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少女は普通に過ごしていた。
近代都市として名高い見滝原に住んでいる、どこにでもいる平凡な女子高校生。
繁華街にある実家の花屋から見滝原高校までバスと徒歩で通学する。
自分と同じように、授業を受ける生徒たちは性別や外見、産まれと育ちを除けばどれも『同じ』に見えた。
人間が人間なのは当然なのだから。生物学上、どれも一緒で完結する話で終わるのだろう。
学校内の日常も至って普通だった。
先生の授業も、体育の身体テストも、まあ高校生だったら……な内容ばかり。
一応、少女が僅かに意識している点が一つ。
いきなり、突然なのだが、少女のクラスにいた少年――名前は『
アイル』と呼ばれる彼が不登校になっている事。
別に少女と交流があった訳でもない。
むしろ、授業中は寝てばっかり。雰囲気も明るいものじゃない。正直のところ不良……なのかも。
実際の真相は不明だ。
全ては少女の憶測………クラスでの『ウワサ』だった。
先生もアイルが不登校でいる点を格別、気にしている節もなく。
「本日もアイル君は欠席のようですね」と適当に受け流して、次の話題へと展開し、ホームルームが終わる。
だから――嗚呼、別に大した問題はないんだろうな。
そう、思っていた。
第一、学校内の不穏な問題など些細な事件でしかなかった。この見滝原では恐ろしい邪悪が潜んでいる。
アラもう聞いた? 誰から聞いた?
赤い箱のそのウワサ
人のいる場所にいつの間にか置かれている真っ赤な箱。
中には【人間一人分】その全てが敷き詰め入っている。
学校に置かれていたら、生徒か先生か誰かヒトリいなくなっている。
病院に置かれていたら、患者か医者か誰かヒトリいなくなっている。
ヒトリで居たら、恐ろしい怪物がその人間を箱に詰め込んで鑑賞するって
見滝原の住人の間ではもっぱらのウワサ!!
チョーサイコ!
………事件は無差別だ。
『箱』にされている人間に共通項はなく、警察の捜査も難航を極めている状況だとか。
これも最近の話。まだ一週間経過していない。
少女はフト思うのだ。確か……アイルが不登校になった時期も同じ位だな、と。
だが、彼がサイコ染みた猟奇殺人犯には到底思えない。隣人を疑う抵抗とは違う。
明らかにそうじゃないだろう。第六感に従った確信めいたものである。
けど――分かっている。
少女は頭の中で決定的な『ナニカ』が引っ掛かっていたのだ。もしかして、アイルは知っているのかもしれない。
……自分が、探偵か警察気取りで追及したところで、無意味だけど。
少女は、授業を聞き流しながら、教室の窓より見滝原の都心を眺めていた。
私が居た町って、こんなのだっけ………
■ ■ ■
見滝原にある都市開発途中の地域。その廃墟にて
「あーあ、やっぱりか」
血まみれの少年、のようなナニカが心底残念そうにぼやいた。
そこには完成された『赤い箱』があり、怪物は退屈そうにそれを観察し終えている。
これで一体何人目だったろうか。数に関してあまり興味も無い。彼にとって重要なのは『中身』なのだから。
少年は『怪盗』だった。
最も世間体で知られている定義に当てはまる怪盗ではない。略称なのだ。
『怪』物強『盗』。
未知を示す『X』と不可視――『I』nvisibleから準えてメディアからは『怪盗X』と名付けられた。
無論。少年にとって本名ではないのだが、本人も本当の自分を分かっていない。
分かっていないからこそ、こうして『箱』に人間の全てを敷き詰め、自分を探す手掛かりを得ようと奔走している。
「馬鹿げた儀式は終わったか」
グロデスクで異色な光景に顔色一つ変えず、長髪の大男が恐れる様子なくXに対し告げた。
一応ヒトらしい姿をしているが、X同様全く人間とは異なる能力を備えた存在・サーヴァント。
マスター側のXですら脅威的な身体能力と再生能力、様々に姿を変化させる細胞を使った『変装』。
にも関わらず。
Xが召喚したサーヴァントは顔色一つ微動だにしないのは、彼こそX以上の怪物である他ないからだ。
『バーサーカー』のクラスで召喚された怪物の言葉に、どこか捻くれた様子でXは答える。
「一応『怪盗』をやってるんだよ、これでも」
「フン……」
怪盗、か。理解できん。
バーサーカーは一つだけ決定的な事実だけを得ていた。紛れも無くXは人間であるということ。
柵(しがらみ)を求めて、自身の存在理由に価値を見出そうと、どうにかして世に自らの痕跡を刻まんとする意志。
人間のソレでなくて、何だと云う?
真理に近いバーサーカーの思考だが、当然打ち明ける必要もない。
バーサーカーが思うに、言葉だけでXのような輩が納得をする訳がないし。したらしたで聖杯獲得から路線が外れる。
聖杯を得るにも、余計な手を加える必要は無い。
「ここに集められている奴らは皆『同じ』に加工されている。それが分かったかな」
記憶の封印。
Xもそうだが自身の能力どころか記憶が封印され、マスターとして覚醒するまでは怪盗とは無縁であった。
否。細胞が常に変異し続け、自分が自分でなくなってしまう恐れもあったのに。
逆に、正常な状態で『怪盗X』を取り戻せたのが奇跡である。
無論。全員が全員、記憶が封印されたマスター候補でもないらしく、人間っぽく加工された類をXの観察眼で見通せた。
魔術の類はまるで知識にないが、これほどのものかとXは関心を抱いていた。
そうそう、と物のついでのようにXが言う。
「最近『ウワサ』を聞いたんだよね。―――悪の救世主って奴」
漸くXがバーサーカーの方を振り向いた時。
箱にされた人間が所持していた板状の機械――スマートフォンを、パズルのように分解し、弄んでいるバーサーカーがいる。
バーサーカーは嗚呼と呟く。
「サーヴァントであろうな。それも……人間の意識を操作する類のスキルを持った」
「なーんだ。知ってたんだ」
Xは心底つまらなそうな態度で背伸びをした。
アラもう聞いた? 誰から聞いた?
悪の救世主のそのウワサ
悪人の前だけに現れてくれる素敵な救世主
どんな外道でも彼の前では逆らえない!
でもでも気をつけて?
救われた悪人は彼から逃れられる事は出来ない!
救われる前よりも酷い目にあっちゃう。
善人には関係ないから、むしろ悪人退治の救世主って
見滝原の住人の間ではもっぱらのウワサ!!
キャーカッコイイ!
「どんな奴でも救ってくれる、って。俺でも救ってくれるか試したいよね」
冗談半分、半ば皮肉混じった態度で怪盗はあざ笑う。
怪物じみて――人間など何十何百殺している怪盗を一体誰が『救ってくれる』のか。
違う。
『誰も救わない』からこそ、なのだ。
同時に『救済』の意味も……バーサーカーはスマートフォンの残骸を塵芥のようにバラバラにまき散らす。
「本気でくだらん『ウワサ』だ。人間の本質そのものではないか」
勝手に持てはやし。勝手に祭り上げる。
元よりサーヴァント………英霊には人々による『過大解釈』で構成された怪物も存在するように。
恐らく、ウワサする人間たちの口ぶりから、罪なき悪意により誕生した『救世主』なのだ。
――バーサーカーは『違う』。
闇の一族として、地上の人間を蹂躙し、生物として頂点に君臨する『魔王』――
カーズに救済など不要だった。
そして、人間によって生み出された怪物とは違う、真の怪物なのだから。
□ □ □
「はあ………」
少女は、ただの少女でなくなってしまった。
彼女の名前は『
渋谷凛』。本来あるべき世界ではアイドルをやっていた女子高校生である。
だからだろう。
別に見滝原の町並に違和感を覚えずとも、アイドルではない自分自身に違和感を覚える日が訪れてたに違いない。
結果は同じ。過程が異なるだけだ。
聖杯戦争と呼ばれるものに巻き込まれたのだが……それもアイドルとは無縁過ぎる。
戦争も魔法もない世界から不思議の国に迷い込んだシンデレラ。
未だに状況はサッパリ。
右も左どころか、上下左右どこも支離滅裂な状態の凛が、溜息ついたのは自らのサーヴァントを前にしていたから。
何故なら彼女が召喚したのは―――
「………『怪盗』?」
ほくそ笑みを浮かべる、黒のシルクハットと艶やかなマントを翻す、煌びやかな容姿の青年。
凛が召喚した英霊は―――そう『怪盗』だった。
凶悪犯罪者……見滝原を恐怖に陥れている猟奇殺人鬼と比べれば、まだマシなのかもしれない。
だけども。
怪盗、とは。怪盗を相方に聖杯戦争を勝ち抜けというのは、些か難しい話ではないか。
最も――凛は、聖杯を求めている訳ではない。この先、元のあるべき『アイドルの世界』に戻れるかが不安に感じているだけ。
加えて、一つ心配事が増えたのが説明するまでもない。
「まさかとは思うけど……何か盗むつもりないよね」
「まさか。召喚された以上は『怪盗』の名に恥じない様、盗み出すとも」
凛の反感を買うのも承知で堂々と宣言する怪盗の態度は、いっそ清々しい自己顕示欲を露わにしていた。
そして、凛もどこか予感していたので、変に驚いた様子もない。
ただ。
怪盗は少々顔を曇らせる。
「しかし……マスターも知っての通り。問題は『何を盗み出すか』の一点に絞られる」
「何を、って」
確かに『聖杯』を盗む。なんて普通のお宝目当ての、それこそ怪盗の定番方針を引っ提げるならまだしも。
聖杯戦争においての『聖杯』は、優勝賞品じゃあない。
自らの手で『聖杯』を作ると言っても過言な表現とも違う。
とにかく、怪盗にとっての『盗む標的』がサッパリ見当たらない状況。
「君の問いにはこう答えよう。『まだ盗む物は決まっていない』」
「できれば何も盗んで欲しくないんだけど」
「ならば、君は手を穢し『聖杯』を欲するのかな?」
「願いなんてないよ」
「それは安心だ。そして君も安心してくれたまえ、マスター。私は怪盗の信条にかけて、決して人を傷つける事はしない」
「―――」
なんだろうか。この説得力は。
不思議にも信頼できるような……だからといって盗みを『良し』とする訳ではないのだが。
戸惑う凛を余所に、世紀の大怪盗は予告するのだった。
「マスター。君は特等席で私の華麗なショーを見物出来る幸運の持ち主だ。必ずや偉大なる宝を君の前で盗み出そう」
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最終更新:2018年07月07日 21:33