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ゼロのスネイク-4 - (2007/07/17 (火) 23:26:06) の編集履歴(バックアップ)


4話

朝食を終えたルイズは教室に入った。
ホワイトスネイクはそれに続く。
もちろん今朝のように首から下をぼかしているとルイズが怖がって怒るので、ちゃんと全身を発動させている。

イメージとしては高校や中学校のそれとは違い、むしろ大学の講義室に近いその教室には、
多くの生徒が既に着席し、各々の使い魔をそばに侍らせている。
その種類は実に多種多様。
キュルケの連れているサラマンダーや窓の外から教室を覗いている蛇のように、
地球では考えられないようなサイズの生き物もいれば、
フクロウ、カラスなどの鳥や猫など、地球でも馴染みの深いものもいる。
そして地球には間違いなく存在しない、目玉だけの生き物やタコ人魚、六本脚のトカゲなどもいる。
まるで動物園だ。場所が場所ならただ並べとくだけでも金を取れるだろう、とホワイトスネイクは思った。

教室にいた生徒達はルイズが入ってきたのを見ると、一斉にそちらに振り向いた。
そして好奇の目で、その後ろにいるホワイトスネイクをじろじろ見る。
ホワイトスネイクを召喚したのが他の生徒だったならここまで注目されることも無かっただろう。
だが現実に召喚したのは、「ゼロ」と呼ばれるルイズである。
生徒達は、一体この亜人がどんな使い魔なのか、何ができるのか、としきりに考えていた。
服装が朝食のときから何故かボロボロだったことも、彼らの気を引いた。

そんな時、一人の生徒――名をペリッソンといったが――があることを思いついた。
分からないなら、それを知っている者に聞けばいいじゃないか、と。
幸いなことに部屋がルイズの部屋の隣にあるキュルケが、自分のすぐそばにいる。
キュルケは恐らく朝にあの亜人を連れたルイズに会っているだろうから、何か聞けるはずだ、と考えたのだ。
……もっとも、キュルケが彼の位置に近いのは、キュルケの色香に、
彼がカタツムリに群がるマイマイカブリみたいに引き寄せられただけなのだが。
そして、キュルケに声をかける。
そのこと自体は地雷ではなかった。
だが、彼が何の気なしに言ったある単語が、掛け値ナシにドデカイ地雷だった。

「なあ、キュルケ。君は『ゼロ』の隣のへy……」

自分が「ゼロ」と呼ばれたことを聞き逃さなかったルイズは、その声の方をじろりと睨む。
だがそれよりもさらに速く――それにルイズの意思が介在していたわけではないが――ホワイトスネイクが動いた。

流れるような動作で二の腕から円盤状の物体――DISCを抜き取る。
それをペリッソンの額に目掛けッ、全力で、投擲したッ!!

ドシュウゥッ!

DISCは空気を切り裂き、過たず、目標に命中ッ!
そしてッ!

「命令スル」

ドグシャァッ!

「頭ヲ机ニ叩キツケテ気絶シロ」

全てはホワイトスネイクの言葉、いや命令通りになった!
ペリッソンは声をかけるためにキュルケの方に伸ばしていた体を止め、急に背筋をぴーんと伸ばすと、
机の端をガッチリ掴んで、頭を思いっきり机に叩きつけたのだッ!
そして不幸な(自業自得でもあるが)彼は、その一撃であっけなく脳震盪を起こし、昏倒して動かなくなった。

突然の出来事に目をむく生徒達。
事件現場のすぐ近くにいたキュルケなどは、驚きの余り声も出せずにペリッソンとホワイトスネイクのほうを交互に見ている。
ルイズもまたホワイトスネイクの一瞬の早業に驚愕し、目を見開いてホワイトスネイクを見つめている
だがそんな様子には目もくれないといった調子で、ホワイトスネイクが口を開いた。

「口ハ災イノ元。人ヲ怒ラセルヨウナ事ヲ口ニスルモンジャアナイナ」

無論たった今昏倒させたペリッソンにだけではなく、教室にいる全員への警告である。
既に一人ぶちのめしてしまったので警告になっていないのはご愛嬌。
そしてホワイトスネイクは、今度は自分を驚きの目で見ている主人――ルイズに向き直ると、

「コレガ私ノ能力ノ一ツ、『命令』ダ。
 私ノ命令ハ脳ヘノ直接的ナ命令。
 ドンナ命令デアロウト、私ノ命令ハ必ズ遂行サレル。……命令ヲ受ケタ者ニヨッテ」

ごく当たり前のように、ルイズにそう説明した。

普通ならこういう場合……怯え、こんな危険な使い魔、と危険視するだろう。
だがこの使い魔がぶちのめしたのは、ルイズを「ゼロ」と呼んだ者。
ルイズはこの行動に、危険さではなく、逆に「忠誠」を見出したッ!
そしてこの使い魔のことを……召喚してから初めてこのホワイトスネイクのことを……
「なんてステキな使い魔なの……」と思った。
ちなみに、何故この時ホワイトスネイクがルイズを「ゼロ」と呼ぶことがルイズへの侮辱であることを知っていたのか、
そこまでは全く頭が回らなかった。
色々とゴキゲンになりすぎて、そこまで考えてる余裕が無かったのだ。

さて、生徒が一人犠牲になり、ついでにルイズがゴキゲンになって席についたところで教師が入ってきた。
中年の、やさしそうな雰囲気を持った女性である。
その教師は教室を見回すと、目を細めて、

「皆さん、春の使い魔召還は大成功のようですね。
 このシュヴルーズ、みなさんの使い魔を見るのを毎年、楽しみにしているのですよ」

そして教師――シュヴルーズの目がある一点で止まる。
多くの生徒の中で唯一亜人を召喚したルイズと、その使い魔ホワイトスネイクのところで。

「おやおや、また変わった使い魔を召喚したようですね、ミス・ヴァリエール」

少しばかりとぼけた台詞だったが、ここで笑う者は一人もいない。
むしろ下手な反応をすればペリッソンの二の舞になるんじゃないかとビクビクしていたので笑うどころではない。

「ええ、ミセス・シュヴルーズ。でも、それほど悪い使い魔ではありませんのよ?」
「そうですか。それは実に結構です」

いかん、55秒とか50秒とか、きわどいところで引っかかりすぎる

余裕のある口ぶりで切り返すルイズ。
それにシュヴルーズも和やかに答える。
その余裕が他の生徒達には恐ろしく感じられた。
またルイズを怒らせたら間違いなくあの亜人が襲い掛かってくるだろう。
今度はペリッソンみたいに昏倒で済むかは分からない、と。
ちなみに、ホワイトスネイクの格好がボロボロなことにはシュヴルーズは触れなかった。

「他の皆さんも、静かにできていてとても立派ですわね。
 授業を受ける態度とは、まったくこうあるべきものですわ」

生徒達が静まり返っている理由を察するほどの鋭さを、シュヴルーズは持ち合わせていない。
そして気絶しているペリッソンは完全にスルーされた。

「では、授業を始めますよ」

シュブルーズがこほん、と咳払いして杖を振るう。
すると机の上に石ころがいくつか転がった。
授業が始まる。

(中々分カリ易イ説明ヲスル教師ダ)

授業を聞きながら、ホワイトスネイクはそんな事を思った。
シュヴルーズの授業は以下の通りである。

魔法には火、風、水、土の4つの系統と、
今は失われた(使えるヤツがいないということだろうか? とホワイトスネイクは思った)虚無を合わせて、
全部で5つの系統があるということ。
そしてシュブルーズが言うには、土の系統は5つの系統の中で最も重要らしい。
その理由として、土の属性が重要な金属を作り出し、加工することが出来ることとか、
大きな石を切り出して建物を建てることが出来るということ、
それに土の系統が農作物の収穫にも関わっているということを挙げた

ホワイトスネイクにとってはどれもこれも初めて聞くことばかりなので、熱心にシュブルーズの説明に耳を傾けていた。
スタンドのデザインに耳は無いけど。
でも説明が丁寧な分、他の事を考える余裕も出てくる。

(ダガ手間ヲ考エナイナラ貴金属ヲ手ニ入レルコトモ、加工スルコトモ可能ダ。
 建物ヲ建テルコトモ、農作物ノ収穫率ノ向上モ同様ニ。
 『暮らしを楽にする』トイウ観点デハ、火ヲ楽ニ起コセルデアロウ火ノ系統ノヨウニ、他ノ系統モ重要ダロウ。
 スタンドト同様、各系統ニ優劣ノ関係ハ無イト考エルベキダロウナ)

そうこうしているうちに、シュヴルーズが机の上の石ころに向かって、
小ぶりな杖を振り上げた。
そして短く何かを呟くと、石ころが輝き始める。
数秒後、光が収まると、ただの石ころは光を反射してキラキラ輝く金属に変わっていた。

「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」

キュルケが身を乗り出して言う。
現金な女だ、とホワイトスネイクは思った。
水族館でも見た覚えのある人種であり、
ああいう女の周りにいる男は、女の興味が失せたら捨てられるのが相場である。
カワイソーに、と、ホワイトスネイクは少しだけ彼らに同情した。
無論、キュルケとその周りの男達の端で気絶してる生徒――ペリッソンのことだが――彼を除いて、である。

だがシュヴルーズはそんなキュルケの質問にもやさしく微笑んで、

「違います。ただの真鍮です。ゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけです。
 私はただの……」

と、ここでもったいぶった咳払いをして、

「トライアングルですから……」

と言った。

(『トライアングル』? ソレニサッキハ『スクウェアクラス』トカ言ッテタナ。
 メイジトシテノレベルヲ表スモノナノカ?)

初めて聞く二つの単語にホワイトスネイクは頭を捻る。

(『トライアングル』……地球デハ『三角形』ノ意味。ソシテ『スクウェア』ハ『四角形』ノ意味。
 『3』ト『4』……カ。一体ドレクライ違ウンダ?
 アノ教師ハ『スクウェアならゴールドを錬金出来る』トカ言ッテイタガ……ヨク分カランナ)
「ねえ」

そんな事を考えていると、ルイズから声がかかった。

「ドウシタ、マスター? 授業中ハ授業ニ集中シタ方ガ良クナイカ?」

ルイズにだけ聞き取れる程度の声でホワイトスネイクが答える。

「授業、そんなに面白いの?」
「当然ダ。私ニトッテハ真新シイ事バカリダカラナ」
「ふーん……」
「マスターニハ退屈ナ授業ナノカ?」
「そうよ。知ってることばかりだもの」
「予習シタノカ?」
「自分で調べたのよ。魔法が……いや、なんでもないわ。
 とにかく知識だけはたくさんあった方がいいと思ったの」

ルイズの意外な一面に感心するホワイトスネイク。
そこで、

「マスターニ後デ聞キタイコトガアル」
「何よ? 今でいいわよ」
「授業ハ『素振リ』ダケデモイイカラ真面目ニ聞クベキダ」

神学校時代のプッチ神父の学友の言である。
もっともプッチ神父は、その学友とはウェザーの記憶を奪った日以来会うことは無かったが。
はたして、その学友の言は正しかった。

「ミス・ヴァリエール!」
「は、はい!」
「今は授業中ですよ。
 使い魔とお喋りするのは後になさい」
「すいません……」
「お喋りするヒマがあるなら、あなたにやってもらいましょう」
「へ? な、何をですか?」

このルイズ、授業を全く聞いていなかったようだ。

「ここにある石ころを、あなたの望む金属に変えるのです。
 さあ、やってごらんなさい」

そう言われたものの、ルイズは行こうとしない。
何やら困っているような、戸惑っているような、そんな様子だ。
そして、周囲の生徒達もざわつき始める。
ホワイトスネイクはその理由が大方分かっていたが、あえてこの場でルイズにそれを言うことは無かった。
逆に、何故ルイズがそんなに戸惑うのか分からない、と言ったような態度を取っている。
彼なりの気遣いである。

少しした後、ルイズは意を決したように立ち上がり、

「やります」

とだけ言った。
それを聞いた教室の生徒全員が、一斉にさっと青ざめる。
しかし……声を上げる気にはならない。
下手なことを言えばルイズの亜人――ホワイトスネイクが襲い掛かってくる恐れがある。
しかし……そのうちの一人であったキュルケが、ある種の勇気を持って声を上げた。

「ミセス・シュヴルーズ! ルイズに魔法を使わせるのは……その……危険、です」

じろり、とホワイトスネイクがキュルケのほうを見る。
まるでカエルを睨む蛇のように。
だが攻撃はしてこない。
まだラインインのようだ、とキュルケは胸をなでおろした。
いや、ひょっとしたらラインオンかもしれない。
そして内心に、何が「大したことは出来ない」だ。
十分に恐ろしいじゃないの、と毒づいた。
だがキュルケの決死の抗議は――

「あら、どうしてですか? ミス・ツェルプストー」

シュヴルーズには理解されなかった。
キュルケはこの勘の鈍い教師に腹を立てると同時に、
これ以上のことを自分が言わなければならない事を嘆いた。
そして当たり障りの無い言葉を必死で探して、

「ミセス・シュヴルーズはルイズを教えるのは初めてですよね?」

と聞いた。
我ながら上手く言ったものだ、とキュルケは胸をなでおろしたが――

「ええ、でもミス・ヴァリエールが努力家ということは聞いています。
 さあ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。
 失敗を恐れていては何も出来ませんよ?」

ダメだ。
「ルイズが失敗する」ことまでは察してくれたようだが、
ルイズが魔法を使うことの危険性はさらにその先にある。
それがこの教師には分かっていない。

「ルイズ、やめて」

キュルケが顔を青くして懇願する。
しかし教壇の方へ向かうルイズが振り向くことは無かった。

「あら、使い魔さんはついてこなくてもいいのですよ?」

ルイズの後ろに空中を滑るように移動しながら着いていくホワイトスネイクにシュヴルーズが声をかける。
ルイズも足を止めて振り向く。

「ソウカ」

ホワイトスネイクはその指摘に短く答えると、フッと姿を消した。
今朝やったのと同じ「解除」である。

ルイズは朝に一度見ているからそうでもなかったが、
目の前でそれをはじめて見たシュヴルーズは勿論、教室中の生徒が驚いた。

「あ、あの……ミス・ヴァリエール? あなたの使い魔さんは……」
「大丈夫です。わたしもちょっとびっくりするけど……呼べば出てくると思います」

ホントかよ、と教室中の生徒全員が思った。
そして、いっそもう二度と出てこないでくれ、とまた全員が思った。

「そ、そうですか……。ではミス・ヴァリエール、やってごらんなさい。
 錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」

ルイズはこくりと頷いて杖を振り上げる。
そして呪文を唱えて、杖を振り下ろすと――

ドッグオォォォン!

爆発したッ!
爆風をモロに受けたシュヴルーズは吹っ飛ばされて黒板に叩きつけられる。
そして教室にいた生徒達も、突然姿を消したホワイトスネイクにほっと安堵して物陰に隠れるのを忘れていたため、
同様に被害を受けた。
悲鳴が教室中に巻き起こる。
生徒達の使い魔は爆発に驚いて暴れ始め、そのうち共食い(厳密には共食いではないが)が始まりかけた。

そして爆発を起こした張本人であるルイズはというと……

「……大丈夫カ? マスター」

いつの間にかルイズの目の前に現れたホワイトスネイクによって爆風から庇われたので無傷だった。

「あ、えと、その……ありがと、ホワイトスネイク」

自分を守ってくれた使い魔の背中に礼を言うルイズ。

「気ニスル事ハナイ」

そういって振り向いたホワイトスネイクのコスチュームは、やはりボロボロになっていた。
いや、朝に一度爆発を食らったので、さらに1段階酷くなってはいるが。
そしてその姿を見て、ルイズはとても情けない気分になった。
使い魔の前で失敗した挙句に庇われたのだ。
その事実が、ルイズの高いプライドを傷つけないはずは無かった。

結局、ルイズは爆発を聞きつけてやってきた教師に、罰として教室の掃除を命じられた。
その際に魔法をつかってはいけない、とも言われたが、魔法を使えないルイズには関係ないことである。
ルイズは床に散らばったり、机や椅子にめり込んだりしている破片を集め、
ホワイトスネイクは壊れた窓ガラスや机をせっせと運び出し、新しいものを取り付け、設置する作業をしている。

ルイズが片づけに参加するのは、傷ついたプライドがこれ以上傷つくのがイヤだったからだ。
失敗して教室をメチャメチャにしたのは自分。
爆風を食らわなかったのは使い魔のおかげ。
なのに、片付けは使い魔任せ……では、ルイズのプライドがこれいい上に無く傷つく。
別に片付けの光景を誰かが見ているわけではない。
ルイズが自分で、自分がそうすることが許せなかっただけである。
そのときだ。

「マスター」

ホワイトスネイクから声がかかった。
思わずルイズはビクッと体を震わせる。
自分が失敗したことを咎めるのだろうか、と思ったからだ。
ルイズは来るべきホワイトスネイクの言葉に身構えるが……

「教壇ノ前マデ来テクレルトアリガタイ」

来たのは、よく分からない注文だった。

「な……何でよ?」

聞き返すルイズ。

「私ハマスターカラ20メートル以上離レルコトガ出来ナイ」

ますますよく分からない返事である。
ルイズはホワイトスネイクの頭が沸いたのかと思った。

「へ? ど、どういうこと? それに『メートル』って何よ?」
「長サノ単位ダ。長サハ……1メートルガ大体コノグライダ」

ホワイトスネイクはそういって作業を中断し、手で大体の1メートルを作る。
だが、

「それ、1メイルよ?」
「メイル?」
「ええ。1メートルが今あんたが示したぐらいの大きさ。
 ついでに言うと、それの100分の1が1サント、それの400倍が1リーグ。
 そんなことも知らなかったの?」

バカにしたような言い方にちょっぴりムカついたホワイトスネイクだが、

「イヤ、ココトハ常識ガイクラカ異ナル世界カラ来タカラナ」
「ふーん……そう」

興味なさげにルイズは言って、ひとまず言われたとおりに教壇のほうへ向かう。
そして、ルイズはまた気が重くなった。
そんなことよりも、ルイズにはもっと言ってほしいことがあるのだ。
正確には、言ってもらわなければならないことが。
気遣って言わないようにしてくれているのならそれはそれで嬉しいけれど、
そんなのでは、使い魔の主人としてあまりにも情けなさ過ぎる。
ルイズは少し間をおいた後、そのことを言おうとするが――

「マスターガ何ラカノ要因デ魔法ヲ使エナイコトハ、昨日ノ夜ノ段階デアル程度予想デキテイタ」

意外な言葉が来た。

「え………?」
「ソウ思ッタ理由ハ二つ。
 一ツハマスターガ私ヲ昨日召喚シタ時、他ノ生徒ガ魔法デ浮カンデイルノニ対シテマスターダケガ自分ノ足デ歩イテイタ事。
 モウ一ツハ、マスターガ私ニ洗濯ヲ頼ンダコトダ。
 コノ建物ニ貴族全員分の洗濯物を処理デキルダケノ使用人ガイルヨウニハ思エナカッタシ、
 ソウデナイニシテモ、貴族ガ自分デ道具ヲ使ッテ洗濯スルコトガ考エヅライコトハ、マスターノ態度カラ予想デキタ」
「じ、じゃあ……昨日からずっと、わたしが魔法を使えないって知ってたのに……」

ルイズの顔がかあっと赤くなる。
それじゃあまるで自分が道化みたいじゃない。
魔法が使えないのに、さも貴族らしく高慢に振舞って。
それを……ホワイトスネイクは文句一つ言わずに見ていたというの?
そんなのって……。

「マスター」

だが、そこでホワイトスネイクがルイズの言葉を遮る。

「私ガ以前イタ場所ニハ魔法ヲ使エル者ナド一人モイナカッタ。
 ダカラマスターニ出来ルノガ爆発ガ起コス事ダケデモ、私ニトッテハ十分過ギル程……」
「うるさいわね! あんたに何が分かるのよ!
 魔法が使えないって事が、わたしにとってどれだけの苦痛だったのか、あんたに分かるの?
 いいえ、絶対に分からないわ!
 そうやって分かったような顔をして、わたしに安っぽい同情をかけないで!」

ホワイトスネイクの慰めもむなしく、ルイズは癇癪を起こした。
しかしルイズにとっては仕方のないことだった。
幼い頃から魔法が使えず、二人の優秀な姉と比較され続け、
魔法学校に入ってからはいつもいつもバカにされつづけた。
そんなこれまでの過去があったからこそ、簡単に受け入れられてしまったことが逆に悔しかったのだ。
おまえが口で簡単に言えるほどのものじゃないんだ、と。
そうルイズはいいたかったのだ。
でも、言えなかった。
あまりにも自分が情けなくて、その情けなささえも受け入れられてしまうことが悔しくて、言えなかった。

そんなルイズに対し、しばらく黙っていたホワイトスネイクは――

「フム……ソウダナ。少シ失礼」

そう言って掃除の作業を中断すると、突然氷の上を滑るように飛行してルイズの前まで来る。

「ひゃっ! な、何よ!」
「前々から確カメタカッタ事ガアルンダ」

そう言うと、ホワイトスネイクは腕を振るった。
ドシュッ! と音がして、ルイズの額から一枚のDISCが出る。

「な、ななななな何これ! わたしの頭から何が出てきてるの?」

ルイズが色々と喚いているが、ホワイトスネイクはガン無視する。
そしてルイズの額から出てきたDISCを抜き取り、その表面に目を通す。
そこに現れていた文字は、「ゼロ・オブ・ドットスペル」。
早い話、「ゼロのドットスペル」ということだ。
今ホワイトスネイクが抜き出したのはルイズ自身の魔法の才能。
正確にはホワイトスネイク自身、スタンドや感覚と同様に抜き出せる自身が無かったので、こうしてルイズで試したのだ。
試したのだが……

(DISCニマデ『ゼロ』ト書カレテイルノデハ救イガ無サスギルナ。ドウシタモノカ……)

そして考えた結果、

「マスター、『ドット』トハ何ダ? 
 授業デ言ッテイタ『トライアングル』トカ『スクウェア』ニ関係アルノカ?」

あえてDISCに「ゼロ」と表記されていたことには触れないことにした。
もちろん、ルイズからはその表記が見えないようにする。

「ドットっていうのは、魔法を一種類しか使えないメイジのこと。
 ドットの上がライン。ラインは系統を一個足せるの。
 系統を足せば足すほど、魔法は強力になるわ」
「ナルホド。デハ『トライアングル』は2ツ、『スクウェア』ハ3ツ足シテイル分、ヨリ強力ナ魔法ヲ扱エルノカ」
「そういうことよ。……って話をそらさないでよ! あんた今、あたしに何をしたの!?」
「君ノ『魔法の才能』ヲ抜キ出シタ。
 魔法ガ果タシテ他ノ感覚ナドト『才能』トシテ抜キ出セルモノナノカ、確証ガ無カッタノデナ。
 ソシテ……理解シタ」
「何をよ!」
「マスターガ魔法ヲ使エルヨウニナレルハズダ、トイウコトヲダ」
「え……?」

ホワイトスネイクから告げられた、意外な言葉。
自分が魔法を使えるようになる?
そんなことがありえるの?
いや、それ以前にどうやって……。

「方法ハ簡単ダ」

そんなルイズの心中を完全に把握しているかのようなタイミングでホワイトスネイクは言う。

「誰カ一人、コノ学園ニイル他ノメイジカラ『魔法の才能』ヲ奪イ取レバイイ。
 今マスターニヤッタヨウニ。
「え……じ、じゃあ、その『魔法の才能』を奪われたメイジは……」
「魔法ガ使エナクナルナ。『才能』ヲ失ッタノダカラ」

ルイズは迷った。
このホワイトスネイクの言う通りにすれば、多分自分は魔法を使えるようになる。
わたしを「ゼロ」とバカにするやつは、一人もいなくなるだろう。
でも……「才能」を奪われたメイジは魔法を使えなくなる。
わたしの周りには、わたしを「ゼロ」と呼んでバカにするヤツはたくさんいる。
でも……そいつらが、もし魔法を使えなくなったらどうなるだろう?
わたしはちい姉さまがいつも慰めてくれたから、励ましてくれたから、くじけずに頑張リ続ける事ができた。
今まで頑張り続けられたのは、きっとわたしだけの力じゃない。
もしここで……誰かが魔法を使えなくなったなら、きっとその人は周りから見捨てられる。
そうしたら、その人はひとりぼっちだ。
きっとくじけてしまうだろう。
あるはずだったその人の未来も、完全になくなってしまうだろう
それでも……わたしは他のメイジから「魔法の才能」を奪うというのか。
それに、こんな手段で魔法を使えるようになったわたしを見て……ちい姉さまは喜ぶだろうか?
きっと喜ばないだろう。
それどころか、悲しい顔をするかもしれない。
だってそれは、わたしのことを励まし続けてくれたちい姉さまを裏切ることになるから。
でも……それでも……魔法を使えるようになりたい。
そんな方法があるなら、今すぐにでも飛びつきたい。

どうするべきだろうか?
「才能」を奪って魔法を使えるようになるのか、それとも「才能」を奪わずに今のままでいるのか。
一体どちらを取るのか正しいのだろうか?
そう悩んでいると……

「今決メル必要ハナイ。マスターガユックリ考エテ、ソレカラ決メレバイイ」
「うん……それも、そうね……うん」

ルイズは何度も頷いて言った。

「ホワイトスネイク」
「何ダ?」
「わたしから取り出したあの……「でぃすく」……だっけ?
 あれを、わたしに戻してほしいの」
「了解シタ」
「……何も言わないの? ホワイトスネイク」
「言ウ必要ナド無イ。決メルノハマスターノ意思ダ。ソレトマスター」
「なに?」
「私ハマスターノ使イ魔ナノダ。使イ魔ニ頼ミゴトヲスルコトハ無イ」

ホワイトスネイクの指摘に、再びかあっと顔を赤らめるルイズ。

「あっ……そ、そそそれもそうね! そうよ、あんたはわたしの使い魔なんだから!
 そそそそれぐらい、わたしだって分かってるわよ!
 ままままったくあんたったら、つ、使い魔のクセにナマイキなんだから!」
「ソノ通リダ、マスター」

真っ赤になって怒るルイズ。
それを見てホワイトスネイクはニヤリと笑って返した。
その笑みで、何だかルイズは膨らんだ怒りがうせてしまった。
まるでフーセンから空気が抜けるみたいに。
うん、そうだ。
わたしがこのことを決断するには、まだ早すぎる気がする。
まだまだ魔法学校の2年生なんだ。
まだ、いくらでも努力はできる。
それでもダメだったとき……そのときに、このことは考えればいい。
そう、ルイズは思うことにした。
そして息を整える。

「うん。……じゃあ命令するわ。『わたしにわたしのDISCを戻しなさい』」
「改メテ了解シタ。マスター」

ホワイトスネイクが手に持ったルイズのDISC、「ゼロ・オブ・ドットスペル」をルイズの額に当てる。
ぎゅっと目をつむるルイズ。
別に怖がることも無いんだがな、と思いながら、ホワイトスネイクはそのDISCをぐっと押し込む。
そしてDISCは何の抵抗も無く、するりとルイズの額に収まった。

「コレデ終ワリダ。デハ片付ケニ戻ル」
「うん、分かった。……あれ? 何か大切なことを聞き忘れてるような……ってそうよ!
 どうしてあんた、わたしから20メイル以上離れられないのよ?」
「ソレガ私ノ性質ダカラダ。私ガDISCヲ扱エルノト同ジコトデナ。
 ダカラ私トシテモ、『ソレガ私ダカラダ』トシカ答エヨウガナイ」
「ふ~ん、そうなの。じゃあ聞きようがが無いじゃない」

がっかりしたようにルイズが言う。
そしてまた二人とも(正確には一人と一体)片付けに戻る。

とそこで、またルイズがホワイトスネイクに話しかけた。

「ねえ、ホワイトスネイク。
 あんた、あたしから20メイルまでしか離れられないのよね?」
「ソウダ」
「じゃあ、昨日の晩はどうやってわたしの下着を洗濯したの?」

何だ、そんなことか、とホワイトスネイクは苦笑する。

「キュルケ……ダッケ? マスターノ隣ノ部屋ノ赤毛ノ女ダガ……アノ女ニ『命令』シテ、ヤッテモラッタヨ」

何気にとんでもない回答だったが、ホワイトスネイクはごく普通に言った。
驚いて目を見開くルイズ。
でも自分の下着をキュルケが洗濯している光景を想像して……悪くないな、と思った。
そして、言う。

「あんたったら……中々ステキな使い魔じゃない」
「ソウ言イイテモラエルト光栄ダ」

先ほどと同様、ニヤリと笑って返すホワイトスネイク。
いくらかの問題と、すべき決断を残したが、
ご主人様と使い魔の距離は、いくらかは縮まったようだ。

「……そういえば、まだ『幻覚』と『記憶を奪う』を見せてもらってないわよ?」
「心配スルナ、マスター。マダ昼ダ」
「そう、ね。まだ昼よね。
 でも『もう』昼なのよね……。おなかがすいたわ」

昼食はとっくに片付けられてしまったことを、二人はまだ知らない。


To Be Continued...

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