「The Blue Rose」:前日譚Ⅰ ~すれちがい~

※小説とは呼べないなにかです。ちょっとしたフラグ。
2013/05/22 全体的に修正しました。


某大陸、開発地区 ――――――



「いや!やめてよ!!!」 
「お願い、ボクたちを消さないで!!」


響く声が聞こえないのだろうか?
そんなものはお構い無しにずしりという音を立て、樹木が切り倒されていく……。
それも一本ではない、何本もだ。


「お願い、だから……!」


響く懇願も聞こえないまま、また一本の木が切り倒され運ばれていく。
これらの木々は加工され木材となり、人々の生活を潤す基盤となるのだ。
大いなる自然が人々に与えた恵みの一つとして。

「いやだああああ!!!」
「死にたくないよ!」 
「ここにいさせて…!私たちの森を、命を奪わないで!!!」

木霊達が悲鳴をあげる。
開発作業を進める作業員の耳には、彼らの悲鳴は届かない。

彼らにはその悲痛な声は聞こえない。
聞くことが出来ない。


「「「「ああああああああッッ!!!!!」」」」

カラクリ仕掛けで動く工具が、大きな駆動音と共に木霊達の命を蹂躙し、その断末魔を消していく。
またずしりという鈍い音が響き、木々がなぎ倒されごうごうと燃え盛る炎の中に消えていく。

「お願い、お願いだよ……」

もがき苦しみ最期に力尽きた木霊の叫びが消えたその時、そこにあった一つの森は消滅した

鮮血にも似た真紅の炎が消えた後この緑に満ちていた地は、その面影を残さぬ荒野と化す。
しかしやがてこの地にもヒトが住み着き、村が、街が生まれて再び潤うのだろう。

だが、朽ちていったものたちには、奪われたものたちには、追い出されたものたちには苦しみと絶望が残るだけだ。



「……」


それをこの世界から?否、この世界ではないどこかから見ていた影があった。
木霊たちの悲痛な叫びをずっと聞いていた青年の姿があった。

青年が立つのは現世(このよ)のものとは思えないほどの美しい森。
この現世に存在し、かつて存在した植物(いのち)の全てが集う場所。

彼はこの空間の主。いのちの保存を行う中核を成す者。
故に彼は自ら築き上げた楽園から出ることを許されなかった。
蹂躙される木霊たちを助け、彼らを害する忌々しき人間たちを粛清する力を振るうことは許されなかった。
ただ、見ていることしかできないのだった。

「………ッ!!!!」
メリアスさん……」

青年…“メリアス”は握り拳を作り、細い腕を振り上げる。
だがしかしその拳が大地に叩きつけられることは無い。
彼の傍らに寄り添う、和装の少女がそれを制止するからだ。

「くそっ!!!忌々しい!!!」

美しい新緑の長髪に、不可思議な植物で編んだ花冠を載せたメリアスは、整った顔を涙と怒りに染め、叫ぶ。
その弱弱しい物腰からは想像もつかないほどの、烈火の如く激しい叫びを。

「なんて傲慢なんだ!なんて、欲深なんだ!!なんて浅はかなんだ!!!」

彼らの中には自然を蝕むどころか、同族同士であらゆるものを奪い合い、傷つけあう。
それだけでは気が済まず自分たちの思い通りにいかないというだけでこの世界そのものを道連れに全てを破滅させようとするものすらいるというのに。

「助け合うことなど、分かり合うことなど知らず、奪って、蹴落として、侵略してさらには世界をも道連れにして当たり前と思っているのに!!!」

メリアスもまたそんな身勝手に翻弄された者のうちの一人だった。
この空間を生み出す存在になる以前から多くの理想と野望と欲望により引き起こされた破滅にてその運命を弄ばれた結果、ヒトに絶望した者の一人だった。

「王よ、我ら霊を統べる王よ…!!」

メリアスは叫び続ける。
その怒りのままに霊を統べる王に訴え続ける。
自ら拳を振るうことのできない彼には、他人を促すしかない。これが精一杯だった。

「何故この傲慢を貴方は見逃すのか……ッ!!!!」

楽園の主たるメリアスの叫びは空間を、不可思議なる森を震わせる。
怒りの叫びが木霊し、森に住まう全ての命がそれに続く。


――――そう、たった一つの存在を除いて。


ふわふわと光り輝く大きな葉。
まるでこの世に存在しないかのような神々しさを持つ青きバラは、その存在は怒りに燃える同胞と主を見ながら悲しげに風に揺れていた。

何故、また彼らも愚かな人々同様、お互いを分かり合うことをしないのだろう。
彼らを解った気になって憎しみをぶつけるだけなのだろう。糾弾するだけなのだろう。

それでは、同じじゃないか。
何一つ変わらないじゃないか。

「人という生き物の傲慢さを貴方は……!!!」
「どうしてあなたたちは………!!!」

叫び続けて息を詰まらせたメリアスの涙が頬を伝い落ちて大地を濡らす。
それと同時に青きバラも、一粒の光り輝く涙を落とした。

「どうして、解らない…?」

メリアスは天を仰ぐ。
涙で大地を濡らしながら、枯れた声を絞り出そうとして。

「ちがうよ、それは違う。あなたたちもどうして、それが解らないの……?!」

その姿を見ていた、青きバラ ――― “奇跡を齎す者”(プローディギウム)もまた涙を流した。
最終更新:2013年05月22日 23:10