◆◇◆◇


 あの日からずっと、風は“死の匂い”を運んでくる。

 鉄の匂い。汗の匂い。ガソリンの匂い。革と布の匂い。
 密閉された操縦席の中で、草臥れた嗅覚を撫でるもの。
 熱と共に入り混じった数多の匂いが、不愉快なまでに脳を刺激する。
 そのすべてが戦争の匂いであり、地獄へと誘う死の匂いだった。

 風を切る音が、操縦席の窓を打ち付けるように幾度となく木霊する。
 回転するプロペラやエンジンの音が、けたたましく響き渡る。
 戦闘機――模擬戦で幾度となく操った“零戦”は、身体のように馴染む。
 だというのに、操縦桿を握る手は強張ったまま鎮まらない。
 見開いた両眼は、焦燥と動揺に震えたまま収まらない。

 空を超えて、雲の彼方――。

 天と地に広がる、一面の蒼色。
 空と海が同時に存在する、上空の世界。
 憔悴しきった魂が、無骨な鉄屑によって飛翔し続ける。

 このまま、彼方へと逃げ出せるのではないかと。
 そんな錯覚さえも抱いてしまう、青色の世界。
 しかし、肉体と魂は、重力に引かれ続ける。
 己の業を責め立てるように、心は苛まれる。
 逃げ場などないと、誰かが囁いてくる。

 感情は、あべこべになる。
 恐怖と後悔が、綯い交ぜになる。
 この鉄の空間の中で、この青い空と青い海の狭間で。
 一人の青年は、背負わされた“大和魂”をかなぐり捨てていく。
 それが共に戦う仲間達への背信であると、理解しながら。

 ――“生きて帰ってきてください”。
 母から託された祈りが、己の拠り所だった。
 生きてこそ。生きていれば。家族のもとへ、帰ることができれば。
 その果てに何かを得られるのだと、今は信じるしかなかった。
 そうしなければ、きっと全てが崩れ落ちてしまうから。

 空と海は、果てしなく広がる。
 無限に続く、冥府への道のように。
 飛び続けた先に、何があるのかなど。
 彼はまだ、知る由もない。

 敷島 浩一。
 大日本帝国軍、海軍航空隊の少尉。

 彼は、“死のにおい”に呪われる。
 彼の“戦争”は、まだ終わらない。




 風はいつだって、“死の匂い”を運んでくる。
 過去の罪も、業も、終わることはない。
 そう告げるかのように、それは無慈悲に吹き抜けていく。

 灰色の記憶が、回転する。
 万華鏡のように、鮮明に切り替わる。
 日本。東京。戦禍を乗り越え、復興の道を進まんとしていた都市。
 百貨店に象徴される銀座の街は、焦土と化していた。

 “キノコ雲”が、空高くへと立ち昇る。
 破滅を齎す原子の乱雲が、朱色の空を穿つ。
 風は漆のように、天を深い黒色に染めていく。
 怒りも、哀しみも、降り注ぐ死の雨が全てを洗い流す――。

 放射能。死の灰。汚染雨。
 原子の穢れが、この大地を覆い尽くす。

 悍しい咆哮が、響き渡った。
 全てを踏み躙った“漆黒の怪獣”が、天へと向かって叫んだのだ。
 まるで聳え立つ巨塔のように、廃墟の地に君臨する。
 蝕まれた空のように黒く大きな影を、ただ茫然と見上げていた。
 ――呉爾羅(ゴジラ)。荒神は、その名を冠する。

 黒き荒神の齎した暴風は、傍にいた“彼女”の命を奪っていった。
 身を挺して自分を庇い、そして“彼女”は命を蝕む爆熱に飲み込まれた。
 己はただ、眼前でその顛末を眺めることしかできなかった。

 戦争に負けたこの国で。荒れ果てたこの世界で。
 帰る場所も、帰る家族も、大義さえも失ってしまった。
 あの戦争を体験した苦悩と、仲間達を差し置いて生き長らえた己への後悔は、癒えることはなかった。
 その失意の中で“彼女”と出会い、“彼女”に支えられながら己を保ってきた。
 此処に居る己自身を信じられなかった“俺”を、“彼女”は必死に繋ぎ止めてくれた。

 生き残ってしまった自分は、幸福になる資格などあるのか。
 恐怖に打ち克てなかった己に、前を向くことなど赦されるのか。
 その答えを導き出すことは、できなかったが。
 それでも、“彼女”の温もりだけは――確かに其処に在った。
 そう、在ったのだ。

 荒れ狂う凶つ風は、何の慈悲もなく。
 “彼女”さえも、死の世界へと巻き込んでいく。

 苦痛も、悲壮も、憎悪も、絶望も。
 全てが綯い交ぜになり、心を食らい尽くていく。
 身体を掻き毟る感情が、途方もない無力感と化していく。

 また、自分だけが生き残ってしまった。
 ――生き延びてしまったのだ。

 喉から零れ出るものは、叫びだった。
 空を仰ぎ。雨を仰ぎ。黒き影を仰ぎ。
 この手が何にも届かぬ絶望を、むざむざと思い知り。
 そして己の激情の全てを、慟哭と共に吐き出した。

 何かを奪われ、喪って、ただ独りで取り残される。
 何も得られず、何も救われず、逃れられぬ悪夢だけが其処に在り続ける。
 所詮それが己の宿命であると、突きつけられるかのようだった。

 生きていく道標さえ見失ったまま、灰塵の中を彷徨い往く。
 まるで影法師のように、魂は揺らぎ続ける。
 己が払わねばならなかった代償を、直視させられる。

 屍の山を乗り越えたまま、何も清算などできなかった。
 あの零戦に乗って、大戸島へと落ち延びた時から。
 咎を背負い続ける宿命に、魂を絡め取られていたのだろう。
 撃てなかった。戦えもしなかった。何も守れやしなかった。
 そして今、その罪が“化身”として立ちはだかる。

 “俺”の戦争は、まだ終わらない。
 終わるはずが、なかったのだ。
 これまでも――これからも。

 背負ってしまった呪縛は、今もなお牙を突き立ててくる。
 黒く蠢く巨影と化した悪夢が、破滅の慟哭を轟かせる。


◆◇◆◇


 これは夢か、幻想か。
 その答えは分からなかった。
 しかし敷島は、確かにその情景を知覚していた。

 荒れ果てた大地に、一輪の花が咲いていた。
 乾いた砂漠に、それは孤独に佇んでいた。
 周囲に咲いていた他の花々を蝕み、枯れ果てさせて。
 そのチューリップは、生き長らえていた。

 煤けた色の世界が、茫然と広がる。
 焦土にも似た情景が、視界を覆い尽くす。

 その中に一つだけ、忽然と存在する花。
 命を渇望し、生きることを望み、犠牲を払い。
 赤い花弁は、血のように鮮明な姿を保ち続けていた。
 それは冥王のようにおぞましく、力強く――。

 敷島は、見知らぬ光景を認識していた。
 荒涼とした世界に生き抜く花を、その双眸で見つめていた。

 罪と業を背負うように、チューリップは咲き続ける。
 あの戦争を生き延びてしまった、己と同じのように。
 数々の犠牲を払いながら生にしがみつく、自分の姿が其処にあった。

 ああ、今になって振り返れば。
 これが自分にとって、“聖杯戦争”の始まりだったのだろうと。
 敷島は、ただ呆然と確信していた。


◆◇◆◇


 風は運ぶ。“死の匂い”を。
 荒れ狂うような、“憎しみの気配”を。

 聖杯戦争。冥界に導かれた“葬者”達による、生還と願望を賭けた闘争。
 たった一つの座席を巡って争う、血と殺戮の舞台。

 あの銀座の惨劇を経て、己はこの世界に招かれた。
 御伽話か、あるいは神話の物語か。一変した状況に、戸惑いを抱いた。
 それでも敷島は、己の頭に刻まれた“聖杯戦争の知識”によって、その現実を受け止めざるを得なかった。

 全てを喪い、地の獄へと堕ち、そして再び“戦争”を突きつけられる。
 まるで宿命のように訪れた顛末に、敷島は諦観のような思いを抱いた。

 生きて、どうする。
 希望を探して、何になる。
 どうせ己に、幸福の権利などないのに。
 “大石典子”に応えられず、彼女さえも喪った。
 敷島の胸に込み上げるのは、虚無だけだった。
 己の未来に、願望など見出せない。

 だから、このまま去ることも考えた。
 聖杯戦争を放棄し、全てを諦めることも思った。
 己の荷物を投げ出し、命を差し出しても構わない。
 そう思うほどに、敷島は打ちのめされていた。

 ――それでも彼は、あの日に出会った。

 東京の西端、奥多摩と呼ばれる山岳地帯。
 人など寄り付かぬ、真夜中の森と峠。
 月明かりと星空にのみ照らされる、神秘の世界。
 文明が広がる大都市の片隅に残された、自然の原風景。
 川の流れは、夜の暗がりの中でも変わらない。

 その闇の向こう側に、敷島は導かれた。
 そして彼は、猛り狂う“嵐”を見た。
 風が運ぶ“死のにおい”を感じ取った。

 断崖のような道路。
 ガードレールに手を添えて、敷島は宙を見上げた。
 眼前に広がる、暗がりの風景の中。
 聳える山の遠い彼方で、“嵐”が巻き起こっていた。

 ――暴風。崩落。破砕。激動。
 まるであの戦争にも似た、禍いの気配。
 全てを飲み込む音が、この距離からでも耳に届いた。
 星明かりのみが道標となった暗闇の世界でも、それは視界に入った。

 巨大な“竜巻”が、天を貫いていた。
 けたたましい音を鳴らしながら、それは吹き荒れていた。
 激しく風を切り、山を抉り、空をも黒く染めていた。
 荒れ狂う巨柱は、あらゆるものを破壊しながら進撃する。


 敷島は、確かに感じていた。
 その竜巻の中で巻き起こる、熾烈な闘争を。
 遠方に佇んでいるにも関わらず、まるで第六感のように。

 西洋の騎士にも似た姿の剣士が、嵐へと向かって翔んでいた。
 山岳の大地を蹴る勢いのままに、数百メールもの上空へと飛び立っていた。
 そうして暴風を剣で断ち切りながら、竜巻の中心に存在する“黒い影”へと肉薄していく。
 人知を超えた存在は、雄叫びを上げながら空中での戦闘を繰り広げる。

 それは、聖杯戦争。サーヴァントと呼ばれる英霊同士の闘争。
 この地に招かれ、敷島は初めて死戦を察知することになる。

 ああ――これは、何だ。
 敷島は、その騎士が対峙する“黒い影”を感じていた。
 天地を揺るがし、吹き荒れる竜巻を巻き起こす“破壊の巨影”。
 全てを飲み込み、粉砕し、それは狂乱していた。
 二本の角を持つ影は、恐るべき悪魔や死の神のようだった。

 巨躯を持った“黒い影”が、嵐の中心で咆哮する。
 迫る騎士の放つ剣技を、まるで寄せ付けることもなく。
 その漆黒の肉体から放たれる暴威が、猛き騎士を打ちのめしていく。

 拳の一撃が、騎士の甲冑を打ち砕く。
 振るわれる剛脚が、騎士の肉体を叩き潰していく。
 超人的な剣術と、超常的な異能で応戦を試みる騎士。
 されど天を穿つように放たれた閃光さえも、黒き肉体を傷つけることは叶わず。
 そのまま騎士は、成す術もなく巨影の暴威に曝され続ける。

 嬲る、嬲る、嬲る、嬲る、嬲る――。 
 次々に繰り出される質量の打撃。
 圧倒的な力による蹂躙の連続。
 黒腕も、黒脚も――頭部の双角も、全てが凶器と化す。
 行使される全ての熱量が、敵を無慈悲に捻じ伏せていく。

 叫ぶ。“黒い影”は、無我夢中に吠え続ける。
 騎士を肉塊へと変えながら、咆哮を轟かせる。
 “死の匂い”が、壮絶な嵐の中で迸る。


 敷島は、その死闘を遠方から知覚していた。
 まるで目の前で起こっている出来事のように。
 それが身近な事象であるかのように、感じ取っていた。

 黒い巨躯。猛り狂う暴威。
 全てを蹂躙する、果てなき災厄。
 罪と業の化身の如く、それは現れる。

 まるで、あの荒神のようだった。
 大戸島に出現し、本土への上陸を果たし、その力によって全てを踏み躙った“禍い”。
 巨影。黒竜。怪獣――破壊の化身、ゴジラ。
 荒れ狂う神の姿を、敷島は“騎士を蹂躙した黒い影”に見出した。

 それが己のサーヴァントであることを、既に理解していた。
 バーサーカー。理性を奪われ戦い続ける、狂戦士のクラス。

 あのゴジラは、まるで戦争という惨劇を祟るように現れた。
 戦火で踏み荒らされた世界に憤るように、人間を激しく攻撃した。
 そして、黒い影――バーサーカーもまた、その内奥に“意志”を宿していた。

 叫び声が木霊する。咆哮が轟き渡る。
 “死の匂い”を運ぶ風の中心で、黒き狂戦士は吠え続ける。
 まるで、怒りを放つように。憎しみを絞り出すように。
 ――苦痛と悲しみに、苛まれるかのように。
 負の感情が、嵐と共に吹き荒れていく。

 その絶叫は、慟哭にも似ていた。
 銀座の惨劇。黒い雨の下で泣き叫んだ、あの日の己と同じように。
 黒き狂戦士は、悲嘆のような叫びを轟かせていく。
 自らが背負う悪夢に苦しむように、彼は狂乱を繰り返す。

 それは、嗚咽だった。
 自らを蝕む憎悪に悶える、哀れな叫びだった。
 罪と業を託され、狂気に駆られ、ただ突き動かされる。
 敷島はその姿に、哀しみを抱いた。

 ああ、お前も。
 悪夢を背負っているのか。
 “死の匂い”に、囚われているのか。

 そうして敷島は、“戦う力”を手にした。
 己の存在をこの地に繋ぎ止める“慟哭”を、その胸に深く刻み込まれた。




『西欧の古き神々、“死の神”には角が付いていた』

『戦士の魂を奪う狩人、ハーンは“角の王”と呼ばれた』

『ギリシャ神話においては、冥界の王ハデス』

『あるいはローマ神話においても、角を持つ冥王がいた』





 気の遠くなるような、空の下だった。
 雲一つない晴天。蒼が澄み渡って、世界を覆い尽くす。
 朱色に輝く太陽が、世界を照らし続ける。
 聳え立つ無数のビルが、地上を見下ろす。
 文明が広がる。繁栄が謳われる。少なくともこの世界の表側で、“平和”は成就していた。
 そうして果てなく広がる情景の全てが、敷島にとっては未知のものだった。

 ここが冥府の底であることにも気付かず。
 記憶によって作られた、偽りの世界であることも知らず。
 ましてや戦争の只中であることなど、知る由もなく。
 日々を生きる大衆――住人達は、大都市の繁華街を行き交う。

 灰色のコンクリートで塗装された道に、無数の足音が響く。
 東京都中央区、銀座。戦前以来の百貨店が建つ、都内有数の大都市。
 何気ない日常は、賑やかな喧騒に溢れていた。
 戦時下の混乱の匂いは、何処にもなかった。

 友人と会話を交わす者。家族と共に寄り添う者。愛する者と手を繋いで歩く者。気ままにひとりで彷徨う者。
 横断歩道の前では、ほんの少しの時間つぶしにスマートフォンを覗き込む者達が並んでいる。
 老若男女。数多くの人々が、今日という時間を過ごしている。

 みんな、今だけを見つめている。
 過去を振り返ることもなく、ただこの日常の中を生きている。
 ――故に敷島という男は、この街の“異物”と化す。
 誰にも省みられず、誰にもその苦悩を気付かれることなく、彼は人混みのはざまを幽鬼のように彷徨う。
 安息に満ちた群衆の片隅で、ひとつの孤独な虚無が浮遊する。

 過ぎ去った戦争の亡霊。忘れ去られた過去の傷跡。
 彼という男は今も、眼の前の“平穏”を茫然と見渡している。

 きっと誰もが、こんな平和な世界を望んでいた筈だった。
 あの過酷な戦時下の中で、誰も彼もが嘆きと怒りに苦しみ、こんな日常を求めていた筈だった。
 それでも――自分にとって、此処は“異界”でしかなかった。

 戦争を生き延びてしまった時から、己の罪にずっと呪われたままだった。
 過去を振り切る勇気も、幸福に生きる決意も掴めなかった。
 あの“戦後の日本”で、彼は一歩を踏み出す未来を見出だせなかった。

 そして今、敷島は“戦後の果ての世界”へと放り出された。
 戦争の爪痕は“過去の歴史”へと変わり、人々は今を生きるために前を向いている。
 平和を享受し、安息の一時を過ごしている。
 ただひとり。自分だけが、夢の中を彷徨っているような感覚に囚われ続ける。

 自分の居場所は、此処ではない。
 自分は、此処に居てはならない。
 敷島の中で、誰かがそう呻く。
 それが己自身の声であることに、彼は既に気付いていた。

 悪夢に囚われた己に、この未来を生きることは出来ない。
 戦争に縛られた魂は、平和な時代を歩むことが出来ない。
 それは敷島という男を蝕む、黒い雨のような呪縛の念だった。

 最早、自分の居場所は何処にもない。
 未来を望むことは愚か、典子の手を取ることさえも適わず、あの悪夢の前で慟哭することしか出来ない。
 自分に生きていく資格などあるのか。このまま消えゆくのが、己に相応しいのではないか。
 心の奥底で、そう思っていた――あの“黒い影”に出会うまでは。

 双角を持つ“死の神”は、叫んでいた。
 己と同じ“哀しみ”と“憎しみ”に吠えていた。
 あの光景を目の当たりにした時から、敷島の道は決まっていた。
 己は、彼と共に戦う他ないのだと。

 ――そう理解した時から。
 彼の魂の奥底で、戦いへの意志が芽生えていた。
 自らの罪と業を断ち切るための、最後のよすがに触れていた。

 敷島浩一は、悟っていた。
 己の呪いは、戦争は、永劫に消えることはない。
 奇跡の力に、頼らない限りは。

 敷島浩一は、決意していた。
 聖杯という奇跡の力があれば、全てを変えられる。
 万物の願望器を掴めば、全てを終わらせられる。

 己の背負った罪と業を、清算できる。
 己が見殺しにした命を、救うことができる
 己のせいで犠牲になったものを、掴み取ることができる。

 あの零戦に乗った時から、背負い続けてきた悪夢。
 あの怪獣と遭遇した時から、背負い続けてきた絶望。
 今度こそ戦争を、終わらせることができる。

 そのために、聖杯戦争で勝ち残る。
 この“最後の戦争”で、全てに終止符を打つ。
 それが敷島の選んだ道だった。
 これが狂気や妄執の類いであることを理解した上で、彼はそうせざるを得なかった。

 ――そして、“俺”は。
 ――“彼”の憎しみを、武器として使う。

 己が召喚したサーヴァントの黒い影が、脳裏に過ぎる。
 あの夜に轟いた慟哭が、頭の中で残響を繰り返す。
 嗚咽のような叫びを、決して忘れることはなかった。

 彼の苦しみを、絶望を、自分はこの戦争で利用する。
 奇跡を掴み取るための武器として、彼を行使していく。
 その業を引き受ける覚悟を決めねば、己は勝ち抜けない。
 彼の叫びを、敵を潰すための暴威として刃へと変える。


 己は結局、罪を重ねることしかできない。
 それでも、その果てに奇跡を掴めるのなら。
 全てを終わらせることができるのなら――。

 その瞳は、澱むように濁っていた。
 疲弊と虚無に彩られ、絶望を湛えていた。
 それでも、その奥底には、決意の燈が揺らめいていた。
 感情の混沌の中で、全てが入り混じっていく。

 あの焦土の銀座に佇む己自身を、追憶しながら。
 戦争など振り返りもしない世界に、虚しさを抱きながら。
 敷島は、ただ群衆の中を歩み続ける。
 己の世界は、此処ではない――勝ち抜いて、清算して、帰らねばならない。

 そうしなければ。
 太平洋戦争は、終わらないのだから。
 己は地獄の底から、抜け出せないのだから。

 覚悟と妄執の狭間で、幽鬼のように往く。
 過去を振り返ることをやめた、繁栄の人混みの中で。
 一人の帰還兵が、最後の戦場へと赴く。



◆◇◆◇


 嵐が来る。憎しみの嵐が。
 苦痛と悲壮の咆哮が、この地上に轟く。
 それは果たして、誰が為の叫びなのか。

 魂の奥底。意志の根幹。
 止まぬ衝動が、猛り狂う激流と化す。
 冥府の彼方に、慟哭が木霊する。

 ――だれか、この悪夢を終わらせてくれ。


◆◇◆◇


【クラス】
バーサーカー

【真名】
プルートゥ@PLUTO

【属性】
中立・狂

【パラメーター】
筋力:A++ 耐久:A 敏捷:A+ 魔力:D 幸運:E 宝具:A

【クラススキル】
狂化:C++
憎しみによって理性の多くを奪われ、ただ標的を殲滅する狂戦士として立ち続ける。
サーヴァントとして現界した彼は“ロボット以外の存在”を攻撃することができる。
それは狂化の“呪縛”によって最後の一線を超えたことを意味するのか。あるいは“過ちを犯す”という、“人間的な意志”が成就した証なのか――。

【保有スキル】
機巧の遺伝子:A
自らの“主”であり“父”である科学者の憎悪を刻み込まれ、世界最高峰のロボット達を次々に葬った逸話の具現。
バーサーカーは契約を結んだマスターの“感情”と“記憶”に同調し、精神的な影響を受けていく。

偏執:A+
意志に刻み込まれた“偏った感情”――怒り、憎しみ、悲しみによって彼は戦う。
戦闘中、プルートゥは自らの強烈な感情に呼応して筋力・耐久・敏捷のステータスを上昇させる。
「機巧の遺伝子」によって自身のマスターの感情と共鳴することで、その効果は更に上昇する。

嵐襲:B
彼は神出鬼没の連続ロボット殺害犯として、世界各地に出現を繰り返した。
戦闘態勢に入るまでの間、自らの気配を大きく遮断する。
更に自身が奇襲や強襲を仕掛けた際、命中判定とクリティカル判定に有利な補正が掛かる。

漆黒の冥王:B+
彼はプログラムされた憎しみに突き動かされるがままに、数々の死闘を繰り返してきた。
同ランクの「戦闘続行」「勇猛」「単独行動」スキルを兼ね備える。
また自身と対峙した敵に対し、一定確率で恐怖のバッドステータスを与えて全判定のファンブル率を上昇させる。

電磁縛:C
プルートゥは人工知能の欠落したロボットの肉体を遠隔操作する能力を備えていた。
魔力を帯びた電磁波を放つことで他者へと干渉する。
NPCや死霊、シャドウサーヴァントならば遠隔から支配・使役することが可能だが、複数の存在へと同時に干渉すると精度が低下する。
また魔力パスを備えた葬者やサーヴァントの支配・使役は不可能だが、電磁波の干渉による影響――意識や感情の伝達などが発生する可能性がある。

【宝具】
『地上最大のロボット』
ランク:B++ 種別:対軍宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
ある一人の科学者が抱いた“憎悪”を継承し、復讐の尖兵として使役された“ロボットとしての肉体”そのもの。
圧倒的な膂力と伸縮自在の双角を武器とする他、巨大な竜巻を発生させるなど天候を自在に操る力を持つ。
また世界最高峰のロボット達を葬ってきた逸話から、機械や人造生物などの“人工的な存在”に対しては攻撃力が倍増する。

『地の果てを超え、光の彼方へ』
ランク:A 種別:対壊宝具 レンジ:1 最大捕捉:1
生前の最期に妄執から解き放たれ、己が身と引き換えに地球崩壊の危機を防いでみせた逸話が宝具へと昇華された。
大火力攻撃や概念攻撃などの性質を問わず、あらゆる“攻撃”をその肉体で受け止めて完全に無効化する“絶対防御”の宝具。
任意発動型の宝具であり、連続での発動は行えないものの、その効果は概念防御の領域へと至っている。
――“憎しみに囚われた破壊者”として現界しても尚、この宝具が劣化することはなかった。

【人物背景】
プルートゥ”――その名は“死の神”、あるいは“冥府の王”の意味を持つ。
世界最高峰と謳われた7体のロボットを次々に襲撃し、圧倒的な戦闘力によって破壊していった正体不明のロボット。
その正体は、祖国に花畑を作ることを夢見た一人の優しき人間型ロボット。

バーサーカーとして召喚されたプルートゥは、“憎悪に使役される破壊の化身”としての在り方が強く打ち出されている。
そのためか、生前の終盤――自らが死に至るまでの記憶が欠け落ちている。

【サーヴァントとしての願い】
この憎しみに突き動かされるがままに戦う。

【マスターへの態度】
狂化によって理性の大半を奪われた彼は、ただマスターに従い続ける。
しかし敷島の抱える“絶望”と“後悔”は確かに感じ取っている。



【マスター】
敷島 浩一@ゴジラ-1.0

【マスターとしての願い】
今度こそ、“戦争”を終わらせる。

【能力・技能】
戦闘機による模擬戦ではトップクラスの成績であり、操縦や射撃に関しては卓越した技術を持っていた。
しかし戦局の切迫した太平洋戦争末期において特攻隊に選抜され、そのまま実戦を経験することなく終戦を迎えた。

【人物背景】
戦時中、日本軍の海軍航空隊に所属していた青年。
戦時中はエース候補と目された戦闘機乗りだったが、戦局の悪化によって特攻隊に編成されていた。
やがて彼は数多の犠牲と後悔を背負いながら、太平洋戦争を生き延びることになる。
“戦争”と“ゴジラ”。戦後の日本に帰還した敷島は、過去の悪夢との対峙を余儀なくされる。

参戦時期はゴジラが本土上陸を果たし、銀座を焦土に変えた惨劇の直後。

【方針】
己の中の恐怖を乗り越え、勝ち残る。

【サーヴァントへの態度】
勝ち抜くための“武器”として使う。
同時に彼はバーサーカーの慟哭に宿る“悲壮”と“憎悪”を悟っている。
それ故にバーサーカーへの負い目を背負っているが、それでも敷島は願いのために彼を従えることを選んでいる。

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最終更新:2024年05月31日 17:41