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『女教皇と青銅の魔術師』-1 - (2007/06/16 (土) 18:20:16) の1つ前との変更点

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『女教皇と青銅の魔術師』 某教師の日記 ○月○日 先日手に入れた東洋の海草から抽出した秘薬の成果が出たのか、頭皮がむず痒い。 大枚をはたいた甲斐があった。 この海草成分の何が効いたのかを研究すれば、さらなる成果を生み出せるだろう。 淡水で育ち養殖が簡単なものから抽出できれば、この薬だけで巨万の富を築ける。 東洋の生物図鑑のセットを経理に陳情。最優先としておく。 あと、本日は恒例の春の使い魔召喚の日であったが、平民を呼び出した生徒が二人出た。 ルーンが両者独特であった。これも今後の研究対象にメモしておこう。 ギーシュ・ド・グラモンは武門の生まれである。 父も兄も立派な騎士であり、ギーシュは彼らに並び立つべく努力していた。 しかし現在の彼はドットメイジ。土の最底辺のメイジでしかない。 一応それなりの術は使えるが、戦力としてはまだまだ未熟。 親兄弟に認められる為にはもっと強力な、戦場でも役に立つほどの力が要る。 認められなければ? ―――知れたこと。血縁上価値ある人質として適当な人脈の娘をあてがわされ、ただの種馬扱いにされる。 他の貴族はいざ知らず、グラモン家は実力でその地位を掴み取った貴族なのだ。 力無い身内は、足手まとい。 だから彼は、使い魔の儀式には悲壮な決意をもって(外面は何事もないかのように振舞いつつ)挑んだ。 そして… 「はい?」 ギーシュは困惑していた。 召喚の儀式自体はうまくいった。呪文もつっかえなかったし、手応えだってあった。 一ヶ月前からの特訓(もちろん皆には秘密だ)は無駄ではなかったとほっとしたくらいだ。 ―――なのに何故、目の前には 顔面に重傷を負った女が、倒れているのか――― …級友は静まり返っている。リアクションに困っているようだ。 (ひょっとしたら僕がこの平民に大怪我させたって思われてる?) 「コルベール先生!召喚に失敗したようなのでもう一度やらせて下さい」 とりあえず怪我人を仰向けにしながら云う。目は開いているが意識は無いようだ。 (うわこの平民歯をボロボロに砕かれてる…グロい…) 友人がおっかなびっくり近づいてきて覗き込む。 「…うわ」「…ねえギーシュ、それ生きてるの?」「ぅぇぇ(嘔吐中)」 泣きたくなった。 誰も好き好んでこんなの召喚しねえよと言おうとしたら、コルベールU字禿から駄目押しが来た。 「ダメだ。君のやった儀式には何も問題は無かった。それは君が正しく召喚しそれに応えた使い魔だ。」 「…(心中罵詈雑言の嵐一分間)わかりました先生。では…契約します…」 口がボロボロなので上唇だけにキスをする。 (うう…なんでこんな目に…後でモンモランシーに口直しを…ってアレ?) ルーンが刻まれていく最中もその女は反応を示さなかった。 精神リンク確立。呼びかけるも思考の反応なし。やっぱり意識が無いのか… 五感リンク確立…ってしぎゃぁぁぁぁぁ! 当然、ダイレクトに重傷の痛みを共有してしまい、気絶した主と使い魔は共に救護室に運ばれる羽目になった。 (コルベール…知っててやったな…覚えてろ…育毛剤に脱毛剤入れてやる……) この後、ゼロのルイズが再び平民を召喚し契約したがギーシュがそれを知るのは翌日のことであった。 ★☆ 召喚儀式より数時間後――― 治癒魔法で怪我を完全に治癒しても、使い魔はほとんど反応を見せなかった。 名前だけは何とか聞き出せた。『ミドラー』というらしい。 正直、呼び出したのがフレッシュゴーレムやできたてゾンビの類じゃないと判ってほっとしたギーシュであった。 しかし… (精神リンク、五感リンク共完全に繋がっている。意思ある生き物なら多少の抵抗はあるのにそれすら全くない) (何か黒いような蒼いような感情が感じられるけど…絶望かな、これは?) (あの大怪我とこの状態から考えると、どこかの間諜が捕まって拷問を受けていた、ってところか。) 治療してみれば割と整った顔立ちをしている。 怪我に気を取られて気付くのが遅れたがよく見れば服装は踊り子のようだ。 当然彼はそんないかがわしい場所には入ったことは無い。服装をまじまじと見てしまい顔を赤らめたくらいだ。 とりあえずありきたりの服を着せておく。 (間諜ならそれなりのスキルはあるだろうし、意思が回復するまでは我慢するか…) 何とか自分を納得させる。これでただの平民だったらというのは考えない事にして。 「先生、僕の使い魔ですが回復するまで病室に置いてもらってかまいませんか?」 「かまいませんが、ちゃんと世話をしに来るように。明日以降はきちんと連れ回して外界に適応させる事。」 「はい。じゃあお願いします。」 (ああ、できれば見栄えのするグリフォンとかの幻獣がよかったなあ。) などと暢気な愚痴を漏らしながら自室に帰る。 彼は、自分が呼び出した者がどれだけ危険な存在か全く理解していなかった。 ★☆ 召喚翌日 ギーシュの日記 今日は人生最大の厄日だった。 まず最初の講義に使い魔を連れて行けなかったせいで、皆から笑いものになった。 よりによってゼロのルイズも同じ平民を召喚していた(しかもこっちは健康体だ!)ため、同レベル扱いされた。 何たる屈辱か。とりあえず嘲笑した奴の名前はちゃんとメモしておく。 その後食堂で、モンモランシーに派手に誤解された。 下級生のケティと二股かけてると勘違いしたらしい。完全に濡れ衣だ。 情緒不安定になってた後輩の気晴らしに付き合って遠乗りしただけなのに、なんでこんな目にあうのか。 まあその焼きもちが彼女の可愛いところでもあるのだが、公共の面前であの仕打ちはないんじゃないかモンモランシー。 あげく、うっかり話の流れと場の雰囲気でルイズの使い魔と決闘するハメになった。 なんとかこっちが話の落とし所を探して会話を打ち切ろうとしてたのに、あの馬鹿がつっかかってきて引けなくなった。 何も能力がないならせめて社会常識というか会話のマナーぐらい教えとけよルイズ… なんで僕が他人の使い魔に貴族への服従を躾けなきゃならないのか。 そして最後に 『その使い魔との決闘に負けた』 あの使い魔は残像ができるほどのスピードで動き、僕のゴーレムを両断するほどの剣術を見せた。 悪夢だ。 これで僕はこの学年で(いや、学園全体で、か?)ぶっちぎりの最下位メイジになった。 直前にモンモランシーが誤解したおかげで、彼女まで評価を下げることにならなかったのが唯一の救いか。 死にたい。 ★☆ 召喚二日目 昨日ギーシュは人生最大の厄日と日記に書き連ねていたが、それは昨日までの人生においての最悪であった。 そして今日、その記録は更新されることになる。 朝、使い魔を伴って授業に出る(朝飯は抜いた。) 教室に入った瞬間、皆の視線が一斉にギーシュと使い魔に向けられた。 (うう…視線が痛い…) 何やらぼそぼそと聞こえてくる全ての会話が自分の噂話のようにギーシュには聞こえてくる。 ミドラーは他人の視線にも全く反応していない。 ため息を付きつつ彼は図書室から借りてきた「精神と魔法」でなんとか対処法を見出そうと奮闘していた。 昼飯時、三年生の三人組がわざわざギーシュのところへやってきた。 教師の遠縁の下級貴族だ。 「ぎゃあーはっはっは、見ろよ相棒!本当に平民召喚してやがるぜぇ!」 「まあ平民に決闘申し込んで返り討ちにされる奴にゃあ似合いジャネーノ?」 「ああ、ガキくせー。」 (こいつら、まだ昔のこと根にもってやがる…) ギーシュはうんざりして無視を決め込む。 この三人が下級生の女子生徒にからんでいた所を、ギーシュが横から(予定があった様にあらわれて)女性を連れ出したのが確執の始まりであった。 女性には感謝されたが、モンモランシーに誤解されて危うく刺される所だった。 ギーシュは『美しいモノは相応の扱いを受けるべきである』という信条を貫いただけだったのだが… 「ああ!こっちを向けよテメーッ!」 「おいこの女白痴じゃね?」 何も喋らない使い魔の頭にソースをかけながら取り巻きが喋る。 そして致命的な一言を親分格が言ってしまう。 『まあ、こんな奴の主じゃあ知れたモンだろーなぁ!』 ソースをかけられたミドラーが何か反応を示すかと精神リンクを張っていたギーシュは、絶望や後悔を表す黒と蒼の精神の色が一瞬で怒りの赤一色に変化するのを感じた。 あまりの感情の波に引きずられてうっかり荒ぶる鷹のポーズを取ってしまったくらいだ。 そして彼は、自分の使い魔の意思ある言葉を初めて聞いた。 「DIO様のことを、侮辱したなッ!」 その場に居た全員が(誰?)と感じた。 しかし次に発生した事態のために誰もそんなことを構っていられなくなった。 床の石畳から、妙にカラフルな巨大な鉄の塊が飛び出して三年生を空中にふっ飛ばしたのだ。 「でェーッ!」「あ、兄貴!」 慌てて杖を構え…る前に、残り二人の足元から巨大な鉄のアームが瞬時に生えて二人を壁まで叩き付けた。 もちろん、途上にある豪勢な昼飯を全て巻き込みながら。 その時、その場に居た全ての生徒、全ての教師がミドラーを注視し、同時にほぼ同じ事を考えた。 (魔法を使っているッ!) (あの女、杖なしで魔法を!) (先住魔法か!) 天井に叩きつけられた最初の男が、静寂の中べちゃりと床に顔面から着地する。 それと同時に 悲鳴と怒号が交錯し、学院始まって以来の危険な使い魔がその猛威を奮い始めた。 フォークが踊るように飛ぶ 針金が束ねられたような縄が壁から生えて先生を団子のように縛り上げる 石畳から生えたトラバサミが生徒の足に噛み付く 三年生が呼び出した銅のゴーレムが、数十本の銛で壁に磔にされている ギーシュは自分の見ているものが信じられなかった。 明らかにこれは―――魔法だ。 スクウェアクラスの速さと強度を誇る、土の練成だ。 しかも杖を持っていない。 もしかして自分は、捕らえられていたエルフの間諜を呼び出してしまったのではないか? (止めなきゃ) がくがくと震えながらギーシュはバラを構える。 (止めないと皆殺される) (ただのメイジがエルフに勝てるもんか教師だって無理じゃないか) (止められるのは主のぼくだけででも怖い強制力なんてないし怖いそもそもこのエルフぼくを見てないし怖 い怖い怖い―――) ミドラーは飛ばそうとしていた銛を空中で急停止させた。 眼前に、バラの造花をこちらに捧げる様にした子供が飛び出してきたからだ。 記憶はおぼろげにしか無いか、たしかこの子は…怪我を治してくれたような…恩人? とりあえずこいつは敵ではないと判断する。 「隠れてなボウヤ」 「ららら乱暴はやめたまえ!」 ただの馬鹿のようだとミドラーは判断を下方修正し、とりあえず排除しようと――― 空気が震えるような凄みを食堂の入り口に感じ、反射的に身構えてそちらを見る。 長い白髪、床に届こうかとするほどの白い髭。 横一文字に構えた杖。 人の形をした悪鬼がそこに居た。 「やってくれた喃…」 妙なテンションでオールド・オスマンが囁く。 ミドラーは無言。両者15メイルほど離れて対峙する。 間に挟まれたギーシュはただ、 (空間が軋むようだ…) と、半ば死を覚悟していた。 食堂の入り口に顔を向けた状態で、ギーシュは硬直していた。 (オスマン師が覚醒しておられる!) オールド・オスマン。 トリステイン魔法学院院長。 伝説のスクエアメイジ。寿命を克服した超越者。 そして 複数の国から、封印指定されている唯一のメイジ。 どこの国にも厄介なメイジは存在する。 対象が広範囲すぎて戦に使えぬ凍結魔法、天候を司る禁呪、人心を操る禁呪… そういった魔法の使えるメイジは普通、それなりの役職を与えられて国家の監視下に置かれる。 簡単に云えば飼い殺しだ。魔法を使わせない為の地位と恵まれた生活、そして周囲に配置された監察官。 封印指定、とはそのような待遇を意味する。 ギーシュは父からそのメイジにおける禁忌について聞いていた。 一つの国家の監視下に置かれていたオスマン師はかつて辺境の地で実体化した魔獣と戦い、 三日三晩の死闘の末これを退去させた。後にこの功績により現在の学院長の地位に就くのだが――― それは半分の理由でしかない。 諸国の為政者は、恐れたのだ。 辺境の村を一つ完全に消滅させ、大きな湖を出現させた魔獣。―――本当にそれは魔獣の仕業なのか? 魔獣の目撃者は数人居るが、既に地形が変わってから駆けつけた者だけだ。 ひょっとしたら―――あの魔獣は、かの英雄が自分の過ちを隠蔽する為だけに――― 真相を知る者は、誰一人生き残っていないのだ。 かくして 元凶となった(あるいは無実の罪を着せられた)異界の本と、 魔獣を退去させた英雄(あるいは狂気の大規模殺戮者)は、 一つの国家では抑えきれぬとして、トリステイン魔法学院にて複数の国家による監視下に置かれた。 ギーシュが生まれる前から続くこの監視は、うまく機能していた。 日々の職務で忙殺し、余計な些事に関わらせない。 続く平和な日々はその鋼の如き精神を曖昧にさせ、最近では色ボケ好々爺と化していた―――はずだった。 数分前までは。 (殺される) ギーシュは確信していた。オスマン師はもはや生徒の姿など見えていない。 あと数秒のうちに、この使い魔を殺す大規模魔法をこの場にいる全てのものを巻き添えにして放つだろう。 そして―――ギーシュは思い当たる。 オスマン師を覚醒させてしまったグラモン家の使い魔。 複数国家の政治的バランスから考えて―――グラモン家の取り潰しは確定だ。 いや、父や兄の命すら危うい。 (駄目だ、それは駄目だ!) (ここで止めなきゃ駄目だ!考えろギーシュ!) 僅かコンマ数秒、しかし彼の中で最も高密度で思考した、人生最長の一秒未満が始まる。 (オスマン師とミドラー、どちらかを無力化すればこの場は収まる) (ミドラーだって師がこの上なくヤバイのは感づいてる。オスマン師が殺意を消せば落ち着く) (そしてオスマン師は明らかにこちらの説得など聞こうとしない。) (ミドラーの説得、時間が足りない上にミドラーに話しかけようと後ろを向いたらオスマン師が魔法を放つ!) (では実力行使…魔法でオスマン師を?却下!) (ミドラーを?ワルキューレ呼ぶ前に瞬殺確定!) (そもそもどちらかに呪文を始めた時点でオスマン師が殺しにかかる!) (だから呪文では駄目だ) (取るべき行動は、オスマン師に使い魔の乱行を謝罪しながら、ミドラーを無力化すること!) (考えろ、考えろギーシュ・グラモン!) (ミドラーを、呪文を使わずに、無力化!) 刹那の後、ギーシュは行動を開始した。 「偉大なるオールド・オスマン師に申し上げます!」 (大丈夫、声は震えてない) 体はオスマン師に正対。ミドラーを背後に。万が一にもミドラーの態度で師を暴発させてはならない。 「使い魔の不始末、このギーシュ・グラモンの不徳の致す所であります。」 テーブルの上から栓抜きを掴む 「しかしながら此度の惨状、三人の不心得者が使い魔への暴行を加えたことが発端となっております」 そして、言葉と同時に  ―――栓抜きで、自分の左手の小指を、へし折った。 激痛がする。それはミドラーも、感覚のリンクしている使い魔にも伝わる。 「いわば使い魔の自己防衛の末の暴発であります。」 続いて薬指、中指をへし折る。 「本日がこの使い魔の初披露目でもあることを鑑みて、杖をお納めくださいますようお願いいたします」 最後に深々と一礼する。 ―――人差し指までへし折った激痛に歪む顔を隠す為に。 ミドラーは、左手を押さえて蹲っている。意識が飛んでいるようだ。 病み上がりで体力が回復してなかったのが幸いした。 ミドラーが万全の体調であったならば、左手程度では気絶しなかっただろう。 激痛に脂汗を流しながら、ギーシュはそんなことを考えた。 「今回の件は不問とする…」 オスマン師の声が食堂に響く。 ギーシュはほっとしたが、続く言葉に全身が凍りついた。 「ただし、皆の前でそれが本当にうぬの使い魔であることを証明せよ」 愕然とするギーシュ。 「しょ、証明ですと…」 「三日後、虚無の日、正午じゃ」 証明できなければ殺す、と言外に含ませてオスマン師は立ち去った。 モンモランシーが何か言いながらこちらに走ってきたが、激痛と絶望に崩れ落ちるギーシュには聞こえなかった。
『女教皇と青銅の魔術師』 某教師の日記 ○月○日 先日手に入れた東洋の海草から抽出した秘薬の成果が出たのか、頭皮がむず痒い。 大枚をはたいた甲斐があった。 この海草成分の何が効いたのかを研究すれば、さらなる成果を生み出せるだろう。 淡水で育ち養殖が簡単なものから抽出できれば、この薬だけで巨万の富を築ける。 東洋の生物図鑑のセットを経理に陳情。最優先としておく。 あと、本日は恒例の春の使い魔召喚の日であったが、平民を呼び出した生徒が二人出た。 ルーンが両者独特であった。これも今後の研究対象にメモしておこう。 ギーシュ・ド・グラモンは武門の生まれである。 父も兄も立派な騎士であり、ギーシュは彼らに並び立つべく努力していた。 しかし現在の彼はドットメイジ。土の最底辺のメイジでしかない。 一応それなりの術は使えるが、戦力としてはまだまだ未熟。 親兄弟に認められる為にはもっと強力な、戦場でも役に立つほどの力が要る。 認められなければ? ―――知れたこと。血縁上価値ある人質として適当な人脈の娘をあてがわされ、ただの種馬扱いにされる。 他の貴族はいざ知らず、グラモン家は実力でその地位を掴み取った貴族なのだ。 力無い身内は、足手まとい。 だから彼は、使い魔の儀式には悲壮な決意をもって(外面は何事もないかのように振舞いつつ)挑んだ。 そして… 「はい?」 ギーシュは困惑していた。 召喚の儀式自体はうまくいった。呪文もつっかえなかったし、手応えだってあった。 一ヶ月前からの特訓(もちろん皆には秘密だ)は無駄ではなかったとほっとしたくらいだ。 ―――なのに何故、目の前には 顔面に重傷を負った女が、倒れているのか――― …級友は静まり返っている。リアクションに困っているようだ。 (ひょっとしたら僕がこの平民に大怪我させたって思われてる?) 「コルベール先生!召喚に失敗したようなのでもう一度やらせて下さい」 とりあえず怪我人を仰向けにしながら云う。目は開いているが意識は無いようだ。 (うわこの平民歯をボロボロに砕かれてる…グロい…) 友人がおっかなびっくり近づいてきて覗き込む。 「…うわ」「…ねえギーシュ、それ生きてるの?」「ぅぇぇ(嘔吐中)」 泣きたくなった。 誰も好き好んでこんなの召喚しねえよと言おうとしたら、コルベールU字禿から駄目押しが来た。 「ダメだ。君のやった儀式には何も問題は無かった。それは君が正しく召喚しそれに応えた使い魔だ。」 「…(心中罵詈雑言の嵐一分間)わかりました先生。では…契約します…」 口がボロボロなので上唇だけにキスをする。 (うう…なんでこんな目に…後でモンモランシーに口直しを…ってアレ?) ルーンが刻まれていく最中もその女は反応を示さなかった。 精神リンク確立。呼びかけるも思考の反応なし。やっぱり意識が無いのか… 五感リンク確立…ってしぎゃぁぁぁぁぁ! 当然、ダイレクトに重傷の痛みを共有してしまい、気絶した主と使い魔は共に救護室に運ばれる羽目になった。 (コルベール…知っててやったな…覚えてろ…育毛剤に脱毛剤入れてやる……) この後、ゼロのルイズが再び平民を召喚し契約したがギーシュがそれを知るのは翌日のことであった。 ★☆ 召喚儀式より数時間後――― 治癒魔法で怪我を完全に治癒しても、使い魔はほとんど反応を見せなかった。 名前だけは何とか聞き出せた。『ミドラー』というらしい。 正直、呼び出したのがフレッシュゴーレムやできたてゾンビの類じゃないと判ってほっとしたギーシュであった。 しかし… (精神リンク、五感リンク共完全に繋がっている。意思ある生き物なら多少の抵抗はあるのにそれすら全くない) (何か黒いような蒼いような感情が感じられるけど…絶望かな、これは?) (あの大怪我とこの状態から考えると、どこかの間諜が捕まって拷問を受けていた、ってところか。) 治療してみれば割と整った顔立ちをしている。 怪我に気を取られて気付くのが遅れたがよく見れば服装は踊り子のようだ。 当然彼はそんないかがわしい場所には入ったことは無い。服装をまじまじと見てしまい顔を赤らめたくらいだ。 とりあえずありきたりの服を着せておく。 (間諜ならそれなりのスキルはあるだろうし、意思が回復するまでは我慢するか…) 何とか自分を納得させる。これでただの平民だったらというのは考えない事にして。 「先生、僕の使い魔ですが回復するまで病室に置いてもらってかまいませんか?」 「かまいませんが、ちゃんと世話をしに来るように。明日以降はきちんと連れ回して外界に適応させる事。」 「はい。じゃあお願いします。」 (ああ、できれば見栄えのするグリフォンとかの幻獣がよかったなあ。) などと暢気な愚痴を漏らしながら自室に帰る。 彼は、自分が呼び出した者がどれだけ危険な存在か全く理解していなかった。 ★☆ 召喚翌日 ギーシュの日記 今日は人生最大の厄日だった。 まず最初の講義に使い魔を連れて行けなかったせいで、皆から笑いものになった。 よりによってゼロのルイズも同じ平民を召喚していた(しかもこっちは健康体だ!)ため、同レベル扱いされた。 何たる屈辱か。とりあえず嘲笑した奴の名前はちゃんとメモしておく。 その後食堂で、モンモランシーに派手に誤解された。 下級生のケティと二股かけてると勘違いしたらしい。完全に濡れ衣だ。 情緒不安定になってた後輩の気晴らしに付き合って遠乗りしただけなのに、なんでこんな目にあうのか。 まあその焼きもちが彼女の可愛いところでもあるのだが、公共の面前であの仕打ちはないんじゃないかモンモランシー。 あげく、うっかり話の流れと場の雰囲気でルイズの使い魔と決闘するハメになった。 なんとかこっちが話の落とし所を探して会話を打ち切ろうとしてたのに、あの馬鹿がつっかかってきて引けなくなった。 何も能力がないならせめて社会常識というか会話のマナーぐらい教えとけよルイズ… なんで僕が他人の使い魔に貴族への服従を躾けなきゃならないのか。 そして最後に 『その使い魔との決闘に負けた』 あの使い魔は残像ができるほどのスピードで動き、僕のゴーレムを両断するほどの剣術を見せた。 悪夢だ。 これで僕はこの学年で(いや、学園全体で、か?)ぶっちぎりの最下位メイジになった。 直前にモンモランシーが誤解したおかげで、彼女まで評価を下げることにならなかったのが唯一の救いか。 死にたい。 ★☆ 召喚二日目 昨日ギーシュは人生最大の厄日と日記に書き連ねていたが、それは昨日までの人生においての最悪であった。 そして今日、その記録は更新されることになる。 朝、使い魔を伴って授業に出る(朝飯は抜いた。) 教室に入った瞬間、皆の視線が一斉にギーシュと使い魔に向けられた。 (うう…視線が痛い…) 何やらぼそぼそと聞こえてくる全ての会話が自分の噂話のようにギーシュには聞こえてくる。 ミドラーは他人の視線にも全く反応していない。 ため息を付きつつ彼は図書室から借りてきた「精神と魔法」でなんとか対処法を見出そうと奮闘していた。 昼飯時、三年生の三人組がわざわざギーシュのところへやってきた。 教師の遠縁の下級貴族だ。 「ぎゃあーはっはっは、見ろよ相棒!本当に平民召喚してやがるぜぇ!」 「まあ平民に決闘申し込んで返り討ちにされる奴にゃあ似合いジャネーノ?」 「ああ、ガキくせー。」 (こいつら、まだ昔のこと根にもってやがる…) ギーシュはうんざりして無視を決め込む。 この三人が下級生の女子生徒にからんでいた所を、ギーシュが横から(予定があった様にあらわれて)女性を連れ出したのが確執の始まりであった。 女性には感謝されたが、モンモランシーに誤解されて危うく刺される所だった。 ギーシュは『美しいモノは相応の扱いを受けるべきである』という信条を貫いただけだったのだが… 「ああ!こっちを向けよテメーッ!」 「おいこの女白痴じゃね?」 何も喋らない使い魔の頭にソースをかけながら取り巻きが喋る。 そして致命的な一言を親分格が言ってしまう。 『まあ、こんな奴の主じゃあ知れたモンだろーなぁ!』 ソースをかけられたミドラーが何か反応を示すかと精神リンクを張っていたギーシュは、絶望や後悔を表す黒と蒼の精神の色が一瞬で怒りの赤一色に変化するのを感じた。 あまりの感情の波に引きずられてうっかり荒ぶる鷹のポーズを取ってしまったくらいだ。 そして彼は、自分の使い魔の意思ある言葉を初めて聞いた。 「DIO様のことを、侮辱したなッ!」 その場に居た全員が(誰?)と感じた。 しかし次に発生した事態のために誰もそんなことを構っていられなくなった。 床の石畳から、妙にカラフルな巨大な鉄の塊が飛び出して三年生を空中にふっ飛ばしたのだ。 「でェーッ!」「あ、兄貴!」 慌てて杖を構え…る前に、残り二人の足元から巨大な鉄のアームが瞬時に生えて二人を壁まで叩き付けた。 もちろん、途上にある豪勢な昼飯を全て巻き込みながら。 その時、その場に居た全ての生徒、全ての教師がミドラーを注視し、同時にほぼ同じ事を考えた。 (魔法を使っているッ!) (あの女、杖なしで魔法を!) (先住魔法か!) 天井に叩きつけられた最初の男が、静寂の中べちゃりと床に顔面から着地する。 それと同時に 悲鳴と怒号が交錯し、学院始まって以来の危険な使い魔がその猛威を奮い始めた。 フォークが踊るように飛ぶ 針金が束ねられたような縄が壁から生えて先生を団子のように縛り上げる 石畳から生えたトラバサミが生徒の足に噛み付く 三年生が呼び出した銅のゴーレムが、数十本の銛で壁に磔にされている ギーシュは自分の見ているものが信じられなかった。 明らかにこれは―――魔法だ。 スクウェアクラスの速さと強度を誇る、土の練成だ。 しかも杖を持っていない。 もしかして自分は、捕らえられていたエルフの間諜を呼び出してしまったのではないか? (止めなきゃ) がくがくと震えながらギーシュはバラを構える。 (止めないと皆殺される) (ただのメイジがエルフに勝てるもんか教師だって無理じゃないか) (止められるのは主のぼくだけででも怖い強制力なんてないし怖いそもそもこのエルフぼくを見てないし怖 い怖い怖い―――) ミドラーは飛ばそうとしていた銛を空中で急停止させた。 眼前に、バラの造花をこちらに捧げる様にした子供が飛び出してきたからだ。 記憶はおぼろげにしか無いか、たしかこの子は…怪我を治してくれたような…恩人? とりあえずこいつは敵ではないと判断する。 「隠れてなボウヤ」 「ららら乱暴はやめたまえ!」 ただの馬鹿のようだとミドラーは判断を下方修正し、とりあえず排除しようと――― 空気が震えるような凄みを食堂の入り口に感じ、反射的に身構えてそちらを見る。 長い白髪、床に届こうかとするほどの白い髭。 横一文字に構えた杖。 人の形をした悪鬼がそこに居た。 「やってくれた喃…」 妙なテンションでオールド・オスマンが囁く。 ミドラーは無言。両者15メイルほど離れて対峙する。 間に挟まれたギーシュはただ、 (空間が軋むようだ…) と、半ば死を覚悟していた。 食堂の入り口に顔を向けた状態で、ギーシュは硬直していた。 (オスマン師が覚醒しておられる!) オールド・オスマン。 トリステイン魔法学院院長。 伝説のスクエアメイジ。寿命を克服した超越者。 そして 複数の国から、封印指定されている唯一のメイジ。 どこの国にも厄介なメイジは存在する。 対象が広範囲すぎて戦に使えぬ凍結魔法、天候を司る禁呪、人心を操る禁呪… そういった魔法の使えるメイジは普通、それなりの役職を与えられて国家の監視下に置かれる。 簡単に云えば飼い殺しだ。魔法を使わせない為の地位と恵まれた生活、そして周囲に配置された監察官。 封印指定、とはそのような待遇を意味する。 ギーシュは父からそのメイジにおける禁忌について聞いていた。 一つの国家の監視下に置かれていたオスマン師はかつて辺境の地で実体化した魔獣と戦い、 三日三晩の死闘の末これを退去させた。後にこの功績により現在の学院長の地位に就くのだが――― それは半分の理由でしかない。 諸国の為政者は、恐れたのだ。 辺境の村を一つ完全に消滅させ、大きな湖を出現させた魔獣。―――本当にそれは魔獣の仕業なのか? 魔獣の目撃者は数人居るが、既に地形が変わってから駆けつけた者だけだ。 ひょっとしたら―――あの魔獣は、かの英雄が自分の過ちを隠蔽する為だけに――― 真相を知る者は、誰一人生き残っていないのだ。 かくして 元凶となった(あるいは無実の罪を着せられた)異界の本と、 魔獣を退去させた英雄(あるいは狂気の大規模殺戮者)は、 一つの国家では抑えきれぬとして、トリステイン魔法学院にて複数の国家による監視下に置かれた。 ギーシュが生まれる前から続くこの監視は、うまく機能していた。 日々の職務で忙殺し、余計な些事に関わらせない。 続く平和な日々はその鋼の如き精神を曖昧にさせ、最近では色ボケ好々爺と化していた―――はずだった。 数分前までは。 (殺される) ギーシュは確信していた。オスマン師はもはや生徒の姿など見えていない。 あと数秒のうちに、この使い魔を殺す大規模魔法をこの場にいる全てのものを巻き添えにして放つだろう。 そして―――ギーシュは思い当たる。 オスマン師を覚醒させてしまったグラモン家の使い魔。 複数国家の政治的バランスから考えて―――グラモン家の取り潰しは確定だ。 いや、父や兄の命すら危うい。 (駄目だ、それは駄目だ!) (ここで止めなきゃ駄目だ!考えろギーシュ!) 僅かコンマ数秒、しかし彼の中で最も高密度で思考した、人生最長の一秒未満が始まる。 (オスマン師とミドラー、どちらかを無力化すればこの場は収まる) (ミドラーだって師がこの上なくヤバイのは感づいてる。オスマン師が殺意を消せば落ち着く) (そしてオスマン師は明らかにこちらの説得など聞こうとしない。) (ミドラーの説得、時間が足りない上にミドラーに話しかけようと後ろを向いたらオスマン師が魔法を放つ!) (では実力行使…魔法でオスマン師を?却下!) (ミドラーを?ワルキューレ呼ぶ前に瞬殺確定!) (そもそもどちらかに呪文を始めた時点でオスマン師が殺しにかかる!) (だから呪文では駄目だ) (取るべき行動は、オスマン師に使い魔の乱行を謝罪しながら、ミドラーを無力化すること!) (考えろ、考えろギーシュ・グラモン!) (ミドラーを、呪文を使わずに、無力化!) 刹那の後、ギーシュは行動を開始した。 「偉大なるオールド・オスマン師に申し上げます!」 (大丈夫、声は震えてない) 体はオスマン師に正対。ミドラーを背後に。万が一にもミドラーの態度で師を暴発させてはならない。 「使い魔の不始末、このギーシュ・グラモンの不徳の致す所であります。」 テーブルの上から栓抜きを掴む 「しかしながら此度の惨状、三人の不心得者が使い魔への暴行を加えたことが発端となっております」 そして、言葉と同時に  ―――栓抜きで、自分の左手の小指を、へし折った。 激痛がする。それはミドラーも、感覚のリンクしている使い魔にも伝わる。 「いわば使い魔の自己防衛の末の暴発であります。」 続いて薬指、中指をへし折る。 「本日がこの使い魔の初披露目でもあることを鑑みて、杖をお納めくださいますようお願いいたします」 最後に深々と一礼する。 ―――人差し指までへし折った激痛に歪む顔を隠す為に。 ミドラーは、左手を押さえて蹲っている。意識が飛んでいるようだ。 病み上がりで体力が回復してなかったのが幸いした。 ミドラーが万全の体調であったならば、左手程度では気絶しなかっただろう。 激痛に脂汗を流しながら、ギーシュはそんなことを考えた。 「今回の件は不問とする…」 オスマン師の声が食堂に響く。 ギーシュはほっとしたが、続く言葉に全身が凍りついた。 「ただし、皆の前でそれが本当にうぬの使い魔であることを証明せよ」 愕然とするギーシュ。 「しょ、証明ですと…」 「三日後、虚無の日、正午じゃ」 証明できなければ殺す、と言外に含ませてオスマン師は立ち去った。 モンモランシーが何か言いながらこちらに走ってきたが、激痛と絶望に崩れ落ちるギーシュには聞こえなかった。 ギーシュの私室にて 午後3時 主と使い魔は召喚されてから約二日を経て、初めての意見交換を行っていた。 起きた瞬間暴れ出そうとしたミドラーを、グチャグチャに折れた左手で制止することから始まった話し合いは、 双方の微妙な誤解が解けぬまま進行していた。 ミドラーはエルフなど知らなかったのだが、ギーシュの生暖かい配慮(まあ、人間社会で名乗れないか)により ギーシュの頭の中では ・DIO族長を崇めるエルフの里出身 ・出身地のエジプトという里は色々な物が魔法で作られて繁栄しているらしい ・腕利きであったミドラーは国境付近で人間に変身して人間の侵入者を撃退しようとしたが、返り討ちにあった。 ということになった。 人間とエルフの戦いの情報は初耳だったギーシュだが、エルフに対して人間側が攻勢だと知って驚いていた。 (世界は広いな…エルフ相手に互角以上に戦えるメイジが沢山いるのか…) 明後日の方向に感心するギーシュ。 対するミドラーは ・ここはハルケギニアとかいうど田舎の、トリステイン呪術専門学校らしい。…エンヤ婆? ・土水風火の魔法、とか云っていた。そういえば水はンドゥールが使っていた。  そうするとここはタロットやエジプトの神に分類されないスタンド使いの養成所だろうか? ・海岸で倒れていたところを、遠距離の召喚魔法で拾われたらしい。 と、こちらも一部間違っている。 (どうやらヨーロッパの山中にある未開の国か?ここは) ミドラーは中東から出たことが無かった為、砂漠地帯に居る少数の遊牧民のことを考え、 ヨーロッパにもそういう車などの文明を拒否する地方があるのか、程度の理解であった。 怪我の手当てをしながら、運ばせた夕食を食べながら話し合いは続く。 そして、話題が今日の昼の事件にさしかかる。 「あの爺、何者?」 震えそうになる手を隠してミドラーが問う。 (あれほどの凄み…DIO様にすら匹敵する!) どう表現するか迷ったが、簡潔に応えるギーシュ 「伝説のメイジで、この国で一番の凄腕で、この学院の院長。  あとそれと、このままだとばくらは師に殺される。」 「何よそれ!」 ギーシュは絶望に必死で抗いながら真実を告げる。 「師は『皆の前で証明しろ』と言われた」 「示せ、じゃない。証明しろ、だ」 「演舞だろうがなんだろうが、心の中まで示すことはできない」 「だから」 「皆の前で、証文を取った上で、真剣勝負をして、ぼくが勝つ」 ミドラーは、 (この子、馬鹿だと思ってたけど…予想以上ね…) 心底あきれていた。 「ねえボウヤ、今日アンタあの食堂で私の力、見たのよね?」 「もちろん」 「アンタ、あの吹っ飛ばされた奴らよりも強いの?」 「単純魔力で計算して、最初に吹っ飛ばした奴の、だいたい4分の1」 「打ち合わせして八百長?」 「即バレして二人纏めて殺される」 「その左手みたいな…よく判らない何か使う気?」 「そんなものは決闘じゃないって即殺されるよ」 「じゃあ…」 ギーシュは激発して立ち上がる。 「だ・か・ら!  どうして気がつかないんだよ!  師はもうぼくらを殺す気でいるんだよ!  難癖を一つでもつける余地があったら死!  決闘をする、しないの選択は無いんだ。  あるのは決闘してどうなるか、だけなんだ!」 師の気に入らない事は何か?おそらくそれは『覚悟のできていない行為』 生き延びる為には、この凶悪なエルフを実力でねじ伏せ服従させなければならない。 「…そっちの最低限の保障はする。  決闘に勝てたら、ぼくの遺産の一部を持って学院を出られるようにしよう。  少なくとも学院を出るまでは命の保障はある。  全力で逃げればもしかしたら逃げ切れるかもしれない」 「僕が勝てば使い魔に。負ければ僕は死んで君は自由だ。  自由といっても多分、オスマン師は追っ手をかけるだろう。  けど面子もあるから学院では襲ってこない。時間は稼げる。  当座の資金と時間を得た上でここから出られる。悪い話じゃない」 ギーシュは真剣な目をして申し込む。 「この決闘、受けてくれ、ミドラー」 自らの命を賭けたその迫力に気圧される様に、ミドラーは頷いた。 その後。 今日は先生のところで治療受けてそのまま病室で一泊してくる、というギーシュを見送った後、 窓から外を眺めたミドラーは取り乱してギーシュを追いかけていた。 あまりの剣幕にすれ違ったマリコルヌがへたり込んでいたが放置。 病室のドアを蹴破る様にしてギーシュに詰め寄る。 「ちょっと!何で月が二つもあるのよ!」 麻酔で頭が曖昧になりつつあったギーシュは訥々と答える。 「そりゃ、月が二つなのは当たり前だろ?」 「普通、月は一つしか無いわよ!」 曖昧なままギーシュは考える。 確かどっかの蛮族は…月はそれぞれ16個あって日替わりで昇る、とか云っていたが…一つ、というのは初耳だ。 まあ隔絶された里にいたのでは天文学の学びようもないか、と納得する。 「いいかい、ミドラー。  土地によって見える星は違ってくるんだ。  何でも、極寒の地方では太陽が一日中沈んでいたりするらしい。  君がいたエジプトとかいう里では一つしか見えてなかったのかもしれないが、本当は二つある。  片方が地平線の下に隠れて見えてなかっただけだよ」 あまりに当然のように云われミドラーは言葉に詰まる。 云われてみれば自分は天文学など知らない。昇らぬ太陽も初耳だ。 「ほら、先生がびっくりしてるじゃないか。今日の所は僕のベッド使っていいから休んでてくれ」 納得がいかないながらもギーシュの私室に戻る。 途中、何度も月を見上げては 「…そういうものなのかなあ…」 と首を傾げるミドラーであった。

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