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貴方を見棄てたこの世界 貴方は孤独を生き抜いた
敗北るものかと前を向き 貴方は孤独を生き抜いた
☆
そこには東京二十三区の光景が広がっていた。
人々が行き交い、日常が繰り返され、平穏な世界が続いている風に表面上は見える。
だが、深淵では様々な闇が渦巻く。
不眠症を訴える者が増加しているらしい。
彼らは決まって同じ夢に魘され、錯乱し、酷い場合――死に至る。
新種の麻薬が裏で流行。
独特な匂いの香水。嗅ぐだけ極楽気分(トリップ)するので、若者の間で気軽に手渡されている。
ビルの屋上から都会を見下ろす青年『
槙島聖護』。
月と雪が交わって生まれた様な美しい彼は、ふと言葉を紡ぐ。
「『私はすべての孤独な者の力になろう』」
彼の隣でデフォルメ化した口のある球体状の使い魔をクッションにし、
寝転がっていた紫パーカーを着た少女は首を傾げる。
「また、君の好きな引用かい? 孤独、孤独って人類は群れているのだから、孤独ではないのに。変な話だね」
槙島は微笑を浮かべて返事をした。
「この社会に孤独でない人間など誰もいない」
「ふぅん? 一緒に電車やバスを乗り継いで、同じ施設で過ごして、毎日隣をすれ違っているのに」
「表面上はそう見えるだろう。彼らは皆、法と規則に縛られ、準え行動する。個人の意思は皆無だ」
そして、それでは意味がない。
人の価値を測れない。
人の可能性を見出せない。
人の在り方を知れない。
人の
人類の
槙島は口開く。
「今一度、問おう。君たちは何が望みか。人の何を望む」
少女は簡単に答えた。
「人の色々さ。だって、なんにも分からないんだもの」
本当に、ただそれだけ。
分からないから、知ろうとするだけ。
彼らにとって、瞬き程の時間だけ観測できた世界に、ほんの少しの興味が湧いたのは、退屈凌ぎかもしれない。
神とは酔狂なものである。
☆
孤独な者よ 安らかに
世界が貴方を忘却れても 私は貴方を思い出す
私は貴方を忘却れない
☆
喧騒が鳴りやまない東京の一角で、男が唄う。
女児向けアニメ『フラッシュ☆プリンセス!』に登場する敵幹部ヒースのキャラソン『孤独の唄』。
パッと見、高級スーツを身に包んだ紳士が、キャラソンなんて不釣り合いである。
まともなのに、なんて客観的な印象だ。
このエリート会社員『
輝村極道』の素性は表向きの装いに過ぎない。
誰も、彼の裏を知らないのだ。
「嗚呼、また歌っているんですか。飽きませんね」
極道に対し辛辣な台詞を吐いて登場したのは、中性的な容姿の人型。
不気味なウェーブのかかった白のロングヘアにビジネススーツを着ている為か、女性に見えなくないが。
実の所、性別は男なのだ。
極道は振り返って語る。
「キャスター。君も共に歌わないか……! 君の祖は音楽を嗜んでいると聞く、君にも同じ感性がある筈だ」
「まあ、聴く分には問題ありませんが、歌う行為は慣れてないのでお断りします」
つれないなぁと溜息つく極道を他所に、キャスターと呼ばれた彼は淡々と報告した。
「一先ず、主要な公共・政府機関に幾人か『奴隷』の配備。
現時点で不審な行動があるマスター候補のリストアップ。
対英霊兵器と武器の作製。
現在進行形で『香水』による『奴隷』の確保が進行中。それと――」
ついでの事だが、これが本命とばかりに、キャスターはあるものを取り出す。
特別な紙切れ。
回数券のような形状のそれは紙麻薬。
「これの量産もしておきました」
「流石は科学技術を以て神々を圧倒する神『
ヴルトゥーム』。造作もない訳か」
「……ちなみに、更に効力を強化した試作品も作りましたが」
また異なる色合いの回数券を極道に見せつけながら、キャスター・ヴルトゥームは告げる。
「使用すれば人類の肉体は滅びますね」
「―――……」
「はあ、私も厭きれましたよ。所詮、これが人類の限界です。どうあがいてもこれ以上の進化はない。残るは退化だけです」
ヴルトゥームは兼ねてより地球に関心があった。
彼が眠る火星より豊かな惑星。一体どんなものか、そこに住む生命体はどれほどの文明を築いているか。
期待はあった。
しかし、実の所、彼の期待を遥かに下回る現実が広がっていた。
「これほどの資源があるにも関わらず、文明も技術も低水準。
ただでさえ寿命がないにも関わらず『不老』を拒絶。……人類の進化など夢のまた夢ですよ」
言動の節々から読み取れる。
彼は人類を下等と侮蔑しているのだ。
だが、極道は言った。
「それでも――君は人を理解しようと歩み寄った。そうだろう?」
彼の神は仕方なく答えた。
「未解明の分野を放棄するほど生半可ではありませんので」
解けない方程式を、解けないからといって投げやらず、誰かに託す訳でもない。
自分自身で解明したいだけなのだ。
神とは酔狂なものである。
☆
聖杯戦争? 願いが叶う?? ………嘘くさっ
で、何? アンタ
バーサーカーって『クラス』だよね
名前は?
「■■■■■」
は? 聞こえないんだけど
「■■■■■」
もにょもにょ言ってて、分かんないし
いいわ。アンタのこと『ボケ老人』って呼ぶわ
女子高校生の『
雲母坂まりな』は普通に生活していた。
頬にある傷を周囲から怖がられたり、家にいる母親の機嫌を損ねないよう立ち回り、普通に過ごしている。
聖杯戦争のマスターとして、覚醒したというのに。
まりなは、いつの間にか東京で暮らして、訳の分からないサーヴァント・バーサーカーを召喚した。
そのバーサーカーは、喋って来ないし、名前もまともに言えないときたものだ。
彼女が召喚したバーサーカーはふとした時に、姿を現し、彼女の様子を伺っている。
一応、ソレは人の形はしていた。
バーサーカーは軍服――恐らく海軍のもの――を着た初老の男性。
絵具を溶かしたような青の短髪で、帽子と前髪の合間から覗く黄金色の瞳は、強気なまりなですらゾッとする畏怖がある。
割と身長も高いバーサーカー故だろうが、常にまりなを。
否、この世の全てを見下しているかのような瞳をしていた。
まりなは、軍服を頼りにバーサーカーの身元を調べたが、サッパリだった。
本当に何なのだと途方に暮れるまりな。
バーサーカーは何もせず、人気がなくなるとまりなの前に現れては、鈍い色の瞳で彼女を観察するのだ。
今日までまりなが辛辣な言葉をぶつけまくっても、言葉一つ発するどころか。
表情一つ変えないバーサーカー。
まりなは諦めた。
諦めて、自室で、バーサーカーのいる前でポツリと言う。
「私……幸せな『お母さん』になりたい。幸せな子供を産んで、幸せに育てて――」
そしたら、きっと
まりなの願望は、ただの願望だ。果たしてそれで、彼女が報われるか保証はない。
だけど、彼女が抱く希望は、その一つだけ。
彼女は『孤独』になりたくないのだ。
「それが願望か」
え。
まりなは顔を上げる。
無表情で、前髪の深淵から覗く瞳が一層、恐怖を駆り立てるバーサーカーの視線と合う。
彼が喋ったのだ。普通に。
だから、それ自体に戸惑うまりな。
「アンタ、喋れ」
「妻となり、子宝に恵まれる。願望は承諾した」
「ま、待って」
「虚偽か」
バーサーカーの瞳が細くなったのを見て、まりなはたどたどしく答えた。
「ち、ちがわ、ない」
彼女の返事を聞いてバーサーカーは夢のように姿を消そうとする。
慌てて、まりなは問う。
「アンタ、名前は」
「■■■■■」
結局、バーサーカーの名前は分からなかった。
普通に喋れたのに、何故名前だけ聞き取れないのだろうか。
その日、まりなは不気味な『蛸』の夢を見た。
巨大で冒涜的で、おぞましい、思い出すだけ気持ち悪くなるような揺さぶりを体験する。
何故、蛸の夢なんて見たのだろう。
あのバーサーカーと関係あるのかもしれない。
だったら、アイツに適当な渾名でもつけようと思うまりな。
たとえば……『タコピー』とか。
★
バーサーカー・■■■■■……便宜上――『
クトゥルフ』と呼称しよう。
彼は星辰が戻るその日まで眠るもの。
故に、聖杯戦争に呼ばれたのも『ちょっとした催し』に参加させられたに過ぎず。
退屈凌ぎや人類の関心や、事情や目的があって至った訳ではない。
人間の事情でたとえれば――ポストに同窓会開催のお知らせが投函されてたので、偶には出席しようかと思った。
そんなもの。
彼のマスター『雲母坂まりな』の願いを聞いて、クトゥルフは少々疑問が生じた。
彼女は母になりたいと願った。
彼女は子が欲しいと願った。
しかし、肝心の――異性の存在が、彼女の傍らにいないではないか。
どうやって母になるのか。子を得るのか。
が、よくよく考えれば彼女は、クトゥルフに対し願いを告げたのだ。
嗚呼―――だったら、自分と子を為したいのかとクトゥルフは解釈する。
神とは酔狂なものである。
普通は下等生物相手の願いなど聞き入れないが、ああやって想いを、願いを告げられるのは珍しい。
だから、望みを叶えてやろうと。
ただ、このままでは彼女の願いは叶わない。
故に聖杯が必要になるだろう……
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世界など知るものか 壊れてしまえそんなもの
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さあ、決めようか。 人類は生存か、死滅か。
人類観察都市 東京二十三区
最終更新:2022年04月17日 09:11