい物音で起こされ、文句を言ってやろうと行ってみたら、キュルケと才人がアノネノネ…… ここまで思い返し、頭が怒りで白くなっていくのを、ルイズははっきり認識する。 さらにさらに、人の部屋のドアを燃やした挙句、椅子と燭台まで灰にしてくれたのである。 おまけに、お気に入りのカーテンまで台無しにされた。……これはキュルケが直接やったわけではなかったけれど、おおむね似たようなものである。 つまり、今、私がこれでもかとイライラしているのは、兎にも角にもあのツェルプストーのせいなんだ。と、ルイズは結論づけた。 それに。……今また使い魔が、またもキュルケに狙われているのも、許せなかった。 ジャイロが彼女に、『どっかに隠れてろ』と言ったことも、……今の彼女にとってはムカつく一因だった。 『隠れてろ』ってことは、自分は役に立たない、って言われたのと、変わりないことなんだと。 足手まといだから来ないでくれって言われたのと、同じことじゃないと、彼女は思った。 「私の使い魔のくせに……、私に、命令しないでよ。冗談じゃないわ!」 もしかすると、主人の身を案じて言ったのかもしれないのに、とは、どうやっても考え付かなかいようだった。どんな親身な言葉も、今の彼女には火に油を注ぐだけなのだった。 とにかく……、今までの分も含めて、まとめてお返ししないと気が済まないと、彼女は思ったので。 彼らが行った方向に、ルイズもまた両手をふり上げて追い駆けて行くのであった。 木々を障害物にしながら、その間を縫うようにして距離を稼いで逃げ回る。 ジャイロと才人は汗だくになりながら、キュルケとの間合いを少しでも離そうと必死に走っていたが、対するキュルケはあくまでも真っ直ぐに進んで、彼らを追い詰める。 邪魔な木は、全て燃やしながら進んでくるのだ。木が燃え尽きるわずかの間だけ距離が稼げるが、すぐにそれは灼熱の炎が噴き荒れる速度で追いつかれてしまう。 イタチごっこと言えばいいのか、この場合は、と才人は毒づく。 しかしそれも、すぐに終わった。 林を、抜けてしまったのだ。広場が目の前にあるだけで、身を隠すものも場所もない。 追いかけっこは……、終わりになってしまった。 振り返らなくとも、追いつかれたことがわかる。 さっきよりも凄まじい熱気が、背中に浴びせられたからだ。 ジャイロと才人は、見たくないな、と思いながらも、ゆっくりと振り向いた。 薄く微笑んだキュルケが、火の灯りに浮かぶように照らされて、そこにいた。 「……うふ。追いついちゃったわね。……ねぇ、追いかけっこは、もうお仕舞い?」 唇に指を押しあてる仕草をしながら、キュルケが甘く息を吐くように言った。 「おい……。まずいぞジャイロ。なんかいい方法とかあるんだろ!? 頼むぜ!」 才人が、隣のジャイロに聞くが。 「そんな方法がありゃーよォ、……逃げ回ったりなんかしねーっつーの」 あっけらかんと、ジャイロが言った。 「な、なんだそれ!? お前考えもなしに逃げてたのかよ!?」 「いや、まぁー……。逃げ回って時間稼げぎゃ、いー考えの一つくらい浮かぶと思ったんだけどなァ」 「うっわー。最低だお前!」 才人がバンザイの格好をする。ついていけねーとでも言いたそうだった。 「んーだと。んじゃオメーがなんか考えろよ。オレにそんぐれー言うんだから、なんかいい案あんだろーな!?」 「あるかそんなもん! さっきお前が作戦とか言ってたじゃねーか! その作戦はどうしたんだよ!」 「あーでも言わねーと、おチビまでついてきそうだったんでよ。……つい、な。つい」 「つい、で済むことかよ! ごめんで済んだらケーサツいらねーって理屈と同じレベルだぞそれ!」 目の前に危機が迫っているにもかかわらず、口論になる少年と大人気ない青年。 その二人の口論が止んだのは、……キュルケが無造作に放った炎が細い帯となって飛びかかって来たからだった。二人は必死で跳ね逃げ、顔面のうぶ毛が軽く焦げ、ひりひりと感じる程度で済んだが。 「レディを蔑ろにするなんて、マナー違反よ。ジェントルメン?」 キュルケがくるくると回転させた指の動きにあわせ、炎が踊る。退屈を紛らわせるように、それを弄んでいた。 「……軽蔑したっつーんなら、このままお引取りしてもらって構わねーぜ? ミス?」 ニョホホと強がって、ジャイロがキュルケに言った。 「……まさか。これからいっぱい、楽しませてくれるんでしょ?」 ウィンクしながら、キュルケが微笑む。周りに渦巻く炎が勢いよく、吹き上がる。 「……こ、こうなったら。やるしか……、戦うしか、ねぇよな……」 才人が剣を握り締め、キュルケに真っ向から立ち向かおうとする。 「よせ才人! 闇雲に攻めてどーにかできる相手じゃねェ! おチビが言ったとおりになりやがった。こいつはギーシュとは比べようがねェ!」 ジャイロが勝負に出ようとする才人を戒める。だが才人は、彼の忠告に耳を貸さず、キュルケに向かって飛び出したのだった。 「うおおおおりゃあああああっ!!」 振り上げた剣を真っ直ぐに振り下ろす! しかし、その動きはキュルケに読まれていた。才人の目の前に、キュルケが振り上げた腕が放つ炎がそびえ立つ。 そのまま炎の壁に突っ込もうとした才人は、左足に力を込め、地面を蹴って右側に跳んだ。間一髪で炎を避けた才人が、今度は右足に力を込めて加速し、キュルケに横から突進する! この一瞬、キュルケが操る炎は前方に集中していた。わずかに揺らめく炎を突っ切り、才人はキュルケに迫る! そのまま、剣を突き刺せば、倒せたのだろう。 だが才人は躊躇した。気絶させよう思って突っ込んだのに、思いっきり刃を突きつけていたので、これはマズいと我に返り、剣をひねって剣の腹で、頭を小突いてやろうとしたのだ。 その一瞬の判断が、絶好のチャンスをも逃すことになった。 キュルケの前でうねる炎が、戻る波のように才人とキュルケに押し寄せてくる。才人はあわてて後ろに下がるが、剣の刀身が半分、炎に飲まれてしまい、その部分がすっぽりと無くなってしまった。 炎を支配するキュルケは、青銅を一瞬で溶かすほどの熱を全身に受けたのに、ピンピンしている。 なんとか距離を取って、才人がジャイロの近くまで戻ってきたが、もう一度同じように突っ込むのは、出来そうになかった。 「な、な、な、なんだよあれ! つーかありえねえって! 熱力学とかガン無視してるって! ゼッテーおかしいっての!」 「だから言ったろ。……あれが今のあいつの魔法……いや“能力”ってやつだ。前にオレの鉄球をあいつの赤トカゲに溶かされたことがあったがよォ。……その何倍もの炎を操ってるみてーだな。……くそっ。こんな青銅の球じゃ、ぶつけたところでたかが知れてるぜ」 舌打ちしながら、ジャイロはキュルケを見る。二人に残された武器は歪な青銅の球と、半分になった剣。 劣勢は、さらに劣悪な状況になってしまった。 「……もう終わり? つまんないわねぇ。……じゃーあ。今度はあたしがしたいようにするわね」 キュルケが、人差し指を立て、静かに頭の上に掲げた。その指先に、炎が纏わりつく。塊となった炎はやがて恒星のように爛々と輝く熱球と化していく。 これが彼女の得意とする魔法『ファイヤーボール』だと、二人は知らない。 そして、同じように学院の誰に見せても、『ファイヤーボール』だとは信じないだろう。余りにも、規模が違いすぎるから。 「さ、燃えて。そしてあたしを気持ちよくさせて」 にっこりと微笑んで、キュルケが死刑宣告する。 「ジャイロ! おい! どーすんだよジャイロ! こりゃマジで……」 「うるせーぞ才人! いま考えてんだから黙ってろ!」 後ろで喚く才人の口を塞いで、ジャイロが大火球を睨みつけた。 キュルケの指が、ゆっくりと獲物を指そうとした、そのとき。 「ま、待ちなさいキュルケ! それ以上の乱暴狼藉、ぜ、ぜ絶対に、ゆ、ゆゆ、許さないんだから!」 なんとも頼りない助っ人だったが、……ルイズが使い魔の窮地を救うべく、この土壇場に駆けつけたのだった。 何よ。何よ何なのよあれは。と、ルイズは思った。 キュルケの頭上に、ありえないほどの大きさの火の玉が浮かんでいる。 あのぐらいの炎を操るなんて、スクウェアクラスのメイジ……それも『火』の系統が四乗で制御できるほどの大魔法使いでないと無理だわ、とルイズは思い至る。 なんだかとんでもないものに取り憑かれているにしても、これは反則よ、と毒づいた。 「ルイズ……、邪魔するの? 人の恋路を邪魔すると、火葬されてあの世に逝くのよ。知らないでしょ?」 キュルケが、ジャイロ達ではなく、ルイズに向き直る。 あの巨大な火球を、ゼロの魔法使いにぶつけるつもりらしかった。 膝が嗤って、力が抜けそうになるのを必死に堪え、ルイズは杖を強く握って構える。 「おチビ! オメーじゃどうやったって無理だ! さっさと逃げろ!」 ジャイロが叫ぶ。その警告を、彼女は無視した。 ここで魔法を成功させなければ死ぬと、分かりきっている。だから本当は、逃げたほうがいいということも、よく分かっていた。 それでも、彼女は逃げなかった。ただ必死に歯の根に力を込めて、震えを噛み殺していた。 ツェルプストーに、絶対、背中は見せない。そう覚悟を決めた。無謀だと思っても、下がらない。下がれない。 ――どんな魔法なら。有効なのかと、必死に考える。キュルケの魔法は『火』の系統だ。それなら、同じ『火』を使うと、力負けすると思った。 反対の属性である『水』ならどうか。……焚き火を霧吹きで消すようなものだ。 『土』の属性。熱と火炎を防げるほどの壁など、作れない。 それなら――『風』はどうか。風は吹き飛ばす。そこまでいかなくても、火球を逸らすくらいなら、出来るかもしれないと、彼女は思った。 決めた。『風』の魔法を使おう。初歩の魔法でも、それなりに効果はあるかもしれないと、ルイズは考え、覚悟を決めた。 使う魔法は『エア・ハンマー』――突風をぶつける、攻撃魔法。でも攻撃じゃない。目的は防御。生き延びて、自らの誇りを守るための、最善の方法を取る。 必死に詠唱する。 その詠唱が完成したのと同時に、キュルケが魔法を解き放った。 ゆっくりと、しかし確実に、灼熱地獄の入り口は近づいていく。 対するルイズの魔法は、作動しない。起動しない。 「ルイズ!」 「逃げろおチビ!」 二人の声が、彼女には遠く聞こえた。 果たして、風は――巻き起こったのだ。『爆風』という形で。 キュルケの手前で、大きく地面が爆ぜる。びりびりとした振動が、大気を奮わせた。 「そんな……。失敗!?」 愕然としたルイズの顔が、熱くなる。火の玉は、目前に迫っていた。 「あ……。あ、ああ……」 ルイズはもう、炎の耀さで目の前が白くなって、何も見えない。 才人がルイズを救おうと駆け出す! だが遠い! ジャイロが球体を投げつけようとする! だが遅い! 熱い。灼ける。熱い。耐えられない! あまりの絶望感と恐怖感で、ルイズは目を瞑る以外、何もできなかった。 熱気が、……去った。ルイズは、まだ自分の心臓が脈打っていることに気付いて、恐る恐る、目を開けた。 巨大な恒星は、元いた場所に還るように、空高く昇って行く。そのルイズの周りには、風が巻き起こっていた。 「せ、成功……したの?」 信じられなくて、思わず呟いた。 「危機一髪」 後ろから、自分ではない声がした。振り向くと立っていたのは。 「タバサ!?」 いつもの無表情で、タバサがルイズの後ろにいた。ルイズを大火球から救ったのは、タバサが唱えた魔法だったというわけだ。 「今来た」ばかりなので、事情をよく知らない。 「三行」で分かるくらい、簡潔に説明してほしい。と、言うことらしい。 「赤髪ねーちゃんがタチの悪いもんに取り憑かれた。助けるからオメーも手を貸してくれ。気ーつけろ、とんでもなく手強いぜ」 ジャイロが言葉尻を察知し、説明する。 「理解。……支援する」 「ありがてェ。頼むぜ先生」 ニョホホ、とジャイロが笑った。 ジャイロと才人が並んでいた。ルイズとタバサが反対側にいる。その中央にいる、キュルケは。 「うっ……。う、うあああぁあ。……あ、ぐぅっ……」 突然、苦しみ悶えていた。 「な、なんだ!? 一体、どうしたってんだ?」 理由がわからず、才人が首を傾げる。 「才人。どーやらよォ、おチビの攻撃が功を奏したらしい。見てみろ……あれが、悪魔の正体だ」 ジャイロに促され、才人はキュルケを見た。いまキュルケは腕を抱えて苦しんでいる。だが……、その腕は、彼女のものでは、ない。 キュルケの左腕から、干からびた別の腕が生えていたのだから! ジャイロは、一部始終を見ていた。ルイズが爆発を起こした瞬間、キュルケは爆風の衝撃をまともに受けた。それは炎の熱気で相殺されたように見えたが、その実、そうではなかったのだ。 爆風の衝撃はキュルケの体に浸透し、あのミイラの腕を体外に押し出したのだ! いま、キュルケはあの腕の支配から逃れかかっている。 「つまりよォ。あの腕を完璧に離してやりゃ、元に戻るってことだぜ! おい! おいおチビ! もう一回やれ! オメーの攻撃が効いてるぞ! やれ! モタモタすんな!」 「え? え? そ、そうなの!?」 いきなり、呼ばれて、面食らいながらも慌ててルイズは詠唱する。 「……う。う、うああああああああああああああああああっ!!!」 だがそれよりも早く、キュルケが炎を操り、火炎を渦のように巻き起こす。 ジャイロと才人は火炎から逃げるように距離を置く。タバサが風を起こし、炎を弾いて自分とルイズを守る。 しかし炎の勢いが強く、タバサは先ほどの大火球を逸らすために魔力を大量に消費し、いまはもう、この炎を完全に防ぎ切ることは出来そうにない。 じりじりと、少しずつタバサの風は、キュルケの炎に浸食される。そして、熱気が髪を燃やすまであとわずかに迫ったとき。 熱気の薄いところをダッシュで突破し駆けつけた才人が、タバサとルイズの胴を掴む。 「ジャイロから伝言だ! 一瞬でいい! 相手が見えなくなるくらいの風を起こせるか!?」 タバサは、……頷いた。 突風は嵐の如く吹き荒び、キュルケの炎を巻き上げ、視界を奪う。 その風が止んだとき、キュルケの前から、四人の姿は消え失せていた。 「頼りはオメーだ。頼んだぜ」 木々の向こうに隠れ、即興で立てた最後の作戦に、全員が頷いた。 ----

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