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周囲の魔力感知―――……

「……駄目」

ほむらは項垂れる。
同じく、サーヴァントとしての能力で探っていたランサー・宮本篤も首を横に振った。

「どうやら俺達以外にも近辺で戦闘があったようだが、魔力は感じられられない」

彼らも彼らで、柱の男・カーズとの死闘を繰り広げた余韻に浸っていた。
ぎこちない緊張感が抜けない。
例え、他サーヴァントと接触したところで、即座に戦闘態勢を取ってしまう。
生存本能が強まった状況の最中、彼らはセイヴァーの捜索をしなくてはならない。
困惑し、投げかける言葉を迷うたまを傍らに、篤がほむらに助言する。

「サーヴァントが霊体化していると感知にも引っかからない。奴が実体化していないとしたら――」

「いえ! ……セイヴァーは実体化をしています。必ず」

と言うのも。
セイヴァーは吸血鬼で、日の光差さない場所でしか日中実体化出来ない。
悠々と活動可能な現在。
まだ、夜明けまで時間がある僅かな間。むしろ、全うな理由で対面するだけでも躊躇するのに。

ほむらの焦りを、自然と篤も、たまですら理解していた。
篤に関しては、薄々……一種の直感を糧に、セイヴァーの事情が存在と推測している。
そう。
吸血鬼。恐ろしく強い種族が日の光が弱点であるように。

むしろ、セイヴァーは吸血鬼ないし類似した存在ではないかと篤は推測していた。
彼との比較で、宿敵たる雅を挙げてはいたが。
ひょっとしたら、もしかするかもしれない。

(率直に聞くのも危険か)

篤はほむらに問う。

「ほむらちゃん。感知でセイヴァーを探し出すのは、現実的に困難だ。……念話の方を試してくれないか」

「………」

何故かほむらは沈黙してしまう。
篤の提案は逆に賢明で、念話で彼と連絡を取り合うのが普通に正しい。
しかし、彼女が酷く躊躇する様子を見て、たまはどことない恐怖を感じていた。
ほむらじゃあない。セイヴァーに対してだ。

未熟で半端で何故魔法少女になれたのか不思議な自分に比べ、ほむらは凄いと心底思えた。
だからこそ。
そんなほむらが躊躇する。それがセイヴァーの人格なのだろう。
ほむらですら怖気づいてしまう相手に、自分など張り合える自信もない。

「ほ……ほむらちゃん!」

気付いた時には、たまが叫んでいた。
水差された篤とほむらの二人に注目され、呂律が上手く回らないものの。
必死に、たま自身の意見を述べる。彼女に自信の芽生と異なる。セイヴァーに対する不安と恐怖による後押しだった。

「や、やめよう……? 嫌だったら止めた方が……」

「鹿目さんのソウルジェムを浄化しないと」

「そ、その、ほ、他っ! 他の方法探そう、だって」

篤が割って同意した。

「俺も賛成だ」

「!」

「セイヴァーがソウルジェムを浄化できるなら、他の方法でもグリーフシードの代用が可能かもしれない。
 現状、セイヴァーだけが浄化手段を持ち合わせているのも効率的に合わない。
 直ぐにでも浄化をしなくちゃならない状況でもない限り、焦る必要もないはずだ」

「それは………」

言葉を濁すほむらの浮かない表情に、篤は問う。

「何か隠しているのか?」

「……隠し事は、ありません」

チラリとほむらは、まどかのソウルジェムを確認してみる。
穢れの色合いが濃くなっている。だが、呪いを伸びるほどでも、ピンクの色彩が薄汚れている程度で。
肉体とリンクの無い状態だ。濁りが増える心配もない。

篤にソウルジェムの秘密を明かすべきか?
まどかは、恐らく知らない。
彼女の時間軸も些か疑念を覚える部分であり、彼女の様子からして魔法少女である『信念と自信』に満ち溢れた。
ほむらと『最初に』巡り合ったまどかに近しいものを感じる。
故に、ほむらは魔法少女の真実を不用意に明かす事もなかった。

(でも他に浄化する方法なんて……)

奇跡や魔法を考慮しないほむらは、素直に退く事を選ぶ。
意地になった方が、逆に疑われるし。最低でも、まどかのサーヴァント・篤を敵にまでしたくない。
深呼吸で気持ちを整え、改めて彼女は答えた。

「ごめんなさい。サーヴァントの襲撃を考えると、鹿目さんが魔法を使えない状態が危険だと思って」

「ああ、それもそうだ。……俺も疑っているんじゃあないんだ。
 ほむらちゃん。セイヴァーと何かあったのか?」

単純な話。
聖杯戦争が開始されるまで間が存在した。主催者は準備期間、主従の関係を深める交流期間と称している。
篤の場合は、まどかから魔法少女の話を聞き。
篤自身もまどかに己の過去を少し触れた事もあった。当然、ほむらも同じだろう。
間に関係が複雑となる問題が発生しても不思議ではない。

ほむらも感じ取っていた。
篤とたま。双方共に、ほむらへの疑心じゃあなく。心配を抱いているのだと。
彼らは――優しい者たちだった。
悪に屈する臆病者であっても善良なたまの、下手くそな優しさも。
化物を相手に無常の修羅となれる篤の中にある、英霊たる善も。

「お二人とも、ありがとうございます。セイヴァーとは何も……トラブルはありません。ご心配かけてすみません」

「ほ、本当に?」

たまの念押しに対し、ほむらは頷いた。

「むしろ……何もなさすぎる位」

「会話すらもロクに交わさないってことか」

篤の言葉をほむらは無言で肯定する。

「決して、一切会話などが無いかと問われると違うんですけど。何気ない世間話もなくて
 彼の思考も理解できない……それでも、私に有益な情報を渡してくれたり、見捨てる様子はないです」

「ほむらちゃんがまどかの所へ向かった事も?」

「把握すらしていませんし、伝えてもいません。そもそも念話でやり取りは一度も」

「だから躊躇したんだな」

「はい……答えてくれるかも怪しいです。何かあれば直接伝えて来たので」

直接。
面と向かって話せ、そんな圧力を擬似的に与えているようだと篤は感じる。
むしろ、面と向かい合った方がセイヴァーの都合が良いとも捉えられた。
念話では効力の無い……スキルなどだ。
ほむらに対してもサーヴァントの能力を行使していない可能性も否定できない。

ハッと篤は気付いた。漸く――とも捉えられても仕方ない。
幾つかの情報。パズルのピースがある程度埋められれば、図柄が自然と連想できるのと同じ。
即ち。ほむらが無自覚にセイヴァーの術中に嵌っている事だ。

「ほむらちゃん。もう一つ確認したい。
 ソウルジェムの浄化が可能だと、セイヴァーから告げられた情報なのか。それとも――」

「えっと……実際に私のソウルジェムを浄化してくれました」

「……!」

現段階でセイヴァーの具体的な能力も宝具すら分からない篤だったが、
見滝原内だけでも、セイヴァーのカリスマ性の強さを理解することは出来る。
単純な話術以外に彼はスキルか、あるいは宝具を行使し、街の住人を支配下へ1人、また1人と引き込む。
マスターの、暁美ほむらも………
可能性を口にしようとした時。篤は察知した。

「伏せろ!」

篤が声をあげたのは―――たまに対してである。
彼女も、突如のことに困惑し、逆に反応が遅れてしまった。

「ああああっ!!?」

たま自身何が起きたのか把握出来ずに、攻撃を直撃してしまう。
背後からの気配など、以前に使った魔法の国のアイテムを使用した状態なら、多少交わせたかもしれない。
だが『相手』も反射神経の高い存在だ。
躊躇なくたまの腕に牙を突き立て、彼女が抵抗するまでもなく、彼女を咥えたまま地面に叩きつける。
頭を強打した為か、たまは声をあげずに倒れ、動かなくなる。

死んだ……かも不明だ。それを確かめる状況じゃあない。
篤とほむらは、聖杯戦争と言う非現実かつファンタジーに属する舞台に居る身分。
現象に『ありえない』も無いと分かっていても。

牙に少女の鮮血を滴らせる中型ほどの肉食恐竜に目を見開くのだった。

「恐、竜」

驚愕するほむらの脳裏にウワサの一つが浮かぶ。
街路の奥から二頭の恐竜が続いて姿を現したのに、ほむらも銃を構えようとするが
まどかを抱えながらは難しい。
しかし、この状況でまどかを庇いつつ、戦闘に持ち込むのも……

「俺が相手をする!」

躊躇も無く篤が手元に抱えやすい『丸太』を出現させ、恐竜たちを追撃するべく振るう。
あっさり交わされたどころか、たまを叩きのめした間近の恐竜は、至近距離の攻撃を擦り交わしつつ。
篤に牙ではなく、尾を振り付けた。丸太の長さと太さで攻撃をガードする篤。
後から接近する恐竜らが到着するまで、何としても眼前の恐竜を倒さなければならない!

「ランサーさんっ!」

ほむらは、篤が恐竜を引きつけたのを利用し、まどかを降ろし、盾に手をかけていた。
彼が万全だったら問題はない。
篤は、ほむら達に変わって恐ろしい人でない主従と死闘を繰り広げた後で。
それなりの手傷を負ったままなのに、無理はさせられない。

今後のまどかが聖杯戦争を生き延びるには、篤の存在は欠けてはならないのだから。


――ほむらの時間――


ソウルジェムの穢れもあるが、彼女の魔法も便利性・優位性は圧倒的で、普通なら使用に躊躇しない。
だが。
セイヴァー以外にも『例外』は存在するのだ。時の入門をする者が。
実際、彼女は時に『侵入』する怪盗と出くわした。
ひょっとしたらウワサの一つ『時間泥棒』や『時の勇者』も入門する可能性も。

とは言え。
今回の相手は恐竜だ。
ランサーを翻弄する俊敏な動きも、時を停止させてしまえば恐れる必要は無い。
ほむらは、警察署から入手した拳銃を手慣れた動作で構え、引き金を――

「……………?」

――アラもう聞いた? 誰から聞いた?  町を徘徊する恐竜のそのウワサ――

民謡の歌めいた不可思議な語り口調。ウワサに乗せられた内容。
引き金へ指をかけようとした寸前で、ほむらは気付く。
そもそもの話。『眼前の恐竜は一体どこから現れたのか』?

――でも知ってる? 実はそれって元々別の生き物だったって ――

『元は何の生物だったのか』?

――犬だったり猫だったり、きっとどれかに――

観察すれば分かる事だった。
恐竜は『服』を着たまま。そして、ほむらはその『服』に見覚えがあったのだ。
全てを理解したほむら。彼女が真っ先に抱いたのは――後悔。
自分は結局、鹿目まどかが全て。
彼女を助ける為に、彼女の為に、そして彼女以外の事はどうだって良い。

「違う!」

誰も居ない静寂の世界で少女は叫んだ。
単純に失敗した。うっかり、その可能性を見逃してしまっただけで。
まどかだけじゃあない。周りの人々、勿論――まどかの母親・鹿目詢子も。

――ならば目の前の結果は、一体なんだというのかね――

邪悪なセイヴァーが、傍らにいれば囁きそうな現実がほむらの前に広がっている。


攻撃をしかけてきた恐竜は『鹿目詢子』だった。






寝ようとしても寝付けない。
美樹さやかは、外が多少騒がしいせいだと思っていた。
救急車かパトカーか、消防車のサイレンがあちこちから聞こえて来る。
距離を考えるに、さやかの住むマンションよりは離れた場所だ。戦火が降り注ぐ心配はない。

だが、聖杯戦争に関わる身。無視を決め込む訳で済まないのも当然だった。
未だ悩み彷徨うさやか。
沿岸の火事を眺める気分で救急車らしきサイレン音を耳に、夢心地に居るばかり。

(近い)

サイレンが途絶えたのが、近隣だと直ぐに分かった。
気付いた時。
さやかはベッドから体を起こしていたが、果たして現場へ向かったところで意味はあるのかと考える。
でも……近くで事件ないし聖杯戦争に関係ある事が発生したのは明らか。
近所――さやかが連想したのは、鹿目まどか。

(まさか、まどかの家……?)

ひょっとしなくても。いやいや落ち着こう。
さやかが眉間にしわ寄せ、片手で頭をかかえるが嫌な想像は離れない。

(いくら何でも――時間。そっか一応、聖杯戦争は始まってる。でもだからって)

始まって早々、攻撃をしかけるなんて……
流石に、否。実質、殺し合いと同レベルの戦争なのだから不意打ちもクソもない。
第一、戦争開始時に大胆不敵な犯行予告をした自称・怪盗も潜んでいるのだし。

(って……だとしても変じゃない? まどかが本当にマスターだとして、どうやってそれを)

さやかも、デパートの一件から鹿目まどかのマスター疑惑を抱いたほどに。
彼女を確信もって疑心するに至らなかった。
周辺の人間は愚か、中学生のまどかをマスターだと確信する証拠とは何だろうか?

『おい、さっきから何をしたいんだ。お前は』

呆れた刀・セイバーの声で部屋をウロウロしていたさやかが動きを止めた。
どっちにしろ行かなければならない。
昼間、デパートで購入したセイバーを収納する為のバッグを引っ張りだし、さやかが答える。

「まどかの家に行く」

『はぁ!? 俺の話を忘れたのか!』

「それとこれとは別! まどかの家は近所だし、救急車は近くで止まったみたいだから――様子見るだけ」

『様子見するなら明日でも構わんだろう』

「………じゃあ、アンタは置いてくよ」

『ふざけるな貴様ァ!!!』

「あたしもそこまで馬鹿じゃないから! ヤバいと思ったら逃げるよ」

意地張って強行するマスターの姿に(刀が使うには不自然な表現だが)仕方なくセイバーの方が折れた。

『今回ばかりだからな!! 貴様がヘマした場合の責任は貴様だけが背負え!
 ……だから俺を連れて行け、分かったか!』

「はいはい」

五月蠅いセイバーだが、救世主に妄信する以外は割と話は通じる部類なので、さやかも奇妙に安心している。
これが言語や意志疎通の難しいバーサーカーだったら、心細いうえ。
ソウルジェムも濁り始めていた事だろう。

(大丈夫かな)

軽装に着替えつつ、さやかはソウルジェムの色を確認する。
色合い的には大丈夫と思いたい。
実際、見滝原へ至ってからまともに魔法を行使してないものの。不安だ。
サーヴァントの戦闘……セイバーの魔力消費も、マスターたるさやかから引かれるのだ。

(浄化、どうしよう)

一番の問題は紛れも無く『浄化』だ。
ソウルジェムが浄化しきれなければ問答無用で魔女に成る。また。二度目だ。
かつて魔女になったとしても、断じて再び魔女なんかになりたくない。

現実から目を逸らすべく、さやかは意を決して鹿目まどかの家へ駆けだす。


…………………………………………

……………………

…………


笑えるほどアッサリ、現場に到着する事が出来た。
違うだろう。
何事も無さ過ぎる不気味な状況と空気の漂った地帯へ、さやかとセイバーは到着する。
地面に無数の穴が点々とあり、周囲の設置物が損傷を負い、無造作に転がったままの消火器。

そして、鹿目まどかの自宅前に停車してある救急車。

後の祭りを体現した光景を目の当たりに、さやかの表情は強張る。
これでは……まどかだけではない。
彼女の家族も恐らく。周囲の惨状に対して、家の静寂はあまりに異常を醸していた。

『マスター……マスター!』

セイバーがいつもよりも小声で呼びかける。

『もう退け。あそこにサーヴァントがいる』

「まどかの、家に?」

ソウルジェムを取り出し、魔力感知を行うさやか。
まともに感知をしたのは、恐らく杏子に邪魔された使い魔を発見する以来ではないか。
セイバーが撤退を促す理由も判明する。サーヴァントが、まどかの家の中に存在していた。

『……鹿目まどかは諦めろ』

「何言って」

『実感がないか。もう鹿目まどかは脱落した。サーヴァントも倒されたと言っているんだ』

「っ……! そんなのまだ決まって無いでしょ!!」

まどかの死体も。
本当にまどかがマスターなのかも分からないのに。
薄々、セイバーの言い分は全うだ。彼の方が正しいのだろう。賢明な判断でもある。
理解しても尚、さやかは諦めきれなかった。

結局、自分はこういう人間なんだろうと実感する。
美樹さやかは半端な正義感を抱き続ける『ただの中学生』だ。
友達と喧嘩しても大切にしたい、好きな子に告白できない淡い恋愛に苦悩する。
あまりに平凡かつ在り来たりな悩みで躓く、ちっぽけな人間。
だからこそ無常に諦めたくない。惨めに足掻きたいのだ。

魔法少女に変身し、バッグからセイバーを取り出すさやかだが、セイバーはどうにか説得し続けた。

『マスター! サーヴァントは単純な能力集団じゃあない!!』

「分かってる! …………」

さやかが目についたのは――『誰も居ない』救急車だった。
運転手も、救急隊員すらいない。ポッカリと、展示サンプルのように路上放置されたソレ。
ジリジリと、だが呆然と不穏を感じ眺め接近するさやか。

―――ガシャン!

緊張感を打ち砕くかの如く、外へガラス製の物体が割れる音が反響した。
やがて静寂が広まる。
さやかの柄を握る手に汗が滲む中、恐る恐る振り返ると。
家の前に、咽返る悪臭漂う物体があった。どこからか落とされたソレ。

血肉………液状に等しい残留物。
それが収められていた透明の『箱』は、衝撃で破損状態にある。
ダラダラ地面に流れ続ける血肉の光景に、さやかは息を飲んでしまう。

赤い箱のウワサ。
まさか、鹿目まどかを襲撃したのは―――………
否。過程がどうあれ『箱』が意味する答えは一つしかない。


「悪いな。俺が来た時には、既にこの状態だったぜ」


頭上から聞こえる若い男の声。
悠々とまどかの家の二階にある窓から、さやか達を見下すように話しかけているのだ。
紛れも無い。皮肉あり、嫌味ある愉快犯染みた口調。敵であり悪たるサーヴァント。
さやかが、威勢よく反論する前に悲壮に満ちた叫びを挙げたのは――セイバー・アヌビス神だった。

「で………DIO様!?」

え?

馬鹿げた見間違いではないのか。突然の事に、さやかは思う。
一方、彼女の手元にあるセイバーは勝手に酷く取り乱している。
本当にセイヴァー……? 彼が鹿目まどかを?? 見上げればいいだけなのに、さやかは不思議と動けなかった。
男は少し間を置いて尋ねる。

「お前は……サーヴァントとして召喚されたのか。あぁ、随分と久しいな。確か」

「は、はい! アヌビス神でございますッ! お久しゅうございます、いえッ。
 再び貴方様にお会いでき光栄です!! あ、貴方様が召喚されたと聞き、日夜探しましたとも!!!」

話を誇張させているが、アヌビス神の露骨な社交辞令にさやかも突っ込むどころか。
一体どうすれば、そう途方に暮れる。
彼の態度の変わりように加え。アヌビス神が敵わない相手を前に、勝算が失いかける。
アヌビス神自身も伝えていた。
セイヴァー・DIOに忠誠を誓ったのは、救済の他にも、絶対的な力があるからこそだと。

『赤い箱』を目撃し、恐れを抱かないどころか平然と道具扱いし、さやかの前へ放り投げた者だ。
普通じゃあない。
それに、ウワサを準えるなら。述べた通り、彼の仕業ではないのだ。
だが―――………
さやかは手元の剣を握りしめ直す。

「ところで、一つ聞きたいが」

飄々とした口調で問いかけた男をさやかが見上げる。
月光の反射で表情は読めなかったものの。ある一つの確信だけを得た。
不敵な様子を浮かべ『DIO』は冷酷に告げる。

「お前は『そうやって』私の真名を振りまき続けていたのか?」

「………え」

「私の情報をマスターに明かしたのは、彼女が私以上に信頼たりえる存在だからか」

「ち、違います! なっ、な、何も話しておりません! 貴方様の真名以外は何もッ!!」

「何も? 真名から十分私を探れる筈だ。情報網に関しては過去より遥かに発達した時代だからなぁ?」

つまり。
無常たる『DIO』の言葉には圧を帯びている。無暗に敵へ情報を渡してはならない。
生前。表現は些か変だが、サーヴァントに成る以前より。
DIOの宿敵たるジョースター一行を相手にもDIOの情報を明かさなかったよう。
本来であれば、英霊の真名である『DIO』の名も無暗に口を出すべきではない!

迂闊に真名を呼んだアヌビス神を、果たして『DIO』が許すだろうか。
全てを理解した刀は、無意識に震えだすのは仕方のない事だった。

「申し訳ございません! 許して下さいDIO様、わ、私はそんなつもりはっ……!」

「許す? 私は何を許せばいい。お前の愚行、お前のマスターが私の真名を知った事、あるいは私に刃を向けた事」

「ハァ………ハァ………! あ、ああ、そ、その」

冷静を失ったアヌビス神は、もうきっと駄目だと悟る。
自分は『DIO』が得るべき聖杯の糧で済みたいのだ。川底で沈み続ける以上の運命など受け入れたくない!
だが、嗚呼。
セイヴァーを知る故に、残酷な末路を強いられるんじゃあないか。
恐怖が纏わり続けていたのだ。

瞬間。
アヌビス神をコンクリートへ叩きつける少女―――美樹さやかは叫んだ。

「目を、醒ませっての!!!」

サーヴァント兼宝具であるアヌビス神を雑に扱うのは宜しくないが。
少女は、荒治療には仕方ないものだと割り切って行動を起こす。
正気に返ったアヌビス神が、良くも悪くも相変わらずの怒声を上げた。

「突然叩きつけるな! 刃こぼれしたら、どうするつもりだ!!」

「アイツはセイヴァーじゃない! 似てるけど」

似ている。さやかが付け加えた通り、彼らを見下ろすサーヴァントは酷くセイヴァー・DIOを彷彿させる風貌。
が、決してセイヴァー本人ではない。
顔立ちや髪型、体格も、セイヴァーとは別人だ。にも関わらず――奇妙にも『似ている』。
呆然とするアヌビス神を鼻先で笑った『彼』は、悠々と窓からさやか達の眼前に着地して見せた。

「笑っちまうな。アイツにビビリ過ぎだろ? いや……『真名』を聞かせて貰っただけ十分だ」

教えて貰ったより、アヌビス神が『勝手』に喋った形に近い。
さやかは、アヌビス神と魔法少女の武器の剣を構え。
セイヴァーと酷似する青年・ライダーを睨みつける。
救世主でないなら尚更、彼は鹿目まどかの家で何をやらかしたのかが重要だ。

「あんた……まどかをどうしたの。まどかの家族も!」

「人の話を聞いてねぇのか? 俺が来た時は既に戦闘は終わっていた。家には誰も居ない。
 ……一つ加えるなら、もう一つ『赤い箱』が家の中にあっただけだぜ」

「あんたが『赤い箱』の奴じゃない証拠でもあるワケ」

「………」

鈍いさやかの視線と鋭いライダーの眼光が衝突した矢先。
離れた場所から、小さな動物の鳴き声が聞こえる。確実に接近する存在へ、さやかがチラと目を動かせば。
俊敏な挙動で駆ける――サイズが不釣り合いなものの、正真正銘の『恐竜』だと分かる。

恐竜のウワサ。
シンプルで単純な話は、さやかのクラスでもウワサされていて。
実際に、恐竜を目撃したと証言する生徒が居た。

数で群れなしていた恐竜らは、さやからを無視し、ライダーの方へ駆け寄り。
訴えるように鳴く姿は、ライダーと会話している風にも感じられた。
意志疎通しているか不明だったが、恐竜の様子を眺めてから、ライダーは再びさやかに意識を戻す。

「俺がわざわざ現れた理由は一つ。ソウルジェムの情報を得る為だ」

「ソウルジェム……?」

「正確にはお前が使っている『ソレ』だ」

魔法少女のソウルジェム……!?
まさか『他の』魔法少女と出くわして――誰と? 鹿目まどかじゃあないなら、暁美ほむら。
巴マミ佐倉杏子……警戒心を高め、さやかは問う。

「それを聞いて、どうするのさ」

彼女の返答にライダーは顔をしかめて「は?」と挑発的に睨み返す。

「どうもこうも。ソウルジェムはここにもある」

ライダーが懐より取り出したのは――ソウルジェム。
色彩の無い、聖杯戦争の参加権として配布された無色透明の宝石。形も呼び名も、形状も酷似している。
決して魔法少女と無関係じゃあない証拠だ。
さやかはピンと来ないが、ライダーが呆れた態度で続けた。

「恐らく、お前のと原理は同じだ。そこにお前の魂が入っているように、空っぽのソウルジェムに英霊の魂が入る」

「……だったら。なんだって言うの」

「お前。さてはバカだな? ソウルジェムに起きる最悪な『事故』も、お前のと同じって意味だ」

「…………あ」

漸く、さやかは全てを察した。そして悪寒が走る。
本来のソウルジェムは、魔力の消耗、あるいは絶望などの感情エネルギーで穢れが発生するものだ。
聖杯戦争の場合は………?
サーヴァント自体が濃度の高い魔力だ。が、消滅する要因に戦闘が含まれるなら。
彼らも魔法少女と同じく、絶望を抱くのなら。
そうなったサーヴァントがソウルジェムに入ったとしたら?

全てが、ソウルジェムの在り方に変化がなければ結果も同じ。
迂闊だった少女の顔色を伺い、ライダーは確信を得る。
最も、彼の場合――さやかから情報を聞き出す必要は無いのだ。彼女を恐竜化させ『支配』すれば終わる。
知らぬさやかは、必死に思考を巡らせていた。

(お……落ち着け。落ち着け……あたし………コイツはマミさん達の誰かと会ってるんだ。
 ひょっとしたら……ソウルジェムの秘密なんか教える訳に……でも―――)

『魔女化』の秘密。
仮に教えた場合、相手が信用するかどうかはともかく。
ライダーは聖杯獲得の方針を躊躇するかもしれない。一種の抑止になるのでは。
逆に考えるんだ。教えちゃってもいいさ、なんて具合に。


「……いいよ。教えてあげる。ソウルジェムの秘密」



サーヴァント育成計画(後編)

最終更新:2019年01月31日 17:33