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アルビオンの首都、ロンディニウムの外れ。 いかにも安っぽい作りの宿屋に、髭面の大男が入っていく。 「姉御、駄目だったよ」 男は椅子に座ると、ベッドの上に座るルイズに言った。 「どこも貴族派の口利きばかり?」 「ああ、ジョーンズが探してくれてはいるけど、期待はしねぇでくれってさ」 「…そう」 数日前、ルイズが王党派につくと言った時、ブルリンが驚いた。 ルイズは聞き耳を立てて知っていたが、ブルリンは王党派の現状が絶望的だとルイズに忠告し、何度も考え直せと言った。 しかしルイズは頑として聞き入れない、一度決めたことは全うする、それがルイズの頑固なところだった。 仕方なくルイズに折れたブルリンは、ジョーンズに王党派への口利きを頼んだ。 しかし、口利き先もほとんど潰されてしまったらしく、王党派に雇われるのは困難らしい。 何せ王党派は賃金も安いし勝ち目も少ない、貴族派はまず傭兵の口利き先を掌握していた。 王党派に協力しようとする者を探しだし、それを秘密裏に処分したり、より高い賃金で雇うのだ。 ジョーンズの話では、貴族派が登場する前にも、アルビオン王家にはお家騒動があったとまことしやかに噂されている。 ルイズは、信憑性が高いと睨んだ。 なぜなら今回の内乱はただのクーデターではなく、様々な人の思惑の混じった、泥沼の戦いに発展しているからだ。 貴族派の噂は決して良いものではない、農村部からの物資略奪はもちろんのこと、占領した町の民を餓えさせ王党派を誘い出すやり方や、空軍戦力をわざと町に落としアルビオン王家の信頼を失墜させる自作自演。 すべては噂の域を出ないが、なぜかルイズにはその噂を信じる気になっていた。 それには、何処か憎めない、ブルリンという男のキャラクターが助けていたのだが、本人はそのことに気づいていない。 「とにかく、俺はもう一度探してみるよ」 「アタシも行くわよ」 「いいって!それに、昨日酒場でとんでもない豪傑女が居たって、姉御のこと噂されてるんですぜ」 「そう…分かったわ、ここ(宿)で武器の手入れでもするわよ」 ブルリンが宿を出たのを確認すると、ルイズは浅茶色のベッドで横になった。 吸血鬼になったおかげか、オークやトロル鬼の血を吸う生活のおかげか、ルイズは貧しい平民が利用する宿屋でも平気だった。 以前のルイズならば、魔法学院の部屋以上の部屋でもなければ泊まろうとも思わなかっただろう。 ブルリンは『傭兵になるのなら風呂に入れないのは覚悟しなきゃ』などと言っていたのを思い出す。 吸血鬼の肉体は垢も汗も体臭もコントロールできるので、風呂に入れなくても不都合はないし、ノミが血を吸おうとしても血が出ない。 清潔を心がけ、香水で身だしなみを整えていた頃の自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる程だった。 「…デルフ、あんた、どう思う?」 ルイズが寝そべったまま、壁に立てかけてあるデルフリンガーに聞く。 『何がだよ』 「貴族派の首謀者よ、クロムウェル…」 『虚無の力に目覚めて、貴族の心を掴んだって奴か?うさんくせぇなあ』 「私も信用できないと思うわよ、夢物語が過ぎるわ…デルフはどうして胡散臭いと思ったの?」 『いや、なんかさあ、どっかに引っかかってんだよなあ、虚無ってどっかで聞いたような…うーん』 「アンタずいぶん古そうだもんね、始祖ブリミルにでも会ってたりして」 『いや、俺を作ったのはブリミルなんだけど、漠然としか記憶に残ってないんだよな』 「…プッ、あんた冗談が上手いじゃない」 『おいおい、冗談じゃねえぞ、俺は何せ6000年も生きてるんだかんな!嬢ちゃんよりずっと年上だ』 「6000年…ね」 ルイズは考える。 自分はまだ二十年にも満たないが、吸血鬼の寿命は極端に長く、これから先いくらでも生きていられるという自身がある。 200歳、300歳の吸血鬼が討伐されたという話はたまに耳にする。 しかし、6000年も長く生きた吸血鬼の話など聞いたことはない。 デルフリンガーは一種のマジックアイテムとして意志を持ってはいるが、それは人間より吸血鬼に近いものなのだろう。 傭兵になろうと思ったのは、本当に金を稼ぐためだろうか? もしかしたら、誰かの記憶に残りたいと思っているのではないか。 もしかしたら、死を偽装したのは、間違いだったのでは… 思考の海に沈みそうになった時、一階からブルリンの声が聞こえてきた。 『何しやがる!このっ、くそっ!』 ルイズは意識を覚醒させ聴覚に集中する。 「…足音、六つかな」 中央から床板のきしむ音、ブルリンだろう。 その周囲を囲む足音は、床板がきしむ音に合わせてどたどたと動いている。 ブルリン一人を五人で取り押さえようとしているのだと分析し、ルイズはベッドから飛び降りた。 『嬢ちゃん、俺を使うのか?』 「ここじゃ使わないわ」 フードを深く被り、デルフリンガーを背負う。 剣の扱いは素人同然なので、ルイズはデルフリンガーを使わぬよう、鞘に入れたまま部屋を出る。 屋内で振り回したら建物ごと破壊してしまう。 もっとも、素手でも十分破壊できるのだが… 一階に下りるとブルリンが他の傭兵らしき男達に押さえ込まれていた。 「何やってんの、あんた」 「ちょっ、姉御!逃げてくれよ!」 ブルリンが『姉御』と呼んだのに気づき、ブルリンの腕を縛り終わった傭兵がルイズの腕を取る。 そのままデルフリンガーも回収されてしまったが、ルイズは特に抵抗もせず縛られることにした。 「あんたねえ、こう言うときはお互いに知らんぷりするんじゃない?姉御だなんて呼んで、馬鹿じゃないの」 「そっ…そんなこと言ったってよぉ」 取り押さえられながら、情けない声を上げるブルリンと、余裕そうなルイズ。 そんな二人の会話を中断するかのように、傭兵の一人が割り込んできた。 「お喋りはそこまでにしろ、王党派を貴族派に差し出せば報酬が貰えるんだ、大人しくしてりゃ怪我はさせねえよ」 「くそっ、やっぱり貴族派の連中かよ!くそっ! …あ痛ぇ!」 傭兵の一人が、騒ごうとするブルリンをきつく縛り上げる。 「ブルリン、言われたとおりにしましょう…ね」 床に転がされているブルリンが、フードに隠されたルイズの顔を見上げる。 ルイズの瞳は、血のように鈍く輝いていた。 「親方、そっちはソースの鍋ですよ、しっかりなさってください」 「ん?ああ、すまん」 トリスティン魔法学院の厨房、その料理長のマルトーに覇気がない。 慣れた料理にも、ちょっとしたミスをしそうになり、仲間のコック達が心配するほどだ。 その原因は、数日前に厨房を辞めていった使用人の少女シエスタにある。 料理長のマルトーは、シエスタが何か粗相をしてクビにさせられるのかと思いこんでしまった。 驚いたマルトーは、オールド・オスマンを問いただそうとした。 しかし、厨房の仲間達は『いくらなんでもそりゃ無茶だ』と言ってマルトーを止めようとする。 力づくでも学院長室に乗り込みそうなマルトーを迎えに来たのは、ミス・ロングビルだった。 この件についてオールド・オスマンから説明があると伝えられ、マルトーは学院長室に入っていった。 「オールド・オスマン…」 「おお、すまんのマルトー、優秀な人材を奪うようで気が引けるんじゃが」 「い、いいえ!あの、それより、シエスタが粗相をしてもこれは厨房全員の責任です、あの娘一人に責任を押しつけるのは」 「ふむ、何か誤解しているようじゃな、何か粗相があって辞めさせるわけではないぞ」 「で、では、何処かに身請けさせられるんで?」 「身請けというより、入学かのぉ」 入学って何のことだろう…と、マルトーは首をかしげた。 「入学って言いますと、も、もしかして、そういうプレイを」 「それは秘書で試すわい、シエスタはここ、トリスティン魔法学院に入学という形になるんじゃ」 「へっ?」 マルトーが呆気にとられる。 ミス・ロングビルは後でオスマンを簀巻きにして流そうと考えたが、話の続きを聞くためにあえて黙っていた。 平民のメイドが突如魔法学院に入学という異常な事態、興味が湧かない方がどうかしている。 「すまんの、マルトーはシエスタの保証人でもあったからの、追々伝える予定じゃったが」 「はぁ…もしかして、シエスタがここに入学できるって事は、シエスタのじい様は本当に貴族様だったんですかい」 シエスタのじい様と聞いて、オールド・オスマンの目が一瞬だけ鋭くなる。 しかし、すぐにいつもの優しい視線に戻ると、静かに語り出した。 「…正確にはシエスタの曾祖父母の話になるがの」 オールド・オスマンがマルトーに事の次第を説明している間、シエスタは空の上にいた。 『きゅいきゅい』 (お姉さま、やっぱりこの人もメイジだったのね、他の人と違うにおいがするの!) 「あまりはしゃいじゃ駄目」 『きゅい』 (はーい) シルフィードがテレパシーのようなものでタバサに語りかける。 タバサはシルフィードに乗っていても本を手放さず、素っ気なく返事をする。 今朝、タバサとキュルケはオールド・オスマンに呼び出され、シエスタをタルブ村へと急いで連れて行けと指示されたのだ。 まだ空に不慣れなシエスタを後ろから支えながら、キュルケが話しかける。 「上質のぶどう酒が採れるんですって? 楽しみね」 「そんな、貴族様にお出しできるようなものじゃありません、自分で飲むために作ってるんですから」 「そうなの?」 「ええ、ひいお婆ちゃんが草原の一角を葡萄畑にして、自分で作っていたのを細々と続けているだけなんです」 シエスタは魔法学院の制服を着て、オールド・オスマンから渡された30サンチ程の杖を身につけている。 マントに慣れないのか、時折位置をただしている。 「あの…驚かれないんですか?」 「何が?」 シエスタの唐突な質問にキュルケが返す。 「だって、私、この前までメイドだったのに、突然メイジになれだなんて言われて…」 「あら、トリスティンならともかく、ゲルマニアなら経済力や商才があれば、貴族にもなれるし公職にも就けるのよ?」 「えっ、そうなんですか」 「そうよ!実力があれば平民も貴族になれるの、不可能を可能に出来る人って素敵じゃない?」 「はあ…」 「あなたも実力を見いだされたんだから、ちょっとは自信を持ちなさいよ」 シエスタの心の中に、ルイズへの思いが募る。 ルイズと入れ替わるかのように知り合った二人の貴族、キュルケとタバサ。 ルイズの死んだ場所に行ったあの日、シルフィードはシエスタを見て『太陽の臭いがする』と言い出した。 ある日、キュルケのサラマンダーまでもが同じ事を言い出したのだ。 不思議に思ったキュルケがタバサに聞くと、シルフィードも同じ事を言っていたと聞き、キュルケはシエスタを「不思議な平民」だと思っていた。 だが、オールド・オスマンの鶴の一声で、トリスティン魔法学院に入学させられる程だとは考えてもいなかった。 ゲルマニアは実力主義の気があり、魔法だけでなく平民の工業技術にも力を入れている。 トリスティンは貴族主義的な気があるので、平民がどんなに努力してどんなに功績を立てても、シュヴァリエ以上の名誉が与えられることはない。 しかしゲルマニアは違う、その能力と財力次第で公職にも就くことができる。 そんな国出身のキュルケでも、以前ならシエスタを平民上がりかと小馬鹿にしていたかもしれない。 ルイズが死んでからというもの、キュルケは後輩を気遣うことが多く、特に下級生から慕われることも多くなっていた。 何よりも、勝ち気なルイズとは正反対の大人しさを持つシエスタに、ルイズの面影が見えた気がしたのが、その原因だろう。 オールド・オスマンの話では、シエスタはルイズと同じか、それ以上に特殊なケースらしい。 シエスタはルーンを詠唱することで発動する魔法ではなく、口語によって発動する魔法に特化しているそうだ。 そのため、今まで魔法の才があるとは思われていなかったとか。 ルイズの件で反省し、魔法に対する認識を改めたオールド・オスマン。 彼はシエスタを特別なケースとして魔法学院に迎え入れ、既存の魔法だけでなく新たな魔法の発見に力を入れるのだそうな。 キュルケの興味は、『どんな魔法も爆発させる』仇敵ラ・ヴァリエールの娘から、 『水の魔法より純粋な生命力を操る』元平民のメイジへと移っていた。 To Be Continued →
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