トリステイン魔法学院の屋根の上。
全てを包み込むかのような闇の中、キュルケは無二の親友であるタバサと独り対峙していた。
勿論、世間話をするような緩い空気は流れていない。
タバサの冷気と、キュルケの熱気。
お互いがお互いを飲み込もうと、獰猛に牙を剥いていた。
夜の学院上空に吹く風は、肌を刺すように冷たい。
キュルケの燃えるように真っ赤な髪すら、芯から冷たくなってしまうようであった。
しかし、驚異的なバランス感覚の持ち主であるタバサは、揺らぐことすらなくぬぼーっと棒立ちになっている。
全てを包み込むかのような闇の中、キュルケは無二の親友であるタバサと独り対峙していた。
勿論、世間話をするような緩い空気は流れていない。
タバサの冷気と、キュルケの熱気。
お互いがお互いを飲み込もうと、獰猛に牙を剥いていた。
夜の学院上空に吹く風は、肌を刺すように冷たい。
キュルケの燃えるように真っ赤な髪すら、芯から冷たくなってしまうようであった。
しかし、驚異的なバランス感覚の持ち主であるタバサは、揺らぐことすらなくぬぼーっと棒立ちになっている。
「………誰?」
ふと、沈黙を破ってタバサがキュルケに質問をした。
『一体誰がキュルケをここに連れてきたのか』と聞いているらしい。
それを直ぐに看破したキュルケは、努めて普段通りの調子で答えた。
伊達に付き合いは長くない。
ふと、沈黙を破ってタバサがキュルケに質問をした。
『一体誰がキュルケをここに連れてきたのか』と聞いているらしい。
それを直ぐに看破したキュルケは、努めて普段通りの調子で答えた。
伊達に付き合いは長くない。
(お願いキュルケ!
お姉さまを止めてなのね、
きゅいきゅい……!)
そう言って自分に縋り付いてきた、依頼主の顔が目に浮かぶ。
気づけばキュルケの言葉には、抑えきれない悲しみと憤りが含まれていた。
お姉さまを止めてなのね、
きゅいきゅい……!)
そう言って自分に縋り付いてきた、依頼主の顔が目に浮かぶ。
気づけばキュルケの言葉には、抑えきれない悲しみと憤りが含まれていた。
「あんたの使い魔のシルフィードよ。
あんた、使い魔を哀しませるなんて、ご主人様失格じゃなくて?
泣いてたわよ、あの子。
きゅいきゅいって」
あんた、使い魔を哀しませるなんて、ご主人様失格じゃなくて?
泣いてたわよ、あの子。
きゅいきゅいって」
「そう」
タバサは普段通り、どうでもよさげに呟いた。
普段通り、その口調には一切抑揚がない。
いつものキュルケなら、そんなタバサの口調の微妙な変化を読み取れたものだが……
……今は彼女の感情が全く読めない。
完璧なフラット。
つまるところ、タバサは本当に何とも思っていないのだという事実に思い至り、
キュルケはギリッと唇を噛み締めた。
今のタバサはまるで幽霊だ。
皮肉なことに、幽霊はタバサが最も毛嫌いしているものであった。
彼女をこんな復讐鬼に仕立て上げたDIOに、改めて怒りがこみ上げてくる。
キュルケは両腕を広げて、タバサの行く手を遮った。
タバサのマントが、夜風に靡いた。
タバサは普段通り、どうでもよさげに呟いた。
普段通り、その口調には一切抑揚がない。
いつものキュルケなら、そんなタバサの口調の微妙な変化を読み取れたものだが……
……今は彼女の感情が全く読めない。
完璧なフラット。
つまるところ、タバサは本当に何とも思っていないのだという事実に思い至り、
キュルケはギリッと唇を噛み締めた。
今のタバサはまるで幽霊だ。
皮肉なことに、幽霊はタバサが最も毛嫌いしているものであった。
彼女をこんな復讐鬼に仕立て上げたDIOに、改めて怒りがこみ上げてくる。
キュルケは両腕を広げて、タバサの行く手を遮った。
タバサのマントが、夜風に靡いた。
「邪魔」
「するに決まってるじゃない!
あんたを行かせはしないわ!」
タバサは最後の最後、キュルケに警告した。
しかし、キュルケは断固としてその場を動かない。
タバサの顔つきが、徐々に冷たくなっていく。
あんたを行かせはしないわ!」
タバサは最後の最後、キュルケに警告した。
しかし、キュルケは断固としてその場を動かない。
タバサの顔つきが、徐々に冷たくなっていく。
「どうしても行くと言うのなら………!」
「押し通る」
「押し通る」
「掛かって来なさい!」
キュルケは不敵な笑みを浮かべて、タバサを挑発した。
タバサの目が、完全に温度を失う。
人形のような澱んだ目で、タバサは自身の身長よりも大きな杖を構えた。
途端に、膨大な魔力が蒸気のようにぶわっと全身から溢れ出し、オーラとなってタバサを包んだ。
"ドドドドド……!!"
タバサの目が、完全に温度を失う。
人形のような澱んだ目で、タバサは自身の身長よりも大きな杖を構えた。
途端に、膨大な魔力が蒸気のようにぶわっと全身から溢れ出し、オーラとなってタバサを包んだ。
"ドドドドド……!!"
彼女の周りの空気が歪んで見えるような錯覚が、キュルケを襲う。
その圧迫感に息苦しさを感じつつ、キュルケは杖を構えた。
その圧迫感に息苦しさを感じつつ、キュルケは杖を構えた。
(こ、こりゃあ、ちと骨が折れそうだわ……)
内心ぼやくキュルケに、氷の嵐が吹き付けた。
広範囲に渡って荒れ狂う氷嵐(アイス・ストーム)は、どう動いても避けきれるものではない。
キュルケは杖を構え、呪文を唱えた。
炎のバリアが彼女の目前に現れ、氷の嵐を溶かし防いだ。
荒れ狂う風雪を防ぎきり、キュルケはニヤリと笑って見せた。
無論、これが小手調べに過ぎないことはお互いに分かっていた。
それでも、キュルケの立っている場所以外は、散々に破壊されてしまっている。
その惨状をチラリと横目で見やり、キュルケは"フライ"の魔法を唱えた。
内心ぼやくキュルケに、氷の嵐が吹き付けた。
広範囲に渡って荒れ狂う氷嵐(アイス・ストーム)は、どう動いても避けきれるものではない。
キュルケは杖を構え、呪文を唱えた。
炎のバリアが彼女の目前に現れ、氷の嵐を溶かし防いだ。
荒れ狂う風雪を防ぎきり、キュルケはニヤリと笑って見せた。
無論、これが小手調べに過ぎないことはお互いに分かっていた。
それでも、キュルケの立っている場所以外は、散々に破壊されてしまっている。
その惨状をチラリと横目で見やり、キュルケは"フライ"の魔法を唱えた。
これ以上ここで暴れたら、学院は滅茶苦茶だ。
これは私情丸出しの個人的なケンカなのだから、周囲に迷惑をかけるわけにはいかない。
そう配慮しての、キュルケの行動だった。
フワリと宙を待ったキュルケは、ワザとタバサに追いつけるスピードで学院郊外の森へと飛んでいった。
誘い出して戦う場所を移すつもりであった。
それを見たタバサも、同じく"フライ"の魔法を使って飛翔した。
あっというまに二人の距離が縮まる。
タバサがしっかりと追いかけてきたのを確認し、キュルケは全力で"フライ"を使った。
風圧で目が開けられないほどの高速飛行に、周囲の景色がグングンと後ろに流れてゆき、
タバサの姿も小さくなってしまった。
だが、それでもタバサは余裕……といっても無表情だが……
の表情で加速し、キュルケを追撃してきた。
徐々に、徐々にその距離が再び縮まっていく。
そして、学院郊外の森の上空で、ついに二人は並んだ。
平行に飛行してくるタバサを見て、キュルケは唖然とした。
相変わらずタバサのメイジとしての実力には舌を巻く。
しかし、今は無駄なスピード比べをしている状況ではない。
これは私情丸出しの個人的なケンカなのだから、周囲に迷惑をかけるわけにはいかない。
そう配慮しての、キュルケの行動だった。
フワリと宙を待ったキュルケは、ワザとタバサに追いつけるスピードで学院郊外の森へと飛んでいった。
誘い出して戦う場所を移すつもりであった。
それを見たタバサも、同じく"フライ"の魔法を使って飛翔した。
あっというまに二人の距離が縮まる。
タバサがしっかりと追いかけてきたのを確認し、キュルケは全力で"フライ"を使った。
風圧で目が開けられないほどの高速飛行に、周囲の景色がグングンと後ろに流れてゆき、
タバサの姿も小さくなってしまった。
だが、それでもタバサは余裕……といっても無表情だが……
の表情で加速し、キュルケを追撃してきた。
徐々に、徐々にその距離が再び縮まっていく。
そして、学院郊外の森の上空で、ついに二人は並んだ。
平行に飛行してくるタバサを見て、キュルケは唖然とした。
相変わらずタバサのメイジとしての実力には舌を巻く。
しかし、今は無駄なスピード比べをしている状況ではない。
"フライ"を使いながら別の魔法を使うことは出来ないので、
キュルケはすぐ下の森へと高度を落とそうとした。
―――そんな無防備なキュルケの背中めがけて、タバサは杖を構え呪文を詠唱し始めた。
空気が震え、パチンと弾ける。
キュルケはすぐ下の森へと高度を落とそうとした。
―――そんな無防備なキュルケの背中めがけて、タバサは杖を構え呪文を詠唱し始めた。
空気が震え、パチンと弾ける。
「"ライトニング・クラウド"」
馬鹿な!? と思った瞬間には、キュルケの全身を紫電が駆け巡っていた。
馬鹿な!? と思った瞬間には、キュルケの全身を紫電が駆け巡っていた。
「キャァァアアァアアッッ!!」
焼きゴテを当てられたような熱さが背中を焦がしながら、キュルケは木の葉のように森へと墜ちていった。
電撃で意識がしばらくアッチの世界にトんだキュルケだったが、
地面に激突するギリギリのところで持ち直し、着地した。
地に足がついた途端に、キュルケはたまらず膝をついた。
まだ全身の筋肉がビクビクと痙攣している。
荒い息づかいを必死で整えながら、キュルケは空を仰いだ。
タバサが悠々と、キュルケから少し離れた場所に着地をしているところであった。
"フライ"を使用しながらの他の魔法の詠唱。
不可能ではないと聞いていたが、想像を絶する修業と精神力を要するとも聞いていた。
スクウェアクラスでも、出来る人はそうそう聞かない。
それをタバサは、事も無げにやってのけたのだ。
焼きゴテを当てられたような熱さが背中を焦がしながら、キュルケは木の葉のように森へと墜ちていった。
電撃で意識がしばらくアッチの世界にトんだキュルケだったが、
地面に激突するギリギリのところで持ち直し、着地した。
地に足がついた途端に、キュルケはたまらず膝をついた。
まだ全身の筋肉がビクビクと痙攣している。
荒い息づかいを必死で整えながら、キュルケは空を仰いだ。
タバサが悠々と、キュルケから少し離れた場所に着地をしているところであった。
"フライ"を使用しながらの他の魔法の詠唱。
不可能ではないと聞いていたが、想像を絶する修業と精神力を要するとも聞いていた。
スクウェアクラスでも、出来る人はそうそう聞かない。
それをタバサは、事も無げにやってのけたのだ。
ふと、タバサと目が合い、キュルケは彼女の視線に戦慄した。
十五歳という幼い身でありながら、一体彼女はどこまで登り詰めたというのか……。
キュルケは急に怖くなった。
果たして自分は、タバサを止められるのだろうか?
早くも挫けそうになってしまう己の心を無理矢理奮い立たせて、
キュルケは"フレイム・ボール"の魔法を唱えた。
直径数メイルにも及ぶ巨大な火球が、唸りを上げてタバサに襲い掛かる。
間髪入れず、タバサの"アイス・ストーム"が火球を迎え撃った。
炎と氷が激突し、目映い光を周囲に放つ。
キュルケはこの時、自分の心に着実に根を張りだした恐怖という名のヤドリギを、
自覚してはいなかった。
しかし、一瞬でも生まれた心の弱さは、己の魔法の威力に確実に反映される。
気が付けば鉄が軋むような音と共に、キュルケの炎が"凍り付いていた"。
それを見たキュルケが、驚愕で目を見開いた。
物理的には有り得ないことだが、キュルケの操る炎は魔法の炎だ。
魔法とは、精神の強さである。
心のイメージが鮮明に映し出されれば、炎も凍りつくだろう。
つまり、精神力の面で、キュルケはタバサに負けてしまっているのだ。
十五歳という幼い身でありながら、一体彼女はどこまで登り詰めたというのか……。
キュルケは急に怖くなった。
果たして自分は、タバサを止められるのだろうか?
早くも挫けそうになってしまう己の心を無理矢理奮い立たせて、
キュルケは"フレイム・ボール"の魔法を唱えた。
直径数メイルにも及ぶ巨大な火球が、唸りを上げてタバサに襲い掛かる。
間髪入れず、タバサの"アイス・ストーム"が火球を迎え撃った。
炎と氷が激突し、目映い光を周囲に放つ。
キュルケはこの時、自分の心に着実に根を張りだした恐怖という名のヤドリギを、
自覚してはいなかった。
しかし、一瞬でも生まれた心の弱さは、己の魔法の威力に確実に反映される。
気が付けば鉄が軋むような音と共に、キュルケの炎が"凍り付いていた"。
それを見たキュルケが、驚愕で目を見開いた。
物理的には有り得ないことだが、キュルケの操る炎は魔法の炎だ。
魔法とは、精神の強さである。
心のイメージが鮮明に映し出されれば、炎も凍りつくだろう。
つまり、精神力の面で、キュルケはタバサに負けてしまっているのだ。
そんなはずはない、と否定する一方、心のどこかで妙に納得している自分が嫌だった。
冷酷な現実が、キュルケの焦りを加速させる。
冷酷な現実が、キュルケの焦りを加速させる。
凍り付いた炎ごと、氷嵐がキュルケを襲い、キュルケは慌てて"ファイヤー・ウォール"の魔法を唱えた。
キュルケの前に出現した巨大な炎の壁が、氷嵐を辛うじて防ぐ。
氷が蒸発し、水蒸気があたりに広がり始め、二人の視界を遮った。
マズいわね……! とキュルケは毒づいた。
水分が空気中に満ち満ちている場所でタバサに勝負を挑むのは、自殺行為と言えた。
どこから氷の刃が飛んでくるか、分かったものではないからだ。
ましてや相手は『風』属性のメイジ。
自分のちょっとした衣擦れの音でも、すぐさまこちらの位置を把握してくるだろう。
キュルケは森の奥へとかけだし、仕切り直すことにした。
それを確認したタバサは、即座に杖を構えた。
キュルケの前に出現した巨大な炎の壁が、氷嵐を辛うじて防ぐ。
氷が蒸発し、水蒸気があたりに広がり始め、二人の視界を遮った。
マズいわね……! とキュルケは毒づいた。
水分が空気中に満ち満ちている場所でタバサに勝負を挑むのは、自殺行為と言えた。
どこから氷の刃が飛んでくるか、分かったものではないからだ。
ましてや相手は『風』属性のメイジ。
自分のちょっとした衣擦れの音でも、すぐさまこちらの位置を把握してくるだろう。
キュルケは森の奥へとかけだし、仕切り直すことにした。
それを確認したタバサは、即座に杖を構えた。
「ユビキタス・デル・ウィンデ……」
呪文が完成すると体がぶれ始め、タバサは分身した。
一つ……、二つ……、三つ……、四つ……、五つ……、
本体と合わせて、都合六人のタバサが並び立つ。
自身に限りなく近い分身を生み出す風魔法、風のユビキタス(遍在)であった。
呪文が完成すると体がぶれ始め、タバサは分身した。
一つ……、二つ……、三つ……、四つ……、五つ……、
本体と合わせて、都合六人のタバサが並び立つ。
自身に限りなく近い分身を生み出す風魔法、風のユビキタス(遍在)であった。
六人のタバサは、お互いの姿を確認しあった。
ふと、一番端にいたタバサAが、その隣にいるタバサBに近づいて、
マントのズレを直した。
ふと、一番端にいたタバサAが、その隣にいるタバサBに近づいて、
マントのズレを直した。
「ありがとう」
「……どういたしまして」
どっちもタバサで、どっちも無表情。
これが遍在の力なのだ。
一陣の風が吹いたと思ったら、三人のタバサをその場に残して、
三人のタバサの姿が幻のように消えていた。
残った三人のタバサは、お互いの顔を見合わせて頷くと、調子を合わせて一つの魔法を詠唱し始めた。
三人のタバサの詠唱に従って、透明な細い氷の線が無数に出現し、
キュルケが駆けていった方向の森全体に伸び始めた。
あたかも蜘蛛の巣のように。
どっちもタバサで、どっちも無表情。
これが遍在の力なのだ。
一陣の風が吹いたと思ったら、三人のタバサをその場に残して、
三人のタバサの姿が幻のように消えていた。
残った三人のタバサは、お互いの顔を見合わせて頷くと、調子を合わせて一つの魔法を詠唱し始めた。
三人のタバサの詠唱に従って、透明な細い氷の線が無数に出現し、
キュルケが駆けていった方向の森全体に伸び始めた。
あたかも蜘蛛の巣のように。
to be continued……