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サーヴァント・スミス-16」を以下のとおり復元します。
ニューカッスル城の一室。ウェールズの部屋である。 
護られる様に箱へと入れられた手紙。 
名残惜しそうに一度、ウェールズはそれに目を通し、少し苦笑した後に、ルイズへ手渡した。 
ルイズの目に何かしらの迷いがあることを見取ったウェールズが、問いかけてみる。 

「何か、あったかな?聞きたいことでも……」 

「恐く、ありませんか」 

ピクリ、とウェールズの手が動いた。 
衝動的なものであったのか、やはりそうか、という反応だったのか。 
定かではないにしても、返答するべきだろうとウェールズは踏んだ。 

「恐くないな」 

そして、自分でもそれが真意だ、そう思う返答をした。 
ルイズが納得するかどうかといえば、納得しないのかも知れない。 
だが、彼女は口を開かない。 
今、こうして対面する事によって、彼の覚悟は嫌になるほどひしひしと伝わってきたのだ。 
ウェールズを止める事が、勇気を要すものである事を悟る。 
相変わらずウェールズの双眸は、ルイズへ注がれていた。 

「いいんだ。アンリエッタのことは、気にしないでほしい。彼女も王女さ、乗り越えてくれるはず」 

ナランチャの話す事にも、『覚悟』という単語は出てきた。 
彼が珍しく真面目な話をするときに限ってだが。

実際、ナランチャの仲間達の覚悟は凄まじい。そして、それと戦った者達も。 
身を死の危険に自ら晒してでも、任務を遂行しようとした者。 
勝つため、生き残る為にも、跳ね返されると分かっている弾丸を撃ちこみ続ける者もいた。 
自分もろとも、敵を倒そうとした者さえ。 
数え切れない覚悟の飛び交う戦場で、ナランチャは生き続けた。 

またウェールズも、一種の覚悟をもって、5万の軍に挑むのだ。 
しかし、その覚悟はあまりに悲しいものである事は、明らかであった。 
滅ぶと分かっているなら、いっそ名誉、誇りを護って、誇示して死んで行こうと言うのだろう。 

不意に、ルイズの背後にあったドアが開く。 
その覚悟の溢れる戦場を駆け抜けた少年は、そこに立っていた。 

「その顔、嘘ついてる顔だぜ、ウェールズ」 

ウェールズは何も言わない。 
ルイズも、無言のまま立ち尽くしている。 
所々に暗闇が指す部屋に、ナランチャが足を踏み入れる。 

「ルイズにはもう言ったけどよー、言わせて貰うぜ」 

ルイズの顔が上がる。 

「勝てばいいんだろ……俺に帰れとか言うんじゃねぇぞ?300居るんだ、十分」 

「相手は、5万だよ?」 

ウェールズは、嫌味のようには言わない。純粋な疑問として、発言した。

「だが……そんだけ敵がいるなら、魔法を撃てば必ず当たるんだ。やりようなんていくらでもあるぜ?」 

「戦艦は、どうする?突っ込むだけでも無茶さ。火力だって段違い」 

「乗ってる奴を打ちのめせばなんも問題ねぇ……俺は、あんたらを無視することなんざ出来ねーからよ」 

「……ふふッ」 

微笑する。 
そして暫し、考えるような素振りを見せるウェールズ。 
チラリ、と水時計を見る。 

「そろそろ、パーティの時間だな。ホールへ来てくれ。恐らく、君達は最後の客人となるのだからな」 

含みを持たせた『恐らく』の部分は、かすかな希望を見出したとでも言うように、ルイズの耳に残った。 
頭の後ろで手を組み、ナランチャも部屋を出る。 
しばらく部屋にいたルイズも、やがて城のホールへと歩みを進めた。 


誰もが最後の晩餐と心に決め、騒ぐ。 
全員が明るい笑顔を振りまく、それは死にに行く者達の目ではない。 
だが、彼らは死を覚悟している。 
態度とは裏腹ながらも、全員が誇り高く、悲しかった。

ナランチャは薄目でそれを見つめる。直視するのが辛かった。 
いつもなら進んで食べる所だが、気になることもある。 
キュルケと、タバサのことだ。 
目の前でギーシュはいかにも貴族っぽく食事をしているが、彼女らは、そんな余裕などないだろう。 
仮面のメイジは、きっと二人と対峙する。もうすでに、しているだろう。 
生き残れているのなら、すぐにでもシルフィードで飛んできて欲しい。 
そうすれば、ナランチャの心配は全て消えてしまう。 

ゴクッ、と喉を鳴らした。酒など飲めないので、水だ。 
ルイズも今日ばかりは水を飲んでいた。 
片手で少し鶏肉を齧る。 
ライトニング・クラウドによって焼け爛れた腕は、少しは動かせるまでになっていた。 

自分の覚悟とはなんだろう。いつしかそう思っていた。 
生き抜くこと。それもある。 
ただ、このウェールズ達、王党派の覚悟に『打ち勝つ』ために、どのような様を見せればいい? 
彼らにも生き抜いて欲しい。 
人が死んで喜ぶなど、一部の人間のみだ。 

救えるなら救う。そして自分に出来る事は。 
反乱軍を――レコン・キスタを、追い払う。それだけ。 
とはいえ、それだけのことが、重い。 
5万の軍、対して、300。圧倒的な戦力差。 
なら、自分は偽りの英雄でもいい。だから、この戦いだけは勝ちたい。希望を見せてやりたい。 
そのナランチャの精神に応じて、無意識に発動させたエアロスミスのプロペラ音が、一層高くなった。

ひと段落着いたパーティから抜け出し、かっぱらったサラダと肉を口へと運ぶ。 
ウェールズと、また対面した。 

「ウェールズ……いい案、思いついたぜ」 

「どんなものだい?」 

「……あんたらが全力を尽くして死ぬってんなら、止めはしないけどよ……」 

自分に止める権利はない。 
だが、協力なら出来る。 

「勝てばいいんだろ。そのためにも、兵を集めてくれよ。正面からじゃ、勝ち目はないからな。」 

この作戦は改良の余地があるから、とだけ言い残してナランチャは去った。 


ウェールズは何一つ文句言わず、作戦を立てるために兵たちを集めると、約束した。 
後は彼自身の『生きる』ことへの執念、そして、運に賭けるだけだ。 

兵達を集める間に出来た少しの時間。 
夜空の見えるバルコニーで、ナランチャは思い耽る。 

「そういや、フーケ倒した時もこんな感じだったか」 

空をスクリーンに、澄んだ空気は星を隠すことなく映し出している。 
鳥が見えた。すかさず違和感を感じる。 
こちらは死の淵際に立たされている状況であるにもかかわらず、その鳥は能天気に体に付いた虫をくちばしでつまんで食べる。 
はぁ、と思わず深いため息を吐く。 
下手をすれば自分まで死ぬという事さえ忘れていた。 

(ここのヤツら全員が鳥なら逃げれるのにな)

変な笑いが込み上げた。 
自分は何を考えているのだろう。今一瞬恐怖を感じたのではないか? 
頬を全力で殴る。この世界に来て、何回かやった気がする。 
痛いが、人を失うより全然マシな痛み。 

「アバッキオ、ブチャラティ。俺、絶対生きて……帰る」 

帰るといいかけて躊躇した。 
自分に帰る場所はあるのだろうか。 
故郷や、ジョルノたちの居るあの世界へ帰ってもいいのだろうか。 

段々とこの世界に情が移り始めているのが分かって、ナランチャは再び、自嘲めいた笑いを上げた。 
そこで、ウェールズに呼ばれ、さっそく作戦の立案を全員で始める。 
一人一人の話しを基にしつつ、彼らの話し合いは、翌朝、ウェールズが用事で外へ出ても続いた。 
その用事とは―― 


ルイズは、困惑する。 
もちろん、レコン・キスタや、ウェールズたちのことでも、自分の中に動揺が広がっているのは分かる。 
ウェールズも、愛すべき人が居るはずなのに、その命を捨てるというのだ。 
しかし、今はそれ以上に。 
目の前に居る、ワルドから告げられた言葉の方がショックだった。 

「ここで、結婚式を挙げる。彼は、先に帰ってもらうことにしたよ」 

ルイズは、帰ってもらうことにしたと言うワルドが少し可笑しかった。

本気でレコン・キスタに勝つつもりのナランチャは、梃子でも帰ろうとしないだろう。 
多分、今頃城の中で……何かを、やってるはずだ。 
何か、が分からないにしても、帰っては居ないはず――と、そこまでで思考が停止。 
結婚? 
あやふやで、まとまらない思考で必死に考えてみた。 
結婚するというのだろうか、この地で。 
レコン・キスタの襲撃の危険があるのに、、何故急ぐ? 
彼には、自分が襲われない自身でもあるのだろうか。 
スクウェアであろうと、5万は厳しいだろう。何か秘密があるのか? 
いや、それよりも。自分は確かにワルドの婚約者だろう。 
それにしても、急すぎた。 
宿屋での話など、ルイズの記憶の片隅にしか残っていないゆえ、『何故?』という思いが強い。 

それすら無視し、ワルドは颯爽と去っていった。 
強引な態度に少々憤怒しながらも、苛々と口を尖らせて準備を始める。 
ウェールズも立ち会うというのだから、出ないわけには行かない。 
無理やり自分を動かす。心への負担など、気にしなかった。 


礼拝堂。始祖ブリミルの像が、まず最初に目に入った。 
その前には、礼装のウェールズがたたずんでいる。感じのいい微笑を浮かべていた。 
ワルドもまた、ルイズに微笑む。 

分かりきっている、お手本のような問答。 

「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。 汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し」 

次の言葉は、安易に予想できた。 

「そして、妻とする事を誓いますか」

「誓います」 

妻か。 
まだ、この年で、妻なのか。 
ルイズは苦笑する。もっとも、読み取れないほど小さな笑みだったが。 

「……新婦?」 

目が覚めた。いつの間にか自分は呼びかけられている。 
あたふたしている様を、またワルドが笑う。 

「緊張せずに、さぁ」 

――緊張? 
これは緊張なのか?自分で自分の真意を探る。 
いや、違う。これは、ハッキリした『拒絶』の意。 
正直に思いを告げるべきか、そこでまた迷う。しかし、やはり、我慢出来なかった。 
幼い頃の思い出が走馬灯のように一通り駆け巡った後、決断を下す。 
喉の奥から、強引に、呟く。 

「私は……ワルドとは、結婚、出来ない」 

途切れ途切れで搾り出したか細い声を、2人は聞き取る。 
ウェールズは少し目を丸くしている。 
ワルドは、反面顔色を変えていた。 

「……本当に、そういうつもりなのかい」 

「ええ、無理よ。やっぱり、今の段階じゃあ、あなたとはとても結婚できないのよ」

「新郎、残念だが、この結婚式はもう続ける事はできない。花嫁が望んでいないのだからね」 

ルイズはふと、ワルドがわなわなと拳を震わせているのが見えた。 
ゾクッ、と、背筋に寒気が走る。 
首筋にナイフを当てられたような感触を振り払い、一歩、引いた。 
だが、ワルドはルイズの肩を揺さぶる。まるで、嘘だと言え、という意思を示すかのように。 

「ルイズ……僕はね、世界を手に入れるんだ!そのために、君はどうしても必要だ!君の力が!」 

今度は、ルイズ自身が嘘だと言って欲しい、という気持ちになる。 
そうだったのか。 
ワルドの愛は偽り。全て、自分の存在しえない才能を求めてのもの。 
急に体から熱が引いていく。 
失望。そんな言葉が似合う。同時に、恐怖も感じた。 

「そう……じゃあ、私を愛していたわけじゃなかったんだ」 

「違う!僕は君を……」 

「幼い頃は、純粋に好きだったけど、変わっちゃったのね、ワルド。無理よ、心変わりすることなんてないわ」 

「……そうかい、どうしても認めないのか。仕方がないな」 

豹変したワルドの殺気を感じ取ったウェールズが、空へと『風』の塊を打ち出す。 
天井の一部が吹っ飛ぶ。何をしようとして、天井を吹き飛ばしたのか、意図は読めなかった。 
ルイズが、爆発を起こして、ワルドを突き倒した。


「三つの目的の内、一つをあきらめよう。一つ目、君を手に入れること、を」 

ウェールズは様子を見つつ、警戒の為に詠唱をし続ける。 

「二つ目……アンリエッタの手紙を手に入れること。容易い」 

ルイズも身構える。いつでも失敗魔法が放てる状態だ。 
続けて、呪文を詠唱し始めたワルドへの攻撃。だが、一歩遅い。 
一撃で仕留める為に放たれた、破滅の込められた稲妻は、激しい爆風を上げてウェールズへ直撃した。 

「三つ目……今、私の呪文を受けた者の命さ」 

「あッ……!」 

声にならない悲鳴が上がる。 
ルイズは口元を手で押さえた。ウェールズの全身が焼け爛れ、血が噴出しているのだ。 
ライトニング・クラウドをもろに喰らってしまった。いつまで命が持つか、といっても過言ではない。 

「い……嫌……そ、そんなのって……」 

かろうじて受け流した稲妻は、ブリミルの像のすぐ横の壁を吹き飛ばした。 
いかにその衝撃が凄まじいかを物語っている。 

自分の所為なのだろうか。 
しかし、自分自身を責めてもどうにもならないと悟り、視線を元に戻す―― 

「………」 

ルイズはへたりと膝をつき、無言のまま、歩み寄ってくるワルドを見つめた 
目元に暗闇が降り、その表情をうかがい知る事は出来ない。 
一つ、確認できるのは、自らに迫っている死。 
せせら笑うワルドに、怒りのまま魔法を打ち込む気力さえなかった。 

「残念だ、ルイズ」 

杖へと集まりつつある電撃。 
死へと導く光が奏でるバチバチという耳障りな音を、失望ではなく、絶望感で埋め尽くされたルイズが呆然と聞いていた。 

一時、その音は中断された。 
カラカラカラ、と、何かが投げ込まれたのだ。 
石。 
気をそらすために、わざと目立つような位置へと投げ込まれたそれが、存在感を誇示している。 

「……知ってるか?意思や覚悟ってーのは誰でも持ってるもんなんだぜ。特定の人間にだけあるもんじゃあない」 

ワルドが振り向いた。光を背にして、少年は立っていた。 
顔が影となって、多少見えにくい。 

「それが例え自殺者だろうと、死ぬ意思、死ぬ覚悟なんて物騒なもん持ってやがる。だが、それも意思や覚悟だってことには違いない」 

ゆっくりと近づいてくる。 
歯軋り。 
拳は、力を込められている。 

「……だからよォ、お前にも見せてもらうぜ、『その二つ』を」 

『風』が、吹いた。

バヒュンッ、と拳が空を切る。 
ワルドはバックステップで交わしたが、バランスを取る為に地に手を着く。 

その傍らで石が、滑るように吹っ飛んだ。 

彼の勢いが、ワルドを一瞬戸惑わせる。 
あの時、挑んだ決闘は拒否された。一人の少年に。 
だが、それじゃ思わぬ形で成就する事となった。 

「……ナランチャ……!」 

ルイズの小さな歓喜をかき消し、ぶつかり合う力と力の衝突音が響いた。 




To Be continued ...
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