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一同が揃ったところで、彼が語る。


「私は使命を与えられた。遥か彼方より私を先導した『声』に従い、今日に至った」


彼がこの話を明かしたのは、この時が初めてであった。
突拍子もない内容である。
普通なら動揺や不信感を抱きそうな話を、一同は淡白に耳を傾けていた。
彼が与太話を口ずさんでいるとは思わずに、ただただ普通の事に聞くだけ。人から見れば異常な光景である。

そう、人から見れば。

彼は熱くもならず、事実だけを述べていく。


「この星に飛来したのも全て『声』の導きである」


彼が言うそれは人で喩えると――『啓示』。神からの導きだ。


「私は『躰』を委ね。館にて眠る。これにより我が『躰』は狂気を纏う傀儡となる。
 我が『躰』はいづれこの宇宙が狂気に満ちる時――狂気を滅ぼす為に遣われる。
 狂気を以て狂気を制する為。我が狂気は宇宙を正す為にある」


一同のほとんどは話を『理解』した。
納得はともかく、彼の意思と行方を知り、これ以上の言及も必要はなかった……一つを除いて。
唯一、彼女だけが彼に反意を示したのである。


「待って……どういうこと? どうして、そんな事をする必要があるの??
 ねえ、私たちは? 子供たちは?? 一体どうするつもり?」


彼は酷く顔を歪めた。
何故、彼女はそんなにも否定的なのか。どうして自分や子供の心配に話をすり替えるのかと。
彼女は他の者が、誰も同調しないのに不満そうだった。


「どうして誰も何も言わないの!? 彼がいたからここまでやって来れたのよ……!」


彼はヒステリックな彼女に問いただす。


「私が必要か? 皆、私がいなくとも己の意思で道を往くだろう。お前も為すべき事を為せば良い」

「いいえ……! ありえない! 貴方は偉大なの。
 『声』の導きなんかに従わないで、貴方が私達を導いて。それが最も正しい事だから」


本当に、何を言っているんだろうか。彼女は。
嘆く彼女は『最期』まで訴え続けた。



「貴方は間違ってるわ。私達を捨てないで。私達には貴方が必要なの。お願いだから、変な導きに従わないで――」



彼は彼女を殺した。






そして、彼――クトゥルフはルルイエの館に眠り、館は海底に没した。
『星辰』が戻る時、それ即ち、地球――宇宙全てが狂気に満たされれば、彼は狂気を滅ぼす為に目覚める。
啓示に従い、彼は眠り続ける。

眠り。
彼は夢を見る。
彼の祖の影響からだろう、彼の夢見の力は絶大であり、彼の夢と波長があった人々は発狂してしまう事があった。

そして、夢は形となる。
一つの意識を持つ。
化身とは言い難い。
神の分霊か。
クトゥルフの夢が『もう一つのクトゥルフの意識』となり、それは海に漂う。
海に堕ちたものの夢を取り込む。

多くは人間が抱いた悪夢と怨嗟、そして狂気。


『冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい寒い寒い寒い寒いサムイさむい』

『万歳! ■■陛下万歳!!』

『アツイ……クル……シイ……』

『こんなところで』

『家族が待っているんだ。生きて、帰って』


だが、僅かに温かな感情もある。


『メアリー。君は無事だろうか。俺は祖国の為に、君の為に全うできたと誇りに思う』

『うた。ごめんなぁ。父ちゃん……戻れないみたいだ……でもなぁ……』


これらに耳を傾け続ければ、何かを抱くだろう。普通は。
残念な事だが、クトゥルフはこれっぽちも抱かなかった。彼らを鬱陶しく思わぬどころか、慈悲も、救済も、与えようとしない。
彼らに一片たりとも共感できない。

……ただ、共感できないだけで、理解はできた。
人間がこういう怨嗟と狂気と感情で衝動的な生命体なのだという、理解はする。
理解をするだけで、彼らをどうこうしようとはしない。

心底、人間という種族に関心がないからだ。

そして、彼らに尽くした所で何の意味もないと悟っていた。





最近、まりなは機嫌がいい。
良い事が続いているから、機嫌が良くなる。当然のことだが、彼女にとっては夢のようだった。
あまり良すぎて、逆に恐怖を覚える程。

近所の主婦が相変わらず、噂話をしあっている。


「向かい側に引っ越した新婚夫婦。最近、喧嘩が絶えないんですって!」

「深夜もうるさいらしいわよぉ、迷惑よねぇ」

「向かいのマンションで自殺ですって」

「ねえ。これでもう三回目よ? あそこ呪われてるんじゃないの」

「そういえば、あの高田のおじいさん。最近自棄に機嫌がいいよね?」

「ホント不思議! しょっちゅう怒鳴り散らしてたのに」

「隣の方に野菜をおすそ分けしてたとか……何かあったのかしら」

「立花さんの家の息子さん。最近、家から出るようになったらしいわよ」

「イジメで引き籠りになった?」

「あ! ねえ、聞いて。今朝、雲母坂さんに会ったのよ!! 雲母坂さん!」

「え……確か精神病でヤバイって方?」

「それがね? 全然、そんな雰囲気ないのよ。おしゃれして、普通にゴミ出ししてたの。私、挨拶もしたわよ――」


満更でもない表情を浮かべたまりなは、主婦の世間話を流し聞きながら、ふとケーキ屋へ視線を向けた。
東京の物価は高い。
ケーキも、まりなが元いた町にあったケーキ屋の倍くらいある。
だけど、流石は東京ブランド。
近所のケーキ屋とは比較にならないキラキラ輝く美しいケーキが並べられている。


「ホント。馬鹿みたいに高いよね……今日くらい買って帰ろうかな。ママも喜ぶと思うし」


亡霊の如く隣に現れるクトゥルフにも慣れたまりなは、気安く話しかけた。


「アンタも食べる? ……サーヴァントって食事できるの??」


まあ、いいかとまりなは考えない事にした。
あれから、クトゥルフとは会話が全くできてない。話は聞いてくれてそうだけど、返事は全然である。
ケーキを購入して、帰路につきながら、まりなはふと尋ねる。


「ママの調子がいいの……アンタの仕業?」


クトゥルフは何も答えない。まりなも「そんな訳ないか」と切り替えた。


「でも……ママとあんな風に話せるの、久しぶり。料理してるし、お出かけも出来るみたい。
 本当に良かった。……聖杯戦争とかイマイチ実感ないけど。最近は悪くないよ」


聖杯戦争。
最近、それと関係ありそうな事件がニュースで流れている。
水面下で聖杯戦争は確実に進行しているのだろう。きっと他のマスターたちは自分の願いの為、必死なのだ。
まりながポツリと呟く。


「あのさ。私の願い……どう思う? だって私の願いってさ……どうなの?? 喜ぶの、私とママぐらいしかいない」


いいや、違う。
まりなはハッキリ言った。


「……ママ。きっとママも喜ぶから」


彼女の心情は複雑である。
母親は自分の幸せを望んでいた。『まりなちゃんもきっと素敵な人と出会いがあるから』。
幸せじゃない家庭だから、自分が幸せな家庭を持てば、母親も幸せになれる筈。
自分も孤独にならない。

まりなの悩みを、クトゥルフは何ら感情なく聞いている。

彼女の嘆きは、かつて自身が手にかけた『妻』の嘆きと似通っていた。
何かに縋りたく、何かに依存し、孤独と不安に耐え切れない。
子を成したいというのは種族の本能の混じりで、母親に縋るのは孤独に耐え切れず、依存している。

ハッキリ断言すれば、母親に固執することはない。己で道を往けばいい。
が、人間が望む答えではない。
彼らは自分を肯定してくれるものを望む。否定するものには反抗的だ。
そして、クトゥルフがマスターのまりなに反抗するも、否定するも今後を悪くさせる。


故に、彼は太く短く、望む言葉を投げかけた。



「お前は親思いなのだな」


「…………」



唐突な事に、まりなは呆然とし、どうにか「急になに」と態度を誤魔化す。


言葉の真意を知る由もなく、まりなは聖杯戦争への渦中へ進む……





【真名】
クトゥルフ@クトゥルフ神話

【クラス】
バーサーカー

【属性】
混沌・善

【パラメーター】
筋力:A 耐久:EX 敏捷:E 魔力:C 幸運:C 宝具:B


【クラススキル】
狂化:EX
 意思疎通はでき、理性や思考能力も健在している。
 ただ、彼は致命的なほど人類とは倫理観がかけ離れている。
 人類の思想を『理解』はできるが『共感』はできない。


【保有スキル】
狂気:EX
 不安と恐怖。調和と摂理からの逸脱。周囲精神の世界観にまで影響を及ぼす異質な思考。
 クトゥルフは夢を通して狂気へ落とし込めるが、これは正常な精神にのみ。
 狂気に苛まれる者は、逆に正気へ戻る。狂気を以て狂気を制する『対狂気』。

戦闘続行:EX
 名称通り戦闘を続行する為の能力。
 決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦闘可能。
 夢の集合体の為、人々の夢が終わらない限り、消えることは無い。

啓示:A
 『直感』は戦闘における第六感だが『啓示』は目標の達成に関する事象全てに適応する。
 根拠がないため、他者にうまく説明できない。

カリスマ:B-
 軍団の指揮能力、カリスマ性の高さを示す能力。
 団体戦闘に置いて自軍の能力を向上させる。


【宝具】
『微睡み揺蕩う狂気の海』
ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大補足:1000~
 海に堕ちた者による狂気と怨嗟の夢。
 未曾有の大嵐、墜落する飛行物、海上を跋扈する艦隊、悲劇の事故で沈没する豪華客船。
 地球で起きたあらゆる悲劇で堕ちた人々の夢を再現、展開する宝具。
 再現されるのが近代的な兵器であっても、クトゥルフの狂気を纏い再現された悪夢であるが為、神秘性は高い。



【人物背景】
暗黒のゾス星系から眷属を引き連れ地球に飛来した神。元の姿は巨大な蛸のようなもの。
実は、彼は上位なる存在から啓示を受け、地球に至ったのであり、侵略者ではない。
当時の地球に文明を築いた『古のもの』と和解できたのも、彼らがクトゥルフの啓示を理解したからとされる。

クトゥルフは啓示に従いルルイエの館で眠り。
宇宙が狂気に満たされ、手の施しようがなくなった時、覚醒する。
狂気を以て狂気を制する。
他の宇宙で『冠位』に等しい存在だが、彼のいる宇宙に『冠位』の概念はない為、ただの『対狂気兵器』でしかない。

ちなみにクトゥルフに啓示を与えたのは、少なくとも『旧き神』や『外なる神』ではない。

彼の家系は諸説あるが、少なくともここでは兄弟にハスター、ヴルトゥーム
妻にイダ=ヤー、スクタイ、カソグサがいる。

当時の眷属の中で唯一、スクタイが啓示に従うクトゥルフに反感し、クトゥルフは彼女を殺害する。

人類に理解はできるが共感できないのは、人ならざる者だから……ではなく。
スクタイに対する態度でも分かるように、元より共感性にズレがある。
故に、同じ兄弟であるハスターやヴルトゥームに対しても同様。
とくに敵対するハスターに攻撃されても「久しぶりに会ったが元気そうで何より」とか思う。
彼なりに色々と思案するが、それを口に出さず、自己解決するので、一言足りないレベルではない。


……今回、召喚されたバーサーカーは前述のクトゥルフが見る夢で構成された
クトゥルフの記憶を持つ夢と、海に堕ちた数多の存在の夢が複合した『分霊』である。


【外見】
白の日本海軍の軍服を着た、青の短髪で黄金色の瞳を持つ初老の男性。
外見は海に堕ちた者の形を継ぎ接ぎにしたもの。


【サーヴァントとしての願い】
マスターの望みを叶える




【マスター】
雲母坂まりな@タコピーの原罪


【聖杯にかける願い】
幸せな『お母さん』になりたい


【能力・技能】
言及する点はとくになし


【人物背景】
精神を病んだ母親を持つ女子高校生。
彼女はただ、孤独になりたくないだけである。皮肉にも、母親と同じ。


【捕捉】
渋谷区在住。
現在、渋谷区を中心にクトゥルフの影響による睡眠障害などの精神疾患が多発。
その逆に、精神障害から回復している患者もいる。
最終更新:2022年04月15日 23:50