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夏の朝
早めに起きた今日
鏡の前に立つ。外はまだ涼しいが、もう2時間もすれば夏のそれになるだろう
「ん……」
俺は昨日とまったく同じ事で悩んでいる
首に巻いたチョーカー。ただ一日の、彼女からのプレゼント
「ダメだよな……でも、一応、聞いてみるとか」
悩んでは朝食のパンを食べ、悩んではシャワーを浴び、悩みつつ歯を磨く
もう大抵の、悩む片手間に出来ることはやってしまった
「……持っていこう」
結論が出た。持って行く。着けていくんじゃない
鞄の中でぐしゃぐしゃにならないように、硬いケースに入れる
「…………なんか、このチキンっぷりが超情けねぇ……」
着けて行きたいけど、没収は怖いので許可が出るまで鞄の中
我ながら恥ずかしい葛藤をしてると思うけど、決めたからにはやるぞ。
「んじゃ、早めに学校行かないとな……居るかな、サベッジ」
6時半に家を出る。この登校時間の早さも、理由が理由で恥ずかしい
「…………」
職員室をこそっと覗く。幸い、生徒には全然出会わなかった
7時前だ、当たり前だ。
しかし、残念な事にサベッジ……もとい担任教師鳥恩までいない
「ぐぁーギリギリタイプだよな~どう見ても」
職員室を覗きつつ、「ここで待ってようか」とか考えていると
「何をしている遊佐洲彬」
「うおっ!……おはようございます」
後ろから問題のサベッジが現れた
「おはよう。何だ、今日はやけに早いな遊佐洲彬
いつものギリギリ洲彬はどうした?」
「あー……まあ、人は目的の為に成長するというか……」
「ふむ……?」
「いやちょっと先生に聞きたい事があって、早くきたんです」
「ほう!この私に質問する為に?なるほど、いやなるほど」
目をキラキラさせている鳥恩教諭
「何だね。やはりこの私の謎と栄光に彩られた過去についてかな?
そうだな、始まりを辿ればあれは小学生の時だったかもしれん」
「いや、校則についてなんすけど」
……………………
蝉の声が場を支配する。一時の沈黙
「なるほど。で何についてだ転校生」
あからさまに嫌な目すんなよこのバカ毛
「ええと、装身具?についてなんすけど……チョーカーとかありっすか?」
「装身具っ!?そ、う、し、ん、ぐ?SOSHINGとな!!!
しかもチョーカーだと!?…………チョーカーって何だ」
「あー……こういうやつなんですけど」
鞄からケースを取り出し、中のものを首に巻いて見せる
「おまっ、お前これは厳しいだろういくらなんでも」
「はぁ…………そっすよね……」
ま、そうだよなー。わかってたとはいえ、脱力
「ふむ…………?」
鳥恩は俺の落ち込む姿と、ケースを交互に見ている
「一つ聞くが遊佐洲彬、何故それを着けて授業を受けたいと思ったのだ?」
「いや、授業っていうか……着けておきたかったから、かな……」
好きな先輩からのプレゼントだからつけたい、とか言えないっすよねーー
「ふむ……ではもう一つ聞くが遊佐以下略
それはお前にとって重要な事なのか?」
「……ええ、まあ。早起きするくらいには」
「その程度なのか」
「いやぶっちゃけマジ重要です有り得ないくらいですこれホント俺の一世一代
かかってんじゃないかってくらい必死なとこなんすよ今俺たぶんこれ着けて
学校来れたら絶対ハッピーになれるんじゃないのかなっていうかダメだった
らリストカット超えますよたぶん行くね俺ダイブするきっと!!」
「ふむ…………つまり」
「超重要です!」
この答えに鳥恩先生はふむーと頷いて
「よし、いいぞ」
「え、まじで??」
「MAKASERO!!私のクラスの生徒の重要問題
私がなんとかしないでどうするんだ?遊佐以下略
他の先生方から何か言われたら私の名前を出せ、一歩も引くな、いいな!」
「い……イエッサー!!!」
「一応私からも朝の会議で出しておこう。それでは、励めよ」
キラッと歯を輝かせて職員室へと入っていく担任教師
やばい、俺あんたの事本気で見直しちゃったよ……
と、いうことで、これで校則を言い訳には出来なくなった訳だ
「ん、ここまで来たら、似合ってないとかガラじゃないとか
もうそんなのは知ったこっちゃないからな」
意を決してチョーカーを着け直す。小さな銀の月がついた黒絹の帯
聖辺りに引き千切られないように気をつけないとな
……ぶっちゃけて、そんな事されたらたぶん本気で切れてしまうだろう
最悪の事態は、未然に防ぐ。これだ!!
とはいえまだ7時前。中庭でもぶらぶらするか
夏の朝7時。心地よい暑さに大きく伸びをする
緑はまだ朝露に濡れて瑞々しく、その光景は俺に
「朝の散歩ってのも、いいもんだな」
なんて思わせてくれる
テラスに向かって歩く
予感があったというか、
ただ単に、そうだったらいいな程度の期待だったんだけど
「あら…………」
彼女はそこにいた
「おはよーございます、早いっすね」
「おはようございます……遊佐君、それは……」
こっちの胸がじんとする程、破顔する先輩
「一応、没収されたくないんで先に許可取ってきました」
頭を掻きながら……ああ、たぶんへらへらしてるんだろうな……報告する
「無理をしなくても良いと言いました」
ごねる様に、嬉しそうに先輩がいう
「言いましたね」
あ”~~~~にやけてるんだろうなぁ~~俺
「遊佐君の好きな時に着けてくださいと、言いましたよ」
「呼び方が違ったけど、そうですね。だから好きな時につけましたっ」
「もうっ……」
眉を八の字にして先輩が笑う
こんな顔を見せてくれるんなら、そりゃ毎日つけるさ
先輩と俺は、5メートルくらいの距離を空けたまま立ち止まっている
2人の間を、木々から漏れた光が長く差し込んでいる
今の光景を絵にするなら、きっとこの距離が一番いいに違いない
その距離を少しの間楽しんでから、彼女に歩いていく
「……似合ってるかな、制服と」
「ええ───とっても。貴方だからよ」
……朝からなんだか、歯が溶けそうな雰囲気きたなコレ
しかし、まあそう上手くいかないのが世の常というか
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
遠くから変な叫び声が聞こえる
「邪念っっっかーーーーんちっっ!!」
「マジかよっ!半端ねえ、ホント半端ねえあの人!!」
「ふふふ……あれかしら」
ひらっと先輩の指差した方から、なるほど、何かが迫ってくるのが見える
「敵か味方かどっちなんだよあんたは……!」
先輩の手を取って逆方向、特別棟へ走り出す
「あっ……ふふふ。遊佐君、あんまり激しいのは苦しいわ……」
「あ、すんません……って、先輩割と足速いですね」
「誰だ!?、お前らだなっ!?くっ……待ちなさーーーい!」
程々に逃げたり隠れたりしているうちに予鈴前になった
先輩と別れてこそこそと教室へ向かう
「おはよーっす」
「おはよう~遊佐くっ……うわー今日はなんだか」
「お、遊佐。今日はかっこつけてるね~」(←誰でもいいし台詞変えてもいい)
「お早う遊佐。その首のモノは学業を本文とする者の装身具として
相応しくないと、風紀委員は判断する。即刻外してもらおう」
「おはよう早乙女さん。
真剣出される前に言っておくけど、鳥恩教諭から許可が出てる。
だから校則違反にはならないはずだ、引いてくれ」
「なにっ……!?君は一体どんな手を……買収……賄賂……?
いや、鳥恩先生はその辺りには厳しい方のはず……」
「お~やる~遊佐、かっこいいぞ~~」
「おーサンキュ井草さん」
「何を気取ってるんだ、遊佐の癖に」
そうそう、こいつに先手を打っておかないと
「あそうだ聖。これ、俺にとって大切なものだから
俺を殴ってもこいつを傷つけるのはやめてくれ
大切なモノは守りたいって、わかってくれるよな」
「むっ……そ、そのくらい二度押しされなくてもわかる!
……というか、そんなに大切なら学校になんて持ってくるな」
「あーそうだったな……毎日猛犬と顔合わせるってのに、無用心だった
そこはお前のいう通り。けど普通のクラスならきっと何のもんだっっ」
殴られた。いつもは顔なんだが、心なし首から離れた頭の天辺への鉄槌
「お前は、殴ってもよかったんだよな?」
「……おう、サンキュ……」
「…………」(←これ茜)
「…………(ニコッ)」
「……………………」(←これ茜)
「……………………」
予鈴が鳴る
「お早う諸君!それでは本日のHRを始める!!」
心の教師が教室に入ってくる。目があって
「……(キラッ)」
「……(グッ)」
心の挨拶終了。意外にあっさりとクラスに受け入れられて、ほっとした
「ねえねえ遊佐君」
ましろがこそっと話しかけてくる
「ん?どした?」
「それ、遊佐君にすごく似合ってるね」
「……はは、サンキュ」
そうストレートに言ってもらえると、やっぱりストレートに嬉しいもんだ
……さて、早起きのツケはもうすぐやってくる
今日の授業の中で安全そうなのは、どれかな…………
昼休みが5分程たった頃、教室前が微妙にざわめいた
「ん……」
まあ、ちょっとだけ予想がつくけど
「こんにちは。遊佐君のクラスは、ここでしょうか?」
「「「「……………………」」」」
クラス全員がこっちを向く。
寝ていた毛森さんまで木から首を伸ばしている
……いや、君はただ流れに乗っただけだな
「遊佐君っ、あの人だれっ?」(←ましろ)
「3年の人だよな、確か」
「黒井先輩だ……遊佐、まさかお前っ……!」
「…………はは」
普通の来客ならこうも過剰に反応はされないだろうが、先輩の手には
「お弁当持ってるっ、二つ持ってるっ」(←ましろ)
「遊佐ああああ」(←友の誰か)
「ほっほぉーやるね~遊佐君」(←誰かキャラ的にこんなこといいそうな子)
「ははは……」
「あら、お邪魔だったかしら」
「なわけないっす、今いきます」
「「「おおぉ~~~」」」
…………なるほど、恥ずかしい
好奇の視線を浴びに浴びて教室を出る
「ごめんなさい、恥ずかしかったですか?」
「あーいや……まあちょっとだけ。気にしないでください」
中庭にでる。今日は暑いので、木が低めのテラスより日を凌げるとの判断
天気が良くて、なんだかピクニックみたいだ
「この辺ですか?」
「ええ、たぶんこの辺り……ああ、あそこですね」
先輩の手の先には大きな木と、その下に陣取る
青島さんがいた
「あ、青島さん。てことは」
「ええ、まりなちゃんも一緒にと思って。
…………2人の方が良かったですか?」
まあ、2人きりじゃないのは、ほんのちょっとだけガッカリしたが
「いや、3人でも問題ないですよ。楽しそうじゃないですか」
「ええ、良かった。………………
ありがとう、まりなちゃん
待たせてしまいましたか?」
「ノープロです、サー」
「こんちは、青島さん」
「こんちは、サー」
相変わらずだ。
「それでは、頂きましょうか」
「じゃ、いただきまっす」
「頂きサー」
「それ微妙に意味変わってるね……」
ミンミンと騒がしい蝉の声も、なんだか心地良いような、そんな感じ
「……あれ?このご飯……」
温かいぞ?ウィンナーも食べてみよう
「……味付けがおかしかったですか?」
「いや、美味いです。でもなんだか、温かくて、つくり」
作りたてみたいな
「あ、ええ。4限目を抜け出して、家庭科室をお借りしましたので」
あ、マジで作りたて?
「ぬぁ!そうだったんですかっ」
「出来立ての方が美味しいと思いまして」
にっこりと笑う先輩
「そ、そこまでしてくれなくても良かったのに……
すんません、大事な時期に授業の邪魔しちゃって」
「いいえ。授業内容は後で大体把握できますから」
たはは、優等生
「まりなちゃん、どうかしら?」
「玉子の焼き具合が」
グッと親指を立てる青島さん
「ふふふ……よかった」
いつもは放課後、暮れる日を望みながらお茶会の俺達が
今は昼間、照る日の元で弁当を食べている
舞台へ立つ事すら許されなかったエキストラが、やっと役をもらえたような
いや、部室でのお茶会も全然好きなんだけどね俺
昼間の先輩は、その存在自体がまるで陽炎のようで
だからこそ、そんな彼女が太陽に自分をかき消されてしまわないように
俺はこの人をもっと見ていたい。
月(うそ)ではなく、太陽(ほんとう)の光の下で
「遊佐君?」
「え?あ、はい?」
「なんだかお爺さんのような目をしていましたよ」
「えぇ?あーちょっと考え事してたからかな」
「まあ、何かしら」
「夏休みになったら何しようかなーとか
部の3人でどっか遊びに行くのはどうかなーとか」
「…………ごふっ」
青島さんが喉をつまらせる
「おわっ、大丈夫?」
「あら、まりなちゃん。……はいお茶、平気?」
「……」
ずずっと鼻を啜りながら青島さんがコクコクと頷く
「そうね。休みには、みんなで遊びにいけたらいいわね」
「となるとどこかって話なんですけど
やっぱり夏だから海かなーとか、でも夏の山も青々としてていいんですよ」
「海ですか……そうね。行ってみたいわ」
「んじゃ、海がいいかな。どうせなら賑やかにやりたいから
俺や青島さんや先輩の友達も…………っと、先輩静かな方が好きですっけ」
「賑やかなのも好きよ。
ええ、まりなちゃんのお友達にもお会いしてみたいですし」
「…………」
「ね?…………まりなちゃんは、海は嫌?」
「…………」
じっと先輩を見つめる青島さん。ゴクリ
優しく先輩が微笑んで、頷く
「…………はい」(←青島さん)
「お、青島さんもおっけー?」
「海は、生命の神秘がエクセレント……興味深いです」
「ふふふ……生で食べてはダメよ?」
何をですかっ!?とか今までの俺なら言ってたんだろうが
「いや、でもウニくらいなら大丈夫ですよ。俺も割って食べたことありますし」
そうはいかん。人は成長するものなのだ
「ウニですか……食べた事がありません。楽しみです」
「俺はあんまり好きじゃないですけど、あの味がいいって人多いです
あー海なら網とか持ってって、バーベキューが定番だな」
「ふふふ……楽しそう。テントはいるかしら?」
「泊まりかぁ……みんながいいなら、それも要りますね
でもそうすると電車とかじゃダメだよなぁ……ううーん……
ま、なんとかします。たぶん大丈夫、任せてくださいっ!」
「まあ……遊佐君、夏の王様みたいね」
「んまー自慢じゃないですけど、
小学生の頃宿題燃やしたのバレて、すごい絞られましたからね!
……あーまあ、つまり宿題やる間も惜しんで遊んでたってことです」
「ふふふ……もう、遊佐君らしい
……まりなちゃんは宿題は燃やす方?」
「ちゃんとやります。けどやった後のプリントには特に意味がないので」
「…………俺と同罪に貶められるって訳か
先輩は……聞くまでもないですね」
「まあ、どう聞くまでもないんですか?」
「いや、絶対やるでしょ。しかも最初の一週間くらいで」
「困りました。そんなに美化されていると、真実を口にするのが苦しいですね」
「また……そんなフリはもう通じませんから」
「……ええと、本当に心苦しいわ。言わない方が遊佐君の為ですね」
「え……え、まさか本当に先輩も……?」
「ふふふ……」
くう、普通に聞いておけばよかった。気になってしょうがないぞ
と、なんやかんやと迫る大型連休の話をしていると予鈴が鳴る
「あ、もう時間か」
「楽しい時間は過ぎるのが早い、というお約束ですね」
「……頂きました」
「まあ、普通はご馳走様かな……」
それぞれが立ち上がり出す
「楽しかったわ、遊佐君、まりなちゃん
よろしければ、またご一緒しましょう」
「勿論、でも先輩が4限目をボイコットするのが怖いんで次からは弁当じさ」
「駄目です、私がつくりますから」
「うー……じゃあ4限目出てください」
「ふふふ……厳しいですね」
「私は5限がこっちなので」
と、特別棟へ向かう青島さん。あ、教科書持ってきてる、準備いいな
「んじゃーまた後で」
「まりなちゃん、頑張ってね」
「それじゃ、俺達も戻りますか」
ええ、と頷く先輩と、中庭玄関まで一緒に歩く
「うわ、もうみんな教室入ってますね」
「ええ、先にいっても構いませんよ」
廊下には殆ど人がいない。
ちょっと急いだ方がいいかな、と階段を上りかけた時
ハタッと、後ろで音がした
「え─────せんっ」
先輩が壁に手をついている。急いで駆け寄る
「あ……遊佐君?」
先輩は気絶しそうな顔で俺を見上げる
「大丈夫ですか?先輩、具合悪いならどうして……」
「ごめんなさい心配かけて。大丈夫なのよ?少し眩暈がしただけ……」
「な訳ないでしょう。そんな顔で何言ってるんですか
早く保健室に…………」
「いいえ、大丈夫。保健室は……必要ないわ
あそこは……空気が嫌なの。少ししたら落ち着くから……」
「でもこうしてたら、俺じゃなくても見つけた先生が連れていきますよ
ほら、行きましょう」
「お願い……保健室は……」
苦しそうな先輩が訴える
「じゃあ……どうすれば」
「外に……お願い、どこか風の当たる所に────」
「そんな、だって……」
その外にでていたせいで、熱でやられたんじゃないのか?
そこにもう一度連れていけだなんて、無茶を言ってくれる
「……日が強すぎて、悪化しますよ
……そうだ、そこの教室、確か……」
以前1年生の教室だったと思わしき空間。今はそれを示すネームプレートがない
先輩を担いで、教室に入る。蒸し暑い
急いで窓を開け、その窓際の
日光が差し込まない部分に机を並べて、休ませる
「くっそ……ずっと閉めてたから……」
これじゃ風の通りのいい外の方がまだましじゃないのか
苦しそうな先輩を見る
ああ畜生。先輩がこんなになってるのに
休める場所が必要なのに、どうしてこんなに暑いんだ────
「風が要る……ああクソッ暑い……風が……」
風の魔法式を使おうとしているのに、違う式が浮かび上がる
違う、そんな式は知らない………………知らない?
そんなはずはない。全ての知識は頭にあるから、これは別の……
どうしても使えと頭が騒ぐ。仕方なくそのわからない魔法式を使う
パキン、と教室の隅で音がした
教室に冷房が入ったような感覚で気付く。ああ、今のは
「……氷の魔法式。遊佐君は時間外活動が本当に好きね……」
「先輩、大丈夫ですか?寒くないです?」
「ええ、涼しくて良い気持ち……風の暖かさも気持ち良い」
ガランと、誰もいない教室で2人
グラウンドから漏れる光と、生徒の声。ピーと鳴る教師の笛の音
「……遊佐君、私のことはもういいですから」
「授業なら行きませんよ、俺サボリ大好きですから」
「…………厳しいわね」
クスリと笑われる
「先輩、今日はもう落ち着いたら帰った方がいいですよ」
「いいえ……大丈夫。こればっかりは譲れませんから」
「だってそんな調子じゃまた……」
「私の居場所はここなの。お願い遊佐君、私は大丈夫だから……」
「……んな、お願いとかずるいっすよ……」
「ええ……ごめんなさい、ずるいですね私は」
しゅんと笑う先輩
「その代わり、ちゃんとここで休んでくださいよ。俺が見張ってますから」
勿論見張る対象は教師や生徒の往来ではなく、先輩
「…………はい」
5限の終わりに、教室を出る。先輩には強く居残りを命じた
飲み物とか、
タオルとかの調達のためだ
「っし、後は……洗面器……とか難しいなぁ……どうするか」
2階購買横の自販機でスポーツ飲料を買い終わって、考え込む
「あ~~~~遊佐君~~!サボリが何してるの~~~」
「うごっ、ましろっ……と聖」
「大方昼休みの先輩と一緒だったんだろう。いわゆるバカップルだな」
「残念だがそれは、ない」
本当に残念だが、付き合ってる訳ではないのでバカップルには該当しない
「む~しかも何か調達してるし……まさか次もサボる気ね?」
「いや……ホント頼む。ましろ、聖、見逃してくれっ」
パンパンっと2人にお参りしてみる
「……むぅ~。そんな神社にお参りみたいな事されても……」
「ましろ、神社には参るには賽銭が必要だ。遊佐には飲み物を奢ってもらおう」
すかさず自販機に千円札を入れる
「了解しましたっ。ささ、どれでも好きなのを」
「じゃあ私はこれだな」
ガコンガコンガコンガコン
「おいちょっ……ボタン押しすぎだろお前
トイレ我慢してたんなら先にいってこいよ!」
「ましろはどれにする?」
「むぅ~……つぶつぶぱまま」
ガコンガコンガコンガコン
「早押しクイズじゃねえっての!止まれ聖っ!」
つり銭口から銅硬貨が4枚落ちてくる。トホホ
「早くいったほうがいいぞ?遊佐。もうすぐ予鈴だ」
「くー……おにぃ!」
勝ち誇る聖と、むーむー唸るましろから走って逃げた
…………が、こいつは無理だなたぶん
階段を降りようとする俺に立ちはだかったのは
「…………」(←茜)
「あー……また後にしないか?」
その眼は「今すぐだ」といっている
「……なら急いでくれ。もうすぐ予鈴鳴るだろ」
ちら、と彼女が俺の装備を見る
「……そんなことをしても無駄です
貴方だっていい加減に分かっているんでしょう?」
1、分かっている
2、分からない
3、何のことだ?
1
「…………」
「この場合の沈黙は肯定ですよ
……なら、分かっているのなら何故────」
「一緒に居たいって思うのは、悪いことなのか?」
「……っ」
茜が怯む。泣きそうな顔をした気がするけど、たぶん気のせいだ
「……でも、間違っている」
「そんなことは知らない。悪い、先いくぞ」
言い捨てて、茜の横をすり抜ける。
彼女には、もう言うことは言った。これ以上はないだろう
「馬鹿…………」
んなこたぁ分かってるよ。一応、頭の中で返事をしておいた
2
「分からないな」
「……っ、いつまで見ないフリをする気ですか!
そんなことをしても、結局貴方が」
「一緒に居たいって思うのは、悪いことなのか?」
「……っ」
茜が怯む。泣きそうな顔をした気がするけど、たぶん気のせいだ
「……でも、間違っている」
「そんなことは知らない。悪い、先いくぞ」
言い捨てて、茜の横をすり抜ける。
彼女には、もう言うことは言った。これ以上はないだろう
「貴方は…………」
貴方は、何だよ。言うならはっきり言えよと、頭の中で突っ込んでおいた
3
「何のことだ?サボリの事なら、黙ってて欲しいんだけど」
「…………っ!」
イライラを最高潮に高めて茜が睨む
いきなり変な質問したかと思うと、激怒とか、こいつは本当に訳がわからん
「……ここまで馬鹿だとは……
……ええ、分かりました。ならもう私から言うことはありません」
「はぁ?まあ馬鹿だけど……」
茜は怒りのオーラをメラメラ燃やして、俺の横を通り過ぎた
……まあ、何かしらんけど良かった。さっさと先輩の所へ戻ろう
分岐糸冬
「ただいまーっと。先輩、具合どうですか?」
「大分……ええ、落ち着いてきました」
飲み物を渡す
教室は少しずつ元の温度に戻りつつある
まあ、俺の魔法力じゃ1時間保たせるのが限界だろう
それでも、冷えた室内に吹き込む風、と
あと1時間程暑さを凌ぐには十分だろう
「あと、はいこれ」
水を絞ったタオルを渡す
「ありがとうございます」
「先輩」
「はい?」
「…………いや、なんでもないっす」
笑って誤魔化す
返ってくる答えが分かりきっている質問なんて、する必要はない
うふふと先輩が笑っている
「いや、ホント何でもないですからっ……」
「いえ、やっぱり何度見ても嬉しくって
…………今日は、ずっとその事ばかり考えていました」
「あ……」
首に巻いた薄い、黒い帯
正直ちょっと暑かったりしたが、それでもずっと着けていた
「これからはずっと着けてきますから、その内慣れちゃいますよ」
……朝のような先輩の笑顔を毎日期待できなくなるのは、正直ちょっと残念だけど。
でもそれはこれからの、他の事で俺が頑張って、見つけるべきだろう
はい、と先輩は頷いて、胸の前で両手を組む
いや、組んでいるんじゃなくて、それは左手の何かを右手で愛しむ動作
その左手には、禍々しい、安物の、あの日の…………
胸が高鳴って、目を逸らす。
見続けていたら先輩に聞こえてしまうかも知れない
誰もいない、2人きりの教室。
夏休みになったら、彼女と何をしよう?
海に行って、夜まで騒いで、街にもいって、またこの前のように遊んで
ダルい日には家の中で涼んで、勉強も……ああ、これは保留だ。
たまには中島達と男だけで馬鹿やる時間も必要だけど
先輩としたい事は纏められない程沢山ある
ああ、こういうのって、告白とかをしてからの方がいいのかな
そうだな……今すぐは勇気がないけど、休みに入るまでには────
最終更新:2007年03月13日 11:58