「The Blue Rose」:前日譚Ⅱ ~The bell of Evil ~
※小説とは呼べないなにかの続きです。
「ふぅん……あのヘタレ、大きくでたじゃない」
「ヒトを滅ぼす……ね、くだらねえな」
メリアスらの叫びは、空間を越え霊の住む園へ届いていく。
メリアスらは傷つき、苦しみ続け人の滅亡と粛清を訴えた。
だが、その思想自体はこの現世の営みを破壊しかねない凄まじく危険なものであった。
彼らの声を聞いた精霊たちはざわめく。
メリアスらに賛同するものも居れば、気にしないものもいた。
そしてそんな中……
一面に広がる荒野。
ぽつぽつと破壊され尽くした建物に、いくつものさびれた武具や兵器、そして死体が転がっている。
この荒れ果てた戦場は、闘争と戦乱を好む炎霊の住処である領域の内部であった。
荒れ果てた荒野の中にぽつんとぼろぼろになった砦が聳えている。
砦の一室にはアマゾネスのような風貌の野生的な女性に黒服の魔女のような姿をした細身の美女が並んで何かを話し込んでいるようだった。
「ねえ、
シグルーン……これ以上あのヘタレの声が大きくなったら癪じゃない?」
「違いねえな」
シグルーンと呼ばれた女戦士は女性らしからぬ粗暴な様子で椅子に腰掛け、酒を煽っている。
彼女の向かいに腰掛けた魔女、モリガンはシグルーンとは対照的にしとやかに腰掛け、ティーカップを手にしていた。
「それにそもそもあいつはあんなデカイ態度取れるような身分の男じゃないのに生意気言っちゃって」
魔女、モリガンの口元が三日月形に歪み、音を立ててティーカップが砕けて砂になる。
その表情は能面のようで、でも口元だけが口裂け女の如く裂け、歪んでいた。
「じゃあさぁ、これ以上生意気できないように」
「徹底的にやっちまおうか!な!」
流石話が解るねと言わんばかりに二人はハイタッチを交わす。
そして狂える女戦士と残虐な魔女は手を取り合い、にこりと微笑んだ。
この邂逅から少し経ってのことだった。
シグルーンとモリガンは早速行動を開始した。
自らの思想に賛成する者と、ただ暴れたいだけの者を引き連れ、他の炎霊達に半ば脅迫まがいに同意を求めたのであった。
―――――――
炎霊の領域・サンジェルマン城 ――――
荒野とは打って変って、黒煙と蒸気が立ち昇り、雪にも似た灰が降り積もる城下町。
ここも同じ炎霊の領域であるが、領域を構築する大本の精霊が異なっているのでこのような差が生まれているのだろうか。
先ほどの荒野のような荒廃したような所はまるでなく、街並みはカラクリで整備されており、どこか近代の街のような造りをしている。
だが、どこか寂しい退廃した空気をまとうような場所だった。
そう、普段ならば ――――
「くぉらぁ!!!!居留守つかってんじゃねぇぞ!!!ジジィ!!!!」
カラクリ仕掛けの街の奥、機械仕掛けの城の城門に詰め寄せた炎霊達が口々に叫ぶ。
どうみてもどこかの賊か不良か、そんな風貌の精霊達だ。
「ふぅむ、賑やかになってきたものだね。まぁた祭りでも始めるつもりかな」
「もう、マスターったらそんな暢気なことを。またこの城の
オートマトン総動員で炎霊連中とやりあえなんてことになったらどうするんです」
窓の外の騒ぎを見下ろしながら、機械仕掛けの椅子に腰かけた男はあくまで落ち着いた様子で傍らの小間使いに語る。
オールバックにした金髪に青い瞳、ステレオタイプの英国紳士のような優雅な装束に身を包んだ男 ―――――
この城の主こと“錬金紳士”サンジェルマンとは彼のことであった。
彼の横には橙色の長い髪をシニヨンにまとめメイド服を着た小間使いの女性が佇んでいる。
どこからどうみても人間にしか見えないが、彼女はヒトではないし精霊でもなく無生物だ。
その素性はサンジェルマンの生み出した作品であり、彼がこよなく愛する娘のうちの一体であった。
「ふぅむ、そうだねぇ……その時はその時さ」
「はぁー………」
城門の外に炎霊達が詰めかける中暢気なことを言っている城主もとい父と引き換え小間使いである橙色の髪の女性型オートマトンは不安そうな顔をして溜息を漏らす。
全くもってこの城主は暢気なものだ。
先日も、彼女の弟に当たる機体がこの世界の邪悪を滅しに行くなどと抜かして城から飛び出し、それっきり連絡も寄越さないというのに。
あの時だって引き止めるはおろか快く送り出すし、こうやってまあなんとかなるって暢気なことを言っていたものだ。
そんな彼女もよそに、サンジェルマンはふっと何かを思いついたようにミルメートを……というより彼女の手にしているお盆の上の物品を指差す。
「それよりも、ミルメート君。せっかくの茶が冷めてしまうのではないかね」
「申し訳御座いません……!ただちに淹れなおし……」
「ああ、そのままでいい」
サンジェルマンの指摘に慌てるミルメートを制止し、ややぬるくなった茶を口元に運ぶ。
罵声暴言の飛び交う窓の外になんの興味も示さず灰が降り注ぎ、あちこちから蒸気の吹き上がる街をぼんやりと眺めている。
その様子に慌てていたミルメートは再び項垂れて溜息を漏らすのであった。
微かなノック音が響いたものの、溜息に紛れてしまったのかミルメートは気づかない。
「失礼しますお父様」
「ああ解った。入りたまえ」
紳士の声と共に、大きなドアが開き薄い金髪のボブカットの青年と、一体の両腕が妙に大きな少女のゴーレムが部屋に足を進め、礼を行う。
ドアの奥から入ってきた二名を見てぶつぶつと独り言を呟いていたミルメートははっと現実に引き戻されることとなった。
「ふ、フセットさん!?戻ったんですか?!」
「ええ。戻ってくるなり城の前が騒がしいもので、裏口を使わせて頂きましたよ」
温厚な笑みを浮かべる青年、フセットは慌てるミルメートを宥め、ゴーレムの少女であるアイゼンが大きな腕を引きずりながらつかつかと創造主であるサンジェルマンの机へと向かう。
あくまで冷静な表情のまま、ゴーレムはカタコト交じりの口調で創造主に問う。
「マスター、ナンノ騒ギデス?」
「かくしかな理由でねぇ、我輩にも協力しろとうるさくてね。チンピラが」
「……ナルホド」
「まあ適当に留守だと言って追い払っちゃってよフセット君、アイゼン君」
「オーダーヲ承認、適当ニ追イ払エ……」
「ミルメート、行きましょう。暴徒の鎮圧も
メイドの仕事ですよ」
「あ、は、はい…!!って荒事はメイドの仕事じゃありません!」
「ああ、頼むよ」
と恭しく一礼を取り、フセットとアイゼンはミルメートを連れて下がっていく。
ぱたんと開いていた大きなドアが閉じられるのを背中越しに見ながら、サンジェルマンは差し出された温くなった茶に再び口をつけ、一気に残りを飲み干す。
「くだらない、実にナンセンスな連中だよ……。本当は危険思想だからとかどうでもよくて、ただ気に入らない、暴れたい、破壊したいだけなのにねぇ」
一人ぼっちの部屋の中、機械仕掛けの椅子に腰掛けた紳士はいつになく真剣な表情だった。
煙が立ち昇る煙管を咥えつつ落ち着かない窓の外、雪にも似た黒灰が降り積もる街の向こうを見つめる。
「メリアス君はきっとどうしようもなく苦しかったのだろう……悲しかったのだろう。自分ではどうしようもなくて、我々やあの方に同意を募ったのだ」
顎に指を当て、目を閉じ自らの推理を言葉で紡ぐ。
一通り推理を紡ぎ終わると、ぱっちりと眼を開き開いていたカーテンをすっと閉じ、椅子から立ち上がる。
外の騒ぎを収める為でなく、自身の研究室へ向かおうと窓に背を向けた彼はそっと呟いた。
「だが彼の主張はこの世界から人類という“種”を滅ぼす危険極まりないものだった。当然、黙っちゃいない連中がいるのだよ……これがね」
こきこきと肩を鳴らし、研究室への扉に手をかけたところで
「口は災いの元。メリアス君……君は“種”の保存者でありながら、その思想がどれだけ危険なものか、愚かなことか気づかなかった。故にとんでもない災厄を招いてしまったんだよ」
最終更新:2013年06月12日 02:05