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ログがない、時間がない等の理由で編集されていない事件や事項の置き場


謎のアメリカン人

2008年、唐突にジミー鈴木はブログ上にて「私はアメリカの市民権を得た。これによって私は言論の自由を手に入れたのだ」と発言した。
永住権ではなく市民権、つまりは米国国籍である。(もっとも、ジミーはこの二つの違いを理解していない可能性もある)
無論日本人にも言論の自由はあるのだが、アメリカ人でないとノアや日本プロレス界の事は自由に書けないといいたかったらしい。意味不明だが。
アメリカ生活も長かったので本当の事かと思っていた人たちも多くいたが、2009年のブログでついうっかり
「この前来たテキサスの日本領事館からの報告メールによると」とブログに書いてしまい、
アメリカの市民権獲得は真っ赤な嘘である事が確認された。
本人はその後この件については黙秘を貫いているが、一度だけブログのコメント欄で質問に対し「アメリカ人になったんです」という回答を行っている。
が、質問者も含め自作自演であると推定されている。

かっこいいペンネーム

新連載を開始する事になったジミー鈴木。しかし何故かジミー鈴木の名前を使わない(使えない?)状況に。
だが2ちゃんのとんまたちに「仕事がない」といわれるのが嫌で「かっこいいペンネームで連載する」と余計な事を書いてしまう。
「尚、この事についてはこれ以上聞かれても書かない」との事。全く意味不明である。
しかしあっという間にレジャーニュースに連載を始めた「神崎耕史」がジミーである事が知られてしまう。
気分転換だったのか、媒体から「イメージの悪いジミー鈴木の名は使わないでくれ」といわれたのかも不明だが後者説濃厚である。
実力の問題からかあっという間に連載終了。意味のない騒動だった。

就職先にプロレス団体を選ばなかった理由

「WWEで下っ端から始めるのは嫌だ。
TNAならもう少しいいポジションにつけるだろうが、5年後10年後に存在しないかもしれない安定度の低い会社には入りたくない。
それが理由」
  • プロレス団体に入ろうと思えば入れたのだ、俺が選ばなかったのだと主張している姿が泣ける。

「TNA、全日と電撃提携」

07年3月、東スポ紙面を飾ったジミー鈴木発情報。「サイモン辞任表明で新日から乗り換え」がサブキャッチ。
しかしそんな事実は無かった。
"数少ない取材できる団体である武藤社長の全日がTNAと提携してくれたらいいなあ
↓
ムタがリングに上がった、提携決定だ!"
そんな願望がペンを走らせた、所謂捏造系の記事である。

「アメリカではイチローよりTAJIRIの方が有名」

ほんまかいな。

ワーオ

その1
(ここで私が自書の『アメリカンプロレス完全ガイド』を取り出して見せる)
HHH ワーオ!!この本のタイトルは?
JS 『アメリカン・プロレスリング・コンプリート・ガイド』です。
HHH これは素晴らしい。一冊余っていませんか?とても欲しいです。
JS ではプレゼントしましょう。
HHH 素晴らしい。サンキュー。
(本の説明を始める)

ページ下
「私の著書『アメリカンプロレス完全ガイド』をほめてくれたトリプルH」とJSのツーショット写真
その2
JS 私はいつも喧嘩してましたよ。空手のファンが「プロレスなんかインチキだ。あんな技かかりっこない」って言ってきて、
そいつの頭を学校の机に叩きつけて、これがプロレスの場外乱闘だってね。
HHH ワーオ。

てか、これって誰が誰にインタビューしてるの?

障害者であるかわいそうな俺を追い込む奴は孫の代まで祟ってやる

http://megalodon.jp/?url=http://blog.livedoor.jp/jimmysuzukiusa/archives/54678950.html&date=20070722131439
実際に障害児の親になってみなければわかりっこない。
このBlogを読んでいる人も、もしその立場にいるのでなければ
その精神的な苦痛はわからないはずだと思う。
私が想像するに、それこそ「死にたい」と常に考えるに値するほどの
生き地獄だったのではないかと思える。

http://megalodon.jp/?url=http://blog.livedoor.jp/jimmysuzukiusa/archives/54679835.html&date=20070628234313
2人で泣きながら色々な話をしました。
「障害児だとハッキリしたら中絶すべきか」
という話にもなりました。
「障害者としての一生をおくるなら、産まれてこないほうが
幸せなのかもしれない」

「障害」を免罪符にして思いつきで書き込み。
スレ住民も(悪い方面に)大爆発。

ADD

 何度も書いたが、私は障害を抱えて生きている。
「障害者」だという気持ちを持って生きてはこなかったが、
心の奥底に劣等感のようなものがあり、鬱な気分になることも
少なくない。いま私は鬱の状態にいる。

 「ADD」で検索をかけて、色々なことを知ったのは
ここ最近。検索をかけて知ったADDを持つ人間の
数ある特性の一つに「知らず知らずのうちに敵を作ってしまう」
というのがある。何がつらいかと言えばそれが一番つらい。

 「このまま死んでしまいたい」と思うこともたまにある。
でも、幸いにしていつも、家族のことが頭をよぎる。

 幸か不幸か私の親はADDという障害の存在すら知らない。
ここ何年か前からADDについて説明しようとしているが、
そういった障害がこの世に存在することすら理解できないようだ。
私の親は「注意不足は本人のせい」としか、どうしても
考えることが出来ないようだ。

 一方で本当に理解させてしまったら親を悲しませてしまうのでは
ないかと思う自分もいる。「だからさ、俺は障害者なんだよ」と
いったキツイ言葉は親に向かって言いたくないし、いまさら
これ以上の親不幸はしたくない。

 このブログのコメント欄に「あなたの親は障害を持ったあなたを
育てながら生き地獄を味わったのですね」なる書き込みをした
人がいる。採用したかどうか覚えていないが、その人間が
目の前にいたら、ぶん殴っていたかもしれない。

 自分がADDであることを知ったのは、もう10年も前だが、
「これまで生きてきたんだから大丈夫」といった考えから、
専門医に通って治療を受けるということをしてこなかった。
「根性があれば」とかそういった考えで生きてきた自分がいる。

 集中力が持たないから人より時間がかかるという部分がある。
だったら他人の3倍頑張ればいい…という昭和の考え方もある。

 言葉で「人の3倍努力する」ということは簡単だが、
現実はそんなに甘くない。

 いま私はある会社の研修生として、人生をやり直そうとしている。
研修生は学生のようなもの。数々の試験をクリアしていかなければ
解雇されてしまう。

 同僚には20代の人間もいる。暗記力では逆立ちしても敵わない。
でも、逆立ちしないより、した方がいいと思って逆立ちしている
自分がいる。

 何のために頑張っているのか。それは、私がいまの会社での
仕事に第二の人生を賭けているからである。

 自分のプライドのためでもあるし、家族を食べさせるためでもあるし、
また、子供たちに努力するというお手本をみせてやりたいから
という部分もあるし、8年前にやっと買ったいまの家を
失いたくないからという部分もある。

 これまでやってきた仕事で、あと2年ぐらいは食っていける
という感覚はあった。しかし5年食っていく自信はない。
だから第2の人生を探した。

 他分野のカメラマンになることも考えた。野球のカメラマン
とかももちろん考えた。
しかし紙媒体に元気がないわけだから、今後の見通しは厳しい。
WWEに仕事をもらっている人を含めて何人かのカメラマンと
話をしたが、みんな口を揃えて「収入が下降線」と言っている。

 友人であるビル・オットンは結婚式カメラマンを長年やっている。
結婚式のカメラマンは常に需要があるから、長い目で見ても
すたれることのない商売だと思う。
私は金のために色々な写真を撮ることは考えられるが、
好きな仕事でなければ、その道で成功できると思わない。
そういった意味で結婚式の写真を撮ることを生業にしたいと
思わない。

 なぜいまの仕事にしたかといえば、いままで培ってきた
ものを生かせる会社だと思ったからである。
私が強く信じる言葉として「好きこそものの上手なれ」
という言葉があるが、いまやっている仕事は大好きだ。
だから上達すると思う。

 プロレスの報道の仕事をやめようとは思っていない。
これまでの人生をなきものにするつもりはない。
そして休業宣言するつもりもない。

 とりあえず、いまから6ヶ月、新しい仕事に全力を尽くす。
だからプロレス報道の仕事はスローダウンする。
一生スローダウンしたままになるのか、ペースを戻して
いくのか、その辺は6ヶ月経ってみなければわからない。

 障害と闘って生きていくのは楽ではないし、
このまま死を選ぶことも、大いにありえる。
会社の守秘義務は守っていくが、
このブログに私の生き様を綴っていこうと思う。
死に様を綴ることにはしたくない。

 私の人生を本気で破壊しようと思っている人間が
存在することは、ハッキリと確認した。
その人があることないこと書いて、私の今の勤務先に
送れば、私の人生は幕を閉じると思う。

 いまの私の立場はとても弱いし、首も簡単に飛ぶ。 
 もしそうなったら、私は化けて出る。
それだけはいえる。孫の代までたたってやる。

jimmysuzukiusa at 07:24 │Comments(0) │TrackBack(0) │clip!

余りに最低の内容にスレ炎上中。(2007年7月22日)
落ち着いたら編集します。
落ち着きましたが気が向きませんので編集していません。スマンコ。(2007年7月31日) 

週刊ゴング休刊で大喜び


「いかがわしい変な会社」社長逮捕&ゴング休刊の噂を(ミルホンネット経由で?)聞きつけて歓喜するジミー鈴木。
しかしデマであることが判明し沈黙→一週間後やっぱり休刊が判明し大喜び。
今までの自分の正当性をここぞとばかりに主張し、上から目線でゴング編集員たちの今後を心配するフリをする。

当然の事ながら2007年9月復刊の月刊Gスピリッツからのオファーは一切ない。

TNA出演


グレート・ムタのマネージャ役としてTNAのPPVに出演。木偶人形の如き驚愕の演技を披露する。
WWE出入り禁止に至った直接の原因とも噂されている。
元fight野郎のタレコミによるとノーギャラらしい。
「ノーギャラだから私はTNAに協力していませんよ」という理屈で誤魔化そうとしたがWWEに認めて貰えなかった可能性が高い。
(ギャラの有無はジミー鈴木の問題であり、TNAの番組に関係者面して参加していた事実には何の変わりもない。
これは時折ジミー鈴木が使う屁理屈で、似た例として「ブログはタダだから本気では書かない」等がある。
当然そんな理屈は視聴者やブログ訪問者には関係がないのだが、どうもそれが理解出来ないようだ。
自分の都合でしか物事を考えられないジミー鈴木の特徴をよく示したものの考え方といえる)

ROHなんてただのインディ


「ROHなんか単なるインディ。TNAはメジャーと呼んでもいい」
ROHがノア寄りである事、当時ジミーが周辺をうろついていたドラゴンゲートがTNA寄りだった事、
TNAのテレビ出演が決まっていた事から何故かROHを意味もなく敵視、このような書き込みになったようだ。

(このエントリー、あとで加筆します)


都合のいい加筆、修正を繰り返すジミー鈴木。こう書く事によってその場を逃れる術を覚える。
(はじめから加筆や習性がなくても通用するような立派な文章を書けばいいのだがこれはここでは置いておこう)
しかし書く事が思いつかない、飽きたなどの理由によりそのまま放置されたり、後にその文面を結局削除したりと、
結局ブログを混乱させるだけの結果となる事が多い。

ミルコハイキック撮り逃し事件


プロレス雑誌から干され始め新たな活路をあれほど嫌っていた総合格闘技取材に求めたジミー鈴木。
しかしミルコのハイキック・ヒットという大シャッターチャンスをリングサイドでボケーっと
口を開けて撮り逃してしまう姿が全世界に中継されてしまう。
以後、彼に格闘技系のオファーが回ってくる事は無かった。

2ちゃんねるはやめるがインターネットはやめない

ノアのVISA騒動で周囲の信頼を最低辺まで降下させたジミー鈴木。
ゴングGK金澤から「もう2ちゃんねるはやめて下さい」と通告され、しぶしぶ従う羽目に。
しかし金澤が言ったのは「デジゴン事件といい2ちゃんねるといい、インターネット活動はやめて下さい」
という意味だったと思うのだが、我らがジミーは都合よく「2ちゃんねる"だけ"やめる」事を決意する。
こうして開始された旧ブログだが、2ちゃんねるに書き込まないだけで(注:勿論名無しでは書きこんでいる)
内容は完全に2ちゃんねると連動していたために、結局2ちゃんねるをやめていないのと同じ結果となった。
現在も「何故ブログで2ちゃんねるに書かれた内容に反応しているのに2ちゃんねる自体にはジミー鈴木名義で
書き込まないのだろう」と思う人もおられようが、その時の名残である。
また2ちゃんねるは自分のブログと違い改竄が出来ず一度書きこんだ内容を取り消せない事からジミー鈴木的に
都合が悪いものと思われる。

ヴィンス、ホーガン、スタローン撮り損ね事件

東スポ、週プロには載ったのにゴングにだけ載らなかった豪華3ショット。
しかし「俺は撮った(載せなかったのはゴング編集部の判断だ)」と言い張るジミー。
だが「そんな3ショット、写真があれば載せないわけねーだろ」、という正論がジミーを包囲する。

「フレンド」のスペルが書けない

俺とフミは(フレンド)、(フレンドリー)とは違う。と書いていたが確かスペルミスをしていた。
ソースが出てきたら「英語力」の欄に移します。

小橋はホモ?

2ちゃんねるに書かれていた書き込みを見て真に受け情報収集に当たるジミー鈴木。
「本当にこいつプロレス関係者なのか」との疑念がみんなの心に湧く結果に。

いかにも。ジミ―鈴木です

デジゴン自演バレ直後の伝説の名言

「辞める」

ジミー鈴木の自作自演及び名無し書き込みを見分けるテクニックの一つ。
バカなので気付いていない模様。

安生見殺し事件

ヒクソン・グレイシーを討ちに単独道場破りに突撃した安生洋二。
プロレスの歴史に残る大事件だがジミー鈴木も一緒にいた!
「あの時どうしてジミー氏は止めなかったんですか?」というファンの素朴な疑問に対してのジミーの答えは
「だって俺はマスコミだし、報道する立場だから止める必要ないじゃん」だった。
しかし「死ぬかも知れないんですから、止めに入るのが人の道理ではないでしょうか」との正論を受ける。
自分に都合の悪い反論にジミー鈴木が取った策は、「完全スルー」だった。

ジミーの橋本信也評

442 名前: Jimmy Suzuki ◆tPQ6RQ2E 投稿日: 02/02/22 14:38 ID:???
   最近はすっかり、アンチ橋本真也的な思考に陥っている。
   彼は元プロレスラーだ。
   あれはプロレスをベースした「橋本真喜撃」と言ってもいい。
   自らの不義理から参加レスラーに次々と逃げられ、もうおしまいかという所で大仁田を引き込んだ。
   ひょっとしたらプロモーターとしての才能はあるのかも知れない。
   完全に肉体が一般人に戻ってしまった大仁田のギミックまみれの電流爆破を本気で恐がったり、心臓は小さいようだ。
   彼は自分は理想を持っている、と言いさえすれば理解されて当然と思いこむ傾向が強い。
   あちこちでの彼の発言を見る限り、残念なことに一貫した思想や理想めいたものを読み取ることはできない。 

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最終更新:2009年10月12日 01:25