●グラウンド
黙々と作業を進めていると校内放送が流れ、甲賀先輩の声で「30分休憩!しっかり休みな!」と発せられた。
俺はとりあえず木陰に入り、「支給品でーす」と配られたジュースを飲む事にした。
缶の蓋を開け、グイっと一口。
冷たい液体が喉を抜け、食道を走り、胃へ注がれるのがわかる。
胃の内壁をつめたい液体が滑り、自分の胃の形を認識できた気がした。
【俺】「ふぅ……、潤った感が素敵」
【???】「遊佐君って、独り言多い人なん?」
驚いて声のした方へ振り向くと、木にもたれ掛かった武僧先輩がいた。
「隣ええ?」と聞かれたので、「どうぞ」と促した。
俺の隣に座った武僧先輩は、一度大きく息を吐いて「流石に疲れたわぁ」と呟いた。
話を聞くと、木材やらの搬入を手伝っていたらしい。
体は小さくても力持ちな先輩は、体育際実行委員に助っ人として借り出され、
男子でも大変な重労働を何往復もしていたらしい。
【都】「細かい作業は苦手やねんけど、アレならあたしでも力になれる。
少しでも役に立ててたらええんやけどなぁ」
俺は「十分過ぎるほど、役に立ってますよ。きっと」というと、「
ありがとう」と笑って答えた。
そして纏めていた髪を解き手櫛で整え始めたが、
汗でべたついてごわごわになった髪が、時々引っかかってやり辛そうだった。
【???】「櫛くらい携帯しておいたらどうだ?」
【都】「にゃ?」
声の主は村崎先輩だった。
彼女は携帯ヘアブラシをポケットから取り出すと、おもむろに武僧先輩の髪をブラッシングし始めた。
武僧先輩は彼女に全てを委ね、気持ち良さそうにしている。
※
バリケード班の場合、以下
【俺】「お疲れ様です、村崎先輩」
【村崎】「うむ、さっきはご苦労だったな。おかげで、予定より早く作業が終わりそうだ。
助かったよ、ありがとう」
【都】「なんや、遊佐君と知り合いやったんかぁ」
【村崎】「ああ、バリケードを作るのを手伝ってもらっていた」
村崎先輩が「良し、こんなもんだろう」というと、武僧先輩は長い前髪を束ね頭の上で留めた。
※
装飾班の場合、以下
【村崎】「こんにちは、君達の作業は順調かい?」
【俺】「え、ああ。はい、特に問題も無く進んでました」
急に振られたので、どもってしまった。
生徒会補佐という腕章をつけているのを見るに、準備の進行状況を把握したかったのだろう。
村崎先輩は「そうか、それは良かった」と答えた。
【村崎】「都、もう少しマメにブラッシングしておけ。
ただでさえ癖毛なのだから、ブラシが通りにくくて仕方無いぞ」
【都】「う~ん……」
【村崎】「面倒とか言うのだろう?家や身近な物は綺麗にするくせに、
自分の事となるとずぼらだな」
【都】「だって~、せっかく綺麗にしとっても、どうせすぐ乱れるや~ん?
そんなら、後でやってもええやんかー」
【村崎】「淑女たるもの……」
【都】「あたし、淑女ちゃうねん」
【村崎】「むっ……。否定はせぬが、お前も女の子なのだから、云々……」
村崎先輩のお小言は続いていたが、武僧先輩は慣れたように聞き流し、
飼い主に毛繕いされているペットよろしく、ただひたすらに髪を梳かさせていた。
村崎先輩のお小言も終わり、「良し、こんなもんだろう」というと、
武僧先輩は長い前髪を束ね頭の上で留めた。
※以下、共通
【都】「ありがとう、リューちゃん!」
村崎先輩は「うむ」と一言頷いて、「ところで……」と俺の方に顔を向けて言葉を続けた。
【村崎】「空手部はどうだ?もう慣れてきたか?」
【俺】「えーと、俺はまだ正式な部員では無いので……」
なぜ村崎先輩が、俺が空手部にかかわっている事を知っているんだろうか疑問に思ったが、
なんとなく甲賀先輩の顔が浮かび、真相はさだかではないが一人で納得した。
【村崎】「む、そうなのか。私はてっきり、もう部員になっていたのかと思っていたよ」
村崎先輩は武僧先輩の前にしゃがみ、少し険しい顔でじっと見つめている。
それに耐えかねた武僧先輩は、ぷいっと目線をそらす。
村崎先輩が大きなため息をつき、やれやれと漏らした。
【村崎】「また新入部員を逃すつもりか?」
武僧先輩の体が小さく震えた。
【俺】「あの~……、またって?」
村崎先輩はかぶりを振り、「まあ色々とあってな」と一言だけ返してくれた。
【都】「むぅ……、別にそんなつもりはあらへん。
けど、遊佐君は転校してきて日も浅いんよ?
あたしが勝手に取り込んだら可哀相やんかー」
言葉を選ぶように、ゆっくりと言った。
【村崎】「なるほど。つまり、今の彼ではやっていけないと言いたいんだな?」
武僧先輩は慌てて「そんな事、言っとらんよー!」と否定する。
しかし、逆にその慌てっぷりが真相を裏付けていますよーっと勘ぐってしまう。
たしかに、やっていける自信があるかと問われれば、「無い!」とキッパリ言ってしまいそうなほど、
武僧先輩が厳しい特訓をしているのを見かけていたが……。
村崎先輩が「ならこういうのはどうだ」と俺達に提案を持ちかけた。
【村崎】「まずは本人の意思確認だ。君は空手部に興味はあるようだが、入部する気持ちはあるのか?」
※選択肢:変化は村崎先輩の遊佐に対する信頼度
1:「うっす!粉骨砕身、全身全霊を傾けて空手部に身を投じる所存であります!」+0
2:「はい、それはぜひ入部したいです」+1
※選択肢1
俺は立ち上がり、踵をぴっちりとつけて背筋を伸ばし敬礼で答えた。
【村崎】「そこまで力一杯宣言せずとも良いが……、ま、まあいいだろう。
君の意思はしかと、私が見届けた」
※※選択肢2
【俺】「体を鍛えたいというのは本当ですし、空手なら精神も鍛えられます」
と俺の素直な気持ちを伝えると、村崎先輩は納得したように頷いた。
【村崎】「うむ、わかった。君の意思はしかと、私が見届けた」
※※※共通
【村崎】「次は都次第だな。さて、本人はこう言っているぞ?
どうするつもりだ?」
村崎先輩は武僧先輩に向きなおし、返答を待っている。
武僧先輩は相変わらず目線を合わせようとせず、下を向いたまま「う~ん」と唸っている。
【???】「はっきりしないねぇ。彼が信用できないなら、試験を出してみたら良いんじゃない?」
いつからいたのか、木の反対側から顔だけを出して覗いていた。
武僧先輩は甲賀先輩の顔を見て、「試験?」と首を傾げた。
【しのぶ】「そう、試験。彼の想いが信用出来ないのなら、体を張って証明して貰えばいいのさ」
甲賀先輩はニヤニヤしながら問いに答えている。
何かを企んでいるのはわかるが、嫌な予感しかしない。
俺の顔見て目が輝いている。
【都】「ふぇ~、別に信用してへんわけじゃ~」
【しのぶ】「でも、体を張って頑張ってくれたら、都もうれしいんじゃない?」
【都】「それはそうやけど~……」
なんとなく、話のベクトルが違う方向を向いているような気がする。
【俺】「あの~、なんか……」
【しのぶ】「うるさい、黙れ」
口に紙兵を張られ口をふさがれてしまった。
【しのぶ】「で、どうなのよ。都?」
【都】「試験言うても、何させたらええの?」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、甲賀先輩が立ち上がり俺達の前に仁王立ちした。
【しのぶ】「ふっふっふっ……、試練が大きければ大きいほど!壁が高ければ高いほど!
……それを乗り越えた時、内に秘めた想いの強さが証明される!」
甲賀先輩は大げさに身振り手振りを繰り返し、演説を始めた。
【しのぶ】「想いは言葉だけで伝わるか?
確かに言葉にする事は大切だ……。
しかし、残念ながら全てを伝えるのは難しい。
ましてや、この男にそれが出来るかと問われれば、否と答えるのが世の道理だ。
だが、それではあまりに悲しい。
頭が悪いがために伝えられぬこの想い。
ああ、どうすれば……、僕はどうすればこの想いを伝える事ができるのか!
少年は想いを伝える事無く悲しみに暮れるしかないのかっ……」
村崎先輩は厭きれて突っ込む気力も起きないのか、うんざりした顔で校庭を眺めて終わるのを待ち、
武僧先輩は呆けた顔で演説を聞いて……、いるのかどうか分からないが大人しくしていた。
甲賀先輩は俺の顔を見て演説を続けた。
【しのぶ】「されど案ずるな少年!言葉は起点にしか過ぎない。
君にはまだ道はある。その身一つで想いを伝え、証明する術が!
そしてそれこそが、都の凍りついた心を溶かし、
新たな感情を芽生えさせる種となるのだ!」
大げさなジェスチャーを入れながら演説を終えた甲賀先輩は、とても満足そうだった。
村崎先輩は大きなため息をつき、甲賀先輩に背を向けたまま聞いた。
【村崎】「で、その方法は?」
甲賀先輩はニヤリと笑い、その方法を宣言する。
【しのぶ】「その方法はただ一つ!都を倒せ!」
場が静まり返った。
村崎先輩は唖然とし、武僧先輩は先ほどから微動だにしていない。
俺は何言ってるんだこの人と厭きれるしかなかった。
【村崎】「……お前なぁ。たかが、部活に入るための条件がそれでは、
あまりにもハードルが高すぎるぞ」
【しのぶ】「甘い!甘すぎるよ、リューコ!
愛を証明するには、半端な覚悟じゃダメなんだよ!」
【村崎】「愛ってお前……。君も何か言ってやれ」
俺は、口を塞いでいた紙兵を剥がした。
【俺】「甲賀先輩……。武僧先輩を倒せって、いくらなんでも無理ですよ。
こっちはまだ素人なんですよ?」
【村崎】「愛の証明については突っ込まないんだな……」
甲賀先輩は、真顔になり村崎先輩を見つめた。
【しのぶ】「最終的には都に決めてもらう。けど、あたしはいたって真面目なつもりだよ?
私はそれを見届ける」
【村崎】「……」
この三人の関係については、俺は良く知らない。
これが彼女達なりの遊びなのか、それとも何か理由があるのかはわからない。
ただ感じるのは、俺は蚊帳の外だということ。
部活に入るために武僧先輩に勝つなんて、たしかに俺にはハードルが高すぎるし、
そこまでする必要があるようには思えない。
武僧先輩が俺の入部に積極的じゃないのは、本当に転校したてを理由に遠慮しているだけなのか、
それとも甲賀先輩が言うように俺の実力に不満なのかはわからない。
けれど、この疎外感はなんだろう。
表には出してないけれど、この輪に入ることを許さないという空気を感じる。
転校したての時の不安な気持ちが甦り、すこし寂しくなった。
そんな気持ちだった所為なのかわからないが、俺は「わかりました、その勝負受けて立ちます!」と、
残っていた少しの元気を使って言っていた。
村崎先輩は驚き、多少戸惑って「正気か?」と聞いてきたが、
俺は「正気です!それが試練なら超えて見せます!」と強気で答えていた。
明らかに正気じゃない。素人の俺が武僧先輩に勝てる見込みなんて微塵も無い。
それでも、なんとかしてこの疎外感から抜け出したいと必死だった。
【しのぶ】「よーし!良く言った!それでこそ男だよ!」
【村崎】「ふむ……、君がそこまで言うなら仕方が無いが……」
【しのぶ】「男がこう言ってるんだよ?それを止めたら野暮ってもんだよ。
都もそれで良いね?」
村崎先輩は、微妙に納得出来ていないようだったが「そうか」と答え、
武僧先輩は呆けていた所に急に振られ、反射的に「にゃ?ええよ?」と答えていた。
たぶん、話はまったく聞いていない。
【しのぶ】「幸い明日はバリスタがあるからね。
あたしら3年と君達2年が対戦することになれば舞台は出来る。
そうなる事を願って、楽しみにしているよ」
まるで悪者のようなトーンで台詞を言うと、ハハハ笑いをしながら去っていった。
【村崎】「まんまと乗せられたな」
【俺】「やっぱりそうですかねぇ……」
【村崎】「しかし宣言してしまった以上、頑張ってもらうしかないな。
バリスタで負けるつもりは無いが、応援はさせて貰うよ」
【俺】「あ、はい。有難う御座います」
【村崎】「都、そろそろ時間だ。持ち場に戻れ。
君も準備の続きを宜しく頼むよ」
着々と準備は進み、日が暮れ始めた頃には全てが終わり、明日を待つだけとなった。
バリスタで武僧先輩と戦う。
もし本当にそうなったとしたら、俺はどこまで出来るだろう。
考えるだけ無駄だ。今はゆっくり休む事だけに集中しよう。
気持ちの切り替えをしっかりと……。
そう思えば思うほど、不安と緊張が心を満たし、
結局十分な休養が出来ぬまま明日を迎えようとは思ってもみなかった
最終更新:2008年11月23日 04:52