▼

「起きろマスター!」
「っ……一体何、ぐおっ―――!?」

 張り上げられたセイバーの声に、浅い微睡みにあったオルフェの意識が浮上する。
 だが完全に覚醒するよりも早く、その身体が強引に引っ張り上げられる。
 その力任せな所業により全身に苦痛が奔るが、苦言を呈するよりも早く、セイバーはオルフェを抱えて拠点の窓から外へと跳び出した。
 ――――直後。

「なっ………!!」

 一瞬前まで寝ていた拠点が、白い光によって跡形もなく“消滅”した。

 破壊ではなく消滅。
 光が通り抜けた箇所だけを消し去るように、一切の破壊の痕跡――瓦礫の一つも残さず抉り取られたのだ。

「分かりきったことを聞く。何事だ」 
 地に着地した反動で生じた苦痛を無視しながら、オルフェはあえてセイバーへと問い掛ける。
「襲撃だ。ただし―――超遠距離から、“冥奧全域に対して”のな」
「な」
 問いを受けたセイバーはオルフェを下ろすどころか抱え直し、即座に無事なビルの内、最も高いビル――東京都庁舎の屋上へと駆け上る。
 それは突然に異常事態に騒ぎ始める民衆(NPC)を避け、オルフェに現状を把握させるための行動だ。

「付け加えるならば、この襲撃は“まだ終わっていない”」
 屋上へと躍り出るや否や、セイバーはオルフェを投げ落とし即座に武装を実体化させ、剣の切っ先である場所を指し示す。
「あそこだ」
「――――――」
 雑に投げ出されたオルフェは問題なく受け身を取り即座に立ち上がるが、その指し示された場所を見て絶句する。
 東京23区の北方東寄りにある足立区のその遥か向こう側(・・・・・・)から、先ほど拠点を消し飛ばした白光が、今まさに、それも数十発も連続して放たれていたからだ。
 しかもその内の一つは、まっすぐにこちらへと向かっている。

 乱雑に見えてあまりにも精確な狙い。それがまた、この砲撃の異常さを表している。
 なぜならそれは、視認も叶わぬ遥か彼方からでさえ、敵がこちらを精確に補足しているという事に他ならないからだ。
 しかもセイバーの言が正しければ、これは冥奧全域に対して……砲光の数と正確さを考えれば、全ての参加者を狙ってのものだろう。

「これほどの規模の攻撃。サーヴァントの宝具で間違いないだろう。
 クラスは十中八九アーチャーだろうが、断定を避けるなら砲兵(ランチャー)とでも呼ぶか」
「……ばかな」
 セイバーは冷静に推測を立てているが、オルフェは自らの想定を優に超える状況に呆然と呟く。
 このような攻撃が、本当に、結局は個人に過ぎぬ筈のサーヴァントに可能だというのか、と。

 だがそう呆けている間にも、遥か彼方から放たれた十数を超える白光の砲撃が、滅びの雨となって冥奧領域(23区)へと降り注ぐ。
 このまま何もしなければ自分たちも、拠点と同じように一撃で消し飛ばされるだろう。
 しかし、その結末だけはあり得ない。
 何故なら。

卑王(ヴォーティ)鉄槌(ガーン)――!」
 セイバーの聖剣から、魔力が黒い光となって放たれる。
 自分たちを滅ぼさんと迫り来た白光は、黒光に塗り潰され逆に消し飛ばされた。

 ―――迎撃は可能。
 相応の魔力が込められた一撃であれば、この白光は防げるという事実が開示される。おそらく防御も同様に可能だろう。
 つまり敵の宝具は、一発程度ではセイバーを――彼女に守護されたオルフェを傷つけることは敵わない、ということだ。
 だが。

「二発目!?」

 この敵の攻撃は、参加者一組に対し一発で放たれたものではない。マスターとサーヴァントどちらも含めた、“一人に対し一発”で放たれたものだ。
 一発目に隠れていた二発目が、一発目を迎撃し隙を晒すセイバーへと牙を向く、がしかし。

「風よ……吼え上がれ――!」
 そんな隙など無いと、セイバーは二発目の白光を当然の様に迎撃する。

 確かにこの滅びの砲光は凶悪だ。
 拠点の消され方からも、ただの一発でさえ恐ろしい威力を有している事が理解できる。
 だがそれほどの一撃であっても、この王を害することは敵わない。
 加えてこれほどの大規模攻撃、魔力の消費は尋常なものである筈がない。
 このまま耐え凌げば、そう遠くなく敵は魔力切れで沈黙するだろう。

 ……このまま、耐え凌げるのであれば。

「ッ、――――」
 遥か遠方。第二射と同じ地点から、またも数十を超える白光が放たれる。
 あまりにも短い間隔で放たれた第三射。
 あり得ない、という感情がオルフェの焦燥感を湧き立たせる。

 敵は一体、どれほどの魔力を有しているというのか。
 放たれた砲撃の規模に対し、あまりにも再装填(リチャージ)が早すぎる。
 このままの状況が続くのならば、自分たちであれば問題はない。だが他の参加者は、そう長くは耐えきれまい。
 そして耐えきれず消し飛ばされた参加者の分だけ、余った砲撃が別の参加者……つまりは自分たちを狙って放たれるだろう。

「…………ッ!!」
 この砲撃は、あと何度繰り返される?
 二発目までは問題なかった。
 三発目も防げるだろう。
 だが四発、五発と増えていけば、さすがのセイバーといえども――――

「――マスター」
「っ! ……なんだ」
 己がサーヴァントの呼びかけに、オルフェは焦燥から我に返る。
 迫りくる第三射(砲光)を当然の如く迎撃するセイバーには、僅かにも焦る様子は見られない。
 そしてその視線はまっすぐに砲撃の射出地点を見据え、

「指示を出せ」
 このまま耐え凌ぐのか、それとも別の手を打つのか決めろと、そう短い言葉で告げた。

「――――――」
 その一言で、焦燥に茹だっていたオルフェの頭は冷静な状態へと切り替わった。

 そうだ。私はセイバーのマスターだ。
 彼の王が冷静さを保っているというのなら、その主たる私が、無様な醜態を晒すわけにはいかない。

 冷静になったオルフェの思考は、瞬時に状況を把握し、自らが取るべき行動を導き出す。

 まずこのまま耐え凌ぐという選択はあり得ない。
 この砲撃がいつまで続くかなど判らない。
 これを利用すれば他の葬者を振るい落とせるだろうし、あるいは他のサーヴァントがこの砲撃を終了させるかもしれない。
 だが他のサーヴァントがそれを可能とする宝具(手段)を持っているとは限らないし、最悪の場合この砲撃の全てがセイバーへと向けて放たれる可能性がある。

 故に取るべき選択は反撃。
 だが敵のいる場所は冥奧領域の外。直接赴くことは不可能だ。
 生者である自分は領域の外に耐えられないし、セイバー単騎で向かえば自分が砲撃に晒される。
 つまり必要なのは、現在地点から遥か遠方の敵へと届かせることが可能であり、かつ迎撃に放たれるであろう砲光にも耐え得る攻撃手段だ。
 即ち―――。

「セイバー、宝具を開放せよ」
 彼方にて第四射が放たれる中、己がサーヴァントへとそう命ずる。

「卑王鉄槌。旭光は反転する」
 受けてセイバーは、己が聖剣を大上段で構え、魔力を限界まで注ぎ込む。
 収束し、加速された魔力は黒い極光となって刀身から溢れ出し、太陽のフレアの如き様相を呈する。

 ――その瞬間、全参加者目掛けて放たれたはずの砲光その全てが、こちらへと目掛けて軌道を変えた。
 セイバーの宝具の発動を感知し狙いを変えたのだろう。
 射出後のターゲット変更さえ可能にするとは、この敵の宝具は本当に規格外と言う他ない。

 だがオルフェは、自らに迫り来る数十の砲光ではなく、その射出点へと意識を集中させる。
 その瞳は遥か彼方の見えない敵を睨み付け、狙いを定める様に右手を突き出す。
 同時にその手の甲で、刻まれた令呪が赤い輝きを放つ。

「聖杯の盟約の下、令呪を以て我がサーヴァントに命ずる」

 敵サーヴァントの位置は、直線距離にしては30キロメートルを優に超える。
 通常ならば、狙うことすらままならぬ遥か遠方。
 だがセイバーの宝具であれば、その一撃を敵へと届かせることは可能だ。
 彼女の高ランクの直感も合わせれば、狙いを外すこともないだろう。
 ……しかし、それでは足りない。

 セイバーの宝具は魔力消費が膨大であり、そう何度も放てるものではない。
 対する敵の魔力量は推定不能であり、万が一仕損じればこの砲撃が再開される可能性がある。
 故にこの敵は、今ここで、確実に倒す必要がある。
 それに何より―――

「我らが敵を、その王威を以て打ち滅ぼせ!」
 王たる我らへと牙を向いた存在を、生かしておく理由などないからだ。

 令呪によるブーストを受け、臨界に達した黒い極光が一層激しく荒れ狂う。
 中天から大きく傾きながらも、いまだに降り注ぐ陽光さえ、黒く反転した光に排される。
 その宵闇の星の如き輝きの中、セイバーの直感は狙うべき場所、倒すべき敵の位置を精確に感じ取り、

「光を呑め! 『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガーン)』――――ッッ!!!!」

 その真名と共に振り抜かれる星の聖剣。
 繰り出された渾身の一刀は、極黒の閃光となって解き放たれた――――。


      ◆


「――――ファイヤ」

 ―――滅びの光が放たれる。
 あまりに巨大な台座に座す、やはり巨大な砲塔と、それらを彩る無数の砲門から、幾つも、幾度も。
 砲手たるザレフェドーラが、引き金となる言葉を口にする度に。

「ファイヤ、ファイヤ、ファイヤ! ファイヤ!!」

 その狙いはマスターとサーヴァントを含めた、冥奧領域内の参加者全て。
 つまり放たれた消滅波は、第一射の時点で五十発前後、第二射では百に迫り、そして今、累計百を優に超える第三射が放たれていた。

「ファイヤファイヤファイヤファイヤファイヤファイヤ……!!!!」 

 クリア(アーチャー)の術によって生まれたザレフェドーラは、己が主と同様に生前とも言える過去の記憶を有している。
 『シン・クリア』の名を持って生み出されておきながら、消し去ることが出来た魔物は盾の術の魔物1体だけ。
 クリアに挑む以上奴らが相応の力を有していることはわかっていたが、その結果は名を汚されたに等しい屈辱だった。
 故に、こうして得た今一度の機会に汚名を雪がんと、文字通りに心血を注いでいる――――というのに。

「お……のれ!!」
「――――――」
 その戦果は、望んだそれとは程遠いもの。
 主たるクリアからさえ、何の言葉も掛けられないという有り様。

 クリアの気配察知とリンクすることで、領域内の奴らの魔力は全てロックオンしており、その様相も大凡ではあるが把握している。
 こちらの消滅波に対し、何かしらの術で迎撃・相殺する者、防ぐ者、無様に逃げ惑う者。
 その中には当然、ロックしていた魔力の気配が早々に消えた者もいる。
 それらが消滅波によって消し飛んだのか、単に完全に気配を消し隠れただけなのかは判らない。
 だがそんなモノは、今残る反応を全て消し去ってから改めて精査すれば解ることでしかない。

 ……そう、全てだ。
 クリアの命令。ザレフェドーラが望んだ結果は、ただの一人さえ残さない完全なる殲滅。
 だというのに、第三射を放ち終えた現在でさえ、無駄な抵抗を続ける者が多く残っている。
 その事実に、ザレフェドーラは怒りと憎悪に貌を歪め血涙を溢す。

 有り得ぬ、許せぬ、断じて認めぬ!
 湧き上がるその憎悪のままに大きく息を吸い、同時に供給される無尽蔵の魔力を砲へと急速充填させる。
 あまりにも過剰な魔力供給に身体はとうに悲鳴を上げているが、そんな事は知ったことではない。
 今欲しいのは、“滅ぼした”という結果だけだ。

「ファイア――――――!!!!!!」
 故に、有らん限りの怒りを籠めて、憎悪とともに第四射を掃射した。
「「――――!」」
 直後、冥奧領域内の中央付近にて、膨大な魔力が放たれたことをクリアの感覚が察知した。
 その魔力の発生地点では、遥か遠方たるこの場所からでさえ視認できる黒い光が放たれていた。

「撃ち落とせ、ザレフェドーラ」
 その脅威度を察したクリアが、即座に撃墜命令を下す。
 ザレフェドーラはそれに従い、全参加者へと向けていた50近い消滅波を、その黒い輝きへと変更する。

 ………だが、それだけでは済まさない。
 万が一ということもあり得るし、何より『シン・クリア』の名を汚さんとするその愚行を、ただの砲撃で許してなるものか。

「スゥ――――――…………」
 ザレフェドーラは再び大きく息を吸い、“砲塔そのもの”に魔力を籠める。
 同時に砲塔の後端から、消滅エネルギーの噴射が開始される。
 それはザレフェドーラの奥の手。砲塔そのものを消滅弾として放つ最大火力の一撃だ。

 ――そうだ。ただの砲撃では許さない。
 たとえ第四射の集束砲を生き延びられたとしても、この砲塔による一撃を以て冥奧領域諸共に滅ぼしてくれる。
 そうすればいかな連中であろうと消え去るだろうし、それでもなお生き延びたとしても――問題はない。
 何故なら砲台にも砲門は備わっているし、なんなら砲台そのものも消滅弾として撃ち出すことが可能だ。
 たとえ砲塔を失ったとしても、生き残りを滅ぼすには充分過ぎる性能をこの身は有している。
 故に、ここで滅びろ、愚かなる者どもよ。

 限界まで吸った息と籠めた魔力に、憎悪と共に必滅の意志を籠める。
 狙いは冥奧領域中央。自分を守ることで精一杯な連中に、この一撃は止められまい。
 遥か彼方で、宵闇の星が一際強く光を放つ。
 ザレフェドーラは号砲のように“眼前の極黒の閃光目掛けて”射出の声を発し、

「ファイ―――」


 ――――――されど知るがいい、滅亡の子。

 冥界には法を敷く王も、罪を暴く裁定者も、罰を与える機関も存在しない?
 否。
 この冥奧には、<人類の脅威>に対する星の聖剣を担う、黒き暴王が存在するという事を――――。


      ◆


「――――――」

 ―――天を衝かんばかりに立ち上る黒い光を、オルフェは静かに見据える。
 遥か彼方の光景でありながら、ここまで余波を届かせそうなその輝き。
 着弾地点にて発揮されたであろう破壊力を容易に想像させるその暴威は、軌道間全方位戦略砲『レクイエム』による一撃を連想させる。

 宝具『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』。
 所有者の魔力を光に変換し、集束・加速させることで運動量を増大させ、光の断層による“究極の斬撃”を放つ対城宝具。
 その概要だけは事前に知っていた。だが、実際に使用したのはこれが初めてだった。
 星によって鍛え上げられた神造兵装というらしいそれは、まさに最強の聖剣の名に相応しい力を持った王威の象徴だと言えるだろう。

 そう、光だ。
 それ故に、相手の攻撃による相殺や障害物による減衰を除けば、その射程は無限に等しく、
 発動のための振り抜きさえ完了すれば、射出から着弾までの差もゼロに等しい。
 パラメータのレンジが二桁に留まっているのは、聖剣の最大射程ではなく有効射程――セイバーが狙いを定められる限界に過ぎないのだ。

 時として、一個人でありながらそれ程の兵装を有しているのが、英霊の恐ろしいところだろう。
 そう考えるのなら、あれ程の掃射をしてみせた敵サーヴァントも、もしかしたらセイバーに伍する名のある英霊だったのかもしれない。
 だが遠方の残光はすでに消えた。第四射は全てがこちらを狙ったが故に聖剣の光に飲まれて消え、第五射が発射される様子もない。
 驚異的な宝具を有していた彼の敵は、聖剣の一撃によって討たれたのだ――と、そう見ていいだろう。

「セイバー」
 宝具の使用によって生じた光は、自分たちを非常に目立たせただろう。
 面倒な連中に捕まる前に、ここから早く離れようと声を掛ける。
 だがセイバーは、未だに敵のいた方角を睨み付けている。

「……どうした」
 湧き上がる嫌な予感を圧し殺し、そう問い掛ける。
「……この敵は、相当以上にしぶといようだ。どうやら、仕留め損ねたらしい」
 しかし残念ながら、その予感は現実となったらしいとセイバーが告げる。

「手応えはあった。だが一向に倒したという気がせん。
 おそらく着弾する直前に、ギリギリのところで防ぐか躱したのだろう。さすがに距離があり過ぎた、という事か」
「……それはつまり、再びあの砲撃が放たれるという事か?」
「いや、それはない。手応えはあったと言っただろう。少なくとも継戦不能なだけのダメージは与えたはずだ。
 あの砲撃の最中にずっとあった、見られているという感覚もなくなったしな」
「……そうか」

 ふう、と。
 最悪の事態だけは免れたらしいことに、思わず安堵の息を溢す。

「安心しろ。敵の視線の気配は覚えた。
 次にその気配を捉えれば、どの方向から見られているのか、くらいの当たりは付けられる。
 また同じような遠距離砲撃を目論むのなら、今度はあの砲撃が放たれるより先に我が極光を叩き込んでくれる」
「そうか、それは頼もしいな」
「その為にも、まずは魔力補給だ。この連戦でさすがに消耗が大きい。
 次に同規模の戦いが起きれば、今度は令呪だけでなく貴様の運命力も削らなければならなくなる」
「それは困る」

 運命力は、言ってしまえばこの冥界における生存権だ。
 それが削られるということは、その分死に近づくということに他ならない。
 もし運命力が尽きてしまえば、たとえ領域内であっても死霊に成り果て、聖杯戦争からは敗退してしまう。
 そうならないためにも、セイバーの魔力回復は急務だろう。
 そしてその為に必要なのは十分な休息であり、それを可能とするためには新たな拠点を用意する必要がある。

「何をしている。さっさと行くぞ。
 噂では近々、バーガーショップにグランド(クラス)のメニューが実装されると聞く。
 先刻は手早く買い集めたので聞き流したが、貴様の調子が戻ったのならば、その詳細を調査しなければ」
 そう言ってさっさと都庁舎の屋上を後にするセイバーを、若干早足になって追いかける。

 するべきことは他にもある。
 生存確認のために衛宮士郎と連絡を取る必要があるし、この事で大きく変化するであろう他のマスターたちの動向も把握したい。
 あの敵がまだ生きているとなれば、事と次第によっては他のマスターたちと手を組む必要さえ生じるかもしれない。
 そうなった時に有利に立ち回れるよう、手を回す必要もあるだろう。

「………………」
 屋上を後にするその直前、足を止めて背後を振り返る。
 眼下に広がる、夕暮れ時に差し掛かった東京の街並み。所々に見える幾つかの崩壊跡は、あの砲撃による消滅痕だろう。
 そこに別の参加者がいたことは間違いなく、その中にはあのアサシンやそのマスターも含まれているはずだ。

「――――――」
 あれ程の絶望的な状況を覆す最強の聖剣を、セイバーは有している。
 だというのにセイバーは、あのアサシンには決して敵わないと口にした。
 その理由は、なぜなのか。

 ――――王の夢を見た。

 この襲撃が起こる直前。
 アサシンの能力による頭痛(ダメージ)から回復するために仮眠をとった際、ある少女(セイバー)の過去を垣間見た。


 その少女は、王となるべくして生み出された。
 ある魔術師の手によって、始めからそのように定められた人生。
 戦乱に荒廃するある島国で、彼女は自らの運命に従い選定の剣を抜き王となった。

 王となった彼女は、この上ないほど正しく国を統治した。
 一寸の狂いもなく国を計る公平無私な政務。常に先陣に立って敵を駆逐し勝利を齎す武略。
 その選択に間違いはなく、王はあらゆる外敵から国を守り、国内のあらゆる問題を解決していった。
 民が求めたのは強き王であり、騎士が従うものは優れた統率者である。
 少年の如き姿の王を不審に思う者もいたが、王として完璧であるのなら、と追及する者はいなかった。

 ……王が正せなかったものは、ただ一つ。
 ある政策に端を発する、完璧すぎる王への不信だけだった。

 そしてそれが、落陽の始まりだった。

 王の統治は完璧だった。
 十の年月、十二もの会戦を、王は勝利だけで終わらせた。
 だがどのような戦いであれ、それが戦いであるのなら犠牲は出る。
 ならば前もって犠牲を払い軍備を整え、無駄なく敵を討つべきだと王は結論したのだ。

 それが非情な選択であることは彼女にもわかっていた。
 だが、当時としてはそれが最善の政策だったことは間違いなく、王の選択に私情は挟めない。
 王は私情を殺して決断を下し、誰よりも早く戦場を駆け、効率よく敵を(たお)し、犠牲となる民を最小限に抑えてみせた。
 ――――だが。

 “アーサー王は、人の気持ちが分からない”

 その私情を殺した政策の代償は、騎士たちの王への反感だった。
 ……おかしな話だ。
 彼らが求めたのは理想の王であり、彼女は王として完璧に国を守ってみせた。
 王の人としての感情など、誰も彼女に求めなかった。
 だというのに、王が完璧であればあるほど、騎士たちは王への反感を強めていったのだから。
 そしてその反感は、最悪の形で王へと牙を向いた。

 最後の戦い。
 蛮族たちとの戦いを、王はいつものように大勝で終わらせ、ついには和睦を結ぶに至った。
 だが、そうして束の間の平和を勝ち取り、遠征から帰還した王を待ち受けていたのは、玉座を簒奪した一人の騎士を筆頭とする反乱だった。

 この戦いで、騎士も騎士道も、全てが華と散った。
 反乱を起こした騎士は言うまでもなく、王に従った騎士も、王自身も傷つき倒れ臥した。
 得たはずの平和は無為となり、後に残されたものは、荒れ果てた国の姿だけ。
 それで終わり。
 己が運命に従った王は、ただの一つの敗北もないままに、何もかもを失い生涯を終えた。

 完璧であった筈の王の政策。
 勝利のために良しとした最小限の犠牲。
 定められた運命の歯車に磨り潰された、ちっぽけな感情(砂粒)
 それに端を発する“逆襲劇(ヴェンデッタ)”は、確かに果たされたのだ――――。


 英霊は、自らを構成する伝承によって強大な力を得る。
 だがそれ故に、時としてその伝承に縛られ、致命的な弱点を背負うことになる。
 であれば、なるほど。民を犠牲にしたことで破滅した王が、犠牲にされた民衆から生まれた逆襲者に勝てないのは当然の道理なのかもしれない。
 だとすればその道理は、自らの目的のために自国を滅ぼした己自身も例外ではなく―――

 ………だが。
 だとしても。

「それでも、最後に勝つのは……聖杯を手にするのは、この私だ」
 食い縛るようにそう呟いて、オルフェは今度こそ都庁舎の屋上を後にする。

 コズミック・イラの民衆も、セイバーに叛逆した騎士たちも変わらない。
 みんな同じだ、どうしようもない愚か者だ。
 誰もが一時の感情に流されて、世界平和を台無しにしている。

 ……けれど。
 だからこそディスティニープランを完遂し、愚かな人類を管理統制しなければならない。
 そしてその為にも、必ずや聖杯を手にし、現世へと帰還しなければならない。
 何故ならその管理者となる事が、オルフェ・ラム・タオが創り出された理由であり、

  ―――“私は選び、貴様は選ばなかった。”

 それだけが、今の自分に残された、唯一の存在理由なのだから。

  ―――“そんなだから、オルフェ・ラム・タオ───貴様は自分の女を取られた上に負けたのだ。”



【新宿区・東京都庁舎/一日目・夕方】

【オルフェ・ラム・タオ@機動戦士ガンダムSEED FREEDOM】
[運命力]通常
[状態]釈迦及び彼の中に見たイメージに対する激しい不快感(小康状態)、ゼファー及び彼のイメージする“英雄”に対する恐れと拒絶
[令呪]残り二画
[装備]
[道具]
[所持金]潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を入手し本懐を遂げる
0.……それでも、勝つのは私だ。
1.休息および魔力回復のため、早急に新たな拠点を用意する。
2.生存確認のため、衛宮士郎と連絡を取る。
3.他のマスターたちの動向を把握する。
4.仮称ランチャー(クリア)を最大限に警戒。場合によっては、他のマスターとも手を組む。
5.衛宮士郎を利用し、小鳥遊ホシノを殺す。アサシンとの戦闘は避ける。
6.バーサーカー(釈迦)とその葬者は次に会えば必ず殺す。………………紛い物が。
[備考]
※プロスペラから『聖杯戦争の参加者に関するデータ』を渡され、それを全て記憶しました。
 虚偽の情報が混ざってる可能性は低いですが、意図的に省いてある可能性はあります。
※プロスペラの出自が『モビルスーツを扱う時代』であると知りました。
 また『ガンダム』の名を認識しました。

【セイバー(アルトリア・ペンドラゴン〔オルタ〕)@Fate/Grand Order】
[状態]魔力消耗(大)
[装備]『約束された勝利の剣』
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:蹂躙と勝利を。
0.グランドクラスのバーガーか……。胸が弾むな!
1.急ぎ魔力を回復させる。つまりは食事だ! ビッグなパテを用意しろ!
2.仮称ランチャー(クリア)が再び砲撃を行おうとするのなら、次は砲撃前にこちらの宝具を叩き込む。
3.次にアサシンと戦うことがあれば、必ず殺す。……マスター次第、ではあるが。
4.バーサーカー(釈迦)は面倒な相手だった。次は逃さん
[備考]
※クリアの気配感知の感覚を覚えました。次に感知されていることを察知すれば、直感と併せることで、どこから見られているかの大凡の当たりを付けられます。


      ◆


「――――やられたな」
 眼下のすり鉢状のクレーター――首都圏外郭放水路の跡地を見ながら、クリアはそう呟いた。

 その身体は、決して無傷ではない。
 いや無傷どころか、致命傷と言っても差し支えないレベルの損傷を受けていた。
 右腕、右肢はおろか、右半身が完全に消し飛んでおり、残った左半身も大きく焼け焦げている。
 普通のサーヴァントであれば、とうに退去していてもおかしくない程の大ダメージ。

「ザレフェドーラを上回る威力の超遠距離攻撃は、さすがに想定していなかった。
 力の核も完全に砕かれてる。完全な状態での発動はもう出来そうにない」

 でありながら、クリアは何事もないかの様に振る舞っている。
 それも当然。生前ですらほぼ全ての内臓を失っても死なず、長い期間こそ必要ではあたが、術なしで自己回復させるほどの生命力・回復力を有していたクリアだ。
 サーヴァントとなった今、たとえどれ程のダメージを受けようと、霊核さえ無事ならその生存には何の支障も生じない。
 加えて。

「サーヴァントの身体の利点だな。一度霊体化すれば、表面的にはだが、どんな傷も修復される」

 クリアが一瞬だけ霊体化すれば、その身体は一見では完全な状態で実体化される。
 それはサーヴァントが、本質的には霊体であるが故の現象だ。

 サーヴァントにとって肉体とは、現世に干渉するために、霊核を魔力で覆ったものに過ぎない。
 そして霊核とは、文字通りサーヴァントの核であり、これを破壊されると、どのような不死性を誇るサーヴァントでも現世に留まることができなくなる。
 サーヴァントが実体化するのは、現世に干渉するためであると同時に、戦闘の際に弱点である霊核を守るためでもあるのだ。
 逆に言えば、霊核さえ無事なら、たとえどれほど肉体を損傷しようと、魔力で覆い直すことで容易に修復されてしまう。

「と言っても、完全な回復には時間が必要か」

 霊核は魔力消費、肉体損傷によって弱体化し、その状態で強力な魔力、呪い、宝具を受けるとサーヴァントは現界を保てなくなり、霧散する。
 そして肉体が魔力で構成されている以上、実体化による肉体の再構築の際にも当然魔力を消費するのだ。
 クリアはその特異性故に、肉体損傷に伴う霊核の弱体化が、他のサーヴァントよりも少ないというだけに過ぎない。

 それでもあれほどの宝具を受けたのだ。砕かれてこそいないが、霊核にも大きなダメージを受けている。
 その影響か、再構成した右半身の感覚は全くなく、強引に上昇させていた反動か、霊基の出力も大きく落ちている。
 戦闘続行スキルは有していないため、その状態での戦闘行動はさすがに困難だ。

「それにマスターの方も……だめだな、反応がない。ドローンも全部消し飛んだのか、見当たらない。
 霊基出力を上昇させるためにかなりの無茶をしていたし、こっちがやられたことで、向こうにも何かしらの悪影響が出たのかな?」

 加えて、マスターからの反応もない。
 術の発動をマスターに依存している以上、それでは術を使うことができない。
 もし今の状態でサーヴァントに襲われれば、逃げの一手すら打てるかも怪しいだろう。

「……仕方ない、一度マスターのところへ戻るか」

 霊核にダメージを受けた以上、領域外に長時間留まることは出来ない。
 ダメージそのものは魔力さえあれば回復できるが、ここまで離れていては、マスターからの魔力供給も乏しくなる。
 この場はマスターの下へと帰還し、“次”に備えるのが正解だろう。

 そう、“次”だ。
 ザレフェドーラの核が破壊されたということは、《力の還元》が行われるということ。
 ならば霊核を回復させるための時間で霊基を再臨させ、《完全体》へと近づければいい。

「今日の出来事は教訓だな。アーチャーとランサーと言う前例を知りながら、未だにサーヴァントを甘く見ていた自分への教訓。
 そして―――」

 言葉を切り、逆に感知されぬよう気配察知は行わないまま、東京の都心へと視線を向ける。
 そこには先ほどの宝具を放ったサーヴァントがいる。

「―――ザレフェドーラを倒した、あの黒い極光。
 ……危険な力だ。確実な『滅ぼし』が必要だ」

 単純な威力であれば、『ベルのバオウ』をも上回り得るあの力。
 いかなクリアといえど、その力の直撃を受ければ『完全体』となる前に消滅しかねない。
 円滑な『滅ぼし』の遂行のためにも、あの宝具を持つサーヴァントの力は看過できない。

「回復と再臨が終わるまでは二、三日といったところか。
 どれだけ短縮できるかはマスター次第だが、それが終われば、再び『滅ぼし』を開始しよう。
 それまで精々、他のサーヴァントと遊んでいるがいい、黒い極光のサーヴァント」

 クリアはそう口にすると、聖杯戦争の舞台……東京に隠れ潜むマスターの下へと戻っていった。


 ――そうして、黄昏の恐怖劇(グランギニョル)は幕を下ろした。

 滅亡の光景は訪れず、滅びの光は宵闇の星によって打ち払われた。
 だが滅亡の子はいまだ健在。故にそれは、ただの“第一幕”に過ぎない。
 訪れたのは一時の幕間劇。滅びを謳う者がいる限り、再び幕は開かれる。
 全てを消し去る滅亡の恐怖劇(グランギニョル)。その“第二幕”の開幕まで、あと――――


【埼玉県・首都圏外郭放水路跡地(冥奥領域外)/一日目・夕方】

【アーチャー(クリア・ノート)@金色のガッシュ!】
[状態]霊核へのダメージ(大)、右半身の感覚麻痺、霊基出力低下
[装備]
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:滅ぼす
1.マスターの下へと帰還。霊核の回復と同時に霊基を再臨させ、「完全体」へと一段階近づける。
2.回復及び再臨が終われば、“次の滅ぼし”を行う。
3. 黒い極光のサーヴァント(アルトリア〔オルタ〕)の力は危険だ。確実に滅ぼす。
4.アーチャー(冬のルクノカ)とランサー(メリュジーヌ)は予想以上。厄介だね。
[備考]
※クリアの呪文による負傷は魔術的回復手段の他に、マスターの運命力を消費することでの回復も可能です。
※『魔本』という第三の霊核、『シン・クリア』という力の器などの特異性により、肉体の損傷が致命的なダメージになり難いです。
※ザレフェドーラの力の核が破壊されました。それにより力の還元が行われ、以降完全な状態での発動は不可能になります。

[全体の備考]
※ザレフェドーラによる全参加者目掛けての砲撃は、計三度行われました。


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最終更新:2025年05月27日 09:34