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第十章 探り合い」(2007/06/27 (水) 20:16:23) の最新版変更点

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第十章 探り合い 港町ラ・ロシェールは、トリステインから離れること早馬で2日、アルビオンへの玄関口になっており、港町でありながら、狭い谷の間の山道に設けられた、小さな町である。 人口はおよそ300人。しかしアルビオンと行き来する人々で、常に10倍以上の人が街を闊歩している。 狭い山道を挟むようにしてそり立つがけの一枚岩に旅籠や商店が並んでいた。近づいて見れば、建物の一軒一軒が同じ岩から削りだされたものであることがわかる。 「これは……すごいな…」 ラ・ロシェールの町並みを見て、リゾットが感嘆の声を漏らす。 「ひとつの岩を『土』系統のメイジが削って作った」 本から目を離さず、タバサが解説する。リゾットは改めて魔法の使い方の幅広さを認識した。 スタンド能力にもいろいろあるが、ここまで広範かつ精密に岩を削って町を作ることができるものはそうない。 ラ・ロシェールで一番上等な宿、『女神の杵』亭に泊まることにした一行は、一階の酒場でくつろいでいた。 『女神の杵』亭は、貴族を相手にするだけあって、豪華なつくりをしている。 テーブルは、床と同じ一枚岩から削り出しで、ピカピカに磨き上げられていて、顔が映るぐらいだ。 しばらくのんびり過ごしていると、『桟橋』へ乗船の交渉に行っていたワルドとルイズが帰ってきた。 「アルビオンに渡る船は明後日にならないと、出ないそうだ」 「急ぎの任務なのに……」 ルイズは口を尖らせているが、ギーシュは明日、休めることにほっとしたようだった。 「あたしはアルビオンに行ったことがないからわかんないけど、どうして明日は船が出ないの?」 キュルケの問いに、ワルドが答える。 「明日の夜は月が重なる『スヴェル』の月夜だ。その翌日の朝、アルビオンが最もラ・ロシェールに近づく」 「空を旅するのにも潮の満ち引きのようなものがあるわけだ」 「そう、何しろアルビオンは普段、ハルケギニアの外を周回しているからね」 ワルドはそこまで説明すると、いくつかの鍵を取り出した。 「さて、じゃあ今日は疲れているだろうし、もう寝よう。部屋を取った」 一部屋につき二人で、部屋割りは次の通りである。キュルケとタバサ。ギーシュとリゾット。ワルドとルイズ。 ルイズはワルドと相部屋であることに、結婚前であることを理由に抗議したが、ワルドは大事な話があるといって説得した。 貴族相手の宿、『女神の杵』亭で一番上等な部屋だけあって、ワルドとルイズの部屋は、かなり立派な内装だった。 ベッドを例に取ると、天蓋付きでレースの飾りのついた大きな物だった。ギーシュとリゾットの部屋が簡素なベッドであることと比べると、かなりの待遇差だと分かる。 ワルドはテーブルに座ると、ワインの栓を抜いて、杯に注ぎそれを飲み干した。 「君も腰をかけて1杯やらないか? ルイズ」 ルイズは言われたままに、テーブルにつき、ワインが杯を満たすと、ワルドのそれと合わせる。 「二人に」 陶器が触れ合う音が響く。 「姫殿下から預かった手紙は、きちんと持っているかい?」 ワルドの言葉に、ルイズはポケットの中の封筒を確認する。手紙の内容を知らされたわけではないが、アンリエッタとルイズは幼馴染だ。 どんな手紙がやり取りされるのか、手紙を書くアンリエッタの表情でなんとなく分かる。 「………ええ」 「心配なのかい? 無事にアルビオンのウェールズ皇太子から、姫殿下の手紙を取り戻せるのかどうか」 「そうね。心配だわ……」 「大丈夫だよ。きっと上手くいく。なにせ、僕がついているんだから」 「そうね、貴方がいれば、きっと大丈夫。貴方は昔から、とても頼もしかったもの。……で、大事な話って?」 ルイズが本題を促すと、ワルドは急に遠くを見るような目になっていった。 「覚えているかい? あの日の約束……。ほら、きみのお屋敷の中庭で……」 「あの、池に浮かんだ小船?」 ワルドは頷いた。 「きみは、いつもご両親に怒られたあと、あそこでいじけていたな。まるで捨てられた子猫みたいに、うずくまって……」 「ほんとに、もう、変なことばっかり覚えているのね」 「そりゃ覚えているさ」 ルイズが苦笑すると、ワルドも笑いながら言った。 「きみはいつもお姉さんと魔法の才能を比べられて、出来が悪いなんて言われていた」 ルイズは恥ずかしそうに俯いた。そうだ。あの頃から自分はずっと、同情と嘲笑の中に居たのだ。 「でも僕は、それはずっと間違いだと思っていた。確かに、きみは不器用で、失敗ばかりしていたけど……」 「意地悪ね」 ルイズは頬を膨らませる。 「違うんだよ、ルイズ。君は失敗ばかりしていたけれど、誰にもないオーラを放っていた。魅力といってもいい。それは君が、他人にはない特別な力を持っているからさ。僕だって並のメイジじゃないから、それがわかる」 「まさか」 「信じられないかい? なら、君の魔法を例にあげよう。君の魔法はいかなる魔法であれ、爆発する。でも、普通のメイジが魔法を失敗する場合、どうなるかな?」 「どうなるって……何も起きないわ。精神力だけがなくなって、終わり」 ワルドの目が光る。 「そう、その一例だけを取っても、君の魔法の才能は特異だということが分かる。ありえないことを起こせるんだからね」 「信じられないわ」 ルイズは首を振った。ワルドは冗談を言っていると思った。彼が自分の失敗魔法に価値を見出すなんて、ありえない。今まで唯一、彼女の魔法に価値を見出してくれたのはリゾットだけだ。 「そうかな? 君の使い魔だって、只者じゃあない」 「リゾットのこと?」 ちょうどリゾットのことを考えていた時だったので、ルイズはドキリとしてワルドを見た。 「そうさ。彼の左手のルーンを見て、思い出した。あれは始祖ブリミルが用いたという、伝説の使い魔ガンダールヴの印だ」 「嘘でしょう?」 「本当だ。誰もが持てる使い魔じゃない。君はそれだけの力を持ったメイジなんだよ」 いくらなんでも話が大きくなり過ぎ、ルイズはワルドの話についていけなかった。 「君は偉大なメイジになるだろう。そう、始祖ブリミルのように、歴史に名を残すような、素晴らしいメイジになるに違いない。僕はそう予感している」 ワルドは熱い眼差しでルイズを見つめ、その手をとった。 「任務が終わったら、僕と結婚しよう、ルイズ」 「え……」 いきなりのプロポーズに、ルイズは驚いた。 「僕は魔法衛士隊の隊長で終わるつもりはない。いずれは、国を……、このハルケギニアを動かすような貴族になりたいと思っている」 「で、でも、私……。まだ……」 「もう、子供じゃない。君は16だ。自分のことは自分で決められる年齢だし、父上だって許してくださっている。確かに、ずっとほったらかしだったことは謝るよ。婚約者だなんて、言えた義理じゃないこともわかっている。でもルイズ、僕には君が必要なんだ」 「ワルド……」 情熱的なワルドの態度に、ルイズは戸惑った。ワルドのことは嫌いではない。だが、こんな勢いに任せて結婚していいものだろうか? ルイズはリゾットのことを思った。彼は自分の責任は自分で取る覚悟を持てと、いつもルイズに示してきた。 ワルドと結婚したら、リゾットを放り出すことになるだろう。使い魔を放り出すなどということは、メイジ最大の責任放棄ではないか? 結婚することは、それら全ての責任をワルドになすりつけることになりはしないか? さまざまな思いが渦を巻く。 やがて、ルイズは顔を上げ、ワルドを正面から見た。 「私はまだ、自分がするべきことをしてないわ。あなたに釣り合うような立派なメイジでもない。『ゼロ』だもの……。  私を認めてくれた人はまだ一人しかいない……。でも、それじゃダメなの。いつか、皆に認めてもらいたいって…ずっと思ってたから…」 それを聞くと、ワルドはルイズの手を離した。 「君の心の中には、誰かが住み始めたみたいだね」 「そんなことないの! そんなことないのよ!」 ルイズは慌てて否定した。 「いいさ、僕にはわかる。わかった。取り消そう。今、返事をくれとは言わないよ。でも、この旅が終わったら、君の気持ちは、僕に傾くはずさ」 ルイズは頷いた。 「それじゃあ、もう寝よう。疲れただろう」 ワルドはルイズに近づいて、唇を合わせようとした。ルイズの体が一瞬、こわばり、ワルドを押し戻した。 「ルイズ?」 「ごめん。でも、なんか、その……」 ルイズはモジモジとして、ワルドを見つめた。ワルドは苦笑いを浮かべて、首を振った。 「急がないよ。僕は」 ルイズはもやもやする気持ちを抱えながら、再び頷いた。 夜、同室のギーシュが眠ったあと、リゾットはベランダで一人、ワインを飲んでいた。 正確には先ほどまでギーシュと飲んでいたのだが、彼はケティと大したことをしてないのに、モンモランシーが分かってくれないことを一しきり嘆いた後、ベッドに突っ伏してしまったのだ。 残されたリゾットは、重なりかけた二つの月を見ながら杯を傾けていた。と、そのすぐ側に人影が現れた。フーケだ。 「何だい、一人で飲んでるなんて味気ないね。私も付き合うよ」 そう言ってリゾットの向かいに座る。リゾットは三つ目のグラスをテーブルに置き、ワインを注いだ。 「用意がいいね。予測済みってわけ?」 「ああ……」 「ふふっ、まあ、私を人間と見てくれてるようでよかったよ。道具扱いされてたら流石に腹が立つからね」 「道具を雇ったりはしない」 「そうだね……。ははっ、それもそうだ」 妙に嬉しそうにフーケが笑う。それからしばらく、月明かりの中でグラスを傾け合った。一瓶空けたところでリゾットが今日の襲撃について切り出す。 「今日、お前が見つけた敵だが、傭兵らしい……。白い仮面を着けた貴族に『金の酒樽亭』で雇われたといっていたが……心当たりはあるか?」 フーケは一瞬、考えた後、答える。 「アルビオンで王党派についてこの町に逃げてきた傭兵たちを大量に雇い入れた貴族がいるって話は聞いたよ。  かなり羽振りもいいから、相当の大貴族がバックについてることは間違いないね。十中八九はアルビオン貴族派だろうけど」 「詳しく調べられるか? その傭兵の中にメイジが含まれているとかなり手強いことになる」 「まあ、それが仕事だし、お金さえ払ってもらえればやってもいいけどね……」 「けど、何だ?」 「あんた、もう少し愛想よくできないの? 何だかガーゴイルと喋ってるような気分になるよ」 「…染み付いた癖はなかなか取れない……」 リゾットの無表情は暗殺者として、他人に表情を読まれまいとする習慣だった。 「ふ~ん……」 生返事したものの、フーケは目の前の男の過去が気になった。自分は過去を知られているのに相手の過去をまるで知らないのは気分が悪い。 「ところで、あんたって使い魔になる前は何してたの? どうせ表の職業じゃなかったのは見れば分かるけど」 リゾットはその質問にすぐには答えない。どう話すか考えているようだった。やがてポツリと呟くように言う。 「ある犯罪組織のチームを一つ……率いていた」 普段よりもなお暗く、低い呟きだった。それ以上立ち入るな、という無言の圧力を感じ、フーケは黙り込む。 フーケにも人に話したくない過去はある。そこに土足で入らない程度の道義は持ち合わせていた。 「そう…。……じゃあ、私はいくよ。うまくいけば明日の夜までには調査結果を持ってくるから」 「ああ……」 そのまま立ち去る。フーケが去り際、一度振り返ると、リゾットは暗闇の中、一人でじっと座っていた。 翌朝の日の出前、リゾットは中庭で見つけた練兵場で日課の訓練に取り組んでいた。 走りこみから始まり、基礎体力向上を目的とした各種トレーニング、格闘術にナイフを使った投擲術、そしてデルフリンガーを抜いての剣術といった各種技術訓練などを淡々とこなす。 「こういったものは相手がいた方が訓練の幅がでるんだけどな……」 「まあ、話し相手はいるからいいじゃねえか」 デルフリンガーを素振りしていると、誰かが近づいてくる気配を感じ、リゾットは剣を止めた。羽帽子を被った長身の男がやってくる。ワルドだ。 「おはよう、使い魔くん。朝から精が出るじゃないか」 「ああ……。体は使わないと鈍るからな…」 そのまま、練兵場の隅にある井戸に歩いていく。ワルドがついてきた。 厨房の人たちから譲り受けたトレーニング用の服を脱いで上半身裸になり、水を汲んで頭から被る。水は冷たいが、訓練で熱した身体にはちょうどいい熱さましだった。 「………何か……用か?」 リゾットが訊くと、ワルドはまた例の無駄にさわやかな笑顔を浮かべた。 「やはりその左手は『ガンダールヴ』のルーンなんだね」 「何だ? それは…」 リゾットはとぼけつつ、学院の教師陣さえ調べなければ分からなかったルーンを短時間で見破ったワルドに内心警戒を強めた。 「知らなかったのか。『ガンダールヴ』と言うのは、始祖ブリミルが従えていた、全ての武器を使いこなしたという伝説の使い魔のことさ」 「それが……俺だと?」 「僕は歴史と、兵に興味があってね。『ガンダールヴ』の印は記憶に残っていたんだ。それと君のルーンは一致する」 「……それで?」 「手合わせしないか? つまり、これだ」 ワルドは腰に差した魔法の杖を引き抜いた。つまりは決闘だろう。ワルドが敵だとしたら、伝説の力を測っておきたいという目的もあるのかもしれない。 「いいだろう……」 その目的に、敢えてリゾットは乗った。リゾット自身も魔法衛士隊隊長の力を測って起きたかったし、スタンド抜きで戦えば相手にこちらの実力について誤差を与えられる。 「……今からやるか?」 「いや、立会にはそれなりに作法というものがある。介添え人がいなくてはね。介添え人もまだ寝ているだろう。そうだな。朝食の一時間後ということでどうかな?」 「いつでも…」 「では決まりだ」 ワルドが去っていく。その背中を見ながら、デルフリンガーが心配そうな声を出した。 「相棒、あいつ、かなり使うと思うぜ」 「そうだろうな……。隙がない。だが、負けるつもりもない」 「ま、相棒がそういうなら勝てる算段があるんだろうけどね…」 リゾットは再び水を被り、汗を流し始めた。それが終わると、決闘の準備を始める。デルフリンガーに言ったとおり、負けるつもりはなかった。 朝食から一時間後、リゾットが練兵場に着くと、既にワルドが待っていた。 今は物置き場としか使われず、そこかしこに樽や木箱が積み上げられている広場で、二人は二十歩ほど離れて向き合う。 「昔……、といってもきみにはわからんだろうが、かのフィリップ三世の治下には、ここでは貴族がよく決闘をしたものさ」 リゾットは無言でデルフリンガーの柄を握る。ルーンが光を放ち始めた。 「古きよき時代、王がまだ力を持ち、貴族たちがそれに従った時代……、貴族が貴族らしかった時代……、名誉と、誇りをかけて僕たち貴族は魔法を唱えあった。でも、実際はくだらないことで杖を抜きあったものさ。そう、例えば女を取り合ったりね」 そこまでワルドが言ったところで、物陰からルイズが現れた。 「ワルド、来いって言うから、来てみれば、何をする気なの?」 「何、腕試しさ。君は介添え人だよ。見ていてくれ」 「もう、そんなバカなことやめて。今は、そんなことしているときじゃないでしょ?」 「そうだね。でも、貴族というヤツはやっかいでね、強いか弱いか、それが気になるともう、どうにもならなくなるのさ」 リゾットたち暗殺者にはそんな思考はない。相手より弱くても殺せばそれで勝利だからだ。 「やめなさい。これは命令よ?」 だからルイズのこの命令にも従うことは何ら問題ないのだが、敢えてリゾットは無視した。 敵かもしれない相手の実力を測っておくことは決して無意味ではない。 「なんなのよ! もう!」 そういったところで、広間に他に三人の人間が現れた。キュルケ、タバサ、ギーシュである。 「ダーリン、居ないと思ったら、何をしてるの?」 「これから立ち合いをする……。子爵の希望だ」 キュルケが驚いた顔をするが、すぐに興味津々になった。 「へー…面白いじゃない」 「こんな立ち合い、無意味だわ! 止めて!」 ルイズの声にギーシュも同意し、リゾットをとめに回る。 「子爵と立ち合いなんて無謀だよ、リゾット。魔法衛士隊は我々がかなうような相手じゃないんだ。彼はその隊長なんだぞ?」 「…………もう引き受けたからな……。それに、命の取り合いをするわけじゃない」 「そう、ちょっとした腕試しさ」 リゾットが淡々と答え、ワルドが同意する。 「しょうがないわね、男って……。いいわ、見ててあげる」 キュルケが苦笑しながら見物人に加わり、ギーシュもはらはらしながらそれに加わった。ルイズも止められないと知ると、仕方なく見ることにする。 リゾットが始めようとすると、いつの間にか近くにタバサが来ていた。 「……がんばって」 小さく呟くと、とことこ歩いてキュルケたちの所へ行き、本を広げて読みふける。 「あら、タバサ、何かダーリンに作戦でもあげたの?」 キュルケの問いに、首を振り、しばらく経ってからタバサは呟いた。 「…おまじない」 「では、介添え人も来たことだし、これ以上の見物人が増える前に、始めよう」 ワルドは腰から杖を引き抜き、フェンシングの構えのようにそれを前方に突き出す。リゾットもデルフリンガーを抜いた。 「そちらも魔法を使うだろうが……、俺は武器を使う。『ガンダールヴ』らしくな」 リゾットの声に、ワルドは薄く笑った。 「いいとも。全力で来い!」 途端にリゾットが弾けるようにに動いた。デルフリンガーでの一撃を、ワルドは杖で受け止める。一瞬、火花が散った。杖は細身に見えてかなり頑丈らしく、傷一つつかない。 加速と体重を乗せた一撃に、ワルドは流石に後退せざるをえない。その勢いを利用して後ろに下がった。かと思うと突如反転し、高速の突きを繰り出す。 リゾットはそれを身をよじってギリギリで回避し、近くまで来たワルドの頭に思いっき頭突きをした。 「ぐぅっ!?」 ワルドはたまらず飛び退り、構えを整える。勢いで羽帽子が落ちた。 「……魔法を使え…。あまり俺をなめるな」 「いや、参ったよ。速さだけじゃなく、機転も利く。頭突きなんて食らったのは初めてだ」 「そちらもな……。この状態の速度についてこれるとは思わなかった…」 ワルドのスピードはガンダールヴのルーンで強化されたリゾットのそれに劣るものではない。 「魔法衛士隊のメイジは、ただ呪文を唱えるわけじゃいけないんだ。詠唱も、戦闘に特化されている。杖を構える仕草、突き出す動作……、杖を剣のように扱いつつ詠唱を完成させる。軍人の基本中の基本さ」 詠唱中すら隙を見せないということだろう。フーケやギーシュにはなかった技だ。リゾットは相手の実力評価をさらに上方修正した。 リゾットは再びワルドに向けて突進する。それに合わせてワルドが呪文を唱える。 「相棒、魔法だ!」 空気が撥ねた。『エア・ハンマー』、巨大な空気のハンマーがリゾットに向かって飛ぶ。 リゾットはそれを右前方に跳躍して逃れると、壁際に積み上げてあった樽を蹴り、方向を転換する。蹴られた樽が崩れ落ちた。 「三角飛びィ!?」 ギーシュが驚きの声を上げる。宙に舞い上がったリゾットは上空からワルドに襲いかかる。 しかしワルドもそれを読んでいたのか、あらかじめ唱えていた詠唱を完成させ、上空のリゾット目掛けて風の刃を飛ばした。 風の刃が全身を浅く切るが、リゾットは動脈をデルフリンガーで守り、斬られるに任せる。そのまま重力に従って刃を振り下ろすが、風の刃のせいで若干、位置がずれた。そのため、ワルドはサイドステップを踏むだけで回避する。 着地後、リゾットが切り込むが、ワルドはそれらをなんなくかわす。見切り、杖で受け流し、それでいて息一つ乱さない。 「君は確かに素早い。ただの平民とは思えない。さすがは伝説の使い魔だ」 リゾットの斬撃をかわすと、腹部に杖をめり込ませる。リゾットは肺の空気が吐き出されるのを感じた。 「しかし、剣術においては素人だ。素手などについては慣れてるんだろうが、素手では僕に勝てない。つまり、君ではルイズを守れない」 とどめに後頭部に一撃打ち込もうとするが、リゾットは前転して回避した。起き上がりぎわを狙って、ワルドは次々と攻撃を繰り出す。 威力よりも速度を重視した突きの嵐に、リゾットは裁くので手一杯になった。 閃光のように繰り出す突きと共に、ワルドの呟きが響く。突きには一定のリズムと動きがあった。 「相棒! また魔法だ!」 デルフリンガーの警告も間に合わず、ワルドが呪文の詠唱を終えようとしたとき、リゾットの袖口からワルドの顔目掛け、何かが飛び出した。 「!?」 思わず杖で叩き落したワルドだが、そのせいで魔法の詠唱はふいになってしまう。 「ちっ!」 舌打ちしてワルドが突きを繰り出す。しかし、その突きはリゾットの喉の寸前で止まった。リゾットも同様に動きを止める。 「な、何が起きたの……?」 ルイズが動きを止めた二人の様子を回り込んで見る。 ワルドの杖の先端はリゾットの喉を貫く寸前で止まっていたが、いつの間にか構えられたリゾットのナイフもまたワルドの喉を切り裂く寸前で止まっていた。 「引き分けか?」 「そのようだね」 両者が武器を収める。 「強いね。剣術での劣勢を他で取り返すとは。相当戦いなれてる証拠だ」 「そっちは全力だったわけじゃないだろう」 リゾットの言葉に、ワルドは微笑む。 「まあね。でも、それは君もだろう?」 「………」 リゾットは答えない。 「ダーリン、さっき、何を飛ばしたの?」 始終を見ていたキュルケの疑問に答え、リゾットが地面に突き立ったソレを引き抜く。長さ10サントくらいの針だった。 「指先の微細な動作で撃ち出せる様な器械を袖の中に仕込んでおいて、矢のようにセットしておいた」 「へー、ダーリンって器用なのね。見せてくれない?」 「ダメだ」 実際には、袖に仕込んでおいた針を『メタリカ』によって飛ばしたのだが、袖に暗器を仕込んでいる、とワルドに思わせておく。 「そんなの、卑怯じゃないか?」 説明を聞いて、ギーシュが口を挟んだが、それに関してはワルド自身が答えた。 「平民相手に魔法を使うのが卑怯にあたらないなら、貴族相手に平民が工夫した武器を使うのも卑怯には当たらないな。  それに……これが戦場なら、そんなことを言っても誰も聞きはしない」 「そうですか…」 対戦相手にそういわれては立つ瀬なく、ギーシュも沈黙した。 「と、とにかく! ワルド、もうリゾットの実力は分かったんだから、いいでしょう? これで決闘は終わり!」 ルイズが大声で宣言すると、ワルドは苦笑しながら頷いた。その声を受けてデルフリンガーはのんきに呟く。 「いやー、相棒、引き分けにしろ、負けなくて良かったぜ」 「ほら、リゾット! その傷、手当てするわよ! ついて来なさい!」 リゾットが自分の身体を眺めると、風の刃で切った傷が少しずつついていることに気づく。 「…………これは大した傷じゃない。少し表面が切れたくらいだ」 「いいから! 早く来る!」 大声で怒鳴るルイズに促され、リゾットはその後をついていった。キュルケとギーシュも続く。途中、タバサと合流した。 「お疲れ様」 小さくタバサが呟いた。タバサは結局、一度も本から目を離さなかった。まるで最初からリゾットが負けることなどないと分かっていたように。 「わざと?」 「いや、相手が強かった……」 「そう……」 平気で歩いていくリゾットを見て、一人残されたワルドは首をかしげた。 「おかしいな。もう少し強い威力で撃ったと思うんだが……」 思い当たる節は一つ、デルフリンガーで受けたことだが魔法があの程度で威力を減少させるはずがない。 「あわてていたかな?」 ワルドは違和感を、自分のせいだと解釈したのだった。 ----

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