「はぁー、顔が良くて金か地位があって優しい男の人いないかなぁー」
午後のティータイムを楽しんでいたわたしの横で、同僚の少女、
ユメハはぼやきながら、書き上げた依頼報告書を斜め読みする。
日々激務に追われる傭兵であるわたし達だが、時に依頼がない日はこうやって束の間の休息を楽しむのだ。
といっても、ベテランの上、実力も備わっているユメハはなかなか休みがないようだが。
「・・・高望み・・・しすぎ、じゃない?」
「そう?でもさ、ヴァルハラのケビンさんとか
ファントムのフォルアさんとかそれっぽいじゃん!」
わたしがぽつりと口を開くと、ユメハからはこう返ってくる。
確かに彼らは魅力的な男性と言えるだろう。
これにもう一人付け足すのなら、ヘルヤ大陸の聖騎士、ケーニッヒだろうか。
(しかし、彼らは人気がありすぎる。うん)
心の中でそう結論をつけると、ユメハが思い出したようにはっと何かをひらめいた。
彼女はまじまじとわたしの顔を見ると、
「
ゾリャーってさー、レインフォースのお嬢様なんでしょ?そういうコネとかってない?」
「・・・いいえ、ないわ」
「じゃ、じゃあ昔の恋人とか!」
昔の恋人、この辺りでぴくりと指が動いた。
ユメハはそれを見逃さず、こう続ける。
戦場でクロスボウや危険物を扱う女傭兵の顔はそこにはない、そこにあるのは、年頃の多感な少女のそれだった。
「ねえねえ、どんな人どんな人?」
「・・・そうねぇ」
カップの中の紅茶を眺めながら、わたしは過去を振り返る。
「わたしの、一目ぼれ・・・だった・・・んだけど、ね」
そう、今から数年前の出来事だった。
極度のどもり症で気弱、あがり症なうえトロくさい幼き日のわたしは意思表示は勿論、魔法の詠唱さえまともにできない、劣等生だった。
そもそも、どこで優劣が決まるかといえば、魔法大国であるレインフォースでは、魔術の才能や技能、それがその人の全てを決めるのであった。
ここ、輝石大陸の魔術形式は詠唱を利用する魔法がメジャーであり、詠唱が満足にできないわたしは、それが判明するとすぐさま爪弾きにされたのであった。
形式や体面に気を払う貴族ならばなおさらのこと、魔術に優れぬ劣等生への風当たりは強くなる。
そんな面倒で窮屈な社会。
幼い頃のわたしは、その境遇により、今よりももっと陰気で内気な子であったことを覚えている。
「・・・・・・ぶとう、かい・・・?」
「そうよ。そこで、有能な男性を見つけて、取り入るのよ。あなたはただでも才能がないのだから」
「・・・・・・」
ある日のことだった。
こんなわたしにも、そろそろ婚約者が必要だろうと、親族が手を回してとある舞踏会に出ることになった。
普段よりも豪奢なドレス、素敵なアクセサリー、わたしの胸は高く踊った。
でも・・・・
「・・・・あ、あの・・・・」
「なんだいなんだい。こっちは忙しいんだ。後にしてくれ」
「・・・わ、わた・・・・わ」
「どうしたんだい?言わなきゃ解らないよ」
舞踏会にでても、こんな有様で、わたしはすぐに孤立してしまった。
声をかけようにも勇気が出ない。
こんな有様では、またみんなに笑われる・・・
せっかく期待をかけてくれた母や父に申し訳なくなる。
わたしは思わず涙ぐんでしまった。
「どうかされてたのですか?」
ふいにかけられた一言。
はっとして涙で濡れた顔をあげる。
そこには
「涙を拭いて下さい。かわいい顔が台無しです」
「・・・え・・・あ・・・・あぁ・・・ぅ」
わたしの目の前に、男の子の顔。
少し年上なのだろうか、背の高い黒い髪の褐色の肌の子だった。
彼は軍服に身を包んでいたから、きっと会場の護衛に来ていた王宮騎士団の見習いなのだろう。
少年ながら端正で凛々しい顔立ちが目の前のそこにあって、わたしの胸は今にもオーバーフローしそうだった。
あたふたしていっぱいいっぱいになりながら涙をぬぐうわたしの手を取ると、彼は、
「少し、落ち着かれましたら僕と踊りましょう。お嬢様(マドモアゼル)」
と、幼さの残るあどけない顔に笑顔を作って見せた。
その笑みに影が見えたのは、一瞬のことだった。
「・・・・わあぁぁぁ」
わたしの頭が真っ白になる。
眼を覚ました時、真っ先に飛び込んできたのは真っ白の天井。
わたしは会場のあった屋敷の客間に寝かされていた。
「・・・・わたし」
わたし、あのまま倒れたんだ。
両親や親族の怒りの形相や失望の様子がすぐさま頭の中に連想される。
(期待をかけてくれたのに・・・)
そう気を落としていると、がちゃりと扉が開く音がした。
男の人が何人か入ってきて、その後ろから彼が男の人に続いてわたしの前に並ぶ。
「申し訳ございません、エイジェルステッド嬢。うちの新米がとんだご無礼を」
「こら、お前もなんか言ったらどうだ。
エーヴェルト」
「はい・・・。師団長」
ぽかんとしたままのわたしをよそに、彼らはかしづき、頭を垂れる。
上官らしき人物にぽんと前に出された彼、エーヴェルトはしゅんとした顔でわたしにこう告げた。
「・・・すみません、僕が声をかけたばかりに」
「いいえ・・・むしろ、あの・・・そ・・・・その・・・」
思わず言葉が詰まる。
いつものことだが、頭の思考が思うように言葉にならない。
「・・・ゆっくりでかまいません。深呼吸して」
「あ、こいつ!また!」
「あ・・・あの!お、おこらないであげてください・・・!!」
そっとわたしの手を握って、優しくささやく。
本人にその気はあるのかないのかその時は解らなかったが、そのささやきが、とても甘美なものに思えた。
むっとした上官らしき人物がすぐさまエーヴェルトを止めにかかったけど、咄嗟にわたしの言葉が制止を遮った。
「ですが、我らは騎士です。出すぎた真似は・・・」
「い、い・・・いいの・・・いいのです!」
普段なら、絶対口から出ない言葉がすらすらとわたしの口からでてくる。
まるで別人になったようだった。
その時のわたしは、ただ気を使って優しくしてくれたエーヴェルトが叱られるのが嫌だったという思いでいっぱいいっぱいだった。
「・・・か、かれに・・・お、おれ・・・おれいを・・・・いわなくては、いけないのは・・・」
「わたし・・・のほう・・・・なのです・・・・」
わたしの言葉に、男の人たちが口を噤む。
彼も、ぽかんとしていたが、すぐさまこわばった顔を崩して、やんわり笑みを浮かべると、わたしにこう返した。
「有難き幸せでございます」
それが、わたしと彼の出会いであった。
それから、わたしは縁のなかった社交界に興味を抱くようになった。
また、彼と会えるかもしれないから。
その時は、この淡く芽生えた感情が「恋」だなんて、知らなかったけれど。
「・・・そう・・いえば・・・、あの時、なんで・・・?」
次に彼に会ったのは、それから数ヵ月後のことであった。
買い物に出かけた街で、ふいに休暇中の彼を見かけたので、お茶に誘ったのだ。
「あなたの眼が、僕と似ていたので・・・つい」
「眼?」
彼はわたしの問いにそう答える。
- その横顔は少し寂しそうで、憂いを湛えたものだった。
「ええ。その、僕・・・魔術が苦手で、周囲からあまり良く思われて・・・なくて」
「・・・!」
少し沈黙を置いてから、彼はゆっくりと口を開き、言葉を紡ぐ。
その告白に、わたしの中で何かが弾けた。
「・・・わたしも」
「え?」
「わたしも・・・おなじ」
その境遇が自分に重なったのだ。
魔術が出来ない故に周囲から疎まれ、ひどい眼で見られる・・・彼も、そんな一人だった。
親近感を覚えたわたしは、ますます彼に焦がれるようになって、
社交パーティや街に出たときはそわそわしていた記憶が今も残っている。
彼もそんなわたしに何かを感じたのか、徐々に出会う機会も多くなった。
といっても、よくあるカップルのように頻繁にではないし、会ってもちょこちょこ話をするくらいの関係だった。
なにせ、彼は騎士団の一員であり、そんなに抜け出してくることもできなかったし、
わたしも、色々考えは巡るのだが、どうしても言い出す勇気がでなかったのである。
そんな関係が続いてた幼き日々・・・
ある日、彼がこんなことを呟いた。
「僕、がんばって修行して強くなりたいんです」
「・・・つよく?」
意思を秘めた新緑の瞳で、わたしのアメジストの眼をみつめるのだ。
ぽっと顔を赤らめるわたしのことなんてお構いナシに、エーヴェルトは続ける。
「そうすれば、きっと父上も母上も、みんな見返してくれる。僕を認めてくれる」
「その為にも、強い力が欲しい。」
「・・・・」
顔の赤らみを抑えようとしても、どうにもならないし、胸もどくどくする。
わたしをよそに語るエーヴェルトの顔には憂いと、そして焦りがあった。
そして、
「いや、そんな力、この手でもぎ取って見せる」
彼は、こう呟いた。
その言葉にわたしは少しぞっとした。
理由は解らないけれど、何か恐ろしいもののような気がして仕方なかった。
「あ・・・。す、すみません、つい自分のペースで・・・」
「い・・・いいえ」
先ほどの言葉の意味を考えながら胸の高まりを押さえつけようとするわたしに、はっとしたエーヴェルトが声をかけた。
「少し熱があるのですか?顔がその、赤いような」
「・・・ち、ちがいます。へ・・・へへへいきです・・・・」
彼の顔と腕が近い、もうこの高まりを抑えられない。
そして、わたしはまた気を失ってしまったらしい。
その後も徐々に進展も衰退もすることなく続いていた関係だったのだが、
結局わたしは勇気を出せず、彼に婚約者が出来たと告げられ、彼のことを諦めてしまったのだ。
それから彼と関わることも無く、わたしは冒険者になり、戦いの道へ入っていくこととなる。
それから、月日は流れて、わたしは冒険者をやめて傭兵になった。
その時には右目を失って、義眼をつけ、
オートマトンを指揮する・・・。
【人形遣い】という異名がついたのは、傭兵になってしばらくしてからだった。
日々任務をこなす毎日を過ごし、そう今から丁度一年前くらいからのことだ。
一人の空賊が北の大陸に名を馳せることとなった。
【空帝】セルレア・エルティネイン、カミラ地方出身の風使いの鳥人だ。
彼に付き従う仮面の黒騎士は、幼い頃、わたしの想い人であった彼だった。
彼に何があったのかはしらないが、騎士として、民を守るべき立場から身を落とし、彼は社会へ、世界へその槍を向けた。
ショックもあったが、それよりも悲しみの方が大きかった。
そして、わたしの心に大きなしこりを残したのであった。
「まあ・・・そんなところ・・・・よ」
哀愁を浮かべた笑みを見せると、ゾリャーは一息ついて紅茶の残りを飲み干した。
「あぁ、ドラマチック・・・・」
「やっぱり上級階級って凄いな。うん」
「そ、そんなことないわ・・・た、たぶん・・・」
うっとりするユメハに、いつから話を聞いていたのだろうか。ぽかんとする人魚の傭兵、
セレネ。
会話を持たせようとなんとか言葉をひねり出すが、無情にもその後暫く沈黙が続く。
「・・・・・でもさ、まさか、ゾリャーの初恋相手が・・・」
「あの黒騎士だったなんて。世界って狭いネ・・・」
「はい、とってもとってもびっくりです」
暫くしてユメハとセレネがぽつりと呟く。
そして、彼女もいつから話を聞いていたのだろう。
何を考えているかわからないぬぼーっとした顔をした少女、レラを見ると、ゾリャーは呟く。
「・・・もうほんと昔の話・・・よ?それに・・・彼だって、きっと・・・覚えていないわ・・・・」
このどうともいえない空気を破ったのはセレネだった。
アクティブな彼女のことだ、この雰囲気に耐えかねなかったのだろう。
「そうそう、そんなヤツのこと忘れちまえ!」
「これからまたいい人見つければいいんだから!」
セレネに続いてユメハも口を開く。
「で、また合コンですか?セレネさん、ユメハさん」
「「なぜ、ばれたし」」
「いつものことですから」
そんな二人からの提案は合コンであった。
最近同業者の女の子達を募ってはよく開催しているらしい。
だが、いつも結果はよろしくないようで、なかなか春を迎えられない状態にあった。
そんな二人にレラが冷静に・・・なのだろうか、ツッコミを入れている。
「今回はゾリャーも一緒だヨ!有無は言わせん!」
「・・・・え、ええ。わかったけど・・・・」
「よし、飲み屋予約してくる。
ネリーとセティアと
ヴァールさんとアソウも誘おうぜ!」
「おkおk」
思い立ったらすぐ行動!なセレネはわたしをずびしと指差すと、にまっと笑う。
そして、ユメハがさっと携帯を取り出すとどこかに電話をし始めた。
二人の様子を見て、一人ちょこーんとしているレラは相変わらずぼーっとしていたが、
「大丈夫ですよ。多分」
恐らくぽかんとしているわたしを気遣ったのだろう。
こう一言をかけると、腕をまくるようなポーズをして、はにわの製作に取り掛かった。
何ではにわ?と聞いてみると、彼女は自慢げに答える。
「合コンで皆さんに見せびらかすんです!すごいでしょう」
「・・・・・・・そう」
騒がしい日々、昔に比べれば、なんて暖かいんだろう。
日々をたくましく生きる傭兵達に囲まれ、戦いにあけくれる日々であるが、この選択は間違っていなかった。
仲間がいる、友達がいるとは幸せなことだと強く思う。
そして、ふと思うのだ。
もしも、彼にそういう人がいたのなら。と
同じ劣等生でも、全く別の道を歩んだわたしたちは、どちらが幸せだったのだろう。
窓の外の空を見る。
雲ひとつ無い澄み切った青空に、無数の鳥が列を成していく。
今も彼らはあの空を荒らしまわっているのだろうか?
わたしは物思いにふける。
風がわたしの髪とリボンを撫で、部屋の奥へと吹き抜けていく。
(もしも、あの時、あと一言の言葉をかけられたら・・・)
告白する勇気もなかった臆病で弱虫だったわたし
(彼のこと、あきらめていなければ)
もう少し、貪欲であきらめの悪い子だったのなら
例えフラれて玉砕したとしても、
この何かにひっかかるような感覚は、すっきりしていただろうか。
――― そう、わたしに勇気さえあったなら
初恋の男性(ひと)を思い出すたび、わたしの頭には、こんな考えが過ぎるのであった。
最終更新:2012年03月27日 20:06