瞼を焼く痺れるような熱に、思わず目を開けた。
直後、眼球を貫く閃光。あまりの光量に視界は白しか見えない。その一瞬で世界が消えて、なくなってしまったと錯覚する。
…………いいや。
目は、はじめから開いていたのかもしれない。
熱は、いうほど熱くはなかったのかもしれない。
光は、そんなには強くなかったのかもしれない。
まあ要するに、何も分からないし、何も考えていない。
頭は空白。
胃は空洞。
肺は虚洞。
主観と客観を切り分ける能力が、脳の判断を下す思考が、完全に停止している。
母親の胎から取り上げられた赤子と同様。
外からの刺激、自己に触れる世界の感覚への、過剰すぎる反応。
おまえはいま生まれたばかりと言われれば、そうかと納得するし。
おまえはとっくの昔に死んでいた幽霊だと言われれば、なんの疑問もなく頷いていただろう。
「ッ────────」
光から、咄嗟に顔を庇おうと腕を掲げる。影に隠れる顔。黒く染まる手のひら。
それにどうしてか、ありえないものを見たかのような気分になる。
「 ?」
驚いて───何に対してすら理解もせず───声を上げた気がしたが、何も出ない。空気すらも吐き出されない。
喉は、バリバリと音を立てて裂けてしまいそうなぐらい乾いている。
それから時間差で、滲み出た唾液が下に降りていくと、音を立てて飲み込んだ。水分が乾きに沁み入って、そこでやっと異常に向き合う余裕が出来てきた。
これはおかしい。何かが違う。
普段当たり前にしている動作が、どうにも慣れない。
体自体は滞りなく動くのに、それが途轍もないぐらいに違和感が拭えない。自分の体が、自分じゃないみたいだ。
そう体、体だ。自分が動かすもの。心の器。魂が抜ければ朽ちるだけの骸。
これが自分の体というのに、確信が持てていない。
当たり前に動いてるくせに、自分が■■ているのに、自覚が足りていない。
恐る恐る、慎重に胸に手を置いてみる。
視線を下ろして映る、自分のものらしき体は、黒を基調とした、どこかの学園の制服らしいものを着ていた。
ブレザー越しに、指が触れる。
伝わる振動。微かな温もり。前後する胸。骨と肉を叩く音、原始的な命の証。
「……生きてる」
今ある事実の確認、それだけを声に出して確かめる。
それで、周りの景色は様変わりした。
眼が映すだけの色が生彩を取り戻す。耳に入るだけの波が音色を鳴らす。髪を揺らすだけの大気の流れが、息吹になる。
取り戻した五感への刺激が彩りになって、五体が受け止める。
命の鼓動が早鐘を打つ。自分が、生きている何者かであるという事。
そこには喜びと───何故か疑問が。
謎の戸惑いを抑えながら足を動かす。
状況を知るためと気を紛らわせたい、両方の意味があった。
辺りは草原だった。足も隠せない短い草が一面に広がっている。
空に太陽が昇ってる事から時刻は昼らしいが、周りはよく見えない。霧が出ているからだ。
奥の方でうっすらと見える黒々とした塊は森のようだが、ここからはまだ遠い。
霧は濃く、周囲全域を包んでいて、進む先を見せてはくれない。
何も見えないし、誰もいない。
けれど、不思議と満ち足りていた。
歩く内に鼓動も落ち着いてきた。体を動かしてるのもあるが、ここの空気のおかげもあるのだろう。
ここが何処かも分からず、自分が誰かもまだ思い出せないのに、進む足に迷いは生まれない。向かう先が分かってるように。
なんとなく。
こういう場所でゆっくり休めば、旅の疲れも綺麗に落としてくれそうだなと、考えて。
そうして歩き続けて。
時間を数えるのは考えていなかったら、あれからどれだけ経ったのかは知らないけれど。
いつの間にか、目の前で燃え上がる積まれた木々を見つけた。
キャンプで使うような小さなたき火だが、ここまで近づいて気づかないはずがない熱があるのに。
たき火の前にある平べったい石には、一人の男が腰掛けている。
金髪で、洒脱な服を着た男はこちらに気づくと、軽妙に話しかけてきた。
「なんだ、ようやく来たのか。
あと一服しても起きないようならこっちから出向くとこだったが……手間が省けたな」
何度も席を共にした付き合いのある相手みたいに、気安く挨拶をしてきた男。
知らない。
何も憶えてないといっていい状態だが、それでもこの男とは完全な初対面であると疑いなく言える。
無反応でいるのを男は機嫌を損ねた様子はなく、けれど何かに気づいて、怪訝な顔でしげしげとこちらを見てきた。
「……おい、ちょっと待て。なんだそりゃ?
マジかよ。まさかお前、体だけで来たのか? 魂が楔に使われてちゃそうなるのが理屈だが……ひょっとしてだが、お前、記憶はあるか?」
首を横に振る。男は「うわ面倒くせえ……」とばかりに顔を手で覆って天を仰いでいる。
例えるなら、露店で呼び止められて紹介された品が琴線に触れて一目で購入を決めたら、オプションやら欠陥仕様を後から説明されて大損をこいた、ような。
……自分で例えてみて、少し、胸にささくれ立つものを感じる。
ひとりで嘆いてひとりで納得して黙らないでほしい。こっちは何から何までさっぱりだ。不良品だのと扱われてはたまったものじゃない。
戻ったばかりの言語を総動員して男に抗議しようとして、突如───存在しない記憶が脳内に溢れ出した。
「─────────────────」
冥界。魂。雫。オルフェウス。霊。聖杯。黄泉比良坂。蘇生。マスター。葬者。英霊。サーヴァント。戦争。死。
理屈なく脈絡なく、こっちの都合をお構いなしに要らない情報が詰め込まれていく。
代わりに欲しかったものが塗り潰される。
記憶が飽和して、脳が容量を空けようと底に沈殿してる廃棄物から圧縮していく。
記憶のない脳では記憶の取捨選択ができない。思い出せないもの、不要と誤認したものを端から順に棄てられてしまう。
真っ先に閉じられるのは視覚。次いで聴覚。
目も、耳も不要だ。何も見ず聴かなければ、これ以上記憶を更新することもない。
新しい記録を残そうと旧い機能を削いでいく。名前、不要。思い出、不要。
あるのに使われないのなら無駄なだけだ。無駄は切り捨てるのが効率的だ。
空いた余裕に情報を埋めていければそれでいい。だからあるだけで無駄なものはもっともっとぜんぶ捨ててすてて──────。
「……?」
鼻腔をくすぐる細い指。
瑞々しい果実が鼻先に押し付けられてるような。
華やかな香りのする煙がまだ用をなす嗅覚に吸い込まれると、激流だった情報が急に小川のせせらぎに和らいだ。
足場が安定して、自分の足で立っているのを実感できている。
「コパルの香煙だ。過去の先人達がお前を導いてくれる。
ここに竜舌蘭(マゲイ)の棘で刺して出る血を振りかけるのが正式な手順だが……今はいいか」
元通りになった目と耳を働かせると、金髪の男が鮮明に映った。
指先で転がしてる小さな塊は、鉱石……樹脂だろうか。香りの源泉はそこかららしかった。
嗅覚を基点にして、他の感覚も次第に元通りになる。心臓の働きが正常になってきた。
「よし、安定したな。まあまずは座れよ。疲れてるだろ」
言われるがままに、たき火を囲んで対面にある岩に座る。
折り曲げた腿が鉛のように重く、関節の節々が軋む。言われた通り本当に疲れてるらしい。
「まずは互いに自己紹介といこう。
たとえ魂が抜けたとしても、肉体にも記憶と思いは蓄積される。名前はその最たるモノだ。ひとつの言葉に、無数の意味を織り込ませてある。
お前が何者であるか、すべてはそこに記されている」
正面に向き合った男が、両腿に肘を乗せて指を組む。
声も姿も変わらないのに、紡ぐ言葉は厳かさで満ちている。
霧のかかる空気、火の中で弾ける木片、冷えた石の椅子、その全てが言葉に率いられていく。
声の主を敬うように。畏れるように。神を迎える祭壇に。
「サーヴァント、アサシン。
テスカトリポカだ。
アステカ世界。戦いと魔術、美と不和、夜と支配、嵐と疫病、罪と法、幸運と不運、摂理と対立する二者、そして、その衝突から生まれる躍動を司るもの。
さあ問おう───お前はどんな葬者(マスター)だ?」
黒く輝く、鋭利な刃物が、胸を突き刺す。
痛みがないまま、ナイフで胸板を開かれ、心臓を抉り出されていく。
殺されたと、百人が百人抱く光景。自分がそうなる様を、比喩なくイメージにして見せられながらも、底から恐怖したり、掻き乱されはしなかった。
死の喚起。臨死の走馬灯。
自分にとってそれは、違うものだった。それはもっと血を噴き出す躍動のない、もっと無機質な手触りで。
そう、なんの道具も持たなくても、こうして指を一本立てれば───。
押し寄せる本能は静謐に。
意思は怒涛に込めなお沈着。
手の甲から燐光が溢れ、赤い紋様を描いて熱を持ち始める。
その帯びた熱のまま、解き放つように唱える。
たったひとつの呪文を起爆剤に装填し。
番え。構え。引き、絞る。
「ペ・ル・ソ・ナ」
撃ち抜かれる頭骨。
こめかみに沿えた指から放たれる、蒼い弾丸。
脳漿は飛び散らない。代わりに撒かれるのは背後の影。何も持たないと項垂れていた。さっきまでの過去の自身。
愚者が詠い、死神が舞い、審判者が下す。
「俺は……」
霧は晴れた。
もうひとりの自分から、落としていた自我を手渡される。
撃たれた頭はさっきより一層クリアに澄み切っていて、浮かべたい言葉はすぐに手に取れる。
喪われていなかった繋がりを思い出すして
最初に贈られたもの。何度も呼んでくれたもの。大切な、生きてきた証。
強く、どんなに永く眠っていても今度こそ忘れないために、強くその名前を口にした。
「俺の名前は───結城、理」
契約は此処に。休息の楽園、戦い疲れた者を慰撫する地。
冥界より一足先に、神と少年の邂逅はここから始まった。
◆
それから。
理はアサシンに、自分の来歴を話し出した。
理自身、状況の把握が追いついておらず、記憶の確認も兼ねて話しておきたかったのも理由だった。
月光館学園に転向してからの一年間。
一日と一日の狭間に存在する影時間。
影時間の影響で出現する様々な怪異。
月に昇る塔タルタロス。
心の影なる魔物シャドウ。
人の精神が神秘を象る力ペルソナ。
クラスメイト、先輩、後輩、機械の少女。特別課外活動部・S.E.E.S.との冒険。
立場を異にするペルソナ使いストレガとの対立。
仲間の喪失。敵との別離。
地球の生命の死の根源ニュクス。
全てを忘れて滅びを待つか、死に立ち向かうか。究極の選択。
絆が結んだ答え、宇宙(ユニバース)。
魂を鍵にした、人の悪意からニュクスをマモル大いなる封印。
取り戻した日常。3月5日。愛しい仲間に囲まれた卒業式。
後悔のない、喜びも悲しみも受け入れた先に咲き誇る、煌めきの一年間。
アステカの神の名を語る男は意外に聞き上手で、常に話題を切らせなかった。
堅気に見えない凄みのある顔で興味深く耳を傾け、テンポよく相槌や感想を軽妙に返し、話題を振っては膨らませたりして、話す側も飽きないように場の温度を下げさせなかった。
熟練の心理カウンセラーの診断を思わせる、それは鮮やかな話術の手並みで、気づいてみれば、理は話すべき事を全て話し終えた。
同時に、自分の記憶が完全に残っている事を確かめて、少し安堵した。
死んだ後とはいえ、二度と忘れまいと誓ったものまで零れてしまうのは勘弁願いたい。
今は臓腑ごと胸の蟠りを吐き出したかのように体が軽く、不思議な浮遊感に包まれてる。
「……なるほどねえ。
あらすじは大体取り寄せていたが、やはり直接人に語らせる方が気分がアガるな。臨場感が違う。単なる情報じゃなく物語を食った気分になれる」
聞き終えた男……アサシンは満足げに頷き機嫌をよくしている。
成熟してるが暗殺者という語源に似つかわしくない明るい表情。殺し屋か、武器商人の方が第一印象に近い。
しかし記憶が戻っても相変わらず面識がない筈だが、この距離感の近さはどうしたものか。
サーヴァントというのはみんなこうなのだろうか。仕入れたばかりの知識に、早速理は疑問を抱いていた。
「さっきから気になってたけど……どうして、そんなに俺たちの事を知ってんの?」
「これでも全能神でね。人間の体を使ってる今じゃ出来る事は限られてるが、契約者の過去を閲覧するのはワケもないさ」
「え」
さらりととんでもないプライベートの侵害を暴露された。
実行した能力より、行為に何の悪気も感じられない方がよりとんでもない。
「じゃあ俺が話さなくてもよかったんじゃん……」
「見聞きするのと当事者に話させるのとじゃ見方も変わる。そしてその甲斐はあったとも。
いい戦い、いい戦争だった。全生命の絶滅って規模のデカさが特にいい。残らず死ぬのもいいが、勝利の栄光も忘れられるべきではない。
よく戦ったペルソナ使い。精神の澱を武器に引き金を引いたお前たちの一年間、しかと見た。このテスカトリポカが讃えよう」
「……え?」
数秒間呆けて、間抜けな声が無意識に出てしまった。
栄光? 讃える? 今の物語を指して?
「勝者には称賛があって然るべきだ。命を懸けて戦い、勝ち取った者にはそれに相応しい報酬がなくてはならない。
世界を救っておきながら誰にも憶えられず、称えられもしない。そんな成果はオレは認めん。それではお前の足下の敗者があまりに報われん。
だったら、まず憶えてる者が真っ先に称賛を送らなきゃならんだろう」
「……褒められたいから頑張ったわけじゃな、ないんだけどな」
「同じ事だ。お前の気など知らん」
目線を下に降ろす。
指摘とも叱責とも取れる声に耐えかねたからではない。
倒した相手を貶めたくなければ、倒した己を誇れという言葉には、確かに真がある。
許されない事を幾つも犯し、仲間の命を無慈悲に奪いもしたストレガのメンバーにも、一連の事態の被害者の側面があり、その記憶も影時間の消失と共に忘れ去られてしまった。
一味であったチドリも、敵の立場だった順平と心を通わせ、絆を結ぶ事が出来た。
彼らが関わった事で起きた怒りも悲しみも喜びも、直に味わった自分達しか憶えていないのであれば。
許しは出来ずとも、胸の内で弔いの花を捧げるくらいの義務は、あるのだろう。
「……忘れないよ。彼らの事も、ちゃんと憶えてる」
「そうか。ならいい。奴らもここに来たらそう伝えといてやるよ」
「ここって……そういやどこなの? 聖杯戦争、とか、冥界、とか言ってたけど」
見渡す限りの草原には戦争どころか人の気配すらない。ここで何とどう戦えというのだろう。
「此処はオレの領域だ。召喚の合間に割り込んで先に招待した。
とっくに『死んでいる』お前にとっちゃ、冥界よりお似合いの場所だよ」
正確に動いてる心臓が、ほんの少し硬直する。
心筋の止まった痛みをもたらす言葉も、理が受け入れるのにはその数秒で済ませられた。
「そっか。死んでたんだっけ、俺」
「結果的にはな。魂を抜かれて肉体のみが弾き出された状態を死と呼べるのか、オレには冗談みたいな話だ。燃料も動力も入ってない車みたいなもんだろ」
「燃料……ああ、そんな感じ。それでもけっこう保った方だと思うよ」
大いなる封印───ニュクスの本体を眠りにつかせる為、魂を鍵として使ったあの時点で、理の死は確定した。
本来ならそこで生命活動を終えるはずだった肉体……魂の残滓しかない骸同然の状態で動けたのは、約束があったから。
世界を救うような偉業じゃない。先輩の旅達を見送り、自分達が階段を一歩登るその時を、全員で共有しようなんていう、小さな、取るに足らない約束。
絶対の死をも覆してみせたくなるぐらい、大事な誓いを果たしたかった思いだけで、最期の時間まで耐え切れたのだ。
「自分で心臓抉り出して神に捧げたってのに能天気なことだ。
最期のお前の選択は戦士ではなく聖者の類、自己を厭わぬ献身というやつだろう。
何がお前をそこまで駆り立てた。自らの魂を犠牲にして世界が回るのを善しとしたか? 事態(コト)の発端を引き起こした自責からの罪滅ぼしというやつか?」
「守りたかったから。それだけだよ」
迷いなく即答する。
決断するまでに、それはさんざんしてきている。
「戦争とか、死ぬとか、楽しそうに話してるけど、どっちも俺にはあまり分からない。うん……どうでもいい。
知っている誰かが傷ついたり死ぬのは嫌だし、怖い。
そういうのを少しでも無くしたい。もっとみんなと一緒にいたい。頑張れた理由なんてそれぐらいだよ」
シャドウ融合実験の事故での両親の死。
体を苛む痛みと罪に苦しみながら向き合った荒垣の死。
ニュクスが目覚めた時に起こる、全ての人類、地球の生命の死。
どれもが辛い体験だった。
理に消えない疵を刻み込み、己を苛む疼きになった。
番外の死のシャドウ・デスの顕現に図らずも自分が関わってると知った時。
ニュクスに関する記憶を忘却し、死の恐れを持つ事なく安らかに死ねる選択を取れるのが自分だけだと知った時。
迷わない時間はなかった。
恐れない日々はなかった。
仲間を苦しませるのも、無謀な戦いに連れて行くのも、そのせいでみんなの気持ちが荒れていくのも辛かった。
「俺が頑張れたのは俺が特別だからじゃない。どんなに特別でも、みんながいなければここまでやれなかった。
楽しくて、馬鹿らしくて、少し嫌な事があっても笑い飛ばしてくれる人が傍にいてくれた」
苦悩の末に、理はニュクスを倒すと決断した。
答えを決められたのは、自責や罪滅ぼしでも、特別な資質を宿した使命感とやらに目覚めたからでもなかった。
この一年、自分を励まし育ててくれた仲間とのなんでもない毎日であり、街の人々との賑わいの声。
そういったものが、善きものに映っただけ。
「そういうものが守りたくて、その為に戦った。俺は本当に、それだけなんだ」
それこそが、絆(コミュニティ)。
愚者が宇宙に至った旅の、命の答え。
『死』に憑かれた少年の酷薄に短い生涯を、間違いじゃなかったと胸を張るに足る、存在証明の理由だった。
「そうか。
薄々分かっていたが、やはり悪印象しかないな」
テスカトリポカは淡々と返した。
表情の削げ落ちた、嫌悪の顔。さっきとは別人……本質は変わらないまま方向が変わったというべきか。
「あれだけ死に触れておきながら、お前は他人の死を嫌いすぎる。いや触れすぎた故か?
お前の魂は確かに極上の供物だが、それひとつで収められるほど戦争は甘くない。あともう一人の死でもまだ足りないぐらいだ」
「……それ以上は───」
口にしたら許さない、と言いかけて、ぐっと堪える。
実際口に出せば、それこそ本当に殺し合いに発展しかねないと反射的に察して。
この時初めて、理は男に対して明確な反感を抱いた。
それは予感と言い換えてもいいかもしれない。
死を知るがゆえに無差別に降りかかる死を許せないマスター。
死を知るからこそ戦争という命の循環を回す事を肯定するサーヴァント。
たとえ悪意はなくとも、一人の死を軽く扱う自分の相棒となるこの神とは───最後まで反発し合うしかないと。
「ああ、これ以上は時間の無駄だな。そろそろ帰すとしよう。残りの話は戦場からだ」
「いちおう聞いておくけど……このまま帰って退場ってわけにはいかない?」
「無理だな。お前はこの儀式に選ばれ、このオレを召喚した。その後に待つのは戦いだけだ。
テスカトリポカを招いた者に戦わずして死ぬ未来など訪れない。それとも今殺して欲しいか?」
「それは……困るな」
一度死んだ身でも、どうやら命は惜しいと思えるらしい。ここで知った中で、数少ない良いことだ。
それも相棒に殺されかかってる状況でというのは中々笑える、いや笑えないが。
「お前の戦いを俺は大いに評価する。地上全ての『死』の根源、正真正銘の死神を、命を以て鎮めた行動、実に見事だった。
だが今後お前に従うかは別の話だ。気に食わなければ即座にコイツを眉間にブッ放す。俺が死ぬべきだと判断したら迷わず殺す」
「それをさせないって、言ったら?」
「そりゃあ、お前、交渉決裂の後といったらお決まりだろ。銃声、怒号のフルコースってな」
いつの間にか手にした拳銃を突きつけて戦争の神は笑う。
言い分は滅茶苦茶だが、握る銃身は恫喝でも脅迫でもない、真の殺意であると理解を強制する。
気迫に呑まれまいと気を強く持つが───足元が瓦解する感覚がして、意識が急速に墜落した。
「冥界でまた会おう、
結城理。
せいぜい足掻き、どこまでも進め。敵いようのない脅威と戦う人間、殺されようとも諦めない人間であれば、戦争の神はお前を優遇する。
ああ、次会う時までには質に入れるいい武器を見繕っておきな。それでオレの機嫌も多少は良くなる」
遥か頭上からの声。
助言のような、激励であるような響きを最後に、あらゆる感覚が闇に溶けた。
◆
深夜零時。
時計が割れる事なく、住人が棺に変わる事なく、空が翠緑に濁る事なく。
一年ぶりの、平等に訪れる普通の夜に目を細める。
代わりに、どこか遠くで聞こえる喧騒の音。
刃の軌跡、弾丸の炸裂。 死の鎌の音色。
地上とそう変わりない場所のベッドで目を醒まして起き上がる。
直後、見計らったように傍らで振動する携帯。
開いて見れば、表示される番号。記憶になく、断りなく登録されていた名前。
「……」
息を深く吸って、深く吐く。
これから起こる混沌と争乱に備えて呼吸を整える。予感を思うと頭が痛くなるが、見てみぬふりをするわけにもいかない。
まだあの男に、聞けてない事が無数にある。
人間の命を世界を回す燃料と捉え、死に一切悲観しない、苛烈で残酷な戦争の神。
反発して当然だし、自分もそうしたが、何故だか嫌悪はしていなかった。
潔癖なまでの死への姿勢。人間性を発露していながらも何処かシステムじみた生真面目さ。
自分の内側で育ったデスの人間性───望月綾時を、どこか思い起こさせるものだっただろうか。
なら話をしたい。対立は避けられずとも、前ほど時間は少なくても、彼とはもっと関わっていたいと思う。
望まずとも自分が招き寄せてしまったとすれば、尚の事だ。
部屋を出ようとして───ふと、壁に画鋲で刺しているカレンダーに目が向く。
電気の消えた暗がりでも、窓からの月明かりで数字ははっきり見えていた。
「あんがい……長い眠りでもなかったかな」
3月6日。
眠りに就いたあの日から、まだ1ページ分しか進んでいない日付けを見て、自然と口元が綻んだ。
今度こそ部屋を後にする。パタンと閉じられた扉。無人の室内で、月光だけが蒼い蝶のように煌めいていた。
【CLASS】
アサシン
【真名】
テスカトリポカ@Fate/Grand Order
【性別】
男性
【属性】
混沌・善
【ステータス】
筋力A 耐久A 敏捷A 魔力A 幸運C 宝具B
【クラス別スキル】
対魔力:A
陣地作成:A
神性:C
全能の智慧:A
戦士の司:A
ティトラカワン。
意味は『我々を奴隷として司る者』。
契約者に死を恐れぬ戦いを強いる。テスカトリポカと契約した者に自然死は許されず、戦いの中でその命を終えなくてはならない。
その苛烈な誓約の代償として、契約者は自身の限界を越える活力を与えられる。
マスタースキルの能力を向上させる。今回の場合、結城のペルソナ能力を、サーヴァントに対抗できるレベルにまで高めている。
【固有スキル】
闘争のカリスマ:A
ケツァル・コアトルが生命体の『善性』『営み』を育み、奮起させるカリスマであるように、そのライバルとなるテスカトリポカも生命体を扇動するカリスマを持っている。
『悪性』『闘争』を沸騰させる攻撃的なカリスマ。
致命傷を受けてもなお戦う、あるいは、死してなお戦おうとする戦士を、テスカトリポカは優遇する。
黒い太陽:EX
黒曜石に映し出される太陽。未来を見通し、万象の流れを操作する、全能神の権能。
“この世にないもの” は操れないが、“この世にあるもの” であれば自在に組み替える事ができる。
たとえば『勝利し、敗北する王国』があるとしたら、『敗北し、勝利する王国』と、起きる出来事の順序を変え、結論を変える事も可能。
ただし、あまりにも摂理に反した操作はテスカトリポカ本人にもペナルティを与える事になる。
右足の黒曜石に太陽が映らなくなった時、テスカトリポカの神格は失われ、ただの “人間” になってしまう。
山の心臓:A
テぺヨロトル。
ジャガーたちの王を示す名であり、また、巨大なジャガーの名でもある。
神話において、太陽と化したケツァル・コアトルの腰骨を砕いて地に叩き落とし、世界中に満ち溢れていた巨人たちをすべて喰い殺したテスカトリポカのジャガー形態にして、その外部に投影される魂の一部。
【宝具】
『第一の太陽』
ランク:B 種別:対界宝具 レンジ:0~999 最大捕捉:999人
ファーストサン・シバルバー。
本来なら『ナウイ・オセロトル』、あるいは『ミクトラン・シバルバー』が正しいが、現代かぶれしたテスカトリポカによってこのように。
マヤ神話の冥界シバルバーと同一視される地下冥界ミクトラン、休息の楽園ミクトランパの支配者たるテスカトリポカの権能を、彼が太陽として天空にあった第一の太陽の時代ナウイ・オセロトルの力と融合させたもの。
地上のあらゆる物理法則を支配し、万物を自身の定めた摂理に従わせるが、自身もその摂理の影響下に縛られてしまう。
───すでに滅び去った巨人たちが闊歩する第一の太陽の時代は、冥界にその痕跡を残すのみであるため、その力を取り戻す、または地上に現出させるということは、必然的に冥界そのものを地上に出現させるに等しい。
【weapon】
第一再臨時は銃(当たらない)や手斧、第二再臨時にはジャガーの爪を用い、雨や嵐などの自然現象を操り、黒耀石の刃を射出する。
【人物背景】
全てが滅びても残るものを知る者。
【サーヴァントとしての願い】
結城理に新たな闘争の場を。
【マスターへの態度】
地球全ての生命に訪れる『死』を退けた勇者として評価し、称賛を送っている。
とはいえ死に抗う戦いはしたものの、敵を殺さんとする意志の薄弱さには嫌悪感を示す。
召喚に応じたのは縁を辿られたのもあるが、繋がった瞬間全能の権能で彼の過去を読み、手にした報酬があまりにささやかだったのが気に食わなかったため。
救いようのない脅威と戦い、確かに勝ち抜いた帳尻を合わせるべく、蘇生の権利が得られる本企画を大いにプロデュースするべくウキウキと準備に勤しんでいる。
個人に味方せず、死ぬほどの試練を課し、勝ち残れば褒め称え、死すれば楽園で労をねぎらう。
マスターにとってありがた迷惑でしかないが、神とは、テスカトリポカとはそうしたものだ。
【マスター】
結城理@PERSONA3
【マスターとしての願い】
特になし。
【能力・技能】
『ペルソナ能力』
心の中にいるもう1人の自分。死の恐怖に抗う心。困難に立ち向かう人格の鎧。
神話の英雄や魔物の姿の形を取り、固有の能力を使い戦闘を行い、使用には精神力の消費を伴う。身体能力も向上する。
タロットのアルカナの名称で属性分けをしているが、理はそのいずれにも該当しない『ワイルド』と呼ばれる代物。
生来の素質に加え、体内に13体目の大型シャドウを封印される特殊事例も合わさって、一人につきひとつが原則のペルソナを複数使い分けて行使できる。
ペルソナが落とすアイテムを合成する受胎武器、複数のペルソナで同時攻撃するテウルギア『ミックスレイド』と、その能力は一線を画す。
能力の追加には本人の精神力の成長、殊に他者との交流で見出す「絆」が重要とされる。またこれと関連してるかは不明だが基本どの分野でもプロに通じるハイスペック。
アルカナの旅路を終えた理は全てのアルカナの最上位ペルソナまで解放し、その果てにある奇跡の力、『宇宙/ユニバース』に到達しているが……。
『召喚銃』
拳銃の形をしてるが殺傷力はない。自分に向けて使い、死のイメージを喚起する事でペルソナ能力を発動する。
戦闘では主に小剣を用いる。他の得物も問題なく使いこなせる。
武器も召喚銃も現在は所有してないが、いずれテスカトリポカから送られるだろう。
【人物背景】
命のこたえを得た者。
【方針】
聖杯戦争に関してはまだ未定。ただ人が無差別に死ぬような事態は止めたい。
【サーヴァントへの態度】
ある意味で最大の敵。願い、方針が共に相容れない。
でもお互いのコミュ力が高く「死」への潔癖なまでの姿勢から嫌悪はしていない、不思議な関係。
最終更新:2024年04月20日 22:49