『時よ留まれ、お前は美しい』なーんてさ、嘘だと思わないか?
なんにも動かない、静止した世界に『ひとりきり』なんざ面白みも欠片もねぇだろ。ぐるぐる回ってなんぼよ。
んひひ、警戒すんなって。ちょっとした立ち話をしに来たんだよ。
アンタはウワサとか迷信を信じ込むタイプ?
『自分にそっくりな奴が世界に三人いる』て話。あれどう思うよ。
双子とか三つ子とか、そーいう類じゃなくて赤の他人で『そっくり』と来れば天文学的確立だよなぁ。
要するに、アンタが出くわした『過去の
DIO』とは違う意味での『そっくり』て奴。
あー……俺はアンタと違って回りくどいのは面倒だからさ。
ちんたらやってる時間が惜しいだろ? 時間操ってる身だけど、タダで時間止めてるワケじゃないんだぜ。
しっかりしろよ、踊り疲れちゃ勿体無い!
ほら。アンタの知らない『DIO』だぜ?
んっははははは―――ッ!!! いいね、いーリアクション貰えたから、ちょっとしたヒントをあげちまう。
出血大サービスさ。受け取っておかないと勿体無いぜ。
いいか、一回しか言わねえからよ。
『恐竜』だ。恐竜のウワサくらい聞いた事あるよな?
アンタ『素早い』から恐竜の一匹くらい余裕で追跡できるんじゃねぇの。
何が起きる? それを聞いちゃ駄目だろ。サプライズはとっておかないとワクワクしないぜ。
せいぜい愉快なタップダンスで踊り果ててくれよ―――『人類悪』。
★
見滝原中学の近辺、フラフラと覚束ない足取りで前進するサーヴァントが一騎。
「い……今………」
サーヴァントにも関わらず精神的な影響だろう。荒い呼吸をし続けながら、神父のライダー。
真名を
エンリコ・プッチと呼ぶ彼が、恐ろしい体験をしていた。
時が止まったのだ。
否、時間停止なんて些細な事象は聖杯戦争の舞台裏で幾度も繰り返されており。
格別珍しい現象でもない。プッチがそう解釈していたのは、友たるセイヴァー・DIOが時間停止の能力を保有しているから。
他にも幾度か異なるタイプの時間停止があった。
中でも、プッチが入門するのに手間すら必要としない長時間の時間停止は異質である。
だが……先ほどのは違う。
サーヴァントの『長時間型の時間停止』! しかも非常に強力で、一体どれほど停止していたか分からない。
数分、十数分。明確な長さは分からない。あまりの事で、プッチは素数は数えていたが、停止時間は数えるのを忘れていた。
そして、あの悪魔が現れたのである!
悪魔。マーブルの悪魔、それが象徴するウワサの存在か。
見た目はシルクハットが特徴的な無精髭がある男性。奴はプッチが時の世界を認知しているのを理解していた。
あれが、タチの悪い幻覚か何かであれば一体どれほど良かっただろうか。
悪魔の掌に出現した球体のヴィジョンに映った光景。
アヤ・エイジアのサーヴァント……アヴェンジャーのサーヴァント。
友人の持つスタンドと瓜二つどころじゃあない。完全に『世界(ザ・ワールド)』そのものと言っても過言ではない。
そして、DIOと似通った。何かが違う。明らかに違うのだが――
(あの悪魔は『スタンド』が何を象徴するのかを理解していない!)
スタンドとは。
所謂、本人の精神が具象化し特殊能力が備わったもの。
スタンドの才能が血縁者に遺伝したり、兄弟が似通った能力であったり。だとしても
全く異なる赤の他人が、全く同じスタンドを会得するなど!
偶然? 決して、偶然じゃあない。
プッチは確信を得ていた。あれは……『DIO』だ。雰囲気が同じで。容姿など細部に異なる点が多いが
セイヴァーと同じく『何かが異なる』だけで魂は、恐らくDIOなのだ。精神そのものが。
しかも、よりにもよって。アヤ・エイジアは猟奇殺人犯に狙われている。
「……妙だ。向こうが明るい。まだ朝には早過ぎる」
彼が顔を上げて、空模様を気にしたのは運命だっただろうか。
プッチは『明るさ』のある方角へ僅かな移動をし、彼方の方角に『火の手』があるのに気付く。
火災だ。
閑静気味な住宅街から炎は徐々に範囲を拡大しているらしい。
とはいえ――燃えうつる家や障害物も少ないお陰で、見滝原中学方面まで脅威を伸ばす事は無いだろう。
サーヴァントの仕業か?
少々、プッチが思い詰めている中、シャーッと何かがアスファルトで舗装された道路を駆け抜けて行った。
僅かに遅れ、プッチはソレを目で追う。
一瞬。野良猫の一匹だと思いこんでいたが、猫にしては小さ過ぎる。
何より……形状が『トカゲ』のような………恐、竜?
プッチは瞬間にして冷や汗が込み上げるのを感じた。
胡散臭い悪魔の話を真に受けるのは、どうかしている……だが、だが思い出せ!
あの悪魔は『何の話』を持ちだしていたかを!!
――――『自分にそっくりな奴が世界に三人いる』て話。あれどう思うよ。
「さ……三人………」
まさか、まさかッ!?
プッチは、過去のDIOと巡り合った事による動揺よりも落ち着きなく、咄嗟に『神の思し召し』を発動していた。
「馬鹿なッ! まさか、そんな事が――そのような事があるというのかッ!?」
先ほどの恐竜は、完全に見失った。
プッチが恐竜よりも早くとも、小柄な恐竜を移動しながら捕捉するのは普通に難しい。
第一に、プッチ自身が冷静さを欠けていた事もある。
だが、諦める訳にはいかない。恐竜が向かった道筋の先に、必ず『彼』が居る筈なのだから。
引力が働いているならば、彼が本当にDIOであるなら巡り合える。
そして――プッチが捕捉したのは恐竜じゃない。『音』だ。独特な蹄の音。
プッチの留まっている路地の脇から、段々と駆けて行く音が接近してくるのだった。
刹那。
眼前を、少女を馬に乗せた一騎のサーヴァントが通り過ぎた。
ハッキリと『友』と雰囲気の似た、アヤ・エイジアと共に居たアヴェンジャーとは『瓜二つ』の。
そんな英霊の視線が混じり合ったのを、プッチは実感する。
「DIO!!!」
プッチの叫び声は届いていたのだろうか。『DIO』はチラリとプッチに振り返った気がする。
だけども、馬の騎乗を止めずに淡々と見滝原の道路を駆け抜けて行く。
迷う事なくプッチが『DIO』を追跡した先には―――
☆
分からない事があった。幾つか分からない事が。
レイチェルは初めて馬に乗った。現代社会じゃ馬はいても、それに騎乗する機会に巡り合える事は無い。
それこそ、自らの意志で望まなければ、馬そのものとも巡り合えない時代だ。
現代はそうでも、過去の人類は移動手段として重宝し続けた生物である。
前方に座り、風を受けて見滝原の住宅街を眺めると、車や電車よりも速度があるように錯覚した。
ひょっとしたら英霊の馬だから、それらより速度が出ているかもしれない。
あまりに速度を感じるせいで、通行人などの存在をまるで確認出来ない。
「……ライダー、聞きたい事があるの」
少しか細い声だったもので、レイチェルが後方で馬の手綱を握る彼に聞こえるか不安だったが。
相変わらずの口調で「なんだ」と答えが返ってきた。酷く安心してしまう。
蹄の音も、風の音も酷いにも関わらず。ライダーは障害とすら感じてないようだ。
「どうしてライダーの事は調べちゃ駄目なの」
レイチェルにとって素朴な疑問だったが、彼から答えが聞こえるまで変な間があった。
もしかして、聞こえなかったのかもしれないとレイチェルが思ったが。
遅れを取り戻すかの如く、短く早口の答えが帰って来た。
「無駄だからだ」
「……無駄?」
「俺の事を調べるよりも敵を調べろ。俺の過去よりも敵サーヴァントの弱点の方が重要だ」
「うん」
――うん。じゃあねぇんだよ、クソゴミカス。
ライダー・ディエゴは内心で毒づいている。
レイチェルが、馬鹿だからわざわざ尋ねている訳じゃあないんだろうと、ディエゴにも分かる。
彼女は、何故ディエゴが自分に対し疑心を抱いているか不思議でならないのだ。
「あのセイヴァーは、ライダーの何?」
「………」
ウロチョロしてたから、例の討伐令を目にしたんだろうが。何でこう、わざわざ癪に障るタイミングで聞いて来るんだ。
ディエゴの頬が僅かに裂けた。
恐らく、今なら機嫌が良いから聞けるとレイチェルは思いこんでいる。
実際のところ、ディエゴは最初からレイチェルを軽蔑していた。
「他人の空似、赤の他人だ」
「分かった」
――分かった、じゃあねぇんだよ。どこぞの下っ端のクズ以下が!
根本から価値観が歪んでいるのを承知していたが、価値観の問題でもない。
彼女自身が、あまりに無知である点だ。
口達者なサーヴァント次第じゃ上手く丸めこまれるに違いない。
どっちにしたって切り捨てるが、切り捨てる『まで』の過程で余計な事をされては堪らない。
ディエゴが内に漆黒の激情を秘めると、対向車線より数匹の恐竜が現れる。
教会に先行させた方ではない。
元々、見滝原の町を徘徊させていた恐竜。数は大分少なくなっている気がしたが、紛れもなく他サーヴァントに狩られたのだろう。
恐竜から言伝を聞き、ディエゴは静かに「そうか」と呟いた。
彼らも教会へ向かうように指示させ、現状を確認する。
(敵サーヴァントが『二騎』……正確には『三騎』。近隣にいる)
恐竜の捕捉が途絶えたマンションに一騎。
教会に一騎。
そして、もう一騎……謎の穴を産み出すアサシンと思しきもの。
ディエゴが角を曲がった矢先、前方より魔力を感知した。
もしや、と疑ったが。ディエゴが馬の速度を上げ、魔力と匂いを感じた裏路地に視線を向ける。
一瞬の事で、レイチェルの方はまるで気付いちゃいないが。動体視力の良いディエゴはしかと捉えた。
神父のサーヴァントを。
(なんだと……? 霊体化でもしてたのか、コイツ。いや、明らかに気配がなかった。匂いも――)
すれ違い様に、神父の叫びをディエゴは聞く。
――ディオ、と。決して『Dio』ではないだろう。幾らディエゴでも、あの神父に記憶がなかったのだから。
宗教にもディエゴは縁遠い……と言いたい事だが、皮肉にも『聖人』と関わった経緯がある。
だが、やはり
あのサーヴァントには心当たりは皆無だ。恐らく――セイヴァーの方を示している。奴も『ディオ』なのか?
何であれ『計画変更』だ。
教会に至るまで神父のサーヴァントに妨害されては意味ない。
近隣で言えば、動向が不透明なアサシンのサーヴァントも同じく。
「……レイチェル」
ディエゴの呼びかけに少女は顔を上げた。
★
最初、プッチは覚悟をしていた。
ひょっとしたら彼は、自分を警戒し、馬を走らせ続けているのでは――と。
あるいは、自分に奇襲を仕掛けるのでは、とも。
DIO……いいや『ディオ』との一件でプッチは、友に攻撃される不安を少なからず抱いていた。
だとしても。
プッチは『あのDIO』を攻撃する気は毛頭ない。
過去の『DIO』じゃあない。自分が知らぬ未知なる『DIO』の存在を確かめなければならい。
そういう覚悟だ。
しかし、現実はプッチの予想を超えていた。
彼は馬に騎乗しておらず、マスターの少女と共にプッチが現れるのを待ち構えていたのだから。
「……………………!」
『そのDIO』は何も手にしていない。勿論、少女の方も。
ましてや、すぐに逃げ出せるように『馬』も脇におらず――恐らく宝具か使い魔で、一時的に消したにしても。
敵意を、攻撃を仕掛ける素振りを全く見せない。
―――『DIO』……何かを感じてくれたのか……?
拒絶の意志がないだけでも、プッチは安心を得た。覚悟した先に得られる幸福だった。
幸福が精神の摩耗を癒したのを実感しながら、プッチは確かな足取りで『DIO』に近づこうとする。
近づき……『そのDIO』の瞳に、戦慄を覚えた。
彼は真っ直ぐとプッチではない。別のものを見据えていた。攻撃をしかけるつもりなのか!?
違う!
プッチは違和感を覚えた。
自分は彼の――この瞳を知っている! 以前、この目と同じものを――どこで―――
「ハッ!?」
気付くのが遅すぎた。
プッチは『恐竜』の奇襲を一手遅れて回避する事が叶わなかった。
正確には、攻撃を理解し、回避する構えを取ったものの。恐竜特有の長い尾の動きを読み切れない。
尾がプッチの首を捉え、恐竜の巨体を生かし、地面にプッチを押さえつける。
「ぐ、おおぉおっ! こ……この恐竜、どこからッ!? これほど接近されて……気付かない筈が……」
プッチの攻撃してきた恐竜は、相当の大きさ。
人間サイズを上回る肉食獣の形状。故に、このサイズの恐竜の奇襲。ましてやプッチの至近距離から攻撃をしかけるなど――
改めて、プッチが恐竜の『模様』を見た。
――ほ……保護色!
生物が体の色を周囲の色彩と合わせ、見分けにくくする適応能力。
完全に恐竜は住宅街にある塀やアスファルトの色彩と同化していたのだ。
何より、恐竜の大きさから――『馬』だ。『DIO』が騎乗していた馬が恐竜になっている!
「恐竜化の進行が遅いな。まぁ、お前を恐竜にするつもりは最初から無い」
「あ……ああ………」
『DIO』がプッチに近付き、例の漆黒に淀んだ瞳で見下す。
プッチは呻きつつ、そして――漸く『答え』を得た。
「お………思い、出したよ…………その瞳……DIO……………」
『そのDIO』の様子はどこか退屈そうで、心底プッチに興味も無く、手刀をギロチンの刃のように振り落とす直前。
プッチは体中のひび割れを実感し。にも関わらず、酷く冷静に告げた。
「私は……君を裏切らない。……攻撃もしない、私を………『信じて』くれ……DIO」
☆
一度だけあった。
かつてエンリコ・プッチのスタンドは『メイド・イン・ヘブン』とは異なるもの。
即ち『ホワイト・スネイク』と呼ばれるものであった。
シンプルに説明するなら「DISCを扱う程度の能力」と言ったところだろう……
『記憶』と『スタンド』をDISCとして取り出せる。
誰であろうと、何であろうと。
例え、彼よりも格上の権力者だろうが無関係に造作も無く、差し詰めイタズラ電話をかけるほど容易に行える。
当然。プッチの親友たるDIOは、彼のスタンドに脅威を覚えていたのかもしれない。
いつ自分の『スタンド』を抜き取られるか。根本的な疑心。
故にDIOは、あえてプッチに『スタンド』を抜き取らないのか問いかけた。
『スタンド』を抜き取って見せろ、と試した。
結局、プッチは微動だに何もせず。DIOもプッチを疑うのを止めた。
が。
あの瞬間だけ『間違いなく』DIOはプッチを疑っていた。
DIOは友を信用せず、必ず自分を攻撃すると覚悟を決め、その瞳は漆黒に満たされていたのをプッチの記憶にある。
―――あの瞳だ。私の前に居る『DIO』も同じ瞳で、私を見下している。
誰も信用していない。
初対面のプッチを理由も無く信用するのは無理のある話だが、不思議にも。彼は『常に』そんな瞳をしていた。
『どういう事なのだろうか』……『彼』には信頼できる友は居ないのか?
DIOで言う『エンリコ・プッチ』に当たる人物が……
☆
佐倉杏子は『幸運』だったのだろう。現状置かれている聖杯戦争なる舞台が最悪であっても。
彼女が起床せずに居られなかったのは、教会方面に近い位置で火災が発生した事。
見滝原の、現代の町並には、どこかしこも外灯が設置され非常に明るいものの。
火災――爛々と輝き、明度が圧倒的に異なるソレは、外灯とは比較出来ないほど眩しさを誇っていた。
起きたのは杏子だけ。
家族として配置されている無辜の存在――両親と妹は眠りついたまま、火災に気付いてない。
結局、寝るに寝れない為、杏子はソウルジェム(魔法少女に変身する為の赤い宝石の方)を持ち
適当に私服へ着替え、こっそり家の外に出る。
家――教会だ。
本来の杏子が捨てた場所。かつて本当に杏子が住んでいた場所。
一応、聖杯戦争において杏子の住まいとして再び戻って来た。正直……居心地は悪い。
彼女が人生で決定的な悲劇を見た場所が、ここなのだから。
トラウマの一種と称しても過言じゃあない。
「マスター」と呼びかける聖女のサーヴァントが、どういう訳か既に実体化した状態で外に待ち構えている。
空気を吸いに来ただけだ。杏子は、そう答えようとした。
聖杯戦争が開幕され、家を抜け出そうと思われているに違いないから。
「丁度よかった、マスター。敵が来るわ」
「……あ?」
慌てて杏子はソウルジェムによる魔力感知を行うと、疎らだが――使い魔に近い魔力反応が接近してくる。
距離は、教会よりも離れていた。しかし、速度は明らかに飛び抜けて。
もう間もなく、一分しない内に教会へ到着するのは予想がついた。
クソ、と舌打つ杏子に、マルタは何故か聖なる証である杖を渡すのである。
杏子は、あまりの行動に拍子を抜けてしまう。杖で魔法少女みたいな攻撃を仕掛けるのではないのか?
「ちょ、オイ。どうするつもりなんだよ」
「私も『拳』を封印してきたけど、今回ばかりは相手が悪いのよ。マスターは教会を守って」
相手。
漆黒の闇から鳴き声を上げながら姿を現したのは――恐竜。
それも、大型の『人間サイズ』に匹敵する。
杏子は恐竜のウワサを耳にした事があり、まさかとソウルジェムで魔法少女に変身をした。
――あの大きさの奴は『人間』か!?
人間も恐竜になってしまう! なんて冗談半分に噂されている内容が事実であれば、恐らくそうだ。
杏子がマルタの杖を教会の扉に立てかけ、防御壁を展開させ。
マルタと同じく、防御壁の外側で槍を構え立つ。
そして『拳』を握りしめたマルタが、複数の大型恐竜相手に仕掛ける。
『ヤコブの手足』という格闘法だ。
極まれば大天使に勝利しえる技はまるでケンカ番長らしかぬ動き。対して、恐竜の動きも俊敏だ。
俊敏ではあるものの、杖を捨てたマルタは一時的にステータスが向上状態にあり。
恐竜の動きに対応できるのだった。
そう。俊敏性である。杖での戦闘は、やはり『速さ』が足りない。
マルタの通常攻撃には、杖に祈りを捧げる事で対象に攻撃を与えられるのだが
恐竜たちはマルタの祈りを妨げ、隙すら見せぬ事だろう。
祈りには僅かでも集中などのタイムロスを必要とし、一方で群れを形成しマルタに襲いかかる彼らを。
支える仲間も居ない状況で、隙を得るのは難しい。
無論、杏子は戦闘可能だが彼女には教会――『家族』とされている彼らの安否を委ねることにした。
「ハレルヤッ!!!」
マルタの聖拳ラッシュが恐竜に打ち込まれるが、至近距離にも関わらず、命中したのは一匹のみ。
『ヤコブの手足』のスキルの影響。
もしくは神性が働いて、倒れ伏した恐竜の一匹は人間に戻る。
呪いが解けた、よりも恐竜の能力そのものに『ヤコブの手足』の効果があったような気がするマルタ。
―――能力が『神に精通する力』だっていうの? そんなワケ……いえ、今はとにかく!
一方で、杏子の防御壁は大型恐竜に破壊されずに機能し続けていた。
とは言え。
魔女や使い魔の戦闘で手なれた杏子の、複雑な多節槍の動きすらも見切られている。
分割した事で、背後より奇襲となる一撃すら、寸前で避けられたり尾で防がれてしまう。
決して杏子の実力不足ではない。
むしろ、彼女は魔法が使えなくなった分を戦闘技術で補う実力者の一人に入る。
相性が悪かったのだ。
動体視力が優れ、動くものに俊敏な恐竜の長所と、杏子の戦闘スタイルがあまりにも悪い部類。
杏子は舌打つ。
実のところ本気じゃあない。躊躇した攻撃傾向なのは恐竜らが人間である事。
生きて気絶されて残るのだって厄介だが、死体となった後の処理だって厄介極まりない。
まだ聖杯戦争が始まって間もない状況で……いっそのこと、教会から離れるべきだと杏子はふと思う。
恐竜使いのサーヴァントが捕捉している以上、ここに留まっても恰好の的だ。
とは言え。
見滝原中学で『
暁美ほむら』と接触したい思いも、杏子の中にはある。
「いっ、てぇ!?」
予想外の痛みに杏子は叫んでしまう。激痛が走ったのは――手元なのだ。槍だけは手離してならないと、握りしめる。
だが、痒みを催す痛みは収まる事を知らず、杏子の手元が狂いそうになった。
チラリと、一瞬だけ杏子が柄に視線を合わせた事で原因は判明する。
薄暗い夜故に、不気味な白いものが夥しいほど、杏子の手元に這っている光景。
鳥肌を覚えるような気色悪さに、杏子も流石に呻きを漏らす。
蛆虫みたいな。
違う! これは蛆恐竜だ。見逃してしまいそうな、けれども鋭利な牙を持つ極小の怪物!!
大型恐竜に飛び乗っていた蛆恐竜は、効率的に杏子へ攻撃する為に『槍』に移り渡ったのである。
杏子は蛆恐竜の攻撃を軽視し、周囲を警戒すると。
大型恐竜の脇をすり抜け、小型めの――大きさからして鼠恐竜の侵略を目撃した。
奴らは餓えた獣だった。
防御壁の隙間を掻い潜って、教会に侵入しようする奴らを寸前で槍で穿つ。
「ハァ……ハァ……! 野郎………!!」
何故、杏子ではなく教会で眠る『家族』を狙おうとしたのか。
彼らが獣であり、弱い者を餌として真っ先に定めたに過ぎないのだろうか?
杏子は理解した。
恐竜使いのサーヴァントにとっては『どうでもいい』事なのだと。
嗚呼そうだとも。どうでも良く、効率が良く、他人の為を考慮せずに、自分の為だけに聖杯を獲得する為に。
杏子の家族を殺したって
恐竜にした人間が殺されたって
罪悪感を抱いてなく、むしろ愚行に対し激情する連中を嘲笑するのだろう。
この敵サーヴァントと佐倉杏子の違いは、罪悪感の有無だ。
彼女だって『自分の為だけに』魔法少女の力を利用し続ける今の自分に、嫌悪を覚えたこともある。
過去の行いや家族に関して、罪を背負った。後悔がなかった訳ない。後悔しか無かったのかもしれない。
『自分の為だけに』
その戒めをいざ、他人から自分自身に向けられた事で、杏子の中で何かが切れた。
決定的なものが切れたのだ。
「恐竜使いのサーヴァント! ぶっ殺してやる!!!」
最終更新:2018年07月14日 17:32