今日は流石に迷うことなく喫茶店まで来た。
遊佐「……開いてないけど」
今日は休みにしたのだろうか。
CLOSEという文字が目に入る。
病院に居たので携帯の電源を切っていたのだ。
遊佐「うーん」
電話をしてもいいものかどうか少し悩む。
携帯を取り出す。
遊佐「してみないことには、わかんないしな」
俺は思い切ってかけようとする。
店長「遊佐君じゃないか」
道の向こうから松下さんがやってきた。
遊佐「あ、今電話しようと思ってました」
俺は携帯を閉じる。
店長「いや、すまなかったね。電話しても通じなかったんだ」
遊佐「すいません。病院に居たんで切ってました」
店長「なるほどね」
店長が店の鍵を開ける。
遊佐「今日はお店やるんですか?」
店長「いや、今日は休みにしようと思ってね」
遊佐「そうですか」
それなのに開けるのか。
店長「少し、話していかないか?」
遊佐「そう、ですね」
断る理由だって無い。
それに、店長が話をしたがっている。そう感じた。
遊佐「そうします」
少しひんやりした喫茶店に入っていく。
蛍光灯がつけられる。
店長「適当に座って」
俺は真ん中のイスに座った。
端っこに座るのも居心地が悪いと思ったからだ。
店長「コーヒー淹れようか」
遊佐「あ、お願いします」
店長「砂糖とミルクはどうする?」
遊佐「砂糖だけで」
店長「わかった」
………………。
店長「お待たせ」
コーヒーカップをもって松下さんがやってくる。
遊佐「ありがとうございます」
良い匂いがする。
遊佐「さすがにブラックなんですね」
店長「ははは」
俺は自分のコーヒーに砂糖を入れる。
遊佐「……」
スプーンで混ぜる。
かちゃかちゃ音が聞こえてくる。
遊佐「……」
一口飲む。
遊佐「あー、おいしいです」
店長「ありがとう」
松下さんも一口飲む。
店長「様子は、どうだったのかな」
カップを置く。
遊佐「今日は比較的元気そうでしたよ」
俺は昼の霞の様子を思い出しながらそう言った。
遊佐「しばらく俺と話してましたし」
今思えば余計に疲れさせたんじゃないだろうか。
店長「そうか。それはよかった」
遊佐「俺が買い物にいった後、寝てしまったんですけどね」
店長「なるほどね」
再びコーヒーを松下さんがすする。
遊佐「俺が疲れさせてしまったのかもしれませんが」
店長「いや、霞ちゃんは喜んだと思うけどね」
遊佐「……」
しばらくの間沈黙が訪れる。
時々コーヒーを飲みながら時間が過ぎていった。
店長「実はね……」
松下さんは重い口を開けた、という感じでしゃべり始めた。
そしてイスに深く腰掛ける。
店長「今日の私の用事というのはね……、霞ちゃんと関係があるんだ」
遊佐「え?」
店長「……もう遊佐君には話していいかな、と思うんだ」
店長「私の独断だけどね」
遊佐「……」
店長「遊佐君も気づいてると思うけど、霞ちゃんよく働いてるだろう」
遊佐「働きすぎじゃないか、っていうくらいに……」
店長「霞ちゃんは、家族のために働いているんだ」
家族のために。
俺の予想にどんどん近づいていっている。
店長「数年前に、父親を亡くしたらしくてね」
…………。
店長「それで霞ちゃんの母親は娘と息子、三人分を一人で養っていかなくてはならなくなった」
まさしくドラマのようだと思った。
俺にはまったく関係の無い話だと思っていた。
いや、本当に存在するのかどうかも実感がなかったような話だった。
店長「本当にあるんだよ、こういう話は」
俺の思ってることにずばり的中していた。
店長「それで……今年のニ月の下旬に母親が倒れたそうなんだ」
遊佐「……それは、過労ですか?」
店長「過労もあったかもしれない。病気になられたそうなんだ」
病気……。
俺はふと霞のことが思い浮かぶ。
店長「でも、もう大丈夫だそうだ」
店長が笑顔を見せる。
店長「今日、退院できる日が決まったんだ」
遊佐「おぉ、それはよかった」
よかったのは霞の母親に対してでもあり霞に対してでもあった。
遊佐「ん、今日?」
店長「実は霞ちゃんがバイトに入ってから何度かお見舞いに行っていたんだ」
遊佐「……なるほど」
何となく分かった気がする。
松下さんを霞のお母さんは頼りにしていたんじゃないだろうか。
店長「それで今日の朝急に呼ばれてね」
遊佐「そうだったんですか」
霞はそんな素振りを見せていなかった気がする。
知らなかったのだろうか。
遊佐「霞は?」
店長「うん、弟拓也君がの私と別れた後に行ったから知ってるはずだよ」
店長「拓也君とも知り合いだったよね」
遊佐「はい」
そうか……。それは霞も安心しただろうな。
遊佐「……どうして俺にそんな大事な話を?」
思い切って俺は聞く。
店長「……君ならわかってくれると思ってね」
わかる?
店長「それに……」
その後の言葉を俺は待った。
遊佐「……」
店長「霞ちゃんを見ていたらね」
………………。
遊佐「どうでしょうか……」
店長「ははは」
自信は……ないこともない。
店長「そう暗くなることでもないさ」
そうは言っても。
店長「大丈夫だよ」
……それでも松下さんがそういうと安心できるのが不思議だ。

遊佐「……」
俺はベットの上で天井を見ながら考えごとをしていた。
遊佐「……」
松下さんの言ってたことが頭をよぎる。
明日、俺はどうするつもりなのか?
今、流れに身を任せてもいいのか?
遊佐「……考えろ」
うつぶせになる。視界が暗闇になった。
遊佐「……」
最終更新:2007年03月27日 02:16