美しく舗装し、建造された街並みが『砂糖』に変わり果てて行く。
誰かが一度か二度は使っていただろうベンチも、背景の異物程度にしか扱われない外灯も。
奇天烈な恰好の女性狂戦士が、舞うように砂糖を作り、たまに口へ放りこんで味を楽しむ姿は。
子供が試食を手当たり次第に巡っているかの如くだ。

幻想かつ異常たる光景を、優木沙々と環いろはの二人の魔法少女がこの地帯では数少ないビルの屋上より傍観していた。
ビル、と言っても。
都心で無数に点在する高層レベルとは比較にならない程度。
しかしながら、いろはのバーサーカー・シュガーの暴走を見守るには十分な位置と高さである。

いろはが、自分自身の中で引っ掛かりを覚えていた。
一方の沙々は飄々とした様子で、どこか楽しげに振舞っている。
聖杯戦争と呼ぶ過酷な状況を少しでも明るくしようと努力を尽くしているかもしれない。

「いろはさん! 向こうには私のアサシンが、バーサーカーの魂を回収する為に待機してますよ」

「え……回収? どういうこと……沙々ちゃん」

やれやれと沙々は、呆れた態度でいろはを見下しているようだった。

「もう、いろはさんのバーサーカーはコントロールする事が出来ないんです。
 だからこそ、他サーヴァントを巻き込んで自滅して貰うんです」

「シュガーさんを!? それは―――」

「いろはさん」

厳しい口調で沙々が呼ぶと、いろはも大人しく引き下がった。

「うん。私……沙々ちゃんを信じる。沙々ちゃんは、誰よりも皆の事を考えてくれているから」

沙々は思わず溜息つく。
環いろは。彼女は非常に『善良』な人間だった。
善良過ぎたので、沙々が洗脳下に置いても、度々似たような歯止めをかけるハメになっている。
まあ、洗脳状態が継続しているのは変わり無いのだ。

すると。
漸く……沙々の願ったりな展開が訪れる。
いろはの様子が段々と苦しいものとなっていく。それは決して魔力消費の疲労じゃあない。
彼女も急激な体調の変化に、原因を突き止めようと考えた。

いろはが思い出す。似たような息苦しさを前にも……

「ふわぁぁ!? いろはさんっ、しっかりして下さい!!」

沙々が素っ頓狂な声を上げて心配する。(これは演技で心配したフリである)
いろはは、沙々を心配させないように息苦しい声色を抑えながら返事をするのだった。

「ごめんね……色々あって疲れちゃったみたい………少し休もうかな」

「違います!! ソウルジェムの方を見て下さいっ、と、とんでもない色になって――」

「……え?」

いろはが自分のソウルジェムを確認すると、本来の色彩とはほど遠い。
気色悪いサイケリックな色合いを敷き詰めた宝石に変わり果てて、まるで呪いを帯びているようだった。
次に、いろはの肉体に痛みが走る。
体、ではなく全神経。痛覚のみに衝撃を与え続けられているような。

「おかしい。これ前にもあった……でも――あ、くっ――……!」

「いろはさん!?」

あの時。
自分の中から不気味な異形が突如這いあがって来て……元に戻った時には、何故か何ともなくなって。
ソウルジェムの穢れも消えて。
だけど……違う。彼女自身が感覚を理解していた。自分自身に異変が起きている。
沙々も慌てた様子で伝える。

「ど……どうすれば! わ、私っ、グリーフシードを持っていなくてッ!!」

グリーフシード。
おぼろげに、いろはも思い出す。だってここには『魔女』がいない。ソウルジェムが浄化する術はなかった。
だけど――別に慢心している訳じゃあない。
この状況下で、頼れる可能性は一つだけ。もう一度……あの現象が発動してくれることを願う。

「嫌です、いろはさん。私っ、私どうすればいいんですかっ! このままじゃ―――いろはさんが『魔女』になっちゃいます!」


……………………え?


いろはの疑問を差し置いて、沙々は取り乱している。
ヒステリックな叫びを撒き散らして、弱者で無力な発言ばかりで。いろはが声をかけても無視してしまいそうな有様だ。


魔女になる。

私は魔女になりたくない。

あんな物になりたくない。

ソウルジェムが穢れ切ったら、皆、魔女になってしまう。

怖い。

嫌だ。


『誰か助けて』――と彼女は嘆く。



ポツンと残されたいろはは、不思議にもぼんやりと沙々の様子を眺めていた。
衝撃的な事実なのに。
普通だったら、沙々と同じように混乱したっていいのに。

魔法少女が……魔女になる。
私が、魔女に?
違う……私は、私は魔女にならなかった。ソウルジェムが穢れても、それを……沙々に伝えなくては。
だけど。

(あれ? 私――おかしい。動けない。体が、声も出ない)

漸く、いろはが気付く。自らの異変に。
否――もう気付いた時には遅い。グルグルと脳内が渦巻いて、いろはが見たのは以前、自分の中から現れた異形。
嗚呼。もしかして……そんな………
これは『魔女』の断片だったのだ。

ソウルジェムが穢れ切った時。自動的に浄化されて、何事もありませんでした。……都合の良い話なんてない。
ハッピーエンドなおとぎ話は存在しなかった。

いろはを『魔女』と称して攻撃した魔法少女の主張が正しかったなんて、残酷過ぎる。
彼女を庇ったやちよ達が間違っていたなんて、信じたくない。
嘘だ。夢なんだ。何も聞きたくない。


少女は――――『沈黙』する。
何も語らず。そして何も聞かないように、耳を塞ぐ。

ああ……沙々が『嫌な事』を、いろはにとって『都合の悪い事』をいくら喋ろうと。
無駄に終わる。意味はない。
これで、これでいいんだ…………


そんな彼女に対し、誰かが手を差し伸べた。
誰? 相手は何も語らず、何も声や呼びかけや、いろはに言葉を求める素振りをせずに。
ただ無言で手を差し伸べてくれる。

(私を―――)

助けてくれる?
確証も信用する理由すら皆無。
しかし、いろはにとって言葉を必要とせずに、助けを求める声を聞かずとも手を差し伸べてくれる。
そんな相手を信用してもいい――本当に自分を救うつもりなんだ、そう感じた。


故に、手を取ってしまった。

悪の救世主がいろはの手を握りしめていた。






世界はある程度、規則正しく成立している。
例えるなら、時計の歯車がカッチリと噛み合わさってグルグルと回転できるように。
どんな物にも『弱点』『欠点』があった。
圧倒的な強者、化物を前に成す術はない理不尽がないように神ないし、世界の法則で定められているのかもしれない。

吸血鬼が良い例だ。
途方もない身体能力と暴力的な性能を持ち合わせながら、太陽が弱点だったり、心臓を貫かれれば終わりだったり。
世界次第じゃ、心臓を刺しても、炎天下に出てもへっちゃらな吸血鬼もいるだろうが。
どんな化物でも『弱点』の一つや二つはある。攻略法が絶対に用意されている奇妙さだ。



冷水をぶっかけられたように落ち着きを取り戻したディオ・ブランドーという人間の少年は、
改めて、どうして未来の自分は吸血鬼に成るしかなかったんだ?
人間を越えても、不自由が多すぎるじゃあないかと鼻先で笑う。

実際。
聖杯戦争の状況下、ディオのサーヴァント・レミリアは日中、霊体化しなければ外出できない上。
外を出たって、太陽に照らされ続ければ、実体化してディオの身を守るのが困難だ。
正直、現時刻――日が沈んだ頃合いでしか、レミリアは存分に活躍できない。

そして、皮肉だが未来のディオ―――セイヴァーも同じだ。
力を求めた結果。行動時間まで制限されて、太陽にびびって昼間は大人しくしている。
ざまあない、とディオは内心馬鹿にしていた。未来の自分相手に、だ。
いや、未来の自分だからこそか。


「あら、ディオ。気をつけなさいよ、それ。サーヴァントが『作った』異物だけど、食べたら駄目なものだから」


だってのに。
どういう訳かレミリアは、威厳を醸しながら悠長にディオへ忠告した。
よく分からない。吸血鬼になると精神的な余裕とか冷静さを保つ事が出来るのか?
ディオは変に苛立って、周囲に点在している『砂糖』を横目にやる。

砂糖。
似ているから便宜上の呼称は『砂糖』なのだが、実体は醜悪で悪意ある薬物だとディオにも察せた。
「フン」と、ディオは少女の姿をした化物を睨む。

「誰が食べるか。犬だって食わないぞ、こんなもの」

大体、何で食うと思われているんだ。やっぱり馬鹿にしているのか、このサーヴァント。

再びディオの中で憤りの炎が滾り始めた。
如何せん、こうして血が昇って冷静さを欠けてしまう。
吸血鬼でいう『太陽』に近い、ディオにとっての『欠点』だ。
セイヴァーは冷静を維持するべく、精神の高みを求めて吸血鬼になったのだろうか?

「……コレを作ったサーヴァントが近くにいるな」

ふと、全身を駆け廻る感覚にディオは動作を止めた。
刺激的で、初めての感覚だった為、どう表現すればいいのか分からず。感覚の正体すら知らなかった。
それは――所謂『直感』である。
彼は人間の少年でしかなく、吸血鬼でもないが……英霊となる前よりも、生前から勘に優れていたのかもしれない。

(誰かいるのか!? サーヴァント……)

砂糖を作ったサーヴァントかと思ったが、周辺の洒落たモニュメントが全て砂糖に成り果て、視界が開けているにも関わらず。
いつの間にか、ディオ達の前に銃を構えた男が現れていた。
シルクハットを被った全身黒ずくめの癖の激しい髪を持つサーヴァント。
殺意を醸しだす雰囲気は一丁前に感じられる。

『アサシン』というクラスがディオに分かったサーヴァントが、躊躇なく引き金を手にかけ。
発砲。
甲高い銃声が閑静な街に響き渡る。

この瞬間。
ディオ少年は不思議にも落ち着いていた。銃を向けられた時点で普通の人間は取り乱して当然なのだが。
自分の死を微塵も感じずに、むしろ自らの死の『不安』は一切無い。
何故なら―――……


レミリアが銃弾をものともせず『指でつまみ上げていた』。


地面に落ちていた小石をつまむように、銃弾の動きを全て見切り、吸血鬼の動体視力で脅威な所業を為して見せる。
だのに、彼女は酷く退屈だった。
敵が攻撃したというのに、脳ミソが少なめの三下が相手だったせいか。

「とんだ肩透かしだな。単純に、どこにでもある銃弾と拳銃、魔力や細工が施してあるとも期待したが」

レミリアは銃弾を握りつぶす。
押しつぶされた残骸は地面に投げ捨てられ、それきりだ。
成程。確かに何も起きない。ディオは納得する。
まだ超人的な――吸血鬼のスピードを凌駕した神父の方が『面白み』のあった方だ。

一方で、攻撃をしかけたサーヴァントは
舐め腐った、貧民街に群れてそうな典型的なクズのように言った。

「お前よォ~~~~『Dio』かぁ? いや『Dio』だろうなぁ!!」

「………」

危機感がまるで込み上げない。
この男(アサシン)本当に英霊なのかと疑わしいほど『取るに足らない』存在感だった。
先ほどの神父や、少女の姿ながらカリスマ性を放つレミリアのような。
英霊らしさ、神秘性がほとんど無い。サーヴァントとして召喚されたのが『事故』じゃないかと疑うほどだ。

加えて、どうやら神父と同じく。恐らく――未来のディオと関与した経緯あるらしい。
沈黙するディオに対し、アサシンは激情した。

「『その眼』で俺の事を見下しやがって! 最初から俺を『利用』するつもりだったんだなぁぁ―――!」

立て続けに銃を連射する技量は、格別優れているとも言い難い。
銃を『扱い慣れている人間』にとっては普通の手法。
とは言え、しっかりと照準を定めていた。レミリアではなくディオ相手に。

「この俺をナメてんじゃあねぇ―――ッ!」

アサシンの銃弾はあしらわれる。レミリアの紅に輝く弾幕によって。
スペルカードと呼ばれる弾幕ごっこに過ぎない技法であれ、生死に関わる戦闘に応用すれば脅威となる。
レミリアが発動させたのは、名称も無い通常の弾幕。
ナイフ状に形取った弾幕が銃弾を相殺し、アサシンに向かい高スピードで飛ばされた。

尋常でないスピードを発揮させた神父が登場した以上、あれよりも遅いのだが。
場慣れの経験を積まなければ、回避も困難だろう速度なのは確か。

だが、アサシンは回避しなかった。逆に、しゃがむ姿勢を取る。
彼の体に、背後より出現した『像』が纏わりつくとナイフ弾幕の直撃を喰らってもダメージを受けずにいた。
無傷。ではない。
攻撃のエネルギーが、しゃがんだアサシンの体を伝い、地表へと分散されていく。
どうやら受け流されているらしい。

「なんだこれは」

眼を鋭く細め、他愛なくレミリアは三流にも劣るアサシンを見下す。
神父のライダーに対しての驚きでない。小癪で煩わしく忌々しいと一蹴するかのような退屈さ。
ディオも、レミリアと同じ感情を胸に舌打つ。

「早くしろ」

「まぁ待て」

レミリアの宝具で、ひょっとすればソレでトドメを刺せるかもしれない。
が。
思わぬ事だが、アサシンのスキルが発動したのだ。この場合『発動してしまった』と言うべきか。


ここまで見ていただければ分かるが、レミリアもディオもアサシン自体に興味も警戒もしていない。
それは『下衆の輩』と呼ばれるアサシンのスキルの影響だった。


下っ端のクズで脳ミソが少なめの三下の存在など、強者たるレミリアとディオの意識の範疇外だ。
だからこそ。
レミリアは『マスター』の方にターゲットを変更した。
相手が無敵を脅威とするなら、素直にマスターを狙うのは正しい。
思考を回した瞬間。レミリアの意識は、アサシンのマスターへと向けられ、自然と周囲の魔力感知に意識を集中する。

「ん? この気配――サーヴァントがいるわ。あそこ」

「………ハッ!?」

ディオがレミリアが指差した方角に息を飲んだ。
自らの直感に反応したのは紛れもない! アサシン相手じゃあないッ!!
ビル屋上。誰かがいる。距離が遠過ぎて普通の人間なら『誰かが居る』だけしか分からないのを。
ディオの場合は、直感で理解した!


「いた――――あそこに居るぞ! 殺せ、ランサー!!
 アレはッ、あそこに居るのはッ! 『未来のぼく』だぁぁ――!!!」






誰かが『助け』を求めた。
今回の場合は――優木沙々が演技の一つで咄嗟に「誰か助けて」と呟いた。
本気じゃないし、何も救世主を望んで口走った訳でもないが、それでも『悪』たる沙々が言ったのだから。


『悪』が助けを乞うたからこそ、救世主は現れざるおえないのだ。


「……こんなものか」

彼がいろはのソウルジェムから指を離せば、艶やかな色彩の宝石だけが残る。

セイヴァー。クラス名からでも分かる。
討伐令にかけられ、写真も配布されたサーヴァントが、いつの間にか魔法少女達の前に立っていた。
魔法少女もサーヴァントほどではないが、日ごろ魔女や使い魔と戦闘するだけあって、魔力感知は行っている。

にも関わらずだ。
気配も、魔力も、本当に突然眼前に登場したと表現せざるおえない。
そして――いろは自身、何がどうなったのかサッパリだ。まさか――セイヴァーの瞳と視線が交わると。
ゾッと悪寒が彼女を襲う。

気品よく石像のような美しい顔立ちで笑ったとしても、彼は心から笑ってはいない。
そして、助けた筈のいろはにも関心がない。
三下かクズを見下す『眼』と同じ。恐らく『よほど』の存在じゃなければ、彼は興味を抱かないし。
いろはを『助けた』のも、ほんの出来心でしかなく。親切で善良な救世主じゃあない。
ウワサ通り――――『悪の救世主』だった。

「あ……あの…………」

いろはの言葉は続かない。どれから話せばいいのだろう。
少なくとも、彼女は無性に彼を感謝しようとはせずに堪えていた。
この人に心を許せば、自分が自分でなくなってしまう。いろはは畏怖を秘めている。

すると―――躊躇するいろはを押しのけ、優木沙々が興奮気味にセイヴァーへ話しかけた。

「す、凄い! 思った通り!! セイヴァーさん、お願いします! 私の、私のソウルジェムも浄化して下さい!」

「さっ……沙々ちゃん?」

環いろはは洗脳状況にある。
沙々に付き従うよう、令呪も使用してしまったし、シュガーを暴走状態にさせても罪悪感ない人形だ。
だけど、完全に支配されてはおらず。
所謂、様子のおかしい沙々の異変に疑念を覚える事は叶ったのである。

優木沙々は狂っている風な異常さ。
討伐令での写真から受けた『悪の救世主』の魅了に堕ちているのだ。
洗脳者が洗脳に堕ちるとは随分な皮肉である。

そして、親友で尊敬し信頼する沙々の異変に困惑するいろはが、セイヴァーの表情を見てハッとする。


セイヴァーは……沙々を見向きもしていなかった。


彼女のようなクズこそ悪の救世主が救うべき悪なのに。
これほど沙々が救いを求めているのに。
セイヴァーの視線は、沙々やいろはでもない。全く別方向の、シュガーが『砂糖』まみれにしている地帯へ向けられていた。

が、彼はちっとも面白みもなく。興味なく狂気の惨状を見降ろしている。
シュガーの宝具を蔑むとは違った。
光景や現状、沙々がサーヴァントをおびき寄せる為に起こした悪意の罠に退屈している。
沙々の発想力。優木沙々の価値を見定めた結果――『くだらない』と判断したのだ。

いろはは、セイヴァーの思考を読み切った訳じゃあない。
ただ、危険だと本能が察知し、沙々に呼びかけた。

「沙々ちゃん! だ、駄目。その人は、沙々ちゃんを……」

「あぁクソ! 黙ってろ! 先にソウルジェムを浄化されたからって良い気になりやがって!!」

「きゃあっ!?」

豹変した沙々の杖に殴られ、いろはの体は体勢を崩し、硬い屋上の面に転倒してしまう。

やっぱりおかしい!
いつもの沙々ちゃんとは違う……優しくて、楽しくて、明るい。私の友達だった沙々ちゃんじゃあない……!
どうして? まさかセイヴァーが……!?

善良ないろはの洗脳は、沙々を良くも悪くも『助ける』意志へ変換されている。
友達と認識している彼女が、こんな事をする訳ないのだと。
でも。一見、セイヴァーは何もしていない。存在し、いろはのソウルジェムを浄化?しただけ。
次の瞬間、更なる異常がいろはの前で起きたのである。

「さ……沙々ちゃん? 変身が解けてる」

「あぁ? ……あ………アレ?」

今度ばかりは沙々も驚きを隠せない。
本当にいつの間にか。沙々は魔法少女の変身状態を解除していたのだ。彼女自身すら認知してないなど――あり得ない。
いろはが「まさか」とセイヴァーに視線を向けると。

彼の掌で沙々のソウルジェムが弄ばれていた。
沙々よりソウルジェムが離れたせいで、変身は解除されてしまったのである。
セイヴァーは深みある溜息をつき、ソウルジェムの濁りを観察した。

「私のマスターも、君たちと同じ魔法少女でね。ソウルジェムの穢れ果てた末路を知っているとも」

いろはと沙々は双方反応する。
討伐令にかけられていた暁美ほむらも――魔法少女――……
だからこそ、セイヴァーはソウルジェムの重要さを理解している訳なのか。

故に――漸くだった。
やっとのことで、セイヴァーは凍てついた顔に不敵な笑みを浮かべた。
沙々のソウルジェムに視線を向けながら。

「思い出した、確か……君は『優木沙々』だね」

「は、はいっ! セイヴァーさん、是非私に貴方様の協力させて下さい!! 私の魔法は必ずやお役に立てる筈です」

「魔法か」

「私の魔法は『洗脳』ですぅ! どんなに優れた奴でも、絶対に従わせられるんですよぉ~!!」

下劣な笑みを浮かべ饒舌にベラベラ語る沙々が『悪』でなければ、なんだというのか。
一方で。
セイヴァーの笑みが段々と、穏やかなものに変化していくのをいろはは眺めていた。

何と言うか――程度の低い自慢話をわざわざ聞いてやっている強者の態度だ。
多分、セイヴァーは明日には沙々の話を忘却するだろうのが想像できる。
口調と声色も、不気味なほど落ち着いたものでセイヴァーは答えた。

「残念だが――もう間に合っている」

それより。

「私は話に聞くだけで『魔女』なるものを見た事がなくてね」

「………え」

間抜けな声を漏らす沙々を傍らに、セイヴァーの掌に呪い色の『悪』が湧きあがってくる。
暁美ほむらの穢れと、環いろはの穢れ。
既に半分ほどは穢れに満たされた沙々のソウルジェムへ注がれると、今度は沙々が苦しみ出す。

ビキビキと、ソウルジェムから嫌な効果音が。
卵から何かが産まれるように、ソウルジェムの形状も歪に変化していく。
決死の思いで沙々は喚き叫んだ。

「ど、どうしてっ!? やめ、やめてッ、魔女になりたくない! お願いです! 何でもしますから!!
 貴方を利用したり、馬鹿にしたり、二度としません! 申し訳ありません、許してッ! 許してくれますよねっ!?」

「駄目だな」

絶望の一声に、クズの魔法少女の悲痛な絶叫が鳴り響く。
いろはが、いち早く行動を起こす。魔法少女の武器・光のクロスボウを一筋引いた。
魔力を込めた一撃が、セイヴァーに放たれる。
例え、彼に助けられたとしても『友達』である沙々を助ける事を、いろはが優先したに過ぎなかった。

いろはの矢は命中するどころか、セイヴァーの指一本で弾き飛ばされてしまう。
圧倒的な力の差を、一瞬にして見せつけられたいろは。


刹那、紅の弾幕が急スピードでセイヴァーに接近したのだった。






――――紅符「スカーレットシュート」――――


躊躇は無い。
レミリアはセイヴァーと共に居る少女達を認知せずとも、スペルカードを放っていただろう。
大中小の光弾は真っ直ぐ屋上の吸血鬼に連続で放たれた。
しかし、レミリアは吸血鬼の視力で避けられたのを確認する。

時を止めた訳じゃあない。相手も成った原理はともかく『吸血鬼』なのだ。
『スカーレットシュート』が自機(対象)狙いの技だと見抜いている。しかし――弾幕は分散する。
光弾が直ぐに消滅する事はなく、空中を浮遊し漂う。単純に避けるだけでは、いづれ弾幕の密度に押しつぶされる。

密度の高さで圧をかけるのも『時止め』対策の一つ。
時を止めるなら、時を止めても避けれないほどの密度で身動きを封じ込めればよい。
最も、生半可の『結界』程度では彼の足止めすら至らないだろう。

遠距離からの実感に欠けるスペルカードの攻撃に、マスターのディオが苛立った。

「ちまちま攻撃をしてる場合かッ! 宝具を使え!!」

「分かってないわね。宝具なんてバカスカ使いまくれないのよ、だって貴方は魔法使いじゃあないんだから」

致命的なのは――魔力の差だ。
サーヴァントが些か不便な点と格差を生じてしまうのは、マスターの魔力量である。
いづれ吸血鬼になりうるディオでも、魔力はない。普通の人間なのだから。
宝具を発動すれば、その分をマスターのディオが負担する部分が生じてしまうのだ。

一方で、セイヴァーはマスターに魔法少女の暁美ほむらがいる。
魔力面でも相性の良い、最高のコンディションで挑めるのだから余裕で当然に違いない。

ただ。
セイヴァーが、不敵に笑うのを遠目より確認するレミリア。
しかし、レミリアも悪魔めいた笑みを描いた。

(次の一手が分かるぞ? 『セイヴァー』。逃げるな、貴様――逃走経路は見抜いている)

レミリアが魔力で蝙蝠を精製した『サーバントフライヤー』が、彼女の手から離れ、彼が立つビルへと飛来していく。
セイヴァーは、スタンドの像を背後に出現させ、像の拳で足元を破壊する。

真っ向勝負で『弾幕ごっこ』は受け付けない。
セイヴァーの態度は明白な『悪』に満ちており。そして、レミリアも彼の邪悪を理解していた。
否。
皮肉な話だったが、ディオというマスターを理解していたからこそ、セイヴァーの動きも見抜けた訳だ。


飛翔した『サーバントフライヤー』がセイヴァーの逃走先である下の階層で待ち受けている。


「―――?」

レミリアは即座に異常を気付いた。
送り込んだ筈の魔力の塊が、瞬時に消失している。攻撃が無力化された…? 考察するが、彼女の視力でも
建物内部、死角で発生している事象を見抜く事は叶わない。


そして彼女は、肝心な事に見落としていた。
アサシン――マジェント・マジェントの存在を。彼はスタンドをこっそり解除し、拳銃を再びディオへ向けている。
強者に無視される『下衆の輩』で、見下す奴に一死報いる。
すっかり、レミリアとディオは互いにセイヴァーへ意識を集中させていた。

(まずは足を狙ってやる! 跪かせてから手足をもぎ取ってやるッ、このクソ野郎共~~~!!)

だが! 予想外にもレミリアは攻撃を中断し、顔を上げた。
これはマジェントの殺意に反応したのではなく――全く別の敵意を察知したから。
咄嗟の事。されど、彼女は即座に小悪魔めいた翼を広げた矢先、主であるディオへ突撃する勢いで抱きかかえて見せた。
唐突な光景にディオもマジェントも、唖然とするが。
決して、レミリアの行動はマジェントの攻撃を回避する為のものではないと、次の瞬間。誰もが理解する。


「きゃはは」


狂った笑いが遠くで響く。
レミリア達より離れた位置だが『砂糖』を喰らっているバーサーカーが、悪たらしく傍観しながら。
魔力を発動させた。
この地帯に造形物の如く点在する砂糖にバーサーカーの魔力が込められていくと。
砂糖が消失する代わりに次々と効力が発動してゆく。
少なくとも――レミリア達の居た場所では、『砂糖』が爆発したかのような広範囲攻撃が発動したのだった。





mind as judgment(後編)

最終更新:2018年08月02日 10:58