「ねえサキラ君、知ってる?神様はね―――――」


ある日彼は言った。
この世界には神がいるって、神はたくさん信仰をしたらヒトを助けてくれるのだと。

でも私にはそんなことは信じられなかった。
例え神がいたとしても、彼が定義する神はどこにもいないと私は強く思う。

理由は後述だ。


人生は上手く回らないものだ。
男の身に、体中の細胞が急激に老化してしまうとてつもない悲劇が起きた。
いつの日か、神がいるんだと説いた男も神を信じなくなった。
認めたくなんかないが、彼はもはやただただ死をまつだけの人間なのだから。

救いを求めて奔走した男に絶対的な存在である神は微笑まなかったのだ。

「やはり神なんか居ないじゃないか」

そう呟く私は、とある任務に協力することとなった。
世界を騒がす武装集団「木霊強硬派」……ヒトに絶望するが故にヒトの滅びを願う精霊と魔物からなる集団の討伐、もといその主格の説得だった。
他の傭兵たちは明日には到着するらしい、今ここにいるのは依頼主である前述の男の主治医とその知人数名とユナだけだった。

「(む~……)」
「……むー………」

ユナがじっとりとした目つきの子羊とにらめっこをしている。
二人共じっとりした目で見つめ合っているが、そんなに変わらないと思うのは私だけだろうか。

「退魔師さん、他に聞きたいことは?」
「相手の主格の情報がほしい。どうも、貴殿は対象をよく知っているように見える」

仮面をつけたスーツ姿の男、どことなくヒトではない雰囲気を纏う私の大事な人の主治医はこう尋ねてきた。
私はこう切り返すと、彼の返答を待つ。

「あー、わかる?流石鋭いねぇ……。その通りだよ、あいつは俺らの身内だ」
「身内?」

身内同士の争いだったのか。
それならば、条件に説得を入れたこともまま頷ける。
いくら敵同士とはいえ、身内同士と戦うのは辛いものだ。
………私も痛いほどよく知っている。

「そう……詳しく話すと長くなるから端折るけど、精霊であり神だ。精霊神と呼ぶ存在だ」

どうにも話を聞くやその主格とやらは精霊であり神と呼ばれる存在であるらしい。
あぁ、どうせそんなものいないのだろうと私は思いながら、男から視線を逸らして傍らの青い髪の少女に目を向ける。

「………相手は神様なの……?でも、彼らがやったことは……例え彼らが正解でも、認めたくなんかない」

少女は彼らの行為に嘆き、涙を流し怒りに震える。
聞けば彼女は願いを叶える魔植物とやらであるらしく、件の武装集団は彼女の保護を狙っているという。
だが彼女はそれを拒んでいた、何故ならば暴力に頼る彼らを仲間だとは思えなかったからだそうだ。

何でも願いを叶える?そもそもそんな万能な存在がこの世界にあるものか。
どうせよく出来たお伽噺だと強く思った。
彼女に秘められているという力を強く否定したかった。

願いを叶える青い薔薇の魔植物【プローディギウム】 ―――――――――――――

依頼主の男が語る世界に爪を立てる「金枝の精霊神」よりも、目の前に悲痛な表情を浮かべ椅子に腰掛けている青薔薇の少女こそが彼の語る「神」の定義に出てくる神のようだと思えてしまったから。


【神の定理】



「……あなたなんか、いなければ良かった……!あんな男も、子供もいらない……私は、幸せな家庭を……」
「おかあ、さん……!!!」

「母」は椅子を蹴飛ばした。

それと同時に、天井からぶら下がっていた紐が彼女の首を締め彼女は動かなくなった。
……今から十数年前のことだった。
目の前で、「母」は実子である私を呪って自ら死んだ。

初めての絶望だった。
周囲の人たちは私たちに優しくしてくれることはなかったけれど、「母」がいればそれでよかった。
例え自分の子じゃない、あなたどこの子と罵られようとも父の顔を知らない私にとっては「肉親」と呼べる存在は彼女だけなのだから。

その彼女が目の前で死んだ。
自分を呪って死んだ。

動かなくなって、冷たくなった母のすぐ近くに私はずっと佇んでいた。
もう、動かないことなんて解りきっているのに眠っているだけだと思い込んで。


「かみさま、どうしておかあさんは」


祈れど、助けは誰も来ない。
そういうものだ、この世界に神はいない、いるわけない。
私は物心つかない子供であった時からそれを知ってしまっていた。

それから私は生きていく為に街へでた。
「母」と暮らしていた家にはもう戻っていない。
どうせ金目のものなんか、どこにも残っちゃいないのだから。


「………あぁ」

街へ出た私は、その凄惨さに思わず言葉を失った。
街中で嬲り殺される男がいる、兵士のような屈強な男に取り押さえられる女がいる。
女は男を殺され、泣き叫ぶも男と同じように兵士によって無残に殺された。
こんなことが、街の至るところで起きていた。

私は隠れるようにして街の路地に潜り込んだ。
嫌な臭いがする……何かが腐ったようなにおいがどこまでもついてくる。
見下ろしたら、腐った死体が落ちていた。
鼻を抑えて周囲を見渡したら同じような死体ばかりだった。


地獄絵図。

この街を言葉で形容するならばそれが相応しいと今でも思う。
盗みも、殺人もあたりまえ。
ヒトは家畜以下の存在で、魔族と魔物が畜生以下の人間を好きなように扱う。

これが革命、停戦前のラケルタの実情だ。
魔族たちは街を好きなように闊歩し、笑い合っている。
その影で人々は彼らに怯え、彼らの目に触れてしまえばすぐに殺されてしまう。

どうして、どうして私たちがこんな目に合わなきゃいけないの?
悪いことなんか何もしていないのに、無残に、理不尽に命も、財産もなにもかも奪われる。

こんな世界に、神がいるのか?
私はいるとは思えない。
だって、神がいるのなら……彼がいう神が本当に実在しているのなら。

こんな地獄は、見ずに済んだはずなのだから。


「ひ………」


思わず怯えて街をでようとした。
でも、街の門には怖い兵士がいるままで、出られなかった。
きっと自分も、彼らのように殺されてしまうから。

薄汚れた子犬のように震えながら、泥と腐肉の混ざった水で喉を潤し腹を満たす。

「う、うぇ……っげぇ……」

ひどくまずい味がして、思わず胃の中のものごとその場に吐き出してしまう。
といっても、そんなに入っていたわけじゃなかったのだけども。
そのまま死体が着ていたボロ布に身をくるみ、路地の中で周囲に気づかれないように死体の下に潜り込み眠る。



だがしかし、私が見た地獄(ぜつぼう)はほんの始まりにすぎなかった。


  • 続く……かも
最終更新:2013年12月29日 05:21