戦部の誇り
第一次文明戦争終結直前。
久平の軍需産業の一翼を担う戦部工業は、久平南部の商業都市『獅晴羅(シンハラヤ)』
……後の
久平魔導人民自治地区暫定首都へ、系列企業なども含めて丸ごと移転した。
ソレグレイユによって、自社の技術を奪われるのを嫌ったこともあったが、それは何よりも、国の再起を支援しなければならないという思いに駆られてのものだった。
久平建国以来、その軍需産業の一角を担い続けてきた戦部工業は、自らの仕事に誇りを持っていた。
項仁への反乱時、建国者劉植へ武器を提供した職人達が自然に集まって職能集団を形成し、
時代が下るにつれて、それが会社として確立していった、という特異な興りも、それに関係しているだろう。
創業の意志を継ぐ者達にとって、戦部とは単に営利を求める会社ではなく、久平を護る力となるべきものであった。
しかし、
ソレグレイユの力は余りにも強大過ぎた。
彼らは貪欲に過去の遺産を求め、それを達成する為に、あらゆる技術を軍事転用していた。
激動の上天帝国時代を越え、五将動乱の混迷を切り抜けてきたとはいえ、久平の軍事技術は、それらに劣ると言わざるを得なかった。
圧倒的な力によって目の前で、護るべき国が、護るべき人々が侵されていく様を見ることしか出来なかった戦部の人間は、それこそ我が身を呪った。
その慙愧の念は、当人以外には、推し量ることも難しいものだった。
故に、彼らは誓った。必ずや、我が故国を取り戻さなければ、と。
戦後、所謂
黄金の20年期において国防軍残党と義勇軍に協力する軍需企業は、
ユグドラシルの技術協力を得て各種兵器、特に人型兵器の更なる開発を進めた。
それは、久平軍全体の弱点である、
ティーゲルや
スコルピオといった『鋼鉄の魔物』
……久平の多様な自然環境の中でも機動力を落とさない、重火力兵器への脆弱性を補う為だった。
当時、力ある
魔術師や竜、
魔物、そして数少ない航空機や戦車でなければそれらへ対応出来なかった
ユグドラシルとは違い、久平国防軍は一定以上の機甲戦力を有していた。
しかし、これらは基礎性能において
ソレグレイユのものに劣っており、
キルレシオや主戦場となる
オールグリーン地帯の環境なども考え合わせると、これらを用いて
ティーゲルなどに抗するのは無理があった。
また、既存のものの改造、或いは新規開発をしようにも、その為の技術などは殆ど発展しておらず、研究の成果が上がるのは、当分先のことと予期されていた。
其処で目を付けたのが、
第一次文明戦争以前から他国に先んじていた人型兵器……久平では機兵と呼称されるそれだ。
機兵は、
ソレグレイユでさえ戦争終結後に初めて取り掛かった技術であったが、久平では既に民間にも広まったありふれたものだった。
これらを機甲戦力に代替させる案が出たのだ。
当然、問題はあった。まず、人型では、通常の兵器に比べて余りにも前面投影面積が大きい、つまり的が大きいということがある。
この問題は、人型機械の兵器転用開始時からのものだったが、機甲戦力の強力な火砲に晒される条件下では極めて重大な意味を持つ。
的が大きい以上、敵の攻撃は甘んじて受ける他ない。しかし機兵には、重装甲を施すことは難しい。
利点の一つである運動性能を落とすことになるからだ。
砲撃一つ食らっただけで大破する様な装甲では、強い突破力を持つ機甲戦力を食い止めることは不可能。
その為、一定以上の装甲が求められることになるが、それでは利点を打ち消すことになる。
二律背反の矛盾をどうにか解決しなければならなかった。
次に攻撃力だ。
多脚歩行による安定性によって、上記の二種の兵器は、背負い込む形で、強力な攻撃翌力と反動を持つ重量級の兵器を搭載可能だ。
対して、二足歩行の機兵では重心が高く、反動などを勘案すると軽い機体に強力過ぎる砲は装備出来ない。
また、先と同じく、運動性能を潰さない為に重い武装も敬遠される。
これらの理由から特に小型の機兵には重火器を持たせることは困難であり、装甲された兵器を相手にするには大いに不安が残る。
これらの課題を前に、開発に携わる者達が出した答えは、諸機能連合戦闘団……『諸連戦』だった。
これは、通常の陸軍に於ける諸兵科連合と同様、機能を分割・特化した複数の機兵のみを組み合わせて大規模に運用するというものであり、
これに対応する新型機兵を開発していくことが案として提出された。
機動力を犠牲にして重装甲を施し、これを以て押し留めた敵に対し高火力での反撃を加える重装火力型。
逆に高機動性を更に強化して運動性能を限界まで引き上げ、敵陣に突入しこれを撹乱・攻撃する機動突撃型。
武装を切り捨て、情報処理などに特化した装備を揃える事で前線での作戦指揮を担う指揮特化型。
この三種を合わせて運用し、機甲戦力の迎撃に必要な要素を、必要なだけ組み合わせて、柔軟な運用を可能にする。
生産性、運用性の観点から見ても、確かに現状取れる有効な手立ての一つであった。
更に、彼らはもう一つの案を提出した。
『潜在的戦力の表面化』と題して打ち出されたそれは、戦部工業のフラッグシップとも呼べる代表的製品『
鉄鎧』について新たなフレームの開発を行うというものであった。
第一次文明戦争後、
ユグドラシルに実質的に併合された久平領に於いては、魔術に技術的バランスの傾いた魔導の開発が急速に進んだ。
流通の関係上、それらは
ソレグレイユ側に流れる事は殆どなく、魔術文明圏内でのみ扱われていたが、戦部は此処に目をつけた。
現在の旧久平国防軍にとって、純粋科学に依拠する兵器を扱うにあたっての最大の問題は生産性である。
シャングリラを除く久平南部というのは、単純なパーツ類や原材料の生産拠点は多く存在するが、高度な技術を用いた量産工場の類は数が少ない。
最早正規軍ではなくなった彼らは、反攻の戦力を此処で蓄えるしかないにも関わらず、揃える為の設備が貧弱である、とも言える。
幸いにして、人型機械については今や地方の町に行っても製作所や工房が見られる程に普及しているものの、
大量に作り、大量に壊される軍用機体の生産を完全に任せるというのは、余りにも職人達にとって酷な話だ。
これに対し、極端な話ではあるが、魔術圏における機兵とも言えるゴーレムは比較的獲得し易い土のマナと
何処にでもある土を揃えれば、それだけで一つの機兵が完成する。
この技術を製造ラインに組み込むことで、生産性の大幅な改良が見込めることは以前から指摘されていたことであった。
戦部の提案に於いて画期的だったのは、魔術寄りの魔導の登場により、マナの有無や術式の巧拙などの不安定性はあるものの、
これら魔導技術の工業生産品への導入が容易になったことと、それを十分に活かした生産形態構築の具体案を創出したことにあった。
その効率は、先述の不安定性などのマイナス要素を差し引いても、従来の製造ラインの2倍は下らないというものであった。
更に鉄鎧の強みは、その基礎フレームの元来よりの生産性の高さと、外装を取り扱う企業の多さに伴う発展性の高さ、そして入手のし易さにある。
軍用として設計されたフレームの数はさして多くないが、外装の市場は、どんな代物でもより取り見取りだ。
驚くべき事に、諸連戦という軍事システムに対する強力な親和性が既に存在していた。
軍事利用に耐えうる高性能フレームの新規開発を行えば、即座に必要な装備を持つ戦力を揃え得るだけの環境が、旧久平領全域に展開されているのだ。
無論、汎用性の高さや生産性と引き換えに、鉄鎧の性能には限度が存在する。
その性能的不利を補う為に、上記三種のコンセプトに沿った機兵を同時開発・並列的に運用することで、互いの穴を埋め合う。
高低性能機混成運用、ハイ・ロー・ミックスの一種とも呼べるこの生産・運用コンセプトを、戦部は『機兵師団構想』と呼んだ。
既存の技術を用いて実現可能な具体的なビジョンを堂々として提示してみせた戦部に対し、
反乱軍の筆頭たる
ユグドラシル軍部と旧久平国防軍の返した答えは、首肯であった。
こうして、機兵師団を現実のものとするべく、戦部及びそれに連なる企業連は行動を開始した。
新規機兵の開発には、戦部に次ぐ機兵の大手、那須重工が手を挙げた。
重火力兵器の開発には、ラムオン社と繋がりを持つ国友産業の火砲製造部門と、艦載兵器の開発で名を上げた螺紀陀社が提携して当たることとなり、
動力部等については、上天地域を根拠とする巻鄭社と蒼翼工業公司が担った。
魔導及び魔術の取り入れについては、ゲンディアの持つ軍用
魔導陣開発のノウハウが活かされ、確実に技術の融和進歩が加速した。
この流れの中で生み出された多数の機兵は、機兵師団構想を打ち出した当時の戦部のトップ、石部鉄蔵の言葉から
『Gurdian-Generation's Machine』、《G.G.M》と俗に括られるようになった。
共通する特長は、極めて高い生産性と整備性、そして総合的な生存性。
その全ては、唯偏に国の守護《ガーディアン》とならんが為。
志に燃える社員達を前にして、槌を手にした石部は、声も枯れよとばかりに吼えたという。
斯くして、嘗て国の為に立ち上がった男達の魂が再び目覚めたのだ。
無骨なその手に工具《えもの》を携えて、彼らは自らの戦場に身を投じていく。
今日も街の何処かから、鋼を打つ音が聞こえてくるだろう。
『「守り切れなかった」
先代の辞世の句を聞いて、祖国の地を離れてから長い年月が経った。
しかし、雌伏の時はもう終わった。
戦部の名を誇る全ての者よ、散った命を憂う鍛冶部《かぬちべ》達よ、槌を取れ!今こそ、戦士を守る盾を、敵を打ち払う矛を創り上げるのだッ!』
__石部鉄蔵の訓辞
第二次文明戦争開幕直前
関連項目
最終更新:2025年01月01日 13:24