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ゼロの奇妙な白蛇 第十話 後編 - (2007/08/18 (土) 00:21:57) のソース
「まったく、ただの平民だと思ったら、案外やるもんだねぇ」 そう、ルイズも、タバサも、キュルケも、ホワイトスネイクも、才人の言葉に返答しなかった。 ならば、この声の持ち主は…… 「その言い草……なるほどね、獅子身中の虫って事かい」 カタカタと鍔を揺らすデルフの声は、珍しく怒りを満ちていた。 デルフの言葉に、才人は身を固くし、ゴーレムの攻撃と爆発の影響が無い場所に潜み、今、勝利を確信してこの場所に現れた“そいつ”に剣を向ける。 「あんたが……あんたが……!!」 “そいつ”の名はミス・ロングビル。 またの名を―――――― 「『土くれ』のフーケ!!」 「正解。商品は出ないけどね」 ふてぶてしく嘯くフーケは、才人達の中で一番負傷が激しいルイズへと杖を向けている。 「分かっていると思うけど、詠唱はもう終わっているから、 一歩でも動いたら、このお嬢ちゃんの頭が柘榴みたいになっちまうよ おぉっと、そこの眼鏡の子も、杖から手を放すんだ、良いね」 抜け目無くタバサが無事な左手で持っていた杖を捨てさせたフーケは、ゆっくりとルイズへと近づきながら、今回の事件に関する説明を始める。 「最初、計画通りに『破壊の杖』を盗んだまでは良かったんだけど、どうにも私には、使い方が分からなくてね。 それなら、使い方が分かる奴に使って貰おうと考えた訳さ。 魔法学院の連中なら知ってると踏んだんだけど……どうやらハズレを引いたみたいだね」 誰に聞かれるでも無く、何故、わざわざ学院に戻り捜索隊が出るように仕向けたかを話すフーケに、自分を庇い重症を負ったルイズを抱いていたキュルケは、ふつふつと怒りが込み上げてきていた。 「そんな……そんなくだらない理由で―――!!」 「くだらないなんて、とんでもない。 使い方の分からないマジックアイテムなんて、杖を持ってないメイジみたいなものよ。 価値なんてありゃしない」 まぁ、あんた達には分からないでしょうねぇ、と呟くフーケを、射殺さんばかりに睨むキュルケの唇は、怒りのままに噛み締められ、真っ赤な血が滴り落ちている。 「正直、ゴーレムを倒した手並みは見事だったけど、詰めが甘いよ。 来世では、きちんと最後まで気を抜かないようにね」 目付きを鋭くしたフーケが呪文を解放しようと、杖を、気付かれないように摺り足で移動していた才人に突きつける。 「まずは、あんたからだよ!」 そう言い、解放しようとした瞬間、フーケは咄嗟に後ろに下がった。 キュルケの腕に抱えられていた少女が立ち上がり、自分の方へ、そのか細い腕を向けた為に。 「何のつもりだい? まさか、杖も無しに私に戦いを挑む気なの?」 「そのまさかよ『土くれ』 私はこれからあんたを倒すわ」 右肩が砕かれ、その他の箇所にも岩石が当たり、呼吸をするのもやっとだと言うのに、ルイズは普段通りの口調とテンポで言葉を紡いでいた。 「どうして貴族様と言うのは、こう負けず嫌いなのかね?」 やれやれと言わんばかりに杖を構えるフーケに対し、ルイズは、それは違うと首を振る。 「確かに……あんたにここまでされたのは癪よ。だけど、私が、今、立ち上がっているのは、それとはまったく関係無い。 私はね、フーケ。何よりも自分の理想を汚すのが、一番耐えられないから、立ち上がっているのよ」 前だけを見据えて、桃色の少女は言う。 「理想?」 「えぇ、敵に後ろを見せず、例えその先にあるのが死だとしても、毅然として立ち向かう。 ――――――それが、私が求める理想よ」 一歩、さらに前へと踏み出し、フーケに近づくが、体重を支え、地を蹴る為の足は小刻みに震え、もう、すでに限界に来ている事を告げている。 「理想ねぇ……勝てない敵に……必ず死ぬと分かっている者に立ち向かうのは、そんなに大層なもんじゃない。 ただの無謀と言うんだよ」 「無謀だからと言って、その場から逃げたなら人間は人間じゃなくなる。 その辺の家畜と変わらなくなるわ。 理想あっての人間。理想を実現する過程が、人間が生きるべき、最も尊い道。 私は、絶対に其処から外れるのは嫌。外れてなんかやらない。外れるものですか―――!!」 声は力となり、限界のはずの足を動かす。 前へと、己が敵を打ち倒す為に、ただ、只管に前へと。 「なら、その道で果てな!!」 フーケの杖から魔法が炸裂する。 その魔法は、ルイズの足元の土を一気に氷柱のように変化させ、そのままルイズの心臓を貫こうとする。 キュルケは、友人が死んでしまう現実に、顔を覆った。 タバサは、やっと見つけた希望が潰えるのに、絶望を顕わにしていた。 才人は、初めて見る死と言う事象に呆然としていた。 故に、この状況で動くのはただ一人。 「なっ!」 確かに桃色の髪をした少女に気を取られ、他の連中に対しての警戒が散漫になっていたのは認める。 認めるが、フーケは目の前の現実が信じられなかった。 崩れ落ちる少女の身体。 支える白の使い魔。 そして、粉砕された土柱。 「マッタク、君ノ成長速度ニハ呆レルシカナイナ。マサカ、一週間足ラズデ、エンリコ・プッチト同ジ程ノ精神ノ強サヲ持ツトハ…… 『世界』ノDISCヲ扱ウノニ三年ハ月日ガ必要ダト言ッタガ、ドウヤラ、ソノ認識ハ改メナケレバナラナイラシイ」 ルイズと同じだけの負傷を負っているはずのホワイトスネイクだが、その口調には隠し切れない喜びの韻が、確かに含まれていた。 それは、主が自分の望む強さに辿り着いたが故の喜びか。 歓喜に吼えるホワイトスネイクに、ルイズは、こいつを召喚してから一週間と一日しか経ってないんだなぁ、と現状とは違う事を考えていた。 「死に損ないが! 潰れな!!」 右肩が砕け、口から血を溢しているホワイトスネイクに、フーケは残りの魔力を総動員して作った、10メイルのゴーレムを嗾ける。 先程のゴーレムに比べれば、遥かに力は落ちるが、それでも亜人一匹殺すには十分過ぎる戦力のはずだ。 だが――― 「―――俺を忘れんな」 四肢を切り落とされ、ダルマにされるゴーレム。 その横には、剣についた土を振り払う黒髪の少年の姿。 硬直していた才人の頭が、ようやく再起動を果たしたのだ。 2対1 自分にとって不利な状況になってしまった事に気がついたフーケは、ダルマになったゴーレムに先程のゴーレムにした命令と、まったく同じ命令を下す。 この距離では、自分も被害が被るが、命には代えられない。 顔を腕で覆い、頭への被弾を防ぐような格好をしたが、それはまったくの無駄であった。 ルイズを支えていたホワイトスネイクは、即座にルイズから離れ、爆発寸前のゴーレムを左手と両足だけで完璧に粉砕したからだ。 その速さと破壊力は、明らかに人型のどの生物をも超越していた。 「……化け物」 フーケが思わず呟いたその一言に、ホワイトスネイクは、鼻を、フンと鳴らす。 奇しくもそれは、最近のルイズの癖に酷似していた。 「化ケ物カ……悪クハ無イナ。少ナクトモ、貴様ノヨウナ者ト同列ニ見ラレナイダケナ」 嘲るようにそう言うと、ホワイトスネイクはフーケの傍まで歩き出す。 フーケは、即座に踵を返して逃げようと走り出したが、彼女を守るべき泥人形が居ない今となっては、逃げられるはずも無い。 すぐに追いついた才人が、足を引っ掛けてこけさせて、フーケの杖を奪い取る。 無様に転んだが、それでも逃げようとするフーケの足をホワイトスネイクは掴み、持ち上げる。 「離しなさいよ、この!!」 「良イダロウ」 宙吊り状態になっても抵抗していたフーケを、遥か高く空中に放り投げ、落下してくるその身体に、拳を叩き込む。 何度も、何度も、何度も、何度も。 「おい! もう良いだろ! 止せ!!」 才人の声に、殴るのを止めたホワイトスネイクの横に、フーケの身体が落下する。 その身体には、幾重もの青痣が刻まれ、口元からは血が滲み出ていた。 「大丈夫なのかよ?」 「心配ナイ。死体ニナッテハDISCヲ取リ出セナイカラナ。急所ハ全テ外シテアル」 そういう問題じゃねぇだろ、と呟く才人の声に返答せず、 ホワイトスネイクは、殴打によって意識が無いフーケの頭から一枚、DISCを取り出す。 「貰ッタゾ……貴様ノ才能」 吐き捨てるように言葉を浴びせたホワイトスネイクは、さっそくそれをルイズに渡そうと振り返ると、桃色の少女は赤髪の少女の膝枕で気持ち良さそうに目を瞑り、意識を深い闇の底へと沈ませていた。 「どうやら終わったみたいね」 ルイズが起きないように、小さな声で言うキュルケの言葉に、才人とホワイトスネイクが同時に頷く。 フーケを戦闘不能に追い込み、『破壊の杖』の奪取にも成功した。 これは、文句なしの大成果である。 「帰還」 合図をし、風竜を呼び寄せたタバサに、一同はそれぞれの負傷を庇いながら風竜へと乗り込むのであった。 「それにしても……ミス・ロングビルが『土くれ』だったとはのぅ」 学長室で自慢の髭を擦りながら呟くオールド・オスマンは、物凄く残念そうである。 秘書として完全無欠、おまけに尻の触り心地も最高だったと言うのに、解雇しなければいけない事を、彼は本気で嘆いているのだ。 「いや、しかし、よくやってくれた、皆の者。 君たちのシュヴァリエの爵位申請を宮廷に提出しておいた。 あぁ、ミス・タバサは、すでにシュヴァリエじゃったから、精霊勲章の授与を申請しておいたぞい」 パイプの煙を吐き出しながら告げられた内容に、オスマンの元へ報告に来ていた、ルイズ、タバサ、キュルケの三人は顔を綻ばせた。 いや、タバサは何時も通りの無表情であったが。 三人共、フーケに負わされた怪我は、オスマン自ら治療を施し、ルイズに至ってはタバサ戦から長引いていた両腕と両足の怪我も完璧に完治していた。 「さて、ミス・ヴァリエールには、もう一つご褒美じゃ。 君に対して科せられていた謹慎処分を、現時点を持って取り消すとする」 オスマンの威厳がたっぷり込められた言葉に、ルイズは目を丸くした。 「あの……まだ期間はありますけど?」 「じゃから、ご褒美じゃと言ってるじゃろ。 確かに間違いを犯したと言う事実を消す事は出来ない。じゃがな、ミス・ヴァリエール。 消す事は出来んが、正しき行いによって払拭する事は出来る。つまりそう言う事じゃ」 呵々とその辺に居る爺さんとまったく変わらない笑い声に、ルイズは深く頭を下げた。 「ありがとうございます……オールド・オスマン」 「良い良い。さて、諸君。今宵の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。 主役は勿論、フーケを討伐した君達じゃ。楽しんでくれたまえ」 三人は元気良く、はいと返事をすると、学長室から退室する。 オールド・オスマンは、誰も居なくなった部屋で、一人パイプを吹かしながら、惜しいのぅと呟いた。 「ねぇ、ホワイトスネイク」 自室に戻り、舞踏会の為のドレスに着替え始めたルイズは、自分が完治した事により、怪我が癒えた使い魔の名を呼ぶ。 ホワイトスネイクは椅子に座り、奪ったばかりのDISCを手で弄んでいたが、ルイズの声に顔を上げ、彼女の方を見る。 「ドウシタ、ルイズ?」 ホワイトスネイクの声に、ルイズは何かを言おうと口を動かすが、途中で止める。 言おうか言うまいか迷っている、と言った様子だ。 そんなルイズの様子に、ホワイトスネイクは不思議そうに首を傾げた。 「ドウシタト言ウノダ、ルイズ。何カ言イタイ事ガアルナラ、ハッキリ告ゲタ方ガ良イ」 「―――分かった、言うわ。あのね、ホワイトスネイク。 …………エンリコ・プッチって、誰?」 真剣勝負寸前の武士のような顔で告げられた内容に、ホワイトスネイクは拍子抜けしたが、すぐに、そういえば、まだ話していなかったな、と思い出した。 「エンリコ・プッチトハ、私ノ元本体。私ヲ生ミ出シタ言ワバ、父デアリ、母親ダ。 彼ノ精神ノ象徴ガ私デアリ、故ニ彼ハ私ヲ100%使イコナス事ガ出来テイタ」 懐かしむように語り始めたホワイトスネイクを、ルイズは怒りとか悲しみとか、とにかく、そういうのがごちまちゃになった表情で、彼を見つめていた。 「私ハ彼デアリ、彼ハ私デアッタ。彼ノ望ミハ、私ノ望ミ。彼ノ悲シミハ私ノ悲シミ。 イヤ、スタンドデアル私ニ、悲シミヤ怒リナドト言ッタ感情ハ無イカラ、私ガ感ジテイタ悲シミヤ苦シミハ、彼ノ感情ダッタノダロウナ」 「ホワイトスネイク……貴方……」 その人の所に戻りたいの? とルイズは聞けなかった。 何故なら、プッチと言う男を語る彼の眼は、故郷を懐かしむ人間のそれであったから。 「シカシ、ルイズ。何故、コンナ事ヲ聞ク?」 「別に……他意は無いわよ。 ただの知的好奇心ってやつかしらね」 素っ気無く、ルイズはそう答えると、さっさと部屋から出て行った。 ホワイトスネイクは、何処かおかしげな本体の様子に首を捻るしかなかった。 「ヴァリエール公爵が皇女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~~~~り~~~~~!」 白を基調としたドレスに身を包み登場したルイズに、魔法学院の生徒達は、皆、大口を開けていた。 普段『ゼロ』とか無能呼ばわりしていたはずの娘が、着飾ればここまで美しかった事を、誰一人予想していなかったからだ。 「僕とダンスをご一緒しませんか?」 「いえ、ここは私と」 「何を言う、ヴァリエールは俺と踊るんだ」 がやがやと自分の回りに集る男子生徒にルイズは、人間とはこうも簡単に手の平を返せるものかと、一種の感心さえしていたが、今まで自分の事を蔑んできた者と踊る趣味など、ルイズは持っていなかった。 最初の頃は、諦めずに粘る生徒も居たが、頑ななルイズの態度に、一人、また一人と居なくなり、とうとう、ルイズの回りから生徒達は完全に居なくなった。 「良かったのかよ、断って」 「良いのよ、あんな連中と踊る身体なんか持ち合わせてはいないわ」 軽食とワインをお盆に載せて付き従う才人の言葉に答えると、 ルイズの足は自然と、誰も人の居ないバルコニーへと向かっていた。 「ホワイトスネイク」 バルコニーに出ようとする所で、ルイズは自分の使い魔を呼びつける。 「今日は、あんたが一番のお手柄だから、今だけは私の傍を離れるのを許すわ。 パーティー、存分に楽しみなさい」 そう言い、さっさとバルコニーに出るルイズの後姿は絶対に着いて来るな、ホワイトスネイクに告げていた。 「おい!」 慌てて後を追う才人であったが、主の意図を汲み取ったホワイトスネイクは、暫くテラスを見つめていたが、やがて、パーティーの喧騒の中に紛れていった。 「どうしたのだよ、お前」 「……別にどうもしてないわよ」 バルコニーの手すりに寄り掛かるルイズだが、その顔は誰が見ても曇っているようにしか見えない。 「あのなぁ、そんな顔でどうもしてないとか言われても、はいそうですかって言えねぇんだけど」 呆れたように溜め息を吐く才人に、ルイズはムッとしたのか柳眉を逆立てたが、すぐにそれも元通りとなってしまう。 こりゃ、重症だなと才人は頭を掻く。 先程の様子では、ホワイトスネイクと何かあったらしいが、訳を知らない自分に出来る事など無いに等しい。 なので、とりあえず、その無きに等しい自分に出来る事を、才人はする事にした。 「ホワイトスネイクの事で悩んでるだろ」 「―――ッ! なんで……?」 「お前な……あいつにあんな態度取ってたんだから、丸分かりだっつうの。 まぁ、あいつの何で悩んでるかまでは分からないけどさ」 ルイズは、あっさりと自分がホワイトスネイクについて悩んでいる事を言い当てられたのに、手すりから離れ才人の顔を正面から見た。 「うちの親父が言ってたんだ。誰かについて悩んでる時って言うのは、その人の事を信じられなくなっているからって。 あ~、要するにだな。ホワイトスネイクを信じてやれよ。 一体、何で悩んでるか知らないけど、俺が見る限り、あいつはお前の事を本当に大切に思っているよ。 そんな奴の事を、信じられないのか?」 私が……ホワイトスネイクを、あいつを疑っている? そんなはずは無い。自分に対して常に忠実であり、裏切る事など初めから思考回路に存在しない、あいつを、どうして疑わなければならな―――――― ――――――その人の所に戻りたいの?―――――― っ! そうだ、自分は聞けなかった。 もし、帰りたいと告げられた時、一体、どんな顔をすれば良いのか分からなかったから…… いいや、それも違う。 そんな事を考えたく無かったから。 ホワイトスネイクが自分の元から居なくなるなんて、想像もしたくなかったから。 自分を底辺のさらに底から助けてくれた者を、失いたくは無かったから。 だから、私は聞けなかった。 ホワイトスネイクが、自分では無く、元本体を取ると疑ったから、私はあいつに聞けなかった―――っ!! 「サイト!!」 「はっ、はい!!」 「……ありがとう。あんたのお陰で目が覚めたわ」 「はっ?」 呆ける才人をその場に置いて、ルイズはパーティーの喧騒に紛れて行った使い魔の所へ走っていく。 「元気だねぇ、まったく」 二人の会話に口を挟まなかったデルフが、やれやれと呟いた。 ルイズと別れたホワイトスネイクは、特にこれと言ってやる事が無かったので、ぶらぶらと会場をうろついていた。 回りの学生達は、奇妙な姿をしたホワイトスネイクにこそこそと陰口を言っていたが、彼には関係無かった。 どれだけ蔑まれようが、どれだけ侮られようが、その事に関して怒りを感じたり、何らかのアクションをホワイトスネイクが取る事は無い。 これが本体への侮辱であるならば、話は別だが。 ともあれ、今宵のルイズの美しさは、使い魔が奇妙な姿である事を差し引いても、蔑まれる事が無い程であり、ホワイトスネイクの被害者は今のところ0名である。 「奇遇」 会場に設置されたテーブルの近くを通ったホワイトスネイクは、何の肉なのか良く分からない巨大な肉を喰らうタバサに話しかけられた。 普段の彼ならば、軽く無視するのだが、今は暇を持て余している身分なので、左手を上げて挨拶を返す。 「美味」 「残念ダガ、食物ヲ取ル必要性ガ私ニハ存在シナイノデナ」 差し出された料理を断ると、タバサは残念そうにもぐもぐと料理を胃袋に収め、 丸く透き通った瞳でホワイトスネイクの顔を覗き込んだ 「ナンダ?」 何か聞きたい事がある事を察し、どうせ暇だからと聞き易いように自分から話を振ると、タバサはゆっくりと口を動かす。 「ありがとう」 「別ニ、オマエヲ救ウ為ニ、フーケヲ倒シタ訳デハ無イ」 詰まらなげに呟くホワイトスネイクの言葉に、あえてタバサは何も言わなかった。 ただ、感謝の言葉を口にしただけで満足なのか、蒼色の髪を揺らしながら、テーブルの料理をお腹に詰める作業を再開する。 ホワイトスネイクは、そんなタバサの背中を見つめていたが、やがて、その場から立ち去った。 次にホワイトスネイクが出会ったのは、多くの男子生徒と会話とダンスを楽しんでいたキュルケだった。 彼女は、生徒の垣根を越えてホワイトスネイクの前に立つと突然、その頭を下げた。 キュルケが亜人に頭を下げた事に周囲の生徒達はざわめいたが、キュルケはそんな事、気にも留めずに、先程のタバサと同じように感謝の言葉を口にした。 「ありがとうね、貴方のお陰で色々と助かったわ」 「解セナイナ。オマエヲ助ケタノハ、ルイズダロウ」 「あぁ、今日の事じゃないわ。切っ掛けはどうあれ、貴方が来てくれたお陰で、私は自分がしてきた事に気がついて、ルイズに謝る事が出来た。 本当にありがとう。貴方のお陰で、私はルイズと本当に親友になれた気がするわ」 そう言って、生徒達の中心に戻るキュルケに、ホワイトスネイクは何かを言おうとしたが、結局止めた。 まったく、変な日である。 まさか、本体では無く、自分が人から感謝の言葉を受けるとは思ってもいなかった。 初めての事に戸惑いながら、歩いていた彼は、軽快な音楽を奏でている楽師達の前に来ていた。 そこは楽師達と近く喧しい事から人は居なく、ホワイトスネイク一人だけである。 「―――こんな所に居たのね」 周囲から隔離されたように人が居ないその場所に、もう一人の人物が現れる。 その人物は、桃色の髪をしたルイズと言う少女であった。 ルイズは、静かにホワイトスネイクに近づく。 丁度、楽師達は次の演奏の打ち合わせで音楽を鳴らしていない為に、人々のざわめきが唯一のBGMだ。 「あのね……ホワイトスネイク」 学生の声に紛れるような小さな声。しかし、込められた思いの大きさ故に、耳まで届く音。 「私…………貴方に聞きたい事があるのよ」 意を決したように紡がれる音に、ホワイトスネイクは無言のまま耳を傾ける。 どれだけ小さな音であろうと聞き逃す事が無いようにと。 「エンリコ・プッチの……貴方の元本体の所に……………………戻りたい?」 「マサカ」 即答だった。 吟味も、考慮も、何も無く、ホワイトスネイクは脊髄反射のように答えた。 あまりの速さに、ルイズは問い掛けたままの形で彫刻となっていた。 「何ヲ考エテイルカト思エバ……ソンナ無駄ナ事ダトハナ…… 良イカ、ルイズ。私ノ今ノ本体ハ一体誰ダ? 私ヲ具現シ、従ワセテイルノハ誰ダ? 私ノ力ヲ使イ、自身ノ望ミヲ叶エテイルノハ誰ダ? 言ウマデモ無イ。ソレハ君ダ、ルイズ。 君ガ私ヲ従ワセ、君ガ私ヲ形作リ、君ガ私ヲ運用スル。 ソコニ疑問ヲ挟ム余地ナド在リハシナイ。ハッキリト言オウ、ルイズ。 君ガ、私ノ本体デ在ル限リ、私ハ君ト共ニ在リ続ケル。 ソレトモ何カ、君ハ私ノ本体デアル事ニ嫌気デモ差シタノカ?」 「そんなこと無い!! 貴方の主で居る事を嫌だなんて思った事なんて、私、一度も無い!!」 「ナラバ、私ト君ノ関係ハ未来永劫安泰ダ。 君ト言ウ存在ガ、コノ世カラ消失スルマデ、私ハ君ト共ニ在ル事ヲ誓オウ」 赤面モノな台詞を面と向かって言われたルイズは、顔を真っ赤にしながら口をパクパクとさせている。 「あっ、あっ、当たり前じゃない!! あんたは、わっ、私のつ、つ、使い魔なのよ! 嫌だって言ったって、いっ、一生扱き使ってやるんだから!!」 なんとか本心を隠したつもりのルイズであったが、その様子は、ばっちりと他の生徒達に見られていた。 その生徒達の中でキュルケはくすくすと、タバサは興味津々と、才人は呆れた風に肩を竦めて、素直では無い少女を見守るのであった。 ---- [[第十話 前編>ゼロの奇妙な白蛇 第十話 前編]] [[戻る>ゼロの奇妙な白蛇]] [[第十一話>ゼロの奇妙な白蛇 第十一話]] //第六部,ホワイトスネイク